真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

68 / 454
23:蜀/メンマで繋がる絆、大陸の父のお話②

 咳ばらいを会話のクッションに、極力張勲の目を見るようにして会話を続ける。

 無防備と言えばそうなのか、それとも狙っているのか、張勲はどこかからかうような様子を見せていた。……寂しそうなのは確かなようだが。

 

「ここに来るように言ったのは華琳なんだよな?」

「はい、その通りです。ある日曹操さんが玉座の間に私を呼び出したかと思うと、“このまま美羽とは会わずに蜀の桃香のもとへ向かいなさい。条件付きの勝負に負けた貴女には一切の拒否権はないわ”と言いまして~♪」

「………」

 

 口調は嬉しそうなのに、顔は泣きそうだった。

 器用な人だ……。

 

「それは、賊まがいのことをやっちゃった私達が極刑を免れるには、結果としてあの条件を飲むしかありませんでしたよ? でも条件を少しでも軽くする方法は、考えればいくらでも出てきたはずなんです。なのに華雄さんが勝負と聞いた途端に“どんな条件でも私の勝ちは揺るがない!”とか言い出して……っ」

「………」

 

 やばい泣ける……! この娘ったらなんて不憫っ……!

 

「あなたが……あなたさえその外見通りの顔だけっぷりを発揮して、華雄さんにぱこーんと負けてくれれば……」

「顔だけで悪かったなっ! つーかあの。張勲さん? 逆恨みって知ってる?」

「はいそれはもちろんですよ? わかってて言ってますから~」

 

 ……爽やかな笑顔でした。目尻は涙でいっぱいだったけど。

 この娘、天然なのかなぁ……言うことはいちいちもっともっぽいんだけど、どうにもそこに皮肉をつけないと喋れないような……そんな印象を受ける。

 袁家の下で働いてると、こうして性格も歪んでくるんだろうか。

 と、軽く考えてみたけど……反面教師にして物凄く真面目になるか、影響を受けてヘンテコになるかのどっちかしかないんじゃないかという結論しか出なかったよ。

 

「それでさ。せっかくの機会だからきちんと自己紹介とかしたいんだけど」

「ああ、それでしたら───」

 

 俺の言葉にシャキッと立ち上がり、スカートのお尻の部分をパパッと払うと姿勢を正し、一度軽くお辞儀をすると───

 

「姓は張、名は勲。お嬢様……袁術さまの側近からお世話まで、お嬢さまのことならなんでも知っている、まさにお嬢さまのために産まれてきました存在です」

「随分とまあご心酔というか……」

「もちろんですともーっ♪ お嬢さまのことなら、いいところも悪いところも、恥ずかしいところも全て、そう……全て知っていまーす♪ ……男性の方でしか知り得ないことも当然……ふふふ……っ」

「………」

 

 いちいち喜びと負の感情を混ぜ合わさなければ喋れないんだろうかこの人は。

 今だって男性の方がどうのって部分では、物凄くニヤケた顔してたし。

 

「いつかお嬢さまにも色を知る歳が来るんでしょうね……たとえば目の前の、悔しいけど顔だけはいい男性にいいように扱われて……扱われて……っ……その時は是非とも私も混ぜてくださいね?」

 

 それでいいのかアンタ……と、本気でツッコミ入れそうになった。

 そんな俺の頭の中はほったらかしに(当然だけど)、どんどんと話し続ける張勲はどこか目が回ったような───あれ? 目が回ってる? なんで?

 

「お嬢さまが実際の殿方によって涙を散らす瞬間……それを見なければ、私としましては一生悔いが残りますので。お嬢さまの全てを知ってこその側近。お嬢さまの無茶振りの全てを受け止め、やさしく包みつつ、時にはからかって涙に滲むその可愛らしいお顔を愛でる……それが、この張勲の至高の喜び……! ああもうっ、お嬢さまったら可愛すぎますっ!」

「おーい……帰ってこーい……」

 

 胸の前で両手を絡ませ、キラキラ光る瞳でどこぞを見ている張勲さん。

 なんかもう……いろいろと深い世界の住民のようで、さすがに顔が引きつってます俺……。

 

