真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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17:呉/今はまだ気づいていない、その違和感①

39/信頼されるということ

 

 のちに聞いた話では、目を覚ましたのは四日後の昼。

 今はもう見慣れた天井になったソレを眺めながら、目を何度か瞬かせると起き上がる。

 体の鈍りは大したことはないが、問題があるとすれば氣脈のほうだろう。

 

「はぁああ~あぁああっははぁ~ぃ……」

 

 随分と無茶なことをしたもんだと、“呆れ”をそのまま口にだしたようなよくわからない、途中で裏返るような溜め息が漏れるが、とりあえずは生きていることに感謝を。

 母上様、丈夫な体に産んでくれてありがとう。華琳、頑丈な御遣いとして呼んでくれてありがとう。

 

「んっ……ぃしょぉっ……!」

 

 寝台から下りて立ち上がってみれば、これが案外軽いもの。

 体はむしろ以前よりも軽くなり、氣脈は……随分とすっからかんな気もするが、気分的にはそう悪いものじゃあなかった。

 

「うん、今日もいい天気」

 

 窓から見える呉の風景は今日も穏やかだ。

 この回復具合から察するに“昨日”ではないんだろうが、今日もまたすっきりとした一日が過ごせそうだ。なんて思ったあたりで腹が鳴る。

 

「……おおっ!?」

 

 差し当たり、まず最初にすることは食事の調達らしい。うん、健康な証拠です。

 しかしそれ以前にどうも汗臭い体に苦笑を漏らす。あとは……うん、まあその、いろいろ。

 

「思春。思春? 居る?」

 

 …………。声をかけてみても反応はなし、と。

 こんな朝っぱら……じゃないな、たぶん昼頃だと思うけど、こんな頃から風呂が用意されてるとは思えないし……それに今日が風呂の日とは限らない。

 行水くらいはしたいから、一応断りを入れるくらいはしたいんだけど。誰か、居るかな。

 

……。

 

 シンと静まった通路を歩く。

 もうすっかり慣れてしまってはいるが、この緑の香りが好きだったりする。

 部屋から出た途端が一番感じられるな。もちろん部屋に居たって十分に香るわけだけど。

 

「えーと」

 

 バッグ片手に、このまま川へ行ってしまうか、断りを入れてから行くかを考える。

 以前冥琳に怒られたこともあり、無断で出歩くことはやめようとは思ったものの……うん、どれだけ汗かいたのか知らないけど、臭う。こんな状態で外出許可を得に行くよりも、さっぱりしてから行ったほうがいいのでは、と思いたくもなる。

 さてどうしよう……。

 

 1:ありのままの僕を見てください(許可を得に行く)

 

 2:身を清めてきます(このまま川へ)

 

 3:否、食事が先である(厨房へ)

 

 4:さっぱりする前に鍛錬 (とりあえずダッシュ)

 

 5:冥琳や華佗が気になる(香る僕のままでGO)

 

 結論:……清めてきます。

 

 ……。

 

「ハハ……なんか……川にお世話になってばかりだね……俺……。悪いね……なんだか……」

 

 ぐったり気分で誰に言うでもなく、後頭部をカリ……と掻きながら言い訳みたいなことを言ってみた。

 いや、いーんだワカってる。我が儘言える立場じゃないもん、俺。そりゃあお風呂の日にはしっかりお世話になってるけどね。

 

「じゃあこのまま川へ」

 

 うん、と頷いて歩き出す。

 冥琳や華佗のことも気にはなってるけど、行った途端に臭いとか言われたら泣いちゃうよ俺。

 だからまずは体を清める。

 タオルも服も、全部バッグの中だ。もちろん黒檀木刀も。たとえ襲われても、それなりの対応が……出来るといいなぁ。

 

「……服が胴着じゃないのは非常に気になるところだけど」

 

 雨に濡れたし、誰かが着替えさせてくれたんだろうか。

 そういったことを世話してくれるのは……と考えて、何故か祭さんしか浮かばない俺が居る。

 

(あの人、結構世話好きだよな。面倒くさがりなところもあるけど)

 

 思い出し笑いをしながら歩く。

 通路を抜け、出会った兵に「やあ」と挨拶をして、擦れ違って森へ───って時。何故か急に肩を掴まれた。

 

「オワッ!? ……な、なにっ?」

「お、おーい誰かー! 北郷が! 北郷が目覚めたぞーっ!!」

「え? あれ? ちょっ───」

 

 掴んだ張本人さんの兵が声高らかに叫ぶと、ぞろぞろと駆けてくる───兵の皆様!?

