真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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23:蜀/メンマで繋がる絆、大陸の父のお話①

47/続・顔合わせ

 

-_-/一刀

 

 ……気づけば氷河地帯で目が覚めた。そんな心境だった。

 いつからここはこんなにも寒くなったのでしょう。

 ついさっきまで、みんなが談笑していたというのに。

 ここは何処だ、とか言いたくなるくらい、さっきまでの空気とはあまりにも違いすぎた!

 

「……あ、れ……? あのー……どうしてこんな、急に冷えた空気が───」

 

 一応、疑問を口に出してみる。

 一緒になって恋も首を傾げているんだが、俺のそんなとぼけた調子が気に障ったのかどうなのか、

 

「ちんきゅーきぃーっく!!」

「うぼはっ!?」

 

 ずかずかとこちらへ歩み寄ってくる関羽さん……に気を取られていた隙を突かれ、何者かに脇腹をキックされた……い、いや、キック? 今、キックと申したか?

 と視線を向けてみると、両手を上げ、口から犬歯を覗かせながら何事かを叫びまくる……えっと、技名からいってたぶん陳宮殿───を確認した次の瞬間には、喉元に青龍偃月刀が……って思春もだけど何処から出してるんだよみんな!

 

「う、わ……!?」

「……貴様。世間知らずというわけではないだろう。いきなり人の真名を呼ぶとはどういう了見か!」

「誰の許可があって軽々しくも恋殿の真名をっ! もはやこの陳宮、辛抱たまりませんぞーっ!!」

「………」

「………」

 

 ……パチクリ、と。俺と趙雲さんの視線がぶつかった。

 次の瞬間にはなんだかおかしくなって、関羽さんが真面目なのに肝心の恋が首を傾げているもんだから……趙雲さんも気づいたんだろう、二人一緒に笑っていた。

 

「なっ……なにがおかしい!!」

「はっはっは、まあまあ、まずは落ち着け愛紗。今の状態では、おそらく世間知らずは愛紗のほうだ」

「なに……?」

「あの。俺もう、恋には真名を許されてて。あ、朱里と雛里にも、だけど」

「なっ───!?」

「なんですとぉーっ!?」

「桃香の真名のことは宴の時に聞いてると思うけど……あの、言ってくれてあるよね? 桃香」

「うん大丈夫。でもびっくりしたよ~、急に恋ちゃんの真名を呼ぶんだもん」

 

 う……やっぱりか。

 あまり交流があったわけじゃないけど、恋の性格を考えたら自分からそういうことを教えるような人じゃないって、わかりそうなもんだもんな……。

 ……マテ。交流がないのに、どうして俺は真名を許されたんだ。

 

「恋、この者が言っている言葉は真実なのか?」

「……許した」

「恋……そういうことは先にだなぁ……っ」

「? ……? ……ごめん……?」

 

 だはぁっ……と力を抜くように出た溜め息ののち、関羽さんが疲れた顔で言う。

 対する恋は首を傾げて謝るもんだから、関羽さんは余計にぐったり。

 

「れっ……恋殿ぉおおお~っ……なぜこんな男にぃい~……」

「……ねね、泣かない……」

 

 陳宮殿は何が悔しいのか悲しいのか、涙目で恋に訴えかけていた。

 うーん……失敗だった。ここに着いた時点、もしくは前もって朱里か雛里に“恋からは真名を許された”ってだけでも教えておけばよかった。

 一応、場の空気は元に戻ってはくれたけど。

 と、そんなことを思い、辺りを見渡しつつ溜め息を吐いていると、小さく頭を下げる関羽さん。

 ……途端にこっちのほうがとんでもないことをしでかした気分になった。

 あの関雲長に頭を下げさせるとか、悪いわけでもないのに罪悪感がっ……!

 

「……失礼したっ! 誤解で客人に刃を向けてしまうなど、この関雲長一生の不覚っ……!」

「あ、い、いやっ、この場合はこっちが悪いだろっ! 俺が朱里や雛里にそういうことを教えておけば、関羽さんやみんなだって混乱することなかったんだからっ!」

 

 こんなことを一生の不覚にされたら、向けられたこっちは重すぎて潰れる。

 

「いやしかしっ……」

「これこれ愛紗、本人がいいと言っておるのだ、そう追いすがらんでも良いだろう」

「だが星っ!」

「北郷殿が真名を呼ぶことで刃を向けられることは、今回が初めてではない。いい加減慣れる頃だろうし、気にすることでも───」

「気にするぞっ!? それはさすがにさせてくれ! ていうか“いい加減慣れる”とか言われると、俺が何度もそういうことやってるみたいに聞こえるだろ!?」

「なるほど、するとこれが二回目か。魏でも似たようなことをやっていたのではと鎌をかけてみたのだが」

「勘弁してください……お願いしますよ……」

 

