真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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151:IF3/突端と終端④

───/───

 

 ───信じていたものがあった筈だった。

 たとえば自分というもの。

 なんのために生きてなんのために死ぬのか、なんて、普通に生きていればいちいち考えることなどないだろう。

 なにかにぶつかって、辛い思いをして、初めてそんなことを考えるのが人間というものだと俺は思う。

 だからこそ、そんな風に思うばかりになってしまった自分の頭で、なんのために生きているのか、産まれたのかを強く強く考えた。

 誰かの望みを延々と叶えるため?

 そのために自分が望む“こうであったら”を放棄して?

 そんなものは違うと思った。

 ならば自分の願いは誰が叶えてくれるのか。

 いつしか不満しか持てなくなった世界というものの理を、他でも無い世界が与えた力でこそ砕いてやりたくなった。

 

「───」

 

 それからの日々は、否定とともに頭痛や自分自身の存在の希薄感に吐き気を覚える毎日。

 願われる度に初めから歩き、果てに着けば戻されて。

 こんな世界を願っていたのかと他者の願いに呆れを抱き、視界に納める世界を、どこか冷えた心で眺め続けていた。

 それでも希望があったから、目的があったのだから、まだ歩ける理由にはなったのだろう。

 その全てが終われば、ようやくこのくだらない連鎖からも解放される。

 解放された先にはなにがあるのだろうと考えて、高揚したことだって……確かにあったのだ。

 もしかしたら自分も願う側に立てるのかもしれない。

 叶うのなら、あんな未来が無い世界を、などと。

 

  そんな希望が砕かれた。

 

 くだらない正義感を振り翳した男によって、それこそバラバラに。

 その時の絶望をどれだけ説こうが、目の前の男には届くまい。

 どうすればいいなどと訊かれようが、謝罪など相手の自己満足以外のなにものでもない。

 許せないのではなく許さないだけ、なんて言葉も霞むほどに恨んだ。

 恨みは消えず、枯れず、ただ俺は、そいつが仲間を作って幸福へと辿り着く世界を何度も何度も見せられた。

 自分がいつか願った、願う側に立つという世界を、他でも無い自分の願いを砕いた男が叶えていたのだ。

 目の前が白くなるのと同時に、心が冷たくなるのを感じた。

 僅かに残った何かが砕ける音がした、と思えば、もはや破壊する心しか湧かず。

 繰り返せば繰り返すほど、憎しみは増すばかりだった。

 

  ……いつだったか。

 

 意味を無くして消える筈だった世界が消えず、別の意味を持って続いたと于吉が言った。

 耳を疑ったが真実らしく、あろうことかその世界に役目を終えた筈の北郷一刀が戻ったのだという。

 放った言葉は“ふざけるな”だった。

 呆れるほどある砕けた欠片の世界を潰し、それが終われば連鎖も終わると信じていた俺は、怒る以外になんの感情も持てなかった。

 だが、そこに現れて助言を放つ存在があった。

 貂蝉だ。

 もはや欠片の世界と連鎖、人の願いと欠片の世界が繋がっている。

 本当に連鎖を終わらせたいのなら、突端を終端へ辿り着かせるしかないと。

 突端。つまり、北郷一刀と俺の因縁。

 あんな出来事から始まったそもそもが突端ならば、俺はそもそもあの軸で、北郷一刀に願う世界を任せるべきではなかったのだ。

 あいつが願ったのはさらなる世界の拡大。

 その連鎖の分だけ広がった世界を、俺はまた最初から歩くことになった。

 

  こんなもの、肯定したのと変わらない。

 

 やはり否定しなければ、終端には辿り着けないのだと。

 それからの日々は、曹操が死ぬのを待つ日々となった。

 意味を持った世界の主が死ななければ、その世界に干渉することは容易ではない。

 夢の中に入る程度ならば可能だろうが、生憎と“世界の理”に反しきれるほどの力を俺達は許されていない。

 だから待った。

 この時を待って、干渉に成功した時点で曹操が死んだと確信し、この長いだけでなんの希望もない旅を終わらせられると思ったのに。

 

  なぜ貴様が立ち塞がる。

 

 簡単に倒せるなら、それでは気が治まらないとは思った。

 だが、ここまでしぶといなどとは思わなかった。

 氣のみを磨くことをいつかの自分のように実行し、その操り方にも迷いが無い。

 それどころか様々な応用を加え、氣の量で勝っている筈の俺を悉く出し抜いてくる。

 こんな男に負ける筈が無い。

 攻撃の度にそう思い、相手の骨を、肉を穿つ度に確信し───その度、仕返しを受けた。

 

