真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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後日談2:いつかの約束②

 まず最初に通されたのは都の屋敷。

 自分たちがかつて過ごした場所は、多少ものの位置が変わっている感覚は覚えど、強い違和感を覚えることもなくそこにあった。

 書物などもそのままのものが遺されていたり、写本があるものも存在。むしろ原文そのままが残っていることの方が驚きだ。どうやったのかを訊いてみれば、本に氣を込めて、虫が寄れないようにしたり文字が劣化しないようにしたり、古くから工夫されてきたらしい。

 

「ご先祖様が何年もの間、木剣を大事にされていたという事実を先人様が実践してみようという形で為されました。紙も竹簡も元を辿れば木。ならば氣を通し続け、ご先祖様が大事にしていた木剣のようにしてしまえば、と」

「ナ、ナルホドー」

 

 木刀への工夫がこんなところで生かされていたなんて、思いもしなかった。

 そしてなんだか無性に恥ずかしい。くすぐったいと言えばいいのか、ともかく恥ずかしい。子供の頃に自分がやったことを、クラスのみんなの前で先生に褒められるような感覚に近い。

 

「一刀、時代から外れてまで貢献するのはどんな気分?」

「すごい複雑」

 

 ちりちりと顔が熱い自分をからかうように、笑みを浮かべた華琳が言葉を投げる。それに短く返した俺は、そんな彼女の視線にさえくすぐったさを感じてしまい、視線をあちらこちらへ彷徨わせるばかりだ。

 だが待って欲しい。時代から外れてまでの貢献って意味では、俺以上が確実にいらっしゃる。そんなことを挙げてみれば、皆様の視線は真桜に向き、彼女は真っ赤になって俯いた。

 

「そうだったわね。ここでは機械なんてものは使わずに絡繰を使い、燃料も氣で補うといった異常さ。無駄な伐採も開墾も避けたようで、自然も多いまま。特にあの排気ガスがないのはいいことだわ」

 

 車が大層嫌いな華琳様が、ハフゥと溜め息を吐きつつ言った。

 速く移動出来るのはいいものの、あの排気ガスだけは好きになれないらしい。

 そんなわけで、排気ガスを嫌う者が真桜を褒め称え、彼女が真っ赤になって狼狽える姿を眺めつつ、俺は俺で許可を得てから書物に目を通していた。

 かつて自分が執務をしていた部屋。

 綺麗なまま残っていて、訊いてみればこういった建物も氣で補強されているんだとか。

 俺が残した鍛錬書物を応用して、補強素材などに氣を混ぜて固定。それを用いて補強したものは壊れにくいし劣化速度も遅い。利用しない手はなかったんだとか。

 

「………」

 

 目を通した書物には、なんだかくすぐったいものばかりが書かれていたりした。

 寄せ書き、って言えばいいのかな。

 俺を知る人が最後に書いたもののようだ。

 それは娘だったり孫だったり曾孫だったり、兵だったり民だったりと、分厚い本にぎっしりと。

 そんなものを見てしまえば、民との交流も積極的にやっていた自分は間違ってなんかいなかったんだなぁって、ゆっくりと心が納得してくれた。

 ありがとう、生まれ変わっても会いたい、言葉にしようにも足りないほどの感謝が、頁をめくってもめくっても書かれていた。

 言葉のあとには名前。

 学校でよく見た民の名前もあって、顔がどうしようもなく緩んでしまう。

 北郷隊で一緒だった兵の名前もあって、つい“こんなの書いてないで仕事しろ仕事”なんて、苦笑と一緒に呟いてしまって。そんなことを言えるほどサボリから離れた自分がこれまたおかしくて、笑みが止まらなくなってしまう。

 

  こちらこそ、ありがとう。

 

 こんな俺についてきてくれて、感謝してくれて、ありがとう。

 これがいつから書かれていたものなのか、なんてわからない。置いてあった場所も、そもそも別の場所だったのかもしれない。

 最初の頁あたりには、それこそ最初に北郷隊をやめた者の名前が書いてあって、じゃあこれは彼らが引退する時に遺していったものなのか、と妙に納得した。

 学校で文字を学ぶ子供に負けていられません、なんて文字を教わりにきた兵も居たのを思い出せば、ああなるほど、と笑ってしまうのも仕方ない。それでも学べなかったであろう者の感謝は、ほぼ三つに絞られていた。

