真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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152:IF3/外史①

終端へ/外史の終端。それは想像と創造の始まり

 

 窓際に設置された病院のベッドから眺める景色は、なんというか味気ない。

 変わり映えのしない景色に溜め息をついてみるも、ついたところで何が変わるわけでもない。

 けど、そんな景色に見知った顔が入り込むと、なんだか無性に顔が緩むのは……退屈だけはさせてくれないやつだからと、心が理解してしまっているからなんだろうか。

 

「はぁ」

 

 あれからまあまあの時間が経った。

 といっても、俺の気持ちが落ち着かなかったために、日々を長く感じただけなのかもしれないが、ようやくこうして心が落ち着くくらいにまで……まあ、うん。時間は経ってくれた。

 今さらどう足掻いたってあの瞬間には戻れない。

 終わってしまった世界へ行くには、それこそ願いを叶えて行く以外はないのだろう。

 そして、願いを叶える銅鏡とやらをくれる筈の貂蝉が何処に居るのか、なんてことは……当然と言うべきか、俺が知るわけがない。

 そもそもそれが本当に貰えるものなのかも、貂蝉がこの世界に居るのかも、俺にはわからないのだ。

 

「やっほーかずピー! 暇人の心の友! 及川祐ゥ! ただいま推参やぁーっ!!」

 

 さて、考え事をしているうちに大急ぎで来たらしい友人が、歯を光らせての登場だ。

 ご丁寧に口にペンライトを仕込んで。

 そうまでして歯を光らせたいのだろうか。

 

「……やっぱ無理やな。歯ァ光らせるなんてどうやったって無理やろ。コレ歯が光っとんのとちゃうもん。歯が照らされとるだけやもん。ペンライトに唾液付くし、踏んだり蹴ったりやん」

 

 笑顔で自分にツッコミながら、離れた位置にあった椅子を引きずってきて、どすんと座る。

 

「や、かずピー。調子どう?」

「ん、もうかなり治ってる」

 

 さて、あれから一ヶ月……と言わず、二週間。

 更衣室で泣き喚いて、及川に心配され、体中がズタズタであることに絶叫され、及川が呼んでくれた救急車で病院に運ばれつつ、しばらくはまともな会話も出来ないままに日々を過ごした。

 で、最近ようやく及川のケータイを貸してもらい、動画や写真が残っていることに笑みを浮かべることが出来て、今に至る。残念ながら手甲と具足は壊れて、もう使えそうもなかった。歪んだままの形で、寮ではなく自宅の方の俺の部屋に置かれているらしい。

 

「っはぁ~……しっかし、本気でおじいちゃんレベルまで残るなんて、かずピーったら人生経験豊富やなぁ。いろいろ終わったからこうして戻ってきたんやろーけど。ああまぁ、詳しい話は今まで通り、話したなったらでええわ」

「いや、助かる。あんな状態で根掘り葉掘り訊かれたら、全力で暴れ回ってたかもしれない」

「……かめはめ波撃てる男の暴走なんて、事情知っとる俺からしてみたら悪夢以外のなにモンでもないわ」

 

 正直、及川が動画や写真を残していてくれて助かった。

 あんな最後だったから、あの世界のことが全部嘘だったんじゃ、なんて錯覚まで起こしかけた。

 あれだな、全部無かったことにしてでも、心を正気でいさせようと防衛本能が動いたんだろう。

 動画や写真を眺めて落ち着くまでは、そりゃ長かった。客観的に自分を見る“俺”にとっては。

 “立ち直るまで一ヶ月や半年、それくらいかかるだろう”と、別の自分が冷めた目で見ているような感覚を覚えつつも、このままじゃダメだって思えたから前を向けた。

 落ち込むだけなら誰でも出来るし、なにより……希望を捨てるつもりはないのだ。

 勝利することが出来たのなら、いつになるかはわからないけど貂蝉はきっと来ると信じることにした。

 無茶な願いは、その時にでも叶えてもらおう。

 

「お医者さんも驚いとったでぇ? 全治を判断するのもややこしいくらいのズタボロ状態やったのに、二週間かそこらでこの回復力。骨があっさりくっついたことに、お医者さん頭抱えとったわ」

「氣って凄いよなー」

「凄いわなぁ」

 

