「いや……けどさ、華琳。嫌がっている人に嫌いな男の子供を産ませるなんて───」
「あなたがやらないのなら、別の男になるだけの話よ。わかっていないの? それとも受け入れる気がないだけ? これはね、一刀。嫌がらせでもなんでもなく、“桂花自身の過ちによって生まれた罰”なのよ。今回もそう。王らを持て成すことで相手は納得したのでしょうね。あなたが持て成すことで。ええ、あなたがね」
「……言いたいことは、そりゃわかるよ。庇ってばっかじゃ解決なんてしないって。でも子供を産ませるっていうのは」
「きっかけがなければ優秀な軍師の血が途絶えるだけよ。桂花、あなたはそれで満足? 自分が育てた子とともに、この天下の先を見たいとは思わないの? 己が得てきたものの全てを託すことが出来る、自分の血を持つ者が欲しいと思わないと?」
「………」
「ええ、そうだというのならばそれでもいいわよ。罰は別に考えるとしましょう? ただ、用意した舞台の上でもないのに他国の王や兵らを罠に嵌めた事実。用意するものは、女として……嫌いな存在の子を孕めと言う言葉と並ぶほどの罰であると知りなさい。これは王として二度三度と見逃してあげたことさえ無視した不敬への、当然の罰なのだから」
「………」
桂花は顔を真っ青にして震えている。
当然だ……なにせ華琳の桂花を見る顔が、この部屋の空気よりも冷たいものだから。
冗談抜きで除名だなんて言いかねないほどに、つい最近までの平和の中に居た少女華琳のものではなくなっている。まさに覇王孟徳って表情だ。
……いや、大丈夫。ここで迂闊にも“少女って歳じゃないだろ”とか考えたりはぁああだだだだ腿がぁああーっ!! いやごめんなさい考えてないって考えを考えてしまってましたごめんなさい許して離して痛い痛い!!
八つ当たりのような抓りから逃れつつ、桂花の傍へ。
床に座り込み真っ青なまま震えている彼女へ、なにか声をかけてやらないと壊れてしまいそうで怖かった。
だから嫌がれるだろうが、震えてぶつぶつと言う彼女の肩を掴んで、きっと最悪な方向にばかり傾いているであろう思考に喝を入れてやろうと
「……へ?」
……思ったら、逆に服を掴まれた。
掴まれたというか、つままれたというか。
おそるおそる顔を覗いてみれば、涙をいっぱいこぼしながら俺を憎々しげに睨み、なのに“もはやこうするしか……!”とばかりに瞳にだけは魂が篭っていたりして……え、えー……? あの、なんですかこの状況……!
「……桂花。発言を許可するわ。一刀の服を握った意味を、はっきりと、明確に述べなさい」
「おわぅあっ!? 華琳!?」
俺の腿を抓ってから扉のほうに歩いていったから、てっきり出て行くのかと思ったのに、なんで隣に!?
なんて俺の疑問なんて右から左。うんわかってたけどさ。
ともかく涙でくしゃくしゃの桂花を見下ろし、言葉を待っている。
なのにその目はさっきのように期待を持たない目のままだ。
こんな状況じゃあ、桂花ももうこれが最後だ、なんて考えで頭がいっぱいだろう。華琳が望む答えをきっぱりと言えなければ、きっと……いや、うん。桂花さん? いくらなんでも除名はないと思うんだ。きっとこの状況も含めて全部華琳の掌の上だよ? ほら、今もきみが俯いた時なんか、ニタリとした笑みを───ヒィしてない! 冷たい表情のままだ!
ほ、本気か!? 本気で桂花を除名とかそれほどの刑に処すつもりで!?
