52/何気ない蜀での日常
ある……晴れた日のこと。
キレた関羽さんに追われた翌日なわけだが、今日も今日とて政務の手伝いを終えたのち、学校建設現場に行こう……としたところで、つい出た言葉。
まるで召喚に応じる精霊とか悪魔のように「ここにいるぞーっ!」と叫び現れたのは言うまでもなく馬岱だった。
口に出した言葉っていうのが、「久しぶりに日本の歌とか聞きたいな~」や、「一人で口ずさむのも少し恥ずかしいし……」や、「誰か一緒に歌ってくれる人、探すかなぁ」だったわけだが……見事に召喚に応じて現れてしまったのだ、このお方は。
「~♪……と。天界にはこんな歌があるんだけど」
「へぇ~……あ、ねーねー御遣いのお兄様。ぷらいど、って何?」
「誇りや自負心や自尊心を差して言う言葉……だったかな。ようするにこれは、そういったものを保つことよりも誰かの喜びが嬉しいってことに気づけた人の歌……だと思う」
「へ~、へ~、へ~♪ ねねねお兄様、もっと歌ってもっと! 数え役萬☆姉妹の歌もいいけど、たんぽぽはお兄様の歌も好きだな~」
「何度も言うけど、この歌は俺が作ったわけじゃなくて、俺の国の───」
「はいはいそれはわかったからさぁ~っ♪」
来て早々にあんなことがあったっていうのに、馬岱の接し方は随分と自然だった。
ただ、目が合うと顔を赤くしたりするのは、それがカラ元気だからなのかな~とか思ったりするわけで。
いやほんと、あの時の自分はどうかしていました、反省してます。
「じゃあ───」
その謝罪の意味も込めて、乞われれば歌う。
中庭の木に背を預けて、その隣に馬岱が座るカタチで。
「お兄様、がーどれーるとしんごうってなに?」
「天の国に存在する、人の安全や交通の安全に必要なもの……かな。ガードレールはこう、細くて曲がってたりして……信号は高い位置にあって、赤青黄色の光が灯ってて、赤は危険、黄色は注意で青が安全……みたいな感じで、えぇと」
「んー……よくわからないけど、いい歌だね~。犬に道を訊けば何処へでも、か~……あっははははっ、面白いかもっ」
「うん、いい歌だ」
そしてまた歌い、終わり、また歌い、終わり。
ところどころの疑問にきちんと解説を入れて、つくづく英語を混ぜなきゃ気が済まない歌たちに少し疲れを感じた。なもんだから、出来るだけ英語が混ざってない歌、もしくはまったくない歌を───と歌ってみると、これが案外混ざっていたりするわけで。
英語じゃなかったとしても、信号とかこの時代にないものが出てくるとやっぱり答えなきゃいけないわけで。
「お兄様はどんな歌が好きなの?」
いろいろと考える中、ふと歌についての説明を終えた俺に、無邪気な質問が向けられる。
はて、好きな歌?
