真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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151:IF3/突端と終端③

 

「おぉおらっ!」

「しぃいっ!」

 

 振るわれる拳は逸らし、鞭のような蹴りは出来るだけ避けて、上段で来ればくぐるように避けては軸足を狙い、避けられてはまたぶつかり合い。

 絡繰に込めた氣はここぞという時以外には使わず、散った氣の少しずつでも吸収しては、一撃一撃を必殺の意志で繰り出す。

 普通ならこんな攻撃、直撃すれば相手は死ぬだろう。

 殺せば殺人による罪悪感が胸を支配するのだろうか。

 ……今さらだろう。

 乱世の中、自分が考えた作戦で死んだ人が居なかったなんて言うつもりはない。

 もっと無意識に自分を投げ出せ。

 考えずとも動けるだけの鍛錬を、いったいどれほど積んできた。

 

  相手が仕留めに全力で来たのなら、相手にこそ避ける余裕などない

 

 春蘭が教えてくれた、敵に一撃を当てる方法。

 目に殺気を込めて仕掛けてきた左慈の一撃に、全力を以って攻撃を重ねる。

 当然、勢いが乗った足の先ではなく、外側ほど勢いの乗らない足の付け根へだ。

 

「がぁっ!?」

 

 当然避ける動作なんてしなかったから、こちらも一撃をくらってしまう。

 だが怯む動作なんてものはほんの少しでいい。痛みなんて歯を食い縛って忘れてしまえ。

 

  敵に勝ちたいなら、気持ちで負けてはいけない

 

 鈴々が教えてくれたこと。

 怯もうが恐怖しようが、勝てることを疑うな。

 

「貴様殺す!」

 

 そして。

 相手がこちらの氣に集中した時にこそ。

 

  ヒュトッ───

 

 気配を殺して、

 

「!? 消え」

 

 仕留めにかかる!!

 

「げがぁあっ!?」

 

 一瞬でよかった。

 それこそ、一番最初に明命が教えてくれたように、“少しでも攻撃の意識を見せると気取られる”程度の隙でいい。

 散らさずに満たしていた氣を周囲に溶け込ませ、目の前に居るのに見失うという状況の中、咄嗟に行なってしまう“敵を探す動作”の間隙を縫っての一撃。

 

  最速の一撃を当てるなら、正眼からの突き

 

 蓮華とともに磨いた意識だ。

 それでも左慈の防御は間に合い、喉を潰すつもりで放った突きも、見えないなにかがクッションになったのを感じた。

 呆れるほどに存在する氣を、常に盾にでもしているのだろう。それを、殺気が向けられた場所へと集束させることに、既に慣れている。

 そりゃそうだ、生きた時間なら相手の方が遥かに長いんだ、経験で勝てるだなんて思っていない。

 

「けどなぁっ───!」

 

 こっちだって、何も学ばずに生きてきたわけじゃない。

 教えてくれる人達が居て、刻み込み続けられるほどの生き様を見てきた。

 生きることに絶望して、全てを否定するための生き方とは絶対に違う。

 長く生きる事に心が折れかかったことだってあった。

 大切な人を、普通の数倍見送ることに、その日が幾度もくることに、心が枯れそうになったこともあった。

 それでも……そんな世界を肯定したいって思い続けることが出来たのだから。

 

「図に乗るなよ貴様ァアアッ!!」

 

 喉への衝撃で濁った声での怒声が響く。

 追撃を仕掛けに駆けた俺へと加速された蹴りが繰り出され、俺はそれに加速させた木刀の一撃を合わせて再び合い打ちに。

 確実に当てるのならこれしかない……そう思ったが、足と木刀がぶつかった瞬間、木刀に込めていた氣ごと、俺の攻撃が逸らされた。

 

「!? えっ───」

 

 頭に浮かんだのは、自分でもよくやった方法。

 相手の氣に自分の氣をくっつけて逸らした、あの───

 

「おぉおらぁっ!!」

「! くあっ!」

 

