真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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152:IF3/外史②

 気配を消して、及川の陰に隠れるようにしてフランチェスカの景色を歩く。

 入院してるくせに、こんなところでパジャマ姿でなんて、見つかったらただじゃ済まない。なので、及川の陰に隠れて。

 向かう先は、いつか夢の中で見た景色。

 ようやく呼吸を整えた及川に飲みものを奢……ろうとするも、財布を忘れたことに気づいて、後払いということで俺の分も自分の分も及川に買ってもらった。

 「奢りって感じがちぃともせんわ……」と、トホホな涙をこぼした及川と一緒に、景色の先へ。

 そこで待っていたのは……何故かはち切れんばかりのマッスルボディを白衣で包んだ、いつぞやのモンゴルマッチョであり……

 

「あぁ~らぁん! お久しぶりねぃ、ンごぉ~主人さァ~まァん!!」

 

 名を、貂蝉といった。

 

「よし及川、呼ばれてるぞ」

「ご主人サマゆーたらかずピーやろ!? ャッ……なんか怖い! くねくね蠢きながらこっち来とんでかずピー! なにアレ! なんやのアレ! 話には聞いとったけど、まさかアレが貂蝉やなんて俺知らんかった! 知りたくもなかった!」

「どぅあぁーれが闇夜に蠢く裸を曝す変態よりもテカテカしていて不気味な痴漢ですってぇえーん!?」

「ヒィごめんなさい! ゆーてません! そこまでゆーてませんけどなんかごめんなさい!」

 

 Q:白衣を着たビキニマッスルが突然筋肉を隆起させて目を光らせました。あなたならどうしますか?

 A:及川祐の回答/泣く。

 A:北郷一刀の回答/逃げ《しかし回り込まれてしまった!》……泣く。

 *ここ、テストに出ます。

 

「んもう! 久しぶりの再会だっていうのにぃん! つぅ~れないんだかるぁん!」

「いやうん、会いに来ておいて、会った途端に逃げようとして悪かったから。妙に“しな”をつくるのやめてくれ。及川が泣いてる」

 

 “あんな世界があったんやから、もしかしたら貂蝉ちゃんって意識すれば、べっぴんさんに見えるのかも!”とか儚すぎる夢を抱いていた彼の涙は、そりゃあもう見てられない。

 

「でゅふっ♪ え~えこんな会話よりも、知りたいことや欲しいものがあるんでしょん? も~ちろん用意してあるし、どんな質問もバッチリこォい、よん?」

「なんで白衣着てるんだか教えてください」

「何故って、こんな格好なら実験の先生っぽく見えるでしょん?」

(間違いようもないくらいに変態だ)

(ぶっちぎりにイカレた変態や……!)

「にゅふふ、あの世界のことよりもこの貂蝉ちゃんに興味津々だなんて、ご主人様ったらいけないオ・カ・タ♪」

「ヒギャアォオアァ!!? かかかかずピー!? かずピーィイイイ!! コレ今ウィンクで突風吹き荒ばせたァアアア!!」

「コレって誰ェ!! コレって何処ォ!!」

「ごめんなさいなんかもうごめんなさい顔近づけんといてェエエ!!」

 

 落ち着こう、及川。

 貂蝉もな、慣れれば普通の気の良い人なんだ。格好はアレだけど。

 

「ぬふん……よかったわん、いぃ~ぃ笑顔が出来るようになったのねぃ、ご主人様ん。あんなことの後だったから、ここに来るのはもっと後かと思ってたんだけどォもォゥ」

「……ああ。思い出と経験と……友人に感謝だ」

 

 その友人、泣いてるけどね。

 

「さぁ~てとゥン、軽い話はここまで。そろそろ真面目な話、していきましょ? 訊きたい事、あるんでしょう? ご主人様」

「ああ。……まず、俺が居た外史がどうなったのか、教えてくれ」

「そうねぃ、崩れていっているところよん。曹操ちゃんが死んじゃったあたりから崩れ始めて、それでも“ご主人様と左慈ちゃんが決着をつける舞台”って名目で、左慈ちゃん自身がその場限りの意味を持たせた。けど、それも終わったから、崩れるだけ」