 

  謝謝 多謝 勤謝

 

 その文字の後にそれぞれ名前が書かれていて、誰が足したのか、“もっと伝えたいことがあるのに、文字が書けなくて悔しがっていましたよ”なんて書かれている。

 

「───……」

 

 寄せ書きなんて初めて手にした。しかもその寄せ書きが一つの書物になるほどの頁の多さ。

 なんだか可笑しくなって笑いそうになるのに、笑ったら涙までこぼれそうで、震えそうになる体を落ち着かせることに集中するはめになった。泣いたらいけないなんてことは無かっただろう。いっそ泣いてしまっても良かったんだろう。でも、ここで泣いていたら行く先々で泣いてしまいそうだったから、息を大きく吸って、ただただ我慢した。

 泣きっぱなしはちょっと勘弁してほしい。

 

「一刀?」

「っ!」

 

 華琳に声をかけられて、肩を弾かせた。

 みんなに見られないようにって背中を見せてコソコソ見ていたのに、我らが覇王様はどうやらほうっておいてくれないらしい。

 それでも涙を見せるのは恥ずかしい……じゃないか。照れくさかったから、誤魔化すように李さんを促して、次の場所へ向かうことにした。

 ……落ち着いたら、また来るから。

 その時はゆっくりと、今までの歴史を紐解かせてくれ。

 そう呟いて、かつては自分が仕事をしていた部屋に、頭を下げた。

 

……。

 

 で、次の場所。

 

「…………」

「は、はああ……!!」

 

 李さんを促しておいてなんだけど、話はそもそもそういうことだったことを忘れていた。

 移動してみれば天下一品武道会にも使われた武舞台。

 その中心に立つのはいかにもなオネーサマ。

 思わず姐御とか呼びたくなるような、自信に満ち溢れた女性が……そこに居た。

 髪の色は紫に近く、身だしなみとかはこう……男など意識する必要もなし、とばかりに露出が多目なものとなっており、整えられた髪形は、女性に好まれそうな感じで。

 露出高めの衣服は、意匠で言えば霞に近い。

 動きやすさが前面に押し出されており、男性が見てるかも、とかそういった方向での羞恥などは何処かに置き忘れたような……とりあえずアレだ。我が娘がこんな格好をしたならとりあえず正座させたいくらいの姿がそこにあった。いや、隠すべき場所は確かに隠れてるんだけどさ。

 あー……どう説明したものか。いや実際、霞っぽいのは確かだ。半被とか袴とか、それっぽい。ただし崩れたら崩れっぱなしというか……なんかもう“男の視線? どうでもいい、これがあたしだ”って、おかしな方向に開き直ってしまいました、って……そんな感じ。

 

「……。あなたが、櫓爛(ろらん)の言っていた御遣い様か」

 

 値踏するでもなく、何処か見定めるような目を向けられ、しかしそれもすぐに正される。てっきりジ~ロジロジロと足から頭までを睨みとともに見つめられまくったりするんじゃ、と思ったが、案外相手も冷静だ。

 

「失礼。私にあなたが本物かを断定する方法などないが、櫓爛が連れて来たのなら、そういうことなのだろう」

 

 櫓爛、っていうのは……李さんの真名だろうか。うっかり言わないよう気をつけよう。

 で、目の前の彼女だが……歳は恐らく俺より上。何処か落ち着いた雰囲気を放つ彼女は、武舞台の上でレプリカの武器を舞台に突き立て、その上に手を重ねた格好のまま俺を真っ直ぐに見つめてきている。

 ……あれ? もしかして本当に強いかどうか、見極めようとしてる?

