真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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30:蜀/流れる時間、見極めたもの②

55/ああメンマの園よ

 

 鳥の鳴き声で目が覚めた。

 寝台から降りるとぐぅっと伸びをして、天井にかかげた腕をさらにさらにと伸ばしていく。

 そうするとボウっとしていた頭から多少の鈍さが逃げ、はぁっと息を吐く頃には体のほうも起き始めていた。

 

「うん」

 

 予定通りに庶人の服に着替え、髪型をいつもとは違ったカタチに整えて準備完了。

 鏡を見たわけでもないが、これなら相当に見慣れた人でもない限りはただの庶人に映るはず。

 こくりと頷いて、既に起きていた庶人服姿の思春と朝の挨拶を交わし、一緒に部屋を出る。

 と───……

 

「ん……あれ、陳宮? 人の部屋の前で何やってるんだ?」

「ふぉうっ!? お、おおおおまえには関係ないのですっ!」

 

 部屋の前でなんらかの行動にもたついていたらしい陳宮を発見。

 話し掛けてみれば、両手を天に掲げてクワッと言葉を放つ。

 

「関係ないのに部屋の前に居るっていうのは……ああ、もしかして俺じゃなくてこの部屋に用があったのか? それとも思春に───」

「…………です」

「? ……んん?」

「おまえに用があったですっ! 悪いですかー!」

 

 ……関係、あるじゃないか。

 

……。

 

 早いもので、魏延さんとのいざこざが起きてから一週間以上が経っていた。

 そこまで経つといい加減、蜀での暮らしにも慣れるというもので、俺が起こす行動も一定になりつつあった。

 とはいえいつまでも同じことをしているわけにもいかず、日々変化を求めて、仕事も少しずつだが方向性の違う何かを紹介してもらっていた。

 

「そっか、今日は恋が仕事で退屈なわけか」

「……べつに退屈などしていないです」

 

 通路を抜けて厨房へ行き、朝食をいただくと仕事へ。

 今日は朱里と雛里に警邏を頼まれている。というのも、俺と朱里と雛里と桃香とで執務室にこもり、話していた会話にきっかけがあったわけだが───

 

「それで、おまえは今日、何をするのです」

「ん? ああ、街の警邏。庶人として街に紛れ込んで、町人の行動に目を光らせるって仕事」

「むむむ……? そんなことしてなにになるですか?」

「将からの視点じゃ見えないものを見てほしいんだってさ。というか俺も将じゃないから、将の視点っていうのがわからなくて」

「……それで甘寧が居るですか」

「そういうこと」

 

 俺と思春はともに庶人服。

 フツーにいつもの服なのは陳宮だけだが、たぶん問題にはならない……こともないか。

 

「というわけで、出来れば陳宮にも庶人服を着てほしいんだけど」

「ななっ!? なぜちんきゅーがそこまでしなければならないですっ!?」

「……仕事だから……」

「…………そうですね……」

 

 非番だというのにあっさり納得してくれた陳宮に感謝を。

 ただ暇だとか退屈だとか、相手が欲しいだけなのかもしれないが。

 それでも「あっさり頷ける理由は?」と訊いてみれば、詠や月───つまり賈駆さんや董卓さんがああいう格好で仕事をしているのを見慣れると、そう悪いものでもないと思えるようになったそうで。

 

  ───で、現在に至るわけだが。

 

「───~……!」

「……はぁ」

 

 陳宮は力を溜めている! ───じゃなくて。

 そうしてやってきた街中に立って、庶人服を身に纏い、縛っていた髪を自由にさせた陳宮がフルフルと震える。

 その様子が力を溜めているようにも見えて、妙な考えが浮かんだ……途端に、何故か思春に溜め息を吐かれた。

 

「顔赤いけど……どうかしたか?」

「ななななんでもないのですっ! それこそおまえに関係ないのですっ!」

 

 言いつつも顔が赤いのは変わらない。

 行き交う人の波の中、呉での朱里や雛里のこともあって、はぐれないように手を繋いでいたりもするんだが。まさかそれが原因だってことは……はは、ないない。

 

「~……それで、どうするのです? 警邏と言ったからには、きっちり見て回る気ですか?」

「うん。書簡から得ただけじゃわからないこともあるし……大丈夫っ、これでも見回り“だけ”は得意だっ!」

「胸を張れることじゃないな」

「ハイ……ソウデスネ……」

 

 胸を張ってみればあっさり返されるお言葉。

 ありがとう思春。キミが居てくれるなら、俺は絶対に天狗にならずに済む。

 ただ、見回りが得意なのは本当だ。魏と蜀を比べると、騒動の原因自体はあまり変わらない。将が暴れるって意味では。ただし解決出来るかどうかになると、話は別だ。……だって今の俺の信頼関係を振り返ってみても、蜀に俺の言うことに頷いて引いてくれる人が居るかって訊かれたら、完全なる自信を以って頷けない段階だし。

 

「それにしても、やっぱり賑やかだなぁ」

「成都に来て以来、城に閉じこもってばかりいたおまえが驚くのも無理はないのです」

「好きで閉じこもってたんじゃないって。自分に出来ることを探すのと、新しい環境に慣れるためにはいろいろとこう……それに最近は子供達と遊んだりしてたぞ? 兵たちとも少しずつ打ち解けてきたし」

 

 人々と擦れ違うたび、そこに笑顔があるのがわかる。

 子供たちがチャンバラごっこをしたり、大人が店の前で豪快に笑い合ったり、威勢のいいおばちゃんの声が聞こえてきたり。

 うーん……工夫の人たちになにか差し入れでもあげられないかな。

 懐は……そこまで暖かいわけじゃない。だったらお茶でも……いや高い、高いぞお茶。

 

(それにしても……)

 

 幸いなことに俺が俺だとバレた様子もない。まだまだ交流が足りないからか。それとも制服じゃないことが予想以上に効果が出ているのか……髪形の所為?

