真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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147:IF3/普通の人の考え②

200/外史考察番外編

 

 明けて翌日。

 時は昼であり、ゴキブリと聞いては手を止める理由も無しと、真桜によって早速作られたのがこの毒噴射器であり、名前は……“○○○くん”や“○○○ちゃん”といった名前ではなく、“滅殺はわわジェット”となった。

 その威力は凄まじく、耐性のない生物ならばたとえ人間であろうと気絶させられるほどの威力を誇り……俺の部屋、閉ざされたその密室にて、その大元であるブツを口にした英雄が

 

「ブゥウッフェォゴプッ!!」

 

 ……吐いた。

 ハイポーションをストローで飲んだ馬のような吐き方だった。

 いや、吐いたと言い切ってしまうのは酷だ。彼は必死で口を閉じ、ブツが流れ出すのをこらえてみせた。その在り方や、見事。

 彼は食ったのだ。匂いで躊躇していたのに、それでも踏み出したのだ。そんな英雄が今……人の姿も気配もない俺の部屋にて、俺の足元で痙攣している。

 

「……及川。世界は広いだろ」

「……かずピー……俺……俺な……? 世界が傾ぐほどの料理なんて……漫画の中だけか思っとったわ……」

「……俺もだよ」

 

 言って、手を差し伸べる。

 伸ばされた手を、きょとんとした目で見たそいつは……ニッと笑って握り返してくると、引っ張られるままに起き上がり……盛大に足を震わせて、ドゴシャアとコケた。

 

「あ、無理、足にキとるわこれ。脳に異常ない筈やのに足震えとるわ。やっちゅーのに不思議と腹は壊してないとか……なぁかずピー? これって料理? 料理なん?」

「間違い無く料理だよ……俺達の想像の常識を遥かに超えた……」

「……歴史の壁は……大きいんやなぁ……。現代の調理師さんや、料理の出来る人に感謝や……」

 

 自室で二人、遠い目をした。

 そんな犠牲の下に完成した滅殺はわわジェットの威力は本当にすごい。

 ゴキブリが一発で動かなくなる破壊力だ。

 ただし使用後は窓などを全開にして、空気の入れ替えをしてください。

 

「ところでな、及川」

「ん……なんや……? 今ちっと感覚おかしなっとるから、回復するまで───」

「これな……? 全部食べたあとに無難な言葉を返さないと、魏武の大剣さまが怖いんだ……」

「───」

 

 彼は固まった。

 俺も、言いつつ固まっていた。

 

「もちろんな? 俺だって今まで適当な感想で誤魔化してきたわけじゃない。きちんと言って斬られそうになったことだってある。そんなことを繰り返してもな……? なんでか曲解して“これでいい”みたいに受け取られて、同じものが……」

「……それって、あー、んん、雲長さんやったっけ? その人のも同じなん……?」

「普通の料理を教えた筈なのになぁ……どういうわけか話を聞いてないのか、同じものが出来てばっかで……」

「それってただ、かずピーと一緒に料理してて緊張しとるんだけやない?」

「いや、教えればきちんとな? こう……はい、はい、って返すんだぞ? なのに聞いてないっていうのはおかしいだろ」

「………」

「………」

「かずピー……俺……なんでいっそのこと気絶せんかったんやろな……」

「それはお前が頑丈だからさ……」

「…………タフで損するなんて、思ってもみぃひんかったわ……。ん、せやけど、女の子が作ったモンは意地でも食うのが男の意地っちゅーもんやなっ。かずピー……手伝ってくれるな?」

「えっ」

「えっ」

「………」

「………」

 

 いや……いやいやいや、なにをそんな、人を巻き込もうと? なんて考えが頭に浮かんだものの、そもそも俺が巻き込んだようなものだ。殺虫剤作るから~って、なにもこの料理じゃなくても出来た筈なのだ。それを、俺や子供たちが決めてしまった。巻き込んだのは俺だ、ここで動かなければ男じゃない。

 それに……考えてもみよう。ここで無理だ無理だ言って逃げるのって、なんか違うだろ。

 友達ってそういうものか?