 ……さっきまでは話しやすい人かな~と思ってたけど、とんでもない。

 この人、人をからかうのが相当に好きだ。

 と、肩を落としていた俺の顔を覗くようにして、桃香が話し掛けてきた。

 

「えと……お兄さんは星ちゃんと知り合いだったの?」

「ん……っと。初対面で槍を向けられた仲だ」

 

 俯かせていた頭を持ち上げ、記憶の通りのことを話してみる。

 うん、経緯はどうあれ、槍を向けられたのはたしかだよな。

 

「……北郷殿、それでは一方的に私が悪だ。賊に襲われていたところを助けた恩、よもや忘れたか?」

「忘れてないよ。あの時は本当に助かった、ありがとう」

「……うむ。というわけで───桃香さま。この者とは急に真名を呼ばれた仲にござる」

「ちょっと待った! 俺が呼んだのは風の真名であって、趙雲さんの真名を呼んだ覚えはないぞっ!?」

「……北郷殿。あまり細かいようでは女性に嫌われますぞ?」

「趙雲さん……? あまり冗談がすぎると、いつかしっぺ返しを食うぞ……?」

「ふふふふふ……」

「ははははは……」

「あ、あの~……?」

 

 桃香を中心に、俺と趙雲さんの視線がばちばちとぶつかり合う。

 うん、なにやってるんだろうね、俺。

 

「桃香、軽く説明すると……俺がこの大陸に降り立った時、丁度そこには黄巾の連中が居てね。そいつらに襲われそうになったところを、趙雲さんに救われたんだ」

「その通り。すると、ともに旅をしていた風の真名をほれ、この者が軽々と口にしたわけで」

「その時は真名の意味なんて知らなかったんだよ……訳もわからず大陸に落とされて、訳もわからず襲われて、訳もわからず槍を突きつけられる俺の気持ち、桃香ならわかってくれるだろ?」

「む。知らなかったからとはいえ、そういった場に下りた限りはその場の風習に従うもの。桃香さま、この趙子龍の言こそを認めてくださるな?」

「え? え? あ、あのぉ~……二人とも……?」

「何言ってるんだよ趙雲さん! それじゃあもし幼児が間違えて真名を口にしたら、槍でも突きつけるってのか!?」

「それは極論というものだろう北郷殿っ! 以前のおぬしならまだしも、今のおぬしならば真名の大切さもわかろうもの!」

「当時の俺の、真名に対する知識は幼児以下だったって言ってるんだって! お、俺だって知ってたらむざむざ槍を突きつけられるようなこと、言うもんかっ!」

「強情なっ! もはや過ぎたことだろうに!」

「あぁーっ! 一方的に俺だけが怒られるような言い方を始めた趙雲さんがそれを言うかっ!?」

「言いもするっ! この国にやってきたからには胸の内を曝け出し、心から笑い合えんようでは未熟千万! 素直に泣けもせぬ者よりも素直に泣ける御仁の方が好ましいと言ったはずだ! わからんのならその耳でしかと聞くがよい! そのように沈んだ顔をした者から教わることなど皆無! 今のおぬしは“教える者”として、あってはならん顔をしている!」

「なっ───!?」

 

 おっ……教える者として、あってはならん顔……!?

 なんてことだ……俺の顔が、教える者としてあってはならないなんて……!

 せっかくこうして、学校のことを相談しつつ教師としてやってきたっていうのに、まさか俺の顔が…………俺の……俺の……、……あれ? ……どんな顔だそれ。

 

「……あのー、趙雲さん? 教える者としてあってはならん顔ってどんな顔?」

「む? ……さて、そういえば恋がおぬしに用があるのだったな」

「あれぇ!? ここでスルー!? ちょっと待て趙雲さんっ、それじゃあいくらなんでも納得がいかないだろっ」

「ええいどこまで強情かおぬしっ! 過ぎたことをぐちぐちとこぼし続けるようでは───!」

「それを言うなら誤魔化して引こうとする趙雲さんだって───!」

「わ、わーちょっと二人ともっ、喧嘩はだめだよ喧嘩はっ!」

「桃香さま、これは喧嘩ではござらんっ!」

「そうだ桃香! これは互いを知るための語らいさっ! 喧嘩なんかじゃあ断じてないっ!」

「では続きといこうか北郷殿!」

「望むところだ趙雲さん!」

「あ、あぁあうぅう~……」

 

