速度を増し、雪蓮の攻撃を抑えたらすかさず攻撃。その繰り返しをしていると、自分が多少でも押されたことが嬉しいのか、雪蓮の顔が緩んでいく。
「はっ! ふっ! せいっ!」
「よっ、とっ、~……♪」
なのに目の奥は鋭いままで、変わらずに“一撃”を狙っていることが伺い知れた。……油断はするな、したら今度こそ終わる。
「~~~っ」
こちらは割りと必死だが、雪蓮には笑う余裕がある。そのことに悔しさを覚える。当然といえば当然なのだが、それを理由に笑って済ませることはもうやめた。だから悔しい。
振り下ろし、横薙ぎ一閃、突き、そのどれもを弾き、緩い攻撃……フェイント用の攻撃を仕掛けようとすれば、それが餌になるより先に強打で返され、バランスを崩したところへ追撃がくる。
さすがに強い。強いけど……。
(チャンスはたぶん、一度きり……だよな)
こちらの攻撃を“確実に受け止める”なら、考えがある。
動かない右腕は氣で固定してあるから、力を溜めるつっかえ棒にはなる。これを利用して、あとは……出来るだけ、雪蓮の隙が多い攻撃を狙う。
(俺に出来ることなんて、最初っから決まってる)
知らないことを教えてもらい、教わったものからやるべきことを見いだす。それは仕事であれ鍛錬であれ変わらない。
凪から教わった氣に、祭さんに教わった扱い方に応用を利かせることができたように、今この状況さえも頭に叩き込み、己を一歩先に進ませるための糧とする。
俺が今、雪蓮から教わっているのは……“彼女の戦い方の全て”だ。俺はこれを知ることで彼女の癖を頭に叩き込み、ある一定の行動から次にどう出るかを刻んでゆく。
こう構えればこう来て、こう怯めばこう来る……そういったものを覚え、攻撃を誘い、次に次にと備え───!
(っ───ここっ!)
払うように下から上へと斜に振られる剣を紙一重で避けた───直後、振り上げられた剣が即座に戻り、紙一重で避けた状態の俺を狙い打つ。
これは予測済み。体勢は悪いけど、来るとわかっているのなら、避けるための体勢の良さを多少残しておくくらいわけはない。
「くぁっ!」
耳鳴りのようにも聞こえる風を斬る音を、すぐ傍で聞きながら避ける。雪蓮の驚いた顔も一瞬。すぐに突きを放ち、隙を殺しにくるが───身を捻ることでこれも避け……いや、背中を掠ったようだけどなんとか避け、捻ることで溜めた勢いを存分に利用し、固まったままの右腕に当てた木刀を滑らせるようにして───居合いの要領で一気に放つ。
全力で振るった木刀が、空気を裂く。
以前蓮華の前でも見せた即興居合いだが、氣で加速されたそれは空中の葉も両断する。
本気で当てれば相当に危険なものだが、これくらい本気を見せなければ雪蓮は納得しないだろう。
……なんて思ってた自分へ一言を。大馬鹿野郎め。
「っ……ん、な……!?」
理解出来なかった、というのが正直な感想。
これも“勘”だ~なんて言うなら、ゴッドはいったい彼女にどれだけのギフトをくださったのか。
雪蓮は今まで“受け止めてきていた”俺の攻撃を避けてみせ、振り切られた俺の腕の下で鋭く笑ってみせたのだ。
瞬間、感じたのは寒気か。
今まで余裕があった雪蓮の目からは甘さのようなものが消え、蒼い瞳の奥の猫科動物のような縦に長い瞳孔は、目一杯ギュッと引き絞られ、猫の目から虎の目へと豹変していた。
……それを見てしまったら、感じたのは寒気でもなんでもない、恐怖だという確信を得てしまった。
「───!」
恥もなにもない。自分で振るった腕の勢いに任せるように後ろに飛ぶと、綺麗に体勢を立て直すのも出来ないままに乱暴に距離を取って雪蓮を見る。
言える言葉があるのなら、「なんてこった」だ。というか出た。言った。普通に口からなんてこったって出た。
雪蓮のやつ、今まで全然“本気”じゃなかった。骨を貰うつもりとはいったけど、殺す気でなんて言ってない。つまり今感じている殺気めいたものが本気の合図であり、雪蓮が“戦う”と決めたって意味でもあり───
「……う、わぁ……」
足、震えてる。
考えてみれば、ここまで真正面に殺気をぶつけられたのなんて初めてかも。それも覇気と一緒にだ、震えたくもなる。
下手をすれば死ぬ? むしろ殺される? ……簡単に自分がやられるイメージが出来て、泣きたくなった。
「………」
それでも構えることはやめなかった。
あの一撃が雪蓮の心に火をつけたのかどうか知らないが、つけたほうにも責任があるだろうし───……っ!?