「そんなわけですのでー……はいっ♪ これからよろしくお願いしますね、御遣いさん」

「……っと、そっか。姓は北郷、名は一刀。字も真名も無いから、好きなように呼んでくれていいよ」

「はいっ、種馬さんっ♪」

「それはやめてくださいっ!?」

「いえいえ、どうせお嬢さまを散らしたあとには、私も散らしていただくつもりなのでぇ。お嬢さまが味わった痛みを、直後に私も……といっても私もお嬢さまも散ってはいるんですけどね。野生の蜂蜜って怖いですよねー。でもでもやはり、殿方に実際にされるのとそうでないのとでは違うでしょうし」

「なんで散らすこと前提で進めてるんだ!? こっ……断るぞっ!? 断固として断るからなっ!?」

「では寝込みを」

「襲わないでくれっ!!」

 

 だ、大丈夫なのかこの人……!

 袁術に仕えてて、袁術が大事だっていうのは話をしているだけで十分すぎるほどに解るけど、いくらなんでも話が飛びすぎて───あれ?

 

「………………」

「あの……張勲さん?」

「……ここの仕事は……ですねぇ……? すごく大変で、そりゃあやり甲斐もあるんですよ~……? でも……ですけど……お嬢さまが命令してくれないと、その大変さもただひたすらに辛いだけでしてぇえ…………」

「……えーと、つまりなに? 袁術が居ない所為で───」

「辛いだけって……本当の意味で辛いですよね……。癒しが……お嬢さまの笑顔が欲しい……」

 

 また影が差した顔でぼそりと言う張勲さん。

 もぞもぞと足を折り、ふたたびT-SUWARIをしてしまった。

 どこまで袁術のことが好きなんだろうかこの人は……なんて思いながらも、これだけ忠誠を誓えているのはある意味凄いかな、と───感心してしまった。

 

「お嬢さまの笑顔が……お嬢さまの喜ぶ顔が……お嬢さまの……希望を手にした途端にどんぞこに突き落とされた顔が見たいです……」

「………」

 

 ……感心しちゃったよ俺。しちゃったよ。前言撤回していいかな。

 と、それはともかく、なにやら禁断症状みたいなものを出しているっぽい。

 愛煙家がタバコから無理矢理引き離されたような、そんな状態……なんだろうか。

 

「……あのさ。だったらここで、ここに居る間だけでもいいからなにか別の目的を探してみたらいいんじゃないか?」

「はい……? 別の……目的、ですか?」

「ん、そう。なにも袁術に限ることなんてないんだし、ちょっと興味が引かれたことに手を伸ばしてみると、案外……楽しめたりするんじゃないかな」

 

 言いながら、しょんぼりとしている彼女の頭をやさしく撫で───そうになるのを止める。蜀に来る道すがら、朱里や雛里にやっていた癖だこれ。誰彼構わず、しょんぼりさんを見かけると手が伸びそうになるのはヤバイ。

 なので止めてみたつもりだったんが、しょんぼりしているのを見ていたらやっぱり止めきれず、気づけば撫でていた。

 頭に乗ったスチュワーデスキャップのようなものがゆらゆら揺れるが、一度撫でてしまったのなら気にせずやさしく。払われたら二度とすまい。

 

「…………そう、ですねぇ……そうですよ。いずれ大陸の父になるかもしれないお方なんですから、その人となりを知っておくのも───」

 

 ───そんな手が、ピタリと止まった。

 たぶんやさしく笑んでいた顔も引きつらせた状態で。

 

「あの、今……なんと……?」

「え? ですから大陸の父になるお方なのですからー、と。聞いてません? 魏に孫策さんが乗り込んで、将一人一人に御遣いさんに手を出していいかを訊きに行ったって話」

「な、なんだってぇえーっ!?」

 

 本当に実行に移ったのか!?

 そりゃあそういう話はしたけどっ……いくらなんでも行動が早すぎじゃありませんか伯符殿!!

