真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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148:IF3/遥か遠くの過去の空へ②

 街にある道場の一つ、体術道場にはたくさんの子供たちが居る。

 将来的には頭を鍛えておいて損はない、というのが今の都の考えではあるものの、頭でっかちばかりでは国は守れない。

 そこのところは前も考えた通りの話だ。頭脳はダメでも体術ならって子が体術や武器を用いた技術を習い、氣に長けた者はまず癒し側に適正があるかを試してみる、とかだ。

 そうして時が過ぎた結果、武術を学ぶ人や知識を学ぶ人で、綺麗に分かれたわけで。

 中には両方出来る子も居て、世が世ならば~なんて珍しがられた。

 まあ、そういう子に限って天狗になったところを叩き折られて、復活するまでが長かったりするわけで。

 

「じゃあ柔軟体操から始めよう。各自、教えた順番通りによ~く体をほぐすこと」

『はいっ!』

 

 さて、もう一度言うがここは体術道場。

 たくさんの子供たちが拳を振るったり足を振るったりをして、いい汗を掻いている……そんな場所だ。

 柔軟性の大切さをみっちり教えたのちの柔軟は、なんというか迫力あるものだ。そりゃそうか、ちょっと大げさに説いたし。

 ええと、簡単に説明すると……マトリックス避けが出来るのと出来ないのとでは、振るわれた刃がどうなるかをこう……即興昔話などで鍛えた話術で事細かに、かつ子供たちが想像しやすい言葉で説明したわけだ。

 ようするに死にます。胴体真っ二つです。みたいに。

 すると子供たち、全力で柔軟開始。

 そんな大げさなー、とばかりに笑っていた元気っ子の前で、軽く曲げた藁束とマトリックス避け的なポーズになるまで曲げた藁束とで、加速居合いを振るってみせたところ、軽く曲げた方は木っ端微塵に、マトリックス避け藁束には当たらないといった結果が残り、こんな鍛錬状況に。

 というか、なんか今までは話しやすいお兄さん的な位置に居た筈の俺が、気づけば怯えを混ぜるような目とか尊敬を混ぜるような目で見られているんだけど……え? なに? 俺なにかした?

 

「隊長……さすがに藁束を破壊するのはやりすぎだったのでは……」

「え? あれ!? その所為!?」

 

 ぃやっ……違うんだよ凪さん!? 俺としてはこう、氣を研ぎ澄ませて両断出来ればなぁなんて思ってやっただけで……っ……! 木刀で藁束が斬れたらすごいよねって意味でやったのに! ……まさか両断どころか爆砕するなんて誰が思いましょうか……!

 きっと研ぎ澄まし方が悪かったんだ……もっと圧縮とか凝縮とか出来るようにならないと。氣だけが自慢みたいなもんだもんなぁ、俺。

 

「んん~……んっ」

 

 手に持っている黒檀木刀を持ち上げ、見下ろしつつ、氣を集中させてみる。

 そうしてから、えっと、どうしよう。チェーンソーみたいに回転させてみる? こう、刀身の部分でだけ縦に回転する~みたいに。

 

(“流法(モード)”! 輝彩滑刀(きさいかっとう)!)

 

 やってみた。もちろん掛け声は小声で。

 

「? 隊長? 今なにか───」

「ナニモイッテナイヨ!?」

 

 そしてちょっと恥ずかしかった。

 で、だけど……回転する氣は、まあその、回転しているだけだ。俺の手を軸に、ハバキから走った氣が棟を駆け、鎬地に伸びて切っ先を巡り、刃先をなぞってハバキに戻る。その氣を逆立たせるように調整して、あたかもチェーンソーのように氣を巡らせる。

 意識して高速回転させてみた。

 

「………」

 

 …………。

 

「………」

 

 シュールだ。いや、ここは敢えて現実離れしている、と言おう。

 やろうと思えば出来るだろうとは思っていたけど、むしろこんなことが出来るようになってしまって、天に戻ったらおかしな人物として認定されそうで怖い。

 

(この状態の氣を飛ばしたらどうなるんだろ)