 友達って……そいつがチャレンジするものに付き合って、失敗しても笑ってやれるような気安さがいいんじゃないか? さすがに友達が女性の下着を盗んだからって、自分も手にとって頭に装着、なんてことはしないが……

 

「……いただこう。全部……食わないとな」

「かずピー……」

「俺、忘れてたよ。世界はいつだって戦場なんだ。相手を殺すためのものを作ったのなら……自分も死ぬ気でいかなきゃ……」

 

 俺達はこれを元としたもので、ゴキブリ師匠の命を奪うのだ。

 ならば俺達も、相応の覚悟で挑まなきゃ……相手に対して顔向け出来ぬ!

 

「さあいこう及川。二人で完食するんだ」

「お、おう! せやでかずピー! 男が女の作ったモン残す時は、相手が計画殺人考えてる時だけでえーんや!」

「物騒なこと言わないでくれよ! やりそうな猫耳フードに心当たりがあるから!」

 

 それでも食す。

 作ってくれた人、食材を育んでくれた人たちに感謝し、まずは魚の飛び出た炒飯をバクリと

 

「ウゴォオッフ!?」

「オゴォオオッフェェッ!?」

 

 口にした途端に胃から酸っぱいものが込み上げてくるのを、なんとか体が跳ねるくらいで済ませた───横で、及川が閉じた口からキラキラと輝く液体を吐き出していたのは見なかったことにしよう。大丈夫、食材は吐いてない。米の一粒すら糧にしなければ、先人に顔向け出来ない……以前に、そもそもこの料理を作らせた時点でいろいろ冒涜……だったのだろうか。

 ……いや、今はなにも言うまい。

 ともかく、人払いは済んでいる。当然、済んでいるんだ。

 だから誰に遠慮することなく、素直な心を解き放った。

 おわかりいただけるだろうか……これが、悪友と大事な話があるということで人払いが出来なければ、製造者……もとい製作者が、俺達が完食するまで傍でじっと見ているんだ。

 当然、マズイと言えるはずもない。

 こうして心の内を吐ける相手が……同じ思いを共有できる友人が居ること……それだけのことが、どれだけ支えになってくれるか。

 ……結果は二人しての悶絶劇場ではございますが。

 二人で炒飯一皿と戦っているというのに、なんという強きことよ……!

 美髪公の実力とは、食事にすら影響するものであったか……!

 

(お主こそ、万夫不当の豪傑よ!)

(も、孟徳さん! …………手伝って孟徳さん! 自信満々にそんなこと言ってる余裕があるなら、もう人格交換とかイタイ子とか言われてもいいから交代して!?)

(関雲長が義の刃……我が大望をも断つか……!)

(孟徳さん!? 敵前逃亡しないで!? 一口でいいから変わってったら! 頼むから!)

 

 ……もはや幻聴は聞こえなかった。

 結局は自分達で片付けるしかないわけだ、この強敵を。

 たった一皿だというのに、フフフ、なんという迫力よ……!

 目を閉じて全てをなかったことにして、青春を求めて駆け出したくなるような武力よ……!(*走って逃げたいだけ)

 

「フー! フー……! フッ……フー! フー!」

「ア、アゥガガガガ……! か、かずピー……? なんや俺、腰から下ががくがく震えだしてきたんやけど……!」

「甘いな……俺なんてもはや手が震えて食事どころじゃない……!」

「おわっほ!? 匙子めっちゃ震えとるやん! あっはっはっはっは! なんやもう辛さ通り越しておもろなってきたわ! 毒食えば皿までやな! ゴッキーかて食器かじってたゆーなら、皿くらい食ったらなカッコつかんでおぉおりゃあっ!! ブボォオオフェエエッ!!?」

「そこまで言ったならせめて胃液を吐き出すのも止めような!? ……って言ってるよりはさっさと片付ける! ……すーはー……んっ!」

 

 息を止めて掻っ込む!

 息が続く限り咀嚼して、限界がきたら一気に飲む!

 そして、嬉しくないけど熟練者としての余裕の笑みを及川に見せてやろう!

 慣れれば食えなくもないんだよって、安心させる意味も込めて!

