「納得できた、って顔しとるやん。つまらん予測も大事やろ? 俺がどー言おうが結論出すのはこの世界やかずピーやもん」
「……はぁ。お前さ、それって自分はさっさと戻りたいって言葉に聞こえるぞ?」
「ん、帰りたいな。自分の在り方や生き方、周囲に完全に掴まれた状態でここに居たいなんて、普通は考えられへん。言葉を間違えれば首が飛ぶ世界やろ? 正直言うわ、帰りたい」
「………」
「わかるやろかずピー。俺は確かにかずピーのために呼ばれたんやとしても、知り合いがかずピーしかおらんねや。出来るだけフレンドリーに踏み込んでみたけど、や~、攻撃力高すぎて俺の体のほうがもたへんわ」
「いや、それはおかしい」
思わずツッコんだ。
そもそも平気だった方がおかしかったんだが、今は及川の言葉のほうがおかしいと感じてしまう俺はおかしいのか?
「まーま、落ち着きなさいなかずピー。仲間や子供がおるかずピーとは違うっちゅう話や。な~んも難しいことあらへん。結局長いこと居座っとるわけやけど、かずピーの友達ってだけで、立場は庶人となんも変わらへん。ただ城で勉強教えてもろてる特別な庶人てだけやろ?」
「だから帰りたい?」
「おかしいかなぁ。俺当然のこと言っとるつもりやけど。いや~、いろんな小説とかアニメとか見てきたけど、実際なってみると怖いわこれ。俺のほうこそ心の癒しが欲しいくらいやで」
「………」
「なんて言われたら、かずピーの心労増える?」
「よし殴らせろコノヤロウ」
強く強く、巻き込んでしまったことへの罪悪感が生まれた……頃には、及川はニパッと笑ってそう言った。
軽い取っ組み合いをしては笑って、あとは覚悟を決めてから杏仁豆腐を食らう。
「あ、けどな、帰りたい思ったのはほんまやで? 死にたない思っとるのもほんま。帰る手段があるなら帰りたいって思う。でもな、かずピーこのままにして帰る気にはなれんかった」
「及川……」
「これから何年生きていく気ぃなんかは知らんけど……あんま、世界がどーとか考えすぎんようにせぇや? 孟徳さまにも言えへんようなこと、俺に相談してくれたんは、そら親友冥利につきるけどなぁ……重いやろ、これ。なにかしてやりたくても俺じゃあなんもしてやれへん」
「……悪い」
「悪いことなんてあらへんて。これも貴重な体験やし、死なずに戻れたならいくらでも喧嘩してから笑い合えばええて。あ、しゃあけど強いてゆぅならこれ食うのに付き合せたことだけは謝るくらいじゃ許されへん」
「随分軽いなお前の危機感!」
「じゃあこれ全部食うてな?」
「ゴメンナサイ」
食べ物を粗末にしたくはないと思っていても、やっぱり辛いものは辛いのです。
でも食う。今まで一人で平気だったのだ……いけないことなどありはしない!
「ウビュウム!?」
器を傾け、口の中に一気にじょぽりと。
全部は流石に無理だったが、限界まで流し込んで……肩を震わせた。こう、二度一気に痙攣するみたいに。あとヘンな声出た。なんだ今の。
「……ピー!? かずピー!? しっかりしぃやカズピー!」
「…………、……んはっ!?」
及川がなんか叫んでる。
おかしいな、食べてから吐きそうな自分を抑えていただけなのに、叫ばれるまで気づけなかった? ……マテ。もしかして気を失ってた?
