真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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149:IF3/遥か遠くの未来の空へ③

 ……こんなことになってしまった。

 

「鈴々のほうが跳んでたのだ!」

「いーやボクの方が跳んでたね!」

「むーっ! やるのか春巻きーっ!!」

「なんだよちびっこーっ!!」

「もうちびっこじゃないのだ!」

「ボクよりちっこければちびっこだ! このちびっこぉっ!」

「はいはい喧嘩はおよしなー? もう子供やないんやから。ほれほれここの印~、一緒のとこやさかい、引き分けってことで、な?」

「よく見るのだ眼鏡! 鈴々のほうが少しだけ遠いのだ!」

「いーやボクだね! 兄ちゃんがちゃんと言ってたじゃんか! 爪先じゃなくて踵の方を記録にするって!」

「後ろ向きで着地したんだからこれでいいのだ!」

「なんだとーっ!?」

「なんなのだーっ!!」

「あぁんかずピー! この娘ら全然俺の話聞いてくれんーっ! 助けてぇええっ!!」

 

 まあその。

 そりゃね? いつも通りといえばいつも通りの騒がしさなわけだが。

 

「えっへへー! やったやったよご主人様ー! 華琳さんに勝っちゃったー!」

「え……ほんとか!?」

「あははははは! あっはははははは!! そう、そうなのよ一刀あっははははは!! ぶふっ! ぷはははははは!!」

「……雪蓮。お前がそこまで笑うってことは……」

「くひふっ……そ、そう……ぶふっ! 華琳ってば、着地に失敗してぶふっ!」

「……珍しいな、華琳」

「言いがかりもほどほどになさい。失敗はしていないわよ。ただ───」

「ただ?」

「勢い良く跳んだ私を、何を思ったのか春蘭が抱きとめたのよ。お陰で反則負け」

「うわー……って、それでなんで雪蓮は笑ってるんだ?」

「だってあんなに勝ち誇った顔で飛んでおいて、春蘭に抱きとめられた時の華琳の顔ときたらあっははははははは!!」

「……うん……気持ちはわかるけど、ちょっと落ち着こう、雪蓮」

 

 燥ぐ王様笑う王様呆れる王様、そんなみんなとともに、ただ子供っぽい遊びを興じた。

 夢中になりさえすれば、人間に年齢なんて関係ないのかもしれない。

 漕いで跳ぶだけ、というシンプルな方法が思いのほかウケたのか、現在都に居る、時間の空いているものがこぞって競い合い、距離を跳んでは笑い合った。

 

「おぉっしゃこれ最高記録やろ! あ、俺優勝したらかずピーの子とゆったりとした時間を過ごした───……い?」

「……追い越したぞ。私が一番だ」

「あれぇ!? 興覇さん!? 参加せんゆぅとりませんでした!?」

「黙れ」

「だまっ!?」

 

 遊ぶ者競う者、賞品を聞かされてからやる気を出す者様々だ。

 見ているだけでも顔が綻び、一緒の時間を生きているって実感を得た。

 平和だからこそ出来る遊びと、こんな平和に……ただ、感謝を。

 

「いよぉっとぉっ───っととっ、ほいっ! ……よしっ! 一番っ!」

「なんやて!? かずピーが勝ったらおもろないやん! それこそまさに出すぎやぞ! 自重せい! やないか!」

「う、うるさいなっ! こういうことでしか滅多に勝てないんだから、それくらいいいだろーが!」

「おおっ……では風と宝譿が跳んで、宝譿が風より先へ跳んだら宝譿の勝ちということでー……」

『それは反則だっ!!』

「おおっ……!? みなさん息ぴったりですねー……」

 

 まあもちろん、本気でやるにしたって楽しむ方向での本気なわけで。

 跳ぶ人跳ぶ人、みんながみんな笑顔だった。

 まあもっとも、どこぞの大剣さんとか美髪公とかは超本気の真剣でございましたが。

 うん、凪とかも。

 

「隊長! 跳んでいる最中に氣弾を放って距離を稼ぐのは───」

「反則です」

「うぅ……そうですか」

 

 そして段々と皆様手段を選ばなくなってきた。

 楽しい時間というのは、たまにそうやって人の感覚を麻痺させます。

 けどまあ……みんなが笑っているのなら、そういうのもアリなのかもしれない。

 

