真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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14:呉/仲良くなるきっかけ②

-_-/回想

 

 その頃の俺といえば、誰に命令されるでもなく町を駆け回り、親父や他の父上様、母上様の手伝いをしていた。

 頼まれればサーイェッサーとばかりに振り向き、頼まれるがままに駆け回り……気づけば陽が落ち、眠る。そんな日々の繰り返し。

 その最たる原因が、俺を振り回す元気な元気な雪蓮さんであることは、もはや言うまでもないだろう。

 頭を撫でたあの日からかどうなのか、何故かやたらと俺を引っ張り回したがる彼女は、騒ぎが起こるよりも早く“不穏な空気を感じるわ”などと言い、俺を引っ張り出しては兵も用意せずに自分と俺の二人での遠出。

 人の三日毎の鍛錬も頭に入れず、辿り着いてみれば(いさか)いが起こっていた街や(むら)で、へとへとになるまで奉仕活動をさせては、一人茘枝(らいち)酒を飲んで“あっはっはっは”と笑っていた。

 そんな小さな愚痴を祭さんにこぼすと、「何故儂も誘わんのだっ!」と怒りだす始末であり……いや、あなた酒を呑みたかっただけでしょう? などと呟こうものなら説教でも始まりそう……っていうか、その矛先がど~してか俺に向けられる事実は、もういろいろと諦めるべきなのだろうと、呉の暮らしにも多少は慣れてきた頃のこと。

 

「へえ……じゃああの服の意匠は魏から受け入れたものなのか」

「は、はひ……あのっ、あああ、あれは一刀様が意匠した、と聞きましたがっ……」

「そうそう、いやー懐かしいなぁ。そっかそっかぁ、そうだよな、同盟組んだんだし、技術の相談なんかもそりゃあするか」

 

 漢文の勉強はしたといっても、これで結構細かい部分での違いはあるらしく、そこのところを呂蒙に教えてもらっていた。

 その途中、ふと宴の時に呂蒙が着ていたエプロンドレスのことを思い出し、訊いてみると───俺が服屋の主人と話し合いながら組み立てていった意匠の中の一つに工夫を混ぜて仕立ててみせたものだ、というのだ。

 不思議な縁もあるもので、けれど確かにこの時代で普通にエプロンドレスを作る人が居るわけが……いや、居るか? この時代でも外国……といったら聞こえは悪いが、あっち側の方ではエプロンドレスくらいはあるかもしれない。

 事実、下地となる意匠があっただけでもあんなに見事に作ってみせるのだ、呉の人のセンスに感心を抱くのは当然だった。

 

  それはそれとして、現在休憩中。

 

 ほうっておけばいつまでも机にかじりついて日々を過ごす呂蒙を見かね、冥琳が外の空気でも吸ってこいとお暇をくださった。

 俺の手にはほんの一握りのお小遣い。といってもまあまああるのだが。

 まるで「このお小遣いをあげるから外で遊んでおいで」と送り出された子供である。

 ……気持ちはわかるんだけどね。俺も呂蒙も、一度なにかに集中しちゃうとそれにかかりっきりになっちゃうし。俺の場合は鍛錬のほうでよくそうなって、呂蒙は勉強だな。そんな二人が一度机に座って集中し出すと、いつの間にか陽が落ちていることばかり。

 そんな前科(と言うべきだろう)もあってか、冥琳は俺達の反対意見など最初から聞く耳持たずで、半ば追い出すように町へと向かわせた。おまけに今日は誰かの手伝いをすることを禁じるとまで言ってだ。

 今日はいわゆる、気力充実のオフ日ってやつだろう。

 しかしこんな、まだ一日が始まったばかりの時分に出されてもな、と思うわけだが───

 

「………」

「………」

 

 会話が続かない。

 呂蒙は俺の質問に一生懸命になって返事をしてはくれるのだが、自分から語りかけてくることがまずないのだ。

 まだ慣れてくれていないのか、それとも純粋に男が苦手なのか。そこのところを掴みかねているんだけれど、無視をすることは絶対にせず、話し掛けようとしてくれる雰囲気は見せてくれるので、周泰と同じくとてもいい子なのは目に見るだけで明らかだった。

 一歩近づけば一歩離れるような、素晴らしきパーソナルスペースの持ち主でもあるわけだが、そんなものは誰だって一緒だろう。

 嫌われていないってわかるだけでも、今はそれで十分だ。

 

「なぁ、呂蒙」

「ふえぇえっ!? ふわっ、はひっ!? なななんでしょおぉっ!?」

「………」

 

 いや……十分だよ? ほんとだよ?