 

「そんな話、どこから……」

「はーい、執務室で話しているのを盗み聞きしてましたーっ♪」

「張勲さん、貴女笑顔でなんてことを……」

 

 でも気になるのはたしかなわけで。

 

「えーとその。俺が大陸の父になるって、雪蓮……孫策が言い始めたのか?」

 

 発端は間違い無く風だろうけど……あれはただ名称を語ってみせただけで、首謀者とは程遠い……よね? 違いますよね風さん。

 

「そう名づけたのが誰かは知りませんよ? 私は盗み聞きしただけですし、そういう話があるー、としか知らないんですよぅ」

「ウワー……」

 

 どうしてそんな話が……。

 むしろ驚くべきは雪蓮か……まさか、本当に行くなんて。いやそれ以前にこんなに早く行動を起こすなんて。

 

「あの……張勲さん? 絶対に早まった行動はしないでくれな? 俺は魏のみんな以外の人とは関係を持つ気は───」

「お嬢さまに誰とも知らぬ男に抱かれろって言うんですか!?」

「うわわわわっ!? ななななんてことを大声でっ……! ちょっ……なんでもないなんでもないっ! なんでもないからこっちのことは気にしないでっ!!」

 

 張勲の声にちらちらとこちらを見る蜀の将の皆様に、なんでもないと必死に説明して視線を戻してもらった。

 ……よかった、まだ言い争いが続いてて。終わってたら絶対にこっち来てたよ。

 

「……はい、わかりましたー。こうなればあなたがお嬢さまに相応しい男性かどうかをこの七乃がっ……お嬢さまのために見極めてみせますっ」

「そんなことしなくていいからっ……なにか言われたら断ってくれればそれでっ……!」

「うわーぁ、なにを言ってるんでしょうねぇこの人はー。もしそんなことで流してしまって、あなたがとても素晴らしい人だったりしたら私とお嬢さまのお先は真っ暗じゃないですかぁ」

「……酷く打算的な反応ですネ……」

「女は狡賢い生き物ですから。それに天の御遣いたるあなたと関係を持てば、お嬢さまがなにかしらの間違いを犯しちゃっても許されそうですしー♪」

 

 うわァいこの人本当に狡賢いやァアアーッ!!

 

「こ、断る! 俺は魏に全てを捧げた! だから───」

「あー、だったら私とお嬢さまが魏に降っちゃえばいいってわけですねー?」

「やめてぇえええええーっ!!」

 

 迂闊! しまった! その方法があった! たしかにそれなら理屈上は俺は断れないっ……!

 断れ……こと……こ……?

 

「……ちょっと待った。そもそも張勲さんって、俺のことなにも知らないだろ? いいのか、そんな関係を持つとか持たないとか」

「いやですねー、それをこれから知っていくんじゃないですか。時間ならたっぷりあっちゃいますし、全然まったく問題なしですねー」

「………」

 

 背中になにか冷たいものが走った気がした。

 いや、殺気とかじゃなく……寒気……?

 

「ですからお願いしますね、えーと……一刀さん? 是非ともここで、お嬢さまに相応しい男になっちゃってください」

「成長しろって言われてるはずなのにちっとも嬉しくないのは……どうしてなんだろうねぇ……」

「固いことは言いっこなしですよぅー。というわけで、さ、一杯」

 

 と。にっこり笑顔で徳利と杯を取り出す張勲さ───アァアアアッ!!?

 

「呑んでたの!? いやそれ以前にどこからっ……いや待て! 言動のおかしさもそれが原因かっ! ええいどこからツッコんでいいやらっ!」

「だぁいじょうぶですよぉ、これは厳顔さんにいただいた、寂しさを紛らわせる飲み物ですからぁ~……やぁああさしいですよねぇ、厳顔さん~……」

「寂しさの意味が微妙に違ってるからそれっ! ああもう宴での第一印象からだけど、本当に酒が好きだなぁあの人!」

 

 祭さん、霞と合わせて酒をがぶ飲みしていた厳顔さんを思い出す。……だけで、胸焼けにも似た気持ち悪さが込み上げてきた。

 無理です、あそこまで呑めません。乾杯だけで虫の息だった俺では、それ以上の酒は想像するだけで誰かに向けて謝りたくなる。

 