「せいっ! ───はっ! ……あっ……や、やりました旦那様っ! 旦那様より跳べました!」

「あっちゃ……やっぱりこういうのは明命が強いかぁ」

「なんのっ! よいっ───しょおっ! ……よしっ、ふふんっ、どうっ!? こういうのだったら、ちぃだって負けてないんだから!」

「……胸張るのはいいけど、僅差で負けてるぞ?」

「え? あれぇ!?」

 

 そんなやり取りに笑って、馬鹿みたいな行動で燥いで、友人との軽いノリでぼかぼか殴り合ってまた笑う。

 そんな笑顔がみんなに移って、みんなも笑って……そんな瞬間に、やっぱり感謝したくなる。

 降りたばっかりの頃は不安ばかりが渦巻いていたこの蒼の下。

 今はただ、笑顔ばかりが生まれることに感謝する。

 

「よおっしゃ二回戦ナンバーワーンッ!! 見て見てかずピー! これやったら俺でも伝説の武人達に勝てるでーっ!!」

「図に乗るなよ眼鏡が……!」

「だから怖いってば甘述ちゃん!! もぉちょい俺にやさしくしたって!?」

 

 負けてなるものかと逸れば逸るほど失敗が増えて、我が身を省みないダイブを繰り返す及川が勝利する。

 及川曰く、“かずピーがおるからみんな無茶な飛び方でけへんねや”、らしい。

 格好悪い姿は見せたくないってことなのだろう。

 そんな状況にも苦笑が漏れて、苦笑もやがて普通の笑み変わって、その笑みが広がってゆく。

 ああ、平和だ。

 穏やかな“楽しい”の中に自分が居ることを、深く深く自覚した。

 

「えー、ちゅーわけで! 見事総合優勝を果たした俺、及川祐! 及川祐をよろしくやー!」

「へえ、そう。あなたを覚えることが賞品でいいのね?」

「あぁ待ったって!? 実は勝てたら是非ともやってほしいことがあったんやって!」

 

 そしていつの間にか誰よりも遠くへ跳べたらしい彼が、顔をボッコボコにしながら笑顔で立っていた。

 どこまで我が身の安全を無視したダイブをしたのか。

 

「えっと、みなさんに歌、歌ってもらいたいです」

『歌?』

 

 ほぼ全員の声が重なった。

 なんのことはなく、この世界での思い出を映像で残しておきたいのだという。

 音源は及川のケータイの中にあるから、それに合わせて歌ってくれたら、俺のケータイでそれを録画するから、と。

 

「俺の、もうそんなに長くないぞ? 音源俺の方に移して、録画をそっちでやったほうがよくないか?」

「あ、せやな。ちゅーか、歌ってくれるん?」

「構わないわ。勝者に欲しいものを与えるのも、王の務めというものよ」

「おお、さっすが器がおっきいなぁ。じゃ、えーと……たぶん覚えるの苦労すると思うから、しばらく練習期間を設けたいんやけど……ええです? せっかくならみんながきちんと歌えとるのんを撮りたいし」

「とる? 写真のことではないの?」

「……かずピー、まさかやけど、写真しか撮ったことなかったりする?」

「……そのまさかだ」

「っかー! もったいなっ! そらつまりあれか!? 子供の赤子の頃の動画も撮っとらんっちゅーことか!」

「心霊動画になったら怖いだろうが!」

「そないな理由!? せやのに写真は撮るとかどーゆー神経しとんねん!」

 

 まったくだった。

 

「あーまーええわ。ともかくかずピー、歌詞書くの頼むわ。俺まだこっちの文字完璧に書けへんし」

「そりゃいいけど……なんて歌だ? 俺も知ってるか?」

「知ってるかは知らんなぁ。ま、えーからえーから。歌とカラオケと両方入っとるし、ピンとくれば書きやすいってだけのことやろ。あ、ところで孟徳さま? えーと……急にこないなこと訊いて失礼かもですけど、他国に行っとる他の将の皆さんらが戻ってくるの、いつになります?」

「あら。随分と気安く訊いてくれるわね」

「え? や、そらかずピーの正妻さんやし、ちょいと親しみ込めていこーかな思ったんですけど」

「せっ………………そ、そう。まあ、いいわ」

 

 華琳さん。顔、真っ赤です。

 でも敢えてツッコミません。足踏まれそうだし。

 

