真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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15:呉/明命書房刊【氣の使い方:応用の巻】③

-_-/一刀

 

 そんなこんなで一日中ずっと明命と一緒に居た俺は、こうして昨日も夜を共にしたわけだけど……や、いやらしい意味は一切なくだぞ?

 そのままの延長でこうして早朝から鍛錬の話やらなにやらをしている。明命の仕事については、祭さんや蓮華が“今のままでは仕事にならないから”と送り出したと聞いている。代わりに誰かが担ってくれているんだろう。

 しかし、一日かけて多少は慣れた俺達だけど……氣の扱いは一日にしてならず。

 ようやく氣が落ち着いてくる頃には、俺は長い長い息を吐きながら苦笑を漏らしていた。

 

「散らす方向は向いてないみたいだ。や、まいったまいった」

「気を付けてください一刀様。氣の全てを散らしてしまうのは、いくらなんでも無謀ですっ」

「はい……反省してます……」

 

 まさかいきなり倒れるとは、自分でも予想だにしなかった。当然のことだけど、氣って大切だね。

 

「でも、面白いな。自分の気配をべつのなにかに溶け込ませるなんて」

「溶け込ませることが“自然”に出来るようになれば、より察知されなくなりますです。でも、本当にすごいです。教えたばかりでやってみせてしまうんですからっ」

「うん、自分でも驚いてる」

 

 イメージトレーニングばっかりだったからな、俺。

 そういったものが活きてきてるんだろうか……だったら嬉しい。

 強くイメージすることでなにかになれる……不思議なもんだなぁ、氣っていうのは。

 もちろん、なるべきモノのことをよく知っている必要があるんだろうけど───あれ? 華佗が言ってたことってつまり、治療かなにかにこういったものの応用が必要だから……なのか?

 

「んー…………」

 

 じゃあ、とイメージを開始。たとえば春蘭。荒々しくて、素直で、時々間が抜けてて、華琳を愛していて、それから、それから…………

 

「あの、一刀様? どうしましたか? 氣が随分と揺れてます」

「ん、んー…………うう」

 

 だめだ。そもそも俺、氣を扱えるようになってから春蘭と鍛錬のひとつもしてない。

 相手の氣を感じ取ることも出来なかった俺が、春蘭の氣ってものをわかるはずもなく……もしかしたら春蘭の気迫とかを真似できるかもといった考えは、あっさりと潰れてしまった。

 

「………」

「……? あの?」

 

 ならば。

 鍛錬に付き合ってくれる明命や祭さん、そして一度多少の力を見せてくれた思春の氣なら、真似ることが出来るだろうか。

 えぇええ~っと…………思春、思春…………と。

 

(蓮華が好き。国を愛している。俺に厳しい。厳しいけど……実はやさしいところもある)

 

 思春に関するイメージを纏めてゆく。

 で、おそらく今も傍に居るであろう思春……そんな彼女の、微量にも感じ取れない気配に自分を溶け込ませるように。つまり、無に自分を溶け込ませるように───……

 

「………」

「あぅあっ……!? か、一刀様っ!? なんだか急に目が鋭くっ……気配も……」

 

 欲を殺して、孫呉のため、蓮華のため、我が全てが呉への忠誠にて構築され、それが然としてあるべしと、身体全てに理解させて───自分の気配を無に散らす!

 ……直後に倒れた。

 

「一刀様ぁああーっ!?」

 

 いや……だから……。散らすのはダメだって……ぐはぁ……。

 

……。

 

 人間、なにかに夢中になると、一度教訓として覚えたものをも忘れてしまう。

 “何かに熱心になったときこそ、冷静な己を胸の中に備えよ”……じいちゃんの言葉だ。

 今、思いきり身を以って味わいました、ごめんなさい。

 

「うーん……氣の集中、移動はいろいろ出来るようになっても……気配を殺すのは得意になれそうにない」

 

 床に立ち、明命と対面しながらのぼやき。

 現在はといえば、氣の使い方を別の方向へと向ける練習をしている。

 やっているのは武道的なものだ。氣を込めた拳と普通の拳とでは、どれほど威力が違うのか、攻撃を受けきるにはどうすればいいか、どう対処すればいいのかなど、そういったものを学んでいる。

 こういったことは凪のほうが得意そうだけど、残念ながらここに凪は居ない。

 

