真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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END:IF3/地から天への物語②

 ……それから、散歩と称して家を出て、適当に歩いた。

 目的地は……まだ決まっていない。

 

「で、貂蝉。散歩って何処へ? 当てもなくだと本当に適当になるぞ?」

「資料館とォかァ、行ってみたくなぁ~ぁい?」

「資料館って……フランチェスカの?」

「そう。私の漢女チックなハートがドキンドキンしてるの。きっとそろそろなんじゃないかって」

「ほへ? そろそろて、なにがや?」

「つ・じ・つ・ま♪ むしろ気づいてないだけでぇ、ご主人様とかはもう無意識に感じちゃってたりするんじゃなぁ~ぁい?」

「俺? 俺はべつに───……あ」

 

 あった。

 そういえば、道場を出る時、なんだか体が異様なくらい軽くて───

 

「………」

 

 その軽さに懐かしさを覚えた頃、懐かしい匂いを感じた瞬間。踏み出した一歩というのはいい方向へ進んでくれたんだなって、静かに……けれど深く、心から思うことが出来た。

 意識を目の前に戻してみれば、視界に広がる近所の広い公園。

 子供が燥ぐ声や、誰かの楽しげな大声。

 ここらじゃ珍しいたい焼きの露店が出ていて、今も何人かの女性が姦しく集まっていた。

 

「なに? かずピー気づいたことでもあるん?」

「ああ。さっきさ、」

「食い逃げだぁあああーっ!!」

「そう、食い逃───……あー……」

 

 ───さて。

 じゃあ、ゆっくりとした日常のことも話したことだし、物語の続きを話そうか。

 そうだなぁ、まずは何から話したものか。

 ああそうそう、踏み出した一歩から何十歩歩いたあとのこと。

 勉強に遊びに鍛錬に、日々を面白おかしく過ごしていた所為で気づけなかったことがあったんだ。

 なんでも数日前、近くの山に流星群が落ちたらしい。

 流星が落ちるだけでも珍しいっていうのに、それが群れで落ちてきたというのだ。

 でも、編成された調査班が調べに行ってもなにもなく。

 それどころか何人かの調査班が何者かに気絶させられ、その顔に怖いくらいの悪戯書きをされていたとか。

 

「……財布、持ってたっけ。……あるな」

 

 そんなことをしでかした“彼女ら”だが、この世界の通貨なんぞ持っている筈もなく、美味しい匂いに誘われて喰らったらしいたい焼き屋の前で、そんな騒ぎはよーく耳に届いたわけで。

 

「し、失礼した! 食べるつもりはなかったのだ! ……こらっ! 食い意地を張るにしても我らの状況を考えてからだな……!」

 

 さらりと揺れる黒に、目を奪われた。

 思えば困っている顔か怒っている顔ばかりを見ていたな、なんて思い出すのは、彼女に失礼だろうか。

 

「だってお腹空いたのだ! もう何日も食べてなくて、お腹と背中がくっつくのだー!」

 

 騒ぐ姿はいつかのまま。

 記憶はどうなのかな、なんて考えるのは野暮だろうか。

 

「か、華琳様! 鈴々がとうとうやらかしたそうで! ───私もいただいてしまっていいでしょうか!」

「いいわけがないでしょう! それよりも今は、一刻も早く……!」

「しかし華琳様。フランチェスカ、という名のみを頼りに歩むのも限界が……」

「他に頼る当てがあるのなら是非聞いてみたいわね、秋蘭。なに? 人の体ばかりににやにやと目をやり近づいてくる、そんな男どもの案内を受けよとでも言うつもりかしら」

 

 走って、近づいて、抱き締めてしまうのは、許されないことだろうか。

 そうしてみて、もし彼女たちが俺の知る人たちではなかったら?

 違う外史の辻褄からここへ来た人達だったら?