「で、他の者が戻ってくる日、だったかしら」

「はい、そーです」

「順調ならば近い内に戻る筈よ。人の入れ替えもそう多いものでもないし、予定が狂うことなどそうそうないもの」

「あ、せやったら是非、全員で歌ってほしいんですけど……こう、思い出を残す意味で」

「二言はないわよ。皆で歌えというのなら歌わせるわ。ああもちろん、くだらない歌だったのなら次の敗北には心底気をつけることね」

「ヒィ!? き、肝に銘じておきますわ……!」

 

 ギロリと睨まれ、ヒィと悲鳴を上げる及川に、奇妙な友情を感じた。

 ……うん、この世界じゃさ、及川……。男の立場ってそんなものだよ……。

 

  そんなしみじみな寂しさを心に秘めて、練習は始まった。

 

 皆、暇を見つければ歌ってみながら歌詞を覚えて、違っていたら指摘し合って。

 思えば一つのことをみんなで、なんてことは滅多になかった。

 歌を歌うにしたってみんながみんな別々の歌を歌って燥ぐのが、俺達の宴だったのだ。

 だから妙な楽しさもあって、誰もそれを拒んだりはしなかった。

 心配だった桂花も、華琳が歌うのならって……むしろ張り切っていた。

 別の意味で心配だった思春も参加してくれて、一つのことに向けて、三国が手を合わせ、声を合わせた。そんな些細が……自分でも驚くくらいに嬉しかった。

 そうした忙しい日々の、ほんの小さな、隙間みたいな一瞬だったと思う。

 及川がふと、言葉を漏らした。

 

「な、かずピー。俺、ちっとはかずピーに思い出みたいなの、作ってやれたんかな」

 

 それだけ。

 及川は返事も聞かないままにニカッと笑って、仕事の時間やーとか言って走っていった。

 そんな後姿を見て、静かに思う。

 

(思い出……かぁ)

 

 人はいつまでも若いままじゃいられない。

 及川の言う通り、いつかは老いたみんなを、死にゆくみんなを見ることになるのだろう。

 その時を迎える覚悟が、自分にはあるのか。

 一緒に老いていきたかったと、どれだけ願っても叶うことはない。

 それどころか子供たちまで見送らなければならなくなるかもしれない。

 子が親よりも長く生きる保証なんて何処にもないのだ。

 万能の医者が居たところで、寿命までは延ばせない。

 万能の医術があったところで、その場にその人が居なければ意味がない。

 そんなことが重なってしまえば、自分が思うよりも早く見送ることだってあるかもしれない。

 

  ……自分は、一切老いることもなく。

 

 それが、怖いといえば怖い。

 怖いのに、目指さなければいけないのだ。

 それまでの全てを肯定するために。

 そんな道をずっと歩かなければいけない。

 挫けそうになっても、そうしなければ天に戻ることも出来ないのだと思う。

 じゃあ、挫けないためにも何が欲しいと思うのか。

 

「………」

 

 考えてみて、笑った。

 笑って、やっぱり感謝しか生まれなかったんだ。

 

「十分だよ……ばかやろ……」

 

 形に残る思い出があるのなら。

 それを見て、肯定したいと何度でも思えるのなら。

 きっと、自分は挫けずにいける筈だから。

 だから……一人の友人に、感謝を。

 

「……って! おいこら及川ぁあーっ!! お前の仕事、外じゃないだろぉおーっ!!」

「えっ!? あらー!? 警邏やなかったっけーっ!?」

「書類整理の手伝いついでに文字の勉強だったろーがーっ!!」

「あっちゃーっ! 明日のと勘違いしとったわーっ!!」

 

 見送り途中の背中を呼び止めるなんて貴重体験を経てもまだ、やっぱり感謝を胸に笑った。

 慌てて戻ってきて、たははと笑う悪友とどつき合いながら、さらに笑った。

 こんな感じでいつか、心がやすらいだ時……彼は戻るのだろう。

 未来を思えば寂しくないわけがない。

 出来れば一緒に最果てまで、なんて思うのは当然で。

 でも……それは、俺の都合にこいつを巻き込むだけだから、願うことはきっとない。

 今はただ、この蒼の下で賑わう優しい覇道を、のんびりと歩いていこう。

 その覇道こそを、肯定し続けるために。

 

 

───……。

 

 

……。

 