「一刀。私はあなたを飾り物の支柱にした覚えはない───そうよね?」
「え? あ、ああ」
「同盟の証としても、三国の父としてもきちんと立ち、国へ返す心を忘れぬあなたを私は評価しているつもりよ。けれど、じゃあなに? 子も残さない、王の情けには楯突く、他国の王を罠に嵌める。さらには最後の情けにもはっきりと言葉を返せない者を、まだあなたは許せというの?」
「…………」
言われ、桂花を見つめる。
何度も何度も深呼吸をして、止まらぬ涙を拭おうともせず、それでも俺の服は離さずに、ぎぢぢと歯を食いしばって───それを覚悟としたようだった。よほどに言いたくなかったことを言うため、彼女は嗚咽をビシッと止めると、華琳を見上げてはっきりと言ってみせた。
「───この筍文若。体から心まで、華琳さまのものと決めております。華琳さまが望むのならば───っ……~……っはぁ……っ……! この身から産まれるものさえも……! 姓は筍、名は彧、字は文若、真名を桂花……! 私は、三国が支柱、北郷一刀との間に子を成し、生涯を魏に、華琳様に尽くすとさらなる忠誠を……所存などとは謳わず、我が命に懸けて誓います!!」
跪き、頭を下げ、華琳が言ったように“はっきりとした”答えを口にした。
ぼかすようなことを言えば、きっと華琳の目つきは変わることはなかっただろう。けれど期待の上をいったのか、華琳の表情に温かみが戻る。
俺はそんな状況にほっとしつつ、キイ、と開けた窓から足を出して逃走を……掴まった。涙目のままの桂花さんに、再び。
「あんたねぇ! 人が舌を噛み千切りたいほどの決断を口にしている横で、堂々と逃げ出そうとしてるんじゃないわよ!!」
「どれだけ綺麗に決心しようが結局は全部お前の自業自得なんじゃないかこの馬鹿ぁあーっ!! 嫌がる女に子供を産ませなきゃいけない俺の身にもなれぇえええっ!!」
「いぃいいい嫌がってなんかなななないわわわよ……!? これっ……これは華琳さまのっ……華琳様のためダッだだだもののも、ものののものもの……!!」
「今にも人を殺しそうなくらいの殺気出してどもりながら言われても説得力のかけらもないわぁあっ!!」
「くふふふふ……! 知っているかしら北郷……! かまきりの雌は雄との交尾中、雄を食べて殺すそうよ……? 種さえ出来れば雄なんていらないんだもの……殺してもいいって判断していいのよね……!?」
「華琳さん!? やっぱりちょっと驚かせすぎだったのでは!? ちょっと壊れてません!?」
「驚かす? なんのことよ。私は本気のことしか言っていないわよ。御託はいいからさっさと始めなさい」
「いやぁああーっ!? 女って怖ぇええーっ!!」
口調が崩れるのもお構い無しに、現在の心境を隠すことなく叫んだ。そんな俺は、華琳に捕まってずるずると寝台へと引きずられていっている。ふふふ、もはや腕力で勝てぬと悟ったこの北郷、涙も出ぬわ。別の悲しみでは盛大に出るけど。
「……桂花。本当に、本気か? やめるなら今だぞ」
「ふん、華琳さまに引きずられながら言っているあんたの言なんかで、今さら口にしたことを変える気はないわよ」
いや、今きみも引きずられてるからね? ごしごし涙を拭いながらも今思いっきり引きずられてるからね? つか片手ずつで人一人を引きずらないで!? 華琳さんあなたどこまで覇王なの!?
「それによくよく考えれば悪いことばかりじゃないじゃない。華琳さま公認の下、私の意志と知識を継いでくれる者を自分で産み出せるんだもの。言っておくけど子供が産まれてもあんたなんかに見せたり抱かせたりしないんだから! 誕生早々孕ませられたらたまらないわ!」
「孕むかぁああっ!!」
おぉおおおこの猫耳フード軍師さまはほんっとに二言目には孕む孕むとォオオオ!!
と、なにか言い返してくれようかと口を開きかけたところ、華琳が目で“黙ってなさい”と睨んできた。……もちろんそうされれば黙るしかなく……いや黙ったら抱くことになるんじゃん! とにかくなにかを……アア、ハイ、既に寝台の上でした。
「さて一刀? この期に及んでまだ渋るようなら、」
「待ったわかったもう絶はいいですはい!」
まだ絶は出されていないものの、もう出るパターンとかわかってしまっている自分が悲しい。
それに本人が決意して、子育てプランまで「くっふっふっふっふ……!」とか邪悪な笑みを浮かべながら考えてるほどなら……なぁ。
ムードもへったくれもない状況だけど、受け入れた。
「で、うん。覚悟は決まったんだけど……さ」
「? なによ」
「……華琳はさ、部屋を出たりは……」
「しないわよ? するわけがないじゃない」
「やっぱりぃいーっ!!」
なにを今さらとばかりに言われた。
そうだよねー、罰としての行為で、きみが部屋から出て行ったことなんてなかったもんねー。
俺、もう逃げていいよね? 次代の子を育むことは確かにやるべきことの範疇だろうが、見世物であることは断じて無い筈だ!
