真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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17:呉/今はまだ気づいていない、その違和感②

 まあ……そんなこともあって。

 

「そっち行ったわよ! 蓮華!」

「はいっ! 雪蓮姉さまっ!!」

 

 雪蓮が適当な理由をつけて呼んだ援軍が俺を捕まえようと躍起になり。

 

「ほれ亞莎っ! そこじゃっ!」

「ひゃうっ!? ごご、ごめんなさい一刀様っ!」

「ごめんって言いながら暗器を飛ばっ……っと、たわっ!? ギャアーッ!!」

 

 鍛えた体と氣を駆使して逃げるが、やはり多勢に無勢。

 

「あ、あっ……あのなぁ雪蓮んんっ! 病み上がりの人にこの仕打ちってどうなんだー!?」

「一刀が逃げるからでしょー!? 大人しくお礼受け取ってって言ってるのにー!」

「冥琳が無事だったならそれでいいじゃないかっ! なのにそのお礼が呉の女性とよよよ夜をともにするとかっ……滅多なこと言うなこのばかっ!」

「あー! 馬鹿って言ったー! 一国の王を馬鹿呼ばわりしてただで済むって思わないでよ一刀ーっ!」

「みんなが冥琳のことをどれだけ大切に思ってたのかは、そのお礼の内容だけで十分わかったからっ! だだだけど俺は魏に全てをだなっ……!」

「ぶー、いいじゃなーい、華琳から許可は得てるんだしー! いっそほらー、蜀の子たちも落としちゃって、大陸の父になっちゃえばいいのよ。私、今さら誰か適当な男との間に子供なんて欲しくないし───って、あー! 逃げたーっ!!」

「逃げるわぁあああっ!!」

 

 亞莎に暗器で狙い撃ちされそうになるわ、角を曲がったところで蓮華に斬り殺されそうになるわ、祭さんに矢で射抜かれそうになるわ……!

 雪蓮はいったいどんな理由でみんなを集めたんだ!? 明らかに殺意が篭ってるだろこれっ!!

 

「うえぇえっ!? あ、あのっ、孫策さまっ!? わわ私、一刀様が国の宝を持ち逃げしようとしたとっ……!?」

「うん? 策殿、儂は北郷が、儂に贈られるはずだった酒を独り占めしたと聞いたが───」

「なっ……どういうことなのですか姉さま! 私には北郷が姉さまの大事なものを奪ったと!」

「しぇぇえええれぇえええええええええんっ!!! どれだけウソ並べてるんだお前はぁあああああっ!!!」

 

 聞いてみれば捏造上等もいいところ! そしてみんなもそんなウソをポンポン信じないでください!

 

「こ、細かいことはどーでもいいからっ、とにかく捕まえて! このままじゃ一刀、蜀に行っちゃうんだからっ!」

「! ったぁああああっ!!」

「うおぉおっ!? え!? なっ……く、鎖分銅!?」

 

 亞莎の長く余った袖から伸びた幾束の鎖が、俺の左腕へと巻き付いた!

 なんてこと……亞莎が! 亞莎が何故か積極的に俺の捕縛に踏み出した!? しかも、戦いに身を置く男として、地味にだけど一度は体験してみたかった腕縛りまでして! ……なんか物語の主人公になったみたいでちょっぴり嬉しい……!

 こ、この、ほらっ! 引っ張られるままにギリギリと耐えるのがなんとも!

 

「ほお……帰るか。それは事実か、北郷」

「祭さんっ、ほお、とか暢気に構えてないでっ! 事実は事実だけど、まず助けてからにしません!? ……つーか痛っ! 鎖痛っ!!」

 

 何気に痛い! 何気っていうか普通に痛い!

 こんなの巻き付けられて踏ん張れる人、凄いよ素直に! 俺も踏ん張ってるけどさ!

 

「かずっ……一刀様っ……帰って、しまうんですか……?」

「亞莎まで……! 確かに帰るけど、またいつか遊びに来るからっ、ていうかさ、みんな勘違いしてないか!? 俺はなにも今すぐ帰るだなんて言ってないぞ!?」

「だが帰るのだろうっ?」

「蓮華……それは、うん。帰る」

「! …………うぅうぅぅううぅぅ~……!!」

「ぎゃだぁああああーだだだだっ!? ちょちょちょ亞莎!? 痛っ! 引っ張らないで引っ張らないでぇえーっ!!」

 

 引っ張られると、ミリミリと肉が……腕の肉がぁああっ!!

