真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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我が愛と青春のチャーハソ③

 で。

 

「………」

 

 目が醒めたらマッスルだった。

 

「お兄ちゃん凄かったのだ! なんか煙だしてもごもご動いて! とにかくすごかったのだ! あれどうやったのー!? もっとやってほしいのだ!」

「う、うん、鈴々お帰り、あとたぶんもう無理です」

「うむ。すとーぶ、とやらも焚いていないのに、この部屋が暑すぎるくらいだった。北郷、体に異常はないか?」

「そ、そう、秋蘭もお帰り。体はなんかこう、不気味なくらい軽いくらいで、異常はないかな」

「というわけで北郷。お前の体に龍の血肉が馴染んだ」

「どういうことなのゴッドヴェイドォー!?」

 

 そして龍の血肉が馴染んだことを、華佗先生に告げられた。

 

「お前が気絶するように眠っている間、お前の体と氣脈を見させてもらったんだが、どうにもお前が常に纏っていた氣が、お前の肉体の成長や活性を押さえ込んでいたらしい。良く言えば老化を防ぐような氣の扱い方だが、悪く言えば成長を殺す使い方だ。お前の体があの時代の、老いないというイメージを覚え込んでしまっていた所為だろう」

「……それを消したから、体が急に成長を求めた?」

「もちろん体が急な成長を求めたところで、一気に成長出来る理由には届かない。北郷、お前は人が、精神的な要因で急に老いたり、老いが止まる話を聞いたことがあるか?」

「あ、ああ……」

 

 もちろん知っている。フィクションだけじゃなく、実際にもあるらしい。

 一瞬で、なんてことはもちろんないものの、その多くは極度の恐怖や緊張などを経験した者に多いのだとか。

 戦争などに出た兵士たちは、銃弾の雨を掻い潜って生還しても、その時の恐怖からか一晩で髪が白くなってしまったりしたのだとか。

 俺の場合は氣によるそれらの活性化が原因で、体が一気に、とかなのだろう。

 氣……つまり精神にも関係しているわけで。これが身体的急成長の原因なのだ。俺の場合、無駄に氣の量が……ほら、その、多いわけで。それを全部血管やら内臓やらに集中させた結果、体はこれ幸いと体の成長を促した、というのが華佗の予想らしい。

 ちらりと服をまくってみれば、あの時代に戻る前、必死こいて鍛えた体なんぞ置き去りにした細マッチョな腕がそこにあった。

 体も寝起きで、汗もたっぷり掻いたっていうのにだるさもなく、軽くて軽くて仕方が無いくらい。

 

「よくわからないけど一刀が強くなったってことでいいのよね?」

「ああ。馴染むまでは落ち着かせた方がいいのは確かだが───」

「じゃあ道場行くわよ一刀っ! あっはは早く早くっ♪」

「人の話を聞いていたのか孫策! 北郷はまだ本調子では───」

「いーじゃないのよぅー! 何度も戦った私と戦えば、一刀がどの程度強くなったのか、調子はどうなのかがわかるってものでしょ? で、私も楽しい。ほら、えっとー……うぃんうぃん? とかいうのじゃない! ほーら早く立って立って! 行くわよ、かず───」

「───雪蓮」

「……ハイ」

 

 きゃーいきゃいと燥いでいた麒麟児さん、冥琳の一言でしおらしくなるの巻。巻っていうか、割りといつものことだった。

 

「雪蓮がやらないなら鈴々がやるのだっ! お兄ちゃん立って立ってー!? 鈴々としょーぶ───」

「───鈴々」

「……ハイ」

 

 いざ益荒男よ、とばかりに立ち上がった翼徳さん、美髪公の前にしょんぼり。

 

「ははははは! だらしのない連中め! 北郷相手になにを臆する! ならばこの夏侯惇が」

「───春蘭」

「はいぃ華琳様っ! 今すぐこのわたしが北郷を───」

「やめなさい」

「……はいぃ」

 

 先の二人と違い、名を呼んだ程度では止まらなかった大剣様が、やめろと言われてようやく……しゅら~ん……と落ち込んで止まってくれた。

 うちの大剣様が他国よりひどいんですが。具体的に言われなきゃ止まってもくれないって……。

 

「ふむ。ではこの華雄が北郷の調子を調べてやろう」

「はーいはい華雄~? そーゆ~んはまた今度なー?」

「むっ……な、なぜだ? こんな時にこそ我が武がっ……」

「えーからえーから」

 

 ていうかあなた方、武を行使して俺をどうするおつもりか。

 体が軽いからって、今の俺はいわゆる病み上がり状態に近いのですが?