 あの世界から外れたことにより、御遣いの氣は無くなっていた。

 しかしまあ、それでも自分自身の氣はあるわけで。

 残ったのは攻撃特化の氣だったけど、長い時間を生きて磨いた氣や知識は、それの応用を可能にすることくらい簡単にしてくれた。

 お陰で無理矢理広げてきた氣脈には、悲しんでいる間に氣がたっぷりと溜まり、それを用いては、まずは砕かれた骨の癒しを開始。氣脈より優先させた理由は、妙な形でくっつかれても困るからだ。

 そうして次は氣脈を癒して~とか、違和感があるところを癒して~とか、まあ暇な時間を存分に使っては癒してきたわけだ。

 お陰で全快も近い。

 御遣いの氣が混ざっていた時ほど癒しの力は強くないものの、そんなものはやっぱり応用だ。真髄までは知れなくとも、五斗米道を体験し続けた俺だ。

 華佗に癒してもらった時や延に癒してもらった時に、きっちりと自分の中の氣がどう刺激されていたのか~等も学習済み。ぬかりはございません。本人達には言えないけどね。

 

「で、だけどさ」

「お? なんやなんやかずピー。なんか訊きたいことでもあるん? あ、もしかして家族のこと? や~、それやったら見舞いに来た時とそう変わってへんで?」

「いや、家族のことはちょっと」

 

 剣術鍛錬でどうすればあんな怪我をするのか。そのことに関しては当然、家族からツッコまれた。

 けれども俺がまともに話せる状態じゃなかったため、流れはしたんだが……まあ、いつか話さなくちゃなぁ。

 今度はなんて話そうか。前は天下統一してきた~って言ったらオタマで殴られたし、今回は……これだな。“歴史と戦ってきた”。うん、間違ってない。オタマは飛びそうだけど、間違ってはいないよな。

 

「あの時代のことと、今のことを訊きたいんだ」

「ほへ? あの時代? ……や、俺にそれ訊いたってかずピーほどわからへんで?」

「ああ悪い、そういう意味じゃなくて。あー、なんて言うんだ? ほら、一応俺は最後の最後まで残って、その時代の……その、外史? を、中途半端に見届けたんだけどさ」

「中途半端なん? あーまーええわ、まずは聞こ」

「助かる。そう、中途半端なんだ。最後まで見届けることは許されなかった。だからさ」

 

 だから。

 もしかしたら、もう俺の願いが叶ったりしてないかの確認をしたかった。

 それなら貂蝉が現れない理由もわかるからだ。

 

「真っ直ぐ、正直に答えてくれ。過去に活躍した英雄はさ、───」

「───、ん。それがどう関係しとるのかは知らんけど、それはないわ。元のままや」

「……そか」

 

 訊いてみて、答えられて、溜め息をひとつ。

 願いは叶えられていないようだ。

 なら次の質問だ。

 

「夢で見たことがあるから訊くな? フランチェスカ内部にさ、こう……筋肉ゴリモリで頭が禿てて、モミアゲだけはあってそのモミアゲを三つ編みっぽくしてるオカマっぽい漢女が居たりは───」

 

 あの世界で見た夢の中、彼が現れたのはいつもフランチェスカの景色の中だった。

 だったらもしかして、なんて思って訊ねて───

 

「んあ? なんで知っとるん? 確かちょーせんとかゆー筋肉ゴリモリオカマッスルが、なんや古びた丸っこいの持って数日前からくねくね蠢いとってなぁ」

「居たァアアアアーアアアアアアアッ!!」

 

 ていうか既に来てた!

 ちょ……なにやってんのポリスな人に突き出されたらどうすんの!?

 どんな言い訳しても捕まりそうじゃないか! ……捕まったら普通に脱獄して来そうだけど!

 

「な、なぁ及川……? こういう時ってさ……普通は散々探し回って、何年かしたらひょっこり見つかるとかそんなんじゃ……」

「え? なんの話?」

「………」

 

 物凄い脱力感とともに説明を開始する。

 と、及川も微妙な表情で頬を掻いていた。

 

「あー、しゃあけどそーゆーの、最後に探すところを一番最初に探すかどうかの問題やん。あーゆー世界があって、物語っちゅーもんを体験した俺らやから言えることやけど、結局物語って最初にするか後にするかであっさり終わるか長引くかやろ?」

「そうだけどさ……」

 

 わかってはいるんだが、まあなんというか……脱力。

 

