真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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18:呉/笑顔のために出来ること②

41/続・笑顔が見たい

 

「え? 親父、これは?」

 

 予想通りの言葉と予定通りのことを聞き終えてやり終えて、今現在は親父の店の手伝いを終えたところ。

 思春の返事は実に予想通りで、「笑顔を見せて」と言えば「断る」、「微笑むだけでいいから」と言えば「断る」。

 いろいろ誘導してみせては断るの一点張りだった思春と鍛錬をしながらも、同じことを訊ね続け……汗を川で流すと、次は仕事の手伝い……だったんだが。

 仕事が始まり、店の手伝いを終える頃……俺は自分の手の上に乗せられた巾着を、首を傾げながら見ていた。

 ちなみに俺が手伝う時間が終わっただけで、店の中はまだまだやかましい。

 

「今まで働いてくれた分の給金ってやつだ。一応、他の店の連中の分も入ってる」

「へ……? や、ちょっと待ってくれっ、俺はそんなつもりで───」

「だはぁっ……いーから受け取っとけってんだ。どーもお前はヘンに遠慮がちでいけねぇ。知ってるよ、国に返すためだーってんだろ?」

「あ、ああ……」

「あのなぁ一刀よ。給金無しで人を働かせられるか? 金も無しに働かせるのが、お前の目指す国の在り方か? 違うだろうが」

「うぐっ……」

 

 会話開始から一分と経たず、あっさり反論を潰された。

 さすが親父……俺の性格をよく理解している。言葉に詰まったところで、俺の手にあった巾着は俺の手ごと俺の胸に押し付けられ、「返すっつっても受け取らねぇ」ときっぱり言われた。

 

「どうしてもいらねぇってんなら、道端にでも捨てろ。金を粗末に出来るんならな」

「ぐっは……! き、汚いぞ親父……!」

「ははっ、なぁに言ってやがる。俺の手が汚れたのは、おめぇを刺した一度だけよ。それをおめぇが許して、笑顔を向けてくれるんならよ。俺は自分を見失わず、汚れとして受け取らずに立っていられるんだ。胸張って受け取れ、馬鹿義息子(ばかむすこ)

「親父……」

 

 本当に……本当にうっすらとだけど、もしありえるなら……何処かに別のパラレルがあったとして、俺が両親のもとに産まれる前……前世ってのがあるのなら、この人の息子であったらいいなって……そう思った。

 そんな人生も悪くないって思えた。歴史通りにいけば、俺は戦の中で死ぬんだろうけど───きっと、嫌なことばかりじゃないって思えるから。

 

「今言うことじゃあねぇかもしれねぇけどよ。また、いつでも来い。おめぇは俺の……あぁいや、この街の息子なんだからよ」

「親父……ああっ、絶対にまた来るよっ。……はは、でもたしかに、今言うことじゃないよな」

 

 別れまでは時間がある。けど、無限じゃない。

 一歩先で已むに已まれぬ事情があって、何も言えないまま別れることもあるかもしれない。そう考えれば、こういう遣り取りだって無駄じゃない。

 俺の胸をドンッとノックする親父に、俺も自分で胸をノックして頷いた。

 

「親父たちはまだ仕事か?」

「ああ。おめぇは……どうするんだっけか?」

「俺は朱里……ああえっと、蜀から来てる軍師と、冥琳や亞莎や穏を混ぜての話し合いがあるんだ。まだ結構時間はあるけど───」

 

 ちらりと卓を見れば、相も変わらず人で埋まる席。

 

「早くに抜けさせてもらってなんだけど、大丈夫なのか? 捌ききれる自信とかは……」

「ふっ……そんなものはねぇ。だが努力と根性と腹筋でなんとかしてみせる!」

「いや、ポーズ取りながら言われてもな……」

 

 力こぶを作ってみせる親父に、いささか不安を感じた……無茶して倒れたりしないといいけど。それでなくとも最近のこの店の込みようはすごい。

 どういった理由からか人が集まって、がつがつむしゃむしゃと食べていくわけだ。暗黙の了解なのか、以前までは食べ終わっても話し込んでいた人も、さっさと帰って卓を空けるもんだからフル回転は確実。