「…………白装束とみんなとの決着は」

「ごめんなさい、それはわからないのよん。見届けてしまったら、私も外史の崩壊に巻き込まれてしまうから」

「見てたのか?」

「ええ。助けることはしなかったけれど」

「いや、いいよ。助けたら、それこそ連鎖が終わらなかったんだろうし」

 

 そっか。

 ……そうだな、どうなったのかわからないほうが、まだ希望が持てる。

 全滅した未来なんて、聞かされなくてよかった。

 今はそう思っておこう。

 

「で、私はご主人様がこの世界に来る前にここに来て、ずっと待ってたわけだけれども」

「そんな前からか!? な、なんで」

「だってご主人様が左慈ちゃんに勝ったら、いろいろと意味が変わってくるじゃない? あのねん、ご主人様ん? 今のご主人様はね? 曹操ちゃんが天下統一をした時と同じような状況なの。ここはご主人様が主軸の世界。突端同士が戦ってご主人様が勝ったから、この世界は今、ご主人様を主軸に置いた状態なの。どうしてあの世界ではなくてこの世界なのかは、あの世界がもう終わる世界だから。それはァ、わぁ~かるわねぃ?」

「………」

 

 言われてみて、少しホッとした。

 願った未来に、それは内容の一部として存在していたから。

 本当は全部を銅鏡に託すつもりだったけど……そっか。

 

「ご主人様が左慈ちゃんを倒すことで、世界にあった銅鏡のカケラの権利が完全にご主人様に移った、と言えばいいのかしらん」

「ああ、うん、十分だ。あ、で、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」

「あらん? 私のことをもっと知りた」

「違う」

「んもぉお~ぅう、さぁいごまで言わせてくれたっていいじゃな~いのぅん! でもそんないけずなご主人様もス・テ・キ♪」

「ギャッ……ヤヤッ……!!」

 

 ちなみに現在、貂蝉との間に及川を挟んで話している。

 逃げないように肩をがっしりと掴んで。

 なのでウィンクによる突風も、くねくねとした視覚ダメージも、ムチュリと飛ばされた投げキッスもほぼを及川が痙攣しながら受け取ってくれている。

 

「銅鏡に託す願いは、どうすれば叶えられるんだ?」

「銅鏡に触れれば叶うわん。そうじゃなかったらそもそも、最初のご主人様の考えが外史に反映されることなんてなかったでしょん?」

 

 ……なるほど、そうだったら、その前に及川に“実はメンマが~”とか言われてたら、多少は反映されるよなぁ。

 

「……わかった。早速で悪いんだけど、銅鏡って……」

「あるわよん? あ、もちろん私がもっているからってぇ、私の願いが叶えられるなぁ~んてことにはならないかぁ~らぁ、あぁんしんしてオッケイよんっ?」

「キャー!?」

 

 震える及川が、先ほどから元気だ。主に恐怖側の感情で。

 そしてウィンクで風を発生させるのはやめてくれ、本当に。

 

「願い事は決まっているのよねぃ? やっぱり外史の肯定?」

「まあそのー……とんでもない願い事。あ、でも渡される前に、まだ訊きたいことがあるんだ」

「きゃんっ、なんて真面目な凛々しい目。さ~すがのこの貂蝉ちゃんの心もぅ、こぉんな目で見つめられたぁらぁん、そっと目を閉じてぇ、唇を突き出してしまうわぁん!」

「ヒギャーギャギャギャギャギャギャアアアアアア!!! やめてかずピーやめてぇええ!! 離して! 離してぇえええ!!」

 

 及川が元気だ。

 そして離さない。ソレよりも話そう。

 

「実はさ、───」

「……、……あらぁん」

 

 望みを話して聞かせると、貂蝉は相当に驚いたようで目をぱちくり。

 でも、やがて穏やかな表情で笑うと、静かに「ありがとう」と言ってくれた。

 

