IF。
もしもって言葉が通用する世界があるとするなら、たぶんこの世界ほど許される場所はないんじゃないかなって思う時がある。
正史を排除して出来た外史の世界……世界中の様々な人の“もしも”が集まって出来た世界がここだ。
幽霊に話しかけられる“もしも”なんて、立派な霊能力者さんなら日常的なのかもしれないし、そう考えれば……それはそれほど“もしも”である必要なんてないのかもしれない。
勉強をしたから勉強が出来るようになりました、なんてものと一緒で、学べば出来る“もしも”なんて……案外自分たちが方法を知らないだけで、それに合った学び方さえ出来たなら、簡単にもしもの範疇から出られるものなのかもしれない。
後のことを話そうか。
廟をあとにして娘達の墓へ行くと、そこには大きな墓があった。
墓地というか……宮殿? いや、それは言いすぎか。
先祖を大事にするという風習が過去より強く存在しているらしく、特にこの大陸を外から守り抜いた者や、そもそもの過去の英雄たちは大変大事にされているそうで、どれくらい前かはわからずとも、大抵の者は皆、そこで眠っているのだという。
そこで墓参りもして、みんなのところへ戻る最中、声を聞いた。
聞こえた声は……最初の方がかすれていたけど、強い思いを宿した声だった。
うん。私たちも……最後の最後まで頑張れたよ、ととさま───
聞こえた声に振り向いても誰も居ない。
居ないのに、胸に込み上げるのは誇らしさばかりで。
誰も居ない空間に頷いてみせては、またひとつ、涙をこぼした。
こぼしながら感謝して、何度も何度でも誇って。
やがて、自分の周りに集まっていた温かな気配が無くなるまで、俺はその場で娘や仲間を誇り続けた。
それで───奇跡みたいな出来事は終わった。
最後に……娘達が好きだった、みんなで歌ったいつかの歌を流す。
及川が勝者権限でみんなに歌ってもらったものを、音楽としてケータイに移したものだ。
そうしながら写真を撮ってみれば、まるで俺がそうするのを予測していたかのような、綺麗な整列をして写真に写る幽霊様方。
これには思わず笑ってしまい、笑って笑って……これが本当に最後だったんだって受け取って、笑いながら泣いて。泣きながら、歌に合わせて自分も歌って。
やがて感謝と別れを込めた歌が、掠れる声で終わるとともに……俺は、頭を下げて、過去になってしまったみんなに、最後の感謝を唱えた。
涙を拭うこともせず、感謝の言葉が嗚咽で潰れるのも構わず。
それで、終わり。
しばらくそのままで居続けて、ようやく嗚咽も涙も引いた頃、顔をあげた。
なにも変わらない墓がそこにあって、俺はぐすりと鼻を鳴らして。
そうして、踵を返して、誇らしさを胸に戻ろうとした時。
掠れるような小さな声で……忘れることのない、禅の声が聞こえた。
約束、守ってくれてありがとう
……。
俺はそれに、振り向くこともなく……小さく笑んで、ああ、と返して。
そうだよな……誇るのなら笑顔だよなと笑って、墓をあとにした。
……。
その後の事といえば……計画通りと言えばいいのかどうか。
「そんなわけで……ご先祖様である御遣い様には、この大陸の男性にかつての力強さを思い出せてほしいのです!」
甘尖さんの言葉に華琳と視線を合わせて苦笑し、これを引き受ける。
御遣い式になるけど、いいかという言葉に「ひぃ」と引き攣った悲鳴を聞くことになるが、まあ、ようは男性が女性に見直されるよう強くなればいいのだと。
「いえ、ただ女性より弱いからという理由で、見下すことなどはしません。もちろんそうする者も居るには居ますが……その。やさしさに惹かれ、恋をする者も当然居ます。でなければとっくに滅んでいますよ、この大陸」
怖いことを言う夏侯さんに、今度は俺達が引き攣った声を出すハメにもなったけど、再出発としてはいいんじゃないかと思える。
「あの、御遣い様? どうでしょう。都の代表、というだけの私より、御遣い様が再び三国の中心……いえ、この大陸の王となるのは」
「え? やだ」
「えぇっ!? やっ……やだ───えぇっ!?」
その過程で、俺を王に推す話もあったものの、俺はあくまで日本で、道場を継いだのだからとこれを断る。
指導者としてならこれから何度でもここに来るから、あくまで俺は過去の御遣いってことにしてくれと。
絡繰が主で、もちろん今では電気も通ってるこの大陸ではあるが、それも主に妖術を使ってのもの。
そこに左慈と于吉と貂蝉と卑弥呼が加わり、道術等も指導することになれば物事の幅も随分と広がった。
なにもない場所に映像を作る技術の向上、マイクやカメラの絡繰の発達もそうだし───また、それらに必要な力を無意識に、この大陸に住まう者全てからほんのちょっぴりずつ引き出すことで、人の数だけ永久機関を作り出し、いつしか科学技術を忘れた国を作り出した。
信じられる? ほぼ消費無しで、片春屠くんとか摩破人星くんとか使い放題なんだよ?