 

 あれか。チェーンソーみたいな刃がクルクル飛んでいくのか。

 で、繋げてあるなら戻ってこいと念じれば戻ってくる、みたいな。

 

(……いや、それ以前に体術道場で木刀構えるな)

 

 氣を治めて木刀を仕舞う。それからは体術鍛錬だ。

 休みの日に及川と遊ぶことが増えてからというもの、それ以外の日にみんなに誘われることが増えた。

 というか及川がみんなに遠慮するから、休みの日もみんなに連れまわされる日が増えた。

 そして休みなのにちっとも休めない俺の誕生でございます。

 ……あ、いつものことだった。

 ああっ……! また亞莎とのんびりまったり過ごしたいっ……!!

 

「あの、隊長」

「へ? あ、ああ、なんだ?」

 

 日々の俺だけの忙しなさを考えて、頭を抱えそうだった俺に凪の声が届く。

 なに? とばかりに向き直ってみれば、なにか天に伝わる体術奥義かなにかを教えてほしいとのこと。

 体術奥義……体術奥義ね。

 

「………」

 

 いや違う。キ○肉バスターは違う。

 体術ではあるけど、凪が求めているのはもっとこう、打撃的ななにかだろう。

 もしくは氣を使ったもの。

 というと?

 ああ、そういえば相手とは全く違う異質の氣を相手に流し込むと、拒絶反応とか起きたりするね。それを利用してマホイミなんぞを……って、それもいろいろ問題だ。

 

「凪、真似てみて」

「? はい」

 

 右手に氣を込める。

 その状態で、それとは別に足に氣を込めて、螺旋の容量で加速。

 足から右手までを出来る限り加速した状態で一気に振るって、右手の氣と結合。

 その状態から“繋げたまま”氣を放って、勢いが乗り切ったところで氣を一気に振り戻す。

 すると“ヂパァンッ!!”という、鞭が空気を弾くような音が道場に響き渡った。

 

「………」

 

 わあ、上手くいった。

 出来る限り濃く集中させた氣でなら、こんな現象が出来るのではと思ってやってみただけなのに。タオルとか紙鉄砲でも出来るんだから、きっと氣でも鳴るさってくらいの気安さだったのに。

 

「た、隊長……今のは?」

「あ、んー……なんて説明したらいいやら。こう……な? 擬似的? に、音の壁を捉えるというか……」

「音の壁……ですか」

「そう。タオル、あるだろ? これをさ、こう……」

 

 タオルの端を持って、勢い良く振るってから一気に戻す。

 ずぱんっ、て音が鳴ると、凪が“ああっ”と頷く。

 

「これを、氣を加速させた状態でやるんだ。あ、もちろん手に篭らせたままやったらだめだぞ? 最悪、手が使い物にならなくなる」

「……布が平気なのに、ですか?」

「そりゃ、加速してないもん。全力で加速させれば、布だったら大変なことになると思うぞ?」

「……なるほど」

「まあその、俺もそれで全力で振るうのが怖くなって、篭手を作ってもらったタチなんだけど」

「余計に納得出来ました」

 

 言いつつ、凪が真似てみる。

 振るった手から氣を放ち、すぐに戻す。

 すると俺の時よりも綺麗な音が鳴って、少年少女が一斉にこちらを向く。

 …………い、いや、別に悔しくナイヨ? 氣の扱い方なら凪や明命や祭さんの方が上手いもん、わかってたことだもん。

 でも一度見せただけでやってのけるなんて……これでも俺、思いついてから出来るようになるまでっていう過程では、結構苦労するタイプなだけに羨ましい。

 今回はそりゃあぶっつけ本番みたいな感じで出来たけど、それだって今まで苦労して身に付けた氣の経験があったからで……アーナルホドー、氣で言えば凪のほうが経験が上だもんねー、そりゃ成功するヨー。

 