「……及川、俺……どうなってた?」
「どう、て……それ食った思ったら固まって、そのあと気色悪いくらい震えだして、なんやわけのわからんことぶつぶつ言い始めて」
「ごめんやめてやっぱりいい」
気になるけど知ってはいけない気がした。
なので、あとは及川に任せることに。
スッと差し出せば、ごくりと喉は鳴らしたもののしっかりと受け取る我が友。
大丈夫だ、半分は食った。あとはキミの頑張り次第だ。
「……こう言うのもなんやけど……吐けないって、こんなにキツいことやってんなぁ……」
「喉もと過ぎればなんとやらだよ……隣接する臓器に熱は伝わるから、熱さ忘れるってのはちょっと違うんじゃないかって前から思ってたけど、大丈夫だ。臓器に味は伝わらない」
「うわーいちぃとも気休めになってへーん」
それでもグッと構える及川は、ある意味で勇者だ。
むしろこの状況をオイシイとさえ思っているのだろうか。こう、芸人気質風に。
「お笑い芸人やったらこの状況、オイシイとか思うんねやろか……食べ物は美味ないのに」
「そういう状況の芸人って好きか?」
「あー……大げさすぎてよー好かれへん。あーゆーのってこう、ほんまに美味ないなら、マズいとか言う以前にブゥウウッフェェッ!?」
まあ、うん……不味い不味い言う以前に吐くよなぁ。
けど見事だ及川。
吐きそうになっても歯だけは食い縛って、咀嚼物が放たれるのを防いだ。
その所為で今も味覚と格闘中だけど、ナイスファイトだ。
「んぐっ……! ごっふ! ぐすっ……ウゥェッ……! と、ともかく、や……! どれだけマズかろうが、頑張れば食べられんことはないと……そう思っとった時期が、俺にもあったわ……! ゲテモノ料理かて、食べてまえば平気やって……強気でおった頃もあったのに、なんでやろなぁ……。今やったら、これとゲテモノどっちを食べる~訊かれたら、ゲテモノに全力疾走する自分しか想像でけへん……!」
「いや……俺が言うのもなんだけど、なにも泣くことないだろ」
「感涙ってことにしといたって……女の子ぉの手作りモン食べて、マズい言うわけにはブプウゥッシュ!!」
震えながらももう一口いった及川だったが、吐き出さないように完全に口を閉ざしたのがまずかったのだろう。鼻から謎の汁がブシュウと噴き出した。
「頑張れ及川! あと一口だ!」
「先にもっと言うことあらへん!?」
紳士としてポケットティッシュを持っていたらしく、汁を優雅に拭きとってから再び杏仁豆腐と向き合う及川。
俺はそんな彼の勇姿を温かく見守り───
「ってなんで俺ひとりで食うみたいな状況になっとんねん! あとこれ一口って量とちゃうで!?」
「なんで、って。俺が半分食べたからだろ。そして流し込めばいける。俺もいった。キミもいける」
「かずピー!? なんか目ぇ怖なってんで!? つかそもそもこれ、かずピーにって、えーと……雲長さんにげんじょーさん? が作ったもんやろ? そんな愛の結晶を俺が半分も食ってええわけが───」
「気にするなって。俺達……友達だろ?」
「気にする! めっちゃ気にするから食って!? むしろ手伝ぉてくれんともう無理! 鼻腔にこう、杏仁豆腐の匂いがこびりついて今にも失神しそうなんやって! 足もなんやフルオートマシンガンみたくズゴゴゴゴって震えとるし!」
「……むしろさ、しんみりした話だったんだからさぁ……。しんみりと終わる努力、出来なかったのか……?」
「そもそも殺虫剤の素材をこれにせぇへんかったらこないなことにならんかったわ!! 孔明センセに頼めばなにか別にそういう成分のもの用意出来たのとちゃうんか!?」
「………」
「………」
「これを……これを、さ。何かで役立てたかったんだ……許してくれ……」
「…………あぁ……うん…………そ、そか…………うん……」
……しんみりとした。
そんな気分の内に、結局は残りを半分に分けて片付けて…………話は、終わった。
い、いいよな、うん。しみりしたし。うん。
頑張ったよ俺達。努力出来たよ。
馬鹿な友達のノリとしては、多分申し分ないと思うよ。
……。
さて、そうした犠牲の上で完成した“滅殺はわわジェット”だが。
「今でしゅ!」
厨房の一角にて、ヘニョリと構えた朱里が、壁にカサリと張り付いていたゴキブリに《マシュー!》と噴射してみせれば、元気だったゴキブリがドシャアと落下。
殺傷力はないものの、気絶が約束された素晴らしき威力を発揮。
や、及川と食事する前に試しては見たから知ってるんだけど……朱里の張り切り様を見ていると、そういう野暮なことは言いっこなしだろう。
「はわわご主人様! 敵を殲滅しちゃいました!」