「ああまあけどわかったわ。よーするにかずピーがあのゴリモリマッチョに会えば話は進むんやな? せやったら善は急げや! 善やなくても急ご! 何がしたいのかまるでわからんけど!」

「その行動力だけは無駄に羨ましいな」

 

 言いつつも動く。

 さすがに完治はしていない体を氣で繋いで。

 

「あ、でもどないするん? お医者さんに見つかったらさすがに捕まるで?」

「外の空気を吸いたいって名目で、車椅子だな」

「んっへっへぇ、かずピーも悪やなぁ。あ、なら俺が押したるわ。で、車椅子どこ?」

 

 ガヤガヤと騒ぎながら用意を開始。

 個室でよかった。

 そうじゃなかったら、もう変人達の会話の域なんじゃなかろうか。

 

「おっしゃ準備万端! スーパーグレート松葉号! 発・進!」

「なんだよその名前」

「や、松葉杖の松葉って結局なんなんやろなーとか思ぅた結果」

 

 車椅子が発進する。

 及川はこんな面倒なことにも軽く頷いてくれて、いろいろと支えてくれた。

 振り返ってみれば一ヶ月にも満たない短い時間の中でも、自分が無理してるなって実感を持っている今……そんな気安さがありがたかった。

 

……。

 

 外に出てからは……なんというか、ひどかった。

 車椅子を目立たない場所へとソッと隠し、出入り口……まあ、門ではなくて壁を登って外へと出て。スリッパでは進みづらいから足に氣を込めてアスファルトの感触をシャットアウト、裸足で疾走を開始。

 後ろから「もうちょいゆっくり走ったってくれんーっ!?」とツッコまれつつも、そんな“悪さ”に懐かしさを感じて、笑った。

 居なきゃいけない場所から抜け出すなんて行為、破ったのはいつ以来だろう。

 あの世界ででもアニキさんの店に行くために、都から抜け出て……とかやったなぁ、なんて思い出す。

 アニキさんが店をやれなくなってからは、あまり寄ることもなくなったあそこ。

 彼の最後は家族に見守られての、黄巾時代を後悔しながらの往生だった。

 “あの時代でも、こんな風に看取られて死にたかったやつは居た筈なのになぁ”と、涙して逝った。

 先に立つ後悔はない。

 誰かに許されたとしても、その罪悪感はいつだって戻ってくるものなのだろう。

 

「ぜはーっ! ぜはーっ!! はっ……あ、あいっかわらずっ……どーゆー体力しとんねやっ……!! 俺っ……俺っ……もっ……もうっ……! だめっ……アカン……!」

「お姫さま抱っこでもするか?」

「そないなことして俺とかずピーの間で“アッー!”な噂が流れたらどないすんねん! 俺んこと好きな少女が悲しむやろが!」

「あれから彼女出来たのか?」

「やめて!? その祖父が孫を心配するみたいな目ぇやめて!?」

 

 ───ひとつの、長い長い旅が終わった。

 聞いたことはあっても見たことは無かった過去へ飛び、違いの多さに驚いて、戦を知った長い旅。

 生きることを学んで、死ぬことを知って、別れの涙を経験して、無力な自分に歯噛みする。

 呆れるくらいの辛さを知って、呆れるくらいの笑顔を知って、呆れるくらいの涙を知って、呆れるくらいの時を生きて。

 ふと振り返ると過去はすぐそこにあって、そんな世界が一瞬にも満たない程度の時間の狭間にあったことに、また呆れる。

 楽しかったかと訊かれれば、頷きもするし即答も出来る。

 けど、悲しかったかと言われても答えは同じ。

 そんな、とても、不思議な不思議な経験をした。

 

「おお! 自転車少年発見! なーなーかずピー!? こーゆー時って後で返すからとかゆーて奪ってもええ場面やってんな!? な!? んで、これがあとに巡り合いとして続いて、少年と友達になったりそのお姉さんとえー仲になったり!」

「警察に突き出されたりか」

「そんなん巡り合いとちゃうよ!?」

「大丈夫だって。お巡りさんと鉢合わせすれば、それは文字通り巡り合いだ」

「そんな奇妙なダジャレっぽい無駄知識いらんよ俺!」

 