  貴様の所為で。貴様が居たから。

 

 ふざけるなは頭の中から生まれ続ける。

 攻撃を返し、膝を砕かれ、目の前の相手のように氣を緩衝剤にして立とうとするも、相手はそれを許さない。

 馬鹿げた量の氣を得物に宿し、攻撃を続け、俺が足に氣を送る時間を与えない。

 振るわれる木刀を、氣を込めた手で逸らした先からこちらの氣が散らされ、どれほど無茶な錬氣をすればこんな全力を続けられるのかと、目の前の存在の在り方を疑った。

 だがそれがどうした。

 こんな戦法が長く続く筈が無い。

 この一撃を逸らして腹に空いた穴を穿ち、痛みを思い出させてやろう。

 そうして、防御のみに集中させていた氣を、攻撃と防御に分けた途端、一撃を受けた手から乾いた音。

 

  ───

 

 え、なんて馬鹿な声が喉の奥で鳴った気がした。

 そんな一瞬さえ待たない、一歩先の余裕さえ捨てた一撃が目前に迫っている。

 防御を捨てた一撃だ。

 ……問題ない。これに思いきり返してやればいい。

 今まで見てきた北郷一刀など、守られてばかりの甘ちゃんだった。

 どうせ人を殺すことさえ躊躇するだろう。

 敵を殺しきれない馬鹿ヅラに、こちらのありったけをぶつけ……今度こそ、俺は───!!

 

  ───瞬間、何かを砕く音ののち、赤が吹き出した。

 

 思考が追いつかない。

 突き出した貫手は砕かれ、肩から脇腹に掛けて赤が吹き出して。

 何をするんだったのか。

 ああそうだ、敵を殺し切れない、何処までも甘い相手に、一撃を……

 

  構え、蹴り。

 

 ずっと、こればかりを磨いた。

 その一撃なら届くと信じて疑わず。

 ……だが。

 信じれば届くのなら、じゃあ……俺が今まで味わってきた世界は、何故理想に届いてくれなかったのか。

 

  当たると確信していたそれが、途中でだらりと折れた。

 

 膝を砕かれていたことすら忘れていたのか。

 結局それは相手に当たることすらなく。

 木刀を握ったままの手甲が眼前に迫った瞬間、俺の中で……こんな、人の願いの悉くを砕く世界への希望が、頬へ走る衝撃と一緒に……完全に、砕け散った。

 

 

 

-_-/一刀

 

 氣も乗らない、勢いだけの拳が左慈の頬を捉えた。

 いつかのように波立たせたチェーンソーのような氣が左慈の手を砕き肩から脇腹までを斬り、けれどそれで、絡繰の氣も俺自身の氣も枯渇して。

 それでも決着はつかないのだろうと、拍子も置かずに振るった拳が、左慈を殴りつけた。

 氣も込めずに人を本気で殴ったのはどれくらいぶりだろう。

 そう思った瞬間には膝の骨がガコンッとズレて、その場に崩れ落ちる。

 思い出したように走る激痛に、声にならない声を上げて……それでも敵からは目を逸らさず。

 

「はっ……はっ……はぁっ……! はぁああ……!! ん、ぐっ……! つ、はっ……!」

 

 視界が赤く点滅する。

 鼓動の度に、ずぐんずぐんと赤くなり、力を込めようとする体をメキメキと噛み締めるように蝕んでゆく。

 

  動け。

 

 どうすれば決着がつくのかなんてこと、俺は知らないのだ。

 それこそ相手が降参するまで終わらないのであれば、俺はまだ立たなきゃいけない。

 なのに足は持ち上がらず、それどころかありえない方向へと膝から先が曲がっており、自分の体だというのに気持ち悪さを抱く。

 

「はっ……はぁあ……! はぁっ……!」

 

 立てないのなら、体を引きずってでも。

 ずる、ずる……と前へと進もうとするが、自分の体にさえ遠慮もせずに加速を行使し続けたためか、腕すらもが動かなくなっていた。

 もはや、回復することも出来ない。

 

「くそっ……!」

 

 歯を食い縛って無理矢理動かそうとしても、痛いだけでぴくりとも動かない。

 腹からはじわりじわりと血が滲んで、痛みと寒気で吐き気までもが体を襲う。

 

「ああ結構。もう動かないでください」

 

 自分に無力さを感じ始めた……そんな時だった。

 男の声がして、ばっと顔を持ち上げれば……さっきまではそこに居なかった筈の不思議な服を着た男が、左慈に肩を貸しながら立っていた。

 

「あぁ申し遅れましたね。私は于吉。左慈と同じく、この連鎖を否定する者の仲間ですよ。まあ、私は左慈に付き合っているだけであって、世界がどう転ぼうがどうでもよいのですが」

 

 特に感情も乗せない表情で淡々と言う姿は……どこか不気味さを感じる。

 いや、それよりも否定者ということは……!

