真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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??:現代/努力の過程①

04/誇り、覚悟、そして誠意

 

 ───ばっしゃあっ!!

 

「ぶわぁっはぁっ!? つ、冷たっ……!!」

「いつまで寝ておる、とっとと起きんか」

 

 気を失っていたんだろうか、ふと気づけば自分は水浸しの床の上で目を覚まし、上半身だけ起こしながら、視線の先に立つ人とその後ろにある景色を目に……ここが道場であることを思い出した。

 

「あ、え……? お、俺、気ぃ失ってた……?」

「まったく、あれしきの撃、受け止められんでどうする」

 

 言われてから、ズキリと痛む頭に手をやる。

 ……そうだった、目の前の人……じいちゃんと打ち合って、いけるかな……とか思ってたら…………あれ? その先が思い出せない。

 たしか、こう踏み込んだらじいちゃんが突っ込んできて…………えーと、なんだ。ようするに打ち込まれて気絶したのか。

 弱いなぁ俺。

 

「俺、どのくらい……?」

「5分程度だ。あまりに長く寝ているから冷や水をかけてやったわ」

「風邪引くよ!」

 

 ぶるるっ……と、冷えていくばかりの体を庇うようにして立ち上がる。ああ、この濡れた床も俺が掃除するんだろうね、じいちゃんの意地悪。

 なんてことを思っていると、じいちゃんが竹刀を手に(木刀でやり合う時もあるが、それは“避け”の訓練を重点に置いたもので、通常の稽古の時は竹刀を使っている)俺の目を見て口を開く。

 

「……一刀よ」

「え? な、なに……?」

 

 俺はといえば、そんな鋭い目に怯みそうになる気持ちを飲み込むようにして、いっそ睨み返す勢いで見て返す。

 なにを言われるのか不安に思ったものの、じいちゃんの口から出た言葉は俺の予想とはまるで違った。

 

「なにゆえに、力を求めた」

「え……」

 

 そう、予想とは違った。

 てっきりいつものように、やれここが甘いだの構えが駄目だだの言うと思っていたから。

 

「堕落とまでは言わぬが、お前は半年前あたりまでは現状に溺れ切った目をしていた。なにかが起きようとも周りがなんとかする、どうにでもなる、といった様相さえ見て取れたくらいだ」

「そこまで!? いやっ……俺これでも困っているヤツが居たら、見捨てられない性質で通ってたけど……!」

「それは当然だ。無力ではなく努力不足を理由にそこまで下衆に落ちたならば、儂自らが叩きのめしておったわ」

 

 ……以前の俺。下衆じゃなくてありがとう。

 

「けど、じゃあどういう意味で?」

「己を高める努力をせず、当時の自分に満足している目をしておった。勝ちたい相手が居ようが、勝負など時の運と口にして、本気の努力をしない者の目をだ」

「う……」

 

 言われてみて、ぐさりと来るものがあった。ということは、それだけ図星だったということなんだろう。

 あの世界では生きるために必死だったから出来たことも、こうして振り返ってみれば、とても大事なことだったのだと理解できる。

 

「そんなお前が剣を教えてくださいと土下座までしおった。ふわははは、あの時は初めてお前に驚かされたわ」

「うぐっ……土下座の話は勘弁してほしいんだけど……」

「たわけ、無駄に誇りや意地ばかりを高く持つのが今の若造どもの悪い癖よ。その中で土下座をしてみせたお前を、儂は認めこそすれ、情けなく思うことなぞあるものか」

「…………」

 

 うわ……困った、今物凄く“じぃん……!”って来た。

 

「だが、だからこそお前の覚悟を知りたいと思ったのだ。三日坊主で終わるのではと思えば、早半年よ。ならばその意思、その覚悟も相応しくあるものなのだろう?」

「……、……ああ。これだけは、絶対に曲げたくない」

「……うむ。では一刀よ。お前が強くあろうとする理由……それはなんだ」

「強く…………うん」

 

 痛む頭から手を離して、胸をトンッとノックした。

 あの日、夕焼けの教室から飛び出す前にもそうしたように。

 すると、あの日の思いが今この時に感じているかのように浮かび上がる。

 

「───守りたいものがある。微笑ませたい人達が居る。ともに歩みたい道がある。そんな道で、堂々と肩を並べて歩けるような自分になりたい。だから、俺は剣を手に取った」

 

 民を、仲間を、王を。手を取り合った蜀と呉、未だどこかで苦しんでいるであろう人達を、今すぐでなくてもいい、いつか微笑ませてやりたいと願った。

 何かが出来る、何かをしてやれる状況なのに、自分では何も出来ない歯痒さを知っている。

 そんな自分が嫌だから。

 何かが出来る自分になりたいから。

 