「……あのな、張勲。なんかもう“さん付け”するのが悲しくなってきたからこう呼ぶけど、こういう場で酒を飲むのは、こういう場を設けてくれた人に対して申し開きが───」

「………《にこり》」

「へ?」

 

 言葉の最中、にこりと笑って俺の後方を指差す張勲。

 ハテ、と振り向いてみると、将という人垣の中で……腰に括り付けてあった酒を呑み、豪快に笑っている厳顔さんの姿が。

 

「………」

「………」

「……飲もうか」

「はーいっ♪」

 

 一個の杯をさあさと渡し、酒を注いでくれた張勲の前でくいっと一飲みにする。

 途端、口の中から食道、胃袋にかけて熱が走り、少しだけ息が詰まったような気分になってくる。

 そんな体の変化を楽しむと、ありがとうと言って杯を返すと……張勲はとくに気にする様子もなく酒を注ぎ、くいっと飲み下してしまった。

 ……間接キスとか、気にしないのかな。それとも酔ってる所為で気にしてないのか───あ。物凄く苦そうな顔してる。

 

「……一刀さん?」

「うん? なに?」

「もし……私より先に魏に行くことになっちゃったりして、私より先にお嬢さまに会うことがあれば……七乃は元気に暮らしていますと伝えてもらえます?」

「袁術にか?」

「はい。お嬢さまは寂しがり屋ですから……気安い相手が近くに居ないというだけで、精神的にアレになってると思いますからー……」

「……アレなのか」

「アレなんです」

 

 その“アレ”にはどんな意味が含まれているのか、非常に気になるが……ここはあえてスルーしておこう。

 

「あとはー……えっとそうですねー。一刀さんが頼り甲斐のある人だとわかったら、是非とも魏でお嬢さまを守ってもらいたいんですけどー……」

「守る? 誰から?」

「やだなー、一刀さんたら。お嬢さまを取り巻く環境全てからに決まってるじゃないですかぁ」

「決まってるんだ……」

 

 酒徳利を持ちつつ、ピンと人差し指を立てながらのこの笑顔。

 かと思いきや、“寂しさが紛れる飲み物”を杯に注ぐとクイッと飲み下し……「うぇええ」と苦しげに舌を出していた。

 

「酒が呑めないなら無理に呑まないほうがいいんじゃないか?」

「いえ呑めます、呑めますよー……? でもこれは寂しさを紛らわす飲み物ですから、苦手でもなんの問題も~…………きゅう」

「うわっ!? とぉっ……!」

 

 笑顔から一転、目を回して倒れてきた張勲を抱き止める。

 顔は物凄く真っ赤で、何かを呟いているんだけど言葉にはなっておらず、明らかに嫌な酔いかたをしているなーとわかる状態だった。

 

「……俺の周りには、無鉄砲に突き進んで自滅するタイプの女性しか現れないんだろうか」

 

 必ずしもそうではないけど、“うっかり”なにかをしでかしてしまう人が多いような気がして仕方ない。

 騙されやすいのは、それだけ純粋だったってことにしておこう。本当に寂しかったからであろう、彼女のこの乱暴な飲みかたに免じて。

 

「よっ……と」

 

 ともかくこんなところで寝かせておくわけにもいかない。

 うんと頷くと張勲をお姫様抱っこ……しまった、右腕折れてるよ俺。

 

(……大丈夫……か?)

 

 ここ、成都に着くまでの間中ずぅっと氣で固定、氣での治療を集中させてやってきて、たぶん……そう、たぶんだけど繋がって……るといいなぁ。

 重いものを持って激痛に見舞われるのが怖くて、ものを持ち上げる動作を試していない臆病な俺を許してください。

 

「……《しゅるり》」

 

 ひとまず、そうひとまず。

 首から下げている包帯だけを歯と左手とで解き、右腕を解放してみる。

 重力でだらんと揺れた右腕は予想通りか痛んだけど、はっきりと折れてた頃とは違い、多少の痛みしか感じない。

 動かさなければ痛くないって暗示だったのかどうなのか、華佗の鍼治療には頭が下がるばかりだ。

 

「よし……とぃぐぅああっ!?」

 

 張勲の背に腕を回し、いざと力を込めた途端に大激痛。

 無理! 動かせはするけど薄皮一枚で繋がってるみたいな感じだ! このまま力込めたらまたポッキリいきそうだ!