 鎖ってよく出来てるなぁ! 交互に横と縦とが混ざってて、相手を絞め付けるのに丁度いいったらない!

 けどこうして踏ん張ってる限りは……たとえ格好悪くても無理矢理抜け出す!

 巻き付いてるからって、なにも両手が不自由なわけじゃないんだっ、こうしてこうして、外してしまえば……!

 

「わっ! 分銅引っ張って一つずつ外しにかかってる! 亞莎、もっときつく引っ張って!」

「千切れるわぁっ!! あーもうっ───頼むから落ち着いてくれぇえええっ!!」

「! 逃げたわ! 追うわよ明命!」

「はい蓮華さま!」

「あれぇええっ!!? 明命までいつの間に!?」

 

 で、鎖を丁寧に解いて逃げ出してみれば、いつから居たのか明命までもが謎の捕り物帳に参戦!

 いやむしろ、逃げるたび追い詰められるたびに人数は増え……───

 

……。

 

 で…………

 

「ゴメンナサイ……もう逃げませんから……追い続けるの、勘弁してください……」

 

 いつしか、中庭の中心で自主的に正座して、呉のみんなに囲まれている俺が居た。

 追われるのって辛いね……神経がジリジリと磨り減っていく気分だよ。

 

「じゃあ一刀、呉の父に───」

「あ、それは嫌だ」

「えー? ……むー、じゃあ仕方ないか」

(ほっ……)

 

 拒む俺を前に、少し口を尖らせたものの、本当に仕方ないって顔で頷いてくれる雪蓮。

 ……うん、話して解らない人じゃないんだ。ちゃんとこうして、真正面から嫌だって伝えれば───

 

「じゃあ命令ね? 一刀、呉の───」

「おわおあうぇあいあぁああああああああっ!!!! なななななんてこと命令しようとしてるかぁあーっ!!」

 

 前言撤回! 話してもわかってくれませんこの人!!

 

「だって仕方ないじゃない。一刀、頷いてくれないんだもん」

「頷けるわけないだろっ! 俺の全ては魏のもので───」

「その魏の象徴である華琳が、手を出していいって言ったんだけど?」

「い、やー……そ、それはそのー……そ、それにしたってさ、俺の意思くらいは尊重されるべきじゃないか?」

「うん。だから命令で───」

「それ一番尊重してないからァアアアアッ!! 俺の意思全然関係ないからァアアアッ!!」

「んー……そうでもないでしょ? だってほら、命令を受けるのは民の罪を被ったからで、一刀が進んで頷こうとしたものじゃない? 私ね、一刀はたとえ華琳が言い出さなくても、民が助かるんなら~って言いそうだと思うの」

「………」

 

 空いた口が塞がりません。

 それどころか話せば話すほど、どんどんと逃げ道を塞がれていっているような……!

 

「ね、一刀。私はべつに、一刀に無理矢理な要求をしてるつもりはないの。一刀が本当に私達とは関係を持ちたくないっていうなら、もうこの話は終わり」

「雪蓮……いいのか?」

「いいわよ。強要しても頷いてもらえないなら仕方ないし。……でもね、覚えておいて。私達はいずれ男を受け入れて子を成すわ。誰のためでもない、国のために。たとえ相手のことが好きじゃなくても、いつかは強制されることになるかもしれない。一刀は……そういうの、手放しに祝福できる?」

「い、いやっ、けどさっ! みんなだって俺のこと、そういう意味で好きでもないんじゃ───」

『そんなことないですっ!』

「うわっと!?」

 

 好きでもないんじゃないか、と続けようとした俺に、明命と亞莎の声が重なった。俺は思わず息を呑み、正座したままの状態で硬直。

 自分の声に驚いているのか、同じく固まっている二人に「ア、アノー……?」と小さく声をかけると、二人は真っ赤になりながらも言葉を並べてくれた。

 

「か、一刀様っ、私は……子を宿すなら、一刀様との子がいいですっ」

「わ、わわわ、わたっ、わたひはっ……! 私もっ……他の人となんて、考えるだけでも……! …………怖い、です……!」

「………」

 

 いつの間にそこまで好感度が上がったのか、なんて疑問が走るものの、そもそも男性と話すきっかけ自体が非常に少ない皆さまである。少し考えれば、親しくなって気心が知れて、重くないし一緒に居て楽しいし気が楽だと感じれば、好感度云々以前に、親しくもなければ知りもしない相手よりかは、と考えるのは当然かもしれなかった。