 

「……フッ」

「ゲッホゴホッ……! か、かずピー……? カッコよぉキメたつもりなんねやろうけど……汗と涙と震えが尋常やないからな……? これを前に見栄とか、無理やって……この短い間で悟ったから……な?」

「い、いや……実際こうじゃなきゃ完食むずかし……うっぷオォオゥエッ!?」

 

 ゲップがごぽりと出た途端、地獄の風味が食道を通って鼻腔に届いた。

 ……途端、吐き気を催す悪しき物質を吐き出してしまいそうになり、それを止めるために荒い呼吸を繰り返すはめになった。

 

「ん、っぐ……! ……んっ」

「ぜー、ぜー…………へっ? な、なんやねんな、この差し出した皿。……え? 俺にも同じことせぇって?」

「……!」

 

 わかってくれ、及川。このままちまちま食べていたんじゃ埒があかない。

 ならば腹痛は起こらないという現実を救いとして受け取って、詰め込むしかないじゃないか……!

 

「あ、あー……せやったな、腹痛はないんねやもんな。せやったら……すぅ……はぁ。んっ!」

 

 及川が皿を受け取り、呼吸を止めて一気に行く!

 傾けた炒飯を開けた口にざぼざぼと落とすように!

 そんな炒飯からぼろりと黒っぽいなにかがこぼれ、及川の口にダイレクトに落ちて

 

「フブゥウウッフォ!?」

 

 吐いた。器用に黒い物体だけ。

 ごしゃっ、ぞぼっ、と音を立てて落下したその黒い物体は…………焦げたにんにくであった。

 

「うげぇっほげっほごほっ! 砂っ!? 炭っ!? なんやじょりじょりしたもんが───ヒィ砂鉄!? 砂鉄が入っとったん!?」

 

 落下して砕けたそれを見ての友人の一言がそれだった。

 かろうじて白い部分がなければ、俺も砂鉄か炭の塊かで納得していたであるソレを見て、俺は少し遠い目で壁や天井の先にあるであろう蒼空を見つめた。

 

(……そういえば……愛紗にアドバイスとしてにんにくを油と一緒に炒めておくと風味が~……とか言って…………言ったのに、これなのか。ちゃんと輪切りにって言ったのに、まさか丸ごととは……)

 

 程度ってものを知ってください愛紗さん。これじゃあただの黒い団子だよ。ホウサン団子レベルとまでは言っていいのかどうなのか、下手するとがん細胞とかが活性化するんじゃなかろうか。

 

「え、えーと……かずピー? つい吐いてもーたけど……皿ん中からっぽなら~……食ったゆーことで、ええよ……な? まさかこの黒いもんまで食べなあかんとか……」

「……片付けは必要だけど、いいと思うぞ」

 

 ……二人、こくりと頷いて片づけを開始。

 無言でてきぱきと。かつ、バレないように。無事な部分は食ってもらって。悪いけどな、及川。この世界で食べ物は粗末に出来ない。なんかもうこの作戦自体がそういう方向に向かってそうでも、食べずに捨てることだけは許されないというか、許したくない。

 そうして炒飯とダークマタ……もとい、にんにくを片付け終えると、さあやってまいりました杏仁豆腐。

 

「おー! 綺麗な色どりや~ん! なぁなぁかずピー? さっきの“炒飯?”は確かにアレやったけど、これは期待できるんとちゃう? 今までは失敗してたんかもしれんけど、今回は成功したって考えてえーやろ! なっ!?」

「ああっ、そうかもなっ! じゃあ及川、一応お前用にって作られたんだからお前が先に」

「いやいやかずピーにはいろいろ世話んなっとるから、一口目は譲るわ」

「いやいややっぱりお前からじゃないと」

「やぁん、遠慮なんてええねんで? がーっといったってやかずピー」

「………」

「………」

『さいしょはグゥウウウーッ!!』

 

 人の、生きようとする本能がそうさせたのだろう。

 俺と及川は同時に動き、振るう拳に全身全霊を込めて互いの運を武器とした。

 

『じゃんけんほいっ!!』

 

 ズバァと振るわれた手。

 そこに存在するのは二つの握り拳。

 

『あいこでしょぉおっ!! あいこでしょぉおおっ!! あいこでぇえええっ!!』

 