 ちょっと考えて、笑った。

 途端、ぶつぶつ言いながらも何故か俺の隣を歩いていた左慈が、俺をちらりと見て顎で促した。

 

「勝者がなにを躊躇う必要がある。貴様が願ったからこそ現れた“御遣いども”だろう」

「え……どうして」

「貂蝉から話は聞いた。つくづく弱いな貴様は。やつらが居なければ今を生きる力もないのか」

「………」

 

 考えてみる。

 と、そんな考えが纏まる前に及川に殴られた。

 今さら考えることとちゃうやろアホ、と。

 

「ま、これが約束の一発でえーわ。いいキツケになったやろ、幸せモン」

「…………ああっ!」

 

 ゲンコツで殴られた頭の痛みさえ今は笑える。

 駆け出した俺の耳に、于吉の溜め息が聞こえたけど……構わずに駆けた。

 

「まあ、そういうことですよ。物語は終わりを迎えるものです。それは必ず。一種の呪いのように、始まりと終わりは切っても切れません。過去があるから未来があるのなら、今があるなら過去があるんですよ。あなたが過去の記憶を持っている時点で、“そうでなければ成り立たない”のですから」

 

 途中まで聞こえた声も中途半端に、溜め息を吐く覇王様に抱きついた。

 よっぽど油断していたのかあっさり抱きつかれて悲鳴をあげる覇王様。

 驚き、振り向くと同時に武器───は、ないので拳を構える女性達が、こんなにも懐かしい。

 

「今まで作った銅鏡も無駄にならずに済みました。まあもっとも、これだけの人数を過去から引っ張るというだけで、願いなんてものは叶え尽くされているとは思いますがね」

「ん? よーわからんけど、外史がひとつになってもーたんなら、別の外史でやったことは覚えてられんよーになるん?」

「それはありませんよ。私たちはいわゆる“例外”ですから。辻褄を多少“ここに至る結果”に引っ張ることは出来て、けれど私たちの知らない過去がくっついたとしても、今持っている知識は消えません。私たちが経験したことは私たちの中では真実です。過去の多少が認識と違っていても、それらが消されると今の私たちが成り立たないでしょう。それは外史の辻褄とは違い、私たち“登場人物”の問題です」

「人と世界は同じやないっちゅーこと?」

「例をあげるのなら猫ですね。猫は時間に囚われない生物、という知識があります。一日を20時間も寝て過ごす猫は、寝ている間になにを見るのでしょう。それは過去とも未来とも言われ、バラバラ過ぎて考えるのも馬鹿らしいものだといいます」

「あー、しゅれてぃんがーなんとか? あれ? シュレディンガーやったっけ?」

「目で見るものでなければ確信には到れません。今ここに猫が居たとして、では私たちはその猫が過去になにをしてきたのか、など知る術はありませんし、知らなくて不都合が起きますか?」

「あっ……な~る。人が人に持つ認識なんて、会ってからのことばっかやもんな」

「そういうことです。これからの日々、他人が私たちにどう干渉しようが、私たちが話さなければ他人が知る術はない。話したとして、笑い話になるだけです。ですから私たちの知識や経験は私達だけが知っていればいいのです。そこには他人の不都合などは関係ないのですから」

「んー……なら過去が変わろうが、知ったことを忘れることは絶対に有り得へんの?」

「そこに、別の強制力が働いていなければ、ですが。ええ、もちろん私たちはそんな野暮はしませんよ。ようは、“銅鏡に願った者”が、どういった過去を経験したかで決まるものもある、という話です」

「ほへー……やったらそのー……強制? されたりしたらどうなるん? たとえば~……あー、目を離さずに、その、なんや、猫をず~っと見てたとして、“目の前に居る”って認識しとんのに忘れるとかは……」

「どうなのでしょうね。私の他に、私がその猫を知っているという情報を持つ者が数多く居るのでしたら、忘れることもないのでしょうが……恐らくは、そう上手くはいきません」

「うわ……やっぱ忘れるっちゅーことなんかなぁ」

 

 敵意剥き出しで俺の手を払い、振り向いた彼女が、その勢いの分以上に硬直した。

 そんな彼女に挨拶をすると、横から物凄い勢いで鈴々がすっ飛んできて、脇腹にタックルをかましてくれた。

 

「それもまた、一種の“狸に化かされた状況”に似ているのでしょう。それこそ夢ですね。夢の中で道に迷ったら、猫を探してみるのもいいかもしれません。なにか面白い胡蝶の夢でも見られるかもしれませんよ」

「“俺が主役の夢”を見せてくれる猫やったら、喜んでついてくんやけどなぁ」

「主人公が一番最初に死ぬ物語ですか。なるほど、続きが気になりますね」

「なんで俺いきなり死んどんの!? べつに死なんくてもええやろ!? え!? ダメなん!?」

「嫌な夢ならまた猫を探してみるといいでしょう。やさしい猫なら、夢を見続けるよりも目覚ましになってくれるかもしれませんよ」

「目ぇ覚ましたら、実は俺はモッテモテのナイスガイやった、っちゅーオチは……」

「あなたの現在が胡蝶だとするのなら、現実は恐らく……」

「お、おそらく……?」

「マンモスマンですね」

「だから違ぇえっつーとるやろぉお!? (たすく)は名前であってビッグタスクドリルとかとは全く関係ないのわかって!? ちゅーかマンモスマン知っとるん!?」

「んもうちょっとォ、お二人さぁん? 感動の再会の瞬間なのになぁ~にマンモスマンのこと熱く語り合っちゃってるのよん!」

「俺別に好きでマンモスマン語っとんのとちゃうんですけど!?」

 