 けど、結論から言えば、俺は二人の言葉を聞くべきじゃあなかったんだ。

 俺は結局断ることしか出来ない。魏を思えばこそ、辛い鍛錬にも耐えられたし、魏に戻りたいと思い続けたからこそ、今の自分が居る。

 もしそういった意味で二人が“俺がいい”と言ってくれるのなら、俺は余計にその告白を受け容れられない。

 

「……かっ、いい若いモンが何をうだうだ悩んでおるか……北郷!」

「は、はいっ!?」

 

 悩んでる最中に、よく通る祭さんの声が俺の耳と貫く。

 俯きかけていたために猫背になっていた体がシャキーンと伸び、そんな俺を見下ろしながら祭さんは続ける。

 

「どうせ国がどうとか魏がどうとか考えておるのだろうから訊くがな。お主の気持ちはどうなんじゃ。肝心なのは魏でもなんでもなく、そこじゃろう」

「……それは」

「男ならばはっきりと言ってみせんか。好きか嫌いか。結局はこの二択だろうに」

「………」

 

 あのー……祭さん? それが難しいからいろいろ悩んでいるんですが?

 俺は“魏が”好きだから、同盟国だからって他のところに手を出したくないんだ。

 

「みんなのこと、嫌いじゃない。むしろ好き……なんだと思う。でもさ、じゃあ祭さんはどうなんだ? 子を成すにしても、俺みたいなヒヨッコ相手でもいいって頷けるのか?」

「む? …………な、なに?」

「え? ……あ、いや、だから、俺なんかで───」

「………」

「………」

 

 しばし沈黙。

 祭さんは何を言われたのかが解らないといった風情で、しばらく顎に手を当て目を線に、口をへの字口にして考えこんでいる。

 

「あー……つまりなんじゃ? お主は儂とまで子作りをしたいと。そう言いたいのか? いやそもそも、この老人まで孕ませるつもりでいたと」

「ふえぇえあぁあぅ!? え、えっ!? そういう意味で言ってたんじゃないの!? ───違うの!?」

「ふ……ふわっははははは!! いやいや結構! そうかそうか、それも悪くないやもしれんっ!」

 

 急に上機嫌になった祭さんは、豪快に笑いながら正座中の俺の横に屈むと、バシバシと背中を叩いてくる。

 ああ、なんだろうかこの地雷臭は。踏んでしまったが最後、逃げることも出来なければ死を選ぶのを俺が嫌だと思うこの八方塞がりな状況。

 いや、解ってる。拒否すればいいんだ。俺は魏が好きだから、みんなとは一緒になれない、って。どれだけ泥を被ろうとそうすると決めたなら、そうしないのが逆に不自然…………なのに。

 

「まさかこの歳で子を育てることになるとはのぉ……世の中、一手先も見えんものだわ」

「うー……祭さんはさ、それでいいの? その……相手が俺なんかで」

「うん? なんじゃ、そんなことを気にしておったのか。その答えならば、策殿が似たようなことを言っておったじゃろう。儂は自分が認めた者以外の男の子を成すなど、許容しきれんわ」

「……それが国のためであっても?」

「真に必要ならば埒も無し。儂の意見など無視されて然りじゃ。……が、今はお主がおるじゃろう。この老人の発言が通されるのであれば、生娘的な意見ではあるが、どうせならばお主との子を選ぶじゃろうな」

 

 言いながら立ち上がり、両腰に片手ずつを当て、けらけらと笑う。

 いつも楽しそうだよなぁこの人……じゃなくて。“どうせなら”って……これは喜ぶところなのかがっくりするところなのか? 