 ちょっと話し掛けただけでも叫ばれるほど驚かれても、嫌われてないってことだけは……うん、わかる……よ? 北郷ウソつかない。

 

(どうにかしないとな)

 

 俺と一緒に居る呂蒙が、息苦しい思いをしないためにも。

 誰かと一緒に居て、話しづらかったりするのは辛いだろうし……んー……。

 なにかプレゼントしてみるか? 新しい筆───はちょっと手が出せそうにない。使い慣れたもの以上となると、どうしても値段が上がりそうだ。

 だったらどうにかして自分で作ってみるとか……いつ出来るかわからないな、却下。

 

(もっと単純な、軽くにこやかになれるようなものとかはないだろうか)

 

 呂蒙の性格は魏にはなかったものだからな……真面目と弱い部分とでみると、どちらかといえば凪に近いものを感じないではないけど……凪はここまで人見知り的ではなかったし。

 うーん…………及川だったらこんなとき、どうコミニュケーションを取るんだろうか。

 

  「そら自分、モノで釣るに決まっとるやろ」

 

 ……思い出の中の眼鏡男子が、口を歪ませ眼鏡を輝かせ、自信たっぷりに仰った。

 モノ? モノって……やっぱりプレゼントか。

 

  「や、そら自分、違うわ。そんな、大して親しくもない相手から形として残るモン急に渡されて、きゃ~んありがとぉ、なんてことになる思とんのか?」

 

 いや……逆に引くな。むしろどうしてプレゼントされるのかって警戒する。

 

  「せやろ? やからここはなぁ、まず食べ物から入るんや。渡されて嬉しい、しかもお腹も満たされるっちゅう一石二鳥のモノ! それが食べ物っちゅーわけや!」

 

 お、おお! なるほど! 冴えてるじゃないか及川!

 

  「ふふーん、伊達にモテへんわけと違うんやでかずピー。俺かて本気出せば───」

 

 伊達にモテつつフラれつつしてないなっ!

 

  「うわぁあああんかずピーのドアホォオオオオオオッ!!!!」

 

 ……思い出の中の眼鏡男子が、顔を歪ませ涙を散らし、走り去っていった。

 えーと……ありがとう、及川。お前がくれた助言、胸に刻むよ。

 

「………」

 

 とはいったものの、“モノで釣る”っていう言い方の所為でこう、罪悪感のようなものがじわじわと滲み出てくるんだが。

 い、いや、これは必要なことなんだ。呂蒙が緊張しないために、“まず”の一歩。よし、うん、じゃあ問題は“なにをあげるか”だよな。

 

「んー……」

「……?」

 

 辺りを見渡してみる。

 少しずつぎこちなさが剥がれ始めた賑わいの中、誰もが急ぐわけでもなくのんびりと、その喧噪を楽しんでいる。

 呼びこみの声やものを焼く音、香ばしい香りや甘い香り、目を向けなくても何をしているのかがわかるくらい、声や音や香りが溢れていた。

 そんな中で俺が目を向けたものは───あんまんだった。

 

「おや一刀。どーだい? 食ってくかい?」

「や、おふくろ。んー……」

 

 湯気が漏れる店の前、集まる客を捌きつつも俺を見つけ、声をかけてくれるふっくらしたおふくろさん。

 威勢がいいことで有名で、一度“皆にゃ内緒だよ”と食べさせてもらったあんまんはとてもとても美味しかった。

 考えてみれば魏では野菜や肉やラーメンばっかりで、こういった……甘味って呼んでいいかは判断がつかないものを食べる機会はあまりなかった。

 凪や真桜や沙和と食べに出かければ、麻婆豆腐や餃子などが主だし、季衣とともに食べる流琉の料理はがっつりしっかりと食べるものばかりで、デザートのようなものはあまり……だよな?

