真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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147:IF3/普通の人の考え①

199/ブリード先生

 

 ……で。

 

「ご……御器噛(ごきかじり)……?」

「はいぃっ……!」

 

 夜中。

 目を覚ますまで俺の部屋の寝台で寝かせていた朱里が目覚め、何が起こったのかを聞いていたわけだが……先生、ゴキブリでした。

 なにか飛んできたと思って咄嗟に手を動かしたら、なんの偶然か見事にキャッチ。“伊達に愛紗さんたちの戦いを近くで見てきたわけではありませんよっ”と、無駄に得意になってフフンと鼻息も弾む勢いで手を開いてみたら……ヤツが居たそうで。

 気絶まではいかないまでも、なるほど、それは驚く。

 

「ぬ、ぬう……御器噛……!」

「し、知っているの? 柄……!」

「う、うむ……ごきかじり……よもや見ることなどないと思っていたが……!」

 

 ◆御器噛───ごきかじり(ごきかぶり)

 ごき。御器と書くが、食器、つまり御器をかじるところからそう名づけられ、明治時代までを御器噛、または御器被(ごきかぶり)として過ごし、のちになんらかの表記違いで“か”が抜け、ごきぶりと呼ばれるようになった。

 その動きは初速からトップスピードであり、体内はほぼ液体とも云われ、それ故か冬の寒い時期にはやたらと動きがのろい。

 食事は残飯などとも言われているが、人の髪の毛でも食べるとされ、水があれば平気で生きられる超生命力の持ち主である。

 なおこの生物を師として仰ぎ見る地下闘技場のチャンプが(略)

 師から習った奥義は、かの地上最強の生物でさえ認めるところであり(略)

 *神冥書房刊:『でも菌は持っていないとの噂』より

 

「ていうか娘達、なんでここに居るの」

「え? 女性の悲鳴が聞こえたから」

「いやあの禅さん? さらっと言ったけど別に俺女性の悲鳴の原因じゃないからね? それを当然のようにされるとなんかもう俺泣くよ?」

 

 ともかく、朱里が言うには黒いヤツ……ゴキブリ様が出たらしい。

 

「おおう……かの孔明先生がゴッキーに驚く……! これもある意味孔明の罠やな……! ああーんっ♪ 是非とも8年前に会いたかったわーん! きっとかわゆかったんやろなー! なんっちゅーかもう、羽未ちゃんみたくっ!」

「早坂妹かぁ……ああ、うん、でもどっちかっていうとシスター見習いのあの娘と龍禅寺センセを合わせたみたいな……」

「あーっ! そんな感じかぁ! なるほどなるほどぉ!」

「………」

「………」

『………』

「貴様どこから湧いて出たっ……!!」

「あぁんまたこのパターン! ちょ、短刀押し付けんのやめてぇや甘述ちゃん! それゆーたら甘述ちゃんかていつ来た~って話やんっ!」

 

 いや、冗談抜きでどこから湧いてきたんだお前は。

 そして述。きみは本当に思春に似てきたね。どこから出したのその刃物。

 

「あ、ところでかずピー? ゴッキーに困っとんねやったらほら、やっぱあれっきゃないやろ」

「お前って刃物突きつけられてもタフなのな……」

「提案するだけで殺されるならそれだけの人生や~って、なんやそんな悟った気分を出してみましたー。かっこえー? 俺かっこえー?」

「ああかっこいーぞ。かっこいーからそのまま頑張れ」

「うそですごめんなさい今すぐ助けて足震えてもうあかん刃物コワィイイイ!!」

「というわけで、殺虫剤を作ろう」

「かずピー!? かずピー!!」

「黙れ」

「ヒアーッ!? ちくっていった! チクッて! 喉が! 喉がー!」

 

 とっても賑やか。

 夜中なんだから静かにしてください親友さん。

 とは、思ってみても言えません。俺も割りとよく叫んでたし。

 

「さっちゅうざい……ですか?」

 

 むむ、といった感じで軽く俯く朱里。

 背も大分伸びた所為か、この仕草も様になっている。

 ……小さかった時は、どうしても背伸びしている子供にしか見えなかった……というのも口には出さない。出せません。

 

