真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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後日談1:辿り着いた今のお話⑤

「はぁあ……」

 

 そして仕事が終わればとっぷりと夜。

 フランチェスカの寮に帰るのではなく、自宅の方へと走って帰る。

 みんなの帰りも大体この時で、家の風呂では狭いので、みんなして銭湯へ。

 

「最初の頃は別々に入ることにツッコまれて大変だったなぁ……向こうでだって普通に別々だった筈なのに」

「俺達の方が逆に驚いたさ。まさか本当に、毎日風呂に入ることが出来るなんて」

 

 体を洗って湯船に浸かって、だはぁと長い息を吐く。

 一緒に来ている華佗とともに、お湯の熱を体全体で感じていると……近くに見知った誰かさん。

 

「……左慈も于吉も、ここの風呂使ってたんだな」

「近場にここしかないんだよ。いちいち絡んでくるな、鬱陶しい」

「素直ではありませんねぇ左慈は」

「ちょっと待て于吉。この場合での素直が何を意味するのか言ってみろ」

「貧乏なのでお金を貸してください?」

「誰が借りるかこんな奴に!! ~……くそっ! おい北郷! なんだこの生き辛い世の中は! 何をするにも資格資格! 確かに誰もがなりたいからなる、なんて世界ではやっていられないだろうが、ここまでとは知らなかったぞ!」

「いや、お前もこの世界の在り方くらい知ってただろ? あーほら、最初の頃制服着て潜り込んでたくらいなんだから」

「───……そうかそうか。そういえば貴様は全ての外史を統一させたんだったな。つまりあの頃の、俺の願いを妨害した北郷も混ざっているわけだ。───貴様殺す!!」

「だぁっ! 風呂で暴れるなガキかお前は!」

「誰がガキだこの野郎! どいつもこいつの人の背のことぐちぐち言いやがって!」

「ええそうです。これから伸びますよ。これから」

「やめろ貴様! 微笑ましいものを見る目で俺を見るな!」

 

 流れとして騒げば、あとはムスっとしながらも普通にゆったり。

 最近あったことなどを話して、貧乏で苦しんでいることを知る。

 まあ、そりゃそうだ。

 急に日本に飛ばされて、裕福だから問題ない、なんてことはないだろう。

 実際問題、俺達もそれで苦労しているわけだし。

 

「左慈は一応フランチェスカ卒業生扱いとして、仕事は優先的に回してもらえたのですがね。これがまた、どこへ行ってもツンツンするものですから相手側に嫌われてしまいまして」

「いや……なにやってんのお前」

「しみじみ言うなぁぁっ!! くそっ……まさか普通に生きることがこうまで辛いことばかりとは……!」

「なんだかわからないが、いろいろと苦労しているんだな。貂蝉と卑弥呼はあれで結構楽しそうなんだが」

「───! ……華佗か。…………」

「フフフ、左慈。背を高くするツボはないか、と訊きたそうな顔をしていますね」

「どんな顔だ!! いいから黙っていろ貴様は!」

 

 お節介焼きのオカンに付き添われたワガママ坊主を見ているようだった。

 

「……貴様はその、どうなんだ、北郷一刀。未だに学生なんてものをやっているのか?」

「そりゃ、卒業してないし」

「于吉の力でどうとでも変えることが出来ただろう。それこそ資格なんぞも都合をつけて、女どもを仕事に就かせればよかったものを」

「みんな頑張って仕事探してるんだよ。それを能力があるからって適当に書き変えて、努力で仕事を勝ち取ろうとしている人を蹴落とせって? そんなことしたら華琳に首を落とされるよ」

 

 他者の仕事を奪うな、というのは暗黙の了解だったもんなぁ。

 俺も最初は怒られたクチだし。

 

「だから能力で仕事を、っていうのはナシ。そこらへんはみんな頑張ってるから、その頑張りを信じるよ」

「フン、信じた結果、食費で道場が潰れなければいいがな」

「シャレになってないからやめてくれ割りと本気で」

 