「ええ、もちろんそれは、辻褄合わせってものが働いて、一気に、なんてことにはならないと思うわん。あぁんでも、そんな願いを聞かされちゃ~あぁあ、ま~すます託さないわけにはいかないわねぃ! さあ! ご~主人さァ~まぁ! これが銅鏡よん!」

 

 ヒュボォアア! と両手で、銅鏡が突き出された。

 途端、及川の眼鏡があまりの突風にパリーンと割れて……彼は再び泣いた。

 俺はそんな状況に笑いながら、心静かに……けれど、いっぱいの願いを込めて、それを真実と疑わずに、銅鏡を受け取───る前に。

 

「及川、悪い。ケータイ貸してくれ」

「ひゃ、ひゃい……」

 

 目の前のゴリモリマッチョさんに恐怖しつつも、ストラップ付きのソレをカチャリと渡してくれる。

 俺はそんなケータイを操作して、映像の中に居るみんなを見つめながら……強く、強く心の中に思い描いた。願うべき世界を。願うべきこれからを。

 そうしてから銅鏡に手を伸ばして……それを、受け取った。

 

「……うん」

 

 ずしりと手に乗る重み。

 あんな願いを託すには、ちょっとばっかり軽いかな、なんて思わなくもないけど。でも、全てを託そう。託した上で───

 

「これで、もう叶ってるのかな」

「うぅん、確認のしようがないわねぃ。たとえばあっちの世界ではあって、こっちの世界ではないものがあったりすれば───」

「あっちの世界ではあって…………あ」

 

 ハッとして、自分の内側に意識を向ける……と、ここでまたどうしようもなく頬が緩むのを感じて、全ての準備が整ったことに、素直に笑った。

 さあ。無茶を始めよう。

 そもそもが……そう、突端からして無茶だらけだった長い長い旅の終わり。

 でも、人の話なんてものは誰かが想像してしまえば、そこからどれほどまでも創造できるものだ。

 そんな“もしも”が連なって出来るのが外史ってもので、こうだったらいいなが形になった世界だから。そこに、正史なんてものは存在しない。外史は外史なのだから。

 

  ニカッと笑って空を仰ぎ、願いを叫ぶ。

 

 銅鏡に願った思いとは別に、世界の辻褄が現在に届くよりも先に。

 辻褄とともにいつかはこの氣脈の中に戻るであろう、“御遣いの氣”を思いながら。

 

「華琳! みんな! 俺はここだぞ! みんなが居ないと寂しくてやってられない子供な俺だ! どうか、こんな弱い俺を助けてくれ! ───ははっ、頼むよ! “御遣いさま”!!」

 

 ───遠いいつか。

 覇王に到り、世界の軸となった少女が願った末に、一人の御遣いが召喚された。

 御遣いは少女が願う通りに“またね”を叶えて、そんな世界をずっと一緒に生きた。

 その過程で少女は、そんな御遣いの友人に会ってみたいと思い、同時に御遣いの心労を癒してやりたいと願った。

 結果として友人が召喚された。

 じゃあ、左慈に勝つことで外史の軸って立場を濃くした自分は、なにを願うだろう。

 世界平和? 退屈の抹消? 願ったところで、きっとそれは、本当の願いまでにはどれも一歩が足りていない。

 だったらそんなものを消してしまえるくらいの、頼りになる天の……ああいや、ここが天なら……うん。“地の御遣いさま”を召喚しよう。

 銅鏡が俺の願いを叶え、“外史の全て”をくっつけ終える前に。

 

「ちょ、ちょちょちょちょっと、ご主人様ん? みんなってまさかぁ、曹操ちゃんたちをここへ呼ぼうって魂胆にゃ~のかしらぁん!?」

「魂胆っていうか、決めてたことだよ。無駄に時間はあったから。もし自分が勝つことで、覇王になった華琳みたいに“願える立場”になったならって。銅鏡に託す願いとは別にね」