 木刀に氣を取られた瞬間に放たれる、氣が篭った崩拳を手甲で逸らす。同じ方法で。

 途端に左慈の表情が驚愕に染まり、それも隙として攻撃出来るほどに長くは続かず、攻防だけが続いた。

 避け、逸らし、防御し、そうした動作の中で飽きることなく攻撃を重ね、相手の行動を頭に叩き込んでいく。

 

  鍛錬するのであれば、架空の相手と戦うことを想定して

 

 祭さんや雪蓮に、元の知識の上にさらに叩きこまれたことだ。

 こうして戦っている最中でも相手の動きを学んで、次の攻撃へと備えてゆく。

 一撃一撃が来る度にその癖を見て、掠める度に力強さを学び、受け止めるのに必要な氣の量を計算して、相手の行動の一手先を───!

 

「これで───寝ていろ!」

 

 構え、蹴り。

 完成された動作は確かに美しい。

 けど、完成されているからこそ体に当たるまでの時間も読み易い。

 

(───ここっ!)

 

 相変わらず膝から先が見えない蹴りを、振り上げた左拳で上へと殴り弾く。

 確かな手応えとともに膝から先の目視が完了した頃、左慈の表情が凍りつき、そうなった瞬間にはもう、袈裟掛けに振り下ろした木刀が左慈の左肩を強打していた。

 

「ぐぅあっ!?」

 

 氣を込めればモノも斬れる木刀。

 本気で打ちつけたそれだが、馬鹿げた氣の量の所為なのか道術の力なのか、強打は出来ても一撃で下すことなど出来ない。

 

  ───そんなことがわかっているからこそ。

 

 一度で終わるなんて慢心をするな。

 相手が一撃の防御に集中している時にこそ、肩から一番遠い場所へと追撃を仕掛ける。

 木刀に込めていた氣は自分の中から振り絞った氣。

 そして、自分の左肩に意識と氣を集中させているであろう左慈の右脇腹に添えた手甲からは、手甲に装着した絡繰から放つ氣で、

 

「げっはぁっ!!?」

 

 わざと混ざり合うことのない氣の色に変えたソレを、左慈の腹部でズドンと炸裂させた。

 木刀で殴った時よりも強く激しい手応え。

 よろめき下がる姿を追撃しない手は無く、再び氣を装填させた木刀を、加速させた体で振るう。

 

「───馬鹿がっ!」

 

 そんな刹那だった筈だ。

 口の端から血を滲ませながら、歯を食い縛った姿が一瞬で目の前に現れた。

 どうする、なんて考える暇もない。

 最初から、こちらの思考が完全に“攻撃”に向いた瞬間を狙われていた。

 踏み込みと同時に震脚で硬い具足ごと左足の甲を潰され、次いで放たれる左掌底で右膝を砕かれ、右の貫手が腹部に突き刺さり、貫手の動作と同時に戻された左手が、心臓部分へと掌底を埋める。

 自分の意思とは関係なく崩れる体。

 その動きさえ利用され、こんな至近距離だというのに顎を跳ね上げるのは彼の足の底だった。

 

「そこそこは楽しめたが、まあこんなものだろう」

 

 ……追撃は来ない。

 やがて倒れる体を静かに見下ろして、左慈は口の端の血を制服の袖で拭った。

 

「貴様はそこで見ているがいい。無力を噛み締め、世界が否定される様を」

 

 口角を軽く持ち上げて笑う姿には余裕があった。

 一方の俺は足を砕かれ膝を砕かれ、腹には穴が空いて、心臓は弱々しく脈打つだけ。

 ……そう、それ“だけ”だ。

 足と腹に癒しの氣を。

 心臓は氣を使って無理矢理鼓動させる。

 癒しきれない損傷は氣でもって繋げて、無理矢理に体を起こして……!

