真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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20:呉/国から受け取る様々なもの②

 ───波の音が聞こえ───

 

「ギャーッ!?」

「北郷ぉ! 頭を頼むぜ!?」

「俺達もついていきてぇが、さすがにこの人数で押しかけるわけにもいかねぇ……俺達はここで姐さんを待ってるからよ」

「それは解ってるけど、どうしてみんなフェイスロックしてくるんだよ!」

「ふぇいすろ? なんだそりゃあ」

 

 ……波の音が聞こえる。

 海兵のみんなが今日も駆け回る港(?)で、俺は……挨拶中にフェイスロックをくらっていた。

 沈められそうになること数十回、ようやく仲良くなれたみんなとも今日でお別れだ。

 

「もしも向こうで冷遇なんかしてみやがれ、何処までも追いすがって今度こそ沈だ!」

「しないしないっ、何処に行ったって変わるわけないだろっ!?」

「そりゃなんだ!? 何処でも冷遇されてるってのかっ!?」

「どうして悪い方向にばっかり捉えるんだぁーっ!! そうじゃなくて、何処でだって大切な人(友達として)をぞんざいに扱ったりしないって、そう言ってるんだ!」

「……たっ…………大、切……な……!?」

「て、てめぇ本気か!? 俺達の頭を───!」

「え? ……本気だ!」

 

 急に迫力が変わったと思うや、本気顔でズズイと詰め寄ってくる海兵の皆様。俺の顔を両手で固定して、真っ直ぐに目を覗き込んできていた。

 俺はそれに応えるように確固たる意思を以って、いっそ睨むように見つめ返す。

 

「……だったら北郷! てめぇの本気を見せてみやがれ! 俺を倒したら、頭のことはてめぇに任せる!」

「いいや、試すのは俺だ! 俺を倒したら頭を!」

「ふざけんな試すのは俺だ!」

「順番くらい守りやがれ! 俺が先だ!」

「え? い、いやあの……試すって、どうしてこんな話に……?」

『うるせーっ! 問答無用だっ!!』

「うぇえっ!? ちょ、全員では卑怯じゃキャーッ!?」

 

 ……何処の頑固親父たちだったんだろう。まるで娘を託す相手に喧嘩を売るかのように、海兵のみんなは俺に襲いかかった。

 もちろんって言っていいのか、俺はそれを真っ直ぐに受け止め……ずに避けまくる。さすがに以前乱闘騒ぎや刺傷騒ぎが起こったのに、懲りずに殴り合いをするのはまずい。

 みんなも途中でそれに気づいたのか、拳は振るわずに締め技でかかってきた。それでも十分に危険な香りがするものの、血が出るわけでも死ぬわけでもない。気づけばソレは子供同士がやるようなプロレスごっこへと変わり……

 

「……まあその、よ。悪くなかったぜ、てめぇがここに居た時間」

「ごおおおおお……!!」

 

 裸締め的なことをされつつも感傷に浸られ、本気で光の扉を開けそうになりつつも、笑って見送られた。

 思春は終始その様子を見守って、溜め息を吐くでもなく怒るでもなく、言葉を交わすこともなく……やがて俺と一緒にその場を離れた。

 背中に「行ってらっしゃいやせぇえっ!」と熱い声をかけられてもそれは変わらず、だけど……どこか苦笑にも似たものを一度だけこぼすと、俺を睨んで先へ進むことを促した。

 

……。

 

 辿り着いた兵舎では、兵たちがざわざわとざわめき、俺が入ってくるや……あー……まあその、町でのことと似た感じになった。

 

「北郷っ、今日帰るって本当だったのかっ!?」

「水臭いぞ北郷、どうして言ってくれなかったんだ!」

「えぇっ!? 言っただろ俺!」

「ああ聞いた! 聞いたが聞こえないふりをした!」

「オォオオイ!!? どうしてそれで俺が責められるんだよ!」

 