「そう。虫が嫌がるものを噴射するものだ。まあこの際、薬じゃなくても氣を噴射~とかで、虫を殺してもいいとは思うんだけどね」

「氣……はわわ、ということは、また真桜さんに……?」

「そういうの作れる人って言ったら真桜しか思い浮かばないしなぁ」

「うう……ごめんなさいご主人様。私はいつも知識ばかりで、なにも作れず……」

「イヤ、なんかもう知識だけで十分なんで、これ以上なにかされたら僕らの立場ガ……」

 

 たまにお菓子作ってくれるだけでも本当にありがとうです。

 というわけで真桜に氣を噴射させる絡繰を作ってもらうとして……ただの氣で死ぬんだろうか。むしろ殺虫剤だからこそ、吹きかけたあとでも効果が現れるんであって、ただ氣をぶつけて倒すとなると……それこそ直撃させなければいけない。じゃあどうするか? えーと……?

 

「なにか毒のようなものを放つものを絡繰の中に仕込んで、その香りを氣で噴出させる……? 毒っていってもな。なぁ娘達、毒と聞いて思い浮かぶものとかってあるか?」

『…………』

「あれ? なんでそこで目を逸らすんだ? なにか心当たりが───……って、禅? どうした? そんなに震えて、もしかして寒いのか?」

「イィイイイィエ!? ぜ、禅、ベツにふるえてナイヨ!? ホントダヨ!?」

「ほんとって言われてもな……どうする? 桃香……は確実に寝てるだろうし、あ、そうだ。今の時間なら愛紗が起きて───」

「ひぃっ!? だだだだめ! 愛紗はだめ! 呼んだらだめだよととさまっ!」

「え? そ、そうなのか? じゃあ他の…………マテ。愛紗? 毒? 愛紗……」

 

 …………。謎は全て解けた。

 

「そっか……そうだな……。じゃあ、協力者として春蘭を呼ばないわけには……なぁ……」

「だ、だめだよととさま! 用意してって頼んだら、絶対に一口は食べないと納得してくれないよ!? ととさまはまた、あの炒飯から飛び出した魚の姿を見たいの!?」

「正直二度と見たくありません」

 

 そう……毒とはまさにそれ。

 空を飛ぶ虫でさえ香りで絶命させる凶悪な料理だ。

 その香りを氣で噴射できるようにすれば…………!!

 

(……ゴキブリの前に使用者が悶絶しそうな気がする……ッ!)

 

 い、いや、ここはなんとかなると信じよう。

 そう……この殺虫剤は、誰かの犠牲の上で完成するのだろうからッ……!

 うん、まあつまりは誰かが作って~って頼まなきゃ作らないと思うのだ、あの二人は。

 その誰かっていうのが……

 

「……禅」

「いやだよ!?」

 

 全力で嫌がられた。

 

「……丕」

「父さまは私に死ねと!? う、うぅうう……! でも父さまに、かっこいいところ……!」

 

 驚愕ののち、思考。次いで、頑張ろうとする丕……の、足が物凄くガクガクガタガタと震えて「やめなさい父さんが悪かった!」───見ていられなかったので全力で止めました。

 

「……~……はぁあ……ま、まあ……順当にいけば……こうなるよな……」

 

 訊くまでもなく、どの道俺が食べることになるのは……まあ、わかっていたよ……。

 

「? かずピー、なんの話ー?」

「刃物つきつけられてるのに、普通に話しかけてくるお前って……ほんと逞しいな。ああ、えっと。…………お、及川ー? もし美人さん二人に手料理作ってもらえるって言ったら、お前どうするー?」

「そらもちろん乗る!」

「え゛…………マジで?」

『っ……!』

 

 元気なその返答に、俺はもちろん子供たちが一斉に引いた。

 ぬ、ぬうこやつ……知らぬとはいえ本気か……!? って感じに。

 

「えっ? な、なに? なんやのそれ、相当マズイ……とか?」

「ちなみに今の返事は既にケータイで録音済みだ。貴様はもはや逃れられん」

「いきなり脅迫!? ちょ、タンマタンマ今のなし! ちゅうかケータイにそんな機能あったかいな!」

「及川さん……まだ若いのに……」

「孔明先生になんか今から死にそうな心配された!? いったいどない料理が出されんねや!」

 

 どんな? どんなって……。

 

「“炒飯?”と、“杏仁豆腐?”だな。他には匂いだけで虫を殺せる謎の料理が、かつてあった三国の会合の時には名物料理として(主に罰ゲームとして)振る舞われてたな」

「……なんや、どれも普通の───……あら? なんでどれも疑問系なん? 虫を殺せる? どゆ意味?」

「食ってみればわかる」

「でも死ぬんやろ?」

「死なないぞ? 完食したって死ぬもんか」

 