 振るっても振るってもあいこ。

 力みすぎて手が開けないのだ。

 恐ろしきは生存本能よ……生きようとするあまりに火事場のクソ力的なものが発動して、その所為で逆に手が開けないのだ。

 

「ふっ……ふへへへっへっへ……! やるやないかかずピー……!」

「ださなきゃ負けよジャンケンポォン!」

「おわ汚ァッ!!?」

 

 場の雰囲気に飲まれ、強敵と相対するキャラのように顎をグイと拭う及川を無視してジャンケン。惜しい、もうちょっとで後出しになったのに。

 

「っしょぉ! ほっ、本気っ……っしょぉ! やなっ……かずピー! っしょぉ!」

「あいこでっ……無駄にっ! あいこでっ……鍛えられてっ……あいこでっ! ……るからなっ! あいこでぇえっ!」

「あ、それやそれ。それのこと、ず~っと気にかかっててん」

「それ?」

「ほい出さなきゃ負けよ、と」

「どれだ?」

「……涼しい顔して普通に出すのなー……かずピーってば隙ないんやからもう」

 

 じゃんけんを続けながら話を続ける。

 及川の言い分というか、気になっていたというのはこんなことだった。

 

「や、ほら。俺、なんや急に降りてきたやろ? 俺にしてみたらかずピーはシャワーに出てったかずピーやのに、かずピー自身はもう10年近くもこの夢の中で生きてるゆーし。詳しいことはよーわかられへんけど、ようするに戦争にも巻き込まれたし人死にも見たんやろ?」

「……そだな。仲良かったやつが死んだりもした。……正直、辛かったよ」

「それや。……俺、なんや場違いやろ。平和なとこに急に現れて、んでかずピーの友達やから迎えられる~とか。や、そら俺も孟徳さまに役に立てないなら~とか言われとるよ? むしろそら当然のことやからそれはそれでええ。しゃあけどな、ちっこい子供が大人の仕事手伝っとる姿見て、なにも出来んけど飯食わせて寝かせて~、なんて恥ずかしくて言えるかい」

「まあ、そうだよな」

 

 場違いかどうかは知らないが。

 

「何気なく食わせてもらってるもんも、その一粒のために兵になったモンまでおる言うやないか。それ聞いて、余計頑張らな思った」

 

 今現在。

 涼しくなった時節に合わせて、“周期”ではない将は自国に戻って各国の開拓に励んでいる。新しい軍師の指導はもちろん、国境への警戒指導も。

 10年近く経っても、武器を納める国は存在しない。

 平和とは言うが、それはあくまで都……中心の話だ。

 天下統一とはいってもそれはあくまでこの三国での話。

 全てが統一されたのであったなら、俺が居ない間に五胡に襲われるなんてことはなかったのだ。

 だから誰も警戒は解かない。

 それこそ、周辺国との諍いとも思えるものが完全になくなるであろう、50年や100年くらい先まで、鍛錬や武技などは廃らせるべきではないと。

 ……当然、俺はそれに賛成した。

 この外史の果てで決着をつけなければいけないとはいえ、相手……左慈が一人で来る保証などはどこにもない。だから、それこそ100年近くは武も技も失わず、練度は保つか鍛えながら進んでいきたい。

 華琳が亡くなったのちに相手が現れるのなら余計に。

 ……みんなが、静かに、安心して眠っていられるように。

 

「しゃあけどなにを頑張ればええのかもわからん! 焦って手ぇつけてみれば、それは他の人の仕事やって怒られたわ! 手伝わせたってって言ぅても自分がやるゆーてなんにもできん!」

「じゃあ毒見の仕事を」

「わーい仕事や~♪ ってそーゆーネタ振りとちゃうわ!!」

 

 ……気づけばじゃんけんはもう、じゃんけんじゃなくなっていた。

 手が振るわれることもなくなって、及川はぎううと拳を握り締めて、俺の目を見て。

 

「……な、かずピー」

「ん? どした? ぽんっ、と」

「じゃんけんやめん!?」

 

 グーを出せばグーを出された。ツッコミながらも、姿勢を戻せば「たはっ……」と笑った。


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