真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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25:蜀/王が持つ弱さ、気づいてはいけないもの①

49/きみとぼくは似ている

 

 日を跨いで翌日。

 張……ではなく鈴々に真名を許してもらい、興奮が冷めてくれない鈴々に散々と追い回されたその後。

 騒ぎ(むしろ俺の悲鳴)を聞きつけた関羽さんが鈴々を止めてくれるまで続いた、あの恐ろしき鍛錬を思い返すと今も笑顔が引きつる。

 結局昨日は錬氣が済むまでは大したことも出来ず、関羽さんに叱られた鈴々を胡坐の上に抱きつつ、桃香が運動する様をじーっと見てたんだけど。

 なんとなく義姉妹三人の力関係がわかったかなーと思いながら、胡坐の上で撫でられるがままに燥ぐ鈴々を、運動しながらも何故か羨ましそうに見ていた桃香。

 そんな彼女を、執務室へと続く通路を歩きながら思い出し───やがて、執務室へと到着。

 成都での俺の行動は、主に学校建築の手伝い、自身の勉強、蜀の人への頭の回転授業、鍛錬、頼まれることの全て、となっている。

 頭の回転授業っていうのは天の国のことを授業として教えて、まずは“考えること”を覚えてもらい、頭の回転速度や柔軟性を鍛えましょうってものだ。

 自身の勉強はその名の通り、政務に関してのことや現在の街の様子などを朱里、または雛里に教わり学んでいくこと。

 頼まれることの全ては言うまでもなく、命令形式ではない呉での状況、といえばいいのだろうか。

 

「桃香? 桃香ー? 入っていいかい?」

 

 考え事をしていれば進む足が向かう場所に到達するのも早いもので、目の前の執務室をノックすれば元気な返事が───

 

「うぅううえぅぁああぃいいぅぁああ~…………」

 

 ………。うん。

 なんだろう、今ゲームで聞くゾンビのような唸り声が聞こえてきたんだけど。

 えーと……これ、大丈夫なのか? 入って大丈夫なのか?

 

「……失礼します」

 

 立っていても考えていても埒が明くわけでもなく。

 「ここまでだ」と言って執務室には入らずに、扉の前で待機する気らしい思春に頷いて返す。

 ……さて。

 そろそろいいかな~と包帯をとってある右手をぎしりと動かし……やっぱり少し痛いけど、リハビリも兼ねて身を引きつらせつつ、静かに執務室の扉を開くと中へと入り───……全てを理解した。

 

「ぁあああぅううう~……お兄さぁああ~ん…………」

「うおぉおっ!? 桃香っ!?」

 

 執務室の大きな机の椅子に座り、ふるふると震えながら涙を流す蜀王さまがいらっしゃった。

 べつに机にうず高く書簡が積まれてるとか、仕事が多すぎて泣き入っているとかそういうものではなく。震える手、振り向く速度が異常に遅い首、やっぱりたぱーと流している涙から見るに。

 

「ああ……筋肉痛か」

 

 あっさりと答えが出た。

 普段からどれだけ運動していなければ、そこまで苦しいのか。

 今では初めての筋肉痛なんて思い出せもしないから、悲しいけど桃香、その苦しみは多少しかわからない。

 日本で鍛錬を本格的に始めた頃なら、その苦しみもよくわかっただろうけど。

 

「からだがっ……からだがいたいぃいい……」

 

 仕事はそれなりにある。

 あるのに、体が思うように動かせずに難儀しているようだ。

 それでも机に向かうその姿は、まさに王の姿そのものなのでは……と、軽く感動した。動きはゾンビだけど。

 

「勉強しに来たんだけど……桃香、昨日ちゃんとマッサージしたか?」

「まっさじーってなにぃいい~……?」

「……わあ」

 

 しまった。鈴々に振り回されるがまま別れることになったから、マッサージとしか伝えてなかった。

 いや、でも普通は体を動かしたらマッサージくらい……しない人も居るんだね、ごめんなさい。自分の常識だけで考える、ヨクナイ。

 どうしたものかなと軽く考えて、“今からでも軽くマッサージをするべきか?”と判断。

 大きな机の大きな椅子に座る桃香の後ろに回って、相変わらずの太線眼からたぱーと涙を流す彼女に一言断ってから……まずは───耳たぶから。

 

