流星(?)の落下地点には人が一人倒れていた。
数え役萬☆姉妹の事務所近くに落下したソレは、何故か小さなクレーターの中心でヤムチャなポーズで気絶。
そしてその服装は……遊ぶ気満々の、外行きの服。しかも、天でしか見られないような、フランチェスカの制服ほど綺麗とは言わないまでも、良い材質で作られたものだった。
「あ、ちょっと一刀ー! なんか急に人が落ちてきたけど、なんなのよこれー!」
そんなヤムチャさんな人の傍で、腰に手を当ててぷんすかしているのは、事務所でのんびりとしていたのだろう地和さん。
いや、地和? この世界ではなんでもかんでもいろいろ起こるからって、人が空から降って来たのにその反応ってどうなの?
「…………」
「………」
そんなぷんすかさんの意見など右から左。
倒れている男の顔を見た華琳は面白そうに口角を持ち上げ、俺は……“かつての知り合い”がそこに居たことに喜びと戸惑いとを合わせた感情を抱いていた。
「………」
噂をすれば陰が差す。
そこで倒れていたのは紛れもない、及川祐その人だった。
しかし喜びも困惑も束の間だ。常識的な思考が働けば、空から降って来た人間が無事という考えは働かない。なんかもう散々と空を飛ばされた俺が言うのもなんだけど、それでも相手が及川だってことが、ほんのちょっぴりだけ常識を思い出させてくれた。
「衛生兵! すぐにこの者を医療室へと」
「あ~、死ぬか思たわ」
「はこぉっ!?」
それは華琳も同じだったようで、すぐに衛生兵への指示を……出そうとした途端、倒れていた及川がむくりと起き上がった。
……どれだけ打たれ強いんだ、お前は。
覇王も驚くそのしぶとさ、まさに国宝級である。
「ん? お、かずピー……ってなんやジブンその格好。汗流しにいって、なんでまた胴着やねん」
「あー……うん、とりあえずちょっと待ってくれ」
OK、その言葉だけで十分だ。やっぱり向こうじゃ時間は経ってない。
それはまあわかってたというか、覚悟はしていたけど……そっかそっかー。
じゃなくて。いやそれも重要だけど。
「えーと、及川、だよな?」
「? どないしたんかずピー、もちろん俺や俺、及川祐。ゆう、やのーて“たすく”な、タスク。かずピーやあきちゃんの悩める親友。覚え辛かったらこう……牙、って書いて
「……及川祐ね? 一刀から話は聞いているわ」
戸惑う及川に、華琳が声をかける。
地和は戸惑う及川を珍しそうにじろじろと見て、及川はそんな視線に自分を抱くようにしてくねくね蠢いている。及川、悪いことは言わん。華琳の方を見なさい。
「っとと、べっぴんさんに声をかけられて返事をせんのはいかんな。うんそう、俺及川祐。“す”を抜いて気軽にたくちゃんとか呼んでくれてえーですよー」
「そう。名乗られたのなら名乗り返すのが礼儀ね。姓は曹、名は操、字は孟徳。早速本題に入りたいのだけれど、あなたは一刀の友人、で間違いないわね?」
名乗りとともに訊ねられた及川…………が、なんか真っ赤を通りこして紫色の驚き顔で硬直している。
…………あー、そっか、そうだよなー。もうすっかり慣れてたけど、いきなり曹操が女だとか知ったら……なぁ。こうなると、大抵の人はただそういう“ノリ”で名乗ってるとか思う。多分及川も───
「あ、そうですー、かずピーは俺の親友ですわー!」
なんか元気に返事してらっしゃった!
え、あ、えぇ!? お前、そこは普通驚いたまま相手を困らせるとかそういう状況じゃないか!?