 

「……呆れたしぶとさだな。骨を砕かれても戦うのが、貴様が学んだ戦か?」

「ははっ……はぁっ……! ああ、そうだなぁ……! 腕が折れることなんて、日常茶飯事だったかもなぁっ……!!」

 

 腕が折れた状態で戦ったことなんて何度もあった。

 氣脈が痛んでいようが戦うことだってもちろんあった。

 足の甲の骨が踏み砕かれようが、膝の皿を砕かれようが……それを無理矢理動かす知識を学んだ過去がある。

 動けるのなら、敗北なんて認めてやらない。───決着は、ついていないのだから。

 

「情けで命まではと思ってやったというのにな。死にたがりなのか、貴様」

「死にたいなんて思わない。寿命以外でなんて、余計にだ。勝ちたいだけだよ……っ……つはっ……! 勝って……俺の願いを、叶えたいだけだ……っ!」

 

 砕けた膝で立とうとし、痛みに息が荒れるのを、癒しの氣でがんじがらめに縛りつけるようにして誤魔化す。

 腹から血が出ているが、幸いと言っていいのか、風穴が空いたわけじゃない。

 こちらも癒しの氣で包んで、痛みを誤魔化した上で構えた。

 

「……今の貴様を潰すのに、一分もかからん。最後の情けだ、勝負を諦めて決着を認めろ」

「すぅ……っ……はぁぁあっ…………! ───いやだねっ! 逆の立場だった時を考えてから言えっ!」

 

 砕けた部分に氣のクッションを挟み、痛みは歯を噛み締めて───疾駆。

 途端に全身が硬直してもおかしくないほどの激痛に襲われるも、痛みにだって散々と慣れた。

 その上でのやせ我慢を貫き、ただ目の前の敵を倒すだけを意識する。

 

「フン……先に言っておくぞ。───無様だと」

 

 けど。

 そんな、満足な状態でも攻撃を当てることすら苦労した自分が、こんな状態で満足に渡り合える筈も無い。

 再び連撃をこの身に喰らい、地面に倒れ伏した。

 

「理解しろ。人の限界が想像の域を越えることなど決してない。想像を具現化出来るならまだしも、俺達はそれを叶える側じゃないんだよ。叶えるために繰り返すだけのくだらない傀儡だ。……もう動くな、北郷一刀。これでようやく全てが終わる。願われれば叶えるだけの、叶えなければ苦しむだけの世界が終端へと辿り着くんだ」

 

 左慈はそう言いながら、立ち上がろうにも立ち上がれない俺を見下ろし、それから周囲で戦いを続けているみんなを見て、何処か寂しそうな表情をした。

 

「呆れた連中だ。兵一人一人が氣を当然のように操るか。傀儡どもでは保たんな。……まあ、普通は、だが」

 

 見れば、氣を乗せた攻撃で敵を貫いてみせる孫の姿が。

 しかし貫かれた白装束の存在はボフンと煙のように消え去り、左慈の近くから新たに出現しては、またみんなのもとへと駆けていく。

 

「見ただろう。アレは方術で象った傀儡だ。ただ敵を倒すために動き、生み出す者自身が止めない限り、滅びることもない」

「………」

「さっさと負けを認めろ。認めれば、傀儡を消してやる。今はいいだろうが、次第に体力を枯らし、刺されて死ぬぞ。術で動く傀儡と違い、やつらは疲れる。殺し合いを知らんやつらがその初戦でどれほど神経をすり減らしていくか。知らんわけでもないだろう」

「……随分、やさしいんだな。問答無用で殺しにくるかと思ってたよ」

 

 呟きは当然の疑問。

 なんだって、殺す殺すと言っていたのにトドメを刺さないのか。

 その答えはあっさりと返された。

 

「他人のためだのなんだのと甘いことを抜かして生きる貴様には、武の敗北よりも仲間の死こそがこたえるだろう。そうした絶望を味わわせてやったほうが、決着というものは刻まれやすいものだ」

「………」

「負けを認めるなら助けてやる。認めないと言うのなら───」

 

 俺から視線を外し、軽く手を上げる左慈。

 そんな姿に躊躇なく剣閃を放ち、手で弾けさせた氣を反動に一気に起き上がった。

 