 みんな頑張ってる。

 俺も……と言いたいところだけど、学校を中退して仕事、というわけにもいかない。

 もう3年なんだ、しっかり卒業して、いい場所を探すべきだろう。

 ……あぁ、なんというか、現実だなぁ。

 

「あなたはどういった仕事をお望みで?」

「へっ? あ、ああ、そうだなぁ。あの世界での生活が長かった所為か、記憶力だけは無駄に……いや、そうでもないのか? 親しかった兵の顔を忘れるくらいだしなぁ……はぁ」

「そこまで全員を鮮明に覚えているほうが不思議なレベルですね」

「そうかな。……ああ、で、仕事だけど。体育教師あたりが向いてるかなって」

「営業マンなどではないのですか? 少々驚きですが」

「小学校とかの体育の先生あたりが向いてるんじゃないかって。なんか、凪と愛紗にやたらと奨められた」

「そうだな。北郷は子供の面倒を見るのも上手いし、体の動かし方を教えるのも上手かった。劉備あたりに訊いてみれば、太鼓判がもらえるだろうな」

 

 華佗はしみじみと頷きながら言ってくれるが……そうだろうかなぁ。

 そりゃ、蜀で鈴々と鍛錬した時も、美以と山を駆けずり回った時も、実際に桃香に教えるようになった時も、いろいろあったといえばいろいろあったけどさ。

 奨められておいてなんだけど、似合ってるかどうかなんて自分じゃわからないもんだ。

 

「けど、他になりたいものがあるわけでもないし、じいちゃんもそれならそれで、教師やりながら道場もやればいい、なんて軽く言ってくれるし」

「うん? なにか不都合があるのか北郷。……あの時代と比べてみて、どっちが忙しそうだ?」

「あの時代」

 

 悩む必要ございませんでした。

 そうだよなー、体を動かすことに特化した氣や体に、ここでならついに鍛えられる筋肉。さらにはあの時代で自分の頭に頼った勉強や調べごとで鍛えられた脳。

 これだけあれば、今の時代のほうが仕事なんて楽だよなぁ。

 

「華佗は俺に、子供の教育とか勤まるって思うか?」

「今さらなにを言ってるんだ?」

 

 なんか物凄く言葉通りの意味を込めた顔で言われてしまった。

 ええそうでしょうとも、何人もの子供を育ててきましたさ。

 正直、小学校の教師なんてなんとかなるさってくらいの意気込みですよ。

 でもね、華佗。それは、“自分の子供だから”って安心があってこそなんだ。

 今日日、喜んで教師になろうなんて人は、そうそう居ないと思う。

 体罰だの教育方針だの、イジメだのなんだのと、話題をあげればキリがない。

 “自分だけはそうならない!”って意気込んで教師になって、心を折った教師だって沢山居るだろう。

 そういったことを踏まえて、先の不安を打ち明けてみると、

 

『お前に関して、それだけは絶対にない』

 

 キッパリと言われた。于吉までわざわざ口調を揃えて。

 

「ツン10割の左慈と友情の接拳をしておいて、なにを恐れますか。むしろ子供たちをたらしこんで大変なことになりそうだと心配出来るくらいです」

「おのれは人をなんだと思ってるんだ」

「人に好かれることに関しては一級の存在、でしょうか」

「うんうん」

「はい華佗さん、そこで頷かない」

「しかしな、実際に俺もそう思ってるんだから仕方ないだろう。そうでなければあの三国が臨終までを笑顔で付き合えるわけがない」

「あの時代とここじゃあ、それこそ時代が違うよ。いろいろな条件下だったからこそ好かれたっていうのは当たり前にあるんだから、楽観視なんて出来るもんか」

 

 世界は案外やさしくない。

 こうだったら、こうならいいのに、が叶えられることは極僅かだ。

 あの時代よりは確かに豊かだけど、探せば辛い思いをしている人なんて沢山居る。

 そして、なにかをするにもその全てに“理由”が必要なんだ。

 仲間を助けるのに理由が必要か? なんて、あの時代なら言えることも、この世界じゃ通らない。

 知らない人からの助けほど、怖いものはない世界なのだ。

 