 

「なんじゃ。どうせなら、という部分が不服か? 物事がどちらに傾いているかなど、時と次第によるものじゃろうが。自分に傾いているうちは、手放しに喜んでおればよいわ。男ならどしっと構えんかい」

 

 言いながら、祭さんがどしっとした構えをする。

 ……この人を前にどしっと構え続けられる人が居るなら、見てみたいよ俺。

 

「ほら一刀。賛成ばかりみたいだけど?」

「賛成って……まだ明命と亞莎、祭さんくらいじゃないか」

「そんなことないわよー。私に蓮華に小蓮に───」

「姉さまっ!? いつ私が賛成などと言いましたかっ!」

「わっ、ちょっと蓮華、急に怒鳴らないでよ」

 

 指折りに名前を挙げる雪蓮に、横に立っていた蓮華が待ったをかける。

 俺はそんな景色を横目に、中庭の広さを眺めながら現実逃避を……したかった。問題が問題なだけに、適当にはぐらかすわけにはいかなかったのが理由である。

 というか祭さんがどいた途端に背中、というか首に抱き付いてくる小さな暖かさに苦笑し、それどころじゃない。

 ああ……目に見える東屋の近くで、亞莎とごまだんごを食べた平和さが懐かしい……。

 

「あのー……雪蓮? いろいろ問題が出てくるだろ。シャオだってまだこんななんだし」

「あーっ! ちょっとそれってどういう意味ー!?」

 

 首に抱き付いているシャオが耳元で叫ぶが、話を通すなら多少無茶をしなければいけないときがあるんだっ……!

 ……あるんだよ? あるのに、自分で自分の首を絞めている気がするのはどうして───はっ!?

 

「え? 問題ないでしょ? だって一刀、魏でも季衣や流琉に手、出してるんだし」

「ぐはっ……!」

 

 気づいた時には手遅れ。というかその情報源は何処ですか?

 ともあれ自分で逃げ道を塞いでしまった俺は、ぷんすかと怒るシャオに絡まれるためだけの発言をしてしまったことに、激しく後悔した。

 いいんだ……僕もういろいろといい……。草むらを走る蟻でも眺めてよう……。

 

「ひ~と~り~が~大好きさ~……。ど~せ死ぬときゃ……ひとり~きり~……」

「……? 一刀、それなに? なんの唄?」

「いや……なんでもない……」

 

 首に抱き付いたまま、肩越しに俺の顔を覗いてくるシャオの頭をぽんぽんと撫で、いっそ目の横の面積分、滝の涙を流したいような気分でがっくりと項垂れた。こういう時に限って見つからない蟻に、僅かな逆恨みを飛ばしながら。

 

「………」

 

 顔をあげれば、ギャースカと騒ぐ雪蓮と蓮華。それを酒の肴にでもしたいといった風情で笑う祭さんと、目を閉じつつ何も言わない思春。

 そして、「一刀様の子供……」と言いつつ、顔を真っ赤にしている亞莎と明命。

 俺の首にはシャオが抱き付いていて……で、そんな俺の正面に屈み、にこーと笑う影ひとつ。

 

「なぁ、まさか陸遜までこんなことに賛成とか……言わないよな?」

「いえいえぇ、私は賛成ですよ~? ……他でもない、私のあんな姿を見てしまった殿方ですからぁ」

「……あんな姿もなにも、呼ばれて行ったら勝手にあんな姿してたんじゃないか……」

「あぅ、あれはその、耐えられなかったといいますかぁ……」

「とにかく俺はあいぃぃぃぃいーっ!?」

 

 喋り途中の俺の耳を襲う謎の痛み! いや、謎なんて何もなく、首に抱き付いていたシャオが俺の耳を引っ張ったんだが……!

 

「あんな姿ってなに!? 一刀ってばシャオっていう妃が居ながら、他の女とーーーっ!!」 

「だだ誰が妃だーっ!! 最初っから言ってただろぉっ!? 俺は魏と、華琳とぉおあぃたたたたぁあーっ!! 耳っ! 耳千切れるいだぁたたたたぁあっ!!」

「なぁにっ!? この期に及んでまだ他の女の名前を出すのっ!?」

「だからっ、他の女もなにもっ! 俺は華琳あぃだだだぁああーっ!!」

「あぁ~、そうでしたそうでした。一刀さん、私のこと、これからは穏と呼んでくださいね?」

「うわっ! さらりととんでもないこと言われた気がっ! ちょっ……陸遜!? そういうのはもっとこう、こんな騒がしさのない場面で……!」

「冥琳様を救ってくれたんですから、これくらい当然ですよぅ? ……むしろ今まで真名で呼ばせてほしいそぶりを全然見せてくれなかったのが、穏的にはとても寂しかったといいますか……」

 

 あ、いじけた。

 

「でもですね、こうなれば本のことも解決すると思ったんですよ一刀さぁん。なにせ、興奮してしまったら……一刀さんに鎮めてもらえばいいんですからぁ」

「ヒィッ!? な、なにやら寒気がっ……!?」

 

 一度足を踏み入れたら、足腰立たないまで絞り尽くされる未来を、我が五体が案じているような……!