 笑いが溢れる。

 最初こそ警戒されまくりだった関係も、一人と仲良くなった途端に砕け、噂が広まって仲良くなった。

 天の御遣いにして魏の警備隊長~なんて肩書きはあるものの、話し合ってみればなんのことはない普通の存在。

 砕けた話し方や付き合い方に安心を抱いたのか、こうして肩を組んで笑い合うのにもそう時間を要さなかった。

 ……まあ、心の中は複雑なものでいっぱいなのは、わかるんだけどさ。誰かが折れて踏み出したなら、自分も、っていう集団的な考えはどうしたってある。

 敵が居たから死んでしまった仲の良いヤツだって居ただろうし、それは俺も同じだ。だから言い合えることは言い合ったし、殴り合いまではしないにしても、口での喧嘩は随分としたのだ。

 結果は今に繋がっている。

 全部を全部飲み込むことはできないって人も居たけど、吐き出す前よりは落ち着いたんだと思う。

 

「そっかぁ……本当に帰るのかぁ……」

「しかし、これが天の御遣いって……未だに信じられないよ俺」

「“これ”とか言わないでくれ……頼むから」

「いやいや、けど一緒に居て楽って気持ちはわかるかな、ってさ。あーほら、お前って自国……魏でもこんな感じで一介の兵とも話してるんだろ?」

「将や警備隊長の肩書きの手前、あまり砕けてくれないけどね。お前らみたいに気安くしてほしいな~とは思うけど、慕ってくれるのも嬉しいからなんというかこう、むず痒い」

「なるほどなぁ……ん、まあいいや。どうせいろんなところで散々言われただろうけど、俺達も言うな。……絶対にまた来いよ?」

「ああ、約束する。警備隊長って身で、どれだけ休みが取れるかなんてわからないけどさ。許可が下りればすぐにでも飛んでくる」

「……よしっ、それで十分だっ。じゃあここらで、久しぶりにアレな話でも」

 

 俺と肩を組んでいた兵が、ニヤリと笑って言う。アレっていうのはまあなんだ、アレだ。男が集まるとどうしても出る、アレ。

 

「そろそろ北郷の魏でのこと、教えてくれてもいいんじゃないか? 誰か好きな相手とか居なかったのか? というかほら、魏の将と燃えるような恋をしてたって噂を聞いたんだが……」

「あ、それ俺も聞いた! ……も、もうそのー……シ、シシシッシ……シ、シたのか?」

「いや、けど最近はこの国の将とのこともいろいろ噂を聞いてるぞ?」

「ああ。尚香様が特にご執心だとか……あ、興覇様も北郷の近くにしょっちゅう居るとか……もしかして北郷が好きなんじゃないか~って噂してたんだ」

「あれ? でもそれってアレだろ? 庶人扱いになった上に北郷の下につけられたからで───」

「そうだけどさ。あの甘将軍だぞ? 嫌なら嫌って言うんじゃないか?」

「あ……それもそうだよな。じゃあ……」

 

 話が勝手に弾んでゆく。

 もう俺が声をかけるまでもなくワヤワヤと賑やかになっている兵舎は、笑顔の生産工場のようになっていた。

 そこに、真実という名の爆弾を投下してみる。

 

「……どうでもいいけどさ。さっきからそこに思春が居るんだけど」

『へ?』

 

 ちらりと兵達の視線が動き……その先に、冷たい冷たい視線と殺気を放つ興覇様。

 

「……もう一度言ってみろ貴様ら。私が北郷に……なんだと?」

『…………しっ……ししし失礼しましたァアーッ!!』

「だめだ許さん」

『助けてぇえええーっ!!』

 