……思考へと意識を軽くずらした途端だった。目の前には姿勢を低くして疾駆してきた雪蓮が居て、俺目掛けて模擬刀が───大丈夫、受け止められる!
「へっ───!?」
乱暴なまでに思いきり振るわれた一撃を木刀で受け止める……いや、受け止めたはずだったんだが、俺の足は……地面を踏みしめちゃいなかった。
じょ、冗談……だろ? 威力は殺したのに、しっかりと構えていたっていうのに飛ばされるなんて、いったいどんな力で剣を振るえばこんなっ……!
(───ヤバイ)
浮いた足が地面に触れた途端、後ろに下がって距離を───取れない!? もう目の前まで……!
「うっ、あ、だわっ!? くあっ!」
振るわれる連撃を木刀で逸らしてゆく。
恐ろしいことに、速度や威力が先ほどの比ではなく、目が慣れていないのに避けるなんてこと、出来そうになかった。
だから逸らしているんだが、一撃で男を宙に浮かすような攻撃だ、逸らすだけでも左腕が痺れてゆく。
これ以上は危険だと判断して降参を口にしても、雪蓮は止まらない。まるでスイッチが切り替わったかのように、冷たさと興奮を混ぜ合わせたような目で俺を睨み、攻撃を連ねてきた。
「つあっ!? しぇ、雪蓮!? 待……雪蓮! 顔を狙うのはさすがに───雪蓮!?」
「───」
雪蓮の虎の瞳孔が、撃を連ねるごとに鋭く鋭く細ってゆく。その度に力は増し、速度は増し、それがやがて最高潮に達したかと思うや、俺の手からは木刀が弾かれてしまっていた。
それで終わる……と思うのは甘い。雪蓮の目は鋭いままで、木刀を弾いた摸擬刀はすぐに戻され、改めて俺を攻撃しようと振るわれる。
「このっ───!」
これじゃあ戦闘狂だ。
舌打ちでもしたくなるような状況の中で、武器が俺を砕くより先に左手を伸ばし、雪蓮の肘に掌底を割りと本気で放つ。
「っ───つはっ……!?」
途端に腕がピンと伸び、発生する瞬間的な痺れによって雪蓮が模擬刀を落とした。
「はっ……こ、これで、っ!?」
それで終わったと思ったのに、雪蓮は俺を……蜘蛛が獲物を捕まえるようにがしりと掴むと、戸惑う俺の反応を楽しむでもなく、
「雪蓮!? 急になにをいっ───!?」
あろうことか、俺の首筋に歯を突き立てた。
「しぇ……れん……!?」
寒気がする。ひやりとしたものではなく、じくじくと足下から這い上がってくるような寒気が。
突き立てられた歯のうちの二つ、犬歯が容易く皮膚を破り、ブツッ……という嫌な音を立てて血が出ることを促す。
そんな状況になっても歯はさらにさらにと深く沈み、背中に回された雪蓮の手が俺の背を掻き毟る。
「………」
熱い。穿たれた首筋も、私服を破られるほど掻き毟られた背中もだが、なにより雪蓮の体が。
恐ろしい、という言葉が一番似合うくらいの寒気の中で、俺を捕らえて離さない雪蓮の体は異常ともとれるほどに熱かった。
身をよじると、逃がさないとばかりに強く強く抱き締められ……いや、締め付けられると言ったほうが適当だ。
動かなかった右腕ごと抱き締められた状態で、折れた腕が圧迫されることで初めて骨折の痛みが浮上する。刹那に悲鳴をあげかけるが、歯を食いしばってどうにかそれを耐えてみせた。
目には涙が滲み、息も簡単に荒れてしまうほどの痛み───だけど、痛みに任せて雪蓮を振り払うことはせず、されるままでいた。
(あー……痛ぇ……)
ずっ、と涙と一緒に出る鼻をすするように息を吸って、掌底をしたために持ち上がっていた左腕……まあ左手だ。それで、雪蓮の頭を撫でてみる。
今の雪蓮、まるで人が怖くて噛みついて来る子犬だ。だから、自分は怖くないんだよって意思を伝えるように、やさしくやさしく頭を撫でる。
すると雪蓮の体がびくんと跳ね、噛まれていた首筋にかかる圧迫感が薄まる。
「………」
だからというわけでもない。最初からそうするつもりで、俺は雪蓮の頭を撫で続けた。痛さから解放されたいからじゃない。この熱さが怖いからじゃない。
