怯えとまではいかないまでも、及川の元気さに引いているっぽい娘たち。
元気すぎるヤツって、確かに“もーちょっと静かにー……”とか心の中で思ったり呆れちゃったりする時もあるけど、そんなビクッとしてまで引くほどだろうか、と思いつつ……様子を見る。
「お、やっほーお嬢ちゃんたちー♪ 今日はかずピーとおでかけー? ええなええなー、俺のが先に誘いたかってんけど、先越されてもーたんならなんも言えへんなぁ」
「……べつに構わないわ」
「───へ?」
「だから。べつに一緒に来ても構わない、と言っているのよ」
「えー…………え? ほんま!? 俺じょーちゃんらに嫌われとる思ててんけど、ええの!?」
「構わないと言っているでしょう? ただし父さまからは離れなさい」
「おーおー! そんくらいやったらかまへんかまへん! なんせ俺とかずピーは愛の絆で繋がっとるさかいなー♪」
「図に乗るなよこの眼鏡……!」
「しひぃ!? えっ……今、ちょっ……えっ!? 甘述ちゃん!? 今なんやすごいこと言わはりませんどした!?」
「及川ー、口調がおかしくなってるぞー」
心なしか殺気が漏れた気もしたけど……述はムフーと溜め息を吐きつつも、一緒に居ることを許したようだ。
……もしかして、丕がいろいろ言ってくれたのだろうか。
だったら感謝だな。まずはなんにしてもきっかけがないとどうにも出来ない。
たとえばそのー……今の述を見たから言うんじゃないけど、最初の頃の俺と思春みたいに。きっかけは大事だよね、ほんと。
良いほうでも……悪いほうでも。
(良い方向に転がるといいなぁ)
小さく呟いて、歩き出す。
今日一日と言ったからには一日中付き合おう。
俺が歩くのに合わせて一斉に歩き出した娘たちに大いに驚くが、まあそんな驚きも今さらだ。日常日常。
これからもこんな日常が───
「なーなー嬢ちゃんたちー♪ あと何年かしたら俺のとこお嫁に来ぃひん~?」
───よし殺そう。
じゃなくて! 落ち着け! 娘達が踏み込もうって頑張ってくれているのに親がこんなんで───
「ふふっ…………」
ほらっ、丕だって優雅に笑って───
「……やっぱり無理ね。どう始末してくれようかしらこの眼鏡……!」
駄目だったァアアーッ!! しかもなんかすんごいドス黒い溜め息吐いてらっしゃるゥウウ!!
そしてザリッと足を止めて及川の眼を見上げる丕からは、華琳のような威圧感が……!
「はっきり言うと」
「へ? な、なに? 返事くれるん?」
「ええ、はっきり言わないと届きそうにないから言わせてもらうわ」
「はっきり……あー、んや、ええてええて。どーせOKもらえへんの、わかっとるし」
「なっ……!? あ、あなたは! そんな浮ついたままに人の一生を左右することを!?」
「軽くてもなんでもええねん。まず目ぇ見てもらえんことには話もでけへん。んで、今日よーやっと目ぇ見てもらえたわ」
「なっ……な、なな……!?」
眼鏡を少しおろし、にかー、っと笑う及川。
ああ……なるほど、そういうことか。
……諦めなさい丕。及川はな、呆れるくらいに軽いけど、だからこそ呆れてしまうほどに人を見る人間だ。
そんな良さに惹かれて恋人になる人が居る。居るには居る。
けど……まあ。どうしてかフラれるらしい。
恋を引きずるようなキャラに見えないんだけど……それだけ俺が、あいつのそっちの顔を知らないってだけだろうなぁ。
「俺な、かずピーのこと好きやねん」
『!?』
「あ、もちろん友達としてな?」
『…………』
物凄い安堵の溜め息が、我ら家族の口から漏れた。
「なんでかっちゅーと、目ぇ見て話してくれるからや。そこはあきちゃんも同じで、だからこそ信頼出来んねやけどな。そら、ふざけとる時とかはフツーに逸らすけどな? ……まあなにが言いたいかっちゅーと、目ぇ見て話さんやつに何言われても、てんで痛くあらへん。感情ぶつけるのに相手もろくに見んで、いったいなにが伝わるんやーってな? せやから、な、えーと……曹丕ちゃん?」
「“子桓”よ! いきなり姓名でとかなにを考えているのこの眼鏡!」
「あっちゃ……なっはは、すんません。まだこっちの常識とかに慣れ切ってへんもんやから、勘弁したってください。……で、えぇと、子桓ちゃん? 俺、眼鏡やのーて及川祐いいます。いっぺんした紹介やけど……もっぺん、改めてよろしくさせてもらえへんかな」
「………」
沈黙する丕に対し、及川は「んへー♪」と歯を見せて微笑む。
「……。まずはろくに目も見ずに話をしたことを詫びるわ。ごめんなさい」
「わおっ、謝られとるのにえらい威圧感っ」
「けれど、私は父が好きなの。だからあなたの嫁にとか、脅迫されても死を選ぶほどにごめんだわ」
「うっひゃーォかずピー愛されとるーゥ!!」
「ただ。知る努力はするつもりよ。確かに、一方的に嫌うのは卑怯だわ」
はっはっはー……桂花~、言われてるぞ~。
…………あれ? じゃあ俺ってもしかして、知られた上で嫌われてる?
