真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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143:IF2/罪と罰と喋る粘液①

195/人を呪わば…………落とし穴

 

=_=/いきなり回想である

 

 人の在り方というものを、時々に考える。

 どうしてこう懲りないのかなぁとか、まあそんなところ。

 軽く現実逃避をしている現在、話は結構前まで戻るわけだが……

 

「かっ、華琳さま! 今は危険な時期なので、別の罰に……!」

 

 昔々~あるところに、猫耳フードを被った毒舌軍師が~……おったぁそうじゃあ……。

 この軍師は事ある毎に落とし穴を作り、男を嫌い、いろいろな意味でも厄介さをもっておった。相手が他国の兵であっても、男であるというだけで飛ばした罵声は数知れず。

 稀に落とし穴に落ちて足を挫いてしまう者もおり……

 

「桂花。私は何度も“罠を仕掛けるのをやめなさい”と言った筈よ? それを聞かずに幾度も実行、他者まで巻き込んだ者への罰など、極刑でないだけやさしいじゃない」

 

 そう。話は度重なる罠のことを、華琳が知った頃に戻る。

 それまではちくちくと個人的な小競り合いみたいにやっていた、一種の漫才めいた言い合いだった。俺の、“子供になに教えてんだー!”、が最初だったと思う。しかし“私の勉強で私が何を教えようが勝手じゃない!”という話になって、そこからは遠慮無用のギャースカ騒ぎ。

 そんな姿を華琳に見つかってしまい、その時はまだ軽い注意で済んだのだ。あの華琳がだ。失敗の罰が“拘束&初めてを散らす”であったあの頃に比べて、なんとやさしいことだろう。

 しかしこの猫耳フード先生、叱られたのは俺の所為だとのたまった。

 いつもの事ではあるのだが、さすがに子供達に行き過ぎたあちらの知識を植え込まれすぎても困ると、俺も随分と引かなかった。結果が……度重なる落とし穴の設置。

 それもまた華琳に知られてしまい、そこもまた注意だけで終わったのに……彼女が懲りなかったために現在に到る。

 

「桂花。あなたはこれを非道と謳うのかしら?」

 

 静かな部屋の片隅。

 雰囲気の所為で正座をしてしまう俺は、もう立派なパブロフの犬なのだろう。

 べつに俺が叱られているわけでもないのに。

 ていうかなんで俺の部屋でやるの!? わざわざ桂花連れてきて、いきなり説教とかされても困るんだけど!?

 

「他者を巻き込んだ……!? 華琳さま! まさか他国の王が落とし穴に落ちたことを、北郷が喋って───」

「へえ? 初耳ね」

『あ』

 

 そして軍師様は自爆なさった。

 “やってしまった”を表す言葉は、俺の口からも桂花の口からもこぼれた。

 

「普段はものを隠すことが上手いあなたのこと。一刀の前で叱ってやれば意識が散漫してすぐに何かをこぼすと思っていたけれど。へえ? そう。他国の王を落とし穴に……一刀、それは真実?」

「ほっ、北郷!」

「……悪い桂花、さすがにこれはもう隠せないだろ。むしろ自分から言うなんて思ってもみなかった。というわけで、本当だ。もちろん深く謝罪したし怪我もないし、当の本人もびっくりした~ってだけで怒ってはいなかったよ。だけど……」

「一刀。本人の意思がどうあれ、それだけでは許されないことはあなたが一番わかっているわね?」

「ん、そうくると思ってた。だから向こうに“してほしいことをなんでも言ってくれ”って条件を出したよ」

「へえ? さすがに一度問題を起こしただけあって、手際がいいじゃない」

「刺されたほうが言うことを聞くっていうのも、ある意味貴重な体験だったけどね」

 

 あれも俺が妙に煽った所為だったし、吐き出させたかったってこともあるし、そこはもうつっつかないでほしい。恥ずかしいというか照れる。今ではそんなみんなと仲良くしているっていうんだから、余計に。

 