「ふひゃあっ!? え、あのお兄さんっ……? まっさじーって……」

「大丈夫、おかしなことはしないから。ちょっとくすぐったいかもしれないけど、それは勘弁して」

「う、うっ……うー……」

 

 耳たぶを軽ぅく、やさしぃく揉みほぐしてから、輪郭をなぞるように顎を撫でてゆく。それを何度か繰り返したのち、首から肩、肩から二の腕をやはり軽く、しかし力を込めるべき箇所には込めて、じっくりと指圧する。

 右腕は軽く添えるだけだ。力を入れるとまだ痛い。

 先に首からやったのは、ここをほぐして暖めてやると、全身が軽く熱を持って暖まるからだ。

 あとは背中……首から少し下の部位や、肩甲骨の下、背骨周りなどを軽く済ませて……うん、ここから先は無理です。

 

「は……あぁあぅう~……なんだろう……体がぽかぽかしてきた……」

「えーとごめん、ここから先はさすがに男の俺には出来ないから。えーとそうだな……扉の前の魏延さーん、続きお願いしていいー?」

 

 言ってみた直後、扉の外側から激しい物音。そして、静かに開かれる扉の先には本当に魏延さんが。

 うわー……適当に言ってみただけなのに本当に居たよ。

 

「貴様……何故ワタシがここに居ると……」

「なんとなく、場の空気の流れ的にこうくるかなって。それでさ、魏延さん。桃香のマッサージの続きをお願いしたいんだけど」

「何故ワタシが貴様の言うことを聞かなければいけないんだ」

「桃香が苦しんでいるところ、助けてほしいから」

「はっ───桃香さま! 如何されました!? 貴ッ様桃香さまになにをしたぁあっ!」

「えーと……」

 

 この人は、とりあえず俺に怒鳴らないと気が済まないのだろうか。

 軽く春蘭を見ているようで、懐かしい気分だ。

 

「まあまあ。誰がなにをやったか、よりも優先させることってあるだろ? 今、いい具合に体が暖まってきたから、それがまた筋肉痛だけの熱になる前に全身を揉み解してあげないと」

「揉みっ……!? きききさっ───」

「違う違う、やるのは俺じゃなく魏延さん、キミだ」

「……ワタシ?」

 

 怪訝そうな顔で、叫ぶのも慌てるのもやめた魏延さんが、マジな顔で訊いてくる。

 俺はそれに「そう」と頷いてやると……彼女はお猫様を見つめる明命のようなとろける笑顔を一瞬だけ見せ、ビシィッと表情を引き締めた。

 

「では桃香さまっ! 奥の部屋でワタシが丹念にっ……!」

「……焔耶ちゃん? なんか顔が怖いよ? お、お兄さぁあ~ん……!!」

「街の警備についての案件なら、多少はこなせると思うし。そこらへんはあとから来る朱里や雛里に聞いておくから、桃香。キミは今はじっくり休むこと。いいね?」

「そ、そーいうんじゃなくて───」

「ささっ、桃香さまっ! そんな男のことはほうっておいて!」

「ひわぅ!? あ、あのっ、焔耶ちゃんっ!? 抱えてくれなくても私、歩くことくらいひぃいやぁあああーっ!?」

 

 いっそ男らしい風情で、魏延さんが肩に担いだ桃香を拉致していった。

 俺はといえば……閉ざされた扉と遠ざかる悲鳴を微笑みつつ見送り、机に積まれた書簡に目を……通していいのだろうか。

 うん、よくないだろうな。朱里と雛里が来るまで待とうか。

 

……。

 

 少しして、朱里が登場。

 雛里は倉のほうに書物を取りに行っているらしく、遅れるとか。

 

「はあ……街の警備の案件について、ですか?」

「うん。学校が出来るのもまだ先だし、学校についての情報提供と軽い勉強だけじゃ悪い気がしてさ。何か手伝えることはないかなって考えたら、やっぱり警備隊長に出来ることってそっちのことくらいしかないかな~って」

「それを含め、学んでもらって桃香さまを支えてほしかったんですが……そうですね。まずはやり慣れたことから入ってもらって、この国の在り方を学んでもらったほうがいいかもしれません」

