そうして鍛錬を始めること数時間。
時は昼を通り過ぎ、夕刻へと向かってゆく。
その頃には将の様々が自身の仕事を終えて戻ってくるのだが、中庭っていうのはどうしても目に留まるものなのだろう。
蜀の王が鍛錬をしているところを目に留めると、皆が一様に足を止め、歩み寄ってくる。
「そうそうっ、相手からは目を離さないっ! 相手の目を見ることも忘れないっ! 目で行動を読めることもあるからっ! だからって目ばっかり見てるとフェイント……目の動きを利用して裏をかかれるから気をつけるっ!」
「はっ、はっ……! は、はいっ!」
「いや、“はい”はやめてってば桃香!」
氣とともに散々と体を動かした桃香は、自分の体が疲れにくくなっていることに喜びを見せ、
氣で体を動かす───筋肉を酷使することがないために疲労も少ないって教えたら、それを覚えてみたいと言った桃香。
彼女にそれらを教えて、実際に誘導しながら覚えてもらったのがついさっきなんだが、次は剣を振るってみたいと言ったからさぁ大変。
「俺が扱うのは受け売りばっかりの剣術だけど、いいか?」って俺の言葉ににっこり笑顔で頷いた彼女を前に、俺がした行動はといえば───もちろん“剣を振るうための準備運動”。
「え……えぇええ~~……?」と、もう準備運動は嫌と言いたげな桃香に、準備運動の大切さをみっちり叩き込んだらいよいよ本番。
木刀を持って受けへと回り、振るわれる模擬刀を逸らして
「剣は当てるだけで傷になるから、断ち切るんじゃなく切りつけることを意識することっ! より速く、より正確に、けど同じ動きは極力しない!」
「はぁっ……はぁっ……う、うんっ!」
「動きは細かく、隙は出来るだけ殺していく! そして……自分が振るうものは、どうであれ“力”であることを自覚する! それが出来ない人に剣は似合わない!」
「───! っ……はぁっ……ふぅっ……! ───うんっ!!」
キッと目つきを変え、桃香が迫る。
言われた通りに動きは細かく、“傷つけるため”の撃を向けてくる。
それを避けて弾いて躱して返して……
「かはっ……はっ、はぁっ……! はぁっ、はぁっ……!!」
「うん、お疲れ桃香。じゃあ最後に柔軟体操をして終わりだ。マッサージ、忘れないようにね」
「はぁっ、はぁっ……はっ……は、あぁ……っ、はっ……」
返事をする気力すら残ってないらしい。
いやむしろ、氣を使い始めたばっかりなのにこれだけ出来るほうがどうかしてる。
やっぱりこの世界の住人と俺とじゃあ、基本能力とかが違うんだろうなぁ……。
そう思いながらちらりと見れば、息を荒げながら中庭の草の上でこてりと倒れている桃香さん。
あー、なんか祭さんと対峙してた俺って、こんな感じで倒れてたのかなーとか思ってしまうのは仕方がないことだと思う。
少しだけ、ほんの少しだけ微笑ましい気分になりつつ、休憩を取ってから柔軟運動をと……思っていたのだが。
「待て」
何処から出したのか、巨大な棍棒のようなものを肩に担いだ魏延さんが、桃香を木陰に運ぼうとする俺に待ったをかけていた。
「お可哀想に……こんなになるまで“無理矢理”こんな男の我が儘に付き合わされて……。貴様、覚悟は出来ているんだろうな」
漫画とかで表すなら、ゴファォオゥウウンッ!! ……などと書かれそうな、多少距離があっても耳に残る巨大な物体特有の重苦しい音。そんな音が勝手に鳴ってしまうものを片手で平然と振り回して、魏延さんは何故か俺を睨んでいた。
(……え? 無理矢理だったの?)
そそそそりゃあ確かにちょっと無茶させたかなーとは思うけど、自分の経験上ではこれくらいやらないと底上げになんてならないと判断したわけであり、そのぉおお……!?
「ワタシが桃香さまに代わり、貴様を討つ! 覚悟するがいいエロエロ魔神!」
「えぇええええっ!? いやあのっ……えぇっ!?」
バババッと先ほどまで文醜さんと競って鍛錬をしていた馬超さんを探す。
と、城壁の上から俺達を見下ろしていた馬超さんが、発見した俺と目が合った途端に物凄い速度で視線を逸らすのが見えた。
あのー、嫌な噂でもお流しになられたのでしょうか、馬超さん……?
