-_-/かずピー
……と。そんなわけで回想も終わった現在。
「と、このように。人を呪わば穴二つって言葉を彼女に当てはめた場合、落とし穴から始まる連鎖というものがあってだな」
「子供たちになんてこと教えてんのよこの馬鹿白濁!」
「馬鹿白濁!?」
思考回転授業……いわゆる頭の回転をよくするための、天の知識の授業をするため、街の私塾にて教鞭を振るったある日。
誰かを呪おうとすれば、いつかは自分に返るから気をつけような~ってことを、いろいろぼかしつつ話した現在。
「いや、それはお前に言われたくないぞ!? 普段どういう授業をしているか聞いた時、どれだけ呆れたかわかるか!?」
「気安くお前だなんて呼ぶんじゃないわよ夫婦とか思われたらどうすんのよこの液体!」
「自意識過剰の小学生かお前はぁあああっ!! ───液体!?」
ついに“男”すらつけられなくなった。
……あ、馬鹿白濁の時点でそうだった。
「ねぇねぇみつかいさまー、はくだく、ってなにー?」
「あ、おれしってるー! えーっとたしか、なにかえーと、けんり? をうばわれることだ!」
「それ“はくだつ”だよー」
「え? そうだっけ?」
子供はまだまだ純粋でございます。
むしろ子供とはいえ女の子に“白濁ってなにー?”とか訊かれて、桂花に贈るアイアンクローに力が篭りそうなくらいです。いや、ほんとにはやらないけどさ。
「桂花……この子供たちの純粋さを前にして、男の汚さとかよく教えていられるな……」
「子供のうちに女を敬う男として育てれば、将来使える男になるかもしれないんだから当たり前じゃない」
「人様の預かり子を好き勝手に育てるのはやめましょうね!?」
大体使える男もなにも、女性が強いこの天下……大体の男は女性を敬っております。確かに誰かを大事に出来る大人になってほしいとは思うけど…………桂花なら極端になりすぎそうで怖い。
そもそも今回のこの授業だって、華琳から命令されての授業なんだ。
あんまりにもあんまりな授業をしているようならば、罰を増やすとか……いや、もう勘弁してあげてください。教えるものに偏りはありますが、教えることはきちんと教えているのです。
その基準が“美しい孟徳様がどうのこうの”に関わる様々なことなのは、正直どうかとは思うが。
「いい? つまり慈悲深くも美しい孟徳さまが、突出した猪を抑えるためには───」
「はいっ、えーと、“はくだく”が、いのししをいっつもおさえておけばいいー!」
「そう、その通りよ」
「前言撤回なんてこと教えてんだこの脳内桃色軍師!」
「なっ!? 誰に向かって言ってるのよこの全身白濁男!」
……とはいうものの、これはこれで子供たちも楽しんでいる……んだろうか。
今日だけで何回叫び合ったのか、子供たちは「またはじまったー」なんて言って笑っている。
「ねぇねぇぶんじゃくさまー。ぶんじゃくさまはみつかいさまのこと、すきなのー?」
「私が? この男を? …………はんっ」
「鼻で笑われた!?」
「そんな感情は微塵もないわよ。あの時だって、華琳さまの命令じゃなければ誰が受け入れたりなんか」
「………」
そうは言うが、ひたすらにやさしく、ゆっくりじっくりと愛したあの日、彼女はめちゃくちゃ赤くなって顔を合わせるのも辛いってくらい恥ずかしがって、アダマンタイマイにクラスチェンジしたのだが。
……これ言ったらいろいろと叫び出しそうだし、言わないほうがいいよな。
しかし、華琳の命令だからっていうのは……ちょっと悲しい。
贅沢な話だし、実際心の底から嫌われているのか否かも……わ、わからない、かもしれないが、やっぱり悲しい。
「あのときってなにー? なにかしたのー?」
「ばっかだなー、きっとあれやったんだぜあれー!」
「あれ? あれってなにー?」
「うちのとーちゃんとかーちゃんもたまにやってんだぜー? せっぷんだとか、ちゅーだとか言ってた」
「せっ……!? こっ! こんなやつ相手にするわけないでしょなに言ってんのよ!」