 

 で、気になっていたことを相談してみれば、朱里はにこりと笑って頷いてくれた。

 それから「少し待っていてください」と言って部屋を出て行き、ぱたぱたと戻ってきた朱里は、その後ろに雛里を連れて息を切らしていた。

 

「そんなに走らなくても……あれ? 雛里は倉の書物を取りに行ってたんじゃ……」

「いいんですっ、ちゃんと必要なものは持ってきましたからっ」

「あ……そ、そう?」

 

 質問を遮るような答えと迫力を前に、つい一歩下がってしまう。

 そんな俺に近づき、「ど……どうぞ……」と一つの書物を渡してくれる雛里。

 ハテ? と書物を開き、目を通してみれば───

 

「あ……これ」

「これまで、街で起きた物事を軽く纏めたものです。さすがに細かく書くときりがないので、本当に軽くですけど……」

「いや、十分だよ。こういうのがあると助かる」

 

 大まかなものとはいえ、これは起きたことを記したものだ。

 それに目を通し、一つ一つの事件のことを深く考えていけば、どういったところに不満があってどういったところに穴があるのかも、多少ずつだが見えてくる。

 

「ありがとう。じゃあ早速───」

 

 ざ、と目を通していく。

 軽く纏めたとは言っても字は綺麗で、決して雑に纏められたものじゃない。

 その時に必要なことをしっかりと纏めてあるようで、別の国の俺から見ても見事の一言に付す。

 ただ、なかなか思うようにはいかなかった部分もあるようで、書かれている文字からも残念さが滲み出ている。

 

「警邏に出る人は毎回違うんだよね?」

「あ、はい。武に覚えのあるみなさんが交代で出てくれます」

「なるほど……」

 

 最初は雑……これはどこの国も仕方ないことだと思う。

 少しずつ改善され、少しずつ民との距離も縮まり、いつしか───

 

「なんだかこれ見てると───いつ、どんな時に誰が仲間になったのかがわかる気がする」

「……そう、ですね……みなさん、個性が強いですから……」

 

 うっすらと微笑む雛里の言葉に「まったくだ」と頷きながら、書物に目を通してゆく。

 某日、街にてメンマ騒動起きる。趙雲さんだねこれ。

 某日、荷車をひっくり返した農夫が手助けしてくれる人を探していると、ここに居るぞと叫ぶ少女現る。……馬岱だね。

 某日、奇妙な笑い声を上げて道をゆく───袁紹だね。

 某日、砂煙を上げて犬の大群から逃げる女性現る……誰だろう、これ。

 某日、酒───ああこれは厳顔さんだ間違いない。続きを読む必要もないくらいだ。

 某日、街中の食材が少女の軍勢に奪われ、大惨事に。猛獲……かな?

 

「うーん……」

 

 軽く見ただけでも、民が騒ぎをというよりは将が騒ぎを起こしている気がしてならないんだが。

 そりゃあ、魏でもそういうことはしょっちゅうあったというか、むしろ俺は巻き込まれてばかりだったというか。

 凪……キミは今どうしてる? 俺はまたいろいろなことに首を突っ込んでは溜め息を吐く毎日の中に居るけど、元気でやっているよ。

 真桜と沙和の相手は、慣れ親しんだキミでも大変だろうけど……どうか強く生きてくれ。……と。遠くを見るのもこれくらいにしてと。

 

「ん、うーん……やっぱり右腕が上手く動かないとやりづらい」

 

 包帯は取ってあるものの、持ち上げようとすればキシリと動作が遅れるし、やっぱり痛みは走る。

 氣で固定して、通常よりよっぽど早くくっついてくれたとはいえ、無理をすればポキリといってしまうだろう。

 うん、気をつけよう。気をつけつつ、早すぎるリハビリを……いやごめん、やっぱり痛いです。

 

「うーん……」

 

 さっきからうんうん唸ってばかりだね、俺。

 気づいてみればなにやら恥ずかしいもので、自分じゃ気づけないけどきっと難しい顔とかしてたに違いな───

 

「………」

「………」

 

 ───……見られてる。

 輝く瞳で、しっかり見られてる……。

 