 桃香を挟んでの口論は続く。

 うん、実際怒ってるわけじゃないんだ、からかい合いの延長のようなもので、馬鹿にするような言葉は一切無い。

 遠慮なく様々なことを言ってはいるけど、不快に思うことなどなく、むしろ楽しんでいた。

 

「その風習に則ったら俺、姓が北で名が郷、字が一刀って感じになるだろっ!?」

「無論! むしろそう思っていたくらいだ!」

「胸を張るなぁっ!! 俺にとっての真名と呼べるのは一刀って部分なのっ! 一刀が字じゃどう考えても変だろっ! それなら趙雲さんだって、趙子龍って───趙子龍……趙子……?」

「……どうされた? 私の名に何か不満でも?」

「あ、いや……ちょっと待って、なにか思い出せそう……」

 

 趙子龍。

 趙雲、って名前が頭にこびりついてて、つい子龍って字を忘れがちだったけど……そうだ、名よりも字。

 字は名を気安く呼ばせないためにつくもの、って言われてた。

 だったら趙雲、と書くよりも趙子龍って書くのが普通で───

 

「趙子龍……趙子……趙……あ、あぁああああーっ!!」

「お、おおっ……?」

「わっ、ど、どうしたのお兄さんっ」

 

 思い出した! ───途端に叫んでしまったもんだから、傍に居た趙雲さんと桃香を無駄に驚かせてしまった。

 けど思い出した……そう、その名前は───!

 

「趙子龍! そっか、趙子! な、なぁ趙雲さん! もしかしてメンマとか作ったりしないか!?」

「……? それは確かに、多少かじった程度ではあるが作りもするが……」

「星ちゃん……あれで多少なの?」

「なにを仰る、私などまだまだ、うわっ!?」

 

 フッ……とどこか憂い顔だった趙雲さんの右肩を掴み、その目を真っ直ぐに見る。

 間違い無い……メンマで趙子……絶対にそうだ!

 

(今でも思い出せる……あの素晴らしきメンマ……!)

 

 思い出すのは季衣と食べたあのメンマ。

 趙さんには感謝しないとね、なんて季衣と言い合っていたが、まさかこんな場所に……! というかあの趙子龍がメンマ製作をしていたなんて……!

 ええい右腕が動かないのが悔やまれる! 両肩をしっかと掴んで感謝をしたかったのに!

 

「俺、多分だけど趙雲さんが作ったメンマを食べたことがある! あの時はありがとう! 俺、あんなに美味いメンマを食べたの、初めてだった!」

「…………メンマが、お好きか?」

「ああっ、あの瞬間に味に目覚めた! いつか趙さんにお礼を言えればと思ってたけど、まさかそれが趙雲さんだったなんて……!」

 

 興奮に我を忘れることってあると思う。

 さっきまでの言い合いはどこへやら、俺の心は感謝の気持ちで、頭の中はメンマの味でいっぱいになっていた。

 対する趙雲さんは……───わぁ、キリッとしようと努めてるんだろうけど、顔がどうしようもなく緩んでる。

 

「それは素晴らしい。いったい何処でこの趙子龍のメンマを食したのかは知らんが、私程度の腕で味に目覚めてくれるとは……これは認識を改めなければなりますまい」

「…………星? お前それでいいのか?」

「なにを言うか翠。メンマ好きに悪人など居るものか。北郷殿、我らはこれより友だ。ともにメンマの真髄……極めようではないかっ!」

「趙雲さんっ!」

「北郷殿っ!」

 

 ガッシィッ! と手が繋がった。

 メンマで繋がる絆がある……その感動、プライスレス。

 ……うん、プライスレスなのはいいんだけど、さっきからずっと俺のことを睨んでいる陳宮はどうすれば……。

 

「あの……陳宮? なんでさっきから俺のこと睨んでるのかぼほぉっ!?」

「馴れ馴れしく話し掛けるなです! おまえごときが恋殿の真名を口にすること! 恋殿が許してもこの陳宮が許さんのです!」

「…………」

 

 うん、どっかで聞いた言葉だった。

 どの国にでも居るもんだなぁ、こういう人……ていうか不意打ちキックはやめてください、地味に痛い。

 