 ただし魏武の大剣が一口で崩れ落ちる破壊力を誇る。

 

「……実感篭った言い方やね、かずピー」

「毎度完食してますから」

 

 世界が白くなって天使がお迎えに来たり、世界が黒くなって死神が迎えにきたりしたけど、食べられないこともない。

 大事なのは……胃袋の丈夫さと、味覚を鈍らせる努力と根性……つまり、努力と根性と腹筋ということで。腹筋関係ないけど、腹に力を込めると少しはマシな気がするんだ。うん。

 

「えー……孔明先生、かずピーのゆーとること、ほんま?」

「えっ……はい、ご主人様は完食なさってますよ」

「腹、壊したりとかは……」

「してません」

 

 そう、腹を壊すことはない。以前は壊したけど、この8年でレベルアップした料理は……ハッキリ言えばただ苦しいだけだ。味覚とか舌とか喉とかまあいろいろ。ホービバムビバを叫んで食べた時も、まあ意識が吹き飛んだりはしたものの、腹痛とかはほら、いろいろとアレだったよ? うん。

 ともかく腹を下すとかはないのだ。

 大丈夫、腹に入ればもう辛くないよ? なんだかね? お腹がね? 異常に熱くなる気がするだけで、痛くないよ? ほんとだよ?

 下すことで体外に排出して楽になる、なんてことを簡単にさせてくれない苦しさって意味では地獄だけど。

 

「そうか……ついにあれも兵器……もとい、嫌悪あるものを退けるものとなるのか……いや、最初からなってたか?」

「……なぁなぁ孔明先生、かずピーのやつなにゆーとるん?」

「……いろいろあったんです。いろいろ……」

 

 でもゴキブリがもし嫌悪感を抱かない形だったら、そうそう嫌われたりもしなかったんだろうなぁ。普通に飼ったりしている人が居るって、どっかで見たこともあるし。

 そもそも嫌われる理由ってなんなんだろうか。

 あのスピード? あの形? ……本能が太古の遺伝子に恐怖している?

 ……よし、ワカラナイ。

 

「というわけで、絡繰は真桜に、毒は愛紗と春蘭に任せる方向で」

「あの、ご主人様? 愛紗さんと春蘭さんにはどう説明されるおつもりで……?」

「二人の料理を食べてみたい人が居るって」

「…………嘘では……ないですよね」

「…………ぎりぎり、嘘ではないよな……」

 

 ちらり、と二人で及川を見る。

 述に刃物を向けられたままの彼は、それでもめげずに述と話をしている最中だ。

 

「あの。耐性がないのに、二つ一緒に食べてしまって大丈夫でしょうか」

「…………しまった、それ考えてなかった」

 

 食べさせなければいいというものでもあるんだが、食べないことには感想は生まれない。なので一口。一口だけでも食べてもらう必要があるのだ。

 というか8年経っても対して変わらない味、というのも……老舗の馴染みの味とかなら嬉しいだろうに、どうしてちっとも嬉しくないんだろうなぁ。

 

「あー…………まあ、それらは明日考えよう。なるようになるって期待を込めて。……いざという時は…………延」

「はい~」

 

 ちょいちょいと手招きをして、寄ってきた延にいざとなったらの治療を頼む。

 華佗は今、別の国に行っていて居ないのだ。

 

「はいぃ、任されました~」

「悪いな。俺が出来ればいいんだけど、真髄まではさすがに知らないから」

「仕方ありませんよぅ、五斗米道は一子相伝ですからぁ」

 

 一子相伝……華佗の子じゃないけど、まあそれを言ったら北斗神拳だっていろいろある。

 全てを知るのは一人でいいってことだろう。

 ……あれ? この場合、北斗神拳って本当に一子相伝だったのかな。

 奥義とか知っている人、いっぱい居たような。

 ああいや、今はそんなことより明日に備えてさっさと寝よう。

 

「というわけでみんな~? そろそろ部屋に戻ろうなー?」

『いやです』

 

 即答だった。

 

「ちゅうか……なあかずピー? 今までつっこまんかったけど、なんで自分“ご主人様”やねん」

「……なんでだろうなぁ」

「へ?」

 

 俺はね、嫌だって言ったんだ。

 言ったんだよ……及川くん……。


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