 霞に背を押されて部屋の隅に追いやられた華雄は、頻りに首を傾げていた。むしろこちらが傾げたい。病み上がりに“ようし貴様の体の調子を調べるから道場へ来い!”とか言われて、あなた方嬉し……嬉しいんだろうなぁ。

 

「でも驚いたよー。仕事から帰ってきたら鍵が開いてて、ご主人様かなーって思って道場に行ってみたら居ないし」

 

 マテ。何故まず道場に……あ、はい、俺だからですね桃香さん。

 

「そーそー。てっきり鍛錬終わりで水飲んでるのかなーって台所に来てみれば、食料だのなんだのが無くなってるわ妙に台所が荒れてるわで、盗賊が入ったんじゃないかって朱里が言い出すから」

「はわぁっ!? けけけけど、あの場合はさすがに仕方ないじゃないですか……!」

「そーだよお姉さま、そういうお姉さまだって、話も聞かずに真っ先にご主人様の部屋に走ってったくせに」

「うえっ!? ばかそれはいいんだよっ! なんでわざわざ言うんだ!」

「おうおう、しっかりと状態を見極めれば、散らばっていても荒らされたわけではないとわかりそうなものよなぁ」

「そんなことを言って。桔梗だって冷静な振りをして、隠しておいたお酒が取られてやしないか、ってちらちらとお台所の隅を見ていたじゃない」

「ぐうっ!? い、いやぁっ……あれはだなぁ、紫苑よ……!」

 

 ……一つの騒動に対して、どうしてこう叩くどころかつつけば埃まみれになるような人ばかりなのだろうなぁ。

 あと、こんな道場に立ち入る盗賊はなかなか居ないと思うなぁ。

 居るとしたら……命をお懸けめされい。我が屋の攻略、生半なことではないぞ。

 

「それで、一刀? 体の調子はどうなのかしら。嘘偽りなく答えなさい」

「や、本当に良好だよ。むしろ今までの方に違和感を覚えるくらいに軽い」

「そう。食欲はどうかしら」

「落ち着いてるかな。気絶するみたいに寝る前に、砂糖水とかがぶ飲みした所為か、エネルギーは足りてるみたいだ」

「がぶ飲み……ああ、そうね、そうだったわ。一刀」

「ん? どした?」

「あなたの妹が、目が覚めたらあなたに訊きたいことがあるそうよ? ぷろていんがどうとか、青汁がどうとか言っていたわね」

「───」

 

 夢中だったので俺は無実だ、とは言えませんでした。

 どうやらバイト代のいくらかに、さよならを伝えなくてはならないらしい。

 

「ふむ……しかし北郷。お前は倒れる前、そうなることが予測出来ていて料理を食べたのか? そんな気は無かったとしても、氣を消す前に食事を摂っていたのはいい判断だ」

「え……そうなのか?」

「ああ。そうして摂った熱量が無ければ、氣を消した時点でなにもない胃からの消化吸収が強引に行なわれ、筋肉組織は削がれ、脂肪は分解され続け、お前は動くことも新たな栄養を摂ることもできないまま、昏倒していた可能性が高い」

「───」

 

 怖ぁ!? こわっ! 怖い! え!? 俺あのチャーハソ食べてなかったら、自分の体に殺されてたかもなの!?

 となると、スープみたいな液体を飲んでおいたのもよかった、と……!

 ありがとうチャーハソ、ありがとうスープ……! まさか“B級男の料理”に命を救われる日が来るとは……!

 

「………」

 

 不思議だね。D級女性の料理に命を狙われることならあるのに、男の料理に救われる日が来るなんて。

 ちなみにD級のDはデスっぽいアレなアレです。

 

(……はぁ、しっかし)

 

 まいった。気力充実のOFF日だった筈が、ほとんどを寝て過ごしてしまった。

 お陰ですごいスッキリ感はもちろんあったりするんだけどさ、理屈じゃなく、やっぱりちょっともったいないと思ってしまうのだ。

 けど、寝すぎな状態から起きたばかりの、この妙な軽さと頭の重さは、案外嫌いじゃなかったりする。

 

「で……華佗。俺はこれからどうしたらいい? 医者としての意見とか、聞かせてほしい」

「眠れ。……っと、その前に栄養と、あとは修復に力を使い果たしている体に鍼を落とさせてもらう」

「へ……? 使い果たした、って……随分軽いぞ?」

「辛い状態を乗り越え、修復が終わったばかりだからそう思えるだけだろう。少しすれば、とんでもない痛みを味わうことになる。その前に栄養を摂取してたっぷりと眠るといい」

「……。と、とんでもない痛み……? わわわわかった、素直に寝かせてもらうよ……。その前に何か食べないと、だけどな」

 