「さ、恋殿! こんな男の傍に居ては孕みますぞ! 今すぐ離れるのですー!」

「近くに居ただけで孕むの!? どんな生物だよそれ! 俺はそんな特異体質なんて───桃香さん!? なんで無言で離れようとしてるの!?」

「あはっ、あはは、はっ……な、なんでもないよ~? うん、なんでもない~っ」

「……趙雲さん」

「うむ、泣きなされ」

 

 目を細め、あっさりと言ってくださった。

 そんなわけでもう、片手で顔を覆って泣きました。両手じゃないのが少し悲しい。

 ひどいや、いくら魏で種馬とか言われてたからって、他国に来てまで孕ませられるとかそんなこと言われるなんて……。

 

「お兄ちゃん泣き虫なのだ。ひょっとして弱いのかー?」

「───……ああ。めっちゃくちゃ弱いぞー? 弱いからいつだって泣いていいんだ。それは泣き虫で弱虫な存在の特権なのさ……。魏の中でも特別弱くて、いっつもいっつも後方で戦いを見てばっかりだったくらいだ」

 

 今は強くなろうと努力しているところ。

 多少力がついたからって、慢心は敵でしかない。

 国のために、いつかみんなに返すためと力をつけているが、身も心も強くなる、なんてものはとても難しくて。情けない話だが、時々こうして弱音めいたものを吐き出したくなる。

 

「そーなんだ。だったら鈴々が鍛えてあげるのだ!」

 

 だからなのか……そう、よっぽど自信なさげで落ち込んだ顔をしていたのか、張飛は頭の後ろで手を組みながらそう言った。

 なのに俺はといえば、一瞬何を言われたのかもわからずにぽかんとして……ようやく思考が追いついた頃には、そのままの顔で口を開いていた。

 

「……え? ほんと?」

「鈴々に二言は……えーと……あるかもしれないけど今は無いのだっ!」

 

 胸をむんっと張って言う張飛。

 こんな体型だが、その強さは一騎当千。

 呉では祭さんや明命や思春に付き合ってもらい、道中ではずっと雪蓮(暴走)のイメージと戦ってきたけど……まさかこっちで張飛に教えてもらうことになるとは。

 あ、ちなみに、雪蓮のイメージには一度たりとも勝てなかった。強すぎです彼女。

 

「そっ……そっかそっか! 鍛えてくれるかそっかーっ! ありがとう張飛、ありがとうっ! あ、でも鍛えてくれるのは三日に一度でいいか? 俺、もうずっとそうやって鍛えてきたから、それ以外の日にやると体の調子が悪くて」

「……? よくわからないけど、手伝ってほしくなったらいつでも鈴々に言ってくれればいいのだ」

「おお……!」

 

 思わぬところで鍛錬を手伝ってくれる人が……!

 蜀に来てからはずっと、思春と一緒に鍛錬をするんだとばかり……って、思春どこ?

 そういえば居ないけど……ハッ!? もしやまた近くに……!?

 

(……なんて思っても、気配なんてわかるはずもなく……)

 

 思春は本当に、空気にでもなったみたいに気配を殺すから怖い。

 いつ、何処で見られているかを考えると、おちおち落ち着いてもいられない。

 ……現状だけでも、落ち着けるわけもないんだけどさ。

 

「なにはともあれ、客人が来たわけだ。酒の一献でも付き合ってもらっても罰はあたるまい」

 

 主に、やたらと首根っ子を引き寄せたがる、この厳顔さんの所為で。

 

「や、でも。顔合わせは済んでも自己紹介がまだの人が」

「そんなものは酒を呑みながらでも出来ようが。ほれ、まずは───」

 

 ニタリと笑み、常備しているらしい酒徳利を取り出して───ってどうして常備なんか!?

 酒が好きなのはわかるけど、祭さんといい、この口調の人はみんな“酒大好き人間さん”なんだろうか。

 さすがに顔合わせにと用意された席で酒を呑むのはいけないと思っているのに、この腕が……首根っ子を引っつかんでいる腕が、俺なんかの力よりもよっぽど強くて……! あ、だめ、逃げられな───

 

「桔梗、それくらいにしておけ」

 

 ───い、と続くはずだった意識が、聞こえた声に救われる。

 誰? と確認するまでもなく、その声に最初こそは身を震わせたけど……振り向いてみれば、予想通り関羽さんが居た。ちなみに呆れ顔。

 

「む? なんだ愛紗か。せっかく酒を呑める口実が出来たんだ、そっとしておかんかい」

「わあ、本人の前で口実とか言っちゃった」

 