「それで? 相手はなにを望んだのかしら」

「ああ、うん。俺に目一杯の“お持て成し”をしてほしいって」

「おもてなし?」

 

 そう。

 子供も結構成長して、ようやく息を吐けるって頃。

 彼女たちが欲したのは癒しだった。

 ああもちろん癒しといっても、普段から世話を焼いてくれる人がするものではなく、恋人関係を続けるよりも子供が出来るほうが早かった事実を振り返っての、いわば……その、多分、いちゃつきたいとかそういう意味での癒し。

 なので俺は執事になった。

 執事になって、落とし穴に落ちた人物……桃香と蓮華を目一杯もてなして、時間が取れれば落下した兵を俺の奢りで食事に誘ったりして、桂花の件での処理を秘密裏に片付けたわけだ。

 ……そのことに関して、思春からの桂花への態度が非常に悪かったのは紛れもない事実であるが。

 

「あ、あなたそんなことまでしていたの!?」

 

 華琳にした説明を聞いて、まず声をあげたのは桂花だった。

 うん、していました。知らないのは当然だろう、言ってないし。

 自分からわざわざ“こんなことしましたよ~、感謝しろ~”なんて言うわけないでしょうが。

 感謝はいいから、まず落とし穴と子供に妙な知識を教えるのをなんとかしてください。

 

「……桂花」

「ひっ!? は、はいっ、華琳さま……!」

「あなたは一刀が嫌いね?」

「……き、嫌い、です」

「そう。これだけの借りを作っても、嫌いと言いきれるのね」

「……嫌いです」

 

 ふうん、と華琳は笑みも無しに桂花をねめつける。

 その顔が怖い。とても怖いです。

 

「ねぇ一刀。桃香や蓮華は何故、桂花ではなくあなたに願いを要求したのかしら」

「なんでって。俺がそうしてくれって頼んだからだよ。支えるのが支柱の役目だろ? もちろん、いざこざの全ての責任を俺が負えるわけじゃないけどさ」

「当たり前でしょう? そうであれば全ての存在が好き勝手に動いて、責任の全てをあなたに押し付けるだけの国になるわよ。あなたはあくまで同盟の象徴であって、罪への身代わりの形ではないのだから」

 

 ふう、と溜め息。

 次いで、「大体それを受け入れた桃香と蓮華にも問題があるわよ」とぶつぶつと……。

 ん? 問題?

 

「華琳? 問題って?」

「いいわよ、王がきちんとそれで手打ちとして受け入れたのなら。あとはこちらが軍師への罰をきちんと示せば、全ては丸く治まる。ただそれだけのことよ」

「?」

 

 手打ち……うん、や、手打ち……だよな? 問題は……まああるのかもしれないけど、人が刺されることよりは多少はましであってくれる……といいなぁ。

 

「あぁそれと一刀」

「へ? あ、ああ、なんだ?」

「その“お持て成し”というもの。今度私にもやってみせなさい」

「え……いや、べつに華琳は落とし穴に落ちたわけじゃ」

「なに? 桃香や蓮華は持て成せて、私は嫌だと? それともなに? あなたは私が落とし穴に落ちる様を見たいとでも言うの?」

「───」

 

 華琳が落とし穴に落ちる瞬間?

 …………わあ、まずい、すっごい見てみたい。

 

「ねえ一刀。その緩んだ顔に勢い良く拳を埋め込んでいいかしら」

「ごめんなさいっ!?」

 

 いやっ、べつに無様さがどうとかじゃなくてね!?

 なんかちょっと可愛いかもって! ほらっ……ねぇっ!?

 そりゃあかつてはそうなりそうなこともあったけど!

