真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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14:呉/仲良くなるきっかけ③

 そうして訪れたのは、東屋の傍にある軽い斜面。

 さらさらと整った毛並みのように茂った緑に腰を下ろすと、呂蒙はその横にちょこんと腰を下ろした。

 互いに無言。

 でも嫌な空気はなく、むしろ自分たちで作ったものの味を今こそ……と、妙に気負った空気がこの場にはあるのだが───その時、ふわりと吹いた風が、甘い香りを鼻腔に届けてくれた。

 

「……ははっ」

「ふふふっ……」

 

 なんとなく見つめ合って、小さく笑う。

 俺は悪餓鬼みたいにニッとした表情で目を細め、呂蒙はくすくすといった感じに。

 そして、まだ熱々のごま団子をお手玉しながら口に頬張ると───

 

「おっ───」

「わあっ───!」

 

 ふわりと広がるごまの香りと、ふゆり……と歯で千切れる生地の食感。そして、追ってやってくる餡子の甘みが口一杯に広がって。

 

「んまぁーいっ!」

「お、おいしい、です───!」

 

 続く言葉なんてそれだけで十分だった。

 でも熱かったのは事実で、ほふほふと口に空気を招きながら食べていく。

 

「香ばしくって、もちもちしてて、甘くって……こんな美味しいもの、私初めてですっ!」

 

 呂蒙は興奮冷め遣らぬといった様子で、小さく開いた口で懸命にぱくぱくとごま団子を口にした。

 

(す……すげぇぜおふくろ……!)

 

 甘いもの、おそるべし。

 おどおどしてばかりだった呂蒙が、こんなにも笑顔を持続させて、それどころかここまで(はしゃ)ぐなんて……。

 思わず強敵と出会ったバトル漫画の主人公のように、意味もなく顎の下に伝った汗を手の甲で拭った。

 

「はむっ……はふっ、~……♪」

 

 こちらはのんびりと味わいながら、右隣に座ってぱくぱくとごま団子を食べる呂蒙を見る。

 歳相応、笑顔がとても可愛いその姿からは、普段の書簡や文献とにらめっこをしている姿は連想できない。

 無邪気で、甘いものが好きで、こんなにも笑顔が可愛くて。

 そんな笑顔を、自分との作業で見せてくれたことが、俺は思いの外嬉しかったんだろう。

 緩んでいく表情を抑えることができず───いつしか俺も、自然と、引き締められない笑顔のままでごま団子を食べていた。

 

……。

 

 ……さて、おやつの時間も終わり、ほっこり笑顔でそれではーと手を振って別れた呂蒙を見送ると、俺もまた歩き出す。

 きっと少し経てばまたおどおどな呂蒙に戻るんだろうけど、それを今ツッコんでみて自覚させてしまうのはもったいない。

 妙な達成感を胸に、これからのことを考えつつ城から街へと下り、町の賑やかさに笑んでいたところで…………ふたりの少女に、出会った。出会ったというか、一方的に発見した。

 

「あれは……しょ……っとと、孔明に士元?」

 

 つい諸葛亮に鳳統と口にしそうになるのをこらえる。

 そこまで親しいわけでもないという理由で、名を呼ぶのは控えているところだ。

 その割には孫権のことは普通に孫権って呼んでるけど……うん、でも仲謀って呼ぶのも違和感があるんだよな。

 印象の違いっていうやつだろうか。諸葛亮っていえば孔明。孔明と呼ぶのになんの引っかかりもないのに対し、孫権を仲謀って呼ぶのは、言ってはなんだが孫権らしさがないというか……わかってくれるだろうか。

 親父たちは仲謀様と呼ぶんだけど、咄嗟に言われると誰のことだか考えてしまったりするわけで……うん、そういった意味では真名っていうのは本当にありがたい。

 

「おーい、孔───……?」

 