ただ、本当に単純な話で……こんなに苦しげな雪蓮を見ていられなかった。だからもし、こんなことで落ち着いてくれるのならいくらでも撫でよう……そういう気持ちで、雪蓮の頭を撫でていた。
「……? 雪蓮……?」
ふと、痛みと熱だけが走っていた首筋に、温かくて柔らかい感触。
少し考えればわかることで、雪蓮は噛み破った首筋から流れる血を、まるで動物がそうするように舐めていた。
そんな返し方が、本当に犬みたいで……くすぐったさを胸に、頭を撫でる。動物を宥める撫で方から、子供をあやす撫で方へ変えて。
“どうしたんだ? 豹変したみたいに襲ってきて”とか訊いてみたかったけど、そんなことを言える雰囲気でもなかった。
今はこうして、落ち着かせることが大事で───オウ?
「あ、あーの……雪蓮さん?」
「………」
……あの。何故私服のボタン、外していきますか?
何故、肌を触ってきますか?
「っ……ね、一刀……私……わたし、ね……? 熱くて……」
「あ……熱いのは、わかる、けど……」
そんなことは首を噛まれる前から感じていた。俺が訊きたいのは、何故に服を脱がそうとしているのか、であり、そんなことじゃないのですが?
もしかして風邪かなんか引いてて、無理して思い出作りのために俺と手合わせを……? だったらこんなふうに暢気にしている場合じゃあ───ってマテ、それが理由ならこうして触られる理由はなんだ?
熱い? 熱いって……この熱っぽい視線とか、とろんとした目つきとかは……えっとその。どっかで見たような。何処だったかなぁ……わりと結構な回数見た感じが───
「……あ、そっか。今まで一緒にブッファアア!!? そっかじゃないっ! ちょ、待て待て雪蓮っ! それはまずいっ! お前、人の旅立ちの日になにをしてくれようとしちゃってるんだよ!」
どんな場面で見たのかを思い出せば、冷静ではいられなくなった。思い出した途端に噴き出した。それが笑いであったならどれだけよかったことか。
そうこう考えているうちに雪蓮の手が俺の下半身へと伸び、ついには───!
「うりゃあっ!!」
「はきゅっ!? ~いったぁーい!! な、なにするのよ一刀っ!」
身の危険を本気で感じた俺は、俺を見つめる熱っぽい視線の持ち主の頭にヘッドバットをくれてやり、怯んだ隙に距離を取った。
「なっ……ななななにをするはこっちの台詞だっ! どさくさまぎれになんてことしようとしてくれてるんだっ!」
「だ、だって……熱くて……」
「………」
雪蓮の様子はやっぱりおかしい。
虎のような目つきは大分穏やかに放っているものの、殺気めいた気配は依然落ち着きを取り戻さないままだ。
自分で自分の肩を抱くようにして俯き、気を張って居ないと、その場にへたり込んでしまうんじゃないかと思わせるくらいに弱々しい。
だというのに、ここから一歩でも近づけば牙を突き立ててくる、と……そう確信させる強い曖昧さを纏っていた。
「……風邪、じゃないよな」
「───」
声を掛けてみるが、再び鋭く細った瞳孔は何も映さず、虚空にある何かを見つめるように虚ろだ。
……ジャリ、と……歩が進められる。
動いたのは雪蓮だ。俺はそれに合わせるように退く……いや、退きたいところだけど、それをすると刺激することになる、と本能が告げていた。
逃げる者を追うのは獣の本能だろうか。だったらせめて、逃げずに迎えてやろうと思った。
そして撫でてやろう。ヘンなことをしない限りは、出発の時間まででも───なんて思っていた、まさにその時だった。
「……? うわっ!?」
足に妙な感覚を覚えて見下ろしてみれば、足に大きな謎の虫がへばりついていた。それを振り払うために足を振るった……のがまずかったらしい。
ハッと気づいた時には、その動作を逃走と捉えた雪蓮が突撃を開始し、こんなことで刺激してしまった事実に頭を抱えて叫びたい俺が居た。
もういっそこのまま逃げてくれようかとも思ったが、それをするより先にあっさりと捕まってしまう。しかも先ほどと同じく正面から抱き付かれ、律儀にもと言うべきか、カッと開いた口が再び首筋へと───って!