 

「な、なに!? みんなどうしたんだ!? え? お、俺なにかやらかした!? 寝てただけだよね俺!」

「あー……悪いなぁ北郷。公覆様に、お前が起き出したらまず何処かへ逃げるだろうから、捕まえておいてくれって言われてるんだ」

「なんですって!?」

 

 こんな……こんなところに祭さんの魔の手が!?

 そんな、俺ただ体洗いたいだけなのに……! ……ていうか逃げるの確定って思われたんだね、俺。まんまとその通りに動いてしまった自分がちょっと悲しい。

 

「えっとさ、俺……ただ体が汗臭いから、川まで洗いに行くだけで……」

「悪い、仕事なんだ」

「あぁ……うん、じゃあ、仕方ないよな……」

 

 ここ一ヶ月で、兵とも仲良くはなった。しかし、仕事だと言われれば融通はきかない。だってこれで食ってるんだ、それを放棄したら給金なんて貰えない。

 俺もそれがわかってるから暴れることはせず、言われるままに部屋へと戻った。

 

……。

 

 で……まあ。どうせ汗臭いなら何をやっても一緒だーってことで、念入りなストレッチを開始。

 はい伸ばしてー……畳んでー……伸ばしてー……畳んでー……。

 勢いで伸ばすのは危険だからやめようね。ゆっくり時間をかけて、ぐぐぅうう~っと伸ばすんだ。勢いでやると一気に筋が伸びて、悪い時には断裂が起こったりするから気をつけよう。

 それと息を止めるよりはしっかりと、少しだろうが呼吸しよう。

 ストレッチしていると、どうも力が入って呼吸を止めがちだけどね。むしろ伸ばしている部位に酸素を送りこむような気分でやってみよう。あ、あまり力まずに、自然に伸ばせるようにしてね。

 

「……うん」

 

 ……誰に言ってるんだろね、俺。

 

「ストレッチ終了、と…………腹減った」

 

 動いた分だけ胃袋が刺激されたらしい。

 なにか食べるものはと思うものの、今が何時なのかも解らないし、むしろもう朝か昼かもわからない食事の時間は過ぎて、俺はまたしても食いっぱぐれてしまったのではと心配になる。

 そうなると不思議なもので、食えない、食いたいという思いが俺の神経を研ぎ澄ませた。

 だからだろう。ふと届いた香りに、我が双眼がクワッと見開かれた。

 

「この、香りは……!」

 

 青椒肉絲。それも、親父が作るものよりも香りからして明らかに違う……!

 ……うっ、唾液がじゅわりと……! 匂いだけで強く“食べたい”と思うのも久しぶりな感じだ。

 親父の手伝いや他の町人の手伝いをしている時は、なんだかんだと食べさせてもらったりしているから、俺が食べたいと思うよりも相手が“食わせたい”と思うかどうかで決まるわけで。

 むしろ“いいから食え、どんどん食え”って感じで食べさせてもらっている。遠慮する時はもちろんするけど。

 

「…………腹減ったぁあ……」

 

 これはどういった拷問なのでしょう。

 良い香りがするというのに、部屋から出られない苦しみ。

 もういっそ窓から……とも思ったが、きっとそっちも包囲されているんだろう。試しに窓を開けずにこそりと外を覗いてみれば……うあ、やっぱり居る。

 

「なにか空腹が紛れることでも…………鍛錬!」

 

 空腹っ……それに打ち勝つにはやはり鍛錬ッッ!!

