なにを訊ねられるのかとドキドキしていると、なんというか……とても当然なことを訊ねられた。
「一刀。天では身分を証明するものが不可欠だと、授業で言っていたことがあったわね?」
「え? あ、ああ、そうだな。そういえばそうだった」
そうだ。嬉しさで忘れてたけど、やっぱり身分証明は必要なのだ。
どうするか、なんて考えてると、貂蝉が“それだったらご安心”としなを作りつつ教えてくれる。
「みんなの戸籍ならも~う用意する目処はついちゃってあったりしちゃうのよねんっ」
「それは言葉として正しいのか? ていうかいつの間に!? どうやって!?」
「ええまあ、行くべき場所へ行って、少々人物全員の洗脳を」
「なにやろうとしてんのちょっとォオオオオーッ!!」
洗脳!? 役所の方々を!? って銅鏡をもらった時に言ってたこと、本気でやるつもりだったのか!? やったほうがいいとは思ったけど、脅迫とかそっち方面は勘弁だぞ本当に!
そりゃ確かにそれが一番手っ取り早いんだろうけど、いろいろ問題起きません!? 洗脳されていろいろ勝手にやった人がクビになったりとかさぁ!
「ほう? なら貴様に手があるとでも言うのか北郷一刀」
「い、いやっ……そりゃ無いけど……」
再会出来た途端に犯罪犯しに行きなさいイイマスカ。おおあなたひどい人。
言い負かしたと判断した途端に嬉しそうな顔をする左慈に、この人素直だなぁと少々感心した。
「洗脳以前に女何十人も孕ませといて今さら何言うとんねやかずピー。あっちならまだしも、ここでは重婚は犯罪やで?」
「うぐっ!? そ、それは……」
「あぁ、そういえばそんなことを言っていたわね。それじゃあ一刀」
「あー……な、なんでせう華琳さん。なんだか俺、と~っても嫌な予感が」
「まずはこの国に一夫多妻制度を作るわよ。もちろん見境無しに重婚されても困るでしょうから、きちんと養えることと愛していける事が前提ね」
「いやいやいや待ってくれ! ていうかほんとどの世界でも俺って、扱いも状況も変わらないなぁもう!」
「……ご主人様。その割りに随分と顔が緩んでいるようですが?」
「愛紗さんそこはツッコまないで!?」
「ちょっと華琳、それってつまりどういうことよ」
「あら。言わなきゃわからないあなたではないでしょう、雪蓮。つまりこの国の王を一刀にしてしまえば───」
「普通に学生で居させて!? お願いだから!!」
「学生結婚てだけで珍しいのに、その上重婚やなんて初耳やでかずピー! そっ……そこまでの覚悟やったんか……! んぐっ、ごくり」
「ごくりじゃなくて!! だぁああっ! いいからまず人の話を聞く努力をしてくれぇえええっ!!」
求めてやまないものがあったとする。
大体の場合、手に入れてみればこんなものだったのかと落ち込むことの方が多い。
期待が実物を凌駕するなんてこと、よくあることだ。
じゃあ俺自身に俺が問題を出そう。
俺が立っている今は、期待していた未来よりもつまらないものだろうか。
……そんなの、頬が緩んでしまっていることが答えでいいんだろう。
「あ、そんで時間の話なんやけどな、于吉さんや」
「あなたも大概気安いというか馴れ馴れしいというか」
「馴れ馴れしいだろう」
「あぁん左慈っちゃん厳しい! でも聞く姿勢は取ってくれるあたり、二人ともやさしいなー♪ ……しゃあけどかずピーの親友の位置は俺のモンやさかい、ポっと出の男友達がしゃしゃり出るんやないでコラ」
「おい貴様。頭を蹴っていいか。安心しろ、痛みを感じる余裕無く仕留める」
「えろうすんませんでしたぁあ! 殺さんといてぇえ!! ───で、質問なんやけどな?」
「許すとも言わないうちに謝罪を取り下げるな貴様!」
「や、どー見たって誰が相手でも許すよーに見えんし、なら許しを得るより話、進めよ思ぉてな?」
「……ちぃっ……で、なんだ。質問? なにについてだ」
「や、そんな大したもんやあらへんねやけど。まずはこれやな。みんなのこと御遣いとして呼んでもーて、寿命とか平気なん?」