「努力もしないで下を向くだけの自分は……もう、嫌なんだ」

 

 たとえば剣道。

 ある日に負けて、次は勝てる、次こそはと意気込んで、一度も勝てずにまた負けて。

 強いから仕方ないかと笑った時の虚しさが、どれだけ胸を抉っただろう。

 情けなくて泣きたくなって、だけど涙を見せることが恥ずかしくて、泣くことの出来る自分さえ恥と断じて殺していた。

 ふと誰かに“頑張ってるのにな”と言われて、自分は頑張ってるんだと思い込んで、半端に打ち込めば打ち込むほど虚しくなって。

 でも───そんな俺にもようやく見えた光があった。

 

「強くなりたい。守られてばかりじゃない、なにかを守れる自分になりたい。誰かを微笑ませてあげたい。誰かを安心させてやりたい。誰かに……幸せだ、って思わせてやりたい」

 

 思いが溢れる。

 この世界でどれほど焦がれたところで、決して幸せにはしてやれない人達が居る。

 それでもいつかは届くと信じて、自分を高めている。

 こんな俺でも“幸せだ”と思えたんだ。

 みんなにも幸せを感じてほしい。

 このままじゃあ駄目なんだ。

 たくさんの約束がある。

 たくさんしてやりたかったことがある。

 まだまだ見ていたかった、覇道の先があったのに───

 

「嘘吐きの自分のままでいたら、きっと顔向けなんて出来ないから。だから───俺は今の自分より、あの時の自分より強くなりたいって思ったんだ」

 

 見えた光……覚悟という、全ての行動に必要なもの。

 それをあの世界で知って、俺は少しは強くなれたんだと思う。

 この世界で……そう、じいちゃんが言っていたように、現状に溺れていては絶対に手に入らなかったものを手にすることで。

 

「……ふむ」

 

 俺の言葉を真っ直ぐに受け止めて、じいちゃんは顎を撫でた。

 片目だけ閉じて、口をへの字にして。

 しばらくすると……なにがおかしいのか、カッカッカと笑い出す。

 

「え……じいちゃん?」

 

 そして竹刀で俺の頭をポコっと叩くと、ふぅ、と笑うことをやめる。

 

「守りたいものか……女か?」

「…………それだけじゃない、かな」

「ほう。では家族か」

「ああ。それは断言できる」

 

 血は繋がっていない、絆で結ばれた家族。

 自分がそう思っていることを、たとえ本当の家族の前でも偽ろうとなんて思えなかった。

 

「それらがお前をこんなにも変えたか。クックッ……ああいい、なにがあったのかまでは訊かん。お前の目が見ているものはここにはない。もっと遠くのものなのだろうよ」

「えぇっ!? わ、わかるのか!?」

「ふわぁあっはっはっはっは!! 己で明かしてどうする、この童がっ!!」

「えがっ……あ、あぁあ~……もう……!!」

 

 あっさりと誘導にひっかかった自分に赤面する。

 そんな俺の横に並ぶと、じいちゃんは背中をバシバシと叩いてきた。

 

洟垂(はなた)れ坊主をここまで変えてくれた何かに、いまさら何をどうこう言うつもりもない。興味はあるが、お前が真っ直ぐな目をしておるのならそれでよいわ」

「うぅう……」

「腐るでないわ、一刀よ。お前はお前の信念を以って強くなれ。努力が足りぬなら一層の努力をせい。お前はまだ若いのだ、時間など売るほどあろう」

「……ああ」

 

 その“時間”がいつ無くなるのかはわからない。

 強くなってから行きたい気持ちと、行けるのなら今すぐにと思う気持ちとがごっちゃになっているくらいだ。

 でも……うん。

 

「なぁじいちゃん。もし……もしもだけどさ。俺が守りたい人が俺よりも強い人で、俺に守られる必要もなかったら……俺が強くなる意味って、何処にあると思う?」

「ふむ……」

 

 ポン、とじいちゃんが俺の頭に手を乗せる。

 

「その者は、強いか?」

「強い。今の俺じゃあ、どうやったって勝てないよ」

「そうか……ならば、今はまだ守られておればよい」

「え……でも俺……」

「守ろうとすることと、守れないのに出娑張るのとでは意味が違う。そんな背中に守られようが、逆に相手が不安に思うだけよ」

「う……」

 

 そう……なのかな。…………そうか。

 もし俺に子供が居たとして、“父を殺さないでくれ”と幼子が盾になったところで、俺は逆に幼子の身を案じてしまう。

 それは状況として、俺が言ったものと似ているのだろう。

 

「だが、先にも言った通り“現状に溺れるな”。今守られているのなら、いつの日かその者の力と同等、もしくは越す力を得た時こそ……全力で守ってやれ。それが恩を返すということだ」