「あ、あー……あのぉ~……朱里? 雛里? 前にも訊いたけど、そのぅ……どうして」

「はわぁっ!? みみみ見てないです! 見てないでしゅよ!?」

「あわわっ……朱里ちゃん、落ち着いて朱里ちゃん……っ」

 

 見てないって言われても、ああも輝く瞳で見られたら……ああいや、今はそれよりも役に立てることを探すことが先決だな。

 こほんと咳払いをひとつ、書物を読む目に力を込めていった。

 

……。

 

 ところどころで疑問に思ったことを素直に朱里や雛里に訊ねれば、全て頭の中に記憶してあるみたいにすらすらと教えてくれる。

 そんな事実に驚きを隠すこともなく、感心と尊敬の念を抱きながらもこの国の過去から現在を学んでゆく。

 こうしてしっかりと目を通してみれば、以前桃香が言ったように騒ぎらしい騒ぎはここしばらく起きていないらしい。

 起きているのはむしろ楽しげな騒ぎで、それは警邏に出ている将が首を突っ込み、止めなければいけないもの……というものじゃない。

 むしろ鈴々あたりなら自ら突っ込んで楽しみそうな、そんな民たちの娯楽のひとつだった。

 

「へぇえ~……っ! さすがに将が多いだけあって、色々な場所に手が届いてるなぁ……!」

「はいっ」

「……その分、将が起こす騒ぎの数も馬鹿にならない、と……」

「あわ……」

 

 両極端だ。

 だけど、それでバランスが取れているんだから面白い。

 果たして俺なんかの案でそれが改善されるかどうか───ああいや、改善じゃないか。みんながその瞬間をしっかり楽しんだ上でこうして纏まっているのなら、それはきちんと必要なことだ。

 

「じゃあ朱里、雛里。しばらくお世話になるね。ここはこうしたほうがいいって感じたら、遠慮せずにどんどん言ってくれ」

「はわっ! は、はははいっ、頑張りましゅっ!」

「お役に立てるよう、ししししっかりと……!」

「え? ははっ、この場合役に立たなきゃいけないのは俺のほうだろ? 大丈夫、呉でもそうだったけど……雛里はしっかりといろいろなことが出来てるよ」

 

 むしろ教えてもらう俺自身が、その知識量についていけるかが不安なくらいだ。

 鍛錬も勉強も、もっともっと頑張らないと。

 ……などと言いつつ、つい雛里の頭を撫でてしまうのは、もはや癖にも似た行動なわけで……

 

「…………《じーー……》」

 

 羨ましそうに俺を見上げる朱里の頭も撫でると、これまた嬉しそうに目を細めるんだからたまらない。

 ……一応言っておくけど、たまらないっていうのはその、べつにやましい意味でじゃないからな? 朱里や雛里にとってはいい迷惑かもしれないけど、やっぱり保護欲めいたものが沸いてくるのだ。

 

「じゃ、始めようか……っと、その前に。今さらだけどさ、桃香やこの国に宛てられた案件を、俺なんかが読んでいいのかな」

「はい、そちらのことは私と雛里ちゃんで判断するので、大丈夫だと思ったものを渡しますね?」

「うん、よろしく」

「はいっ」

 

 さあっ、気を引き締めていこうか。

 「まずはこれを」と渡されたものに目を通し、今の蜀というものを片っ端から叩き込んでゆく。

 もちろん一つを読んだだけで全てが理解できるはずもなく、「それを読み終えたらこれを」と渡されたものにも目を通してゆく。

 途中、雛里が用意してくれた椅子に座り、渡されるままに書簡書物に目を通し、疑問点や書簡では解らないことについてはきちんと質問を投げて。

 そうしたことがしばらく続き、いつしか質問の数も減ってくると……巻かれた書簡を解く音や巻く音、書物をめくる音や閉じる音だけが室内に響くようになる。

 

(……ふんふん……)

 

 さすがは諸葛孔明。

 今俺に必要だと思われるものから最善を選び、提供してくれたお陰で必要以上に時間をかけることなく地盤を知ることが出来た。

 といっても、もう大分時間は経っているんだろうけど。

 意識が集中してくると、不思議と話す声も小声になったりして、続く書簡や書物を持ってきてくれた雛里に軽い質問を投げかける時も、どうしてか小声な自分に笑みがこぼれた。

 

