「では及川。あなたの処遇だけれど」
「あ、はいな。どーせ行く場所もあらへんし、置いてくれるんやったら頑張りますわ」
「良い心掛けね。見知らぬ場所で不安もあるでしょう。まずは一刀の傍でこの世界のことを学びなさい。文字も覚えること。仕事のことを覚えるのはその後にしてもらうわ」
「仕事……っちゅーことは置いてくれるん!? ……あ、ですか!?」
「勘違いしてもらっては困るけれど、置くのはあくまで一刀の知り合いであるからよ。その理由に、学ぶ期間を設けただけのことよ。使えないと知れば、すぐにでも追い出すわ。そのつもりで励みなさい」
「おー、そんならいける思いますわ! えー……ちゅ、ちゅうごくご? 漢文? は、ちぃっと不安やけど……かずピーに負けんよう頑張っふむぐっ!?」
顔を(>ヮ<)な感じにして張り切って喋っていた及川の口を塞ぐ。
それ以上、いけない。
「な、なにすんねんかずピー! せっかく俺が張り切り具合を口にしようと───」
「自分でハードル上げてどうするんだこのばかっ! 悪いことは言わないから誰々より頑張るとかはやめとけ!」
「え~? やってここ、女の子ばっかやん。男の俺らが頑張らんで、なにするっちゅうねん」
「……及川。お前、あそこの木を拳ひとつで折れる?」
「へ? そんなん無理に決まっとるやん」
「……いいか、これは嘘でもなんでもないから、よぉおおおおおおおお~っく覚えておいてくれ。……この世界の女の子はな? それが出来て当たり前ってレベルの力の持ち主だ。姿は変わっても三国の武将だから、決して……けっして……! “力仕事やったら男の俺が~”なんてことは言うな」
「───」
そして彼はまた、笑顔で泣いたのです。
「え、え? そんならかずピー、ジブンいったいなにで活躍出来とるん? 男の子として、なにで?」
「……未来の知識が主でございます」
「………」
「………」
ガッシィ、と……握手が交わされた。
誓う想いはただひとつ。
……強く生きていこう。
「一刀?」
「あ、ああうん、大丈夫だ。及川のことは俺に任せてくれ。いろいろ話してやらないといけなことが多すぎるから、少しかかるかもだけど」
「ええ結構。ああそれと、及川」
「ヒィ!? な、なんです?」
無礼=首チョンパとインプットしたのだろう。
俺との会話で緩めていた気がビッシィと引き締まり、少し猫背気味になっていた正座が美しいものへと変化した。
「ああ、ええと。こほん」
で、及川に何の用があって声をかけたのか。
華琳はこほんと咳払いをしつつ、ちらちらと……及川の傍に転がっているバッグに視線を投げていた。───ああ、なるほど。
「及川。華琳……孟徳様の機嫌を、それはもう良くする方法がある」
「え!? そないな方法があるんか!? お、教えて教えてかずピー教えて!」
「ああ、えっと。けど条件があってだな……もしそれをクリアしてなければ、ちょっと印象悪くなるかも」
「えぇ!? 俺まだ何もやっとらんねやけど!?」
がーん、と顔を青くする彼は、さっきからこう……うん。顔面がやかましい。
「なぁ及川。お前俺のバッグにビールとかツマミ、仕込んだよな?」
「あ、気づいてくれたー? やー、苦労したんやであれー。どうせやったら何者にも縛られない楽しい宴会っぽいのが出来たらなー思て、いろいろ仕込んだんや」
「ああ、それなんだけどな? か……孟徳さま、そのビールとツマミに興味津々でさ。もしバッグに入ってたら、機嫌取りは問題ない。無かったら………………」
「え? なに? なんで!? なんでそこで溜めるんかずピー!」
「まあそれはそれとして、持ってるか?」
「怖いところでそれとしておかんといて!? や、そらぁかずピーだけに押し付けるわけにはって、持っとるけど」
恐怖と困惑とでおろおろする及川の陰で、華琳に向けてサムズアップ。
……覇王さまのご機嫌度が、はちゃめちゃに上がった!
ところではちゃめちゃってどういう意味だったっけ。
*はちゃめちゃ⇒滅茶苦茶と同じ意味。乱暴、乱雑、などの意。この場合、過程や方法はどうあれとってもご機嫌になった的な意味。
「どうする? 一応所有者は及川だし、渡す渡さないはお前の意思でいいけど」
「べっぴんさんのあ~んな期待を込めた目ぇを無視出来るわけないやん。あ、孟徳さまー? これ、お近づきの印にひとつどうでっしゃろ」
言いつつ、華琳の視線が釘付けになっていたバッグから、ズオオオ……と覇王様待望のビールが取り出される。
俺が祭さんに渡したものとは違い、入れてからそこまで時間は経っていない状態だったのだろう、よく冷えているように見える、水滴がついたビール缶。……あ、祭さんが人垣を押して前に出た。直後に冥琳に捕まった。
そんな光景を視界の隅に、華琳はごくりと喉を鳴らしてビール缶を見下ろす。
「……一刀。これがあなたの言っていた、びーる……?」
「ん、そう。刺激が強いから、飲む時は注意な。あと……うん、飲むには最適な温度だと思うぞ。冷えていたほうが美味いらしいから」
「っ……!? そ、そう、なるほどね。あいすのように冷たいのね、これは」
及川からビールを受け取り、目線より高く上げてシゲシゲと見つめている。
天の文字……日本語も結構学んだから、読める部分が嬉しいのだろう。少し得意げな顔で文字を見ている……のだが、カロリー表記などのアルファベットのところで目が止まり、無意識だろう、ちょこんと首を傾げていた。……やばい、吹き出しそうになるくらい可愛かった。
堪えろ俺……! せっかく機嫌がいいんだから、ここで笑うな……!