 よく思い出すんだ一刀、俺は煩悩を鍛錬……じゃなくて睡眠欲と食欲とで抑えたんでしたね、ごめんなさい。

 あー……なんか俺、いろいろアレだ……。

 煩悩……ああ、もう耐えることに慣れてくると、よっぽどじゃない限りは暴走しそうにはないんだが。いつかその暴走を起こしそうで怖い。

 だったら空腹なのはむしろありがたいことなのかなぁ……腹が減っては戦は出来ぬ、こんなグルグルキューな状態で女性に手を出すなんてこと、暴走したってそうそうないだろ。

 

「よしっ! 鍛錬鍛錬っ! 何をすればいいのかよりも、何が出来るのかで考えよう! そして今の俺には鍛錬が出来る!」

 

 それに空腹時に動いた方が、ミトコンドリア先生が多く分泌されて、体力の絶対量が増えるらしいとのこと! ───ならば、やるしかないだろう。

 バッグから黒檀木刀を取り出し、まずは型から。

 ストレッチで体は温まっているから、あとは型から入って剣術用の筋肉をほぐさないとな。

 

「ふっ! ふっ! …………んー……」

 

 体が軽い……本当に軽い。

 こう、今なら自分の胸近くの高さまである柵でも、無助走で飛び越えられるんじゃないかなーって思うくらい軽い。

 試してみたいけど外には出られないし……あ、あれぇ……? 俺、気絶してただけだよなぁ? どうしてこんなに氣が充実してるんだ? さっきまで空っぽだったのに。

 鍛錬らしいことなんて、気絶しながら出来るはずも───ハテ。

 

「……冥琳のこと助けようって必死だったけど、もしかしてあれが原因なのか?」

 

 無理矢理の錬氣と絶対量拡張。

 絶対量って名前なのに拡張できるのは何故? と首を傾げたくなるような名前だが、“現在は”そこまでしか氣を溜めておけないから、“絶対量”。なんてことはどうでもよろしい。

 限界を越えてーって言葉があるけど、あれも似たようなものだろう。

 人間の限界はいろいろと高い位置にある。なにせ普段は本能的に力をセーブしているっていうんだから、自分たち人間が出せる“限界”なんていうのは遥かに高みにある。

 その気になればデコピンでリンゴくらい破壊できるんじゃないか? もし100%引き出せたらの話だけど。

 

「そっかそっか……」

 

 と、限界の話はべつにしても、冥琳を救おうとしてやったことが、どうやら氣脈や体にとって善い方向に進んでくれたらしい。

 氣が練られる速度も上がっているようで、それでも凪のようにすぐに手に溜める~とかそんなことは出来ないが……それでも。

 

「集中、集中……!」

 

 今までの自分にしてみれば、かなりの速度で氣の集束が可能になった。

 よかったー……ちゃんと学べてるんだな、俺……。

 一か八かすぎたけど、なんとかなってよかったよ……冥琳が五体満足かは、まだ確認出来てないけどさ。

 でも、診たのは華佗だ。一方的ではあるけど、人を救いたいって言って大陸中を旅する人を信じないで、誰を信じろっていうんだ。

 信じるだけで救われるなら苦労しないといっても、一方的に押し付ける信頼なら、だめだった時は俺だけ落ち込めば済むことだ。

 ……もちろん、冥琳が助からなければ、悲しむ人は俺一人じゃあ済まないわけだ。そうやって嫌な方向で想像を巡らせても、兵たちのあの様子から察するに、そう悪いことにはなっていないはずだ。

 

「───はぁあああ……」

 

 さて、と息を吐く。

 氣の移動の仕方、溶け込ませ方は実戦というか気絶する前のことで大体掴めた。必死だった分、体が“忘れちゃいけない”と刻み込んでくれたみたいに……いやむしろあの時、俺の中に少しだけ逆流してきた冥琳に流した氣が……俺にそれを覚えてて、と言っているかのように、忘れさせてくれない。

 

「ん、んー……んっ!」

 

 では応用を。

 今回は一人かめはめ波はやらずに、木刀に氣を流し込んでいく。

 もちろん木刀は氣脈なんて無いものだから、伝導させる意味も含めて“触れている”必要がある。少しずつ、少~しずつ自分の氣が手から木刀に伸び、覆っていく。

 肉眼で自分の氣をハッキリ見ることが出来る……そんなところまで来られたことに、若干どころか強いトキメキさえ覚えているのが現状だ。

 頑張ったな、俺……うん、俺、頑張った。ありがとう凪……俺、お前と出会えて本当によかった。

 お前に出会わなきゃ、きっと救えなかった命が……えと、救えたよね?