「……♪」

 

 それは雛里も同じようで、べつに悪いことをしているわけでもないのに、今この場で声を出すことが悪いことみたいに感じられて……うん、それがなんでか無性におかしかった。

 そんな小さな笑みに朱里が気づくと、ぱたぱたと静かに駆けてきて話に混ざる。混ざるのに小声なので、また可笑しくて笑う。

 そうしたことを続けていたら、いつの間にか朱里と雛里が俺の傍で作業をするようになって───

 

「……ここに書いてある騒ぎってさ……」

「……? はい……この日は大変でして……」

「鈴々ちゃんと……恋さんが……その……点心大食い対決をしちゃったんです……」

「うわぁ……」

 

 小声でも、声をかければ届く範囲で行動し、いつの間にか小さな丸テーブル……じゃないな、机を用意して、それを囲うようにして座っていた。もちろん椅子に。

 そこに並べられた書簡や文献をもとに、俺にもわかりやすいように説明をしてくれるわけだが……助かるけど、いいのかこれって。

 執務室に勝手に別の机を用意とか……まあ邪魔にならない範囲ならいいんだろうし、注意を投げかけるべき桃香も居ないし……そういえば奥の部屋に行ってから随分経つよな。

 魏延さんも一度も戻ってこないし。何やってるんだろう。こんなにたっぷりとマッサージしてるとしたら、逆に辛くならないだろうか。

 

「……そういえば朱里……あっちの扉の奥にはさ……なにがあるんだ?」

「はわ……? あ、えと……寝台など、少し体を休めるための用意が……」

「あ……なるほど、だから……」

「……? だから……?」

「あ……いや……なんでもない……」

 

 小声状態は今も続いている。

 いい加減やめてもいいんだろうけど、一度こういうものを始めてしまうとほら、一番最初にやめた人が負けたみたいな気分になるだろ?

 それがたとえ遊びだろうと、もはやこの北郷一刀……負けることを良しとしません。大人げ無くても、こういう僅かな一歩から覚悟っていうのは固まっていくに違いないのだから。

 なもんだから、自然と小声は沈黙へと変わり、渡してくれる書物の内容がわかりやすく纏めてあることもあってか、時間を忘れてゆったりリズム……ではなく、没頭していた。

 途中、くきゅ~と鳴った可愛い音に、微笑みと恥ずかしさとの表情を見合わせて休憩がてらに食事へ。

 用意された食事に舌を躍らせていると魏延さんが厨房に飛び込んできて、食事を手に取ると物凄い速度で走り去る、という謎の出来事もあったものの。

 食事が終わると再び机に向かい、今日という日の全てを蜀という国を知ることに費やした。

 

「ん、ん~~……っはぁああ~~~……読んだなぁあ~~……」

 

 いつの間にか暗くなってしまっている外の景色を椅子から眺め、ぐぅっと伸びをする。

 いい加減夜も遅いのだろう、切り上げないと二人に迷惑が……あ、あれ? なんで二人とも、「あ……」って感じに口を───あっ。

 

「…………負けました」

「はわぁっ!? いえあの勝ち負けとかべつに決めてませんでしたからっ」

「あの……ただ、そんな空気だったから……静かにしていただけですし……っ」

 

 伸びをする瞬間に、つい声量のことを忘れた。

 気づけば俺は敗北を喫していて、素直に負けを認めておりましたとさ……。

 というか二人もやっぱり同じ気持ちだったのか、大きな声を出したら負けーって。

 うう……二人のやさしさが染みるなぁ……。

 

「……ありがと。うん、元気になった」

「はわ……」

「あわわぁ……」

 

 感謝をすると同時に撫でてしまう……もう、本当に癖だ。

 なんとかしないと、いつか親しくない人の頭も撫でてしまいそうで怖い。

 つっ……と……右腕はやっぱり痛むな……。

 