 酒飲みの方々ってもうこんな人ばっかり。

 でも不思議と憎めないのは、その取っ付きやすさからきている人徳的ななにかなのだろうか。

 や、わかってる、呉でも祭さんの元気っぷりには随分と助けられたし。でもこの、いつでも何処でも酒を勧めてくるのは勘弁してほしいです、はい。

 

「愛紗、お兄ちゃんのこと嫌ってたんじゃなかったのかー?」

「はっ……初めから嫌ってなどっ……! ただ私は、けじめの問題をだな……っ!」

「? けじめならお兄さんが謝って私が許した時点で、もうついてるんじゃないの?」

「いえっ、桃香さま、これはっ…………わ、私個人のけじめの問題ですっ」

「愛紗ちゃん自身の? え~と…………」

「ふふっ……桃香さま、察してやりなされ。愛紗もいい加減、自分一人が一方的に嫌う理由に見切りをつけたいのでしょう」

「星!? 貴様っ……!」

「……あ、そっかー。愛紗ちゃん、かわいー♪」

「桃香さまっ!? ちがっ……これは!」 

 

 ……当人そっちのけでの言い合いが始まった。

 こうなると長い上に、肝心なところだけ答えを俺に求めるというパターンが軽く想像出来るんだから、俺もこれで結構経験値が積めてきたんじゃないだろうか。

 ということで、俺の首から腕を離して酒に手を伸ばした厳顔さんの隙を突いて、その場から離れる。

 

「ふうっ……」

 

 名物なのかどうなのか、蜀の将は人垣の中心で展開されている騒ぎを「やれやれまたか」って感じの苦笑で眺めている。

 そんな中から自己紹介を済ませていない人を探し、きっちりと自己紹介を済ませ(袁紹さんは物凄く苦労したが)───一応の段落を得た。

 ……それが済んでもまだ言い争っている彼女らは、どれだけネタに苦労していないのか。

 苦笑をもらしながら、最後に玉座の間の隅でTAIIKU-SUWARIをしている張勲に話し掛け、自己紹介を……と思ったのだが。

 

「……お嬢さま……」

「あのー、張勲?」

「お嬢さま……」

「張勲? 張勲~?」

 

 声を掛けてもどことも知らぬ世界を眺めているようで、振り向きもしない。

 むしろ壁に向けて体育座りをしている時点で、壁しか見えてないんだが。

 

「うん……いいです……。ご飯も、暖かい空気もあります……。しばらくはここでご厄介になるのも悪くないです……。ただ……お嬢さまがいらっしゃらないんですよね……」

「………」

 

 壁に向けて、どこぞの死刑囚のような言葉をぶつぶつと仰ってる。コンビニを襲ったあとに、警視正の口に肉まん数個を突っ込みそうである。

 仕方も無しにその肩にポンと手を置くと、“ビビクゥッ!”と器用な跳ね方をしてこちらへ振り向く張勲さん。

 

「お嬢さまっ!? ───ひゃっ!? あ、あなたはっ……!」

 

 多少の驚きをその全身で表現しつつ、怯えた様子で今まで見ていた壁の隅へとじりじりと下がる。

 そんな彼女に「やあ」と軽く手を上げてみたんだけど───

 

「私とお嬢さまが助かる可能性を身勝手に完膚なきまでに打ち砕いてくれた上に忌々しいことに私とお嬢さまを離れ離れにした天の御遣いさんじゃないですかぁっ」

「…………出会い頭に一息で、どれだけ自分の都合で人を悪く言うんだこの人は」

「いえいえ、褒めてもなにも出ませんから。それであの、あなたがここに来たということは、私はもうお嬢さまのもとに帰ってもいいってことでしょうか」

「いや、そんな話は全然聞いてないかな。朱里と雛里づてでキミがここに居るのは知ってたけど、そもそもキミをここに来させた覚えは俺にはないぞ?」

「いえいえいえいえいえとぼけたって無駄なんですよー? あなたがあの時、“三国に降るように~”とか“必要になった時にすぐに動ける人員に~”とか言っちゃわなければ、今頃私はまだお嬢様とっ……お嬢さまとぉおお~……」

「………」

 

 うん、どうしよう。

 この人から物凄く“自分勝手臭”が漂ってきてるんですけど。

 

「あの。張勲?」

「はいっ♪」

「………」

 

 で、話し掛けてみれば泣きそうな顔もどこへやら、笑顔で人差し指をピンと立て、続く俺の言葉を待った。

 無駄に元気だ……T-SUWARIのままだけど。あの、こっち向きながらその格好じゃあ下着見えますよ? ていうか見えてて目のやり場に困るというか……ええい目だっ、目を見て話せ俺っ!


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