「………」

 

 時代って、その時その時で人に伸ばせる手の形さえ変えちゃうんだな。

 

(あの頃みたいにもっと、簡単に繋げたらよかったのに)

 

 湯船から持ち上げた自分の手を見下ろして、そんなことを思った。

 

……。

 

 銭湯から出ると、まだ誰も上がってきていないのか、自分一人だった。

 これから用事があるという華佗と別れて、一人ぽつんとみんなを待つ。

 左慈たちはこっちが上がるのも待たずにさっさと出て行ってしまった。実に自由だ。

 

「………」

 

 こんな場面って、なんだか自分では新鮮だ。

 漫画とかだと冬が定番だっけ。待ってる場面で口から白い息だしてさ。

 で、出てきた相手に“待ったー?”って言われて、頭に雪積もってるくせに強がり言って。

 

「はは……」

 

 小さく笑って空を仰いだ。

 

「………」

 

 “これからどうなるんだろう”は、正直に言えばずっと自分の中に存在している。

 一夫多妻なんて本当に出来るなんて思えない。

 というより、この時代に辿り着いた時点でこっちの常識が前に出てきてしまっている。

 それは当然、“大勢の女の子と関係を持つなんて”っていうものだ。

 今さらだと言ってしまえば今さらだ。

 けど、現実はそうじゃないから悩むのだ。

 

(こんな悩みも、いつかは晴れるのかな……)

 

 日本の規律の一部を変える。

 そんなもの、天下を統一するよりは楽だ。

 でも、じゃあ、現実的に自分になにが出来るというのだろう。

 考えてしまえばキリがない。

 偉い人になったからって、なんでもかんでも変えられるわけじゃない。

 もとより、権限があるからって好き勝手に何かを変える存在が、俺達は嫌いだった筈だ。

 自分の都合で一夫多妻制度なんて作っていい筈がない。

 だから───……

 

「だから……かぁ」

 

 子供達は頑張って、あの頃より今までを書物という形で届けてくれた。

 その頑張りに、何かを以って返したい。

 でも……俺になにが出来るだろう。何を返してやれるだろう。

 もはや支柱でも大都督でも、魏に降りた御遣いでもない自分に、いったいなにが───

 

「あの。すいません」

「え───……?」

 

 考え事をしていると、突然声をかけられた。

 なにが、と視線を下ろしてみれば…………───誰?

 

 

───……。

 

 

 ……結論から言ってしまおう。

 外史って怖い。

 そんな思いを、帰ってきた道場で語ろう。

 

「なに? つまり一刀の祖父に書物を渡した人の……その関係者に声をかけられて?」

「うん……なんか、大陸に来ないかって」

 

 呆れ顔で疑問を飛ばす華琳と、不安顔の俺を囲むように皆が座る道場。俺、現在頭が混乱中。

 言われた言葉もどう受け取ったのやら、いろいろと断片的になってしまっている。

 

「相手は何故一刀を一刀だと確信出来たのかしら」

「二種類混ざった氣を探したって言ってた。書物に、天の御遣いは二種類の氣が混ざったものを扱う、っていうのがあったらしい。それが密集してたのが銭湯で、男が俺だけだったからって」

「……なるほどね」

 

 人生の転機っていうのはいつ来るのかはわからないもので、多くの場合はそのきっかけに気づかずに手放してしまっているらしい。

 そんな知識を持っているからといって、なんでもかんでもに乗っかって後悔する人だって当然居る。

 この場合の俺は、転機なのかどうなのか。

 

「それで? その相手は?」

「うん。なんか最初は物凄く堅苦しいイメージだったのに、話の途中で急にしどろもどろになって噛みまくって鼻血噴き出してと、なんだかものすごーく身近な誰かに似てたなぁと」

 