 殺気を込めて、ジリジリと追うだけでも物凄いプレッシャーだ。

 さすがに取って食うようなことはしないし、追うだけなんだが……兵のみんなはもう涙目で逃げ回っている。

 そんな光景に思わず声を出して笑ってしまい、いつから他国でもこんなふうに笑えるようになったのかを考えてみて、すぐにそれを無駄な考えだと断じて捨てた。

 いつから、なんてどうでもいい。今こうして笑えているんだから、それだけ自分にとっての呉って国の見方が変わったってことだ。

 それは喜ぶべきことであり、喜んでいるからこうして笑える。そんな嬉しさや光景を決して忘れないと胸に誓って、歩き出す。

 すぐに背中に「絶対にまた来いよー!」とか「来なかったらこっちから会いに行くからなー!」という声が聞こえてくる。……恐怖に怯えた声に混じってだけど。

 

「思春、そろそろ行こう。きっとみんな待ってる」

「……フン、命を拾ったな、貴様ら」

『ヒィッ!? いっ……行ってらっしゃいませ、興覇様ッ!!』

 

 庶人扱いなのにこの調子。

 そりゃそうか、相手の位が下がったところで、その人から漏れる覇気が低くなるわけでもない。むしろあの殺気は、自分に向けられればヒィと叫べる自信があるものだ。情けないけど。

 そんな考えにまた笑みをこぼしながら、兵舎をあとにする。

 ……さて、次は……

 

……。

 

 玉座の間に来ると、ピンと張った冷たい緊張が俺を襲った。何故こんなにも冷たいと感じるのか……と視線を動かした途端に、雪蓮と目が合う。

 

「あ、来た来た。一刀、中庭に行くわよっ」

「へ? な、中庭に? なんでまた、ぁあぉおわぁっ!?」

 

 目が合うや、玉座から飛び降りるように下りてきた雪蓮が、勢いのままに走ってきて俺の手を引く。

 

「え? いやなになになんなんだっ!? 俺なにかしたか!? それともこんな時まで町の緊急事態に走るのかっ!? 今度はなんだ!? また茘枝(らいち)か!?」

「んー? 違う違う、一刀、帰る前に一度私と思いっきり戦わない?」

「……へ? って、ここで訊いてくるっておかしくないか!? 今こうして思いっきり引っ張ってるのは、むしろそうするって決めてるからだろ!?」

「うん」

 

 あっさり頷かれた!?

 

「平気よ、ちゃんと摸擬刀で戦うし、勢い余って足の骨とか折って滞在期間を延ばすなんてこと───……ふむ」

「ふむじゃないっ!! 自分の思い付きを名案みたいにして頷くなよ頼むから!」

「いーからいーから。ほら一刀、走って走って」

「いやっ、ちょ、待っ……! 止めっ……みんな止めてぇええええええっ!!」

 

 玉座の間に居たみんなに声というか悲鳴をかけるも、みんなは諦めたような顔をして俺を見送りました。

 俺が行く前の玉座の間でいったい何があったのか……それを知ることもなく、中庭へと引きずり込まれた。……引きずり込まれたって言うのか? この場合。

 

「ほら一刀っ、木刀木刀っ」

「なんでそんなに元気なんだよ……」

 

 少し離れた位置で、どこからいつの間に出したのか……模擬刀をぶんぶんと振るっている雪蓮を見る。

 俺はといえば……どうしてか思春が突き出しているバッグを受け取ると、そこに重ねられている竹刀袋から木刀を抜き取り、バッグを置いて構える。

 ……構えて、どうしてこんなことになったのかを考えてみても、答えが舞い降りてきやしない。

 

「なぁ雪蓮、急にどうしたんだ? もしかして送別会させてもらえない腹癒せか?」

 

 ……あ、いや、そういうのは理由をつけて酒を呑めないことに怒った祭さんあたりの仕事か。

 

「ほら、以前一刀と手合わせしたのって、みんなと戦った後。つまり私が一番最後だったじゃない? 一刀ったらへとへとだったし、勝てても面白くもなかったし。だから今ここで、帰っちゃう前にって。ああ大丈夫、みんなにはしばらくしてから来るように言ってあるから、邪魔は入らないわ」

「……旅立つ前に汗だくになれっていうのか」

「うん、そう」

 

 とてもとても輝かしい笑顔でした。そんな笑顔を見て、「ああもう」と頭をワシワシと掻くと、木刀を構える。

 