「流行歌も嫌いじゃないし、静かな歌も賑やかな歌も嫌いじゃない……童謡も案外内容があって面白いし───あ、でもただとりあえず作ってみたって歌はちょっと苦手かも。歌の中にも物語があるものが一番心にくるものがあるんだ。それでいて曲までもが良かったらもう最高かな」
「……?》」
「わ、わからないか? あ~……えっと、つまりさ。ただ良い言葉を並べて、良さそうな音程を組み合わせただけの曲は飽きが来るのが早いんだ。それとはべつに、物語が混ざった歌は心に残る。頭でこういうものかな~って描くから、その分余計にね。で、そういう歌が好きだったことをいつか思い出してみると、面白いくらいに当時の自分を思い出せる。それがまた面白くてさ」
疑問符を浮かべながら一応頷いてみせる馬岱に、笑みをこぼしながらの説明。
昔を振り返れるって意味では、童謡ほど暖かいものはないと思う。
幼稚だどうだと思うよりも、そんな大人ぶった自分を置いてみて、真っ直ぐに聴いてみると、案外面白くなれるものだ。
「お兄様の子供の頃は、どんな感じだったの?」
「俺の子供の頃? って、そういえばなに? そのお兄様っていうの。前会った時はおにいさんだったと記憶してるんだが」
「え? ほら、私の記憶が確かならばっ! お兄様はすでにいろんなコから兄さまとか兄ちゃんとかおにいちゃんとかお兄さんとか呼ばれてるでしょっ? お兄さんはもう桃香さまが使ってるから、三人目になるのはこう芸がないなぁ~って。だからね? はい、お兄様」
「…………いや……うん、べつに嫌ってわけじゃないんだ。ただ驚いただけだから。でもあまり多用はしてほしくないかも……馬超さんあたりにまた睨まれそうだし」
エロエロ扱いは相変わらずだ。各国を回ることで多少のことは学んできたけど、学ぶたびに些細なことで泣いている気がするよ俺。
「で、俺の子供の頃だったよね? そうだなぁ……子供らしかった、かなぁ」
「子供らしい? えっとお兄様~? それって全っ然答えになってないんだけど~? 子供が子供らしいのは当たり前じゃん」
「うん。だから、俺もその子供らしい子供の一人だったんだ。時間があれば外を駆け回って、友達と居れば騒ぐ……そんな子供。まあウチは剣道一家だったから、物心ついた時から竹刀握って適当に振るって~ってことをやってて、そうなると付き合いも結構無くなって……」
子供の頃のほうがまだ素直に行動できていた。
一つ歳を重ねるごとに、自分がひどく情けない存在になっていくようで、それが嫌だったのを覚えている。
嫌だって思っているのに行動できない自分に落胆するのに、だけど今さらだ今さらだと行動しないことばかりだった。
後悔、なんて言葉はあるけどさ、それってやりきれた人だけが言える言葉なんだろうなー……。悔やむ暇があるなら行動しまくって、後悔するのなんてのは自分が何も出来なくなってしまった時で十分なのかもしれない。
(後悔しないように生きる、かぁ……物凄い言葉があるもんだ)
受け取り方によっては、それは“死ぬまで頑張り続ける”ってことになるんだろう。受け取り方の問題であって、前向きに生きるってだけでも十分なんだ。
「お兄様は鍛錬が嫌いだったの?」
「格好つけたいなら否定するんだけど。んー……ん。そうだな。本音を言えばね、嫌いだった。みんなが遊んでる中で黙々と竹刀振るってさ。そりゃ、さっきも言った通り随分と小さい頃は、それはもう元気に走り回るやんちゃな小僧で……でもさ、竹刀を握ってからはいろいろと大変でね」
最初こそはカッコイイからと竹刀を振るった。
手が痛くなった時、馬鹿馬鹿しくなってやめたくなった。
漫画の影響で、それでも頑張ればモノになると思って頑張って続けた。
豆が潰れて血まみれになった時、本気で自分のしていることを馬鹿馬鹿しく思った。
手が痛いって理由で練習を休んで、久しぶりに友達に付き合った遊びはとても楽しくて───けど。
その時に見ることとなった、寂しそうなじいちゃんの姿を今も覚えている。
それからは、自由を手に入れた~とか思っていたくせに教えてくれる人への罪悪感に勝てず、結局練習の日々。
けれどノリ気じゃあなかったからだろう。
本気の本気で練習することはなく、言われるがままに竹刀を振るって、ただ適当にこなすだけ。
それでも練習しているのとしていないのとじゃあ実力には差が出るらしく、誰かと向き合い勝負に勝つほど天狗になった。……それで練習にも身が入ればよかったんだろうけど、現実はそうじゃない。