 バトル漫画のように氣を解放してみせたほうがいいんだろうか。

 こう、蟹股っぽい姿勢で腰を落として、“はーっ!”って。

 

「櫓爛……っとと、すまない。李から聞いていると思うが、国という規模で少々困ったことになってしまっていてな。あなたが本当に伝説の北郷一刀様であるのなら、“強き男性”であるのなら、どうかそれを証明してほしい」

 

 先ほどから、ぴくり、ぴくりと傍に立つ思春の氣が尖っては宥められ、を繰り返している。いや、思春? 俺現代じゃ別に王だとか都の支柱だとかは関係ないから、相手の口調に反応する必要とか……ないのよ? むしろ相手の方が段違いで偉いから。

 ……あ、いや、相手がちゃんとこの都の主なら、って意味で。

 ともかくまずは挨拶だ。挨拶は大事。古事記にも書いてある。

 武舞台に立つ彼女のまん前に立っている俺は、まずは包拳。それから名乗って、相手の出方を待った。

 

「姓は北郷、名は一刀。字も真名も無い、日本国出身です」

 

 相手の様子は……先に言わせてしまって申し訳ない、といった感じだった。

 そういえば名前も知らないわけだが……紫色に近い髪っていったら、知る中では誰だろうか。

 

「私は甘尖という。一応、この都を任せてもらっている身だ。大変申し訳ないが、あなたが本物かどうかも見極められない内から頭を下げることは出来ない。早速で悪いのだが───」

 

 甘。

 甘ってことは───と、ちらりと思春を見ると、ビキリとコメカミの血管を浮き出させている思春さん。

 ア、アーッ! 力を示せってことですネ!? そうですよね甘尖=サン!

 先祖に対して礼儀というものを……とか言い出しそうな思春さんを余所に、ともかく確認! 一応礼儀としてその国の代表の名前くらい調べてきたから、きちんと相手が都の主であることの確認は取れた!

 姓が甘、名が史、字が尖、でよかった筈だ。

 甘史尖(かんしせん)。情報が電子ってカタチで飛び交う世で、名を大事にするっていうのは中々に難しいものだけど、だからって……知ってるからって軽々と口にしていいかって言ったら、あの時代を生きてきた俺達にしてみればそれは違う。

 だから、知りたいなら力を示せってことでいいんだろう。

 

「私が都の主であるからといって遠慮は要らない。あなたが、それが然である戦の在り方で、向かってきてくれ───!」

 

 そう言うや、彼女が模擬刀を構えたので───あ、試合開始。

 とばかりに氣を込めた足で武舞台を蹴り弾いて、短い距離を一気に殺し、その腹部に「しゅうっ───(フン)ッ!!」氣を充実させた掌底を、めり込ませていた。

 

  ……そして、俺達は……

 

  開始一秒と経たず、対左慈戦用螺旋加速猛掌打で吹き飛ぶ彼女を───

 

  どこか、「オヤァ……?」と呆けた気持ちで見送ったのでした。

 

 

……。

 

 で。

 目の前に、両の目に涙を溜めて、お腹の痛みに耐える都の主がおる。

 

「しっ……ししし失礼しました、ご先祖様……! あなたが、あなたが本当にあの、しゃいにんぐ・御遣い・北郷様だったとは……!」

「その呼び方やめて!?」

 

 俺にとって、相手が武器を手に構えた時こそ“よーいどん”だった。

 相手が構えた瞬間を戦う意思として受け取ったその時、瞬時に充実させた氣で地面を蹴って、懐に入るやその腹部に掌底を埋めていた。

 背中まで突き抜けるほどの、それは見事な錬氣掌底でございました。

 それをくらって吹き飛んだ彼女は、武舞台の外でドグシャアと転がり、しばらく痙攣していたのだが……ぷるぷる震えながら立ち上がったと思ったら、よろよろと戻ってきて……こんなことになってしまったがね……。

 少しだけ気になってたことがあって、それの所為で力が入りすぎたことに謝りたくなるが、今言っても仕方の無いことだろう。

 とにかく認めてもらえてよかった……んだが、対左慈用に使うものを初対面の女性にとか、やりすぎだったのかも……。

 い、いやでも大陸の女性ってだけで、無条件で自分より強いんだろう、なんて意識がどうしても抜けないから、こればっかりは仕方ないと受け取ってもらえると嬉しい。

 あ。ちなみに、改めて甘尖さんには名を含めて自己紹介された。

 そして現在のこのぷるぷる甘尖さんは、痛みに耐えているのもそうだけど、主な原因は俺の隣で無遠慮に怒気を撒き散らしている思春にあったりする。

 武器を構えておきながらあっさり接近を許し、あまつさえ一撃でなど、戦を舐めているいるのかこのたわけが、とでも言わんばかりの怒気である。目がマジです。怖い。

 

「………」

 

 しかし……男の強さの証明、って言われても。

 え? それってたぶん、この甘尖さんに勝つだけで納得してもらえること、とかじゃないんだよな?