 声をかけようとした。したんだが、二人はのんびりと歩くことはせず、ぱたぱたと走っていってしまう。

 出てきた場所は……書店? でもなにか買った様子はなかったな。

 もしかして本を探してるのか? たしかあと三件ほど、書店はあったはずだが───……うん、なんだか普通に建業のどこになにがあるのかがわかる自分が、少し面白い。

 この短い間で雪蓮にさんざん引っ張り回されたからな……人の顔も、住む位置も嫌でも覚えるってもんだ。

 たとえで言うなら、これだけ広いのに……そう、目に見える位置にご近所さんが出来たって……そんな感じ。

 目に見えるっていうのはもちろん実際の視覚的なものじゃなく、感覚的なものだ。遠く離れていても、まるで近所に住んでいるように親しいとか、そういった感じ。

 

「……にしても、なんだってあんなに慌てて……?」

 

 まるで人目を避けるかのように、ぱたぱたと駆けては通り道の角に張り付いて、あっちをきょろきょろこっちをきょろきょろ。

 てっきり見つかるかな、なんて思ったけど、丁度目の前を通った町人に遮られ、彼女らは俺に気づかなかった。

 

「~!」

「……? ……、……」

 

 二人ははわあわとなにかを話し合っていて、突如真っ赤になって叫んだり急にしぼんだりと忙しい。

 いったいなにを求めて書店に行ったのか、あんなに慌てる内容の本が、果たしてここらに売っているのか。

 なんとはなしに気になったので、尾行(つけ)ることにしました、オーバー。

 

「………」

 

 しかし、俺はといえば、歩けば“俺”と丸判(まるわか)りのフランチェスカの制服。陽光を受けてさらりと輝くソレは、町民と商人だらけの町中ではあまりに目立ち過ぎた。

 そう、こんな人通りの中だろうが、孔明と士元の二人がよく目立つのと同じように。

 

「ふむ」

 

 追うのはいい、決定だ。決定だが、バレるのは気まずい。

 よいか北郷一刀よ、これはミッションである。彼女らに気づかれず、彼女らの怪しい行動の意味を知るのだ。

 そのためにならば、俺は修羅にも羅刹にもなろう。ついでにアシュラマンにもなろう。ごめん無理です。

 

「……お」

 

 と。さささっと歩く途中、はた、と目が合ったのはさきほどいろいろと都合をつけてくれた饅頭屋のおふくろ。

 きょとんとした顔ののちににこぉっと笑って、「上手くいったようだねぇ」と言ってくれる。

 

「ああそうだ、さっきちょいと桃をもらったんだけどねぇ、ちょっと量が多くて余っちゃってるんだよ。三つって半端な数だけど……一刀、いらないかい?」

「へ? ……い、いいの?」

「ああ、いいんだよ。悪くなりかけだってんだから、あたしもつい貰っちまったんだけどねぇ。ちょいと全部は食べ切れそうにないから。ちょっと待っといで。え~……とぉ? たしかこのあたりにぃ~……ああほら、これこれ、これよぉ」

 

 ガサリと、桃が入っているらしい紙袋を渡してくれる。

 それを受け取ると、やはり不安だったので中身を確認すると……むわっと広がる桃の香り。

 なるほど、ちょっと柔らかくなりすぎているらしい。店に置いておけば、あと半日と経たずに台に接触している部分が崩れ、そこから腐るだろう。

 これはすぐに食べないともったいないことに───……あれ? 三つ?

 

「………」

 

 ガサリと紙袋を揺らしつつ、もう結構先のほうまで歩いていってしまった二人の少女を見やる。……丁度いい、かな? 話すきっかけくらいにはなるかも。

 

「ありがとな、おふくろ。これ、もらってく」

「ああ、またおいで。今度は、ちゃあんと買っていくんだよ?」

「ははっ、お金があったらね」

 

 急ぎ、見失わないように駆け出す。

 さて、距離はとれているけど見失うのもほんの一手先。相手がほんのちょっと道を逸れてしまえば、簡単に見失ってしまう。

 そのためにもあまり距離を離しすぎるわけにもいかないんだが……いや、待てよ? 紙袋……紙袋?