 たまに華琳が春蘭と秋蘭を連れて甘味を食べに行くのを見ていたくらいで、俺が食べたのなんて数回程度だ。

 と、今はそんなことより呂蒙だ。

 どうするかを思考する中でちらりと見れば、店には寄らずに離れたところにちょこんと立つ呂蒙。

 どこか、親とはぐれた子供のようにそわそわと微妙に肩を揺らし、視力の弱い目で必死に俺を見ていた。……相変わらず睨まれているようにも見えるわけだが、俺を見失わないようにしてくれているのであれば“嬉しい”の一言で済ませられるんだから不思議だ。

 

「ん、ごめん。今回はいいや」

「おやそーかい。まぁ、またいつでも来るんだよ。あぁ、なんなら今手伝ってくれてもいいし」

「ごめん、それはまた今度。今は先約があるから」

「先約?」

 

 きょとん、と俺が振り返る場に視線を向けるおふくろ……の目が呂蒙をおどおどとしている呂蒙の姿を捉えるや、

 

「あぁあらあらあらあらっ、子明様じゃないのさっ。一刀ぉ、あんたいつから子明様とそんな仲良くなったんだいっ?」

 

 さっぱりとした笑顔がにたりとした笑みに変わり、店からどすどすと歩いてくるや俺の背中やら肩やらをバンバンバシバシと叩いてエェッフ! ゲッフ! ちょっ……妙なところキマった!! 少しは加減を知ってくれおふくろっ!

 

「そ~かいそ~かい、一刀は大人しい子が好きかい。だったらもう子明様は文句なしだろうねぇっ、あっはっはっはっは!!」

「あっ! だっ! ぐはっ! ちょ、おふっ、オフッ! ゲッフ! おふくろっ……! 客っ、お客さん困ってるって!」

「おぉっとと、しまったしまった。仕事ほったらかしにしちゃ、おまんまなんて食えないってねぇ。ま、上手くやるんだよ、一刀。あんたにゃもったいないくらいの相手なんだから」

「それと勘違いしないっ! 俺はされてもいいけど、呂蒙が迷惑するだろっ?」

 

 散々と叩かれた背中をさすりつつ言ってみるが、おふくろは「馬鹿言うんじゃないよ」とすかさず言ってみせ、

 

「女ってのはねぇ、興味のかけらもない相手をああやってずっと待ってたりしないもんだよ。ほら、とっとと戻っておやり」

「おふくろさん!? なんだかとっても勘違いされている気分が足下からじわじわと体をよじ登ってくるのですが!?」

「あぁもう男がうだうだ言ってんじゃないの、しゃきっとしなさいっ、もう!」

「いやそんな急に典型的なかーちゃんみたいなこと言われても……! あ、じゃ、じゃあ一つ訊いていいかな。女の子が喜びそうな食べ物っていったら……なんだろ」

「……ははぁん……?」

「ごめんやっぱりなんでもないです」

「お待ち」

「離してぇええーーーーーっ!!」

 

 女性に年齢などないのだと感じた瞬間、逃げようとした俺はニヤリと笑うおふくろに肩を掴まれた。子供からおばさままで、女性というのはとかく、色恋には興味津々なようだ……だから逃げようとしたのに。

 

「ふっくっくっくっく……なぁんだかんだ言って、やっぱり本気なんじゃないのこの子ったら……!」

「…………」

 

 俺の本当の母さんも、俺に恋人が出来たとかって聞いたらこんな顔して笑うんだろうか……そんなことをしみじみと思ってしまうほど、滅茶苦茶に嬉しそうな顔で笑われていた。

 どうしよう、今すぐ逃げ出したいのに逃げられない。

 どの時代でも、奥方様というのはこういう話に飢えているものなのかもしれないなぁ……。

 

「そう嫌そうな顔をするんじゃないの。一刀、あんた金はあるのかい?」

「あ、うんまあ、多少なら」

 

 一応仕事の手伝いやらをして、給金はもらっている。

 