 この人が漠然と“こやつは私に勝った者ぞ”と言ったところで、何人信じるかもわからないし。

 じゃあいったい───?

 などと思っていると、くすりと笑った華琳さんが一歩前へ。

 わあ、やな予感。

 

「さて。甘尖といったわね? これでかつての御遣いの実力の一端も味わえたと受け取っていいのかしら?」

「……、あなたは?」

「あら。ふふ……そうね、この時代ではもう、かつての常識は古いのだもの、当然だわ。都の主に対して、名乗りが遅れたのを詫びましょう。我が名は曹孟徳。あなたたちが学んだところで云う、魏の主にして覇王である」

 

 詫びましょうとか言っておいて、ものすげぇ太い態度の自己紹介だった。

 いやいや華琳!? 相手、都の主様だからね!? 俺達がいかに過去に様々なことをしていようが、今の都の主にはそれなりのだな───! あ、いや、わかっててやってるやこれ。相手の出方を見て、相手の度量器量を測ろうって魂胆だ。

 ああもうあの時代に生きた人ってどうしてこう、相手を測るのが好きかなぁ!

 

「───! ……あなたが。天の御遣いがその生涯をともに生きたとされる───」

『ちょっと待ったぁっ!!』

 

 甘尖さんが華琳の正体を知り、ごくりと息を飲みながら納得。

 かつて読んで知ったのであろうその生涯のことを唱えていると、黙って見守っていたみんなから待ったが入った。

 

「しょ、生涯をともにしたのは華琳さんだけじゃないよ!」

「そうだ! わ、私だって一刀と一緒にあの頃を生きたのだ! それを華琳だけの生涯ととられるのは納得がいかない!」

 

 その筆頭として、桃香と蓮華がズズイと前へ。もちろん、みんなと言ったからには他のみんなもズズイと甘尖さんに迫り、甘尖さんは「えっ……な、なにか気に障ることでも……!?」と困惑しながら、様々な言葉を受け止めて目を回していた。

 ……あ、ちなみに俺はこうなるととばっちりが絶対に飛んで来ると理解しているので、少し離れた場所にて李さんに今回の都来訪ツアーの詳細を聞いていた。

 

「もー! ご主人様ー!? ご主人様のこと話してるのに、なんでそんなところに居るのー!?」

「そうだ一刀! あなたが居ないことには始まらないでしょう!?」

 

 ……どうせこうやって巻き込まれるってわかってたから、離れてたんです、とは言えない。男ってやっぱり弱いです。

しかしその弱さも“惚れた弱み”として唱えるなら、まだ心に余裕が持てるんだから不思議だ。

 

「大勢に好かれるというのも、楽じゃないわね」

「華琳が本題から入らなかったからだろ……。他に男に不満を持っているヤツは居ないのか、って訊くつもりだったんじゃないのか?」

「ふふっ、ええ、もちろんそのつもりだったわ。都の主が納得しただけで、ここの住む者はもちろん、他国に住むものが簡単に納得する筈がないもの。だから今日でなくとも、恐らくは他国の実力者も用意している筈」

「それがなんでこんなことに……」

「知らないわよ。私は自己紹介しただけだもの」

「ただの自己紹介で、人は魏の主であることや覇王であることを強調しません」

「あら。わかり易いかつての役職を口にしただけじゃない。今では一介の民でしかないわ。どう出ようが彼女の勝手だった。それだけのことよ」

 

 うーわー、なんともまあ楽しそうにおっしゃる。

 ああそうだったそうだった、華琳ってどっかの軸で、王なんて面倒なもの、もう御免だわ、とか言ってたっけ。

 酒造を手掛けて女性を侍らせ、それでは足らずにマジカルステッキで───

 

「一刀、歯を食い縛りなさい。今とても不快なものを感じたわ」

「数秒前の自分の言葉を思い出してください」

「一介の民でも許せないことくらいあるわよ! だから民同士の喧嘩もあったのでしょう!?」

「だだだ大体不快なものを感じたってだけで殴られるなんて理不尽だろ! 俺がなにしたってんだー!!」

「私が不快に思うことを僅かたりとも思い浮かべなかった、と誓えるのなら、私の目を見て頷きなさい」

「あ、それは思ったから誓えない」

「思ってるんじゃないの!!」

「思っただけで殴るなっつっとるんじゃあああーっ!!」

 

