真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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19:呉/何気ない日常の中で①

43/こんな日常、そんな日常

 

 視線を感じるようになったのは……なんて言葉は今さらだろう。気づけば誰かに見られていて、それは朝起きてから朝餉を食し、運動をして手伝いをして、遠くの町まで突っ走る中でも変わらない。

 前にも確認した通り、民の諍いは全くなくなったわけではなく、過去を嘆く人や飲み込めきれない人、なにかに当たらなければ感情を処理出来ない人なんて、普通に居た。

 

 そんな人達と向き合い、時に罵倒されようが付き合いを続け、なんだかんだと時間は過ぎ。気づいてみれば三ヶ月目に突入した呉での生活は、他国だっていうのに居心地が良すぎて戸惑うことなどしょっちゅうだ。遠方の町の人の中には随分と仲良くなれた相手も居て、兵や水兵のみなさんとも仲良くさせてもらっている。

 だから歩けば声をかけられて、それを返せばまたかけられてと、案外歩くだけでも忙しないわけだが……それは嬉しいからいい。ああ、全然構わないとも。

 

 正直二ヶ月三ヶ月でここまで仲良くなれるなんて出来すぎてるなーとは思うけど、ようするに親父の一言が正論としてみんなの心に響いたってことなんだろう。

 憎くて戦ったわけでもないし、殺さなければ殺される世界。殺したのはなにも他国の者だけじゃなく、自分の子供だって何処かで誰かを殺していて……恨まれながら、自身もどこかで誰かに殺されたのだろうと。

 そういったことに気づいてしまえば、どれだけ憎くても憎みきれなくなる。……そういうのが広がって……俺も、少しずつ受け入れられたんだって思ってる。

 俺一人の力で呉国全てが鎮まってくれるなら、きっと他の誰にだって出来たはずだろうし。

 

「おぉおおおりゃああああーっ!!」

「ふぅううあぁあああああーっ!!」

 

 と、そんなことを鍛錬中に考えていたわけだが。考えごとが出来るなんて、結構余裕が出てきたなーという今、俺は明命と限界ブッチギリダッシュバトルを繰り広げていた。

 ああ、簡単に説明すると限界ブッチギリダッシュバトルとは、疲れを無視してただひたすらに走ることを意味している。よーするに日がな一日城壁の上を走り続けるわけだ。全速力で。

 もちろん全速力とはいえ、わざわざ疲れるような走り方はしない。内臓への衝撃を極力抑えるように、足を持ち上げ、着地し、足を持ち上げを繰り返し、速く、しかし疲れぬように身を動かし続ける……それが限界ブッチギリダッシュバトルの醍醐味。だと思う。

 見張りの兵にしてみればやかましいことこの上なしでしょう。ええそうでしょう。けどごめん、俺は魏のため華琳のため、三日毎の鍛錬だけは決して手抜きをするわけにはいかないのだ。

 

「一刀様すごいですっ、とても速くなりましたっ!」

「任せてくれ明命! お前と走り続けたこれまでの日々、決して無駄ではないと証明するためにも俺は走り続けるぞ! 手加減は無用だぁあっ!!」

「はいっ、負けませんっ!」

 

 人間、走り続けてると妙なテンションになるもんだ。

 よく居るだろ? レースゲームやってて体が動く~とか、推理ゲームの意外な展開に叫ぶヤツとか。……ほぼの該当者は及川なわけだけど。

 それと似たような感じで、朝から走り続けている俺は……隣を走る明命の元気の影響もあって、暑苦しいまでのテンションを保ちつつ息を乱さぬままに駆けていた。

 

「うぉおおおおおおっ!!」

「あぁあぅあああーっ!!」

 

 全力疾走。叫ぶ余裕もあるくらいに体力が出来たといえば聞こえはいいけど、種明かしはこうだ。自分で走る力は僅かに、氣を上手く行使して走っているというべきか。

 筋肉はあまり使ってないから、足がすぐに疲れることもない。しかし筋肉だけに頼って走るのよりもよっぽど速いのだから、以前の俺からしてみればずるいって感じる方法だ。

 肉体は、使っていけば自然と乳酸も溜まるってものだが、氣の扱いにも大分慣れた今なら、まだまだ疲労が訪れるのは先ってわけだ。

 

「さあ! そんなわけだから今度もこの角を華麗に曲がってギャアアーッ!!」

「あぅあっ!? 一刀様っ!?」

 

 あ、マズイ。氣を集中させるパターン……思い切り間違えた。

 足がっ! 足がグキキっておぉおわぁあああっ!!? 壁っ! 目の前! 壁が───ぶつかる前に倒れる! 綺麗に前転して勢いを殺す! ……無理でした。

 