 

「そもそも桂花。私はあなたに言った筈よね? 城内に罠は禁止と。ええ、確かにここは魏ではないわ。けれど敵が居ないことも確かであり、むしろ同盟の者が数多く存在する都の中心でしょう? そこに罠を仕掛け、他国の王がかかれば、罠に嵌める筈だった男に尻拭いをさせて、自分はその事実すら知らない。……男が嫌いとはいえ、情報をなにより大切にしなければならない軍師がそれでは、果たして私はあなたになにを期待すればいいのかしら」

「……! お、お許しください華琳さま! じょっ……除名だけは! もうご期待に背くようなことは決していたしません! ですから───!」

「それを聞いて私は何度、あなたを軽い注意で済ませたのかしら。あなたはその度に何度、私の期待に応えられたのかしら。ええ、私も甘くなったものだと思っているわよ。一刀の助言の通り、出来ない者も出来るまで教える、という考えで堪えたつもりよ? それがどう? どれほど待っても問題を起こすし他国にさえ迷惑をかける。───わかるでしょう一刀。これを罰さず庇い続けるほうが、他国からすればもはや非道と映るのよ」

「あー……」

「ちょっと! 庇いなさいよ!」

「無茶言わないでくれます!?」

 

 思わずうんうんと頷いたら、桂花にツッコまれた。

 でもごめん、むしろその反応にツッコみたい。

 他の人が失敗をして罰を受ける中、お前が軽い罰で見逃されていることを他の人が知ったらどうなさいますか。不公平だだの贔屓だだの言われて、当たり前のように“気に入った存在を贔屓しすぎる非道な王”に見られるに決まってるじゃないか。

 

「聞きなさい桂花。あなたが起こした他国の王への被害も、今は一刀のお陰で不問とされているのよ。けれどなに? あなたは私に……あなたの主であり王である私に、“知らなかったからなにもする必要はないのだ”と踏ん反り返っていろと言う気?」

「いっ……いえ、そういうわけでは……」

「そうね。桃香と蓮華は“私の私物を借りる”という名目も含めて、一刀からの持て成しを要求したのでしょうね。そういった意味では細かいけれど、強引だろうと自国の将を頷かせることは出来るのかもしれないわね。で……? その主である私は、借りられたことも知らずに、日々を過ごしていた……!? 軍師の失態に気づきもしないで……!?」

「ひぃいいっ!? もっ……もうしわけっ……申し訳ありません華琳さまっ! ですがっ」

「おだまりなさい!! 申し訳が無いのなら言い訳を口にするな!!」

「っ!!」

 

 いつかの繰り返しのように放たれた“おだまりなさい”。

 けれどそれは、いつかよりも余程に迫力があり、桂花を黙らせるには効果的だった。

 ていうか寒い! また背筋が凍るくらい寒い!

 夏でよかったなぁとかそんな考えが吹き飛ぶくらいに凍てつく殺気が部屋中に!

 

「桂花」

「……!」

「あなたは先ほど、今は危険な時期だと言ったわね」

「……は、は……ぃ」

「ええ、だからこそよ。今だから言うわ。───桂花、あなた……子を産みなさい」

「───!?」

「次代を担う子を儲け、それを育むことで、人として、女として落ち着きなさい。そして、それを通じて子に及ぶ悪影響というものを知っていきなさい」

「……! ……!」

「あら、だめよ。拒否は許さないわ。それとも迷惑をかけた兵らに代わる代わる質問をされたい?」

「~っ」

 

 震える桂花はもはや涙ぼろぼろだ。

 見ていられないのに、いつかのように逃げることもフォローすることも出来そうにない。そもそも尻叩きで終わったのが奇跡だったのだ。

 華琳の前に“二度目”っていうのは滅多にない。それが三度四度とあった筈なのに、桂花はやってしまったのだ。どうフォローしたってなにも変わらないだろう。

 そしてそんな状況の中、華琳さんが俺を見つめてくるわけで。

 く、くる! 絶対に孕ませなさいとか言ってくる!

 拒否するんだ一刀! 嫌がっている女性を妊娠なんて、さすがに無理だ! どんな言い訳でもいいから拒否する方向で───!

 

「というわけよ、一刀。桂花を孕ませなさい」

「いやいや無理だ! これから剣術の稽古があるんだ! 付き合えない!」

「今日は休みなさい」

「えぇっ!?」

 

 大驚愕! まさか華琳の口から休めという言葉が!