「たっ……! 戦う、理由がっ……無いん、だけど……!」
「ワタシにはあるっ!」
振るう物がモノだけに、上ずった返事が自然と出る俺を前に、軽々しく振り回され、地面に立てられた鉄製(?)棍棒が、中庭の大地の一部をへこませた。
その際に、ミミズの畑中さんが潰され、その生涯を終えることになった……とか、せめて心だけはかき乱さないようにふざけたことを考えて、平静を保つのだが……上手くいかない。助けてください。
1:たたかう(正々堂々、試合開始!)
2:とくぎ(無理だと思うけど話し合い)
3:ぼうぎょ(彼女の一撃を耐えられるか、今こそ試す時!)
4:にげる(重いものを持ってるなら逃げ切れる……? いや、なんかダメそう)
結論:2!
「あの」
「うぉおおおおおおおっ!!」
「ぅぉわぁああああーっ!?」
問答無用でした。
グオオと振りかぶられ、力を溜めた一撃を疾駆とともに繰り出す魏延さん。
それに対して、俺は素直に悲鳴を上げて───なんとか躱す!
(う、わっ……! い、今ゴフォオオンって……! ご、ごゴごごゴゴ、ゴフォォオゥンって……!!)
目を前を通り過ぎる巨大な得物というのはそれだけで恐怖になる。
癖を克服するためとはいえ、閉じないようにカッと目を見開いていたために、その恐怖も
ああっ……俺の言葉じゃ止まってくれないなら誰かに止めてもらいたいのに、むしろみんな興味津々顔で見てる……!
思春はっ───あ、なんかもう“いつものことだろう”って顔で溜め息吐いてる! 思春!? それはいくらなんでもあまりじゃあ!?
「魏延さん! 桃香が疲れているのは鍛錬をしたからであって! 疲れない鍛錬になんの意味がありましょうか!?」
「黙れ色欲魔人め! 翠から聞いているぞ、貴様は女と見れば見境無く手を出し、襲い掛かる男だと!」
「ちょっと馬超さぁああああああん!?」
声帯の許す限りの大絶叫! キッと涙混じりに見上げた城壁の上では、わたわたと慌てる馬超さんが居てヒィッ!? だだだダメだぁあっ! 別のことに意識を向け続ける余裕無い! 今掠った! 少しだけ掠ったよ頬に!
「なんだっ! 違うとでも言うつもりか!?」
「違っ───、……み、みみみ見境無しなんかじゃないし襲い掛かりもするもんかぁああっ!!」
違うときっぱり断言出来ない自分に、涙が出るほどのダメージがざくりと。
それでも振るわれる攻撃を避けて避けて避け続け、出した結論のもとに説得を続けるんだけど───あ、なんかだめ、そもそもまともに聞いてくれてない。
けど、説得できないから力で解決って、それでいいのか? 俺は───
「魏延さん! 足で勝負だ!」
「なに……?」
「城壁の上を走り続けて、勝ったほうが桃香を介抱する!」
「ふんっ……武では敵わないと見て足で勝負か。随分情けない判断だな」
「情けなくても力以外でも解決してくれるなら、俺の格好がどうだろうと関係ないよ。俺はただ、最後に笑顔があってくれればそれでいい」
「………」
力で解決すべき世界は華琳が治めてくれた。
そしてこれからも、治めていてくれるだろう。
そんな世界にあって、俺達が出来ることといったら……その“力”の支えとなるべつの力になること。
やさしさや笑顔、守りたいって心や救いたいって気持ち。そういうのを以って、力以外の何かになることで、覇王を支える。
“力”が揃っているのに、自分までもが力で治める者になる必要なんてきっとない……ああそうだ、桃香の言う通りだ。
かつては華琳に“力以外”を否定され、叩き折られたかもしれないが───今なら、それも無駄なんかじゃないって笑顔で言える。
そんな世界を彼女が治めているなら、胸を張っていけるはずなのだから。
「……だめだ。貴様がそれを言うなら、まずワタシに“力”を見せろ」
「力を……?」
「そうだ。桃香さまは曹操に立ち向かい、“力”を以ってして折られた。その曹操の傍に立っていた貴様が“守ること”を、“笑顔”を口にするなら、桃香さまと同じく示してみろ!」
「───……」
衝撃。
それは確かにそうなのかもしれないが、まさか真っ向から言われるとは思わなかった。思ってもみなかった。