 

「!」

 

 閃きを感じた俺は、すぐに行動に出た。

 あまり大きな行動はとらず、だが急いで……服屋へ。

 そこで鋏と書くものを借りると、紙袋に細工をして───

 

……。

 

 ───変装をして、服屋から産まれ出でた。

 

「イエイ」

 

 じゃーん、とか脳内で効果音を鳴らしたい気分で、陽光を浴びて大地に立つその姿、まさに別人。

 制服の上は脱ぎ、腰に回した両袖を腹の前で縛ることで固定。

 上をシャツだけにし、頭には先ほど細工した紙袋。目の部分に長方形の穴を空け、額となる部分には“校務”の二文字。

 両手には、いい香りを放つ桃を右に二つと左に一つずつ。

 ズシャリと歩き出すその姿……その名を校務仮面。

 学校に存在し、用務員的なことをこなす、不思議な不思議なマスクマンさウフフ。

 

「さあ、これで見つかる心配もなく孔明たちを追え──────……見失った」

 

 神様……俺は本当に馬鹿なんでしょうか……。

 

 ……その日。とある町の一角で、大地に両手両膝をついて項垂れる奇怪な輩を発見したと、雪蓮に報せが届いたとかなんとか。

 あ、桃はきちんと持ったままだったから問題ない。ついていたのは手の甲だから。落ち込まずにはいられなかったのだ、ほっといてほしい。

 

……。

 

 で。

 

「…………」

「………」

「……」

 

 自分の馬鹿さ加減に頭を痛めつつ、町を駆け回ったのちに……探していた孔明たちは、そういえば本を求めていたのでは───という答えに辿り着くまで、そう時間は要らなかった。

 そうして見つけた二人を眺めつつ、一定の距離を取って監視する俺がいる。

 時々、ちらちらと孔明がこちらを見るが、俺は隠れることもせず堂々と、彼女らを見守った。うん、ストーカー行為だよね、相当に悪質の。

 しかもどうしてか桃を持っているので、さしもの孔明もこの校務仮面の目的がまるで掴めておらぬと見えるわ、ゴワハハハ。などと悪役になっている場合ではなく。

 ……ちなみに、士元のほうは怖さのあまりかこちらを振り向こうともしない。

 ただ、彼女たちが歩き、俺も歩く音にびくり、びくりと肩を震わせるばかりだ。

 

「…………」

 

 しかしこう、なんだろう。そろそろ嫌な予感がしてきた。

 落ち着こう、俺。もしここで二人が町人か誰かに助けを求めたりしたら、校務仮面を被って彼女を追っていた俺って……問答無用でとっ捕まるんじゃないだろうか。

 そうなれば騒ぎを鎮めにいったのにまた貴方が……と華琳に怒られて……い、いかん、それはまずい。

 だったら今こそこの桃の出番です。えー……おほんおほんっ!

 

「もし、そこの二人」

「きあぁああああぁぁぁーっ!!」

「あわぁああああぁぁぁーっ!!」

 

 …………。

 

「…………」

 

 あれ? …………え? 声かけただけで逃げ───? って!

 

「のっ……逃すかぁああーっ!!」

 

 はい、と桃をやさしく渡すおじいさんを演出しようとした俺を前に、逃げ出した二人を即座に追う!

 もちろん人通りの多い場所に辿り着く前に、氣を関節に集中させて加速した足でだ。で……軍師殿二人の足は、予想通りと言うべきか遅く、あっさりと回り込みに成功した。

 

「は、はわ、はわわ……!!」

「~……!!」

「…………えーと」

 

 で、回り込んでみて、余計に怯えられていることに気づいた。

 そりゃそうだ、ストーカーが自分より足が速く、しかもあっさりと目の前に回り込んできたら、俺だったら勘弁してくれと嘆くだろう。

 え、えーと……違うよ? 俺ただ、桃……そうっ、桃だ桃っ!