「んー……そうかいそうかい、こんだけあれば買えるだろうさ。ちょっと待ってな、今材料と地図を書いてやるから」

「?」

 

 材料? 地図? ……急すぎて話が見えてこない。

 しかしながら、ざっと書かれたにしては案外丁寧な地図と、行くべき場所を丸で囲った目印が書かれた……えと。饅頭を包む紙袋を切って使われた地図を手に、「頑張ってきなっ」と背中を押された日には、なにがなにやらわからんまでも頑張らなきゃいけない気にはなるというもので。

 首を傾げつつも呂蒙のもとへと戻ると、呂蒙は睨むような眼光を落ち着かせると同時に、ホッとした表情で迎えてくれた。まるで寂しがりの子犬を見ている気分で、こう……抱き寄せて無茶苦茶に撫で回したくなるような衝動に駆られ───落ち着け俺! 思春様が見ている!

 

「お、おまたせ。行こうか」

「は、はあ……」

 

 “どうして俺がどもるのかわからない”といった風情で、けれど訊くことはせずについてきてくれる。

 そんな様子にただ思う。呂蒙に恋人が出来たら、彼女はきっと恋仲になった相手を立てる女の子になるに違いない、と。こう、なんていうのか……男の後ろを三歩離れた位置からついてくるような……そんな感じ。

 

(俺は……隣を歩いてくれていたほうが嬉しいけど)

 

 もしくは俺が三歩後ろを歩くとか。───って、俺の好みはどうでもいいから。

 

「あのさ、呂蒙。おふくろになにかのメモ貰ったんだ。今からこの材料を集めてみようと思うんだけど、時間、大丈夫かな」

「ふえっ……あ、は、はひっ、だだ大丈夫ですっ」

「そ、そか」

 

 いつまで経っても慣れてくれない。

 他のみんなにいくら声をかけられても、ここまでおどおどすることはないんだけどな。

 やっぱり男が苦手なんだろうか……と思いつつも、いつか手を握って友であることを約束したことを思い出せば、少なくとも自分は嫌われていないと頷けるわけで。

 

(焦らない焦らない)

 

 まずは一歩一歩だ。

 距離を縮められないなら、方法を探せばいい。

 そして今俺がしている行為は、おふくろが言うにはいいことに繋がる……はずなのだ。

 自分だけじゃどうにもならない状況なんだ、素直に従っておくべきだろう。

 そんなわけで俺は呂蒙を連れ、点々といろいろな店を歩いてまわり───

 

……。

 

 一通りの材料を揃えたのちには、城の厨房に二人で立っていた。

 

「じゃ、始めようか」

「は、はい……」

 

 腕まくりをする俺の隣には、エプロンドレスに着替えた呂蒙。

 どうやらおふくろは俺に材料を集めさせ、さらに一緒に料理をすることで親密度をUPさせよう、という魂胆の下に俺の背を押したらしい。

 書かれていたものは材料と地図、そしてレシピだ。

 そんでもって、俺達がこれから手をつける料理というのは、ごまダンゴという物体。

 簡単で、しかも美味しいのだという。

 そんなので呂蒙との距離が縮まるのかな……と心配になったが、料理というよりはおやつ作りというのも初めてに近い。

 なにごともとりあえず経験だと思ってしまっては、もう後に引くことなど考えることもなく、こうして腕をまくっていた。

 

「では確認! だんご粉!」

「えと、これ……ですね」

「声が小さいっ」

「ひゃうっ!? え、えと……?」

「だんご粉!」

「う、う……ば、ばっちりですっ!」

「よしっ、あんこっ!」

「まあまあですっ!」

「ごまとごま油っ!」

「揃っていますっ!」

「よぅしっ! それじゃあこれからクッキングタイムに入りたいと思います」

「はひっ! ………………くっき……?」

「とりあえずでも大きな声で返事してくれてありがとう」

 

 叫んでから首を傾げた呂蒙が可愛くて、思わず頭を軽く撫でてしまう。

 呂蒙は顔を赤くしたけれど、逃げることはせずに撫でられたままでいてくれた。

 ……よし、それじゃあ始めよう。

 