「ふうん? つまりなに? あなたは私にも混ざれと言いたいの?」
「なにも言ってませんよね!? 俺!!」
「わかるわよ。どうせ子供を作ることが務めのひとつにあろうが、見世物になるのは違うだのと思ったのでしょう?」
「───」
なんかもう心の底から素直に、“自分はこの人には勝てない”って思った。
や、惚れた弱みとかいろいろなもの度外視しても。
勝てるとしたらせいぜいで………………い、いえいえ、別に寝台の上で泣かすこととか、そんなことはですね?
「華琳、さすがに混ざれとは言わないけど、他人の行為を傍で見るのは……」
「初めての時は随分と乗り気だったじゃない」
「あれは忘れてください」
もう思い出したくもないです、はい。
あの時の俺はどうかしていたんだ……きっとそうだ、そうに違いない。
「あの時の言葉は今でも覚えているわよこの変態色欲種馬男! なにが“そう簡単に妊娠するかっての”よ! あんなことを言っておいて、よくも嫌がる人を~だのと言えたものだわ!」
「ぎゃああああ!! やめろっ! やめてっ! やめてくださいお願いします!」
かつての自分を振り返って、なんかもう地面に埋まって死にたくなった。
今思い出しても外道である。
華琳に言われたこととはいえ、いくらなんでもあれは……なぁ……?
「ああ、そういえばそうね。一刀? 嫌がっていた相手が自分から求めてくる気分はどう?」
「なんかべつに求めようが嫌がっていようが、嫌がってることには変わりはないみたいだから、うん。なんかいつもとなんにも変わらないですはい」
「まあ、そうよね」
言って、華琳は笑った。質問しておいて、既に答えはわかりきっていたようだ。
そんな笑みのまま、華琳が桂花を押し倒し、ゆっくりと体に触れてゆく……って結局参加するの!? いやいやちょっと待てなんだこの状況! やっ、子作りはわかるよ!? わかりたくないけどわかる!
でもなんというかこれって、華琳が出て行ってくれれば済む話なのでは───などと呆然と思っていたところで、急に扉が“どばぁあんっ!!”と勢いよく開かれ……アレ? 琮さん!? なんでここに!?
「お手伝いさん見てください! 昼餉におにぎりを作ってみました! 褒めてくだキャーッ!?」
「キャーッ!?」
なんかもう準備? うん、準備だね。を、し始めていた華琳と桂花の大人の愛劇場を発見、絶叫。
決めポーズよろしく、高々と自慢げに翳されたおにぎりが、絶叫とともにグシャームと握り潰され、なんとも見るも無残な姿に……などと冷静に頭が動く中、口から飛び出したのは琮と同じ絶叫であった。
いつか着替えを焔耶に覗かれた時のように、互いにキャーキャー叫び合って、終いには溜め息を吐いた華琳に脇腹をドボォと蹴られて落ち着いた。
それからの話はといえば……まあその。詳しく話すといろいろと危険なこともあり、軽く思い返す程度にしようか。
思い返すもなにも、脳内茹蛸状態でふらふらな琮を華琳が部屋から連れ出し、俺に「一刀。あとはあなたと桂花でやりなさい。私はこの騒がしい子に、のっくの仕方と空気の読み方を教えてくるわ」と言って姿を消した。
残されたのは当然といえば当然で俺と桂花なわけで。
お互い、顔を見合わせたのちに窓を閉めて扉を閉めて、鍵をチェックしたり天井に何者かが潜んでいないかまで入念に調べたのち……まあ、なんというか。一応、初めて? 同意? の下に、交わったわけだ。
ええ、行為の最中にはそれはもう様々な罵倒文句や、いつもの受け取りづらいあだ名みたいなものを幾度も飛ばされたわけだが、それでも。
俺はかつてを後悔しながらひどくやさしく行動。
桂花が一応ではあるが受け入れるかたちで行動。
結果として残ったものは、行為後……顔を真っ赤にして布団に顔を突っ込み、出てこなくなった軍師様の図だった。
ひっぺがそうと布団を掴めば、ぞるぞると布団の四隅を巻き込み丸まってゆき、ついにはアダマンタイマイへと進化した。
「………」
「………」
顔は出していない。
少しの隙間を空けて、そこから片目で見上げるように覗いてきている。
どうしろというのでしょう。
……あれか? 写真でも撮ればいいのか?