「じいちゃん……」

「守る方法は、なにも力だけではない。身を守る、心を守る、笑顔を守る……他にも腐るほどあろう。お前が守りたいものが、どうしても力が必要なものならばとやかくは言わん。が、力を求めすぎて、“守るもの”の意味を忘れるでないぞ」

「……力がないなら、べつの方法でべつのなにかを守れってこと?」

「力を振るい続ける者はやがては修羅にもなろう。そんな者が修羅にならずに済むにはどうしたらいい?」

「……誰かが……えっと。うん。……誰かが傍に居て、話してやればいいんじゃないかな。あ、いや、ちょっと違う……えっと…………ああ、これだ。“日常”を思い出させてあげればいいんだ」

「それがお前の答えならば、儂はなにも言わん。儂が言ったことを鵜呑みにされては、間違いを儂の所為にされかねん」

「しないさ、そんなこと」

 

 じいちゃんの言葉に、それだけはすぐに返せた。

 そうだ、そんなことはしない。自分の行動に責任を。自分の行動に覚悟を。誰かに任せて、失敗すれば誰かの所為にして自分の罪を軽くするなんてこと、俺はしたくない。

 そんな自分に至りたくないから、こうして自分を高めようと思えるのだから。

 

「ふむ……では再開するとしよう。その格好のままでいいのか?」

「訊くだけ訊いて再開!? う、うー……いい、どうせまたすぐ汗かくんだし。でさ、次はなにやるんだ?」

「基本は叩きこんだ。音を上げずによくも耐えたと言っておこう……そこでだ」

「ああ」

「お前が望む“方向”を聞いておく。お前が望むのは一対一か、それとも多対一か」

「───」

 

 なんで、と口が動きそうになる。

 多対一……それは戦場でもない限り、こんな平和な世界じゃあ有り得ない。

 剣道部に所属していることも知っているじいちゃんが、どうしてそんなことを言うのか。その意味を小さく探してみて……もしかしたらと考える。

 

「……なぁ、じいちゃん。どうして俺が多対一を望むなんて思うんだ?」

「む? それは本気で訊いているのか?」

「え? あ、ああ……うん、本気、だけど」

 

 どうしてさらに問い返されるのかもついでに考えてみたけど、やっぱり答えは見つからない。

 

「……お前の動きだ。時折、一人で見えないなにかと剣を交えているだろう。それを見ていて思ったが、どうにも相手一人を見据えるというより、群がるものを薙ぎ払うような動きをしている。剣道で言うならば面、突き、籠手、胴……目の前に集中し、最小限の細かな動きで狙えばいいものを、わざわざ大振りにしての横薙ぎ。お前は三人四人の相手から同時に胴でも取りたいのか?」

「うぐ……」

 

 言われてみれば、思い当たる節はあったりした。

 男なら、自分が敵を圧倒的な力で薙ぎ払う場面を想像したことがあるだろう。

 たとえば漫画や映画を見たとき、自分だったらもっと圧倒的に格好よく。

 たとえばゲームをやったとき、自分だったらこういった動きで圧倒させるのだ、と。

 ふざけながら稽古をしている気はもちろんないが、人間の頭ってやつはそう簡単に集中をさせてはくれないわけで。

 あの世界で戦いが終わったとしても、何処かから新たな脅威はあるかもしれない。そんな時に、たった一人の相手だけで手間取る自分でいたくなかったのだ。

 

「しかし、そうかと思えばたった一人を前に構える様子を見せる。それを考えれば多対一か一対一かと問いたくもなろう」

「う……」

 

 多対一の理由は、“強くなった自分がどう立ちまわれるのか”を考えていたため。

 逆に一対一のとき、俺の思考を占めていたのは……あの日向かい合った春蘭の幻影。

 打ち合ったとはいえないものだったけど、“刃物”と向かい合う機会なんてものはあれくらいだった……けど、どれだけ立ち回ってみても躱したりするので精一杯だった。

 あの日、結果的には勝てたけど、一撃を当てるだけでいいという破格の条件を出されてようやく、ってくらいだ。

 現実で言えばじいちゃんにも勝てない俺が、あの世界で渡り歩くためにはまだまだ修行が───

 

(…………あれ?)

 

 ───足りない、と続くはずの考えの中に、小さな違和感。

 こちらから攻めなかったにせよ、“あの夏侯惇将軍”の攻撃を木刀で受け流したり躱したりをした?

 その前には凪と手合わせをして、武人を相手に近づかせないように牽制することが出来た? ただの学生で、多少剣道をかじった程度の俺が?