 一日中仕事を手伝うと時なんかは、夜には目を回していたりする。

 

(それも最初の頃に比べれば、全然楽にはなってるけどさ)

 

 客に気を使いながら動くのは、肉体じゃなく精神を疲労させるよ。

 さて、今気にするところはそんなところではなく───

 

「なぁ親父。ものは相談なんだけど……」

「あん? どうした」

 

 ……気は引けるけど、思春の笑顔を見るなら呉の中がいいと思うから、少しだけ無茶をしてみようと思った。

 引けるのが気だけでいいなら、もっとやりやすいんだけどさ……俺の中から魂が引かれたらどうしようか。

 

……。

 

 ───店が沸いていた。

 厳密に言えば、店に集まっていた客のほぼが沸いていた。叫んでいた。

 

「素晴らしきかな、エプロンドレス……ッ!! まさか、まさか思春にこうも似合うとは……っ!」

 

 ……理由は簡単。

 思春に頼み込んで、店の手伝いを一緒にすることになったからである。

 服屋のオヤジに訊いてみれば案の定というか、亞莎が着ているエプロンドレスとはまた違った意匠のエプロンドレスが存在していた。

 黒と白の二色で占められた色合いに、手首まである袖、丈の長いスカート───いわゆるロングドレスに、さらりと流れる長髪のてっぺんに存在するホワイトブリム。この場合はわかりやすくメイド服と呼ぶべきなんだろうか。

 なんの資料もなく、手探りでこのドレスまで辿り着くなんて……服屋のオヤジのイメージ力に乾杯したくなる。

 そんな服を着た思春が、どんよりとした顔でこの場に立っていた。

 俺はといえば、“そういえば宴の時も、亞莎以外にもエプロンドレスを着た娘が居たな……”なんて思い返しながら、そんな思春を眺めていた。

 

「こんな格好で働けというのか。……一度脈という脈の全てを止めてみるか?」

「やめよう!? それ世間一般では“死んでみるか?”って意味だよね!?」

 

 言いつつもエプロンドレスを着ている思春は、ひらひらとした感触を嫌がってか難しい顔をしている。庶人の服はもっと大人しい感じだから、無理もないのかもしれない。

 

「ほ、ほらほら、民の、国のためを思えば軽いことだって言ったのは思春じゃないかっ」

「…………こんな格好をするとは聞いていなかったがな」

 

 ギラリと睨まれても、今なら可愛いって言葉だけで通せる気がした。親父たちもそれは同じ意見のようで、拍手しながら涙さえ流している人まで居たくらいだ。

 

「美しい……これが美しさか!」

「今日もここへ来てよかったぜ……」

「なんちゅうもんを……お前なんちゅうもんを見せてくれるんや……!」

 

 え? なんで京極先生? ……などと親父たちの反応を見ながら、俺もまた感動の涙すら流せそうだった。

 頼んでみた時は冷や汗だらだらだったけど、まさか本当に着てくれるなんて。自分で言っておいてなんだけど、どうして着てくれる気になったんだろう。やっぱり……呉の民のためにって言葉に反応してくれたんだろうか。

 

(……だとしたら俺、親父たちのことを利用して無理矢理着替えさせた鬼みたいな気が……ぬおお)

 

 嬉しさと罪悪感とが乱れて浮かぶ。けど、蜀に行けばしばらくこっちには来れないだろうし、蜀でやるべきことを終わらせたら、きっとそのまま魏に帰る。

 いっそ忘れられないくらいの脳裏に焼け付く思い出を作っておいたほうが、蜀でもやっていけるかもしれない。

 

(あ……そっか)

 

 たぶんそれだ。だから思春もこんなことを了承してくれた。

 

「もはや将としての威厳などないな。なにをやっているのだ私は……」

「───ん。なにって、国のためになることじゃないのかな。自分がそうだと信じれば、きっとそれは国のため。だから頑張ろう! まずは接客業の基本、笑顔から!」

「笑顔……? そういえば貴様、城でもそんなことを……───まさか」

「やっ、やー……!? ソソソソンナコトナイヨ!? 思春の笑顔が見たかったからこういうことに誘ったとかそんな!」

 

 人を殺せそうな眼光が俺の目を真っ直ぐに射抜きました……怖ッ! いつまで経っても慣れないよこれ!