「えー? してないのー?」
しました。
ひたすらにやさしく、ゆっくりじっくりと、何度も何度も。
……うん、なんだろう。
本当に、冷静に考えるととことんクズですね俺。
女性をとっかえひっかえ、愛すだのじっくりだの。
嗚呼、子供の純粋な眼差しが眩しい。
そして顔を真っ赤にして否定をし続ける桂花を余所に、俺はといえば……今日の夕餉、なにかなーなどと……軽く現実逃避をするのでした。昼もまだなのにね。
……いいよね、それくらい。
じゃないとさ、ほら。ギンッと睨んできた猫耳フード軍師さんの気迫に堪えられそうにございません。
男って弱いね、こういう時。まあ、睨まれたからって怒鳴り返す男になるよりは、こんな自分のほうがいいとは思っているわけで。
「じゃ、授業を続けるぞー」
「あー、みつかいさまごまかしたー!」
「ごまかしたー!」
「ごっ、誤魔化してなんかないぞー!? 授業中なんだから授業をしないとなっ!」
「じゃあみつかいさまー、みつかいさまはぶんじゃくさまのこと、すきー?」
「なっ!? ちょっと! 変なこと訊いてないで授業を───!」
「───ん、好きだぞ? ずっと守っていきたいって思ってる。(国に返すって意味も込めて)」
「なぁあっ!?」
子供に問われたことを、真正面から受け止めて真正面から返した。
さすがにもう何度も自問自答したことだ、躊躇なく言える。
桂花には嫌われてるんだろうけど、俺は別に嫌っていない。というか散々抱いておいて嫌いとか言えない。もちろん抱いたがどうとか、そういうのを抜きにしたところで、結局のところ嫌えないのだ、俺は。
そういう考えを煮詰めて、ずうっと考えてみれば……まあ、結局は好きなのだ。
「なに!? あんた変態!? 罵倒されても嫌われても好きだなんてよく言えるわね!」
「ん? んー……罵倒されようが嫌われようが、大切って思えるなら“好き”ってことじゃないか? むしろ罵倒も嫌いもしない桂花なんて桂花じゃないだろ。改めろって言われようが改めないからこそ、あんな罰が下ったんだし」
「な、か、くかっ……! かっ……!? ~っ……!」
事実としてあんな罰が下ったってことがあるからか、顔を真っ赤にして言葉に詰まる桂花さん。何かを言おうとしているんだろうけど、怒りからなのか図星からなのか、原因はわからないものの、思考が纏まらないようだ。
きっと人間がいっぺんにいろいろと喋られる存在なら、纏った罵倒がゴバァと飛び出すのだろう。こう、騒音レベルで。どちらにしろ聞き取れないだろうなぁ。
「みつかいさま~? みつかいさまはおこられるのがすきなの~?」
「怒られるのが好きな人っていうのはあまり居ないと思うぞ? きちんと相手のことを思って、成長を望めばこその説教ならともかく……ストレス発散のための説教ほど辛いものはないだろうなぁ」
「すとれすってなに?」
「…………よしっ。じゃあみんなー? 思考を回転させようなー? ストレスっていうのは───」
チョークを摘んだ指ごと手をくるりと回して、黒板にストレス、とカタカナで書く。
「ストレスっていうのはよく精神的なものの例えとして使われるけど、語源は機械工学にあって、まあ簡単に言うと“ものの歪み”に関係するもので───」
「きかいこうがくってなにー?」
「よーしよし、わからないことを考えようとする姿勢は大事だぞー? でもわからないから答えを得るよりも、自分なりにまず考えてみような? それが思考の回転だ。考えることで脳は発達するから、考えるより先に答えを得るのはあまりよろしくない。で、機械工学っていうのは───」
喩えを出す度にそれってなにこれってなにと言われ、一週回ってストレスに戻ると、子供達が「そっかー!」と笑顔で笑う。
うん、なんかこういう瞬間って嬉しい。
理解を得られることが嬉しいから、教師を目指す人は頑張るのかなぁ。
「………」
「ん? どうかしたか?」
笑顔できゃいきゃい喜ぶ子供たちを見ていると、ふと感じる視線。