 

「……っ……は、はぁっ…………ふぅう~……!」

 

 ごちゃごちゃ考え事をしていたためか集中が乱れて、覆い尽くすまでに時間がかかってしまった。

 うっすらと額に出た汗をバッグから取り出したタオルでポンポンと拭いつつ、片手に持ったままの木刀を見て誇らしげに笑う。

 

「……うん、鮮やかな金色だ」

 

 氣っていうのはこういうものなんだろうか。

 むしろ黒紫色っぽかったら、“第六天魔王、降臨せん!”とか言いたいような気分だったんだけど。

 

「これって、氣の錬度によって硬度が増したりとか……はは、まさかそんな、ゲームみたいなこと……」

 

 試しに、「えいやー」と笑いながら机の隣にある二つの椅子のうちのひとつに、木刀を振り落としてみた。

 すると、ばごきゃあという鈍い音とともにヒビが走る木製のお椅子様。

 

「あっははは、ほ~らオワァアアアァァァーッ!!」

 

 ヒビッ……ヒビ割れッ……!? そんな、いや、でもまさかそんなアワワーッ!?

 なんて想定外なっ……! こんな、綺麗にヒビがっ……ホワッ!?

 ノノノノック!? 誰!? どなた!? こんなタイミングでなんていったいなに!?

 

「一刀~、ちゃんと居る~?」

「ヒアーッ!?」

 

 雪蓮!? 貴女がノックなんて珍しい! じゃなくてああもうなんでこんなタイミングで、よりにもよって王様が来るのさっ!

 いやいつ来たって結局直しようもないんだけどさっ! いやむしろ貴女、普段からノックなんてしないのになんだってこんな時だけ!?

 ひょっとして俺をからかうための勘が働いていらっしゃるの!? だったらひどいプレッシャーだぞこれ! 僕もうお家帰りたい!

 どどどうする!? 故意ではないにしたって、椅子を破壊したとか……うああああ! 弁償できる金なんてないぞ俺!

 

  コマンドどうする?

 

 1:にげる(気配を殺して逃げてみる)

 

 2:ぼうぎょ(寝床に潜って震えてみる)

 

 3:じゅもん(私は椅子になりたい)

 

 4:どうぐ(タオルをヒビの部分に被せて逃げ切る。その際、「鍛錬してたんだ……!」とサワヤカに言うのも忘れない)

 

 5:たたかう(ひたすらに謝ってみる)

 

 結論:……ろくな選択肢がない……ああ、たたかうが一番下なのは仕様だからほうっておいてほしい。

 

 などと考えている内に、待ちきれなくなったのか、どばーんと扉を開けてくる雪蓮。思わず「キャーッ!?」とか女性の悲鳴にも似た……いやうん、悲鳴だね、うん。悲鳴をあげた俺を気にすることもなく、ノックをしたくせに返事も待たずに侵入してくる国王様。

 

「やっほー一刀~♪ あ、起きてる起きてる~♪」

 

 誰ですか、この傍若無人を王様にしようなんて仰ったのは。

 

「ヤ、ヤアシェレンサァ~ン、キョーモオウツクシイ……!」

「なに隠してるの?」

 

 たった3秒でバレた! もうダメ! 俺隠しごととか苦手みたい!

 それにしてもバレるの早すぎだよなにやってるの俺!

 

「一刀。貴方普段から女性を褒めるようなこと言わないでしょ? 特に私達には。魏のために~とか言って、出来るだけ私達の領域に足を踏み込まないようにしてる」

「うぐっ!」

 

 そしてこっちもバレていた。

 自分から線を引いておかないと、あとあと大変なことになるんじゃないかと思っていたからだ。

 だっていうのに自分から首を突っ込んではいろいろやっているわけで……だめだ、自分から関わってしまっている以上、なにか言われても断り切れる自信がない……。

 

「………」

 

 ……このままじゃ……いけないよな。

 

「雪蓮、聞いて欲しいことがある」

「え? なに? もしかして冥琳のこと? 大丈夫、気にしないで。冥琳が病気だったってことは、私も知ってた───」

「俺、次に朱里たちが呉に来たら、一緒に蜀に行こうと思う」

「───から……?」

 