 

「……まあいい。国のためになるならと納得した時点で、こんなことになることも覚悟の範疇だったはずだ」

「あれ?」

 

 また曲刀でも突き付けられるんじゃあと身構えていたが、そんなことはなく。思春は溜め息とともに、「それで? 私は何をすればいい」と俺を促した。

 なにを、って……笑顔のことは華麗にスルーしたいらしい。

 

「そ、そっか。うん、そうだな……まずは───」

 

 基本の笑顔はあとにして、まずは軽く仕事に慣れるところから。慣れてくればきっと、自然に笑顔になるであろうことを信じていこう。それがいい。

 

……。

 

 ……で。

 

「よく来た。もたもたせずに注文し、速やかに食しさっさと出て行け」

「ヒッ……ヒィイイイイッ!!!」

 

 …………。そしてまた、一人の客が逃げ出した。

 もう呆れる他ない。

 

「思春んん~……」

「…………なんだ」

 

 さすがに思春も自分が客を退けていることには気づいているらしく、眉を下げ、目を伏せながら考え込んでいる。

 訪れて早々にあの目でギンと睨まれれば逃げ出したくもなるよ。俺が客だったら、きっと逃げ出すに違いない。

 

「貴様が言う通り、相手の目を見て言葉で迎え、席に案内しようとしただけだぞ、私は」

「ごめん、それやっぱりちょっと待った……。笑顔、笑顔でやってみて? そうすればきっと───」

「む……なぜ私が…………いや。───こ、こうか」

「ヒィッ!?」

 

 持ち上げられた口の端から覗く白い歯に、ピンと吊り上げられた目の端。ニコリというよりはニヤリという言葉が怖いくらいに似合い、それを真正面から受けた俺は、思わず悲鳴を上げて後退っていた。

 

「だめっ! それ絶対にだめ! 笑顔っていうのはもうちょっとこう……暖かく柔らかく! なんで笑顔になるだけなのに殺気がこもってるの!?」

「なぜ私が……いや」

 

 やっぱりいろいろと葛藤があるらしい。

 思春はさっきから“なぜ私が”を繰り返すけど、その度に「私は庶人だ」と自分に言い聞かせるように呟いて、いろいろなことに挑戦してくれている。

 それがいい方向に向かっているのかといえば……思春が迎えた客は全員逃げ出しているという結果だけが残っているわけで。

 

「えっと、そうだな……たとえばほら、蓮華を迎えるみたいに、蓮華を安心させるようにやってみたらどうだ? そうすればきっと逃げないだろ」

「………」

「あとは……言葉のほうも。“いらっしゃいませ、どうぞこちらへ”、だけでもいいからさ。さすがにさっさと出て行けはまずすぎるって」

「くっ……いいだろう、やってやる。このまま貴様から下に見続けられる屈辱を思えば、容易いことだ」

(あの……どこまで俺のこと嫌いなんですか、思春さん……)

 

 そんな悲しみを胸にしている俺をよそに、思春は早速来た客へと歩み寄り……逃げられた。ってなんで俺のこと睨むの!? ヒィとか思い切り叫んでたのってお客様であって俺じゃないよ!?

 

「わ、わかった! 笑顔の練習をしてみよう! ちょっとさっきの客にしたみたいに笑ってみて!? ね!?」

「……屈辱だ」

「笑顔を見せるだけで屈辱なの!?」

「あのよぉ……どうでもいいが、さっきからてんで注文が来やしねぇんだが……。客、追い出してるわけじゃあねぇよな……?」

「大丈夫だ親父! 今にきっと、思春の笑顔を受けて入ってくれる人が現れるって!」

「はぁ……そりゃあよ、たまにはこんな日もねぇと休まらねぇからいいけどよ」

 

 悲しそうに愚痴をこぼす親父にはひとまずごめんなさいを。

 けどそれを済ませたら思春だ。この恐ろしき笑顔を、なんとか柔らかなものに変えないと危険だ……危険すぎる。今に“死神の笑み”とかヘンテコな噂が流れるに違いない!