「そう。一応確認したいのだけれど。一刀の姓名を言ってみなさい」
「んっへへー、かずピーやあきちゃんのことやったらなんでも知っとんでー? 名前は北郷一刀。剣道でいろいろあって、距離取っとったのになんでか急に再開して、いっつも愛しいなにかを追うみたいにボーっとしとったなぁ。あ、あと急に勉強するようになったーとかもあったし、あとは……」
「い、いいわ、もう結構」
「ん? ええの? これからやったのに~。ほんでえーと、孟徳さま? 顔赤いけど平気です?」
「問題ないわよ」
言われてちらりと見てみれば、なるほど、赤い。
というか俺も赤いだろうと思う。
まさかここに帰るために頑張っていた日々を、及川に語られるとは思ってもなかった。
「あ、そんで孟徳さま。ちいぃっとかずピーと話したいんやけど……かまへ───えーですか?」
「……、ええ、構わないわ。急に現れた者の心境には、まあ理解があるつもりよ」
どうしてか軽く胸を張るようにして言う華琳に促されて、及川の傍へ。
すると急に俺の首根っこを腕で引き寄せ、ヴォソォリと囁いてきた。
「どぉおおないなっとんねやかずピィイイー……!! なんや急に空が見えた思たら落下して、死ぬか思たら目の前にべっぴんさんがおって、しかもそれが曹操……さま、て!」
「ぼそぼそ喋りでも“さま”ってつけたのはいい仕事だと思うぞ、うん」
少し離れてくれたけど、今もじいっと見てるしね、華琳。
「お、俺ら道場におったはずやろ……!? それがなんでこ、こっ、こっ……!」
「気持ちはわかる。急に見知らぬ場所で、過去の人物が女性だっていうなら───」
「アホ言いなや! ……本来やったら男な筈やのに、女になってるなんて最高やんか!」
「………」
ああ、うん。疑うよりも相手が曹操だって、もう信じちゃってるんだな、お前。
そうだよなー、女の言うことならなんでも信じるようなお前だもんなー。
早坂(兄)。むしろ章仁。こいつ殴っていいかな。
オーバーマンの恨みもあるし、なんかもう殴っていいかなぁ。逆恨みかも知れないけど、いろいろあったんだ。ほんといろいろあったんだよ、なぁ、章仁。
「あ、ちなみにここで注意しとかなあかんこととかってある? よくわからんけどかずピーと仲良ぇみたいやし、ちゅーかなんで俺と降りた時期違てるん? あんだけ気安く名前を呼ぶっちゅーことは、付き合い長いっちゅうことやろ? せやったらやっぱ、一緒におったはずやのに時間がずれたりでもしたってことで、あー……ははぁんアレやろ。大方ここは違う世界で、こっちにおると向こうの世界じゃ時間が流れへんとかそういうのやろ」
「どうしてお前はそう考え方が柔軟すぎるかなぁ!」
当たりすぎてて怖いよこいつ!
「柔軟もなにも、こんなんそこらの話やったらよくあることやん。てか、なぁなぁかずピー? 曹操……さま、っちゅうことはここ、三国志の世界なんやろ? やー……あんまりにも俺のハートがどきゅんで固まっとったわ」
「? どういう意味だ?」
「や、ぱっと見た時な? 曹操……さま、がな? 俺が妄想しとった女版曹操さまにあまりにも当て嵌まってたもんやから。名前聞いて一層驚いたわ」
「………」
……なんだろう。
左慈ってやつと悶着して銅鏡を割る前の最初の北郷一刀って、こいつから要らない知恵とか貰ってたりしたのかな。三国志の人物が女だったらなーとかそれっぽいこと。
「なぁ及川。お前が俺の想像を遥かに超越した精神の持ち主だってことはわかった。わかったけどさ、なにか他に抱く思いとかはないのか? 普通これはこうだろー、とか」
「なに言うてんねんな。理解におっつかんことがあるのはいつの時代も一緒やで。あきちゃんにも言ったけど、そんな小さなこと気にしとったら世の中生きていけへんで? おるもんはおるねんから、受け入れなしゃあないやんか」
かかかと眼鏡を輝かせて笑う。
……ほんと、何処に飛んでも生きるのに困らなそうなやつだ。
「で? 気をつけな死ぬとかそんなん、なんかある? なにせ人死にが日常的にあった時代やろ? ……あ、それは日本とかでも一緒か。まあでも無礼を働いて刺されて死ぬ~なんてことは……」
「すまん、ある」
「あるんかい!! や、ちょっ、かずピー俺どないしたらええの!? 俺まだ死ぬのコワイ!」
「俺だって怖いわ! え、ええっとだな。まずはこの世界の風習で、真名っていうのがあるんだが」
「マナ? おお、なんや魔法とか使えそうやな。俺にもあるん? あるんやったらこ~……透視の魔法~とか」
「いや、そういうのじゃなくて。こう……真、に名、って書いて……」
地面に文字を書いて見せる。
真名。
これは本当に危険なものだから、教えておかないとまずい。
というかあんまり長話しているのもまずい。
華琳を待たせたままなのは本当にまずい。
というか離れた位置からいろんな将がこっちを見ている。その視線が痛い。
流星を、天から降りたものだと考えたからだろう。華琳がみんなに離れていなさいと指示を出した結果なんだが……春蘭が怖い。秋蘭が押さえてるけど、今にも飛び出しそうだ。
むしろ俺の首根っこが掴まれた辺りから、娘たちから及川へ殺気が……!