「隊長はやはり素晴らしいお方です。こんな技を閃くことが出来るとは」

「これ自体は書物に書いてあったことを実践しただけで、俺が閃いたってわけじゃないって。天にはな、“出来るかもしれない”が溢れてるんだ。もちろんやろうとしたって出来ないことばっかりだけど、そういうことを考えることに長けている人がそれはもうたくさんいる」

「たくさん、ですか」

「そう、たくさん。いっそ常識なんて破壊しちゃったほうが、可能性なんてものは広がるのかもしれないなーってくらいの数だな。出来ないと思うから出来ないんだ~って、天の教師はよく言うんだけどさ、そう思うよりはどうせ決め付けるなら、案外試してみてから諦めるのも手だと思うんだよな。あ、もちろんやってみたら全てが終わるようなことは、本人の判断でやるべきだけど」

「駄目で元々、というものですか?」

「そういうのってさ、やってみると案外“もう一回”ってやりたくなるんだよ。で、繰り返す内に慣れてくる。慣れてくると段々出来るようになってきて、“もう一回”が地味に楽しくなってくる。俺の氣についてのことも……まあ、それの延長みたいなものかも」

「隊長の場合、楽しむというものの限度を越えている気がしますが」

「え? そうか?」

「……他人がやれば吐いて呼吸困難になるほどの走りを“準備運動”として構える人が、そんな真顔で首を傾げないでください」

「いや、それこそ俺にしてみれば“キミタチが言わないでくれ”なんだが」

 

 今の状態になるまでに、俺がどれだけ悲鳴を上げたと思ってるのさ。

 それでもまだ運が無ければ勝てないんだから、この世界の女性っていうのは本当に……。

 

「ところで隊長、今日はこの後は───」

「弓術道場。その後に剣術道場行って、錬氣道場、医療私塾とか経済私塾とか行って、市場周りの確認が終わったら真桜の工房に行ってから兵舎に行って───」

「一人でどれだけなさっているのですか!!」

「ヒィ!? え、や……だってこれでも少なくなったほうで───」

「……隊長。隊長の仕事を他の将に回してください。それだけで仕事が無いなどと言えなくなりますから」

「え……でも俺だけでも出来ることだし、むしろ急に仕事が無くなると、子供たちに無職の疲れた中年男性みたいに見られるんじゃ……こ、この場合あれか? 適当にブランコでも作って、座りながら弁当を食べなきゃいけないのか?」

「なんの話ですか……。ともかく、鍛錬にも言えることですが隊長は少々やりすぎです」

「でもさ、もし別の子供が産まれてきたとき、俺にろくに仕事がなかったら───」

「これから嫌でも増えます」

「………そか」

 

 そりゃそうだった。

 街や田畑の開墾の数を考えれば、まだまだ……だよなぁ。

 それこそこれから1800年は仕事に困ることが無さそうな勢いだし。

 もちろん安定はさせなきゃいけない。

 安定する前にあれやこれやと作りすぎれば、無駄なものが積み重なるだけだし。

 

「街が増えて道も舗装されていけば、商人のほうが儲かるのかもしれないな」

「荷物を運ぶことが一番の苦労になりそうですしね」

「今は居なくなったけど、しばらくすればまた山賊まがいの人も出てくるのかも」

「そのための道場でしょう。こうして体術を学んでいれば、力強い商人もいずれ増えます。……逆がないことを願うばかりですね」

「覚えた体術で山賊? ……たしかにそれは、嫌だな」

 

 そうなったらまず説得。

 応じなかったら潰そう。

 もはやこの北郷、平和を乱す者に容赦の一切も無し。

 

「まあ、将が力の振るいどころを持て余す時もある現状で、山賊なんてやったらどうなるのかなんて……今じゃ誰でも知ってるだろうし、やる人は居ないだろうなぁ」

「仕事の枠は民を優先させていると聞きました。大丈夫でしょう」

「手に入ったものを奪う人も居ないんだし、まあそこはね。もっと安定するように上が頑張らないといけないことだ。というわけで俺も頑張らないといけないんだ。えーと……わかるよな?」