「えー…………? まずだんご粉を水で溶いて……? 耳たぶくらいの硬さになるまでよくこねる、と……ダマにならないようにしないとな……」

「だま……?」

「ん? ああ、ほら、こうして水を入れてさ、箸とかで溶いてみると……ほら、粉の塊の表面だけが固まって、玉みたいになるだろ? これがダマ。これは箸とかじゃなくて手でこねたほうがいいらしい」

「そ、そうなんですか。それじゃあ……えと……」

 

 戸惑いながらも、呂蒙はぐっ、ぐっと生地となるだんご粉を練っていく。

 俺は横から水を少しずつ加えてやり、硬さを調べながらジリジリとサポート。

 こういう場合は男の俺がやるべきだろ、って? いや、それは確かにそうだけど、勉強大好きの呂蒙さんにも勉強以外のことを学んでほしいと思うのだ。

 これはその過程のひとつ。勉強も大事だけど、他にも学べることはあるんだよって言葉を、声としてじゃなあなく届けたいんだ。

 俺の言葉を届けるっていうよりは、おふくろの言葉をってことになるんだろうが。

 

「あ、隠し味に生地にも砂糖を混ぜてみるのもいい、って書いてあるな。砂糖は…………って、勝手に使って大丈夫なんだろうか」

「それは……その、ちょっとわかりません……」

「だよな。じゃあ今回はこのままでいってみよう」

「はいっ」

 

 ねりねりとこねていく。

 単純作業だが、これで案外共同作業のようなものが好きなのか、生地をこねている呂蒙の顔は綺麗な笑顔だった。

 

「よし、これくらいかな」

「はふっ……結構疲れます……」

「ははっ、普段使わなそうな筋肉だもんな。代わろうか?」

「い、いえ、やってみたいです。じゃ、なくてっ……そのっ、い、いい……いしょ……一緒、に、その……」

「……? ああ、うん。一緒にやろうか」

「…………はいっ!」

(あ……笑顔)

 

 ぱあっと綻ぶ表情に、どこか安心を覚える。

 呂蒙は……正直なところ、あまり笑顔を見せてくれない。

 周泰のようににっこにこで元気ッ子というわけでもないため、だけでもない。

 男が苦手だ~という仮説はいくらでも立てたが、そもそもの時点で人が苦手なのだろう。いわゆる人見知り。

 見知らぬ人に吠えるでもないのだから、番犬のようだ~とは言わない。猫だな、うん。それも子猫タイプ。

 そんな彼女の笑顔を見られる瞬間には、知らずのうちに入っていた肩の力だろうがなんだろうが、そういった強張りがスッと抜けるくらいの可愛さがある。

 滅多に見れないものへの安堵感やら感動やら、そういったものが混ざるからだろうかなぁ。見ると安心するんだ。

 

「じゃあ次に生地をいくつかに千切って薄く伸ばして───……このくらいかな?」

「餡子を包めるくらいの大きさ……ですよね」

 

 ぐっ、ぐっと手の付け根あたりで押し広げるようにして伸ばしてゆく。

 薄白い生地が上手く円の形に広がっていくと、たったそれだけでも俺と呂蒙は互いの顔を見て笑い合った。

 そこにせっせと小さく取った餡子を乗せ、生地で包みこむようにしてこねこねと丸める。

 

「なになに……? 丸める際には、厚いところと薄いところ、ばらつきがないように綺麗に丸めること……か」

「は、はい。えと……伸ばす時に注意すれば大丈夫ですね。なんとか出来そうです」

 

 こね、こね、こね、と。生地と餡子を合わせ、団子を作っていく。

 現時点ではただの団子。これに白ゴマという名の装飾を施したのちにごま油でカリッと揚げたものがごまダンゴとなる。

 しかしまだだ。この餡子を包むという作業、これでなかなか難しい。

 大きな生地から千切った小さな生地には、どれだけの餡子が包めるのかが把握できないのだ。餡子が大きすぎれば包み込めず、小さすぎても中身のないただの空洞ダンゴになる。

 当然餡子の大きさの問題だけではなく、千切る生地の大きさにもよるので、これがまた余計に難しい。

 にこにこと笑っていた俺と呂蒙はいつしか無言となり、キリッとした顔で黙々とダンゴを作っていき───

 