けど、華琳は何も、ただ力を示したかったわけじゃない。
彼女にだって守りたいものは山ほどあったし、それを守る術が力だと理解していたから“叩き潰し、膝を折らせてみせなさい”と言った。
「折られるわけにはいかない。だからって、そこから逃げてちゃ結果は変わらない。───わかった、力を示す。負けてもいいなんて気持ちは微塵も持たない。魏も呉も蜀も、どこの意思も今だけは関係ない。俺は俺の意思と覚悟を守るために、俺だけの“力”を示す」
力ってなんだろう。自分を鍛える傍ら、時折に考えた。
自分の迷いに気づいてからは向き合っていたつもりだけど、それでも足りないもののほうが多くて……何に手を伸ばせばこの気持ちは晴れてくれるのか。悩むことが増えただけで、いい気分にはなれなかった。
けど今は───魏のことや華琳のこと、呉で学んだことや蜀でこれから学んでいくこと、様々なものを抜きにして……自分の覚悟を貫く時だ。
もう、国を言い訳には出来ない。誰かを言い訳には出来ない。
(“自分を持って”、か……雛里には随分偉そうなことを言っちゃったよな)
持ててなかったのは自分も同じだ。
だからこそ今、自分として力を示そう。
国に返していくのなら、国に依存するのではなく自分として立ってみる。全てはそこからだもんな。
「ああ、もう……随分長かったな、スタートライン……」
マラソン大会の出発地点……じゃないな、受付がどこにあるのかわからなくて泣きそうな感覚……ってのがもしあるなら、こんな感じ?
いやいい、うだうだ考えてないで、とっとと覚悟を決めてしまえ、北郷一刀。
「覚悟───完了」
胸をノックして、魏延さんを見る。
その後ろで、ちゃっかりと桃香を介抱している関羽さんが、俺が胸をノックするのを見て穏やかに笑っていた。
あの。介抱するかどうかでもめてるのに、それはマズイんじゃあ───そんなふうにハラハラしている俺とは逆に、俺のことを叩きのめしたい一心なのか、やたらとギラついた目で俺を……俺だけを睨む魏延さん。
「………」
戦う覚悟は決めたものの……生きて中庭を出れたらいいなぁと、随分小さな夢を胸に抱いた。
「貴女の後ろで、貴女にとってとんでもないことが起こってますよ~」と言っても、「ワタシを油断させるつもりだろうがそうはいかんっ!」と言われた時点で、俺にはもう遠く眺める空の蒼が眩しすぎたのだ。
しかしながら、覚悟を決めたのなら貫く意思を。
深呼吸をしながら木刀を左手で持ち直すと、未だ癒えきらない右腕を軽く添えて構える。
「叩き潰される覚悟は出来たか?」
「ごめん、“それは”出来てない」
「だったら今のうちにしておくんだな。ワタシが貴様を叩き潰す前に」
振り上げた棍棒(金棒のほうがしっくりくるか)を頭上で回転させたのち、中庭の地面にどごぉんっ! と振り下ろす魏延さん。
言葉通り、叩き潰されるとたたじゃ済まない……むしろ死ぬ。
「どこからでも来いっ」
それを俺への牽制としたのか、持ち上げた金棒を腰に溜めるように構え、余裕の顔で俺を睨みつける。
片手で軽々と……だもんな。本当に、この世界の女性はとんでもない。
「すぅ───フッ!」
ならば躊躇なく攻撃も出来る。
力云々を考えるよりも、全力を出し切らなきゃ相手にもならないだろう。
地面を蹴り弾き、前に進むとともに決められる覚悟を幾度も幾度も決めてゆく。
最初の一度で全てを受け容れられるほど、自分が強いと思ったことなど一度としてない。
魏延さんがそんな俺に合わせて金棒を振るうまで、いったい幾つの覚悟を決めたのか。
戦う覚悟、逃げない覚悟、武器を振るう覚悟、振り切る覚悟───数えたらキリがない。
「はぁっ!」
右の腰に溜められ、右手で振るわれる金棒。
自分の視界の左側から襲い掛かるそれは、見事に俺の疾駆速度に合わされていて、このまま馬鹿正直に進めば調度いいくらいに左半身を潰されそうだ。
そういった心配を、両足に込めた氣を爆発させることで一気に掻き消す。
「! ちぃっ!」
祭さんとの手合わせの時にもやった歩法。
足に込めた氣を爆発させて、一歩で一気に距離を潰す方法を以って魏延さんの懐へと潜り込む!