「!? 貴様ッ!!」

 

 脅迫なんてものには頷かない。

 決着もついていないのに、敵から視線を外した相手に遠慮なんてしてやらない。

 弾かれるように宙に舞った体で、剣閃を躱した姿に自分の体重ごと木刀を振り下ろした。

 木刀は氣を込めた手で受け止められ、振り上げられた脚が跳んだ俺の腹に突き刺さるが、そんなものは望むところだ。

 脊髄を駆け上り脳天を貫くような激痛に身が緊張しかけるも、そんなものはとっくの昔に経験済みだ。

 あの頃は庶人に腹を刺されるだなんて思ってもみなかったし、それが痛みの想像力を跳ね上げてくれるなんて思ってもみなかったけど───

 

「お返しだぁああっ!!」

 

 振り上げられ、伸びた脚。

 その膝の皿へと、絡繰から引き出した氣と自分自身の氣を合わせて握り固めた手甲を、躊躇の一切も無く振り下ろした。

 

  左手甲から腕を伝ってくる、何かを砕く感触。

 

 穴の空いた腹に蹴りを入れられれば攻撃どころではないだろう、なんてタカを括っていたのだろう。

 意識の外からの攻撃に悲鳴を上げた彼は、掴んでいた木刀を離して距離を取ろうとして……その場で崩れ落ちるように膝をついた。

 好機と見て着地とともに構えようとするが、こちらだってとっくに両膝が壊れている。

 着地の衝撃で勝手に悲鳴を上げてしまうほどの痛みが走り───……それでも。

 

「ッ……つ、ガァアアアアアアッ!!!」

 

 木刀を振るう。

 痛覚なんて置いていけと意識に命令をしたところで、それはきっと叶わない。

 だったらそんなものさえ意識出来ないほどに守りを忘れた獣になれ。

 攻撃の意識を隙と見られるなら、その攻撃ごと破壊するつもりで。

 

「舐めるなっ!」

 

 手による防御、と視認した次の瞬間には、木刀の軌道が逸らされていた。

 氣で弾かれたのだろう。

 構わない。

 もう、どうせ満足に動けないなら、体にある氣の全てを───!

 

「おぉおおおおあぁああああっ!!!」

 

 一撃一撃を全力で。

 自分の中で技とも呼べない、けれど将であるみんなと打ち合うために身に付けたそれ。

 振るう度に一気に散る氣を瞬時に満たして振るい、ぶちかまして、相手の氣の防御を破壊してゆく。

 

「ッ……!? 貴様正気か!? こんな馬鹿げた戦法がいつまでも続くと───!」

 

 散った分を吸収して上乗せして、弾かれようが逸らされようが、隙を穿たれて攻撃を受けようが……歯を食い縛って、一歩も退かずに振るってゆく。

 捨て身……? ああ、捨て身なんだろう。

 足に送るべき癒しの氣さえも攻撃に回して、痛みが脳天を焼こうが、優先すべきは勝利なのだと、心が理解しているのだ。

 

「~っ……! ああそうだろう! ここで余裕を残すことに意味などない! ならば───ぐあっ!? な、なん」

 

 四度、五度、六度と続いて、手に氣を込めて防御していた左慈の手が、鈍い音を立てて砕ける。

 なんだと、と続けられる筈だったのであろう言葉は驚愕に飲まれて、やがて。

 

「これでぇえっ……!! 終わりだぁああああっ!!」

 

 作戦も勝機も、先へ繋ぐ予測もない。

 自分の命ごとをぶつけるつもりで続けた、七度きりの瞬間錬氣。

 氣脈は痛んで、体も激痛に襲われ、視界なんて激痛による涙で滲みっぱなし。

 傍から見れば子供の喧嘩みたいに見えるんだろうな、なんて馬鹿なことを考えながら……自分の中から氣っていうものが枯れ果てて、振るった木刀にのみ装填される感触を、ただ感じていた。

 


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