「こういうのって……化勁(かけい)みたいなものか?」

 

 敵の攻撃がどこに当たるかを予め予測。その部分に氣を集中させ、体ではなく氣で受け止める。受け止めた瞬間に氣を全身に広げ、衝撃を一点ではなく全体に逃がすことでダメージを減らす……と、言葉だけ聞けば奥義ともとれそうな技法。

 たしか中国拳法にそういった受け流しの技法があったような気がするが。

 

「それともまた違いますです。氣を使った逸らしかたは、たしかに受けの面ではとても有効なのですけど……氣を一点に集中させる分、他の部位に氣が回せず、集中させる場所を間違えると……」

「……いい、言わなくても想像がついた」

 

 この世界の人たち相手では、下手したら胴体がブチーン、ってことに……怖っ!!

 でも……そっか。氣にもいろいろあるんだな。

 

「ちょっと試してみたいんだけど……明命、手を広げて待ってるから、ここに拳をこう……打ってもらっていいか?」

「そんなっ、一刀様を殴るなんてっ」

「いや殴るんじゃなくて! こ、ここにこう……な? ぱちんって。氣を集中させておくから、衝撃を散らせるかどうか試してみたい」

「はー………一刀様は強くなることに余念が無さそうです」

「なんでもやってみたいって言ってる子供みたいなもんだよ。氣の扱いかたが少しわかってきて……はは、今ちょっと楽しいんだ」

 

 子供みたいな理由を聞いて、明命は少しだけぽかんとするけど……すぐに笑顔になると、はいっと言ってくれる。

 

「ではいかせていただきますっ」

「よしこいっ!」

 

 構えた右手に氣を集中! むんっと笑顔で構えた明命を見て、振るわれる拳の速度を予測、当たった瞬間に……氣を散ら───じゃなくて逃がす!! 散らしたらまた倒れ

 

「いっだぁああああぁぁぁーっ!!」

「一刀様ぁああーっ!?」

 

 考え事に意識が向かったために集中が途切れ、丁度そこに明命の拳がばちーんと!

 い、痛っ! これ痛っ! 少女の拳じゃないよこれ! 世界だって狙えそう!! 痺れっ……手が、じんじんと痺れてっ……!

 

「あぅあっ……だ、大丈夫ですか一刀様っ! すいませんですっ、私───」

「ち、違う違う、謝らないでくれ明命! 俺が考え事なんかした所為だからっ!」

 

 じんじんと痛む手を振って、少しだけ痛みを紛らわせる。

 それからもう一度、と手を構えて、萎縮してしまった明命に行動を促す。

 

「あぅ……」

「大丈夫、明命は悪くないから。それに鍛錬の中で相手を気遣ってばかりいたら、身に着かないだろ? ほら、もう一度。頼むよ、明命」

「…………は、はいっ、いかせていただきますっ」

 

 そうして再び、むんっと構える明命。

 それを微笑ましく思いながら、構えている手に残る痛みを感じ……もうちょっと間をとったほうがよかったなーと後悔した、とある雨の日のことだった。

 

……。

 

 成功したのは一度きりで、あとの全てが手が腫れる材料。仕方もなしについさっきまで、また氣を溶け込ませる技法を教えてもらっていた。

 手がじんじんと熱を持ち、痒いような痛いような、たとえば思いきりハイタッチをかまして苦しむような感触が、俺の右手を支配している。

 ……現在、早朝を越しての朝。雨もすっかり治まり、曇り空だけど水に濡れた草花の穏やかな香りが、風に乗ってくる。

 ぺこぺこと謝る明命に、「晴れたことだし、あとで鍛錬に付き合ってほしい」とお願いし、了承を得て別れた俺は、森を抜けた小川で手を冷やしていた。

 ずぅっと手を水に突っ込んだまま微動だにしなかったからだろうか、魚が近寄ってきて、俺の人差し指をつんつんと突付いている。復習として、気配を自然に溶け込ませているのも原因のひとつかもだけど。

 試しに突付き返してみようか───と意識を魚に向けた途端、魚はピュウッと視界から消え失せてしまった。

 

「…………おおう」

 

 気配ってすごい。ますますそう思った瞬間だった。

 過去に学ぶことはたくさんあるな……もっともっと頑張らないと。

 