「それはさすがに無理よん! 曹操ちゃんだってそもそも、呼べたのはご主人様一人だったでしょん!?」

「さっき訊いた通りだよ。俺が銅鏡に願った時点で、外史は過去からじっくりと、辻褄を合わせながらくっついていってるんだろ? だったら、そこにあった銅鏡のカケラの分だけ、願いだって叶えられるよ。願うだけならタダだし……それに」

「それに?」

「あの世界で及川が前例を作ってくれた。人一人を召喚するのなんて、天下統一を成し遂げるより、簡単だろ?」

「………」

 

 貂蝉はぽかんとしたのち、とんでもなく……本当に、本当にやさしい笑顔になって、頷いてくれた。

 そう。

 銅鏡に願ったのは外史の結合。

 全ての外史を一つにして、“ここ”までを繋げる。

 いつか禅に聞かせた通り、あの頃から今まで……1800年後で待てるように。

 歴史での曹操は男だった。

 けど、そんな過去は正史に任せよう。

 俺達は外史を生きてきた。

 外史はどこまでいっても外史でしかないのなら……そんな世界を肯定して、そこからみんなで歩いていけばいい。

 

「でもねぃご主人様ぁ? 確かに天下統一よりは簡単でしょぉ~ぅけぇれどもぉん。それだって、呼べて一人か二人くらいになるんじゃないのん?」

「“俺”が誰かの御遣いとして降りる世界は、カケラの数だけあったんだろ? それが一つになるんだ。呼べる人だってそれだけ増えるって」

「……あらやだ、ごぉ~主人様ったぁ~るぁん、意外にずっこいこととか考えちゃうのねん」

「心が老人になるまで生きれば、常識からちょっとズレたところを探すくらい誰でも出来るよ。ほんと、時間だけはあったんだから」

 

 大切な人が亡くなる度、何かに費やす時間は減ったのだ。

 それこそ鍛錬ばかりになってしまって、娘や孫に怒られたのを覚えている。

 そんな過去に頬を緩ませながら、はぁと息を吐く。

 空を見上げ、目を閉じて……しばらくそうして風に吹かれてから、目を開いて手を見下ろす。

 まるで風に解けたかのように消えて無くなった銅鏡に、頼んだぞ、なんて思いを浮かべながら。

 

「あ、あぁああ……けどな、ななななかずずず」

「落ち着け及川」

「えひゃい!?」

 

 動揺中の友人の脇腹に貫手をすると、彼はアミバ的な悲鳴を上げて、震えを止めた。

 

「あ、あぁええとやな。さっきかずピー叫んどったけど、昔の人ここに呼ぶなんて、出来んの?」

「未来の人を過去に飛ばすことだって出来たんだ。上手くいくよ。いかなければいかないで、仕方ないって」

「仕方ないって顔しとらんけどな、かずピー……あ、で、やけど。呼んだらおばーちゃんになったみんなが来るん?」

「……なんのために動画見てたと思ってんだおのれは」

「あ、あーあーあー! そゆことー! そうやったんかなるほどなるほどー!」

 

 思い出せる笑顔はたくさん。

 思い出せない笑顔もたくさん。

 思い出せないものにごめんを唱えると、心の中の俺が泣いた。

 それでも歩いていきたい未来があるんだ。

 一人ぼっちじゃ寂しい世界を、本来なら居なかった筈の俺が、自分として居るべきこの世界で……本来なら居ないみんなを願う。

 いつになってもいいから、どうか叶った日には顔を見せてほしい。

 それこそ、臨終の時まで待ってるから。

 だから、また出会えたその時は。

 みんなで、あの懐かしい大陸に帰ろう。

 娘とそう約束をしたから。

 

「願った瞬間に叶う願いなんて、そりゃないよな」

「そら、願いってのは大体自分で叶えるもんやしなぁ。他人の力借りて叶えることに、時間がかかりすぎや~なんて文句言っても始まらんわなぁ」

「そうねぃ、それにそんなとんでもないお願い、世界に受け入れられるかもわからないしねん」

「ん……いやぁ、それは大丈夫なんじゃないかな。少なくとも、もうそれを否定したい相手は……うん、居ないと思うから」

「あらん? それってばどぉ~~ぅゆぅ~ことぉん?」

 