天狗のまま進んで……本物に出会って、ボロ負けして。本気で練習するには遅すぎて、どれだけ練習してももう遅くて。
でも……そうだ。遅いとどれだけ思おうが、後悔を口にするには早かった。
一年間鍛錬に集中して、この世界でも鍛錬を続けて、自分の実力を随分と上げることは出来たと思う。
子供の頃に潰してきた時間はもう二度と取り戻せないし、潰してしまった時間分を鍛錬に費やしていたら~とはどうしても思ってしまうものだ。
……お陰で今の自分が居るんだぞ、と思えば、少しは救われるってものだけど。
「と、そんなわけで。俺は本当に何処にでも居るような子供だったわけだ」
一通りの過去を軽く話してみた。
あの時ああしていれば~という後ろ向きなことが多めだったものの、その分、今生きている時間を色濃く過ごせば、取り戻せるんじゃないかな~とかまあその、いろいろと。
「今、お兄様は色濃く生きてるの?」
「いやあの……これだけはハッキリ言えるけど、俺が暮らしてた天に比べたら、ここでの生活の色濃さって尋常じゃないよ?」
「へぇ~そうなんだぁ。あ、たとえばどんなところが?」
「え? たとえばぁ~……かぁ……んむむ……そう訊かれると、全部って言える気がする、んだけど……それだと答えになってないよな?」
「もっちろんっ」
や、胸張られて頷かれても。
んー……色の濃さなら間違いなく濃い。黒さで例えるならドス黒いってくらい。
鍛錬から勉強から手伝い、兵や民との付き合いや、将との付き合い。
日本に居た頃からでは考えられないくらい、異常ともとれるほどの経験を積めている自信がある。
鍛錬をこんなに夢中でやったことなんてなかったし、誰かのために~って駆け回ったことだってそこまではなかった。
自分が、“困っている人は見捨てておけない性質”だって気づいてからだろうと、ここまで人と関わろうとしたことはなかったはずだ。……それこそ、自分が刺されるまで、なんてことは。
「痛かった?」
「そりゃあね……って、俺また喋ってたか……」
反省。
口が軽いにもほどがあるだろ……無意識とはいえ。
「でも自分が刺されても相手を庇えるって凄いよね~。桃香さまあたりだったら許しちゃいそうだけど、桃香さまが許しても他のみんなが許しそうにないし。そのへんは呉ではどうだったの?」
「え? …………あ、そっか」
俺は最初から許したいって思ってたから無茶を言えた。が、急に客が民に刺された、なんて報せを受けた雪蓮は気が気じゃなかったはずだ。
元はと言えば俺が急ぎ足だったから……いやいやいやっ、あのことで落ち込むのは思春に悪いっ、忘れろとは言わないけど落ち込むのは禁止だっ!
「いろいろと助けてもらった……かな。はは、騒ぎを鎮めに行っておいて、自分が騒ぎの中心になってどうするんだ~って怒られたよ」
「刺されたところって、大丈夫なの? 結構危なかったって聞いたよ?」
「だ、誰から? いやうん、傷はもう塞がってるし痛くもないよ。腕のほうも……うん、随分とアイヤァアァァーッ!!」
む、むむむ無理ですっ! やっぱり力を入れるととても痛い!
昨日よりは楽にはなっているものの、重いモノを持つとかは無理だっ……!
適当な大き目の石でもこれなんだから、もうほんと無理……っ!
「へー、やっぱり痛いんだぁ~……♪」
「なんで嬉しそうなの!? やっ……やめてくれよ? 氣のお陰で治るのが早いって華佗には言われてはいるけど、無茶な負荷を与えればそれだけ治りが遅くなるって……!」
「べつになんにもしないよぉ。近づきすぎて、押し倒されたりしたら困るし……」
「押し倒さないよっ!? なんでそうすることが当然みたいに言うの!? あ、赤くなりながらとかやめてくれってばっ! 誰かに見られたら」
バサァッ……
「はうっ!?」
ふと耳に届く、なにやら紙束めいたものが落ちる音。
紙束、という時点でもう振り向きたくもないんだが、おそるおそる振り向いてみれば……顔を真っ赤にして、うるうる顔の馬岱とその行為をやめてもらおうと手を伸ばしかけていた俺を見て───固まってらっしゃる朱里さんと雛里さん。
……いや、もういいから……これ以上誤解をご招待してどうする気なのですか神様……。
「いや違」
「はわわわわぁああーっ!!」
「あわわわわぁああーっ!!」
「待ってくれぇええーっ!!」
声をかけるや叫び出し、踵を返して即疾駆!