「おぶぼホッ!?」

 

 壁に激突するくらいなら、とすかさず前転! ……距離が足らずに、勢いよく壁に背中を打ち付ける結果に到った。

 

「一刀様っ!?」

「あ、い、痛っ……あ、ははっ……だ、大丈夫、大丈夫……!」

 

 咄嗟に頭も庇えたし、身を丸めたのが良かったと言うべきか、大事には至らなかった。あの速度でコケてこれなら、良かったってことにするべきだろう。

 

(いかんいかんっ、慣れた頃こそ油断の時だってじいちゃんに散々殴られたじゃないか)

 

 頭を振りつつ起き上がる。背中がしくりと痛んだが、大げさに痛がるほどのことじゃないな、よし。

 

「よし明命、走ろう!」

「え……ですが一刀様っ、一応怪我をしていないかを───」

「大丈夫! 無駄に頑丈なのが取り柄に───なってるといいなぁっ!」

「あうあっ!? 一刀様っ!? 急に走ったら体に負担が───」

「うぁあだだだだぁあーっ!?」

 

 一歩を駆け出した途端に忠告通りの大激痛! ぶわわっとこぼれる涙がその痛さを実感させてくれる───が!

 

「はうぁあっ!? し、思春殿っ、思春殿ーっ! 一刀様がぁあっ!!」

「くっは……! だ、大丈夫! 走るんだ明命、俺達はまだ前回の限界に至っていない!」

 

 足を止めずに駆け、慌てて追いついてくる明命に脂汗だらだらのスマイルを贈る。大丈夫、痛いけど……よく経験した痛みだ。

 猪みたいにじいちゃんに向かっていって、あっさり避けられて道場の床に激突するみたいに転倒したっけ。あの頃とは速度が違うけど、逆にこんな痛みが懐かしくも感じられた。

 

「聞いてくれ明命……鍛錬っていうのは“同じこと”を繰り返しているだけじゃあ、一定には至れても一定以上には至れない! 三日前に出来たことより一歩先へ進むことで、肉体がもう一歩を踏み出そうと三日間の休憩の間に強化されることを“超回復”っていうんだ!」

「ちょ、ちょお……?」

「そう、超回復だ! けど肉体にだって年齢っていう壁がある! やるなら、鍛えるなら若い今が一番大切なんだ! だから走ろう一歩先へ! 三日前の自分より一歩でも先に出るために!」

「か、一刀様……? あぅ……あの、やっぱりどこか打ち所が悪かったのでは……」

「大丈夫! い、痛みを紛らわせるためにっ……つはっ……さ、叫んでる……だけだから……っ!」

「全然大丈夫じゃないですっ!?」

 

 “現状維持は悪いことじゃないけど、進む気が無いならそれは普通ですらない”って言った彼女に、自分は頑張ってたって認めてもらうために。

 そうだな、心配してくれる明命には悪いけど───もう本当にここに居られる時間は少ない。昨日、朱里と雛里が書簡を纏めているのを見たし、その整理をした数日後には二人が蜀に帰るパターンはずっと続いている。

 そう思えば、“ここでやり残した鍛錬”が無いようにと走り続けたくもなる。ダッシュが終わったら祭さんと摸擬刀での実戦稽古だ。特に“ここまで”って決めているわけじゃないから、付き合ってもらえる限り……やり続けるつもりでいる。

 

……。

 

 

 走り続けて息が乱れた頃、明命に断ってから祭さんが待つ中庭へ。黒檀木刀を手に、休む間も無く摸擬刀を持つ祭さんと打ち合っていた。

 

「はっ! ふっ! せいっ! はぁっ! つっ! たぁああああっ!!」

 

 氣の鍛錬も兼ねて木刀には氣を纏わせており、摸擬刀相手でも傷ひとつつくことなく打ち合える状態で立ち回っている。当然、氣の集中を乱せば良くて傷モノ、運が悪ければ摸擬刀の一閃で圧し折れる可能性もある。

 呆れるくらい、今の自分では無理している鍛錬ではある。が、だからこそやる価値があるんだという覚悟を胸に、祭さんに付き合ってもらっている。

 木刀と模擬刀での打ち合いなのに、まるで金属同士がぶつかる音が、幾度もこの場で高鳴っている。氣を纏った木刀は、模擬刀にそれほどの衝撃を与えるほどに硬くなっているということだろう。

 

(木刀を壊したくなかったら集中集中……! 氣と体を別々に動かそうとするんじゃなく、むしろ一体。一緒に動かせて当然ってレベルにまで引き上げホワァーッ!?)