そんな顔面の忍耐との勝負の中、
「あ、ビールっちゅーたらこれですわ」
及川がさらに差し出したツマミを見て、好奇心をくすぐられたのか、あからさまにぱぁっと笑顔になった華琳がもう……!
(たっは……! 堪えっ……堪えろォオ……!! ああでも笑いたい……! こんな子供みたいな華琳、珍しい……!)
最近はあまり、好奇心を擽られるようなことがなかったからだろう。
欲しくても諦めるしかなかったビールとツマミだ。願いが叶ったのだから仕方が無い……とはいえ、勘弁してください。俺のほうがまいってしまう。
なんかもう覇王じゃなくて、少女華琳すぎて……まるで秋蘭が春蘭にそうするみたいに、華琳はかわいいなぁとか言いそうになる口を必死で押さえる。
言った途端に大笑いしそうで辛いです。
いや、俺だってね? 人の喜びを笑いで蹴散らす酷い人間である自覚なんてないんだ。でもさ、普段とのあまりのギャップがさ。笑いをこらえることは出来ても、この腕が彼女を抱き締めたくてうずうずしているといいますか。ああうん、やっぱりこれだ。華琳はかわいいなぁ。
「……、………………、……」
そしてビール缶のプルタブに苦戦し、困惑しながらちらちらと俺に視線を投げる天下の覇王様。
あの。神様。俺もう吹き出していいですか? 抱き締めていいですか?
もう十分我慢したと思うのです。
「かっ……かずピー……? あれ、教えたらあかんねんな……? それとも……?」
ぷるぷる震える俺に顔を近づけ、ぽそりと訊ねる及川。
余計なこと言って怒らせる結果にならないかと心配してのことだろう。
教えてみて、そんなことは知っていると言われれば、それは侮辱に繋がるだろうから。
ほんと、改めて思うけど……難しい世界だ。
「あと、あれ俺と一緒に落ちたわけやけど……開けたら爆発せぇへん?」
「…………」
それはそれで見たいという、熱くも自殺行為な衝動との戦いが始まった。
まあそれはそれとして、開け方に苦悩する覇王さまをちらり。
俺が開けようか? と言ってみても、様々を興じてこそ云々を説かれ、一言を告げて黙ることにした。
「華琳。それ、開け方が悪いと中身が噴き出すから」
「なっ!? ……そう。つまり、貴方の“開けようか”という助言を受け入れなかった私への、これは挑戦と言うわけね?」
ビール片手に、ふふんと胸を張る覇王様。
言葉はアレだが、ただビールのプルタブを開けるだけである。
「……? というか、なに? この銀色の部分に開け方が書いてあるじゃない。……いえ、これは文字? 文字としてあるけれど、書かれているわけではない……不思議ね。まあいいわ、この妙なものを起こして戻す。それだけのこ───」
パキャア、とプルタブが一気に起こされた。
途端、噴き出す白い噴水。
…………OH。
得意げに喋っていた覇王様が、プルタブを開けた途端に泡まみれに……。
「………」
『………』
そしてこの無言。
正座状態から見上げれば、ビール然とした泡の弾ける音をBGMに、半眼のまま表情をなくしたような顔の覇王さまがおる。
「…………かずピーどないしょ……。フォローするための言葉がなにひとつ浮かんでくれへん……俺、ここで死ぬんかな……」
「ちなみにな……この世界で生きていくと、こんなことが日常的に起こるから……」
「…………俺、早くも胃が痛なってきた……」
顔は笑って眉毛で泣く及川。見事な八の字眉毛である。
自分が持ってきたビールが原因で、覇王さまが泡まみれになるとは思ってもみなかったのだろう。少し震え、天を仰いでいる。
そんな僕らの心配を余所に、華琳は何事もなかったかのようにビールをぐいっと飲みだして
『だぁああオチが見えたぁああああああああーっ!!』
及川と二人、慌てて止めようとするも……一手遅く。
祭さんの時のように炭酸にびっくりして、口を押さえながらビールを吹き出してしまった覇王さま。
さて問題です。
急に現れた者より献上品があって、早速それを飲んだ覇王さまが苦しげにそれを吐き、咳き込み始めたら……その者の下の者はどうするでしょう。
「華琳さまぁああっ!! ───おのれ貴様ァァァ! やはり毒を!」
「最初からこれが狙いだったのね!? これだから男は!」
春蘭と桂花を筆頭に、待機していた魏の皆様が一斉に飛び出した!