「できましたっ!」

「こっちもだっ!」

 

 生地と餡子が尽きた頃には、ほぼ同時に顔を上げ、目が合うとにっこり笑顔。

 出来上がった団子の数々を見せ合うと、どうにも二人ともデコボコだったりした。

 それに気づくと、恥ずかしがりながらも笑って、形を整えるべく再びこねこね。

 まだマシっていうレベルの“見られる形”になってくると、今度は適当な容器に開けた白ゴマの上に団子を落とし、軽く押し付け埋め込むようにぐっぐっとゴマをくっつけてゆく。

 あとは熱しておいたゴマ油にごま団子(未完成)を投入、カリッとなるまで揚げれば───と、はい。ここに完成しているものが───あるわけがなかった。

 

「ガスコンロだったら微調整もできるんだけどな……愛英知クッキングヒーターでもいいけど」

「天では“英知”で火の加減が調整できるのですかっ!?」

「あ、いや……愛英知っていう、火を使わないでモノを熱くする道具があるんだ。モノが燃えることはないけど、とても熱くなる」

「す……すごいです、そんなものが天にはあるんですか……」

 

 呂蒙の言葉ももっともだ。感心する姿勢を取ってみないとわからないことだが、よくもまあそういったものが作れるなと感心する。

 なにもないところから始めて、手探りでそこまでの技術に達したんだから、つくづく先人って存在は凄いと思える。

 

「まあ……じゃあ、揚げてみようか」

「は、はいっ」

 

 気合一発、ぐっと両の握り拳を胸の前に構えた呂蒙が熱された油の前に立ち、素手で掴めるだけ掴んだダンゴをンゴゴゴゴと震える手で油へと───ってちょっと待ったァアアッ!!

 

「呂───」

 

 否! ここは叫んで駆け寄るところじゃない! なんというかその……あれだ! そのパターンはびっくりさせてバッシャーンでギャアーなパターンだ!

 故にここで正しいと思われる選択! それは静かに駆け寄りそっと止める! 結論を出したその瞬間には既に行動は終わっており、俺は静かなる無駄のない動作で呂蒙の両手をそっと掴み、行動を停止させてい───

 

「───~っ!! ひゃうぅあぁあああああっ!!?」

 

 ……た、はずなのに響く絶叫。

 なにを間違えたのかと言えば、彼女がひどく人見知りの激しい子だって事実を閃きの中に混ぜなかったことが敗因。

 急に抱き締めるように後ろから止められた呂蒙は、絶叫とともに身を振るい、手に持った団子を宙へと飛ばし───って、なにぃ!?

 

「───!」

 

 飛ばされた団子の数……およそ6!!

 うち四つが同じ方向へと飛んだが、残り二つはバラけて困った方向に……!

 

「呂蒙! 左側、任せたっ!」

「ふえっ!? は、ひゃうっ!?」

 

 俺は右側───四つ飛んだ方へと駆ける!

 といっても城の厨房とはいえそこまで大きなモノではない分、呆れた距離を駆ける必要も無い……のだが、壁や天井にぶつかってしまうくらいならば多少無茶でも止めてみせる!

 

(錬氣集中!!)

 

 練った気を足に集中させ、石造りの床を蹴る! 瞬間、床から離れた足の底は勢いよく壁に衝突し、その勢いが無くならぬうちに壁を駆け上がるように走り───団子が壁の高い位置に衝突するより早くトチャッとキャッチすると、安堵の瞬間集中が切れ───ドグシャアと床に落下した。

 

「あいっ! ~っ……つっはぁあ~……!」

 

 しかし、しっかりと団子は死守。

 ホッと息を漏らしつつ呂蒙のほうを見てみれば───……

 

「………」

「………」

 