いやでも、知ろうとするどころか男って理由だけで落とし穴仕掛けられる俺だし……。
「むう……丕ぃ姉がそう言うのなら、私も……努力はしよう。ただし母を侮辱すれば今度こそ……」
「ア、アー……今度こそ? 今度こそなにー? そそそそこで止められると俺、めっちゃ怖いんやけどー……?」
「……殺す」
「言われたほうが怖かったわァアーッ!! いやぁああんかずピー助けしひぃいっ!? 喉に冷たい感触……これってあれ!? 仕事人とかでたまに見る短刀とかが突きつけられとるあれー!?」
「言われたことを理解していないのか貴様は……! 父上には近づくな……!」
「えぇええええっ!? それってこれからずっとなん!? かずピー! かずピィーィイイ!!」
ああ……なんか述が思春化してきてる……!
まさか刃物を首に押し当てるところまで似るとは……!
……アレ? じゃあ今の俺、蓮華役?
「……“思春”期かぁ……」
愛紗にもあったなぁ、そんな頃……。
となれば、俺から及川に言えることなんてただ一つだ。
「及川」
「ああっ! かずピー! やっぱりなんだかんだ言っても助けてくれ───」
「……死ぬなよ?」
「いやァアアアーァアアア!?」
肩をポムと叩いて歩き出した。
後ろから「許可が出た……!」「許可……!」「あらあらぁ、出ちゃいましたねぇ~」とか聞こえてきたけど、歩き出した。
その後になんか聞いたことの無い絶叫が聞こえてきたけど、歩き出した。
さ、次は何処へ行こうか。時間はまだある。
娘達が喜ぶよう、努めて元気にいこう。
「荷車に乗せても戻ってきたほどです! 登姉さま、ここはもう沈しか!」
「チン!? えぇ!? 俺なにされるの!? や、やめっ……キャー! イヤー! 持ち上げんといて持ち上げんとい、て、……って、ぇえええっ!!? わわわ腕力すごぉおおおっ!?」
後ろなど振り向かないで行こう。
及川……俺、強くなるよ。
その第一歩として娘達に……娘……むす…………
「お前に構ってる所為で誰一人一緒に来てくれないじゃないかこの泥棒猫ォオオオ!!」
「ええっ!? この状況で俺怒られるん!!?」
「うるさいうるさい! おぉおおお俺が娘に目ぇ見て話してもらえるまでどれほど道が険しかったか!! それをっ、それをぉおおっ!! …………述」
「はいっ!」
「おおっ、かっこええ敬礼っ、つか落ちる落ちる! 人持ち上げながら敬礼……えぇえっ!? どどどどんな腕力ヒィイ落ちる落ちるぅうう!!」
「───沈」
「了解!」
「いやぁああんなんか今のかずピーのゼスチャーでチンの意味わかってもーたぁああっ!! たたたたすけてぇえ子桓ちゃん! 子桓ちゃあああん!!」
首を掻っ切ってゴートゥヘルなゼスチャー。サムズアップを逆にするアレだ。
というか、まあそれはそれとして。述に片手で持ち上げられている及川を見た。……なんというか、述も強くなったなぁ。やっぱりただ、鍛錬の仕方が悪かっただけなんだろう。
今ではこんな、人を片手で持ち上げられるほどに………………ハ、反抗期トカ、もうないよネ? あんな腕力振るわれたら、俺死んじゃう……!