あ、写真で思い出したが、携帯で写真を撮ることを写メと言う人が居るが、写メって写真をメールで送受信すること……だよな? “写メ撮っていい?”という言葉は何処から生まれたのだろうか……。
と軽く現実逃避しつつ、携帯電話を手に持ったが……写真は撮らなかった。
事後の女性を撮るって、いろいろアレだろう。
たとえ相手の現在がアダマンタイマイであっても。
「………」
苦笑をもらしつつ、ぽむぽむとアダマンタイマイの上で手を弾ませて、服を着ていく。
肝心のアダマンタイマイ……桂花はどうしようかとも思ったものの、アダマンタイマイから見て彼女が着ていたものは離れた位置にあった。
時折隙間からヌッと手が伸びて、それを取ろうとするが……全然届いていないわけで。で、俺が取ろうとするとギャーギャーと罵倒が飛んでくるわけで。いわく、「手渡しされた服なんてきたら妊娠するでしょう!?」だそうで。
……いや、こう言うのもなんだけど、妊娠するのが目的というか罰なんじゃ……?
心の中でツッコミながら、漏れる笑みを隠しもしないで桂花の服を手に取った。やっぱりギャーギャーと文句を言われたけれど、なんかもう今さらだ。はい、と服をアダマンタイマイの前に置いてみれば、ヤゴの捕喰ばりの速度でシュパァンと引きずり込まれる服。
それからもぞもぞとアダマンタイマイが揺れるわけだが……途中から、と言うよりもよっぽど早く、アダマンタイマイからはぁはぁぜぇぜぇと荒い呼吸が漏れていた。
(………)
さて。
涼しくなってきたとはいえ、まだぎりぎり夏の暑さの残る季節。
そんな中、事後の熱がまだ体の芯に残った状態で、行為をしたために熱が篭っていた布団にくるまり、服を取ろうとジタバタもがいたりしたアダマンタイマイ先生が、今現在布団の中で服を着ようともがいている図が目の前にあるわけだが……
「はぁ……はぁはぁ、んっく……このっ……はぁはぁ……!」
…………不気味である。
なんだか呼吸が一層に荒くなってきて、揺れも大きくなってきて……落ちた。寝台から。
「桂花ぁあーっ!?」
咄嗟に布団を支えたものの、こう……くるるっと包みから中身が転がるみたいな感じで……ごどしゃあと落下。
春巻から具だけが放り出されたような状態で、どうやら熱と回転と衝撃で目を回しているらしい桂花さんは……何故か着衣で関節をキメるみたいな格好でがんじがらめになって、ぐったりしていた。
「どう着ようとすれば腕を通すところに足突っ込んで、もう片方に腕突っ込んで関節キメる結果になるんだよ……」
「う、うるさいっ! あんた、おぼえておきなさいよ!? 落とし穴のことがばれたからには、あんたの娘……劉禅が私を蹴ったことだって黙ったままにはしておかないんだから!」
「ああ、うん……それなんだけどさ。俺がどうこうする以前に、あれ以降にお前が掘った落とし穴に禅が落ちて、足を挫いたことがあってさ……」
「………」
「………」
「…………」
「……まあその……元気、だせ?」
「うるさい! いっそ殺しなさいよ! むしろあんただけ死ね!」
一応、蹴られた相手に復讐できてよかったじゃないかと言ってみたが、無意味であった。
親の言葉ではないにしろ、禅が桂花を蹴ったことは事実だもんなぁ……。