 

「そう警戒しないでほしいものですね。決着はもう着いています。今さら私がどうこう言うつもりはありませんよ」

「っ……はっ……、え……?」

 

 痛みに荒く吐く息ののち、疑問が吐息とともに出ると、于吉と名乗った男は“やれやれ”といった感じで目を伏せた。

 

「この世界がどうなろうと知ったことではないと言ったのです。ああ、あなたの勝ちだとも。心配せずとも、もう左慈に戦う意思はありませんよ」

「っ……」

 

 言葉に詰まった理由はそこじゃあない。

 確かにそれも心配ではあったけど、于吉───于吉と名乗ったんだ、目の前の男は。

 于吉……白装束が襲い掛かって来た時、左慈が言った名前だ。

 つまりこの男が白装束を操って……!

 

「い、ぎっ……! な、なぁあんた……! 白装束は、あんたが動かしてるのか……!? 勝負がついたなら、ギッ……!! っ……~……白装束を、」

「止めろ、と?」

 

 痛みに軋む体を庇いながら言った言葉に于吉は軽く訊ねてくる。

 俺はそれに頷いて返したが、

 

「ああ、お断りですね。止める理由がありません」

 

 そんなものは拒否で返された。

 どうして。

 そう返す前に、彼は語る。

 

「ええ、外史連鎖の勝負はあなたが勝ちました。油断なく確実に殺すつもりでいけば、あなたなどに負けなかっただろうに。左慈も詰めが甘い。が、外史の終端とその戦いとはまた別ですよ。あなたが勝とうが負けようが、外史は終わらなければならない。曹操が死んだのなら、この世界も“結末”を得て終わらなければならないのです」

「ど……どういう、意味だ……!」

「簡単ですよ。たとえば誰かが考えた物語があるとします。それは誰かが願ったから出来たものであり、それはなんの意味もなく急に終わることなどありません。願った者が放棄しない限り。わかりますね?」

「………」

「意味を持って終わることは、物語にとっての最後の役目と言えましょう。だからこの世界は終わる必要がある。白装束の兵と戦って勝ち、次代を担う者がそれからも生きました、めでたしめでたしとなるか、白装束に襲われて全滅しました、で終わるか」

「全滅……!? そ、そんなこと、誰がさせるかっ!」

「無駄ですよ。今のあなたに何が出来るというのです。あなたはいわば、曹操の物語に無理矢理入ってきた部外者です。今さら今の物語の終端に入り込むことに、意味などありません」

「……だから、どうした……! 守りたいから守るんだ……! それが強くなった理由だし、この世界に帰ってきた理由だ!」

「………」

「っ……」

 

 睨み合う。

 いや、俺が一方的に睨んでいるだけであって、于吉は窺うような目で俺の目を覗きこむだけだ。

 けれどそんな状態が少し続くと、彼は小さく息を吐いて目を伏せた。

 

「まあ、構いません。止めもしません。どうぞご自由に。そんな状態で、何かを為すことが出来るのなら」

 

 最後にフフッと笑うと……左慈を連れた于吉は、幻だったかのように消え去った。

 

「………」

 

 なのに、白装束は未だに消えない。

 みんなを襲っては、疲れも見せずに暴れ回っている。

 

「~っ……く、ぉお……!!」

 

 起き上がろうとする。

 立てない。

 這おうとする。

 手が動かない。

 今こそ誓いを、約束を守る時なのに、体は動いてくれない。

 動け動けと頭が熱くなるくらい命じても、僅かな氣もない体は、段々と力を無くすばかりだ。

 

「なんだよ……! なんなんだよ!!」

 

 決着はついたんじゃなかったのか。

 自分が勝ったんじゃなかったのか。

 勝てたのに、体は動かない。

 今こそ守るべき時なのに。

 みんなが死んでしまったこの地を、今こそ守れる筈なのに。

 なんのために鍛えたんだ。

 なんのために戻ってきた。

 

「動けよ、くそっ……動け───、っ……!?」

 

 再び無理矢理動かそうとして、ドクンと心臓が跳ね上がった。

 知っている感覚だった。

 自分の存在が怖いくらいに希薄になって、手が足が、体が透けるこれは……!