 

「い、いぎっ……つ、っはぁああ~~~……!!」

 

 涙を浮かべながら痛みが引くまでを堪える。

 “完全に酔っ払ってしまえば痛みなんてないのでは?”なんて馬鹿な考えが浮かんだけど、当然のごとく却下だ。

 

「……はぁ。いたた……どうしよ」

 

 肩に抱えるか脇に抱えるか。

 いや待て、そもそも誰かを呼べば簡単に済むことじゃないか?

 

「おーい……うわぁ」

 

 早速振り向いてみれば、いつの間にか伝染している喧噪。

 呑まされたのか呑んだのか、気づいてみれば酒臭さがムワリと漂ってきていた。

 ……出てくる言葉なんて、「やれやれ」だけだ。

 仕方も無しに左腕一本で張勲を小脇に抱え……

 

(だ、大丈夫、持てないことも……ない……!)

 

 ……先ほどより一層に騒がしくなっている人垣の中心へ。

 酒を呑んではいても道を開けてくれる蜀の皆様に感謝しつつ、桃香のもとへと辿り着くと……桃香に張勲の部屋の場所と、むしろ自分が寝泊りすべき部屋の場所を訊くことに。

 桃香はいつの間にか俺の腕の中で眠っている張勲と、微妙に香る酒の香りで察してくれたのかすぐに場所を教えてくれた───っとと、そうだった。忘れる前に訊いておかないと。

 

「そうだ桃香、これから蜀を離れるまでの間、城壁の上と中庭の使用許可が欲しいんだけど」

「ふぇっ? 城壁の? …………ああっ、朱里ちゃんと雛里ちゃんが言ってたっ!」

 

 朱里と雛里から鍛錬のことは聞いていたんだろうか。

 桃香は胸の上で両の指を絡めると、にっこりと笑ってうんうん頷き始めた。

 

「うんっ、いいよいいよっ、どんどん使っちゃって? あ、でも見張りさんの邪魔にはならないように気をつけてほしいかな」

「ん、そのへんは努力する。あと……庶人扱いだけど、思春も一緒に行動させてくれると助かるんだけど……」

「うんそれも。大丈夫、庶人扱いだろうとなんだろうと、お兄さんの友達は私の友達だもん」

「桃香……」

 

 天然なんて思ってごめん、キミは本当にやさしい王様だ。

 力のない彼女のもとにこれだけの将が集まる理由、わかる気がする。

 

「でも鍛錬かぁ……ねぇ愛紗ちゃん」

「なりません」

 

 よくわからないけど即答だった。

 

「えぇっ!? まだなにも言ってないよっ!?」

「話の流れから予測くらい出来ます。たしかに日々を政務だけで過ごされては体に毒かもしれませんが、急に鍛錬を始めたところで体を壊すのが目に見えています」

「で、でもぉ~……そんなこと言ってたらずぅっと体に毒だけ蓄えることになるんだよ? 愛紗ちゃんはそれでいいの?」

「うっ……しかしですね桃香さま」

「よいではないか愛紗よ。近頃の桃香さまの仕事ぶりは目を見張るものがある。まあ恐らくは北郷殿に見栄を張りたい一心でしょうが───」

「星ちゃん!? ちがっ、違うよっ!? わわ私普通だもんっ! べつに、のんびり仕事してるところを見られて、華琳さんに報告とかされたら怖いなぁとか思ってたりなんか───」

『………』

「ぅう…………ごめんなさいぃ、ちょっとは思ってましたぁ~……」

 

 素直で天然だ。

 なるほど、力のない彼女のもとにこれだけの将が留まってる理由、わかる気がする。うん、色々な意味で。

 