「ふんふん……で、その真名がどないしたん? 名、ってあるけど、もしかしてうっかり口にすると殺されるとか? あっはっは、さすがにそれはない───」
「……その通りだ」
「いやぁあああ帰してぇええっ!! 俺おうち帰るーっ!!」
「落ち着け! おるもんはおる精神はどうした!」
急に泣き叫ぶ及川をなんとか宥めつつ、呼ばなきゃ大丈夫だととにかく教え込んだ。
そもそも教えられなきゃ呼びようがないからと。
「な、なんや……それやったらまず最初にそれ教えてくれな怖いやん……。まあ、せやなぁ。そんな大事なもんやったら、まさか自分で自分を真名っちゅーもんで日常的に呼ぶやつもおらへんやろ」
「悪い、居る」
「いやぁああ帰るーっ!! 人に名前訊くのんも命がけやなんて嫌ァアアーッ!!」
「だから落ち着けって!! わかるけど! 気持ちすごくわかるけど!! 理不尽すぎて泣きたくなるのもわかるけど!」
風の真名を口にした時の自分を思い返す。
ああ、無知って怖い。怖いよな。
「あ、しゃあけど口にせんかったら問題ないんねやな。せやったらべっぴんさんとヨロシク出来る機会こそ、大事にするべきやで。な? かずぴー?」
そしてあっさり自己解決した。
……自分に対しても軽いのだろうか、この男は。
「で、ここって曹操軍なん? なんっちゅうたっけなぁ……えー……魏?」
「いや、ここは都だ。あとで説明はするけど、今はもう戦は終わってる。魏が天下統一して、今は三国が手を取り合って歩んでるところって感じだ」
「…………おっしゃ覚えた。あとできちんと全部聞かせてもらうで、かずピー」
「ああ。今は人の悪口を軽々しく言わないことと、覇王様の機嫌を損ねないことだけを考えてくれ。あ、あと身体的特徴も口にしないこと」
「……機嫌損ねたらどないなるんか、聞きたないけど聞かせて?」
「あそこの服の赤い、蝶々眼帯の女性に斬られる」
「───……えっ、縁を切られる……とかやなっ? あははっ、いややなぁかずぴー、そない意味深な言い方してー♪ 仲良くなる切っ掛け切られるのんは寂しいけど、しゃーないっちゅーことで───」
「いや。主に首が飛ぶ」
「………」
彼は笑顔で涙した。
「話は終わったのかしら?」
「え、あ、はいっ、ひとまずかずピーに、したら死ぬことは教えてもらいましたわ! も、もらった、です、ハイ……!」
「構わないわよ、普通に喋りなさい」
「へっ!? あ、おおきに! そ、そんであのー……俺、急に現れたわけやけどー……これからどない……どうなるのか、とか……そのー……」
真面目に、けれどおずおずと訊ねる及川をよそに、華琳は……なんだか笑いを堪えているような顔だ。
その視線の先には及川……なんだが、よく見ればその視線は彼の足にあった。
……うん、正座だ。
多分、怒られる俺がすぐに取る姿勢だから、及川までそれをしているって事実が面白かったんだろう。
「? あのー、俺、なにか笑わせるようなことしてしもたんでしょうか?」
「ふふっ……いえ、なんでもないわ。それより貴方、一刀の友人というからには、何か特技や、ここで生かせる知識を持っているのでしょうね?」
「え? 特技? 急に特技、言われてもなぁ……」
「貴方の友人が随分と貴方を持ち上げていたのよ。及川だったらもっと上手く立ち回れただの、及川ならここはこうしただろう、だのとね」
「ちょぉ待ちやジブンー! おまっ……! なに影でハードルあげとんねんな!! 人の命をなんだと思っとるんやー! アホー! かずピーのアホー! ひとでなしー!」
華琳の言葉に顔を真っ青……ま、真っ紫? にして叫ぶ及川───って、だからこの世界で軽々しく人の悪口をだな……!!
『……!』
『……、……!』
あぁあああほら見ろ! 凪を筆頭に、将や娘たちが武器を構えたり拳を鳴らしたりウォーミングアップを始めたり……!!
「あぁええっとやな……? で、ですな……? ぁあああ関西弁の敬語ってどうやったっけ!? かずピー!? かずピー!!」
「落ち着けってば!」
「人の生き死にかかっとんねやぞ!? ここで慌てずいつ慌てろ言うねん! あ、でも慌てたら死ぬゆーんやったら落ち着こー」
「………」
「……ええ、そうね、確かにあなたの言う通り、妙なところで軽いわね」
少し疲れた顔で仰る華琳が、なんというか物凄く印象的だった。
「あー、えと。孟徳さま? ……俺、別にすごいことでけへんです。期待されると困りますわ。学ぶ時間を用意してくれんねやったらそれなりのことは出来る思う……思いますけど、すぐには難しいなぁ」
「それは当然よ。無知の者に、今すぐ知らぬ知識に解を持てなどと、非道なことは言わないわ」
「お、おおう…………な、な、かずピー? 孟徳さまって、なんっちゅうかぁこー……話のわかる人やなぁ。俺、も~ちっと厳しい人か思っとったわ」
「いろいろあったからなー……」
ええほんと、いろいろあったさ。
むしろその時にこそ一緒にいて欲しかったよ、男の友達に。