 口調が乱れるのはもう仕方ない。

 それだけの北郷の集合体なのだから、また馴染むまで我慢我慢だ。

 

「じゃあなにを考えたのか言ってごらんなさい。殴るのはそれからにしてあげるわ」

「殴るなって言ってるんだけど……ああうん、まあいいや。じゃあ言うぞ?」

「ええ。殴るのは冗談だから、どんなくだらないことを考えたのかを───」

「えー……じゃあ。こほん。神も仏もこの世に居ないが魔法少女がここに居る! 我を崇め奉れ! 気分が良ければ助けてあげる!

「死ねぇええええええええっ!!」

「おぉわぁあああああああっ!?」

 

 殴らないと言った覇王が殺しにかかってきた瞬間である。

 その顔は羞恥で真紅に染まっており、一瞬にして滲んだ涙が、その羞恥の量を物語っていた。

 

「ななななっ、んっ、ななん、なんっでっ!! なんでそんなことを覚えているのよ!! 忘れなさい! 今すぐ忘れろ!! 命令でも一生のお願いでもなんでもいいから! 忘れなさい! 忘れろぉーっ!!」

「しょうがないだろいろんな外史の記憶が混ざってるんだから!」

「そんなことはどうでもいいのよ私は忘れなさいと言っているの忘れなさい!!」

「待て待てっ! じゃあお互い、記憶の確認とかしてみないか!? 言わないでほしいこととかはきっちり胸に仕舞っておくとか! なっ!?」

「あれ以外で隠したいことなどこの曹孟徳にあるとでも───!!」

「ほら、自分から進言してまでメイド服を着た時のこととか」

「───殺すわ」

 

 とてもとても良い笑顔であった。

 そしてそれは、鎌を持たない覇王との、攻防の開始の合図でもあったのです。

 

「あの……じゃれ合いでは誤魔化せないほどの争いを始めてしまったのですが……」

「ほうっておいて問題はないな。それより……」

「あ、はい、公瑾様。甘尖様と話し合ったことで、これ以降にも御遣い様にはそれぞれの国の強者と戦ってもらい、男の強さ、というものを教えてもらう手筈でした」

「ふーん? 一刀の強さねー……ねぇ、李とかいったっけ。それって一刀じゃなきゃだめなの? 代わりに私がみんな倒しちゃう、とかは?」

「えぇと、伯符様、ですよね? 御遣い様と幾度となく戦ったという」

「そうそう、伯符伯符♪ で、どう?」

「いえあの……」

「雪蓮。これは北郷の、……いや、男の強さというものを見直させるためのものだ。お前が戦い、勝ったところで、なんの意味もない」

「でも私に勝てない程度じゃ一刀にだって勝てないでしょ?」

「……あのなぁ雪蓮。お前の武力は“程度”で済ませられる域か? 北郷の強さは、ある意味で対お前に特化したものだろう。だというのにお前の強さを基準に測ってみろ、男の強さどころか、歪んだ誤解を生むことになる」

「えー? ……むう、たとえば?」

「……北郷一刀は江東の麒麟児を軽々と黙らせる修羅である」

「かっ!? かっ……かか軽々とじゃないわよー!! 私だって結構ねばって───」

「だが、結局負けるだろう?」

「………」

 

 真っ赤で涙目なマジカル☆曹操さんと手四つでぐぎぎぎぎと圧し合って居る中、なにやらちらりと見た光景の片隅で、とぼとぼと人の輪から外れ、一人ぽつんとT-SUWARIをしてしくしくと泣き出す麒麟児さんの姿を見た。

 なにがあったのだろうか……きっとなにか、とても辛いことがあったんだろう。

 

(声を掛けて話を聞いてあげよう。たぶんあれは、ぶつけどころのない想いに苦しんでいる者の姿だ───!!)

 

 過去において、守りたいという願いを叶えられなかったため、みんなの中で悲しむ誰かを見たくはないという衝動が強かった俺は、遠慮をしなかった。

 

  …………なお、その後。

 

  俺を圧す涙目の修羅が、一人追加された。

 

 


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