「あの、ところでさ。奥の部屋に桃香と魏延さんが居るはずなんだけど、そろそろ呼んだほうがいい……よな?」

「え───いらっしゃったんですかっ!? てっきり、一刀さんが代わりを努めるから居ないものだとばかり───!」

「あわ……わ、私も……っ」

「蜀に来て一月も経ってないのに王の代わりが出来るわけないよね!? 違うからっ! ……あ、あーほら、昨日さ。桃香、運動してたから。今日はどうやら筋肉痛らしくて奥で休んでもらうことにしたんだ。付き添いに魏延さんが居るから、安心してたんだけど───食事を取りに来る以外、ちっとも出て来ないから心配で」

 

 大丈夫なんだろうか。

 筋肉痛なんだから、休んでればいずれ治るものだけど───俺は氣で和らげるのに慣れちゃったから、少し感覚が鈍ってたのかも。

 ちゃんと気にしてやらないとだめだよな。

 そうさ、呉に居た時と同じだよ。この国に居る限りは、この国に尽くそう。

 そして、国に尽くすのならば王の身を案ずるのも務めにして然であるべきこと。

 ……それ以前に、友達なら心配するのも当然だ。

 浮かんだ思考にそうして笑みを浮かべて、奥へと続く扉の前までをタタトッ……と軽く小走りすると、これまた軽くノックをしてみた。

 果たして眠っているのか起きているのか、そんなどうでもいいような答えを探して微笑む子供のように。

 

「~っ!? ーッ!!」

 

 ……しかしー……返ってきたのは「どうぞー」なんて返事ではなく、大いに慌てた魏延さんらしき人の悲鳴だった。

 次いでどんがらがっしゃーんとお約束のような倒壊音と、その中から聞こえる微かな桃香の悲鳴───悲鳴!?

 

「桃香! うわぁあっだぁああーっ!!」

 

 どうかこの愚か者を笑ってやってください。

 悲鳴が聞こえた瞬間に、完治していない右腕で扉を思いきり開け放とうとした結果がこの絶叫です。

 あまりの痛みに扉から離れ、蹲りそうになる俺を心配して、朱里と雛里が駆け寄ってきてくれる。

 そんな二人に「俺よりも桃香を」と扉の先を促した。

 

「ひゃ、ひゃいっ」

 

 俺の必死さが伝わったんだろう。

 朱里はすぐにこくりと頷くと(俺は背を向けているからわからないが)奥の部屋へと続く扉の前に立ち、一気に開け放った───!

 

「あ」

「はわっ!?」

 

 ハテ? と……困惑と驚愕が混ざったような声に振り向きかけるが、本能が俺に“振り向けば死ぬだけである”と知らせた。

 その直後だ。

 

「はわゎわわわわぁああーっ!!」

「うわっ、わわわぁあーっ!!」

「はわっ! はわっ! はわゎーっ!?」

「うわっ、わっ、わぁあーっ!!」

「はわっはわわわはわわわわぁーっ!!」

 

 朱里と魏延さんの悲鳴が、執務室に響き渡った。

 ……あとで固まっていた雛里に聞いたところ。

 なんでも魏延さんは動けない桃香の体を、その……拭いてあげていたらしい。

 マッサージで暖かくなった体は、そりゃあどうしても汗を掻くってもので。それを拭いたりしていたところを、丁度朱里が開け放ってしまったのだとか。

 それ以外の時間は、たっぷり時間をかけて痛くない程度のマッサージを続けていたんだとか。

 ああ……俺が開けていたら今度こそ殺されていただろうね……振り向くこともしないでよかった。

 なにせ体を拭いていたってことは、桃香はその……あれだ。着衣を肌蹴(はだけ)ていたわけで。そんな時に俺が開けたりなんかしたら───ああ、首がやけに気になるなぁ、ハハッ?

 ちなみに、女同士だというのに彼女が叫んだ理由は、桃香の胸が予想以上に大きかったこととか魏延さんが鼻血を出しながら拭いてたこととか、いろいろあってのことらしい。

 俺と彼女らが結盟することに至った書物の内容による妄想が、主な原因であることは想像に容易いけど。

 

(ありがとう雪蓮、キミに折られたこの腕は、俺の命を救ってくれたよ。とても複雑な気分だけど、ありがとう)

 

 ……と、爽やかにしめたつもりだったんだけど、後でしっかりと怒られました。主に桃香に。振り向かなかったのはいいけど、俺からマッサージを提案してきたなら、そういう状況も考えてほしかった、そうだ。……まったくだった。


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