 よし、俺だとバレない程度に大げさな話をしつつ、警戒も解いてもらって……

 

「娘らよ。我は校務道を究めし者、校務仮面。世に在る全ての雑用、こなさずにおれん!!」

「……!」

「……! ……!」

「……Oh……」

 

 大げさすぎた。急な大きな声に萎縮してしまった二人は、それ以上深くは被れないだろうに必死に帽子を引っ張ると、懸命に顔を隠して俺が見えないように視界を遮り震えていた。

 

「あいや落ち着きめされい。実は旅の道中、辺りを警戒しながら歩くうぬらを見かけてな。心配になったがゆえ、こうしてあとを追った」

「……、……」

「……っ……っ……!」

 

 ……あの。ものすごい勢いで震えてらっしゃるのですが。しかも涙流してる!

 

「あ、あー……ごほんっ! ……娘らよ! うぬらにこの桃を進ぜよう! この桃、ただの桃と思うことなかれ! 一口食べればたちまちに背が伸び、」

「はわっ!?」

「ニ口食べればあがり症が治り、」

「あわ……っ!?」

「三口食べれば───……何故かゴリモリマチョ……筋肉モリモリになります。上半身だけ」

「ふぇええええっ!!?」

「あわぁあっ……!!?」

「さあ……食べられよ!」

「い、いぃいいいいりませんっ! いりませんんんっ!!」

「いらないですっ……!」

 

 怯えていたわりに即答でした。

 どーん、って迫力ある(つもりの)渡し方をしてみたんだが……全然ダメだったようだ。

 

「いや……なにもそんな全力で拒否しなくても……ほ、ほら、美味しいよ? いい匂いだし」

「いりませんっ!」

「い、いらない、ですっ……!」

「いやほんと、毒とか入ってないからっ!」

「いりませんっ!」

「美味しいってば!」

「いらっ、いらない、ですっ……!」

「いやちょ……───よ、よしわかった、だったらキミたちにこの中の一つ、どれでも好きなのを選んでもらって、その一つを俺が食べよう。それで毒が入ってないって安全性は理解してもらえるよな?」

「騙されませんっ! き、きっと口の中に薬が隠されているんですっ!」

「どこまで用意周到なの俺!! そんなことしないからっ! ───はっ!?」

「…………?」

「…………!」

 

 うわまずいっ、つい地声でツッコミをっ……!

 見れば孔明は首を傾げて俺を見て、士元はハッとなにかに気づいた様子で───!

 

「あ、あわっ……み、みつはみゅっ……!?」

 

 悪いとは思ったが、小さく開かれた口に桃を押し付け、チャック代わりに!

 咄嗟に口を庇うように伸びた手が桃を掴むと、即座に手を離してダッシュ!!

 

「そ、それでは気をつけて! さらばっ!」

 

 擦れ違う瞬間に、ひょいと孔明にも桃を投げ渡し、俺は人気のない道を全力で駆け抜けた。

 ……バレた? バレたよな、たぶん。御遣い、の“みつ”まで出かかってたし、孔明は孔明で、もう少しで答えに辿り着きそうな顔してたし。

 まいったな……校務仮面の正体は絶対に秘密なのがルールなんだが───

 

……。

 

 ……などと馬鹿なことを考えながら、二人の様子を見守る時間は続く。

 二人はきょろきょろと辺りを見渡しながら道を進み、三件目となる本屋に入ると───……しばらくして、顔を赤くしながら一冊の書物を手に出てきた。

 ハテ……赤く? などと首を傾げた俺だったが、恐らくこれがのちに俺と彼女らが結盟を結ぶきっかけとなるものの一冊なのだろう、と思うのは、これから約半月後のことである。

 そんな事実もわからないかつての俺は、首をかしげつつも……なにやら興奮しているらしい二人があっちへふらふらこっちへふらふらする様をハラハラと見守りつつ、さらにさらにと後を追ったのだが。

 

  それから……軽く五分後。

 