 

「…………」

 

 そこまで考えて、やっぱり随分と手加減をされていたんだろうという答えに落ち着く。違和感は完全には晴れなかったけど、今はじいちゃんとの話に集中しよう。

 えぇと……戦いにおいての心構えの在り方、だったよな……うん。多対一でいくか一対一でいくかを考えていたはずだ。

 竹刀や木刀でどれだけ剣を学んでも、あの緊張感に勝るものはそうそうない。

 ……あの世界で木刀を手に戦ってくれる相手なんて、仕合と呼べる場合以外には居ないだろう。

 だから、凪や春蘭と向かい合ったあの時の緊張感を忘れずに、立ち向かう自分を保てるようにと立ち回っていた。修行の合間に一人で、記憶の中の凪や春蘭と向かい合って。

 そうして出来たのが、一対一でも多対一でもない構え。

 そんな俺を、じいちゃんは笑うだろうか。方向性が定まらない、はっきりしない自分を。

 

「ふむ……方向性がまるで定まっておらんな。だが、笑う気はない」

「───え?」

 

 予想外もいいところ。

 てっきりさっきまでと同じように豪快に笑われると思った。だから、じいちゃんに「なんて顔をしている」と言われるまで、自分がヘンな顔をしていることにさえ気づかなかった。

 

「真剣に願ったのだろう? 強くなりたい、守りたいと。その目指す場所が三人相手だろうと一気に薙ぎ払える己であるなら、どうしてそれを笑うことが出来る。胸を張れ、一刀。到達したい場所があるというのは、それだけで前を向いていられることなのだ。男の土下座の意味を、挫けることで見失うほどの馬鹿でありたくないのなら───」

 

 ───胸を張れ、と。言いながら俺の目の前に立ったじいちゃんが、俺の胸をドンッと殴った。

 途端、胸に湧くのは───覚悟、だろうか。

 

「………」

 

 ……泣きたくなった。

 明確な理由も話さないのに、ただ強くなりたいと漠然ともちかけた自分を、こんな風に言ってくれる祖父の心を受けて。

 “この人は俺を信じてくれている”───本気でそう思えた。

 ……報いてやりたい思いがいっぱいある。

 中途半端なままじゃない、自分が至れる精一杯の未来。

 その第一歩として、この人に下げた頭は、決して……決して間違いなんかじゃあなかった。

 

「…………なぁ、じいちゃん」

「む? どうした」

「……長生き……してくれよな。俺、いつか絶対に恩を返すから」

 

 あの世界でだけじゃない。この世界でも返せるように。俺は……もっと強くなろう。

 いつかじいちゃんが自分を守れなくなった時、せめて俺なんかの力でも守ってあげられるように。

 

「……ふっ……ふ、ふわはははははっ!! 恩返しときたか! はっはっはっは! ならばとっとと曾孫の顔でも拝ませろっ! 名づけの親くらいにはなってやるわ! それが最高の恩返しよ!」

「ひまっ……!? あ、あのなぁじいちゃん!」

「ふふふはははは……! ほ、ほれっ……くく、とっとと構えぃ、ククク……」

「あんまり笑わないでくれ……これでも本気なんだから」

「わかっておるわ。───あまり長くは待てんぞ……それまでに儂を越え、子供に胸を張れる強い親であれ、一刀よ」

「───! ……ああっ!!」

 

 竹刀を構える。

 防具はもとより無く、より実戦的な状況に身を置くために胴着だけの姿で。

 

「…………うん」

 

 胸を張ろう。この人を師として仰げることを。

 胸を張ろう。この人の孫として生まれたことを。

 胸を張ろう。いつか、弱くなってしまった誰かを、自分が持っている“なにか”で守ってあげられるように。

 胸を張って生きていこう。辿り着いた未来で、後悔はしても前だけは向いていられる自分でいられるように。

 そんな全ての想いを胸に集めて、それをさっき、じいちゃんがしてくれたようにノックすることで───胸に刻み込む。

 口にすることは一つだけ。

 きっと、それだけでいい。

 だから、こんな言葉を口にする。

 

「覚悟───完了」

 

 教えを胸に、構えを正してじいちゃんと向き合う。

 湧き上がる高揚と、前を向くための理由が合わさって、今までにない真っ直ぐさで、俺は───!

 

「っ───あぁあああああああっ!!!」

 

 踏み出した一歩が、道場の床を叩くように音を立て、前に出た体は真っ直ぐに祖父へと向かった。

 笑んでいたじいちゃんの表情はすでに硬く、向かってゆく俺の背中に冷たいなにかを走らせた。

 予備動作と呼べるのか、すぅ、と静かに動くじいちゃん。

 そこからの記憶があまりないっていうことは、また一撃でのされたんだろう。

 そうやって未熟な自分を散々と叩いてもらいながら、自分は出会う人に恵まれたな、と……静かに思った。

 


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