 

 あ、あぶっ……掠った! 今髪の毛少し切っていった! 摸擬刀なのに怖い! ほんとうに刃引きしてあるんだろうなぁこれっ!!

 

「ほれどうした北郷っ! へっぴり腰は直ったようじゃが、振るわれる一撃一撃に目を瞑りそうになるところは、いつまで経ってもちっとも直らん! そんなことでは目を閉じた瞬間に首が飛ぶぞっ!」

「そんなっ! ことっ! 言われっ! たって! さっ!」

 

 振るわれる攻撃は極力避けるんだが、紙一重で避けようとするとどうしても目を閉じかける。

 それはじいちゃんとの稽古の時からずっと直そうとして、直せなかった厄介なクセで……恐怖に目を閉じる臆病さは、どこまでいっても自分が一般人である証拠かな、と……諦めかけてもいたわけだが。

 

「まったく……だというのに避けることばかり上手くなりおる。男ならがつんと受け止めてみせんかいっ」

「無茶苦茶言ってるって自分で気づいてる!? うわぁっと!?」

「ほっ。今のを避けられるとは意外じゃのぉ、ふっはっは!」

 

 こ、この人絶対楽しんでる……! 何事も楽しんでやれるのが一番だってのはもちろんそうだが……よし、だったら───!

 

「……ふ、う……」

「うん? なんじゃ、休憩か?」

「いや。ちょっと脱力したかっただけ」

 

 軽く距離を取って、流れる汗を腕で拭う。

 それから……木刀にのみ集中させていた氣を体にも流し……キッと祭さんの目を真っ直ぐに見つめる。

 

「……うむ。良い面構えじゃ」

 

 ニヤリと笑うその人へ、離れた位置から───たった一歩で間合いを詰める。

 

「───! む、おっ───!?」

 

 体は十分に温まっている。体を動かすための部分も、木刀を振るうための部分も、全て。“氣で走る”鍛錬も散々としたし、一歩だけの速さなら俺でも虚を突くことくらいできる。地面を蹴る足に氣を込めて、それを爆発させたのだ。

 そして、間合いを詰めるのと一緒に攻撃を開始。イメージは螺旋。関節の回転に氣を混ぜて加速させて、通常では出せない速度を以って、左腕で押さえつけた木刀での鞘無しの居合い抜きを。

 

「つっ───せいっ!!」

 

 腕に引っ掻け、溜めた力を一気に放つように振り切、る……あ、あれ? 腕が伸ばせな───あ、足? なんで俺の腕を祭さんの足が押さえ───足ぃっ!? 足でこっちの腕押さえるって───そ、そんなっ!

 

「そんな無茶なぁあああっゲブゥ!!」

 

 無茶でも苦茶でもどーでもいい、やれる人が最後に勝つ。

 あっさりと虚を突く行動も居合いも見切られた俺は、振り切るはずの腕が速度を持つより早く押さえつけられ、肩に摸擬刀の一撃を落とされてあっさり転倒。

 ああ、うん……鍛錬に没頭するあまり、一つ忘れてたことがある。この世界の人たち、基本的に能力がズバ抜けてるって。

 つくづく痛感したね、疲れさせる方法を取らなければ、俺は絶対に華雄には勝てなかったんだーって。

 

「さ、祭さん、無茶苦茶だよ……」

「おう。今のはちとひやりとしたがのぅ。じゃが、相手が馬鹿正直に手持ちの武器だけで戦うと決めつけてかかっては、こういった事態に対処出来ん。お主はもっと頭の柔らかい男かと思っておったが」

「む……」

 

 たしかに、以前の俺だったら“そうくるかもしれない”程度の考えは頭のどこかに置いておいたはずだ。

 それをすぐに引っ張り出せなかったってことは、俺は……ここの生活に慣れるのと同時に、俺が暮らしていた場所での“臆病さ”を忘れかけていたのかもしれない。

 臆病なら“こう来るだろう”“ああ来るだろう”と、いくらでも最悪のパターンを思い浮かべることができるが……緩んできた自分に呆れる。慢心でも出来ているつもりなんだろうか、俺は。

 もっともっと自分を低く見ろ。小さな段差も巨大な壁だとイメージしろ。

 そうすれば、どんな時でも油断なんてせずに構えていられるんだから。

 

「~っ……よしっ!」

「ほう、向かってくるか。では続きじゃ、かかってこい」

「すぅ───応っ!!」

 