 ……俺は、軽く眩暈を起こしそうな頭痛にため息を吐いていた。

 

「はぁあああ~うぅうう~……!!」

「あぁあああ~……うぅう~……!!」

 

 赤かった顔も興奮もどこへやら。

 いつしか涙を目尻に溜め始めた二人は、手を繋いだまま───迷子になってらっしゃった。

 どうやらここまでの道のり、本を買うことばかりに意識が向かいすぎていて、来た道を忘れてしまったらしい。

 加えて今の時間は人が最も賑わう時間帯。ざわざわと行き交う人たちに飲まれては、頑張って互いの手を離さないようにするので精一杯のようだ。

 あ、うん、あと買ったらしい謎の本を決して手放さぬようにするのに。

 

「………」

 

 ちらりと眺めてみれば、実は一番最初に通った通りであるこの場所。

 二人は迷子になったという混乱のあまりにそれに気づいておらず、先ほど桃をくれたおふくろの前を通っては、おふくろにきょとんとされていた。

 けれどおふくろもこの人の波を饅頭で捌いていくので手一杯だ。声をかける余裕なんてあるはずもなく、ようやく少し時間が空いたかと思えば、少女二人はもう離れた位置へと歩いていってしまっているわけで。

 

「………」

 

 さて。

 そんな人垣の中を、人の流れを予測してすいすいと歩いている俺なのだが。

 これで結構イメージトレーニングというものはありがたいものだなぁと実感している。

 相手がどう動き、それに対して自分がどう動くか。それを想定に入れた修錬の一つなのだから、こうした場面でも役には立ってくれた。

 ……イメージしてきたのが春蘭や華雄、祭さんや思春や周泰である分、むしろこういった町人の動きはゆったりとしたものにも思える。

 

「………」

 

 そうしてじわじわと近づいて……じゃないっ、近づきすぎだっ! なんというかこう、すでに撫でやすい位置に二人が居らっしゃるじゃないですか!

 ……あ、でもこれならコケそうになった時は咄嗟に───

 

「……?」

「あ」

 

 ハッと気づけば、鼻をひくひくと動かした士元が俺を見上げていた。

 そして思い出す。俺の手には、桃の一つが握られっぱなしだったということを。

 風かなにかでふわりと流された香りに、こてりと首を傾げるように振り向いた士元の目が、はっきりと……そう、俺を捉えていたのだ。

 途端に、絶望の中で神にでも出会ったような喜びと不安たっぷりの顔からぶわぁっと涙が溢れてホウワァアーッ!?

 

「はぐっ……みちゅっ……御遣いさまぁああ~っ……!!」

「だわーったたっ!? ち、ちがっ……俺は校務仮面でっ!」

 

 突如として腰に抱きつかれた。当然そうなると、手を繋いでいた孔明も引っ張られる形となり───……校務仮面の正体は、泣く少女二人を前に、あっさりと露呈することとなる。

 だってさ、御遣い様御遣い様って何度も言って、そのたびに違うって否定すると、すごく悲しそうな顔するんだぞ?

 たとえ、もし、本当に、今ここに居る校務仮面が俺じゃないべつの誰かだとしても、ここまで泣かれてここまで御遣いであることを望まれたら、目を逸らしながらでも「御遣いです……」って言わなきゃいけない使命感みたいなものに襲われる。絶対にだ。

 

 

 

-_-/一刀

 

 と、そんなことがあって以来、俺と二人の関係は少しずつだけど近づいた。

 まず御遣い様だった呼称が一刀様に変わり、それからの付き合いや説得により一刀さんに変わり。

 そして、亞莎ともごま団子がきっかけでよく話すようになり、時々暇を見つけては、“もっと美味しいごまだんご”を目指し、頑張っている。

 ……お金が亞莎持ちというのが申し訳ないところだが。

 

「……っと、あれ?」

 