隣を見れば、なにやらじぃいいっとこちらを見る……じゃないな、睨んでらっしゃる桂花さん。
「べつに。なんでもないわよ」
「そか。でも、やっぱり理解が早いなぁ。子供だからっていうのもあるんだろうけど、桂花の教え方もいいんだろうな。言い方が悪いだろうけど、知識に貪欲な子ほど教え甲斐があるよ」
「───。当然よ。私が教えてるんだから」
「これでなぁ……余計なことを言わないのと、問題の喩えが美しい華琳様じゃなければなぁ……」
「なに当然のことを否定しようとしてるのよ」
「既に当然の域なのか」
子供たちが不憫だとは言わないけど、考えてもみてくれ。
指折りで数を数える時、美しい孟徳さまが一人、美しい孟徳さまが二人って数を数えていた子供を街で見かけた時、俺でさえブボオッシュって吹き出して全力で止めに入ったんだぞ? それをお前、見てたのが華琳だったら罰がどうなるか……。
「………」
「? なによ」
微塵も考えてないんだろうなぁ。だって当たり前のことだって受け入れちゃってるんだもの。
「ああいや、なんでも。それよりほら、子供たちが知識をご所望みたいだぞ? これからどんな授業を始めるんだ? せんせ」
「ふんっ……べつにあんたの先生になったつもりなんてないわよ。……それじゃあ前回、途中になっていたところから始めるわよ。美しい孟徳さまが───」
「桂花さん? 一度美しい孟徳さんから離れてみない?」
「…………華麗なる曹孟徳様が」
「変わってないからそれ!」
「うるさい! 邪魔するなら出ていきなさいよ粘液!」
「邪魔っていうより方向性の問題───粘液!?」
けどまあ結局。どれだけ頭が良かろうが嫌ってようが、こんなやりとりをやっていても笑ってくれる人は居る。そんな瞬間のひとつひとつを嬉しいと感じられる今に、ただ感謝。
子供たちの「また始まったー!」なんて笑い声も、今となっては心地良く……いつか、懐かしむ時も来るのだろう。
(……最近、時間のこととかを考えると、妙に寂しくなるなぁ)
成長する子供たちを見て思うこと、同期だった兵が、どんどんと変わっていくのを見て思うこと、未来を思って溜め息を吐くことなんてたくさんある。
一週間、一ヶ月、一年……時が過ぎるたびに、心の中に穴が空いてしまうのを感じながら、いつかは嫌われていた時間さえも……愛しくなるのだろうか。
笑えた時間を思い出して、その時にこんなことがあったって懐かしめれば、その度に返したい思いは増えていくんだろうなぁ。いや、粘液って言われたことに対して喜びを抱くわけじゃなく。
(………)
なんかこのまま、無駄に人生経験ばかり積んで、体は青年、心は老人な自分になるのではと、確かにそうなるんだろうけどちょっぴり悲しい未来を描いた。
いや、いいと思うよ? どっしりと構えている、余裕のある青年。
でもなぁ、どうしてかなぁ、そこに女性が絡むだけで、余裕もなにもなくキャーキャー騒ぐ自分の姿が簡単に想像できるのは。
……何度目か忘れたけど、こんな心の苦労を分かち合える男の友人が欲しいです。
祭さんと紫苑と桔梗に一度相談したことのあることだが、笑われたあとに不可能だと言われた。何故? と問うたら、“お館様のように三国の支柱となり、三国の女性のみならず男性にも好かれた存在が他に居るとお思いか?”と返された。
うん、その時にわかったのです。
分かち合うのは永遠に無理だと。
だったらもう開き直って、こんな気持ちをわかってくれる息子が出来れば……! なんて思わないでもない今日この頃。どうしてかなぁ、自分の未来を簡単に想像出来るのと同じで、息子じゃなくて娘しか産まれないんじゃないかって思ってしまうのは。
それに大体にして、息子にわかってもらうにしても、気持ちを分かち合うってことは……ほら。将来的には周囲の女性をとっかえひっかえ……いや無理! 息子にだけは! 子供にだけはそんな道を歩いてほしくない! 主に胃痛とか、女性に振り回される苦労とか空を飛ばされる悲しさとかそういった意味で!