 目を閉ざせば思い出せる日々がある。

 思い出せない顔達も、結果となって心にある。

 ……なぁ、みんな。俺はちゃんと、みんなが生きた証を肯定出来ただろうか。

 悪戯っぽい笑顔を浮かべて、兵と一緒に桃をかじったあの日や、俺の奢りで兵たちと一緒に飯を食べに行ったあの日。

 北郷隊は他の隊より絆が強くて羨ましい、なんて誰かが言っていた。

 そんな隊も、時間が経てば一人、また一人と家庭を持ち、故郷へ帰ったり旅に出たりと姿を消していった。

 それを寂しく思わなかったといえば……一人残された気分だった自分だけは、やっぱり寂しかったのだ。

 みんな旅立って、自分だけが残された、なんて錯覚を、どうしても感じてしまった。

 

「あ、タクシー停まってんでタクシー! ヘーイタク───」

「金は!?」

「……ヘ、ヘーイ! タスクー! 俺タスクー! タスッ……いやぁあああドア開けんといてぇえ!! すんませんえろうすんません! 金もってないの忘れてたんで見逃したってください!」

 

 ぜえぜえ言いながらもついてくる及川には、本当に感謝している。

 いろいろなことがぐるぐると頭の中で回るだけだったこの世界で、俯かせてばかりだった顔を持ち上げる勇気をくれた。

 今は考えるより走らなきゃ、見える筈のものだって見えないのだ。

 そう。どちらの世界でも思うことはきっと変わらない。

 いろんな思いが交差するこの世界で、それでも前を向いていられる理由が持てた。

 目標があるなら進まないと。理由があるなら立たないと。

 ……あの日と、あの夜。

 俺の頭を抱いてくれたやさしいぬくもりに報いるためにも。

 

「ほら及川っ、どうしたんだよ、早く行こう!」

「おんどれ病院からどんだけ走った思とんねや殺す気かオラァ!! 俺かて死に方くらい選ぶ権利あるやろ! “友達に付き合ぉて青春ダッシュして疲れ果てて死にました♪”なんてただの笑い話やろがぁっ! ……あ、自分で言うてて泣きたなってきた……! いやー! 俺もっとアハンな死に方したいー!」

「死に方が選べるんならそこの道端で白骨化してみてくれ。瞬時に」

「瞬時に!?」

「もしくは米の食い過ぎとかで」

「それアハンやのぉてご飯やーん! ……つまらんツッコミさせんなやぁ!! もういやー! 俺お家帰るー! ……結局フランチェスカやん! 寮とも呼べんプレハブ住まいやん!」

 

 御遣いの氣があった時ほど速くは走れない。

 それでも走れば走った分は進めて、それに呼吸をおかしくしながらもついてくる及川も及川で、途中途中で氣で喝を入れながらも背中を押した。

 ていうか、うん。別についてこなきゃいけない理由もないんだろうけど……ああ、ははっ。これも、彼なりの気遣いなんだろうって思えたら、なんか途中で意地でも最後まで連れていきたくなったのだ。

 

「げっほっ……! か、かずピ……かずっ……ピッヒッ……かずピーィイ! お、俺っ……俺もうだめ……無理……! かずピーだけでも……先にっ……」

「だめだ」

「いや冗談とかやのーてホンマに! 死ぬ! 本気で死ブッフ! げっほごほっ!」

「だ、大丈夫か及川! よし! 今からお前の中の氣を引き出すからそれを使って走るんだ! 使いきったらしばらく意識失うけど!」

「やめて!? なにっ……げっほ! なに怖いこと、ぜひっ、へはっ……さ、さらっと言ぅとんねん! ~……っはぁっ! お、俺もーだめやゆーとんねやぞ!? 聞いとる!?」

「いや、お前には恩がある。疲れてもついてきてくれるお前を今さら置いていけるか! ほら手ぇ出せ! 慣れないと垂れ流しになって結局気絶するけど」

「いやぁあああああやめてやめてやめてぇえええっ!!」

 

 いい天気だった。

 老人ってくらいの歳まで生きて、こうして元の世界に戻ってきて、姿は変わらなくても経験は高くて、心は老人っぽくて。

 でも……こんな友人と馬鹿みたいな会話を挟むだけで、心があの頃の自分に戻るようで。

 環境が人を変えるって言葉があるように、俺への態度が変わらないこの世界じゃ、俺はきっとかつてのままでいられるのだろう。

 この蒼の下……あの蒼とはまったく別の、時代すら繋がってさえいない空の下で、それでも……俺は。


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