「IF……もしもの話を考えてたけど、ほんと……この世界って凄いよな」
「そういう世界なんだから、当然よん、ぬふんっ♪」
「それって日本でも出来ないのか?」
「無理だな。あそこでこれを再現するには、道術や妖術を信じない者が多すぎる。それ以前に、この大陸ほど銅鏡の欠片の効果が残る場所もあるまい」
「ええ。これが通用するのはこの大陸のみでしょう。……この地は、不思議なほどに“過去”に祝福されているようです。誰が原因かは……ふふっ、言うまでもないでしょう。ねぇ左慈」
「うるさい喋るたびにいちいち俺に話しかけるな」
「ぬわははは! さすがはだぁりんが認めたオノコよ! さあ貂蝉、この胸が高鳴っている内に、出来ることを終わらせようぞ!」
「んまぁ~かせてちょーだい! 貂蝉ちゃんとぅぁ~るぁあ、頑張っちゃうわよぉん!」
卑弥呼は言った。
娘達や仲間たち、民たちの想い……そういった過去から今にかけての1800年が、今を支えてくれてるって。
だからこそ可能なことを今の内に基盤にして、今に馴染ませるのだ、って。
もう、時間とともに顔を思い出せなくなることもない。
いつだって供に在るのだから、好きなだけ一緒に歩むがよいわと。
「───……」
そうしてまた感謝。
その度に心が温かくなるのを、俺は笑って受け入れた。
さあ行こうか、終わったと思った覇道はまだ続いている。
あの日から今までを、娘達が、仲間たちが繋げてくれた。
男性を見下すことで、“誰もが笑っていられる世界”を否定されたんじゃないか、って不安に思ったこともあったけど、今はそれも違ったんだって頷ける。
見下す女性には見直させてやろう。
どうせ男なんてと落ち込む男性には、自信を取り戻させよう。
それからの日々を胸張って、共に歩めるよう、いつまでもいつまでも。
「……なにかあったの? 随分と顔つきが変わったわね」
「娘達と、みんなに会ってきた。っていっても結構前になるけど」
「会った、って……───いいえ、そう。元気だったのかしら」
「ああ。幽霊であることがおかしいだろって思えるくらい、おかえりとありがとうを伝えられたよ」
「そう」
「ああ」
「………」
「………」
「ねぇ一刀」
「うん?」
「あなた、道場を続けると言っていたけれど、これからどうするつもり? 一夫多妻はこの大陸のみ。けれど道場は日本。この場合、国籍はどうなるのかしら」
「とりあえず日本のお偉いさんを于吉が洗脳して、いろいろ許可出してもらった」
「……。ねぇ一刀。話が段違いで飛びすぎていると感じるのは私だけかしら」
「天下統一を果たすだけじゃ足りないっていうなら、使える手札は全部使わなきゃもったいないだろ? 俺ももう、遠慮なんてしないことにしたよ。……幸せになるまで突っ走ろう。で、幸せになれたら、臨終の時まで目一杯楽しむんだ。王になるのは御免だけど、だからって楽しむことを放棄したいわけじゃない。だろ?」
「…………ふ、ふふっ───あははははははっ! え、ええ、そうね、そうじゃないっ……! ふふっ……今私たちが立っているここは、私たちと……あなたが頑張った結果なのだからっ……!」
だから、その結果として手に入れたものを全て使ってでも、この結果の果てまで突っ走る。
そのことに、吹っ切れたように笑う華琳は頷いてくれたから。
「じゃあ、一刀」
「ああ、華琳」
また、この地から。
果てへと続く覇道を、歩み続けよう。
そうだ、天命は我らにあり。
さぁ、共に舞おうではないか。
正史から外れた、この呆れるくらいにもしもで溢れた世界の果てまでも。
そうして、歩き出す。
約束された幸福なんてないけれど、米の一粒のために命をかけることもない、希望に溢れた世へ。
皆が命を賭して歩み、皆が希望を胸に守ってきたからある、この“今”へ。
だから、胸を張って微笑み、呟く。
その度に、感謝も誇らしさも褒め続けたい喜びも続くと信じて。
みんなが繋いでくれたからこそ在る今を、笑顔で踏み締めて。
───みんな。
俺達は、ここまで来れたよ───
と。
はい、これにて本当に終了にござる。
始まりこそ無萌伝ですが、ああいった感じの派生は無しで、墓参りと少々のその後で終了。本当に少々の後日談になりましてござい。
切れる手札の全てを使って幸せになりましょうと歩む、皆様の覇道……その後どうなるかは皆様の心の中で。
この後に妹さんの息子が、倉に安置されていた刀に触れて、どこぞの世界へ飛ばされる~とか……誰か、書いてくれてもそのー……いいんじゃよ?(笑)
ではではこれまでのこの外史に触れてくださった皆様、本当にありがとうございました。
長寿と繁栄を!
◆追記
Q:かずピーが最後に流した歌ってなんですか?
A:サクラ大戦4のED、君よ花よ
聞いたことがない人は、是非聞いてみてください。