 いやまあ稽古なんてないのですが! あとなんでか脳内で“デェェェェェェン!”って効果音とともに、筋肉モリモリマッチョマンの変態が重火器を抱えて渋い顔をしていた。

 

「で? 他になにか言い訳は考えてあるのかしら。片っ端から却下してあげるから早く並べなさい」

 

 大変いい笑顔でそんなことを仰る覇王様がおりました。

 うん……まあ、逃げ道なんて最初からないって、わかってたよ……。

 なので、

 

「問う者よ! この世界の危機を救う術を、俺は探しに行く!」

 

 などと一気に言い放ち、窓へと走って逃走を「へ!? ぉゎぶべぇえっぷ!?」───した途端に何者かに足を掴まれて、顔面から床に激突。

 何事かと体を起こして振り向いてみれば…………いやいやいやいや!!

 

「桂花さん!? どうしてここできみが俺の足を掴みますか!?」

 

 どれほど動転しているのか、涙ぼろぼろでただただ首を横に振って俺の足を掴む桂花さんの姿が! いやっ、このままじゃきみ、俺とその……ねぇ!?

 やっ、そりゃあ大した面識もない兵大勢に代わる代わるっていうのを考えれば、って意味での行動かもしれないけどさ! そうなれば誰の子になるのかもわからない恐怖もあるだろうけどさぁ!

 

「一刀。今……逃げようとしたのかしら?」

「急に外の空気が吸いたくなったので窓を全力で開けに行きました」

「へえ? そう。世界の危機を救う術とやらはいいのかしら?」

「言ってみただけだから改まって問わないで!? ……あ、え、えーと……それからさ、桂花の罰、前みたいに尻叩きに落ち着いたりとかは……」

 

 恥ずかしさへの誤魔化しついでに、軽く提案。

 ……溜め息を吐かれてしまった。

 

「あのねぇ一刀。私はなにも、罰のためだけに桂花に子を孕めと言っているわけではないわよ。確かに罰ではあるけれど、優秀な軍師の子が欲しいのもまた事実なの。さて桂花? そうして産まれた子に、もしまだ必要のないことを言い聞かされ続けたら、あなたはどう思うのかしら。女が産まれたとして、男と付き合うことはとてもよいことだと教え込まれたら、あなたは堪えられる?」

「……、……!?」

 

 物凄く首を横に振ってる。

 そっ……そこまで嫌か!? なにがきみをそこまでさせたの!? 本当に不思議でならないのですが!?

 

「そう思えるのなら、余計なことは教えないことね。知識を与えろとは言ったけれど、男との付き合いの全てを絶つよう教えろと言った覚えはないわ。お陰で同年代の男を嫌って、父親好きが行き過ぎて怖いくらいじゃない」

「え? そ、そう? 俺ちゃんと好かれてる? 黄柄とか、未だに飛び蹴りしてくるんだけど。丕だって休みの日を合わせて遊ぼうとしたら、なんでか別の日にばっかり休み入れてるし」

「……ええそうね。その上で自分の無駄な行動に頭を抱えて落ち込んでいるわよ。あなたたちはね、一刀。まず話し合って休みを決めるところから始めなさい」

「いや、これでも話し合ったんだぞ? で、じゃあ華琳の休みは~って話になって……」

「驚かそうとして相談もせずに適当に休みを決めて、頭を抱えた?」

「……ハイ」

 

 返答は直後でした。「馬鹿ね」───これだけです。

 サプライズって、案外思っていたより上手くいかないもんですよね。

 と、こんな感じの自分らの馬鹿話で華琳の怒りを軽く宥めつつ、あっはっは~と笑いながら去ろうとして……あっさり捕まりました。

 

「さ、一刀。孕ませなさい」

 

 さらに全てが無駄であったことを悟ったのでした。

 ふふ、一刀よ。自分で思ったばかりじゃないか。華琳に二度目は滅多にないと。


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