 運悪く、天井の出っ張りにさっくりとくっついてしまっている団子が二つ。

 棒かなにかで落とそうか……と視線を外した途端、デドッ、と妙な音。

 視線を戻してみると、見上げていた顔面に団子を二つ乗せつつ、手をクロスさせて天井へと向けている呂蒙の姿があった。

 …………たぶん、落ちてくる団子を手で受け止めようとしたんだろうけど……なんだろう。後ろから見ると、バイクで走る仮面なライダーヒーローの変身ポーズにしか見えない。

 そんな彼女の顔の上からひょひょいと団子を取ってあげると、いろいろな意味で恥ずかしいところを見せてしまったといった様子で、俺からババッと距離を取ってあたふたと言葉にならない言葉を放ち出す呂蒙。

 ……うん。とりあえずは手にある団子を器に戻すと、二つの団子のへこんだ部分を包丁で刳り貫き、パックマンみたいになったそれをささっと丸めていく。

 そうしてから、何故かカタカタおどおどと震えている呂蒙を笑顔で手招きして、手を差し伸べる。

 

「失敗なんて気にしない気にしない。一緒にやるって言っただろ? 失敗は次回に活かせるけど、挫折は失敗の念しか引きずれないよ。……やるなら最後まで、一緒に楽しく。な? ていうかそもそも俺が急に止めたからだよな、ごめん」

「……あっ、いえそのっ……考えてみれば、一気に全部を入れようとするのは危なかったと思うのでっ……あのっ……!」

 

 おずおずと近づき、伸ばされた手が俺の手を握る。

 俺はそれを笑顔で握り返すと、少々照れくささを感じながらも……ちょっと待って? 今なんて言った? 全部? ……全部入れる気だったの!?

 

(……気合い。き、気合い入れよう。主に呂蒙が暴走しない方向に……!)

 

 心も新たに、改めて、ごま団子との格闘を再開させた。

 大丈夫、なんとかなる……! 少なくとも春蘭が料理をする以上にひどい結果なんて、そうそう起こるわけがないのだから───!

 

……。

 

 と、いうわけで。完成したものがここにあります。今度は本当に。

 

「できましたっ」

「おぉ~っ!」

 

 出来上がってみれば、焦げたりゴマが剥げたり餡子が飛び出て悲惨だったり、“大小”と“代償”が様々な団子が……。だがそれがなんだというのだろう。俺達は互いに懸命に、こうして形になるものを作り上げたのだ。

 うん、餡子がごま油に溶け出して爆発したときは、呂蒙ともどもホギャーって感じだったけど。

 銃弾や矢、魔法やら落下物から女の子を守る男ってのは聞いたことも読んだこともあろうものだろうが、跳ねる油から女の子を守るスケールの小さい男なんて、俺くらいなもんなんじゃなかろうか。

 しかしそんな寂しい調理感想は横に置くどころかポリバケツにでも捨てて、回収してもらうとしてもだ。

 焦げたものはいくつかあるものの、初めてにしては十分な出来じゃないか。

 ただひとつ言えることがあるとすれば、もはやどれがどっちが作ったごま団子なのかが、まるで、ちっとも、てんでわからないといったことくらい。

 出来上がってみれば、形が整ったものなど大してなかったのだ、仕方ない。

 

「じゃあ、せっかくだから外で食べようか」

「はいっ」

 

 形を問題にするのはお金持ちや見栄っ張りさんに任せよう。

 華琳はブスッと怒るだろうが、今ここで重要なのは一緒に作ったものが美味しいかどうかなのだ。

 それに……べつに不味くてもいいじゃないか、重要って言った矢先だけど、一緒になにかを作るっていうのはこれで案外楽しく、悪くなかったといえる。

 あのままただ漠然と歩いたりしているだけじゃあ、呂蒙のこんな笑顔は見られなかった自信があるから。

 

「~♪」

 

 いそいそと紙を敷いた籠にごま団子を移す呂蒙を見る。

 鼻歌まで歌って、本当ににこにこ笑顔だ。

 ほら。形こそ歪だし、もしかしたらその多少の違いで美味しいものが美味しくなくなるかもしれないけど……こんな笑顔が見られたなら、俺も笑うべきだ。というか自然と笑ってる。

 それに気づいた呂蒙が、もはや気恥ずかしさも見せずに純粋な笑顔を見せてくれるくらい、なにかを作るって作業はささやかだけど確かな興奮を、俺達にくれたのだ。


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