落ちた紙束完全無視して走り去る二人を追うため、俺も立ち上が───
「あ、待ってお兄様」
「へ? うわばぃあっだぁああーっ!!」
「ふわぁっ!? わわっ! つい右腕を……っ!」
大激痛という言葉がこれほど身に染みる瞬間はきっとないだろう。
よく言うだろ? 傷口とかは治りかけが一番辛いって。……あれ? ちょっと違ったっけ。
「いがががが……! な、なに……馬岱……っ!」
「……えっとそのー。ほら、いろいろ書物とか落ちてるし、取りに戻ると思うからさ。慌てて追っても行き違いになっちゃったりしないかなーって」
「いやあの……追いつける自信があったんだけど……」
「大事な書物、そのままにして?」
「う……」
たぶん学校関連のものであろうソレらを見る。
たしかにこのままってわけにもいかない……よな、工夫のみんなや朱里や雛里、関係しているみんなにとって必要なものだ。
だがツッコもう。止めるなら声で止めてほしかった。……って無理だな、走り出したらきっと止まらなかったよ。
止まらず走って追いついて、二人を引き止めて、事情を話してここに戻って……あ、あれ? なんか俺、痛い思いをしただけ損な気が……? 書物だって馬岱が拾ってくれたらなんにも問題なかったんじゃ……?
「過ぎたことはどうにもならないか」
溜め息を一つ、書物を拾ってゆく。
学校に関してのことが書かれているであろうそれらは、恐らく書いた本人じゃないと説明することが出来ないくらい、びっしりと順序をバラバラに文字が書かれていた。
報告は自分の口ですればいいし、ならばと書けるだけ書いたって感じ……かな?
にしたってこの文字量はすごいなぁ、よくもまぁこれだけ書いて、紙がボロボロにならなかったものだ。
ふやけて千切れるとか、そういうことが起こらなかったのが不思議なくらいだ───って、それも計算して書いたのかも。小さなことだけど、凄いことだ。
「……ふう。じゃ、戻ってくるまで待ってるか。馬岱の言う通り、行き違いになっても困るし」
「そーそー、焦っても仕方ないって~♪ じゃ、また歌って?」
「…………いや、いいけどね?」
もう一度木の幹に背を預け、歌を歌う。
書物は風で飛ばされないようにと手に持ったまま。これが飛ばされて紛失でもしたら、いろいろと作業に支障が…………朱里や雛里なら一文字漏らさず記憶していそうじゃないか?