 え? 案ずるより産むが易し? 易くなる前にべつのものが産まれるからっ!! むしろ一線踏み越えてる時点でアウトだアウトッ!!

 

「こっ……ここ、こ……!」

 

 こんな時、普段からみんなを諫めてくれる存在……冥琳が居ないのはとても辛い。……辛いのと同時に、普段から冥琳にどれだけの苦心があるのかが少しだけわかった気分だった。

 

「……あ、あのさ。俺、どちらにしてもそれを受けるわけには……」

「一刀はシャオが知らない男に孕まされちゃってもいいっていうのー!?」

「こらこらこらこらこらぁあっ! 孕ますなんて言葉を軽々しくだなぁっ!」

「か、一刀っ! 貴方はっ……小蓮に変な言葉を教えてどうするつもりなの!?」

「蓮華さん!? 話聞いてた!? 俺はむしろ叱ろうとしてたところで!」

「というわけで決定ね? 私達は呉に天の御遣いの血を受け容れる。で、一刀にはその手伝いをしてもらう方向で」

「待ってぇええーっ!!」

 

 ワーイ俺へのお礼だとか言いながら俺の意思は完全無視だーっ!! もうほんとどうしてくれようかこのお天気国王様はぁああっ!!

 

「ハッ!? そ、そうだ! お礼だっていうなら、一つだけ叶えてほしいことがあるっ!」

「えー……?」

「なんでそこで嫌そうな顔するの!? おっ……お礼だろ!? お礼なんじゃないのか!?」

「じゃあ今決めたことを否定するようなお礼は無しね? これは命令。いい?」

「でも否定以外の言葉でお礼が成立したら、そもそもお礼としての口実は無くなるわけだから断っていいんだよな?」

「じゃあやっぱりだめ」

「おっ……王様がそう簡単に発言を撤回しないでくれ頼むからっ……!」

 

 そうは言うものの、「言うだけ言ってみて」と拗ねた顔で言われたために、話を進める。

 叶えてもらいたいものっていうのはあれだ、壊してしまった椅子。厳密に言えばヒビというか亀裂が走ってしまった木製の綺麗な椅子のこと。

 

「実はさ、部屋で鍛錬してたら木刀が椅子に当たっちゃって……少し亀裂が入っちゃってて、それを許してくれればなーと……」

「…………」

 

 口にして聞かせてみると、雪蓮は困ったようながっくりしたような重い面持ちで顔を片手で覆い、

 

「一刀……あれはね、実は我が孫家の家宝で───」

「家宝が置いてある部屋を他国の客が寝泊りする場所に宛がうヤツが居るかぁっ!!」

「わっ、もうばれた」

「………」

 

 あ……なんかもう悩んだり叫んだりで疲れた……。

 このままここに居たら、俺……いつか誘惑に負けちゃいそうで怖いよ……。

 

「あ、あのさ……朱里と雛里はまだ蜀から戻ってないのか?」

「…………ああっ!」

「?」

 

 俺の言葉に、雪蓮がポムと手を叩く。名案だっ、といった顔で。

 あのー……なんですかその、じゃー朱里たちが蜀から来なければいーんだー、みたいな顔は───ってそれが答えかっ!

 

「もし朱里と雛里が来ないようだったら、俺一人でも蜀に行くからな?」

「えー? 一刀ずるーい!」

「ずるくないずるくないっ……!」

 

 本当にやる気だったのか……雪蓮、怖いコッ……!

 と、いい加減話を進めないといつまで経っても正座のままだ。

 ……いい、もうぶつけよう。真正面から、逸らすことなく。

 

「……みんな、聞いてくれ」

 

 真剣な面持ち、真剣な声に、みんながいろいろと言葉を投げるのをやめ、視線を俺へと向ける。

 そんな中で俺はすぅ……と深呼吸をしてから───言葉を紡いだ。

 

「俺は……魏に全てを捧げたつもりだし、魏のために生きて魏のために死ぬ。その覚悟もある。たしかに呉に来てからは“呉のために尽くそう”って覚悟は決めたけど、それは魏のみんなに後ろめたいことをしてまで、やらなきゃいけないことじゃない。だから……悪いけど、この話は受けられないよ」

 