で、落下したゴキブリをハリセンでベパァーンと殲滅。
はわわジェットとセットで作られたハリセンの威力は、真桜が推すほどの破壊力だ。もちろん虫限定で。
人間にやるならツッコミ用だけど、もちろんゴキブリ用をツッコミに使えば、やられた者の激怒を頂くことになるだろう。
「知識でしかお役に立てなかった私が、今……戦うことでお役に……!」
ところで……ええと。
ゴキブリを仕留めて感動なさっている伝説の名軍師さまを前に、この北郷……どういった反応すればよいのでしょうか。
今まさに“この平和な時代に光を得た……!”みたいな顔で、胸の前で手を組んで空を見上げてらっしゃるのだが……殺虫剤とハリセンを胸に抱いて。
「あ、あー……あーの、朱里ー……?」
初めて会った頃から比べればすらりと伸びた背と、少し伸ばした髪。
ぱっと見ればとても落ち着きのある、大人し目でやさしい印象の女の子って感じ……なのだが。
「はわっ! こ、この感動を雛里ちゃんにも教えなきゃ! ごごごっごごご主人様! そんなわけですので私はこれで失礼しましゅひゅふ!?」
噛んだ。
しかも言いながら駆け出してたもんだから、痛みに思わず目を瞑ったのちに出入り口の壁に激突。ドゴォンとステキな音が鳴ったあとはふらふらとふらついて、そこで止まればいいのに無理に先を急ごうとして転倒。
拍子にはわわジェットが噴射され、鼻に直撃を受けた彼女は体をビクンと弾かせたのちに動かなくなった……。
「………」
厨房の窓枠にそっと手を添え、空を眺めた。
……いい天気だった。
などと現実逃避してないでと。
「朱里……もうちょっと落ち着こうな……?」
人のこと言えないけどさ。
言いつつ朱里の顔を布で拭いてから、ひょいとお姫様抱っこして歩き出す。
ついでに拾ったはわわジェットは、きちんと文字も刻まれたスグレモノだ。
教えた通りに作ってくれた真桜に感謝だな。
(………)
うんうん魘されている朱里を見下ろす。
舌を噛んだ上に頭から壁に激突、はわわジェットで滅殺されかけた彼女の額は、やっぱり赤い。いや、そんなことを確かめたかったわけではないんだが。
まあその。
ここに居るってことは、うん。つまり彼女は現在、周期なわけだが……不思議だなぁ。こんな彼女の子供が優秀である予想が全然出来ない。
記憶力がよかったとかいろいろ言われて、実力以上の周囲からの期待を受けていた人、だったよな。
実力以上の期待……かぁ。
なんだろうなぁ、もし子供が出来たとして、そこのところだけは……妙にリアルに想像出来る自分が居る。
孔明さまと御遣いの子供だーとか言われて、期待されまくって、それが嫌で武に走る、とか。
「うわあ……」
気をつけてあげなきゃだな……産まれたらの話だから、気の早いことだけど。
娘たちも親のことでいろいろあったし、今度は最初から支えてあげられたらいいなぁ。
「……あ、そういえば、子供って新しい妹とか弟が出来ると嫉妬するっていうけど」
なんていったっけ。幼児退行? 嫉妬して、子供っぽく振る舞って構ってもらおうとするアレとか…………なんかちょっと違った気がするけど、そういうことは……ないな。なんというかしっかりしすぎていて、逆に怖いくらいの子供たちだし。
考えることが子供っぽくないっていうのかなぁ……やっぱり周りにすごい人が居ると、ああいう子供が育つのだろうか。
でもちょっと見てみたい気がするのです。赤子に嫉妬する我が子かぁ……いいなぁ。いいけど……どうしてその嫉妬の矛先が、俺に向けられていること前提での想像ばかりが頭に浮かぶのか。
ほら、赤子を見てデレデレしていたら、足を踏まれるだとかどこかを抓られるとか。
……あれ? それって子供の嫉妬の反応として合っておりますか? どっちかというと恋人っぽい方向性なんじゃ…………。
「えっと、蜀側の屋敷は……」
考えながらも蜀の屋敷を目指す。
とりあえず朱里を部屋に戻したら、桃香と街散策の約束があるし、はわわジェットは雛里に託すとして……
「………」
子供かぁ。
今さらだけど、本当に……遠いところまで来たなぁ。
この世界で外史の終わりを見届けて、それで天に戻るとして……俺、また学生からやり直しなんだよな……?
……大丈夫だろうか。その時が来たら、自分の趣味とかがお爺様化していたりしないだろうか。
「ははっ、案外じいちゃんと話が合うようになってたりして」
…………。
「シャレにならん」
いいかもだけど、あのおじいさまと意気投合して肩を組んでわっはっはしている自分を想像したら、こう……謎の汗がだらだらと。
だって、あのじいちゃんだぞ? 普段からむすっとしたあのお方が、俺と肩を組んでワッハッハ……!?