 及川の叫びが耳に届いたのか、いろいろなところから見知った顔が現れる。

 見知った顔だったり、時には見知らぬ顔だったり、面影があるけど若々しい顔だったり。

 いったい何処からここまで辿り着いたのか、みんながみんな疲れた顔をして、でも……俺の顔を見るや、笑ってくれたから。

 俺ももう、“今に辿り着くために存在した過去がどんなものなのか”、なんて考えることなく、辻褄と一緒に攻撃特化の氣にゆっくりと混じってくる守りの氣に安心を抱きながら、おかえりを届けた。

 状況に混乱しながらもただいまを唱え、それはそれとして腹が減ったから何か食わせてくれという大剣様に、耐え切れずに腹を抱えて笑いつつも……怒り顔のたい焼き屋のおやじにお金を払い、食べられるだけ食べさせてもらって。

 俺は、一緒に居たらしい華佗に、鈴々にタックルされてグキィと鳴ったところを、軽く見てもらって。

 

「あ、あの。ご主人様……? だよね?」

「別人に見えるか?」

 

 どこか不安そうに訊ねてくるのは桃香。

 傍に寄ってきて、たい焼きを頬張りつつもスンスンと匂いを嗅いでくるのは恋。

 そして……何故か、気配を殺しつつもずぅっと俺の後ろで俺の道着の袖をちょんと摘んだまま俯いてらっしゃるのが……思春さん。

 

「だ、だって……私たち、死んじゃって。ご主人様、すごく泣いて……それで。なのに」

「あ……やっぱり死んだことも覚えてるのか」

 

 言った途端に服を引っ張られた。そして何事なのか、振り向いた先で……あろうことか、思春が俺の頭を胸に抱き、頭を撫でてきた。

 

「へっ!? し、思春っ!? ちょ、なにをっ」

「ずっとずっと、今際の際の、お前の泣き顔が頭から離れなかった……。安心しろ、北郷。もう、お前をあんな顔で泣かせはしない……」

「い、いや……あの、思春……? いい歳した精神ジジイに頭撫ではちょっと……!」

「どういうことなの一刀! 思春の前では泣いたって! わ、私の時は無理に作った笑顔で笑っていたでしょう!?」

「いやちょっと待とう蓮華さん! あの時はそのっ……! “笑顔でいた方が安心して眠れるんじゃないか”って無理矢理笑顔作ってたのが、丁度辛くなってきたところで……! ていうか口の端にあんこが」

「!? しっ……仕方ないでしょう!? お腹が空いていたのよ!! 死んだと思ったら急に右も左もわからないところに落ちるし! 記憶も子供の頃から臨終の時までのものが一気に溢れ出したみたいにごちゃ混ぜになっているし……! そんな時に妙な連中が近づいてきたものだから、明命に頼んで気絶させたまではよかったのだけど……結局その場所が何処かもわからない状況で……! たまたま見つけた立て札が、一刀が教えてくれた日本語だったから、ここは天に違いないって思って、それで……!」

「……ええそう。それで、“フランチェスカ”を探せばあなたも見つかると、そう思ったのよ」

「……華琳」

 

 はぁ、と息を吐く仕草が……どこか芝居掛かっているように見えた。

 そんな様子のままに状況を説明してくれるが……どうやら少し前から日本には落ちていたらしい。

 けれど頼る当てなどあるわけもなく、知っている場所もない。

 まさに最初の頃の俺である。

 そんな時、通行人がフランチェスカの名前を口にしているのを偶然耳にして、数十人で通行人を囲んで話を聞き出したとか……。その人、泣いてなきゃいいな。

 なんとなく気になって、“名前を訊いたりしなかったのか”と訊ねてみると「“おりと”とか言ってたのだ!」聞かなかったことにしよう。

 