「……及川。なんというかそのー……そう気安く人の娘を呼ぶのはな……」
「おおっ? なっはは、なんちゅーか、おとうさんやなぁかずピー」
「だれがお義父さんかァアアアアッ!!! きききっきき貴様にそんなこと言われる筋合いないわぁああっ!!!」
「ヒィイ!? かずピーが暴走しとる!」
「ホォオオァアアア……! 貴様言うにことかいてこの俺を
「いやぁあままま待って! 待ったって!? かずピー誤解しとる! 俺ただおとんっぽいことしとんなーって」
「キッサマ既に馴れ馴れしくおとん呼ばわりかァアアーッ!!」
「あっれぇえええ!? 今日のかずピーちぃとも話聞いてくれへーん!!」
ハッ!? 話……そ、そうだ、話聞かない、ヨクナイ!
娘の前で理不尽な怒りを爆発させるところだった!(*手遅れです)
「述、及川くんを下ろしてやりなさい」
「ふえっ!? は、はいっ」
「へ? 沈やめてくれるん? た、たすかったー……って、かずピーなんやねんその及川くんて」
「……少し、そこの茶屋で話をしようか。なぁに心配せんでも私の奢りだ。よもや……逃げたりはしないね?」
「うーひゃー……なんやかずピーがドラマでよくあるオトーサンに……」
「だから誰がお義父さんかッ!!」
「ひいっ!? ちゃうのにっ、そういうおとーさんとちゃうのにっ!」
「誰がお義父さんかァアアーッ!! 許さん! 許さんぞぉおーっ!!」
「落ち着いてやかずピー! 頼むから落ち着いてぇえーっ!!」
そうして僕は叫びました。
叫んで叫んで……そして……
……。
夜。
「………」
自室の寝台で頭を抱えて悶絶する自分がおりました。
「あんなっ……あんな街中でっ……義父とかっ……ぐぅうあぁあああ……!!」
恥でございます。
思いっきり、恥でございます。
なんかもう死にたい。死んでしまいたい。
でもやらなきゃいけないことがあるので死にません。死んでたまるか。
「ああでもあんな恥ずかしいことっ……しかも及川の前でっ……むしろ及川にっ……!」
娘はやらんぞーってどこの頑固親父ですか俺……!
想像の中でやったりはしたけど、まさか本当に我を忘れるほどの勢いでやらかすだなんて……! あぁああ穴っ! 穴があったら埋まりたい……! 入るどころかいっそ埋まっていたい……!
「はぁ……でも、あれだけ絶叫したってことは……本心なんだろうなぁ……」
どれほど親ばかですか俺は。
はぁ……きっと娘達も呆れ果てたに違いない。
……なんでか丕がものすごい上機嫌だった気がするけど、きっと俺に気を使ったのさ……そうだそうに違いない……。
寝台に仰向けになった状態で、ただただ長い溜め息を吐いた。
「はーあ……明日からどんな顔して会えばいいやら……」
───それは。
「もし及川にこのことでからかわれたら……」
そんな、なんでもない日に唐突に起きた。
「……なるようになれだな。がんばろうっ」
夏が過ぎ、残飯がほどよくとろけてきた───
「……いい加減寝るか。もう夜中だし」
───そんな時期に、起きたのだ。
「はわわぁああああああーっ!?」
───そう、引き金は、そんな悲鳴だった。
「へ!? しゅ、朱里!?」
悲鳴だけで彼女とわかるあたり、実に独特な悲鳴である。
ともあれ聞こえたからにはじっとしてはいられない。部屋を飛び出て夜中の通路を駆け抜けて、聞こえたと思われる悲鳴の発生源を目指して駆け───辿り着いた場所には。
「っ……!? えっ……朱里!? 朱里! 朱里ぃいいーっ!!」
気絶して通路に倒れた、朱里だけがそこに残されていた。