 願ったものは外史の結合。

 外史ってものをくっつけて、ひとつにする。

 そこに、別の世界の住人だから成長しないもの、なんてものはない。

 つまり───

 

「今度はさ、友達になれると思うんだよ。本気でぶつかり合った男同士ってのは、単純で馬鹿なんだ。今度は一緒に歳とって、一緒に酒でも飲める仲になりたいよ」

 

 あの日に姿を消した二人とも、きっとまた出会える。

 もう願われるたびに、それに従って生きる必要もない。

 だから、まあ。

 もし出会えたら……とりあえず于吉は一発殴ろう。グーで殴ろう。

 

「じゃあ……これで」

「そうねぃ、私も役目を終えることが出来たようだぁ~かるぁん。……って、あらん? ちょぉ~っと待ってん、ご主人さまぁん。私これから、何処へ帰ればいいのかしらん」

「何処って。もうこの世界以外に外史なんて無くなるから、貂蝉もこの世界で歳を取って死ぬだけだぞ?」

「………」

「……いや。まさか気づいてなかったのか?」

 

 訊ねてみる……と、貂蝉は少し震え、ひと雫の涙を零した。

 ……どうした、なんて訊かない。

 生きてみればわかる、歳も取らずに見送る寂しさを、俺はもう知ったから。

 それが、ようやく大切な人と歳をとれる。

 それは当たり前のことだけど、大切なことだから。

 

「……ありがとう、ご主人様。まさかこんな形で剪定者の役目から離れられるなんて思ってもみなかったわん……!」

「……よかった。余計なことだったらどうしようかと思ったよ。今回のことで一番怖かったのは、肯定者の反応だったんだ」

「あー、そらわかるわ。否定するモンにしてみりゃこれはありがたいことやろーけど、肯定してたモンにしてみりゃ余計なことをってもんやろーしなぁ」

「あ、でもその場合、身分証とかはどうすればいいかな」

「そこんところはソッチ系の力で強引に捻り込むわよん。なんだったら左慈ちゃんと于吉ちゃん探して、方術で偽造してもいいしねんっ! あ、卑弥呼も探さないとだわん。いろいろと揉めそうだけど、それもまあ……んふん、覚悟の上でぶつかっちゃうわよん!」

「もう否定も肯定も滅茶苦茶やな……いがみ合ってたのとちゃうん?」

「否定も肯定も認められたこの世界だ~もにょん、今さらよん、そんなものは」

 

 そう、今さらってことでいいのだろう。

 これからのことはこれから考えよう。

 持っているものでどうにでも出来るんだったら迷わずしてしまえばいい。

 ああもちろん、殺しとか脅迫は無しの方向で。

 

「それじゃーねぃ、ご主人様。縁があったらまた何処かで会いましょん?」

「ああ、貂蝉も、げ…………うん、元気じゃない貂蝉って想像できないな」

「あー、わかるわーその気持ち」

「どぅあーれが常時筋肉を震わせてゲラゲラ笑う怪物ですってぇえん!?」

『そこまで言ってないよ!?』

 

 あまりの迫力に、素に戻った及川とともにツッコンだ。

 ともあれ手を振って別れてからは、急に静かになった広いフランチェスカの敷地内で、芝生の上に腰を下ろしてボウっとした。

 

「……はぁー、せやけど、なんやほんと夢みたいな時間やったなぁ」

「そうだな。……この世界に戻ってきた時、胡蝶の夢って言葉、思い出したよ」

「ああ、こっちが夢なのかあっちが夢なのかーってやつやな? いやー、まさか自分らが経験するとは思ってもみんかったなぁ。俺完全にただの夢やー思とったもん。貴重体験やけど、きっと誰に話しても信用されんな」