「いい加減にしろぉおおおおおーっ!!」
「んきゃうっ!? い、いったぁああ!! か、一刀っ、また───」
「頼むからっ! そんな簡単に欲求に飲まれないでくれよ! 理由はわからないけど、噛みついたり襲ってきたりなんて、そんなよくわからない衝動に負けるなっ! 喝を入れれば一時的にでも正気に戻れるなら、何発でも頭突きでも拳骨でもするから!」
「え……あの、一刀ー……? そんなにぽんぽん、他国の王を殴ったりするのはよくないと思うんだけどなー、私……、~……だ、め……やっぱり熱い……かな……。一刀……ね、一刀ぉ……!」
「雪蓮……」
苦しげな表情……いや、事実苦しいんだろう。
大量の汗を流しながら、立っているだけでも苦しいのか、ゆらゆらと揺れている。
助けることが出来るのなら助けてやりたいのに、その方法は恐らく───
「気合いでなんとかしてくれ!」
───踏み出せない答えにしか至れなかった俺は、なんとも難しい注文を無茶を承知で言ってみる。……が、当然無理だし、俺も冗談なんかで和ませられない状況でふざけている場合じゃない。
「あ、はは……一刀、ちょっと祭に似てきた……?」
それでも笑ってくれた雪蓮に、少しだけ尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
……でも雪蓮? 武の師ってことにはなると思うけど、祭さんには似ても似つかないよ俺。じいちゃんと祭さんならよく似てると思うけど。
うん、困ったことにこの二人、結構性格が似ているのだ。だからまあ、教えを乞うのもやりやすかったってこともあるけど。
一度始めると叩きのめすまでやめないところとか、よく似てる……なんて考えてる場合じゃないよな。
「とにかく、熱くてもいいから落ち着かないと。落ち着かないんだったら……えぇっと、こっちにも考えがある」
「え……? 一刀が、鎮めてくれるの……?」
「ああ。沈めてやる。───…………川に」
「意味が違うわよそれっ!!」
「いやっ……もしかしたら熱が消えるかもしれないだろ!? それに俺が鎮めるって……ダメ! 無理だ無理っ! 大体こんなどさくさまぎれでそういうことしたって、雪蓮も俺も絶対に後悔するから! そんなの頷けないっ!」
「一刀…………ありがと、そんなに真剣に考えてくれて……。でも、ね……そう言ってられる余裕、ないみたい……。私、本当に……」
はぁ、と……いっそ蒸気でも吐き出すんじゃないかってくらいに苦しげな息を吐く。そんな雪蓮を目の前にしながら、手を差し伸べようとしては踏みとどまり、頭を撫でてやろうと思っては踏みとどまり…………けど。
「……どうしてもダメなら、来い。全部受け止めてやる。受け容れるんじゃない……全身全霊を以って、雪蓮の熱が下がるまで抗い続けてやる」
もし興奮しすぎて“自分”を保っていられなくなっているのなら、助けてやらなくちゃいけない。たとえそれが暴力的な解決法であっても、“助ける”と決めたなら選り好みなんてしてられない。
「う……わぁー……。嘘でも抱き止めてやる、くらい言ってくれてもいいのに……。もう……本当に、頑固なんだから……」
頑固で結構。譲れないものがあって、相手が傷つくかもしれないっていうなら……右腕が痛いままでもいい、全力で抗うだけだ。
抗って、どんな手段を使ってでも正気に戻してやる。戻せなかったら……その時は、いろいろと覚悟を決めよう。
「………は、はっ……はぁ…………ふぅっ……!」
よほどに熱いのか、“しばらくしてから来るように”と言われていた呉将のみんながゆっくりと集まる中でも、雪蓮は“ふっ、ふっ”と息を荒げていた。
危険は目に見えている。が、苦しんでいる人を見捨てられるわけもなく、落ち着かせようと……危険を承知で手を伸ばした───途端、目を鋭くして襲いかかってくる雪蓮!