 

(そんなの、絶対にだめだ)

 

 いくら将ではなくなったとはいえ、思春だって呉のために戦った人のひとりだ。そして今も、国のためにって頑張ってくれている。

 他のみんなが民との交流を深める中で、彼女だけが浮くなんてことは俺が嫌だ。だからこれは、もはや俺が思春の笑顔を見たいなんて理由に留まることじゃないんだ───!

 

「思春、このままじゃだめだ。呉のため民のため、思春はもっと綺麗に微笑むべきだっ」

「頭がおかしいのか貴様は。私が微笑むことが、なぜ呉のためになる」

 

 わあ、今度は気変わりせずに最後まで否定された。でもこのままじゃダメなことは変わらない。

 

「し、思春っ、笑顔は幸福の第一歩だ! 笑顔無くして弾ける喜びは叶わない! だ、だからそのー……もういっそこの時だけでもいいからさ、俺の言う通りに行動してみてくれないか?」

 

 このままではいけない。そんな言葉が俺の心に火を灯した───

 

「断る」

 

 ───途端に断られた。

 

「えちょっ……! すっ、少しは考えてから断ろう!?」

「黙れ」

「だまっ……!?」

 

 取り付く島は、僕らが出会う前から水没済みだったらしい。

 問答無用で断られてしまえば続く言葉なんて出るはずもなく……俺は、開いた口を閉じることも出来ずにポカンと───

 

「いやっ……いや! 俺はその“断る”と“黙れ”を断る! 国だけが良くなったって、そこで生きる人が笑顔じゃないならそんなものは本当の幸せじゃないだろ! だから思春! 俺はキミの笑顔が見たい!」

「なっ……!?」

 

 ───ポカンとするだけでは終われない。開いたままの口からだって吐ける言葉は山ほどある!

 身振り手振りまでして熱く語り、自分が本気であることを理解してもらう。その上で、俺は彼女が逃げ文句を考えるより先に行動に入る。

 なんだか思春の顔が赤くなっている気がするが、今は驚きの顔より笑顔だ笑顔。

 

「一方的な押し付けだって感じたなら、もういっそ殴ってくれたって構わないかぷおっはぁっ!?」

 

 言った途端に殴られた。

 そんな思春の顔はやっぱり真っ赤で、珍しく焦りが浮かんでいた。

 

「え、えぇえっ!? そんな、言い終える前から殴るほど押し付けがましいか!?」

「はっ!? い、いやこれはっ……きき、貴様が笑顔を見たいなどと言う、から……! ───つまり貴様が悪い」

「………」

「……な、なんだ」

 

 無理矢理にキリッと戻した表情に、少しだけ……むずりとくすぐったいものを感じた。それは睨めっこをしている時のようなくすぐったさで、まるで思春が“笑わないように顔を引き締めた”ように見えて……不覚。相手を笑わせるつもりが、気づけば自分が笑っていた。

 

「はっは……あはははははっ───はぁあああーっ!?」

「貴様……何が可笑しい……!」

 

 笑い始めた俺の首に当てられる、恒例なのかどうなのかの曲刀。

 スッと引けばブシャアと首が飛ぶことが容易く想像できるほど、綺麗に手入れをされていた。でも……叫びはしたけれど、怖くはなかった。

 

「ははは……な、思春。顔を真っ赤にしながら凄まれても、怖くないぞ?」

「っ……き、ききき貴様はっ───!」

「手。……繋いでくれただろ? 俺の勝手な言い分なのは重々承知だ。承知の上で、思春が自然に笑顔を見せてくれるような場所が欲しい。全ての場所で笑顔でいてくれなんて言わないからさ、まずはここから始めてみないか?」