「んんー、い~ぃ質問ねん、及川ちゃん。でもあれはねん? 居るべき世界が違うから起きたことなのよん。世界が一つになった今ァ、今の私たちと同じくゥ、もう普通に歳をとってくことになるわん。ほら見てん!? 以前会った時よりちょぉ~っぴりだけ髪の毛が伸びたのよん! ぬふんっ♪」
「あ……ハイ、わかったからウィンクで突風吹かすのやめたってください……。あ、ほなら次の質問やけど……ほら、あそこでもう“えびす顔”に近いかずピーはまあほっといて、深いトコ聞いとこかなって」
「及川ちゃんはァ、な~かなか遠慮なく入り込んでくるわねぃ」
「遠慮してなにがあるわけでもあらへんねやろ? せやったらズイズイと入り込んでいかんとなー。で、やけど」
及川が俺を指差して何かを言っている。
が、そんな少しの気の逸らしも許さんとばかりに、私を見ろとみんなが俺を引っ張る。
いやあの、みんな? 最後を看取った瞬間の寂しさとか悲しさとか、なんかいろいろなものが吹き飛ぶから、もう少しやさしくしてくれると嬉しいなぁ。
外史統一の影響でいろいろな外史の記憶とかも影響してるんだろうけど───……あれ? それってつまり、今さらだけど……俺が桃香のところに降りた外史や、雪蓮か蓮華のところに降りた外史も混ざってるわけで……そこでも恋仲になっていたんだとしたら、みんなの好きとかって感情が倍化したり上乗せされたりしてる……とか?
や、そりゃさ、“御遣いの氣”が満ちていくにつれ、俺にもいろんな外史の記憶が染みこんできてるよ? 左慈と違って俺は銅鏡のカケラの数だけ“登場人物”になった結果がある所為か、記憶もそれだけ混同してくるのもわかる。わかるけど……あぁあああ好きって感情とか大事にしたいって感情がごちゃまぜに! こんなのがみんなの中でも渦巻いてるなら、そりゃじっとしてられないよ!
(───)
けど。
“老後や臨終まで”を覚えているのは、俺が知っている外史だけだった。
他の外史での記憶は途中で完全に消えている。
恐らくこれが、“終端に辿り着いた外史”の結果なのだろう。
“めでたしめでたし”で、童話が終わるみたいに……普通なら続く世界も、そこで途切れてしまったんだな───って、あの!? 今真面目に思考を纏めてるんだから、みんな引っ張るのやめて!?
ていうかみんな腕力とか上がってない? 確実に上がってるよね!?
どうし───て、って御遣いの氣の影響か!? 御遣いとして呼んだから!?
ちょ、ちょっと待ってくれ! さすがにそれは想定外っていうかっ! 会えることばかりを夢見てて、そっちまで考える余裕がなかったっていうか!
「……。なるほど、どういった過去がこの軸へ繋げてくれたか、ですか」
「かずピーは、自分自身が願ったんだから~とかゆーてるけど、そういうのって基準とかあったりするんかなーって。や、そら前例がないのはわかっとんねんけどな? 結局かずピー、過去で娘さんたち守ってやれへんかったの、めっちゃ気にしてるみたいやから……まあ、なぁ」
「ふふふっ……なるほど、影ながら友人を支える姿。いいものです。その素晴らしき動機に免じて基準のひとつでも聞かせましょうか」
「あらあら于吉ちゃんとぅぁるぁ、め~ずらしく気前がい~じゃなぁい? いつもは左慈ちゃんのことばっかりで、他のことになんて目がいかないのにねぃ?」
「……見ていて気持ちの良い、裏表のない友情。そういったものを真っ直ぐに見せられては、邪険にする理由もありません」
「うぅ~ん、愛ねん!」
「ええ、愛でしょう」
「なんか熱ぅなっとるとこ悪いんやけど別に俺とかずピー、アハンな関係やのぉて───」
「いいの、わかってる、ぜぇ~んぶ解ってるわよ及川ちゃァん……!」
「最初は誰もが恥ずかしがるものです。さあ、説明を続けましょう」
「あれぇ!? なんや俺勝手に怪しい道にいざなわれとらん!? さ、左慈っちゃん!? 左慈っちゃんはちゃうよね!? ソッチの道やないやろ!?」
「貴様今度俺をそういった目で見たら殺すぞ……!!」
「あぁんどっちにしろひどい目にぃい! 助けてかずピー!」
助けて、って……! むしろこっちが助けてもらいたっ……痛ッ! 痛い痛い引っ張るな引っ張る……ギャアーッ!! ちちち千切れるぅ! 大岡越前たすけてぇええ!!