 噛み締めるようにしっかりと。みんなに届くようにはっきりと言葉にして、息を吐く。どんな理由があろうとも、たとえ華琳が許可していようとも、華琳以外のみんなが頷いてくれるとは限らない。

 そもそも俺がそれを頷けないんだ、仕方ない。

 

「……はぁ。一刀って結構強情なんだ。なに言われても曖昧にうんとかああとか言うだけかと思ってた」

「この世界に下りる前の俺だったらそうだったかも。けど、この世界で戦を知って、人の生き方っていうのを知ったらさ。きっともう、曖昧なままでなんていられない」

「………………惜しいなぁ。一刀がそもそも呉に下りてくれてたら、こんなややこしいことにならなかったのに」

「俺が呉に? ……みんなの足を引っ張るイメージしか湧かないけど」

「そ? 結構頑張ってくれたんじゃないかなーって思うんだけど。ほら、頑張り屋だし」

「はは、頑張り屋になったのは華琳たちと別れてからだから。どの道役には立てなかったよ。大方、思春に怒られてばっかりでひぃひぃ言ってたと思うよ」

 

 そう。“起こること”についての助言は出来ても、解決は出来ないと思う。

 もし時間軸ってものがあるとして、並列上に呉に下りる俺が居たとしたら、いったいどんな道を歩んだだろう。

 あの時の俺が自分を削りながら秋蘭を守ろうとしたように、雪蓮を守るために身を削ったんだろうか。冥琳が死なないようにと頑張れたんだろうか。

 考えたところでわかるはずもないんだけど……どうしてだろうな。最後はきっと笑っていられたって、そんな気がした。

 

「じゃあもうあれね。ようは後ろめたいことじゃなくしちゃえばいいのよ」

「…………へ?」

 

 話の結末がどうあれ、ようやく正座も終わらせていいかなって頃。

 にこーと笑って再び話を蒸し返さんとする雪蓮さんが居た。

 

「一刀、頑張って蜀の子たち落としてね? そしたら三国共通財産、同盟の証として一刀が───」 

「だからそういうのはやめてって言ってるだろぉっ!?」

「同盟の証としてなら、魏の子たちだって文句言わないでしょ? それともなに? 魏の子一人一人に許可を取りに行ってほしい?」

「───……」

 

 気が遠くなるのを感じた。たぶん真っ青だよ俺。

 魏のみんな一人一人に許可を取りに……? そんなことしたら───

 

 

 

-_-/軽いイメージです

 

「なにぃ? 北郷の血を呉に入れる? 北郷一人の血で呉を血まみれにできるのか?」

「姉者、それは意味が全然違う。……我々は華琳様が良しとするなら異論はない」

「北郷の血を? 血なんて言わないで北郷ごと貰ってほしいくらいだわっ、汚らわしいっ」

「へぇ、一刀の血ぃを……そんならいずれは呉が一刀の子ぉでいっぱいになるっちゅうことか。っははー、そら面白そうやー♪ けど断る。一刀はウチらのもんや、誰にも何処にも渡さへん。それが天であってもや」

「せやなー、姐さんの言う通りや。ただでさえ魏の将全員に手ぇ出しとるゆーのに、呉なんかに流れた日には……」

「きっと呉が妊婦だらけになるのー!」

「自分は反対です。が、隊長の判断に委ねるつもりでいます。……自分は隊長を信じていますから」

「はー……やっぱり予想通りに呉の皆さんに手を出しちゃったんですねー……。お兄さんは本当に見境なしです。もはや女の子だったらなんでもいいんですかー?」

「わざわざ呉王自らが許可を取りに来るとは……はっ! まさかすでに責任問題になるほどのことを……う、ぶぶ……ぶーーーっ!!」

「血を入れるってどういう意味だろ……よくわからないけど、もし兄ちゃんを傷つけるようなことだったら、ボクが許さないから」

「血を入れるって……わ、わわ……兄さま、他国の人にまで……」

「だめだめだめだめぜ~~ったいだめー! 一刀は私のなんだからー!」

「ちょっと姉さんっ、一刀にはちぃが先につばつけたんだから、一刀はちぃのものよっ!」

「ちぃ姉さん、つばとかそういうことは、あまり大声では言わないで。それと、一刀さんは三人のもの、でしょう?」

 

 

 

-_-/一刀

 

 …………。ちらりと想像してみても、とても微妙だった。

 いろいろあるみたいだけど、どう転んでも“華琳任せ”になりそうな予感。その華琳が許可を出しちゃってるっていうのに。

 そうなったら……あれ? 俺が断り続ける意味、もしかしてない?