魏延さんは舌打ちをしただけで、そのまま金棒を振るい───俺が木刀を当てるより先に、“武器に力の乗り切らない状態”で俺を無理矢理吹き飛ばして見せ───って、うわぁぁぉっ!?
「ちょっ……!?」
まるで腕でホームランをされた気分だ。
蓮華の時のように木刀の腹を喉に当てて決着、なんて上手くいくはずもなく、近寄った分だけ殺されるはずの攻撃範囲の内側の力だけで、俺は宙を舞った。
「っとわっ……!」
なんとか着地はしたものの、改めて彼女の腕力に冷や汗をたらした───なんて考え続ける余裕も与えてくれないらしい彼女は、俺が着地するより早く走っており、横薙ぎ一閃に振るわれた金棒がもうすぐそこに来ていた。
ソレに木刀を当て、逸らそうと───したんだけど無理! 無理だこれ重すぎ!
(飛んでくるのが軽いものならまだしも、バットで巨大鉄球は打ち落とせないって!)
鈴々の蛇矛のように、この金棒に比べれば細いものなら逸らしようもあるが───無理! うん無理!
そう判断するや、木刀を当てたまま金棒が向かう方向へと全力で地面を蹴って跳躍。
殺しきれない衝撃と自分の跳躍の勢いとで派手に吹き飛ぶが、それを丁度のいい気持ちの切り替えの時間に利用させてもらい、視界の先から走ってくる魏延さんへと着地と同時に疾駆。
姑息な手など一切無しで正面からぶつかり合い、当然の如く吹き飛ばされ、それでも体勢を立て直すとぶつかりゆく。
相手の動きを知って、戦いの中でだろうが対処法を学ぶ。
やることなんていつも一緒だ、きっとこれからも変わらない。
あとは自分が全力で、どうあってでも打ち勝つ覚悟、負けない覚悟、自分の全てを出し切る覚悟を決めればいい。
「───」
集中。
鍛錬の中や鈴々の立ち会いの中でも意識した、本気の雪蓮との対峙時の緊張感を我が内側に。
もっと見ろ、相手の動きを読んで、一手先でも僅か半歩でも構わない……先んじるものを手に、対峙する者に打ち勝つ覚悟を……!
「動きが変わった……?」
魏延さんの僅かな戸惑いの声を耳にしながら、魏延さんの攻撃を避けてゆく。
まともに打ち合えば、逸らすことも出来ずに吹き飛ばされる事実はこの身に叩き込んだ。
あんなに巨大なものを振り回しているにも関わらず、武器を戻すのも十分に速いことも知った。
迂闊に踏み込めば吹き飛ばされるのは目に見えている。かといって、華雄の時のような方法は通じないだろう。
だったら……よし。
「ふっ───」
「っ……どうした。逃げるのかっ!」
一旦距離を取り、呼吸を乱していないことを双方ともに確認。
一度深呼吸をしてから再び思考。決めた決意は……あらゆる手段を使ってでも勝つ。武器を木刀だけに限定させず、足でも拳でも使えるものは全て使う。
右腕は……出来るだけ使いたくはないけど、必要になったら使う覚悟も決めておく。またポッキリいくかもしれないが、譲れない戦いってものがある。
「………」
「………む」
真っ直ぐに見つめる。
踏み込もうとしていた足が一旦そこで止まり、しかしすぐに一歩を踏み出し、迫る。
俺はそれを迎えるべく重心を降ろしてどしりと構え───成功をただひたすらに望んだ。
「ちょろちょろ逃げるのはやめたのか!? だったら───これで終わりだぁああっ!!」
振りかぶり、振り下ろす。
ただそれだけの動作だが、俺を潰すのなんてそれだけで十分だ。
まさか本当に潰すつもりじゃないだろうが、それでも立ち会った頃から怪我どころで済むとは思っていない。
その覚悟、その意思を己の身に刻み直し、俺の目から見て左から斜に下ろされるそれを確認するや───即座に木刀を持つ手をスイッチ。
右手一本でソレを持ち、何も持たない左手にありったけの氣を集中させる。
さて。潰れる覚悟は出来てるか?