と、考え事をしながらでも意外と歌えるもので、ふと気づいてみれば隣で馬岱が拍手していた。
いつの間にか歌い終えていた俺は、拍手に驚いたくらいだ。
「もっと元気が出る歌とかないかなぁ」
「元気……んー、元気が出る歌は、一人で歌うよりも大勢で歌ったほうが元気が出るぞ?」
「あぁうん、それわかるかも。数え役萬☆姉妹の歌を聞いて、みんなしてほわーって叫ぶと気持ちいいもん」
「一体感みたいなものがあるんだよな、こう……一人じゃ恥ずかしいことも、みんなでやれば怖くない~って感じに」
「あははははっ、そうそうっ」
歌や叫び……つまり声か。声は不思議な力を持っているって、歌や鬨の声を聞いていると実感する。
鬨の声なんかは聞いていれば勇気が沸いてくるし、やってやるって気になれる。
歌は、そのリズムによって受け取り方も変わってくるし、同じ歌詞でもテンポが違うだけで別物にさえ聞こえる。
本当に、声っていうのは不思議だ。
「天ではそういうのってないの?」
「あぁ、あるにはある。……や、二人でやるには少し恥ずかしくないか? それにほら、みんな仕事してるだろうし……騒ぐと迷惑に───」
「えぇ~? 騒いでの迷惑なんていつものことだよ、ほらやろ~? お兄様ぁ~~っ」
「……あの。いつものことって自覚があるなら、もう少し減らしていく努力、しようね……?」
そうは言うものの、結局は押し切られるままに歌うことに。
俺はといえば、相手が馬岱しかいないから少し緊張気味に、この言葉のあとにこう叫んで……と説明するんだけど。なにかなぁこのウケなかったギャグの説明をする時のような気恥ずかしさは。
「で、それが終わったらこの言葉を一緒に叫ぶ、と……あの、馬岱? やっぱりやめない?」
「え~? いーじゃんやってみよっ? たんぽぽ、お兄様の声聞きたいな~♪ ほらお兄様~っ」
「や、で、でもっ……こんなところでなんてっ……」
「そりゃ、たんぽぽも恥ずかしいけど……もっと恥ずかしいこと、お兄様にされたし……」
「えぇっ!? そそそそんなことした覚えがっ……」
「したよ~、ほら、馬小屋の傍で……」
「ぐはっ! い、いやあれはつまりその、あんまりに迫ってくるからっ……あ」
ハタ、と気づけば視界の端に誰かの影。
視線を向けてみれば、真っ赤な顔でふるふると震えている朱里と雛里さんが……って、ア、アアーッ!!
「いやだから違」
「はわわわわわわぁああーっ!!」
「あわわわわわわぁああーっ!!」
「うわぁままま待って! 待ってくれぇええーっ!!」
どこから聞いていたのか……なんて考える必要がなさそうだ。きっと本当に途中から。
思い返してみれば、それが歌のことであると知らないと誤解されても仕方がないことを言いまくっていた。
もちろん今度こそはと足に氣を溜めて、書物はその場に置いて立ち上がると同時に、地面を蹴り弾いて疾駆! 二人の前に回り込んで、それでも逃げようとする二人の腕をとりあえず掴んだ。右腕が痛むが、今は我慢我慢……!
はわあわと俯く二人に、例のごとく説明開始……もう僕泣きたい。何回誤解を生んで育めば気が済むんだろうか、俺は。
……。
程無くして誤解は晴れて、現在は馬岱、朱里、雛里とともに木の幹に腰掛けておさらい中。
何をと言われれば、先ほど落した書物についてのこと。
もちろん桃香に報告するものだが、その前に俺の意見も聞きたかったんだとか……だっていうのに来てみればアレだったんだから、彼女達にしてみれば笑えない。
「ん……窓はもっと多い方がいいかも。暑い日は熱が篭るから大変だ」
「あ、そうですね。ではこことここに……」
「風が通りやすい位置も……考えたほうがいいですね……」
「うわー……見てても全然わかんない」
いや、訂正しよう。
“全員で木の幹に腰掛ける”じゃなくて、三人の少女は俺の周りに座って、書類を覗き込んでいる。
朱里は俺の提案をすぐに受け入れて、うんうんと頷きながら頭の中で構造を描き、雛里は風の流通の計算をしているのか、軽く描かれた全体図に指を走らせる。
で、馬岱はというと頭に疑問符を乗っけて首を傾げている。
「そうなると寒い時期のことも考えないといけませんね」
「あの……天の国では、寒い時期は……」
「うん? ああ、天の国にはストーブっていうのがあって……」
エアコンなんてものは望むだけ無駄だ。
それを言ったらストーブもか。寒い時期は大変だ。
「寒くなったらお兄様に暖めてもらうとかっ」
「授業にならないからそれっ!」
暖かい日への対策の後は寒い日への対策。
元気よく手を挙げての提案へ、真っ向からツッコミを入れた。むしろ暖めるってどうやってだ。抱擁とかは勘弁してもらいたいんだが───って考えるな考えるなっ! 自分でツッコんでおいて自分で考えてどうするんだっ!