 気合い一発、再び地面を蹴って祭さんへと向かっていく。

 居合いは無しで、今度は腕に氣を溜めて、蓮華との鍛錬の時に見せた腕の高速化を以って攻撃を仕掛ける。

 

「とぁあっ!!」

 

 細かくイメージ。腕を振る速度に氣を、戻す速度にも氣を乗せて、威力はないけど速度重視の攻撃を連ねてゆく。……連ねていったんだが。

 

「うぇえっ!? 全部受け止めおぼぉっほぉ!?」

 

 様々な方向からの斬撃が、一本の模擬刀にあっさりと弾かれる。そんな事実に驚愕し、攻撃の手が緩んでしまったところに、祭さんの前蹴りが俺の腹に埋まった。

 胃液でも吐きそうってくらいの気持ち悪さに襲われるが、祭さんから目を逸らすことなく歯を食いしばり、距離を取る。

 

「うむ、正解じゃ。どんな攻撃を受けようとも生きている限りは敵から目を逸らすな。吐きそうになろうとも、それを我慢することで体勢を崩すくらいなら、吐いてでも敵を見据えい」

「はっ……ぐ、はぁっ……! んっ……わ、わかってる……!」

 

 敵から目は逸らさない。そんなことは、イメージトレーニングをやっていれば嫌でも身に着くものだ。“見ようとしなければ見えない”のがイメージ。そういった意味では間違いはなかったといえる……のだが。悲しいかな、目を瞑りそうになるのだけは直っちゃくれなかった。

 でもな、北郷一刀。今はそんなことを言っていられる状況じゃない。こうして立ち合えるのだって、あと何回あるか。

 覚悟を決めろ……もっと深く、もっと深淵に。命の遣り取りをしている……そうイメージしろ。命の遣り取りをする中で、お前は暢気に目を瞑るのか? 相手の命を絶つかもしれないって戦いの中、目を瞑るような攻撃で相手の命を奪うのか?

 

(っ……そうじゃないだろ……!)

 

 ───覚悟を。

 あとでどれだけ震えてもいい、怖がってもいい、泣いたって構わない。でもな……この瞬間を、胸に刻め、目に焼きつけろ。全てを見るつもりで向かって、視覚に体を追いつかせてみせろ。そうすれば、焼き付けた分だけ必ず経験として体に刻み込めるから。

 

「……いくよ、祭さん」

「ほお? 鍛錬中に見せるような顔ではない……───本気か?」

「心構えは。小さな理想に自分が追いつけるかを試すだけだよ。……けど、全力だ」

 

 前ならえをするようにピンと伸ばした腕の先で突き出された掌。その親指と掌に挟んで持つ木刀に力を込めるようにして精神を集中させてゆく。

 

(いつも……思ってた)

 

 鍛錬の時とは違う。心にいくつもの覚悟を刻み込んで、氣を練れるだけ練って氣脈に満たして。そして……駆けた。

 

(鍛錬のたびに、負けるたびに、教わってるんだから負けるのは当然だ、なんて)

 

 振るえば届く距離になると、遠慮無しに木刀を振るって撃を連ねる。

 

(でも違う。勝ちたいって思ったなら、負けたことには悔しさを抱くべきで)

 

 祭さんは避けない。必ず全てを模擬刀で受けて、逸らして、弾いてくる。

 

(悔しいって思えるなら、もっともっと早くに、こうしてぶつかれてたはずだった)

 

 弾かれる。逸らされる。受け止められる。渾身でいっているはずなのに、まるで構えた模擬刀に自分の力を吸収されているみたいに簡単に捌かれ、それでも。

 

(覚悟覚悟って言っているくせに、俺は……一度も本当の悔しさを抱いたことがなかったのか?)

 

 力でダメなら速さで向かう。それも全て弾かれ、しかし今度は呆けることはせず、振るわれた一閃を躱してみせた。

 

(違う。悔しい思いなら散々味わった。無力な自分を嘆いた。一緒に戦ってやれない自分が情けなかった。死んでいく兵士に謝ることすら出来ない自分が嫌いだった。そう思うのに、いざ戦いになれば、“震えることしか出来ない自分”を簡単に想像できる自分がっ……たまらなく、嫌だった……!)

 

 振るう木刀に迷いはない。目の前の人に勝つ。“負けてもいいから思い出にするために”なんてことは思わない。

 

(今の自分は、逝ってしまった彼らと肩を並べられるくらい強くなっていますか───?)

 

 振るう。

 

(今の俺は、あいつらが目指した平和の中でちゃんと笑えていますか───?)