「一刀?」

「わかった、やるよ。俺も引かれる後ろ髪は無い方が歩きやすい」

 

 言うや、戦闘意識を研ぎ澄ませる。多対一の意識を一対一、一騎打ちの意識へと。氣を練り、木刀に纏わせ、さらに全身の関節にも集中させて。

 

「いい? 最初から本気よ? 手を抜いたりしたら本当に足の骨くらいもらっちゃうから」

「───……。わかった。じゃあ、俺も」

 

 雪蓮の言葉に、さらに集中力が増す。

 殴っていいのは殴られる覚悟がある者だけ。ならば、足の骨をもらう覚悟に対しても、相手の足を砕くほどの覚悟を。……そうだ、手加減なんてしない。そんなものをして勝てる相手なら、あの乱世を生き残れるはずもなし。

 

「……う、うわー……一刀、目が凄く怖いかも」

「……本気で。行くぞ?」

「ん、いつでも。それを合図にするか───」

「シッ!」

「───らっ、て、わわっ!?」

 

 了承を得た刹那に地面を蹴り弾いて前へ。一気に間合いを詰めて、撃を振るうが───これを即座に弾かれる。

 

「もう、一刀っ!? 急にはびっくりするじゃないっ!」

「いつでも、って言ったのは雪蓮だろっ」

 

 弾く勢いを利用してのステップ。距離を取りながらの言葉に言葉で返しながら再び間合いを詰めて、連ねること三閃。それらを雪蓮は鋭い目つきで、しかし口元で笑いながら弾いてゆく。

 

「うん、速い速いっ、この調子で鍛えていけば、十分武将としてもやっていけそうじゃないっ」

「まだまだだっ、結局祭さんにだって、まだ一度も勝ててないんだからなっ!」

 

 そもそも武将になるつもりなんてない。せっかく平和になったんだ、出来れば戦のない世を願いたい。

 しかしそのことと己を高めることとは別だ。国に返すため、守ってくれた人をいつかは守るため、まだまだ自分を高めたい。

 

「そこっ!」

「ウヒャアイ!? こ、こら雪蓮っ! 摸擬刀っていったって突きは危ないだろっ!」

「ふふー、大丈夫♪ 一刀なら避けられるって信じてたからっ」

「それって俺が避けられなければとっても痛くて、しかも無駄に信頼裏切ったことになるだけだよな!? 踏んだり蹴ったりだよ俺だけが!!」

 

 あーだこーだと叫びながらも、俺が振るえば雪蓮は弾き、雪蓮が振るえば俺は避けた。本当に、この時代の人は避けることよりも受け止め、弾き返すことが好きらしい。

 幾度も木刀を振るっても弾かれ、振るわれても避けをして、動きっぱなしで一分二分と過ぎても、戦い方はまるで変わらない。雪蓮は疲れた様子も見せずに模擬刀を振るい、俺もまた木刀を振るい続けた。

 

「一刀一刀っ、もっと、もっと本気で!」

「無茶言うなよっ! これでも相当頑張ってるぞ俺っ!」

 

 疲れはまだ沸いてこない。筋肉はじっくりと時間をかけて、持久力のあるものとして仕上げた……つもりだ。下手をすれば一日中走ったり木刀を振るったりの日々のお陰で、多少の無茶は利く。筋肉っていうよりは、これは氣のお蔭だろうが。

 けれどそこから、無理矢理に力を引き出せっていうのはさすがに無茶がある。確かに本当の本気ってわけじゃないが、それをすればどっちも怪我で済めばいいほうだ。

 ……いや、むしろ傷つくのは俺だけでは? なにせ相手は雪蓮だ。

 

「嘘。祭から勝ちを取りに行こうとする一刀の動き、こんなものじゃなかったもん」

「見てたのか!?」

「うん。だからほら、本気本気っ」

「ぐっ……」

 

 あっさり見破られていた……いいや、確かにここで、まごまごしていても終わらない。だったらいっそ本気で……それこそ、相手の足の骨の一本でも貰うつもりで───!!