「隊長の仕事は他に分けてください」

「うぐっ……及川にも言われたけど、俺そんなに働いてるか……? 戦があった頃のほうが忙しかっただろ……」

「今では武官の中でも知性が高かった者が分担していますし、文官の皆様も戦に分ける知識を使う必要が無くなりましたから。むしろ隊長はどうして今の自分を働きすぎだと思わないのですか。お言葉ですが、散々とさぼっていた隊長から考えると、少しいきすぎなくらいです」

「いや行き過ぎってキミ……」

 

 国に返したいって心底思ってるし、支柱の務めを果たしたいし、務めって考えなくても国もみんなも大事だし、子供が居るから頑張らないとって思うし、もう“だめな父親”とか思われたくないし……いろいろあるんです、ほんと。

 そんなことを事細かに説明してみれば、片手で顔を覆って、たはー……と溜め息を吐く凪さん。いやあの、きみが訊いてきたのに何故溜め息?

 

「気持ちは、まあわかりますが。隊長、それで体を壊してはもともこもありません。いくら以前より鍛えられているとはいえ、風邪を引いて寝込んだこともあれば、体を壊したことだってあったでしょう。隊長、先を見るのは悪くないことだとは思いますが、ここしばらくの隊長は少し急ぎすぎているように思えます。もう少し今を大事に、落ち着いてみてはどうでしょうか」

「の、のんびりしすぎて職を失ったらどうしよう……!」

「その時は片春屠くんで運送業でも開きましょう。わ、私も及ばずながら、協力します」

「かつての支柱が運送業かぁ……まあ仕事が無くなった時点で贅沢なんて言ってられないよな。むしろそっちのほうが需要がありそうだって思う俺っておかしいかな」

「高速で移動出来る運送業ですし、重宝するでしょう。他の行商の仕事を食ってしまわないか、心配なくらいです」

「……ほんと、真桜に感謝だよな」

「それを言うのなら、天の知識にも、ですよ、隊長」

 

 知識が無ければ出来なかったのですからと、凪が笑みを浮かべて言う。

 俺からしてみれば、過去の技術で燃料無しの高速移動機体が出来ること自体に驚きだ。氣っていう、休めば永久に湧き出るものを燃料としているから金が無くても俺一人で動かせるし、なによりとっても頑丈です。ガスだって出ません。……いいことだらけだなほんと。

 

「しかし隊長……今さらではありますが、子供たちに氣を教えても良かったのでしょうか。いらない争いが起こったりは……」

「それを治めるのも仕事だって。というか、争いが起こったらそれこそ武官が喜んで止めに入るだろ。争ってるところに春蘭か霞が駆けつけたらどうなると思う?」

「あ゛……はい……争うどころでは……ありませんね」

 

 想像してみたら思いのほか簡単に頭の中に浮かんだだろう光景に、彼女は引き攣った笑みを浮かべていた。

 一緒に暴れられても敵わないし、喧嘩をやめてもむしろ“なにぃ!? 決着がついてないだとぉ!? なら今すぐ決着をつけろ!”とか言って喧嘩させるかもしれないし。

 どっちに転んでも恐ろしい結末しか待っていない。(その連中に)

 じゃあ霞だったらどうなるか?

 ……民に混じって祭りやってた過去があるからなぁ霞の場合。きっと止めるどころか自分も参加、それも喧嘩じゃなくて催し物的ななにかでやりそうな気がする。周囲を巻き込んだ上で。賑やかなのが好きだからなぁ、彼女は。

 

「っと、そろそろ行くな。ごめん、ろくに手伝うことも出来ないで」

「そう思ってくれるのでしたら、仕事を振り分けて暇を作ってください」

「だ、だって忙しい父親のほうが立派に見えるじゃないか!」

「結局そこですか」

 

 いや……だって凪……あんな目でずっと見られていれば、もう二度と役立たずファーザーには見られたくないって思うぞ……?

 でも確かに仕事にかまけて家庭を顧みない親にはなりたくないな。

 うん、華琳と相談してみようか。

 

……。

 

 で。

 

「むしろそうしなさい」

「エッ!?」

 

 相談したら一発で仕事のほぼが無くなりました。

 


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