「~っ……」

 

 とある日、とある晴れた昼下がり。

 俺は、顔を真っ赤にして目を伏せながら……小さく、本当に小さく頷く目の前の彼女を見て、改めて笑った。……途端に殴られた。

 

 

 

-_-/孫権

 

 町が賑わっていた。

 笑顔と活気に溢れた道を静かに歩き、かけられる声全てに声を返し、この賑やかさを胸一杯に吸いこむように呼吸をしながら歩く。

 心地よい風が時折に吹くと、様々な香りが風に乗って届けられ、それが吹く度に違う香りを運んでくるものだから、少し可笑しくなって笑った。

 そういえばもう昼になる。たまには外で食事をとるのもいいかもしれないと思い、辺りを見渡す。

 

「………」

 

 どこで食べるのか、なんていうのは……実はもう決まっていたりした。彼は今日もそこで手伝いをしているのだという。

 最初こそ、その存在が疎ましかった者……北郷一刀。

 天の御遣いなどという胡散臭さは元より、姉さまに気に入られたという事実に……そう、私は嫉妬していたのだ。

 彼という存在を受け容れられず、“彼”という人間は見ても、“北郷一刀”という人間を見ようとはしなかった。

 何処にでも居る存在だと決め込み、一刀自身を見ようとしなかった。

 

「……愚かしいな、私は」

 

 “何をやるにも国に迷惑がかからなければいい”。その程度の見方で放置し、刺傷事件の頃から注視するようになり……国のために懸命になる彼から、いつしか目が離せなくなっていた。

 彼にとっては他国だというのに、国のためだと尽くしてくれた。

 ……人というのはおかしなものだ。

 嫉妬のために、憎くすらあったというのに……頭の中が嫉妬でいっぱいだったために、一刀という存在を認めてしまったら───頭の中を占めていた分が、全て裏返しになってしまった。

 嫉妬で占めていた分だけ、彼を認めてしまった。

 そうなれば、面白いくらいに彼のことを知りたくなる。自分しか知らない彼が欲しくなる。“逆になった”という意味で唱えるなら、嫉妬の対象は一刀ではなく姉さまになったくらいだ。

 姉さまだけが知っている一刀を私も知りたい。

 その上で、私しか知らない一刀を知りたいと、そう思ってしまっている。

 本当に、愚かしい。

 

「………」

 

 歩いて歩いて、考え事をしながらでも辿り着けるくらいに簡単に辿り着ける店の前に立つ。

 彼のことが気になって、こうして訪れはするものの……中に入ることが出来ずに戻る、という行動を何度も繰り返した。

 けれどそれももう終わりだ。彼はやがて帰ってしまう。

 ならば帰ってしまう前に、少しでも彼のことを知りたいと……そう思ったからこそここに立ち。今、まさに店の中へと───歩を、進めた。

 すると。

 

「いらっしゃいませ、どうぞこちらへ」

 

 見惚れてしまいそうな笑顔で、自分がよく知る人物が迎えてくれた。

 流れるような髪に、綺麗な意匠の衣服。僅かに傾けられた体勢と、柔らかでやさしい笑顔が、他の誰でもない私に向けられ……その目が私を確認するや、びしりと硬直した。

 

「あ……し、思春……? 貴女、なにを……」

「れ……れれれ、れ……っ……れ、ん……!?」

 

 しかもガタガタと震えだし、笑顔のままに硬直した顔に汗がだらだらと流れると───

 

「北郷ぉおおおおおおおおおっ!!!」

「キャァアアアァァァーッ!?」

 

 直後に爆発。

 笑顔なぞ最初から無かったという形相で、奥に居た一刀へと走り。女性のような悲鳴を上げた彼に向け、固く握り締めた拳で───って!

 

「よ、よせ思春! このような場で暴力を振るうなっ!!」

 

 慌てて追い、逃げ惑う一刀を追う思春を止めに入る。

 思春を止めるには相当な時間を要し、止められた頃には……店が無事な分、一刀が随分とぼろぼろだった。

 


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