 

「───いくぞ雪蓮! 待った無しだ!」

 

 後ろにステップして、言葉を発すると同時に左手で自分の胸を殴りつける。覚悟を刻むために、本気で応えるために。

 覚悟っていうのは、何かを“始める前”よりも“やっている途中”で刻んだほうがいい。……いや、何度でも刻んで、決めて、強くしていくものだ。

 やる前から“こうである”と決めたものなんて、きっと長くは続いてくれない。相手が完全に自分が思い描いた通りに動くのならそのままでもいい。けれど、戦局っていうのはいつも予想の裏へと運ばれる。勘で動くくせに、実際にその通りに戦局を運べる相手だと特に。

 決めるなら最中。そして、何度でもだ。刻んだ数だけ強くなると信じて、強く強く自分を奮い立たせる……それが覚悟だ。

 

「───」

 

 にこー、とさっきまで笑っていた顔が、真剣さを含めた笑みに変わる。まるで、獲物を前にした獣だ。

 そんな彼女へと真っ直ぐに疾駆し、勢いと体重を乗せた突きを放つ。

 

「ふっ!」

 

 が、それを横薙ぎで乱暴に弾かれる。俺の腕は弾かれた方向へと……右腕ごと持っていかれ、衝撃で離してしまった左腕にも痺れが残るくらいの強打に冷や汗を垂らす。

 こんなの、まともに食らったらそれこそ骨の一本くらい簡単に持っていかれそうだ……けど。すぐに構え直して一閃を放とうとする雪蓮とは逆に、俺は弾かれた方向へと勢いに逆らわずに飛び、雪蓮の攻撃を躱す。

 脱力っていうのは、ここぞという時に武器を落としやすいのが難点だろうけど、“逆らわない利点”っていうのがきちんと存在する。

 当然こんなこと、いつでも成功させられるようなものじゃないし、逆らわなかった所為でボコボコっていうことも十分ある。ありすぎて、祭さんに何度叩きのめされたことか。

 

「へー、器用な避け方するのねー。与えられた勢いに逆らわないなんて、面白いかも」

「基礎は過去に、昇華は未来に。知識でしか知らないことも、出来るようになれればきちんと武器になる。こう出来ればいいなって理想も、形に出来れば業になる。……氣が使えるようになったお陰で、俺の見る世界は広がったよ。多少の無茶もしたくなる」

 

 話しながらも攻防は続く。

 避けて攻撃、弾かれて避けて。その繰り返しをしつつも、お互いがいつでも“一撃”を狙っている。本当に殺すわけじゃない、この戦いを終わらせるって意味での“必殺”を、ずっと。

 

「無茶って言ってるけど、わわっ!? ~っ……随分軽く避けてくれたじゃ───ないっ!」

「っと……! 顔に焦りを見せないのもっ……相手の動揺を引き出す手段だろ!? ……っはは……じ、実は今も心臓バクバクいってる」

「あははっ、それを私に言ったら意味がないじゃない」

 

 笑いながら武器を振るわれる。それを避けようとすると、雪蓮は武器を振るいながら前に出るなんて器用な真似をして、“避けられる距離”を無理矢理狭めてきた。前に出ながら武器を振るうなら解るけど、振るいながら前にって……順序が滅茶苦茶だ。

 攻撃範囲には多少の差しか出ないが、その多少を見切って避けるのが“避け”という動作。思いがけない距離がプラスされ、刃引きされた雪蓮が持つ剣が俺の右腕目掛けて───だめだ、普通に振るったんじゃ間に合わなっ……いぃっつ!?