自分の内側から聞こえた声に、ただ小さく笑ってみせた───それだけだ。
左手は振るわれる金棒目掛けて突き出し、木刀を持った右手は震わせながらもなんとか肩と平行に右の虚空へと伸ばす。
「───」
無駄な声は出さない。
振るわれる得物の速度と添える速度のみに集中し、それが叶えば次の工程。
手に走る重苦しい衝撃全てを氣に乗せて体内に逃がし、今度はその氣を右手に、さらに木刀へと───一気に流してぇえええっ!!
「っ───!!」
左から来た破壊の衝撃が体内を駆け抜け、右手に持つ木刀に装填されるや、それを震える右腕で振り切った。
完治していない腕でなんて無茶もいいところだ───けど。その甲斐はあった。
「あ───くぁああああぁっ!!?」
振り切った木刀が魏延さんの左脇腹を強打した。
あんな状況で反撃がくるとは思っていなかったんだろう、意識が完全に攻撃のみに集中していた彼女はまともにこれをくらい、後方へとよろめいてゆく。
すぐに追撃をと足に力を込める───いや、込めたつもりだったんだが、困ったことに威力を殺しきれなかったらしい。
いや、殺し切るとかじゃなく上手く逃がしすぎたからか?
全身に激痛が走って、追うどころではなくなってしまった。
「あ、あー……あれ……!?」
化勁の応用。
外部からの衝撃を氣で受け止め、外へと散らすのが正しいやり方……だったっけ?
けれどもそれを体内に吸収して移動、攻撃へと転換するって技法をぶっつけ本番でやってみたんだが……う、うん……体内通しちゃだめだね……! 氣で衝撃吸収した意味が、ないよ、こ、れぇえっだぁああああだだだだーっ!?
痛っ! 体痛ッ!! 外傷ないのに内側痛すぎ!! ああいや外傷あったよ魏延さんの金棒の棘が手に刺さってた!
「ふ、ふっ……ふっ……ふぅうっ……!!」
震えて涙目。だが倒れぬ!!
勝つまでは倒れない! 覚悟と意地にかけても……い、意地に、いじっ……いぢぢだだだだだぁあーっ!!
(しっ……神経を鈍器で殴られたみたいなっ……! あ、そうか、鈍器で殴られる衝撃を体内に通したからっ……!)
あ、やばい……涙止まらない。
ボロボロこぼれてくる上に体動かないし……!
(これが……涙……? 私、泣いてるの……?)
なんてどっかの物語の真似をしている場合じゃなくて!!
落ち着け俺! 痛みを誤魔化したいからっておかしな方向に走りすぎるなっ!!
「っ……く、ぐぅうう……!」
と、おかしな頭をぶんぶん振ってはさらなる痛みに涙する俺の前で、脇腹を押さえながら俺を睨む魏延さん。
その手に持つ金棒が再び構えられ、「ああ……死ぬ……死ぬな、こりゃ……」と無駄に悟った。
……じゃあ、死ぬってわかっててただ死ぬのか?
いや、それはないな。
死ぬ覚悟を決めるなら、生きる覚悟も決めていく。
死ぬかもしれないなら、それこそ死ぬ気で抗ってみろ。
ただ死ぬだけじゃあ……なにも残せないだろ?
「とはいえ……いづっ! ~っ……氣は全部、今の一撃で使い果たしたし……はは、本当に放出系は全然だめだな俺……」
けど、まあ。
だったら今度は、氣が全然使えなかった頃の自分で戦うしかないってわけだ。
痛みも……元々傷のないものだ、少しずつ回復してきている。
あとは自分のやる気云々の問題だ。
「すぅっ……ふっ!」
吸い、一気に吐く。それだけで気は引き締まり、ふらつきながらも足に力を溜めている魏延さんを睨み返すことが出来た。
痛みに涙するさっきまでの自分にさよならだ。
「っ───はぁああああっ!!」
「っ……だぁあああっ!!」
疾駆は同時。
再び真正面からぶつかり合い、氣を用いらないかつての自分のままで捌いていく。
当然走る速度も踏み込みの強さも桁で数えたほうが速いくらいに落ちているが───妙に自分にしっくり来るそれらに、どうしてか笑みがこぼれた。