「しかし、臨終の際に別れは済ませたというのに、またこうして顔を合わせるのは恥ずかしいものじゃのう」

「ええ、本当に……」

「というかお館様? 何故我らはまた妙に若くなっておるのだろうか。いや、幼少の頃から臨終の頃までを一気に“叩き込まれた”ような感覚なのですが、どうも違和感があるのだ。見るに、他の者とそう歳も変わらんようだ」

 

 そう言う桔梗の姿は……いや。両隣の祭さんや紫苑も同じく、大体俺と同じ歳くらいの若さになっていた。もちろん、他のみんなも同じだ。

 面影があっても若々しい人達っていうのは、主に同年代にまで若返っていた人達だった。

 で……見知らぬ人、というのが……華佗の隣に居る、白髪でマッスルな、どこか貂蝉を思い出させる類の人だった。まあ、その事実については、あとで華佗に訊いてみるとして。

 

「いや、なんとなく。いつか酔った勢いで言ってたことがあっただろ? 歳若い頃に出会い、恋をして子を生してみたかった~みたいなこと。記憶のことに関しては……えっと……いろいろありましたとしか言いようがないんだけど、姿に関しては一応気を利かせたつもり」

「いいや、実に良い! なるほどなるほど! お館様は懲りず、我らと子を生したいと!」

「しかし、むう。この若さか。……こんな年の瀬となると、あれか? 北郷に初めてを……」

「恋をして、初めてを捧げ、子を……。生まれる子は璃々ではないけれど、どちらも我が子であることに変わりはありませんね。よろしくお願いします、ご主人様」

「ちょっと待ったなんでいろいろすっ飛ばして子作りの話に!? 恋の段階無視!?」

「主様、今さらであろ?」

「……この世界でも認識は種馬ってこと……?」

 

 泣くぞコノヤロウ。

 悪態を吐くも、顔は笑いっぱなしだ。

 だって、確かに……臨終の際に別れを口に告げたのに、こうして顔を合わせられるのは恥ずかしい。

 華琳なんて、特にだ。

 彼女の芝居掛かった行動や言動も、多分そんなところから来ているもので……───でも、心を掴んで離さない思いは、今、確かに胸の中に溢れている。

 

  私は、過去形になんて───

 

 ……その通りだった。

 自分が消える時、過去形にしてしまったことをひどく後悔した。

 愛していた、じゃない。愛しているのだ。

 それはずっと、それこそ……天に戻り、魏に召喚されて、全員を見送ってもまだ好きでいられたほどに。

 過去形になんてしなければよかった。する意味もなかったのに。

 

「しっかしよくもまぁ~あぁあこれだけ来られたものねん。しかもそんな大胆な格好でぇ」

「いや、お主に言われたくはないぞ、貂蝉」

「あらんっ!? 星ちゃんったら私のこと覚えてるのぉん!?」

「覚えているというか……記憶が妙に混ざっている感覚だ。主と敵対した記憶もあれば、主と天下を手にした記憶もある、と言えばいいのか」

「外史統一の影響ねん。それもじきに辻褄と一緒に馴染むと思うわぁん。私たちみたいな“例外”は別としてぇもぉぅ、星ちゃんたちは外史の数だけ存在したんだもぉお~にょん」

「む……よくはわからないが、今はいい。今は主との再会を素直に喜ぼう。……しかし、やれやれ。子供な自分と老人な自分が混ざったような、妙な気分だ。少女のように燥ぎたくもあれば、大人のようにどんと構えていたくもある」

「そんな格好で居る間くらい、少女の感情に任せちゃってもいいんじゃなぁ~ぁぃい?」

「……ふむ。それもそうか。では主! ───早速この世界のメンマの頂点を知りたいのですが!」

「やっぱりメンマなのか!?」

 

 そんな格好、といってもかつての普段着だ。もちろん若い頃の。

 だから露出が多い。特に呉勢。

 ふんどしもある。主に呉勢。

 そりゃ、ニタニタ顔の男ばっかり寄ってくるでしょうよ。

 むしろごめんなさい。服装のこととか特に考えてなかった。

 “映像の中のみんな”を思い描いたからこんな事態に……。

 ああもう、最後まで締まらない。

 

「か、一刀」

「え……な、なんだ?」

 

 華琳に声をかけられ、心臓が跳ねた所為で、どもりつつ返す。

 視線が交差すると、やっぱり恥ずかしい。

 遺言みたいなものを伝えておいて、実は死にませんでした、なんてオチがついた時のようだ。

 それでも我らが覇王様は、しっかりと俺に訊ねてきた。


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