 稟とか朱里とか雛里の血が混ざってる人だったのかなぁとか、普通に考えてしまった。

 

「でね、まだ風呂に入ってたみんなの氣にも気づいてたみたいで、中の人は知り合いで? って訊いてきたんだよね」

「……それで、あなたは馬鹿正直に私たちが私たちだと言ったと?」

「うん。言ったらもう泣き出すわ鼻血出すわで」

「そ、そう」

 

 鼻血って部分でさすがに華琳が引いてる。

 

「迎える用意は出来てるって。えと……自分で言うのもなんだけど……その。先祖が愛した御遣いに帰ってきてほしいって。あと、みんなにも是非って」

「あの時代でなにかを為したとはいえ、過去は過去でしょうに。今さら私たちを迎えることになんの意味があるというのよ」

「先人の願いを叶えてあげたいのと、」

「と?」

「……なんか一種のアマゾネスな国になってるらしくて、男の強さというのを見せてもらいたいって……」

「…………~……」

 

 あ。頭抱えた。

 わかるよ、俺もその人に聞いた時、あっちゃあって思ったもん。

 もちろん華佗から先に前情報っぽいものは聞いてはいたけどなぁ……あ、華佗も頭抱えてる。俺に奨めるだけあって、歴史書で知ることで俺より詳しかったんだろうけど、実際にその国の人に言われるのはやっぱり頭を抱える事実だったようだ。

 

「それで?」

「いや、なんかもう大変驚いたことに、とんとん拍子に話が進んで、英雄の皆様が一緒なのでしたら話は早いとか、やはりこちらへいらしてくださいとか」

「言われるままに頷いた、と?」

「さすがにそれはないよ。どれだけ舌が早く動く人相手でも、納得出来ないことには頷かない」

「そう。それで、私たちが一緒なら話が早い、というのはどういう意味なのかしら?」

「………」

「一刀?」

「……あっち、一夫多妻制だって」

 

 ……その日。

 溜め息混じりにお茶を飲んでいた覇王さまが、茶を噴き出し───殴られました。

 

「噴き出したものを浴びせた上に殴るか普通!!」

「うるさいわね! 大体どうしてそんなことになっているのよ!」

「だ、だからっ……なんか知らないけど産まれる子供の大半が女の子らしくてっ……! でも妥協で弱い男の子供は産みたくないから、俺に鍛え直して欲しいとかなんとか……」

「…………ああそう、なるほどね」

「なんでそこであからさまに俺を睨むんだよ! べ、べつに女の子しか産まれないのは俺の血の所為じゃないだろ!? ないよな!?」

 

 ないと言ってくださいお願いします!

 結局最後まで自分の子供に息子が産まれなかった俺の悲しみもちょっとは考えて!?

 孫も曾孫も女の子って、どうなってるんだよもう!

 

「で? あなたから見てどうだったのよ、その女は」

「え? かわいかっ───」

「そうではなくて。……強そうであったかどうかよ」

「アァアハハそうだよねアハハハハ!? つ、強そうだったかね! うん! うん……───」

 

 思い出してみる。

 あの女性から感じたもの、雰囲気、立ち方を。

 

「現代人、一般の女性からしたら強いってくらいだよ。鍛えてはいるみたいだけど、なんていうか……あれだな。小さい頃の孫登を見てるみたいだった」

「へえ、そう。間違った鍛え方をしている、と」

「現状を変えたがってる……かな。きちんとやってるのに上手くいかない、馴染まないっていうの、あるだろ? あれと戦ってる最中みたいだ。それに近いこと言ってた」

 

 共感出来すぎて大変だった。

 俺も左慈に会うまではがむしゃらだったもんなぁ……それは華琳もよく知るところだろうけど。

 ああほら、なんか“誰に似たのかしら”って顔で見てるし。

 

「で? どうするのよ」

「ん? 行かないよ?」

「………」

「?」

 

 普通に返したら、華琳が固まった。

 そして後ろで聞き耳立ててたみんなも。


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