 

「……、うそだ。だって、今じゃないか……! 約束したんだよ……自分に誓ったんだ、覚悟を決めてきたんだよ! 自分の力じゃみんなを守れやしないからって! だったらみんなが動けなくなったら守ろうって! ───いぐぁっ!? ~っ……!」

 

 痛みとともに消えてゆく。

 視線の先では、まだ娘達が、孫達が、兵たちが戦っているのに。

 

「……くそ……! 動けよ! まだ消えるな! 終わってなんかいないんだ! これからなんじゃないのかよ! やっと心配事が消えて、作り笑いなんてものをする理由もなくなったんだよ!」

 

 指が消えてゆく。

 ゾッとした時には手が見えなくなった。

 視界に映った娘の姿に手を伸ばそうとしたが───

 

「やっと返せるんだ……! 守ってやれるんだよぉっ! 華琳が愛した世界を! みんなが育んできた国を! 大陸を!! 俺達の“幸せ”を!!」

 

 伸ばしたい手は既に無く、進めたい歩は動かせもせず。

 

「散々受け取ってきたんだ……! 守ってもらってきたんだよ! やっとそれを返していけるって……! 報いることが出来るって思ったのに───!」

 

 涙を流しながら叫ぶ。

 伸ばし切ることが出来たなら、きっと届いたであろう、この外史の未来へと手を届かせるように。

 

「っ……終わりなんかじゃない! 終わりなんかじゃっ……!! 俺達の覇道は……俺達の幸せは……っ……! ───っ……華琳ーッ!!」

 

 ただ、伸ばした。

 声でも消えた腕でも、いっそ体ごとでもよかった。

 自分の何かが届くのなら、届いたなにかで少しでも報いることが出来るなら、と。

 

  ───顔も消えたのか、目の前が真っ白だった。

 

 それでも伸ばす。

 もう、なにを伸ばしていいかもわからないのに、ただ……なにかが届けばいいと、いつまでも、いつまでもこの世界のことを思い。

 

  ───泣き叫ぶ喉も消えたのか、もう声も出ない。

 

 それでも悲しみは消えないで、涙を流すことしか出来ない自分を……深く深く恨んだ。

 そうして辿り着いた、今はもうなんの感覚もない中で、やがて───

 

 

 

      ……ごつり、と。なにかがなにかに触れる。

 

 

 

 ……途端に全ての感覚が戻って、俺は───その“扉”を開けた。

 

 

 ───……。

 

 

「…………」

 

 そして…………立ち尽くした。

 呆然として、震えてくる体を止めることもしない。

 目の前の光景が信じられなくて、どうして自分がこんなところに立っているのかが、わからなくなる。

 

「は……はは……? は……」

 

 胡蝶の夢、という言葉が思い浮かんだ。

 いつか城壁の上で華琳と話した。

 自分は夢の中で蝶となって飛んだのか、自分が蝶が見ている夢の中の住人なのか。

 

「なんで……どうして……」

 

 足が思い出したかのように震えて、床に崩れるように座りこんだ。膝は砕け、足も砕けている体が立っていられるわけもない。

 かつてここから魏へと飛んだ瞬間の姿勢に戻って、支えきれずに倒れたのだ。

 

「………」

 

 そう……開け放った先にあったもの。

 そこは道場の更衣室……だった。

 あの日、汗を流したのちに及川とともに遊びに行くはずだった、第一歩。

 それを───いまさら、踏みしめていた。

 

「なん、だよこれ……! 俺は……俺は魏で……都で……みんなの夢を……幸せをっ……! こんなっ……! なんで……!」

 

 言葉が意味を持たなくなってゆく。

 嗚咽はもう止められず、叫び出したかった声も……もう、抑える必要すらなかった。

 

「あ、あ……うあぁぁああああああああっ!! あぁあああああああああああっ!!」

 

 ただただ、四肢が動かぬ体で天井を仰ぎ、叫んだ。

 誰にでもない、今の状況にこそ。

 それを聞きつけ駆けつけた及川になにを言われても反応すら出来ず、喉が枯れ、涙が枯れるまで、俺はただ……何もかもを……強くなりたかった意味さえも失った自分として。

 かつての故郷に……戻されていた。

 


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