 

「あ。当たっ、たわっ!?」

 

 右腕……二の腕に鈍い痛みが走る中、左手に持ち変えた木刀で一閃。簡単に受け止められたが、距離を稼ぐきっかけにはなった。

 

「おっどろいたー。一撃受けてもすぐに返せるなんて。祭とどんな鍛錬してたの?」

「スパルタ。意味が通じないとしても、それ以上は教えてやらない……っつーか痛っ……! ほんと遠慮無しにやっただろ雪蓮……!」

 

 話すうちに右腕は痺れきって、もはや満足に動いてくれなくなっていた。ううむ、これは困った、やられ放題のフラグが立ってしまった。避けは成功すればノーダメージで済むけど、食らわされると無防備になるから辛い。

 氣を集中させて右腕を癒す……いや、無理だから。いくら治癒や防御に長けてる氣があるからって、そんなすぐに癒えないから。ゲームとかだったら1ターンでシャラ~ンって感じだろうけど、悲しいけどこれ、現実なんだ。

 

「……腕、上がらない? じゃあもうやめる?」

「雪蓮……冗談はやめてくれ。目がやめるって言ってないぞ? むしろそれくらいでやめるな~って言いたげだ」

「……えへー」

 

 言わなくてもわかってくれたのが嬉しいのか、雪蓮はにこーと笑う。そんな笑みを悪魔の笑みのように受け取りながら、木刀を左手だけで構える。

 困ったことに本当に右腕が動かない。……お、折れてないよな? 折れて、今は痺れてるから痛覚がないとか……そんなことないよな?

 ほ~らちゃんと関節もしっかり~……折れてらっしゃるぅううーっ!!

 

「うわっ! なんかぷらぷらしてる! 折れっ……オォオーッ!?」

 

 い、いや落ち着け! だったら気合いでなんとかする! 痛みが浮上するより早く、腕じゃなく折れた骨にこそ氣を通して……木刀を強化する要領で、しっかりと固める!

 

「……よし! 動かないけどぷらぷらは無くなった!」

「うーわ……無茶するわね、一刀……。氣でくっつけたの?」

「いや、添え木代わり。ぷらぷらしてたら内部で折れた骨が刺さるかもしれないから。それよりも……続きだ!」

 

 再度、左手で木刀を構える。雪蓮は少し“失敗したかなー”って顔をするけど、きちんと構え直してくれた。右腕を折ってしまったことで、楽しめる戦いが楽しめなくなることに落胆しているのかもしれない。

 たしかに両手持ちではなくなったために一撃の重みは確実に減ったけど……右手ほどじゃないが、左手での鍛錬もやってきた。本当に、右手に比べれば粗末なものだろうが……それでも踏み込む足も振るう手もあるのなら、諦めるのはもったいないだろう。

 だから……威力の分は速度で。無茶をするなら痛みがないうちだ。

 一年前なら即座に降参、そもそも仕合自体を断っていただろうけど、困ったことに今の俺は、とんでもない負けず嫌いだ。だい、だいじょうび……! いぃいい痛みが本格的に襲ってくるまでは、根性、こここ根性……!

 根性論で立ち上がれる物語の主人公の皆さま……! 俺に力を貸してくれ!

 

「いくぞ雪蓮!」

「左一本で戦える? 本当に?」

「そーいう問答は野暮ってもんだろっ!」

 

 意識を集中。

 氣で攻撃を加速させ、雪蓮の胴目掛けて容赦一切無しに木刀を振るう。

 それは確実に虚を突いた攻撃だった───はずなのに、勘で弾かれたというべきなのか。そこに来るだろうと踏んでいたかのように構えられた模擬刀に、一閃は弾かれてしまった。

 

「あ、あはは……っ……今のは危なかった、わぁっ!? ちょっ、話してる最中にっ」

「不安の通り、余裕はないからなっ……一気に行かせてもらうぞ!」

 

 危なかったもなにもない。しっかりと受け止めておいてよく言う。

 左手一本なために速度も乗り切らないが、それでも一撃一撃を確実に振るってゆく。

 その全てを弾かれたことにはさすがに驚きを隠せないが、今のところは反撃の全ても“攻撃”になるより早く潰している。……代わりにこちらも攻撃ではなく、攻撃潰しにしかなっていないわけだが。


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