「………」
なんでだろうなぁ。
この世界の最果てまでを経験した自分なら、いけそうな気がしたよ。
苦労話じゃ負けないって頷ける気さえしたんだ。おかしいよね……。
「まあ」
それもまた、この世界の果てまで行ってからの話だ。
その先で自分がどうなるかなんて、まだまだわからない。
華琳がいつまで生きていられるのかだって、もうとっくに史実の話からは離れてしまっている。史実でだって、正確な日時も知らない有様だけど。
(それに……)
言ってしまえば、決着をつけなきゃいけないっていうのに戦う相手の顔さえわからない。
なにが決着で、戦いだけでしか決着をつけられないのか。その基準もわからないでいる。本当にわからないことだらけだ。
でも、一番最初の自分の所為で彼の行き先が崩れたのなら、彼はきっと俺を殴りたいだろうし、俺にしてみれば彼にとっての“こんな世界”を否定したくはない。
だったら……自分の意地を通すなら、どんな形であれ負けてやるわけにはいかないのだ。
「っと、ごくろうさまー」
「おお、御遣いさま、ご苦労さまです」
「さまはやめてくれって……」
蜀の屋敷前の門番に挨拶。
お決まりのやりとりをしつつも通してもらう中、口にはしないが“またですか……”という苦笑いを含めた表情をいただいた。
うん、またなんだ。
何も起こらずに一日を見送る、なんてことは本当に珍しい。
今日も誰かがどこかで悶着を起こして、その度に俺が連れ出されたりする……そんな日々を何度も過ごす中、門番の対応にも“またですか”が定着していった。
いや、いいんだけどね、これはこれで。
たださ、威厳とかさぁ……ねぇ?
世代が変わるにつれて、新しく配属される人の中には、“本当にこんな人が天下取りに貢献したのか”とか疑うの子も出てくるんじゃなかろうか。
いやむしろ出てくるだろう。
で、無謀にも戦いを挑んでこてんぱんにノされて……。
「うん? ご主人様? なにかこちらに用事でも?」
考え事をしながら苦笑をしていると、後ろから声をかけられた。
勝手知ったるなんとやら、無意識に通路を歩いていたらしい俺が振り返ると、そこには書類を抱えた愛紗が。
「朱里? ……もしやご主人様、周期だからといって昼間から」
「いきなりそっちへ行かない! ほら、これっ! これこれっ!」
抱き上げている朱里が掴んでいるブツを見るように促す。
“滅殺! はわわジェット!”と書かれているそれを見ると、愛紗も「ああ、なるほど」と頷いてくれた。
「大方、妙に張り切った朱里が誤って自分にこれを噴射、気絶したというところですね?」
「うんまあその通り」
「やれやれ。知識は信じられないくらいにあるというのに、何故こうも落ち着きがないのか」
「………」
「? なにか?」
「イエナニモ」
8年以上も練習していて、何故ああも料理が下手なのか……。
似たようなことを思ったなんて、言ったら大変なことになりますね。
「ところでご主人様。さっちゅうざい、というこれは、どういったもので出来ているのですか? 真桜が作ったとは聞いておりますが」
「ああうん、材料を中に詰めて、氣を送ることで中身を混ぜて、その香りを噴射イエゴメンナサイナンデモナイデスワスレテクダサイ」
「忘れてと言われましても、私が聞きたくて訊いたことですが……」
「ア、アアウン、でもごめん、朱里を部屋まで送らないといけないからボクもう行くネ?」
「そうですか。……ああ、それでしたら私が部屋まで」
「あぁ今俺物凄く朱里を部屋まで全力で運びたいナァ! だから行くねほんとゴメッ……ごめんごめんなさぁああいぃい!!」
「ご主人様っ!?」
なんかもう墓穴堀まくったためにいたたまれなくなって駆け出した。
……いつか……いつかきちんと説明しないとなぁ。
じゃないとバレた時にどれほどの地獄が待っているか……。
「ああなんかもうアレだ」
どの道ひどい目には遭うわけですね?
そうだよね、合意で作ったわけじゃないもの。
自分が頑張って………………が、頑張って作った料理……料理? を、殺虫剤に使われたら……そりゃあ誰だって怒るよね……。
よし、朱里を運ぶついでに雛里と話し合って、別の殺虫剤の素を考えよう。
きっと雛里なら、素敵な案を出してくれるに違いないから───!
───……俺の足取りはとてもかろやかでした。
のちに雛里と相談して、その帰りの足取りも。
ただ、その様子を愛紗に見られ───問い詰められた雛里が慌てるあまりにいろいろこぼし、我が頭上に美髪公と魏武の大剣様の稲妻が舞い降りたのは……それからほんの少しあとのことでした。
でもそれならもうちょっと上手くなろうね!? これ俺怒られ損じゃないか!
よぅしようやく盆休み(たった一日)だ! 連続投稿とかやってみよう!
~しばらく後~
アカンもう目がよう見えられへん……!
目薬差しても視力戻らんしこれもうだめなやつや……!
というわけで、とりあえず連続投稿終了。
視力回復したら、またちょっとやってみようかと思います。
出来なかったら……お察しください。
もっと休みが欲しいよぅ!