それを見て、というか殺気を当てられて、「しええぇえええーっ!?」と奇妙な悲鳴を上げて俺を盾にして隠れるおいかっ……及川ァアーッ!?
「北郷貴様! その男を庇うとは!」
「えぇ!? 辿り着いた途端になに言ってるのこの大剣さま!」
どう見たって盾にされてるだけですよね!?
でも止まってくれてありがとう! 一緒にずんばらりんと斬らずに居てくれて本当にありがとう! でも殺気は引っ込めてくれないんですね勘弁してください!
「ちょっと待った待った待ってお願い待ってぇええっ!! 祭さん!? 祭さぁああん! 説明お願い! この大剣さま俺の言葉じゃ止まってくれないぃいいっ!!」
「応! 待てい元譲! 先走る前に己が主の様子をよく見よ!」
「なにい!? 華琳様ならこの男が出した飲み物で───……」
「問題ないわ。下がりなさい春蘭」
「華琳様!?」
「華琳様っ! ご無事なのですかっ!?」
けろりとしつつ、しゃんとした姿勢で立つ華琳に、春蘭と桂花がずずいと詰め寄る。
うん、平気そうに立ってる。目尻に涙残ってるけど、立ってる。
「一刀。これが以前言っていた“たんさんいんりょう”というものね?」
「へっ!? あ、ああ……ビールはその炭酸と苦味を喉で味わうもんだって聞いてる。つかな、刺激が強いから気をつけろって言ったのにどうしてあんな、一気飲みまがいのことするんだよ」
「……うるさい、察しなさいよ」
「…………ハイ」
いや、うん。そりゃね、ちょっと考えればわかるけどさ。
これだけの人数に見られている中で、中身爆発でビールまみれ。そりゃ、刺激物の一気飲みで誤魔化すとかしたくなるよね。
でもそれで自爆していたら世話無いのです我らが覇王よ。
「はぁ。もういいわ。喉で飲む、ね……───んっ」
「華琳様いけません! 毒がっ───」
「…………へえ、面白いわね。確かに苦いけれど、このすぐに消える刺激は悪くはないわ」
毒が、と慌てた桂花を前に、ぷはー、と少し上機嫌で息を吐く華琳。対して、飛び込んででもビールを奪おうとしたのか、妙な体勢で固まる桂花さん。
「? なにかしら、桂花」
「へっ!? あ、いえっ、なんでもっ」
そんな桂花に気づいた華琳が声をかけるものの、飛び掛るつもりでしたーなんて言えるはずもなく。……というか今気づいた。この押し寄せた大人数の中に、華琳大好き人間がもう一人足りないなーと思ったら……通路の屋根で弓構えて及川を狙ってらっしゃる秋蘭さんが!
すぐに問題ないってゼスチャーを送ると、華琳の顔で判断したのか、溜め息を吐くような動作ののちに通路の屋根から飛び降りる。
「それで? これはなにかしら。妙な形をしているけれど」
「……! ……!」
「……及川? 私はあなたに訊いているのだけれど?」
「しひぃっ!? ハ、ハハハハイ! それは柿ピーいいます! 酒やビールの肴にどうかと用意したもんですわ! あ、あっ、あたりめもありますさかい、じゃんじゃん食ったってください!」
バッグを漁る及川が次から次へと献上する。
華琳はそれらを試すように口にしたのち、一口ごとにビールもぐびりと飲んで味わっていた。いつかアニキさんの店……まあオヤジの店だけど、でやっていたことだ。
酒に合うか否かを試しているのだろう……さすがは覇王さま。こんな状況でも味を楽しむことや味を試すことを忘れない。
そして最後に開けた袋から中身の一つを取り、カリッ……と噛み砕いた途端。
「───凪。これはあなたが片付けなさい」
「えっ!? わ、私が!? ───いえ、はいっ!」
ある袋が、凪に下賜された。
……ちらりと見たら、袋には柿の種&ピーナッツ(激辛!)って書いてあった。
華琳も案外ブレがない気がした瞬間であった。
うん、言いたいことはわかりますぞ。
恋姫世界に余計な男はいりんせん、という人はかなり多い。
異世界転移ものだとやっぱり転移者は一人の方がいい、という人も多い。
かずピーだからこそ……! という人が大半で、僕も恋姫キャラが好きになるのはかずピーだけがええなーって者です。今では大分落ち着いてますが、以前は特に。
そんな中にあって及川転移ですが、じゃあこれからおなごが及川を好きになるか、なんて話が……ありません、はいありません。
ラストに向けてどうしても必要なことなので、特に気にせず物語の1ページとしてキン肉マンチックに「そ、そうか~~~~~~~っ!」と受け取ってもらえたら幸いです。