 ……後日。

 みんなが揃った日に、何度かのミスをしながらも……録画は終了した。

 照れるような笑顔がそこにあった。

 自分のケータイにも移されたそれを見れば、今でも、いつでだって笑うことが出来る。

 そんな心の支えの形を得てしまったから、なのだろうか。

 きっとその答えは、いつまで経ったってわからないし、予想くらいしか出来ないのだろう。

 

「………」

 

 ……みんなで笑い合ったその日。

 及川は、俺の背を笑いながら叩いて……天へと帰った。

 最後の言葉は感動的でもなんでもない、乱暴な言葉だった。

 ただ、胸には届いたから、胸を張って進もうって思えた。

 

 “帰ってきたら一発殴らせぇや? そんで、おじいちゃんな歳まで生きてまってても、俺の知っとるかずピーに戻れ。……生きすぎて、壊れんやないで?”

 

 それだけ。

 頑張れ、なんて一言もなかった。

 ただ、親しい者の死を、家族の死を、人の何十倍も見届けなければいけない道の先を、案じてくれた。

 感謝以外浮かばなかった。

 ただ同時に、そうありたいとも思った。

 寂しさに負けない自分でいようと……思えた。

 

「───」

 

 ───見上げた空が蒼かったのを覚えている。

 泥まみれになりながら遊んだ日は遠く、ふと思い返してみると、自分は今よりもよっぽど笑っていたなと苦笑する。

 それでも……今立っている日々は、あの日滲んだ日々よりも輝いていると信じてる。

 自分に勝手に見切りをつけた日々よりも、強く、強く。

 子供の頃には高すぎて目が眩んだ空も、大人になれば、手を伸ばせばきっと掴めると思っていた雲も、今だったら……願えばきっと、何処までだって飛んでいけるし、掴めないものだってわかっているから。

 子供の自分に答えを届けよう。

 

「……うん」

 

 新しいことはとても怖いよ。

 でも、果てまで歩いてみたい道を見つけたんだ。

 ずっとずっと歩いていって、そんな世界をいつまでだって肯定していきたいって思った。

 たとえ一人になってしまっても、自分しか生きていられないほどの果てまで歩いても……その果てでどう思おうと、今ここに居る俺の笑みは、決して嘘ではないから。

 目指すだけならタダで、果てで願えば叶うなら。

 俺は、こんな覇道をいつまでだって歩きたい。

 新しいことはさ、怖いけど楽しいんだ。

 子供の頃のように、まだまだ勝てない人はいっぱい居るし、亡くせば戻らないものももっと知ったよ。

 それでもさ。

 全部投げ出して泣くよりも、笑える今を肯定したいから。

 

「………んじゃ、殴られに行きますか」

 

 長い長い覇道の果てに待つものが、友人に殴られるオチっていうのも……まあ、悪くない。

 精神年齢だけがじいさんな自分なんて想像できないけど、まあ、それはそれで。

 そのためにもこの世界を肯定しよう。

 生憎負けず嫌いだ、どれだけの苦難があろうが、絶対に肯定してやる。

 

「相手もそうなのかな…………あぁ、ははっ、子供の喧嘩だな、これじゃ」

 

 相手がどれだけ俺を恨んでいようが、結局はどちらが勝つかの問題。

 もう俺にも負けられない理由が揃っている。

 どれだけの年月を左慈ってやつが歩いてきたのか。

 それを思うよりも、この世界を守りたいって思ってしまっているんだから、結論なんてひとつだ。

 負けるわけにはいかない。それだけ。

 

「………」

 

 軽く持ち上げた右手を見て、自然と綻ぶ頬を引き締める。

 そうして、強く強く拳を硬め、ドンと胸をノックした。

 

「……覚悟、完了」

 

 いざ、この世界の最果てへ。

 世界を肯定するために。

 ……世界の連鎖を、終わらせるために。




 次回よりラストへ向けてのお話。
 うーん、見直してみると、やっぱり蜀の出番が少ない気が。
 書こうと思ってるとどうにも忘れてしまうんですよね。特に馬姉妹。
 翠も蒲公英も好きなんですけど。
 好きなキャラの話で一本一本話を作ったとして、どうせまた分割しなきゃならないくらい長ったらしい話になるでしょうし、それを五十ウン話分書いたとしたら分割150話あっても足りないんじゃないでしょうか。
 ……うん、終わりにしましょう。やっぱり終わりにしましょう。
 というわけで残り数話か十数話、お付き合いください。

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