「でもでもっ、少しくらい体動かさないと、このままじゃ私動けなくなっちゃいそうだよ。無茶はしないから、ね?」

「しかし……」

「ふむ。ときに北郷殿。お主の鍛錬とは、城壁の上でするものなのかな?」

 

 しばらく続きそうな桃香と関羽さんの会話の中、趙雲さんが俺を見て質問。

 城壁の上で? 走る……な。走る。思いっきり。

 

「ああ。って言っても、延々と走るだけだけど」

「なるほど、街を駆けずり回っては民に迷惑。城内を駆け回るわけにもいかぬのであれば、城壁の上を、か」

「呉に居た時もずっとそれをやってたからさ、今さら走らなくなるのは体によくないんじゃないかと思って」

「ふむ……それに桃香さまはついていけそうかな?」

「………」

 

 頭の中に、VS華琳戦が思い返される。

 剣を振るうというよりは剣に振り回されているような戦い方と、チャッと剣を構えていてもどこか引けていた腰とか……うん。

 

「ついていけるようにはなれる。出来ないならなればいいんだ。俺だって少しずつだけど伸びてる実感があるんだから、この世界の桃香が出来ない道理はないよ」

「おや。てっきりついていけないとすっぱり言うのかと思えば。なるほど、可能性というものを斬り捨てないところには好感を抱けもするが、果たしてそれが優柔不断に……ふむ。繋がっているから魏の将全員と───」

「それはもういいからっ!」

「おや残念」

 

 あの……残念そうというよりは、すっかり楽しませてもらったって顔してますけど……?

 と、少しこの人の人間性を訝しんで見ていると、朱里と雛里を呼ぶ趙雲さん。

 てこてこと歩いてきた軍師様二人になにかしらをぼそぼそと話すと……

 

「ん……ですがそれは……」

「なに、わからないことは教えればよい。どうやら天の御遣い殿は努力家のようだ。他人の可能性を捨てる気がないのであれば、自分の可能性も捨ててはおるまいよ」

「………」

 

 ……えっと?

 どんな話をしてたのか、朱里が顎に手を当て思考。

 趙雲さんは俺を妖艶な目で見つめ、雛里は何も言わずにじーっとこちらを見ている。

 

「北郷殿」

「っと、なに?」

 

 睨めっこでもしたいのかと、じーっと雛里を見つめ返していると、かけられた声に視線を持ち上げる。

 

「お主に一つ頼みごとをしても構わんだろうか」

「頼みごと? あ、うん。俺に出来ることならなんでも。呼ばれたとはいえ、急に来て厄介になるんだから、出来るかどうかに限らずなんでも言ってくれると、こっちも過ごしやすいよ」

「おお、それはなんとも殊勝な心掛け。しかし……桃香さまにも言えることだが、せめて内容を聞いてから頷いてみせんと……ふふっ、いずれ後悔することに───」

「後悔したら次に活かすよ。とりあえず、今は来たばっかりの俺にも頼みごとをしてくれることが嬉しいから、そんなことは気にしないし」

「……やれやれ。ふふっ、これは本当に退屈せずに済みそうだ」

 

 では、と。

 朱里と雛里を促すと、小さな二人が一歩前に出て俺にこう言ったわけで。

 

「あの。これから……はわわっ、今日の今すぐからって意味ではなくてですねっ!? あのっ……すぅ……はぁ……これから蜀に居る間、一刀さんには桃香さまのお手伝いを務めていただきたいんです」

「手伝い? ……それって政務とかの補佐ってこと?」

「はい。考え方が似通っているのなら、と。星さんが」

 

 聞いた言葉に趙雲を見てみれば、ニヤリと軽く微笑まれた。

 手伝いって……蜀の国の在り方に俺が手を出すってことだよな? いいのか? それって。

 

「それってまずくないか? たしかに張勲が手伝ってる今、手伝わないなんて言えないけどさ。桃香や朱里や雛里が纏めてるこの国の在り方に、俺なんかが手を出したら……その。いろいろ崩れる部分とかが出てくるんじゃ───」