「……そうですねぇ。銅鏡は、より強い願いや想いに誘われるものです。それは人の想いにも似たものと言えるでしょう」
「え……人の? せやろか」
「及川ちゃん。あなたも、ものすご~く一生懸命に何かを叶えようとしてるコが居たら、応援したくなったりしなぁ~ぃ?」
「べっぴんさんならそらぁもう! ……あ、でも、見てて辛くなるくらい頑張っとるんなら、相手が男でも……まあ、そらぁなぁ」
「でしょん? つまり、そういうことなのよん」
「私も、左慈の歪んだ真っ直ぐさと、からかえばすぐに意地になるところがとてもとても好きでしてね。そんな彼の行く末を見届けるのが、私流の応援ということで」
「貴様はただ楽しんでいるだけだろう!!」
「ええもちろんです。夢も見れて同時に楽しめる。これ以上の幸福などないでしょう」
「っはー……想いにもいろいろあんねんなぁ。あ、ほなら過去に宛がわれた強い願いや想いってなんなんやろな?」
「それは……今となっては私たちにもわかりませんね」
「方術や道術は使えても、もう過去や未来を覗く術は使えないからねぃ。外史が束ねられた今、猫ちゃんのように時間に干渉する、なんてことが出来なくなっちゃったのよん」
みんなちょっと落ち着いて!? 一息入れよう!?
むしろもう食べるのやめて!? たい焼き屋のおっちゃん作業が追いつかなくて泣いてるから! ……追いつかないからって急かすのやめてあげて春蘭! 桂花さん!? 焼く速度に男であることは関係ないから罵らないの!
あぁああ恋! 鈴々! 二人して生地とか餡子に手を出そうとしない!
さすがにそこまで財布は豊かじゃっ……いやぁあああそろそろ食べること自体やめてぇええ!! 俺こっちじゃただの学生で、あっちほど金があるわけじゃぁああーっ!!
「ただねん? 力強い想いはァ、今もずぅ~っと感じているわぁんっ」
「え? どんなんどんなんっ!? “今もずっと”て、誰それ、不老不死な人なんか!?」
「そういう意味ではありませんよ。そうですね……たとえば───……」
「えぇ~ぇえ、果たしたい約束のためにぃ、先人を敬う者たちがァ、頑張り続けているって……そんな想いかしらねん?」
「頑張り続けてる想い……あぁ、何代も続く想いとかやな? っはぁ~、なるほどなぁ。想いは死なん~っちゅうやつやなっ!」
「それがどんな過去で、誰の想いかは、もはや想像するしかないわけですが……」
「想像と創造の世界やし、それ考えるのもそれぞれの自由?」
「ええ。結果はいつか見えるでしょう。それこそ、辻褄が追いついた今あたりにでも───」
あ、あの。焔耶? ねね? 守ってくれるのはありがたいけど、なんで腕に抱き付いて……え? 生まれ変わったからには遠慮しないってどういう……いやいや星ちょっと待った星! 餡子じゃなくてメンマが具になったたい焼きなんて無いから無茶な注文しない!
しぇぇええれぇええん!! たい焼き屋で酒なんて注文して出てくるわけないだろっ!? ───祭さん、そこであからさまにショック受けられても困るんだけど……。
朱里も雛里も、困ってる顔が好きなのはわかるけど、“もう二度と見られないと思ってたものを見る事ができた……!”みたいな顔されたってどう反応しろと……!