 だから言った。……言ったら、びしりと停止する目の前のにこにこ笑顔の王様。

 凍りついたにこにこ笑顔が、少し心にさっくりと痛い。

 

「……えーと。一刀? 今なんて言ったの? な、なんか、蜀に行く~とか聞こえた気がしたんだけど……」

 

 そんな彼女が耳の近くをとんとんと指で突き、「疲れてるのかな……」とかぶつぶつと言っている。

 俺は……訊き返す彼女に迷うことなく、同じことを噛み砕いて言ってみせた。

 

「……朱里と雛里が呉に来て、次に学校のことについてを纏めに蜀に戻る時……俺も一緒に蜀に行く、って……そう言った」

 

 真っ直ぐに、いつものように彼女の目を見ながら。

 すると雪蓮は一瞬悲しそうな顔をしたあとに───

 

「やだ」

「へ?」

 

 拗ねた子供のような顔で、とんでもないことを仰った。

 

「だめ、却下、認めないっ。なんで急にそんなこと言うかなぁ一刀は! せっかく呉にも慣れて、民からも兵からも笑顔ば~っかり向けられるようになったのにっ! ……だめ、とにかくだめ。華琳もそうかもしれないけど、私だって気に入ったものを簡単に手放す性格してないんだからねー!?」

 

 …………。あー……目の前で、ぶーぶーと口を尖らせる女性は本当に一国の王なんでしょうか。俺、ちょっと自信なくなってきたかも……。

 

「いやあの……雪蓮さん? なにをそんな、子供みたいな……。もともと俺は客だろ? それに、最初にってほどじゃないけど、華琳から言われてるはずだ。俺に命令する権利はあるけど、縛り付ける権利はないって」

「はぐっ! ……ねぇ一刀? 華琳ってこうなることを見透かしてたんだと思う……?」

「……まあ。俺が誰からの誘いも受けないことを見越して、手を出していいって言ったのも含めてね」

「ふーん……信じ合ってるんだ」

「ははっ、そうじゃなきゃ、一年離れても好きでなんかいられないって」

「…………むうっ……」

 

 というかどうしてここまで渋るのかが解らん。

 いつものように飄々と、「そーなんだー、あははー」くらい言えばいいのに。……いや言わないか、こんなこと。

 変な想像は置いておくとしても、雪蓮はどこかつまらなそうな顔で口を開いた。

 

「……ねぇ一刀。華琳のこと、好き?」

 

 俺の顔を覗くように、体を少し折って。

 不貞腐れたような顔はもうやめたのか、真剣に訊いてきていた。

 だったら俺もと、にやけることもなく真っ直ぐに雪蓮の目を見つめ返して、言った。

 

「……ああ。愛してる」

「ふあっ───!?」

 

 キリッとしたつもりでも、うっすらと笑んでしまうのは仕方ない。

 心から出た言葉がどれほど届くのかは解らないが、それでも胸一杯に広がるこの思いを雪蓮に解ってもらおうと、真っ直ぐに伝えた……んだけど、雪蓮さん? 何故貴女が赤くなりますか?

 

「…………うあー……まいったなぁ。まいった……うう、まいったぁああ……」

 

 しかも何かがまいったらしい。

 赤くなった両の頬に手を当てながら、うんうんと唸っている。

 なんだか知らないけど、俺の言葉に思うことがあったってことで……いいのか? 俺、そんな唸るほどヘンテコなこと言ったっけ?