 言われてみると、少し声が掠れてきた気がする。

 力も随分と抜けてきて、その抜けた力に抗わずに、自分の布団の感触に身を委ねてみる。

 

「では兄様っ、今から腕によりをかけて、栄養のつく料理を作らせていただきますねっ!」

「あ、ああ。頼むよ、流琉」

「はいっ、では華琳様、行ってまいります」

「流琉、その前に買い物が必要でしょう? 材料のほとんどは一刀が食べてしまったのだから」

「あ……そうでした」

「ああ平気や平気、買い物やったらたぶん───」

「……これで十分だろう」

「───冷蔵庫の中身と一刀の具合見て、寧ちんが飛び出していきよったから」

「「「「速いわねちょっと!!」」」」

 

 言っている傍から思春が買い物袋を下げて、自室の扉をコチャアと開けていた。

 それらを季衣と流琉に渡すと、足音も立てずに部屋を出ていった。慌ててあとを追う流琉と季衣は、なんというか……いや、考えない方向で。今は思考の回転よりもカロリーキープに勤しもう。

 

「では華琳様っ! 私も───」

「姉者、実は少し話したいことがある」

「んぁ、な、なんだ秋蘭? 私は」

「愛紗ちゃん? 何処にいくのかなー?」

「えっ、いえ、桃香様、私はご主人様のために───」

「祭、穏、シャオをお願い」

「おう心得た」

「はいは~い、小蓮様~? ちょおっとじっとしていましょうね~?」

「やっ、ちょっ、お姉ちゃん卑怯~!! シャオだってお兄ちゃんのために~!!」

「おーっほっほっほっほ! ならばここは───」

「麗羽様、ここはせめて空気を読むところですよ……」

「麗羽様ぁ……ほんと、空気読みましょーよ……」

「なっ、ちょっ、斗詩さん!? 猪々子さん!? わたっ……このわたくしのっ! 華麗なる活躍をっ……! 空気がなんだと、あ、あぁ~れぇ~っ!!」

「はぁ……。本当に、嘆かわしいわね……。料理と聞いて立ち上がる悉くが、料理に不慣れな者ばかりというのも」

 

 はいまったくです華琳さん。俺としてはそのー……貴女様も動いてくれたらナー、とか、ほんのちょっぴり考えたりもしたのですがね?

 そんな視線をちらりと向けてみると、くすりと笑って「いやよ、恨まれたくないもの」と、これっぽっちもそんな風には思ってなさそうな表情で応えられた。

 ……まあ、流琉なら間違いはないだろう。誰かが乱入しても、思春と季衣がなんとかしてくれる。

 あとのことはみんなに任せて、このけだるさを利用して眠ってしまうのもいいかもしれない。

 ただ……まあその。

 流琉の料理は楽しみだし、体が栄養を欲しているのも確かなんだけど、チャーハソの味が完全に上書きされるのだけが、今日の北郷さんはちょっぴり残念な気がしたのでした。

 ああ、本当に……なにかが起こらない日がまったくない、忙しい毎日だなぁ……。

 そんなことを思いつつ、スッと目を閉じて眠る体勢に───入った途端にぶすぶすと体に鍼が落とされてあいったぁああーっ!?

 

「華佗ぁああーっ! 元気にする時は一言言ってくれってあれほどーっ!!」

「ん、んん? だめだったか? 一応話を通した上で、お前が目を閉じたからいいとばかり……」

「あ、はい、なんかごめん」

 

 普通にOKな流れっぽかった。そしてさらに脱力していく俺の体。

 氣って本当に便利だ。時に毒にもなるってことがよーくわかったけど、便利だ。

 さあ、あとは引き続き内臓の活性化を続けて、自然治癒力を高めていこう。

 どうかこれ以上、面倒事とかキッツいことが起きませんように……!

 

  ……まあ、そんなことを願った時ほど、決まってろくでもないことが起きるのですが。

 

 フッ……とどこか悟った気持ちでいると、なんかもう心が勝手に覚悟完了しちゃって、眠気が裸足で駆けてくサザエさんの如く脱兎で逃げた。全然これっぽっちも愉快でも陽気でもない、待ってくれ、助けてくれサザエさん。

 

「……明るい窓のお向かいさんって誰だったっけ」

「? なんの話だ?」

 

 華佗にサザエさんの話を振ってもわかるわけがなかった。

 “お料理片手にお洗濯”も、片手間に洗濯って意味だったのか、フライパンでも持ちながら洗濯していたのか。いや、普通に考えれば片手間なんだろうが。

 私はサザエさんであなたもサザエさん。笑う声まで同じと認定されては……あ、うん、なんか頭が混乱してらっしゃる。


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