「だよなぁ。及川だって、今でも夢みたいだろ?」

「……今ここに立ってることとかも、なんや不安定に思えてきたくらいや」

「……ん。俺もだ」

 

 これで段落はついたのだろう。

 あとは過去から現在へ、辻褄合わせが済めば……正史なんて関係ない、外史だけの物語が続いていく。

 そもそも最初っからこの世界が作られた世界だって知っていたなら、正史なんてものを大事に思う必要もなかったんだ。

 正史の曹操がどんなことをしてどうなったのか。正直なところ、伝え聞いたことくらいしか知らない俺達だ。

 実際に彼らが何を為し、何を思っていたかを知る人は居ない。

 それが正史ってものなら、俺達が経験した全ては外史で、俺達が立っている場所も外史なのだ。正史なんてものは、関係がないものだったとさえ言えてしまうわけで。

 

「あー……しゃあけどかずピー? 辻褄合わせはえーけどな? どんな過去がここまで来るのか~とかはわかるん? や、もしかしたらやけど、俺達が知る外史とは違てる外史が過去にあてがわれるかもしれんねやろ?」

「外史を結合させようなんて考えた人間がどれだけ居るかじゃないか? あの外史を経験したのは俺だけなんだし、そんな俺が願ったなら……まあ」

「あぁ、せやな。そら言ったって始まらんわ。なってみてのお愉しみやね」

「そゆこと」

 

 顔を見合ってニカッと笑い、ぽてりと寝転がる。

 いい風が吹いていた。

 大きく吸って吐いたなら、そのまま眠れそうなくらいのやすらぎを感じる。

 そこまで考えてみて、ああそういえばと笑った。

 華琳に呼ばれてからずっと、自分は御遣いとして気を張ったままだったんだなぁと。

 ただの学生に戻るまでにいったいどれほどの時間がかかったのか。

 やらなきゃいけないことから意識が逸れるまで、どれほど時間がかかったのか。

 ようやく息を吐けたのだ。

 そりゃ、やすらぎもする。

 

「あ、ところでかずピー? 一発殴らせろゆーたの覚えとる?」

「ん、ああ、覚えてるよ。その拳に俺がクロスカウンターを重ねる約束だったな」

「生きすぎてボケたのとちゃうよね!? ただ俺が殴るって約束やったやろが!」

 

 くだらないやりとりも気安いもの。

 結局は傷が完治してからって話になって、そのままくだらない話をした。

 勉強のことがどうの、女の子のことがどうの。

 「遊びに行く約束パーになったんやから、今度は思い切り付き合ぉてもらうでー」なんて、眼鏡を輝かせながら言う友人に、ん、と頷いて。

 

  長い長い旅は終わったのだ。

 

 空を正面に捉えて、目を閉じた時。

 そんな言葉が自然と心をノックした気がした。

 覚悟完了を唱えるまでもなく、理解したのだろう。終わったものは懐かしめても、その日には戻れないのだと。

 だから、今は帰ろう。

 あの世界の故郷ではなく、今の自分が帰るべき場所へ。

 そこで、この世界でしか出来ないことをしながら……ゆっくりと待とうか。

 いつか、辻褄が自分の氣脈に御遣いの氣を持ってくる日を。

 

  立ち上がって、歩き出す。

 

 新しい目標を思い描いて、まずはなにをしようか、なんて笑いながら。

 及川は何処か美味いメシ食べに行こう、なんて言って、“当然女の子と”なんて付け加えてニシシと笑っていた。

 いつかはあの蒼と繋がるだろう空の下、忙しくもない日々が、再び動き始めた。

 新しい第一歩は踏み締めたばかり。

 友人とくだらない時間を過ごしながら、時には意外性に走りつつ、日々を待とう。

 願ったことが、せめて少しでも多くの人に笑みを贈ることのできるものだと信じて。

 

 

 

  …………まあ、誰かが笑う前に。

 

 

  戻った先の病室で、お医者さんに激怒されたのは言うまでもない。

 

 

 


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