 

「…………、」

 

 ふぅ、って感じに鼻から息が出た。いつか雪蓮にされたみたいな、仕方ないなぁって感じの苦笑めいた溜め息だ。

 うんうん唸っている雪蓮は、普段の子供っぽさもあってか本当に子供のように見えて……だからだろう。俯いている彼女の頭が丁度いい位置にあったっていうのも手伝って、いつかのように彼女の頭を撫でていた。

 

「ふ、あ…………? 一刀……?」

 

 少し潤んでいた目が、きょとんと俺を見上げる。

 その顔もまた、先にある不安に怯える子供のようで───そんな彼女を落ち着かせるように、やさしくやさしく頭をなでる。

 

「そんなに悩むことなんてないんじゃないかな。親父たちにも言ったけど、もう二度と来ないわけじゃないんだ。来たいと思えばまた来れるし、会いたいと思えばまた会える。だって……俺はこの大陸に、確かに存在してるんだからさ」

「……かず……」

「だからさ、そんなに悩まないでくれ。雪蓮には、今までみたいに真っ直ぐにみんなの笑顔を求めてほしいよ。俺……言ったろ? 頑張るって。だから……お前も。頑張れ……頑張れ、雪蓮」

 

 心を込めて、何度も何度も。

 頑張れって言葉のたびに、自分の言葉が勇気になるようにと。

 

  ……今にして思う。これは、明らかに地雷だったと。

 

 雪蓮が抵抗らしい抵抗も、嫌がる素振りも見せないために、いつしか俺は雪蓮の頭を胸に抱くようにして頭を撫でていた。心が道に迷った時は、誰かにこうしてもらえると、ひどく安心することを……俺も、華琳にされたことで知っていたから。

 汗臭くないだろうかと不安に思ったものの、雪蓮はやっぱり嫌がる素振りも見せず、撫でられるがままに……あれ? ていうか反応が───

 

「雪蓮っ?」

「はっ!? うわわわーわわわっ!!」

 

 気になって声をかけてみれば、まるでたった今撫でられていることに気づいたみたいに、俺の手から逃れる雪蓮。

 数歩離れた位置に立ち、真っ赤な顔で俺を睨むと、離れる時に変な声を出していた自分を恥じ入るように頭を抱えて落ち込み出した。

 ……今日はやけにいろいろな雪蓮を見れるなぁ。

 今だって据わった目で俺をねめつけるように……あれ?

 

「決めた……決めたわ」

「あ、あのー……雪蓮さん? 前にその言葉を言ったあと、華琳がものすごーく迷惑してたって記憶が俺の中にあるんですが……?」

 

 宴の席で、華琳が雪蓮に絡まれてギャーギャー叫び合っていたのを思い出す。

 

「一刀。冥琳の命を救ってくれて、ありがとう」

「え? あ、……そ、そっか。無事だったのか……~っはぁあ……よかったぁ……!」

 

 雪蓮がこんなに陽気で元気だったんだから、死んだりとかはしてないとは思ってたけどさ。こうしてきちんと伝えられると、本当に安心する。

 

「それでね? 是非その恩賞を一刀にあげたいんだけど」

「や、それはいらない」

 

 キッパリ。嫌な予感がするのでいらない。こういった時の俺の予感は当たる。100%当たる。だからいらない。

 

「だめ。受け取らないと許さない」

「恩賞与えようとする王の言葉じゃないだろそれっ!! だ、大体俺は国に返すために動いてるのに、これで恩賞とか報酬とかもらってたんじゃあいつまで経っても返しきれないだろっ!?」

「あ、大丈夫大丈夫。これはちゃ~んと国に返すことになるから。むしろこれ以上に国に返すって言葉が似合うことなんて、きっとないって思うんだけどなー、私」

「……え?」

 

 またも、にこーと笑う雪蓮の言葉にハッとする。

 そうだ……内容を言われる前に断るのって、あんまりにひどいんじゃないか? 雪蓮は良かれと思って言ってくれてるんだし、せめて内容を聞いた後でもいいはずだ。

 ……なのに、俺の中で警鐘が鳴り響いているのはどうしてだろう。

 

「えっとね。いくら私達がいい国にな~れ、って国を善くしていっても、次代を担う子が居なくちゃ意味がないでしょ? だから、一刀にはこの呉で、みんなの種馬になって貰───」

「長い間お世話ンなりましたァアアァァァァァァーッ!!」

「えっ? あ、ちょ───一刀ーっ!?」

 

 逃げたね。ああ逃げたさ。脇目も振らずに、開けっぱなしだった扉から逃げ出したさ!!

 さあ、これから何処に行こうか……。何処だっていいさ、この足が健康なら、俺は何処までだって走っていける。

 俺達の冒険は───始まったばかりだ…………っ!

 


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