「本日の課題。気配を殺して魚を素手で捕らえてみましょう」

 

 大丈夫、素手ではないけどチャ○ランも尻尾で釣っていた。

 即座にたぬきあたりに強奪されてた気もするけど、気にしない気にしない。

 

「じゃ……っと」

 

 欲を殺し、気配を溶け込ませ、魚が俺を自然の一部だと思うまで、動くことに意識を向けるのを殺してゆく。

 イメージは樹の根。川の中まで伸びる大木の根をイメージして、水に手を突っ込んだままにする。

 少しの雨でも増水はするものなんだろう、いつもより少し勢いのある川の流れを感じながら、ただひたすらに待ってみる。

 と……ようやく警戒が解けたのか、魚がこちらへ泳いでくる。……そんなことにホッとした途端、またピュウッと泳いでいってしまう。

 

「や……これ無理じゃないか?」

 

 ホッと、気を緩めた途端にこれですよ?

 魚を手で掴むとか、それこそ仙人にでもならなきゃ……い、いやいやいやっ、さっきは突付き返す寸前まで行けたんだ、へこたれるな北郷一刀っ!

 

「これじゃあだめだ……いっそ川を流れる水にでもなった気で───!」

 

 服をばばっと脱いで、少し湿っている岩の上へとばさりと落とす。

 そうしてトランクス一丁で川へと入ると───……冷たッ!! ってだからそんなことで身を縮みこませているくらいなら集中!

 

「ふ、ふー、ふー……!!」

 

 流れが早くなっていることもあって、水の冷たさを感じる速度が上がっているというか。

 こう、氷水に手を突っ込んでいる状態よりも、そこから手を動かしたほうが冷たいって感じるだろ? それを自動でやられている感じ。

 陽光が落ちていない分も水の冷たさに影響して、脱力しようにも逆に緊張してしまう。

 いやー……こんなんじゃだめだ、集中、集中……。流れる水に身を任せるように、いっそ自分も水になるつもりで───

 

「………」

 

 ちらりと見ると、護衛のつもりなのか周々と善々が草むらから俺を見ていた。

 座りつつ、くわぁ……と欠伸をしている。

 あ、パンダといえば……パンダって熊科だっけ? 鮭を取る要領で、魚の獲りかたとか教えてくれないだろうか。

 

「手で掴むんじゃなく───こう、熊みたいに手で弾いてみるといいかも」

 

 腰を屈め、すっと集中。

 魚を獲るのではなく、水を叩く……そのつもりで。魚という存在を、水と一緒に見て……魚自体への意識を極力殺していく。

 こうすれば魚への殺気なんてなくなる。自分への意識が無意識になれば、魚だって察知しようがないはずだ。

 だから、水を……水だけを見て……そこになにかが通った瞬間!!

 

「ぜいやぁっ!!」

 

 振り切った腕と手が水を叩き、草むらへと水の飛沫を飛ばす。

 思い切りやった所為で、手が相当に痛かったが……その甲斐あり! 飛んだ飛沫の中には一尾の魚が───!

 

「あ」

「………」

 

 魚が……飛んだ先に、何故か冥琳。

 物凄い勢いで飛んだ魚は、鞭で何かを叩いたかのような音ととも、冥琳の顔面に……ア、アワワァアアーッ!!

 

「ア、アワワワワ……!」

 

 心と体が同時に動揺の声を漏らす。

 魚はビチチッと跳ねると冥琳の顔から落下し、冥琳の足下で華麗な酸欠ダンスを踊っている。

 冥琳は溜め息とともにそれを拾い上げると、なにを言うでもなく歩き、川に逃がした。

 ……うん、命を粗末にするの、ヨクナイですよね。

 

「め、めめ冥琳……? どうしてここに」

「なに。少なくともお前がここに居ることとはなんの関係もない。少々、一人になりたかっただけだ」

 

 一人に? 珍しい。

 あまり冥琳が一人で居るところなんてみなかったと思うのに……でも、そっか。そう思うのは俺の勝手だったってだけで、一人になりたい時くらい誰にだってあるか。特に呉王様に振り回されて心労が溜まってる時とか。

 おおそりゃそうだ、と妙に納得して、岩の上に置いた胴着を身に着けて息を吐く。

 

「……? 鍛錬でもしていたのか?」

「ああ、うん。本当は早朝から晴れててくれたら、明命と戦ってみるつもりだったんだけどね。生憎の雨だったから、部屋の中で氣のことについて教わってた。この胴着はその名残」

「名残……そうか。ところで北郷? ひとつ訊きたいんだが───何故早朝だというのに、明命がお前の部屋に居たんだ?」

「……エ?」

 

 いや、それは明命が慣れさせてください~って来て……ねぇ?