 

 振るう。

 

(今の俺は───……俺はっ……!)

 

 振る───っ……!?

 

「……、つ、あ……!?」

 

 ……振るおうとした木刀が、強く弾かれる。たったそれだけなのに、纏っていた氣ごと、思い切りブッ叩かれたような衝撃が俺の体を貫いた。

 じぃんと痺れる手はしかし、木刀を落とすことなく強く強く握り締め、そんなことになっても……俺の目は、目の前の人から決して逸れることなく。

 

「“本気”だというのに考えごとか北郷。儂も随分と舐め───」

「───違う、刻んだんだ……覚悟を。決して曲がらない、たった一つの“芯”ってやつを───!」

 

 勢いよく弾かれたことで、木刀ごと体を持って行かれそうになる。……祭さんもよくやる。フンッと鼻で笑ってみせると、もう“次”を構えていた。

 

「終いじゃな」

 

 そして。その一撃が、俺の意識を刈り取ろうと振るわれる。

 それは本当に自然な動作で、最初っからそうすると決めてあったことをなぞっただけ、ってくらいの……なんでもない動作。

 向かう先はどうやら肋骨辺りらしく、どうやら骨がイカレることを覚悟しなくちゃいけないらしい。らしいんだけど……でもさ、祭さん。俺がつい今刻んだ覚悟はさ、“そんな覚悟じゃない”。

 

(親父に刺された時、痛かったのを覚えてる)

 

 熱かった。そして、悲しくて、悔しかった。

 

(俺は、こんな痛みを抱えながら死んでいく彼らに、なにもしてやることが出来なかった)

 

 そう思うと、泣きそうなくらい悔しくて、辛かった。

 

(一緒に戦えなかったのが悔しかったとか……正直に言えば、きっとそうじゃない。俺が武器を手に一緒に戦ったところで、“ただ俺の分の死体が増えるだけだ”なんて、最初から敗北しか見えていなかったんだから、当然だ)

 

 “自分がそこに居れば何かが出来た”なんて幻想すら抱けないくらいに弱かったのだ、俺は。

 

(何も出来ない辛さを、消えていく命の重さを、憶えてる……!)

 

 ───俺には何が出来ますか?

 無力を噛み締めることでしょうか。それとも、誰かを思い、泣くことでしょうか。

 ───俺には何が出来ますか?

 この世界に戻ることばかりを考えて、それだけにとりあえず没頭するだけ……でしょうか。

 

(違う……違うさ)

 

 難しいことも、難しく考えない。

 辛いことだって、無理にでも笑って辛くないって意地を張る。

 泣きたい状況でだって、泣きながらでも笑っていよう。

 だから……だから、俺は……

 

(ずっとずっと“北郷一刀”のままで……そうさ華琳! お前の傍にずっと居る!)

 

 宴の夜、華琳に“貴方どこまで一刀なの”と言われた。

 変な言葉だなんて思ったし言い返しもしたけど、考えられる頭も答えられる口も、この大陸に俺ごと在る。

 俺に出来ることなんて、あの日華琳に拾われてからずっと変わっていない。俺はあいつが手に入れたいもので、俺はあいつのものだから。

 

「───、な……!」

 

 そのためにも、負けることを“当然”なんて受け取らない。

 現状維持に甘えないで、華琳と一緒にあいつらが目指した“平和の先”を見続ける。そんな“北郷一刀”で在り続けることが、俺にしか出来ない俺に出来ることだ。

 あいつは負けることが嫌いだし、もし負けたとしても次は勝つって思うやつだから……負けっぱなしで笑う自分は、たとえ鍛錬でももうサヨナラだ。

 その覚悟を、俺は刻んだ。刻んだから……!

 

「馬鹿もんがっ! 腕を盾にする馬鹿が何処に───っ!」

 

 木刀を弾かれたことで、腕を広げるみたいになっていた俺の体。

 そんな中で左腕だけを無理矢理下ろして、脇腹を狙うはずだった模擬刀を無理矢理受け止めた。当然、というべきか……祭さんは怒りと心配とを混ぜて俺の左腕に意識を集中させるけど。

 

「───祭さん。……意識、逸らしたね?」

「なに……? ───っ!?」

「じゃあ───俺の勝ちだっ!!」

 

 誰も勝負ありを宣言なんてしていない。

 弾かれた分だけ反動がついたこの右腕に、盾にした左腕に集めておいた氣を流して───!

 

「ま、待たんか馬鹿者!」

「聞く耳持たんっ!!」

 

 普段では絶対に使わない、勢いに任せた乱暴な言葉とともに、一気に振り切った。


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