華琳さん!? 笑ってないで助けて欲しいんですけど!? いやっ、うん、そりゃね!? 俺が願ったことではあるけどさぁ! ああもうそうだよ! 口ではいろいろ言っても顔は緩みっぱなしだよ! だからって国を乗っ取ろうなんて大それたことする勢いなんて無いからね!? いやっ、行くわよ、じゃなくて!
……はあぁ。それでも追わない理由がないんだよなぁ、ちくしょうめぇえ……。
───視線の先に、姿勢良く歩く姿。
つい追いかけたくなる姿に、体中にしがみつかれている人達と視線を交わして、たはっと笑った。
あの日、みんなで見た覇道っていう夢は終わってしまったのだろうか。
それともまだ続いているのか。
途切れてしまったとしても目指せるものが夢ならば、そんな夢をまた、この世界でも。なんて願うのは、贅沢かな。
振り向いた覇王が、早くなさいと急かす。
慌てて追う自分たちに苦笑して、また新しい一歩を踏み出す。
この一歩はどんな先へと続いているだろう。
少なくとも退屈だけはしない。そんな事実はどこであろうと変わらないだろう。
どんな変化を望むのかといえば、やることはあっても平凡だった日々へのさようなら? だろうか。
何処へ行くのかと訊ねると、身分証明を作りにと言う覇王に悲鳴で返す。
そのあとは俺の家族へ挨拶に向かうと言う。資料館へ、なんて言葉は右から左だ。
……ああなるほど、退屈はしてなかったけど、これからは忙しい以上に家族への説明が大変なわけで。
むしろ俺、じいちゃんに殺されたりしないカナ……。
そんな俺の呟きも笑って返して、彼女は俺へと手を伸ばした。
行くわよ、一刀。
伸ばした手は“紡ぎ”のカタチ。
誰かと誰かじゃ届かない手も、自分が間に入ることで届くような手になりたいと、いつか自分で願った。
それを思い出しながら伸ばした手が、伸ばされた手と重なった。
自分は、そんな手になれただろうか。
手を取り引っ張る覇王の背中を見て、そんなことを小さく呟いた。
すると、傍を歩く、なんだかんだでずっと傍に居てくれた朱の彼女が、“そうであったからこそ今があるんだろう”と言ってくれた。
それだけでひどく嬉しくて、暖かくて、温かくて。
やっぱり自然と笑んでしまう状況に、ありがとうを唱えた。
その途端。
───え? あ───、…………ああ。
…………うん。
───ざあ、と風が吹いた時に……懐かしい景色を、頭の中で見た気がする。
懐かしい氣が氣脈に満ちて、自分の氣と完全に混ざった時に……さ。忘れてしまった様々な笑顔を思い出したんだ。御遣いの氣が、記憶を持ってきてくれたみたいに。
“ここまで来れたよ”って言葉が喉からこぼれた時、耐え切れずに涙が溢れた。
記憶の中に広がる懐かしい景色の中で、別れも言えずに眠ってしまったみんなが笑顔で敬礼してくれていた。
都合のいい記憶の捏造なのかもしれない。
幸せだけに浸りたいからって、記憶が作り出したずるい光景なのかもしれない。
……でも。でもさ。
その中の一人が、馬鹿みたいな数の桃を抱えて、苦笑いして言ったんだ。
こんなに食べきれませんよ、隊長。
って。
その笑顔が鮮明で、思い出せなくなってしまったことなんて全然恨んでなくて。あまりにも温かかったから……涙は止まらず、溢れ続けた。
みんなが心配してくれる中で、何度も何度もありがとうを言いながら。
……やがて、そんな頭の中の光景が、記憶として薄れてゆくまで。
───泣きはしたけど笑いながら、ようやく止まった涙を拭った。
さて、それじゃあまた、新しい一歩を踏み出そうか。
きっかけを見つける度に、心に刻むように一歩ずつを。