 思い出に浸っていると、胸に重みを感じた。

 見下ろしてみれば、いつの間にやら朱里も眠ってしまったらしく、俺の胸に頭を預けるようにして穏やかな寝息をたてていた。

 

「……この体勢で寝るって……息苦しいだろうに」

 

 二人をきゅっと抱き寄せるようにして、自分の頬をひと掻き。

 こうしないと指が届かなかったんだから仕方ない。

 ……仕方ないんだが………………どうしようか。

 立ち上がろうにも、二人は完全に俺の太股と胸に体重を預けてしまっていて、無理に下ろそうとすればあっさりと起きてしまうだろう。

 とはいえ、このままだと俺も眠れないというか……せめて寝台には行きたい。

 ひょいと持ち上げて下ろす、という方法もあるんだが、下ろすって何処に? 俺の寝床に?

 ……か、勘弁してくださいよ神様。俺、ただでさえ思春と同じ寝台で寝てて、彼女の息遣いとか自分のものとは違う体温を感じたりとかで、大変な思いしながら寝てるんですから……!

 などという嘆きを頭の中で口にしてみても、脳内神様は「長寿と繁栄を!」と言うだけだった。

 

「…………えーと。どうしようか、思春」

「それは貴様が決めろ」

 

 意識ある者が居なくなった途端、俺の問いに応える人、降臨。

 しかも椅子に深く腰掛けている俺の後ろで、なんの断りもなしに聞こえる衣擦れの音。

 ……相変わらず、こちらの都合などお構いなしの人だ。着替える姿を見せないのは、むしろ俺はやさしさだと受け取ってるけどね。

 見せられたらどうなるか、想像に容易い。もちろん全力で踏みとどまる気は常に最大値ではあるが。

 

「………」

「………」

 

 それから思春は特になにも喋ることなく、寝床に潜ってしまう。

 俺はといえばこの状況をどうするか~と考えて、

 

「……あ、じゃあ」

 

 抱き締めた二人の感触に、ちょっと頭がボウっとしてきている。

 こんな自分の目を覚まさせるためにも、少し素振りでもしようか。

 そうと決まれば行動は速い。出来るだけ揺らさないように朱里と雛里を片手ずつで持ち上げ、思春が横になり目を閉じている横に寝かせてゆく。

 

「……? なんのつもりだ」

「いいよ、寝てて。俺ちょっと、素振りしてくるから」

 

 目を開いて質問を投げかける思春にそれだけ言い残すと、護衛のためというか監視のためというか、起き出そうとする思春を押し留める。

 しかし思春は聞いてくれず、解いていた髪をシュタタタタッと纏めると、先ほどまで着ていた庶人の服を纏い、俺を促した。

 

「うう……だめ、って言っても聞いてくれないんだよな?」

「それは貴様とて同じだろう」

「……そうかも」

 

 だったら行くしかないか。

 寝台の傍らに置いてあるバッグの横、立てかけてある竹刀袋に入った黒檀木刀を手に取ると、歩き出す。

 

「……な、思春。今日はちょっと真面目に相手してもらっていいか?」

「元よりそのつもりだ。満足に寝床につけると思うな」

「怖いよっ!? えっ!? 俺なにかしたっ!?」

「必要なこととはいえ、次から次へとよくも女を懐柔する言葉が湧いてでるものだ……その口、一度徹底的に叩きのめす必要がある」

「あ、あー、あーのっ!? 意味がよくわからないのですが!? 女を懐柔って……俺ただ普通に───」

 

 発する言葉も右から左へ。

 思春が歩くままについてゆき、中庭に辿り着いた俺はその後、見張り番というか見回りの兵に声をかけたのち、軽い準備運動のあとに思春と実戦訓練を開始。

 何故だか怒っている思春を前に、空が白むまで戦いは続き……その間中、俺はこれでもかというほどにビシバシと、厳しい鍛錬に突き合わされたのだった。うん、突き合わされた。主に木剣で。

 結果は……うん。

 錦帆賊の頭は強かったよ……。とっても強かったよ……。


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