……と、頭を振るう俺を見て満足げに微笑む馬岱が悪魔の子に見えました。
ああ……悪戯好きな子って何処にでも居るものなんですね……。
同属嫌悪みたいなものを出さないなら、案外シャオと仲良く出来るかもしれない。
桂花と魏延さんは……だめだな、共通の敵とかを見つけた時ならまだしも、手を組むとかは……あれ? 共通の敵?
い、いやいや、考えないようにしよう。そんなもしもは嫌だ。
「あ、そうだ。勉強始める前に鬨の声を張り上げるっていうのは? 熱くなるよ~?」
「馬岱。キミはいったい誰と戦う気なんだ?」
「んぇ? えー…………勉強?」
「却下します」
「え~?」
こてりと首を傾げながらの答えに、当然の如く却下を。
そんなふうにして案を煮詰めて答えにしてを繰り返して、大体を纏めたあとは……今度こそ木に背を預け、みんなで「は~」と溜め息。
頭を働かせるのって、体を動かすよりもしんどい。
なにせ、学校が完成してから「やっぱりここは違います」なんて、言えるわけもないから。直せるところは直せるうちにやっておかないと、後々面倒なことになる。
「あ、そうだ。ねぇお兄様? 二人増えたし、歌えないかなぁ」
「はわ? 歌ですか?」
「……?」
「なんでもないから忘れていいよ」
「なんでもなくないよ~! えっとね、二人が来る前までお兄様に歌ってもらってたんだけどね? 元気になる歌~っていうのを───」
軽く流せば通るかなーと思った話は、馬岱によってあっさりと堰き止められた。
で、そんな話をふんふんと真面目に聞いた二人の反応といえば……
『……!』
輝く期待の顔で、俺を見上げてくることくらいだった。
なんだかとっても予想通り───
「そういえば一刀さんの歌は、宴の場で聞いたきりでした」
「また……聞きたいです……」
───予想
そーなんですかーって流してくれると思ったのに、まさか聞きたいとは……!
そんな思考の際に出た俺の表情が面白かったのか、馬岱は二人の後ろで口に手をあててニシシシと笑ってらっしゃった。
「い、や……俺の歌よりもほら、仕事とか……あぁああわかったわかったからっ! しゅんとしないでっ! 歌うからっ!」
よ、よし、頭を切り変えよう。仕事をしている人への骨休めになればと考えれば、人前で歌うことなんて恥ずかしくない。
宴の時だってそうだっただろう? せっかく盛り上がっている熱を下げるのは忍びないし、歌えと願われたならば応えて魅せるが漢道。
……魅せるほどの歌唱力があればの話だけど。
「じゃあ……」
それならばと、馬岱と一緒に歌の説明を。
先ほど馬岱にもした、“こう言ったらこう返す、ここで一緒に歌う”といったことを事細かに。
「はわぁっ!? わわわわたしゅたちも一緒に……!?」
「しゅしゅしゅ、朱里ちゃあぁあ~ん……!」
で、ふと冷静になってみれば、俺や馬岱なんかよりもよっぽど恥ずかしがり屋な二人が人前でポンと歌えるはずもなく。二人は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「……どうする? 馬岱」
「うーん……じゃ、最初は簡単な歌から入って、あとはみんなで~って感じでいいんじゃないかなぁ」
「そっか」
そうして歌おうとしてみる……ものの、早速つまづく。簡単な歌ってなんだろう。
日本で歌われていた歌の中から、彼女らにも歌いやすい曲を選ぶのって結構難しいぞ? ……とりあえず歌ってみようか。特に思い当たらないなら、宴の時と同じ歌、“今日の日はさようなら”でも構わない。
まずは歌うことに慣れてもらって───