 

(……俺の意思ってどこにあるんだろ……)

 

 もちろん俺の中だけにだろう。

 そんな俺が断り続けても、だめ、却下、と言われるのなら……もういっそ、みんなに委ねるべきなのだろう。

 

「わかった。けど俺は断ったってこと前提で話をしてほしい。じゃないと───」

「じゃないと?」

「…………俺が八つ裂きにされそうだから」

 

 想像するだけで怖い。

 特に春蘭と秋蘭あたりには冗談抜きで殺されるんじゃないだろうか。

 「貴っ様ぁああ! 華琳様に仕える身でありながら呉の人間に手を出すとはぁああっ!」……って……痛っ! 胃ぃ痛っ!! ああ、ああもう、どうして俺ばっかりこんな目に……っ!

 

「ほんと一刀って意思がしっかりしてるのか弱いのか、わからないわよね。キリっとしてるかと思えば簡単に怯えたりするし。鍛錬の時とか国の話をするときは、すごく真っ直ぐだったりするのに」

「一番最初に“揺るがない”って言ったのに、聞いてくれない誰かさんが居るから苦悩するんだろ……?」

「……えへー♪」

「なんで嬉しそうなの!?」

 

 俺の顔をぺたぺた触り、何故かにへら~と笑う陸遜……穏の後ろに立ち、表情を緩ませて笑う雪蓮。

 こんなふうに女性に囲まれて、事実上では誘われているという状況の中……嬉しくないと言えばウソにはなるけど、喜べはしないのは、やっぱり状況が状況だからだろう。

 うん、たしかに……そもそも呉に下りてきたりしたなら、こんなに悩んだりはしなかったとは思う。

 

「じゃ、この話は終わりね? あとはこれを冥琳には内緒で魏に通して、と……」

「話そう!? そこは話そうよ! 軍師を通さず国の問題を進めるって大変なことすぎるだろっ!?」

 

 心の中でのブレーキ的な人をあっさりスルーしようとした雪蓮に、全力で待ったをかける! 冥琳なら……冥琳ならきっと止めてくれる! そう思ってたのに、あっさりスルーするなんてあんまりだ!

 

「大丈夫よ一刀。冥琳もきっと頷いてくれるから。むしろ頷かせるから」

「事前に頷かせてくださいお願いしますから!! 事後じゃあ頷かなくても意味がないってそれ!」

「むー……あ、祭ー? 冥琳起こしてきてもらっていいー?」

「おう、任されたっ」

 

 上機嫌であっさりと承諾、中庭から通路へ歩いていってしまう祭さんを成す術なく見送り、死を待つ死刑囚な気分で項垂れた。

 や、そりゃあ死刑囚がどんな気持ちで死を待つかなんてのはわからないけどさ。この、どうなるかわからない状況はとても心に毒というか……。

 

(い、いやっ、先延ばしはよくないっ! 冥琳に訊いて、ダメだって言われればきっとこの話も終わる!)

 

 “なにせ冥琳を救ったお礼”って意味らしいから、冥琳がそれを断れば全てが治まるはずなんだ!

 大丈夫、希望は捨てない! むしろこれでダメだったら、魏に戻ったあとにどうなることか……! みんなきっと断ってくれるだろうけど、“俺が呉のみんなを口説き回った”とかあらぬ噂が蔓延するに決まってるんだ……主に桂花の口あたりから。

 い、いけない……それはとてもよろしくないっ! せっかく帰ってきたのに、兵はおろか民たちからも白い目で見られるなんて冗談じゃないっ!

 冥琳……冥琳! キミだけが頼りだ! ……そもそも呉王が俺の話をちゃんと受け容れてくれていれば、こんなにややこしいことにはならなかったはずだけど。

 けど、いくら雪蓮でも冥琳の言葉だけは聞くはず! そう、冥琳……キミさえ……キミさえ───あれ? 冥琳?