 たしかに一緒の部屋でニ晩明かしたけど、やましいことなんて魏の旗にかけて何一つしちゃいない。それについては明命の仕事の割り当てのことで話し合ったじゃないですか! ……え? 寝食を共にしろと言った覚えはない? デスヨネ!

 でででですがね!? ほんとやましいことなんて……! といった問答を事細かに身振り手振りを混ぜて説明してみるのだが、冥琳はフッ……と苦笑をひとつ、「冗談だ」の一言で片付けてしまった。

 ア……アー……冗、談……デスカ……。

 

「間違いがなかったことくらい、思春から聞いている。そもそも、お前自身がそれを許さないだろう。……曹操からの許可を得てもまだ、誰にも手を出さないお前だ。そこは信用しているさ」

「……そりゃどーも」

「ふふっ、なんだ? 不貞腐れでもしたか。天の御遣いとやらも、存外子供っぽいな」

「───」

 

 う、うーん……なんだ? なんだかこう……あれ?

 

「い、いや、不貞腐れたには不貞腐れたかもだけど。……うん、子供っぽいのも認めよう。俺、まだまだ誰も守れてないし……うん」

「……意外だな。突っかかってくると思ったんだが」

 

 妙な違和感が先立って、突っかかるような怒りが沸かなかった。

 逆に事実だよなーと受け入れてしまったくらいだ。まあそりゃあ、手を出したとか思われるのは勘違いだろうがウソだろうが心外ではあるのだが……信用しているって言葉を貰えたなら、それで十分だって心が落ち着いてしまった。

 

「なあ、冥琳」

「北郷。悪いが一人にしてくれないか」

 

 ……また、違和感。

 冥琳はそれだけ言うと、俺に一瞥も残さないままに歩いていってしまう。

 

「………」

 

 “漠然とした違和感なんだ、気にするほどのことじゃない”なんて、自分が自分に言い訳しているような気分で、少し上流へと歩いていく冥琳を見送る。

 不思議なのは、そんな違和感を抱いたままで何もしないでいると、嫌な予感がじわじわと胸を支配していくこと。

 何かをしなきゃいけない気がするのに、漠然としすぎていて何をどうすればいいのかがわからない。

 もたもたしているうちに冥琳は川の上流の先……小さな滝の上方へと歩いていってしまい、途端に俺の中に、“見えなくなったなら仕方ない”、といった諦めにも似た感情が───

 

「ウゴォアッ!?」

 

 浮かんだ途端、そんな意気地のない自分の肩に、得体の知れない重量がッッ!! ななななにごとっ……て、この白と黒のコントラストのモフモフ様は……!

 

「しゅっ……周々っ……!? ごおおおお……! ぜぜ、善々、も……!? くはっ……!」

 

 周々だけではなく、善々もだった。

 どうしてか俺の肩に前足を置いたり、俺の脇腹を鼻というか顔全体でドスドスと押したり……ちょ、待っ……! 潰れる、潰れる、潰れる……!! なんか腰あたりからメキメキって嫌な音が……!

 

「い、行けって……? や、けど追ったところでなにを言えば……く、くはっ……とり、あえず……! 下りてくれ、ない、か……!?」

 

 急に子供に背中から抱き付かれて、「はっはっはーこいつー」とか言う全国のお父さん、貴方は偉大だ。尊敬の念すら抱けるよ。

 ただ俺の場合は息子でも人間でもなく、重量の違いが倍どころでは済まないために、不公平を覚えそうだが───

 

「………」

 

 違和感を覚えたのは事実なんだ。そこにきて、動物的直感が俺に前進を促しているのなら……行かないわけにはいかない。

 

「よしわかった任せとけ! 俺、行ってくハオッ!?」

 

 ……と、決意を胸にキッと小さな滝の上を目指そうとした刹那。

 俺の腰から、なにやらゴキンッという音がギャアァァァァ…………───!

 


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