「はい。ですから解らないことがあったら私か雛里ちゃんに訊いてください。もちろん、纏めてくれたものも確認のために目を通しますし、出来るだけ手伝いますよ?」

「そうなのか? それならこっちとしては安心だけど……」

「あわ……はい、ようは……その……この国の在り方を覚えるまで……」

「……なるほど」

 

 知らないことは教えてもらうか調べるしかない。

 けど、覚えたことや知ったことからは自分に出来ることが選べる。

 選んだものは朱里と雛里が確認してくれるし、最終的に許可か否かを決めるのは桃香なんだから、そう肩肘張らずに始めてみろ、と。

 

「……桃香に負担を背負わすことになりそうだな」

 

 苦笑とともに、まだ関羽さんと話し合ってる桃香を見やる。

 あっという間に劣勢になるかと思いきや、意外にも押されているのは関羽さんのほうだった。

 

「なに、あれで一国の王だ。北郷殿が思ってるよりもよほどに強いぞ」

「うん。だろうね」

 

 王になどなるべきではなかったのよ、と華琳に言われ……負けた。

 それでも王を続ける覚悟と意思があるんだ。

 民に願われたから、将に願われたからまたやっているってだけじゃない。

 期待され望まれ、そんな期待に押し潰されないままに立ち上がれる様は、素直に素晴らしいと思える。

 

「で、そんな信頼が必要な仕事を俺にやらせて、最終的にはどうしろと?」

「ふむ。そこまでわかっているなら話は早い。───桃香さまを少々鍛えてやってほしい」

「桃香を?」

 

 意外……でもないか?

 いや、やっぱり少し意外だ。

 徳や情があるからこそ、みんな桃香のもとに集まった。

 なのに、そこに力を加えるとは───

 

「表には出さないが、曹操殿に自分の理想を正面から叩き折られたことに、いつか涙していたことがあってな。今でこそ納得しておられるのだろうが、いつかまた似通った困難にぶつかった際、そのような涙は流してほしくはないのだよ」

 

 ……でも、その意外って点もすぐに消え失せ、逆に納得という言葉になって胸にすとんと落ちてくれた。

 そうだよな、悔しくないはずがない。

 もし本当に桃香と俺と似ているっていうのなら、今までの戦の中で死んでいった人たちのことを憂い、悲しまないはずがない。

 その涙の理由がそこにあるんだとしたら、俺がその申し出を断る理由なんて存在するはずがないのだから。

 

「体を鍛えることを人に教えるのって初めてだけど。大丈夫かな」

「ふふっ……言ったろう、北郷殿が思っているよりよほどに強いと。弱音を吐こうが引っ張ってやればよろしい。それが、桃香さまより先に一歩を踏み出したお主に出来ることだ」

「……そっか。わかった」

 

 そういうことなら喜んで引き受けよう。

 断る理由も特に無いし、むしろ一緒にやってくれる人が居るなら張り切り甲斐もあるかもしれない。

 

「あー……で、恋のことなんだけど」

 

 張勲を抱え直しつつ、ろくに相手をすることが出来なかった恋のことを思い出す。

 今何処に居るかな、と視線を彷徨(さまよ)わせてみたところで彼女は見つからない。

 

「何処に居るか、知らないかな。ろくに話も出来なかったから、声くらい掛けたいんだけど」

「恋さんでしたらたぶん、中庭のほうに……」

「中庭か。ん、ありがと朱里。……───って、もう出ていっても平気か? 顔合わせのために集まってくれたのに」

「はい、こうなってしまうと誰にも止められませんから」

 

 言って、彼女はもはや止まるつもりさえないのだろう騒ぎを「ほら」と促す。

 ……うん、この目で見れば納得も出来る。これは無理だ、止められない。

 

「そっか。じゃあちょっと行ってくる。桃香のこと、話が纏まったら教えてくれると嬉しいかも」

「はいっ」

 

 噛むことが少なくなったかなと感じながら、笑顔を向けてくれる朱里に笑みを返し、歩く。

 さて、まずは張勲を部屋に連れていってと───


 ▲ページの一番上に飛ぶ