 

「……はっ!? 雪蓮!? 冥琳ってもう目が覚めてるのか!? そうじゃないなら、無理に起こすのは危険なんじゃ───」

「あぁ、大丈夫よ、うん大丈夫。華佗が言うには、氣脈が一刀の氣で満たされてるから、体が慣れるまでは上手く動けないそうなんだけど……病魔は滅ぼしてあるから、体自体に異常はないんだって」

「そ、そうなの?」

「うん。でも一刀も思いきったことするわよねー、自分が死にそうになっても他人のためになんて、普通できないわよ? その人に忠誠を誓ってるならまだしも、他国の将のためになんて」

「ここに居る間は、呉に尽くすって決めたから。それなのに呉の人を救わないのはウソだし、なにより……“俺が”死んでほしくないって思ったから」

 

 天の御遣いだからなんでも出来る、なんてことはない。

 呉に来る前に氣を教わらなければ、祭さんに絶対量の増加法を教わらなければ、華佗に氣を鍛えておいてくれと言われなければ、結局自分にはなにも出来なかったに違いない。

 だから……確信できる。“求めていてよかった”と。

 誰かのために出来ることを、魏との絆として、凪から教わっていてよかったと。

 

「……ほんと、華琳……一刀のことくれないかしら」

「? 今何か言ったか?」

「うん。華琳、一刀のこと私にくれないかなーって。血のためじゃなくて、私の伴侶として」

「んなっ……!?」

 

 なんてことを仰るかこの人は! 散々と魏に生き魏に死ぬって言ってるのに、どうしてこういうことをハッキリ言えるかなぁこの人!

 などと思っていると、首に抱き付く圧迫感がさらに増し───

 

「むふー♪ 残念でしたー♪ いくらお姉ちゃんでも一刀は渡さないからねー? 一刀はもう私の夫なんだから~」

 

 背中におわす小蓮さままでとんでもないことを仰りました。

 ああ……こうなるともう流れが読めてきたような……。

 

「小蓮! なななにを言っている! 一刀がお前の夫だなどと! お前はまだまだ子供なのだぞ! お前にはもっと相応の年齢の相手をだな……!」

「そんなこと言ってぇ~……一刀のことシャオに取られるのが嫌なんでしょ~♪」

「ななななななぁあーっ!? そそそんなことはないっ! 私はかずっ……北郷のことなどなんとも……!」

「……すぐそーやって隠す。シャオ知ってるんだからね? このあいだ、東屋の傍で一刀に膝枕してもらって、ごろごろ甘え切ってた───」

「わあぁぁぁーっ!! うわぁあああああーっ!! しゃっ……しゃしゃしゃ小蓮んんんっ!!! い、いつからっ……!!」

「“貴方だけには甘えてもいいんでしょう? この一時だけ、私が休める場所でいて……”ってところから」

「~っ……!! ~……!!」

 

 うわ赤っ!! 涙目になって凄く赤くなってる!

 シャオの言い方はやたらと大げさで、冷静で居られていればウソだって思われそうなものなのに……そこまで真っ赤になったら、もう事実だって認めてるようなものじゃないか……。

 

「まあぁ~……♪ 蓮華さまったら一刀さんにそんなことを~♪」

「へー……蓮華も結構やるわね……ほんとなの? 一刀」

「や、それはヒィッ!? サッ……サーイェッサー!! 黙秘します!!」

 

 怖ッ! 眼力で人を殺せるよ今の蓮華! 正座しながらつい敬礼しちゃったよ!

 

「あはは、まあその態度で丸解りだから、訊くまでもないか。一刀も罪作りな男ね~♪ 孫呉の将全員に気に入られるなんて」

(……俺もう逃げたい……)

 

 どう気に入られたら、こんな胃に穴が空くくらい睨まれるんだろう。

 シャオが首に抱き付いて、さらに頬を俺の頬に摺り寄せるたびに、蓮華から放たれる殺気が増してくる。

 雪蓮も何故かシャオを羨ましげにしてるし、そんな視線に気を良くしたのかさらにすりすりって……うあああああ殺気が……殺気が増して……!

 

「策殿~!」

 

 と、今まさに胃袋が血の海になりそうな緊張の中。ついに届いた祭さんの声!

 正座のままに首だけ動かしてみれば、肩を貸すことで冥琳を連れ出している祭さん! ……って……

 

「……なぁ雪蓮……。これってさ、そもそも俺達が冥琳の部屋に行けばよかったんじゃないかな……」

「あ」

 

 あとには、恥ずかしそうに「頭の中が一刀のことばっかりで、回らなかったわ」という雪蓮だけが残された。

 いや……だからさ。俺、そこまで気に入られるようなこと、したか……?

 


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