「見える!」
「えっ!? わ、ぷぎゅっ!?」
……だったのだが、反射的な行動っていうのは物凄いもので。
日々の修行の成果か、突如襲いかかってきた雪蓮の猛攻を横に避けると、雪蓮は勢いのままに俺の背後にあった木へと激突。
静かに立っていた木を、助走なしの勢いだけでバサバサと揺らした。
顔面から……だったな。ああ痛そうだ。
「あ、あー……雪蓮? そのぉ……だ、大丈夫、か……?」
「………」
木から顔を引っぺがした雪蓮が、涙目で鼻血を流しながら俺を睨む。
(あ、なんかヤバイ)
そう感じた時には、彼女はもう性質の悪い吸血鬼と化していた。
「お……お~おぉお落ち着こうなぁ雪蓮……? 俺とお前は手合わせをしていたんであって、噛みつきごっことかはうひぃっ!? や、やっ……だからちょ、待、あいっだぁああああああーっ!!」
噛まれた途端、軽い恐怖で誤魔化せていた右腕の痛みがぶりかえしてくる。今度こそ遠慮なしに叫びまくったが、雪蓮も今度こそはと離してくれない。なにが今度こそはなのか、俺の思考に訊いてみたいところだが。
などと冗談混じりに言ってみるが、痛みまではもう誤魔化せない。噛みつかれただけにしては異常な俺の叫びに、のんびりしていた呉のみんなが駆け寄ってくるが、一部の人たちは雪蓮の様子を見て「うっ……」と歩みを止めた
どうやら足を止めた人たちは、雪蓮のこの状態をよく知っているらしい。知っているなら是非とも止めてほしいんだけどな……というか旅立ちの日にどうして、腕折られて首噛まれて背中掻き毟られなきゃならないんだ。
明命がすぐに華佗を呼びに行ってくれたのは本当にありがたいが、今はまず雪蓮をなんとかしてほしい。どういう形だろうと止めればいいなら、このまま左腕で抱えてブリッジして行動不能にさせるって方法もあるんだが……さすがに国王にフロントスープレックスはヤバイだろう。
「めめめめ冥琳! 祭さんっ!! しぇれっ、雪蓮が急にこんなことにっ!」
「むう……あー、なんじゃ、北郷。落ち着かせたいなら、策殿の熱が下がるまで───」
「下がるまで!? どうすれば!? 言っていいから言ってお願い痛い痛い痛い!」
「抱け」
「うぇええええーっ!?」
はい無理ぃいいいっ!!
ていうか腕組んで胸張って言ってくれる助言がそれ!? だ、抱けって!? じゃあさっきの雪蓮の行動、その準備をするために触ってきて……!?
予想通りっていうか、やっぱりあの熱っぽさは、穏が書物に興奮した時と同じものだったってことなのか!?
「冥琳! 断固拒否したいから攻撃許可を頼む! というか気絶させる気でやっていいか!?」
「許可しよう」
祭さんと同じく腕を組んで胸を張って言ってくれた。すぐ隣で蓮華が「冥琳!?」と戸惑っているが、確認し直す時間が惜しい、というか腕痛い! もう耐えられそうにない! だから、今出来ることを───!
「雪蓮───」
雪蓮の腰に腕を回し、しっかりと抱き締める。
きつくきつく、まるで恋人が「もうキミを離さない」とでも言うかのようにしっかりと。途端に雪蓮の体の熱が上がったような気がしたが、そんなものを気にしている余裕もなかったのだ。
「───ごめんっ!!」
そして、ブリッジである。
「ふぴぃっ!?」
思い描いた通りのこと……ようするにフロントスープレックスで雪蓮を大地に沈め、一人、むくりと起き上がった俺は、目を回して倒れている雪蓮にもう一度ごめんと謝った。
そしてこの日より俺は、呉国の王、小覇王、江東の麒麟児にフロントスープレックスをかました男として、歴史に名を連ねることに……したくないので、みんなには見なかったことにしてくださいと頭を下げた。本気で。もう本気で。