 ……理由がどういったものにせよ、今はそれに感謝だな。

 っと、それよりも……酒屋もきちんと見つけないとな。

 

(ふむ。手元には自分の金と、出てくる時に“ついでに酒を”って厳顔さんに握らされた金……か)

 

 何処に行っても酒のお遣いを頼まれるんだろうか俺は。

 そもそも何処に酒屋があるかも、きちんと確認出来ていないっていうのに。

 

「じゃあ、何処に何があるのかもこの目で確かめるついでも兼ねて、警邏警邏」

「……おまえ、書いてあることをわざわざ確認して、いずれ成都に攻め入る気なのですか」

「するっ……、~……しないよそんなことっ!! 俺って普段どんな目で見られてるんだっ!?」

 

 するかっ! と叫びそうになって止まり、言い直す。

 確かに位置確認とか政務の手伝いとか、怪しく思われたりしないかな~とか不安に思っていたりはしたけど、まさか真正面から怪しまれるとは。

 

「~……攻め入るとか騙すとか、そんなことをするつもりはないって。俺はただ、みんなで一緒に“大陸の先”を見たいんだ」

「大陸の先? ……なにを言ってるですかこの男は」

「はは……はぁ、うん。呆れられることは予想通りだ。でも、その未来が眩しいなら目指してみたいって思うだろ? 行動するきっかけなんて、そんななんでもないことで十分だ~ってわかっちゃったし」

 

 笑いながら街を歩く。

 陳宮の言う通り、俺はここにはあまり下りてきたことがなく、城での仕事ばかりを手伝っていた。

 降りてきたとしても軽い用事程度で、それが済めばすぐに城へ。

 鈴々や子供らと一緒に遊ぶことはしても、呉に居た頃ほど町人との交流は深くない。

 三日経てば鍛錬をして、それ以外はずっと手伝い。

 こうして朱里と雛里の案でじっくりと街を巡る理由が出来るまで、ずっとずっと仕事づけである。

 もちろん嫌だったわけでもなく、むしろ任せてくれるのが嬉しくて走り回ってばかりだったわけだが───

 そんな仕事ばかりの俺を見かねてなのか、桃香が「たまには街で息抜きとかどうかな」と誘ってきた。

 断る理由もなく、その時は俺も頷いたんだけど……予定していた昨日、桃香に突然の仕事が舞い降りた。

 急で、しかも量の多い仕事だったために今日まで長引き、結果はコレである。

 桃香が参加できないっていうから、朱里と雛里に相談ののち、俺と思春で“庶人として街を見る”を始めたのだ。……桃香が居たら、たとえ変装していたってバレそうだしなぁ。

 

「工夫の人だけじゃなく、桃香にもお土産買っていかないとな」

「普段から不思議と、楽しみにしていたことばかりが裏目に出る人なのです」

「あー……あるなぁそういうの。俺も何度かそういう経験があるから、わかるよ」

「貴様の場合は自業自得が原因だろう」

「そっ……そそそんなことないぞっ? そればっかりじゃないって……きっと、たぶん」

 

 声を大にして言えない俺はとんだ臆病者です。とはいえ、お土産も考えて買わないと、自分の首を絞めることになりそうだ。

 桃香が喜びそうなものっていったら~……んん、なんだろ、甘いもの?

 お土産として持っていけばなんでも喜んでくれそうではあるものの、どうせだったら桃香が普段でも喜びそうな何かがいいよな。

 よし。

 

……。

 

 そんなわけで警邏を続ける。

 とは言っても俺たちがする以外にも警邏当番の将はきちんと居て、それが今日は馬超さんだった。

 一応昨日の時点で話は通してあるし、会っても声をかけない手筈(てはず)になっている。

 蜀に馴染みのない俺と、髪を下ろして庶人服を着た思春だからこそ、バレずに民の素の姿を見られるだろうって話だったからだ。

 「覗き見するみたいで本当は嫌ですけど、そうしないと解決できないこともきっとありますから」とは朱里の言葉だ。

 

「ふむふむ……この通りには……」

 

 街の地図は確かにあった。

 随分と細かな地図だったが、全体図として細かなだけであり、実際に歩いて見る分には手が届いていない部分もある。

 だからそういったところをメモにとって、頭に記憶させていく。

 一応酒屋も見つけたし、厳顔さんに頼まれたお遣いも果たした。

 もっとも、届けるまでは気を抜けない。落としたりしたら、きっとお叱りが待っている。たとえ弁償したとしてもだ。お酒好きさんの前に、酒を台無しにしたお話でもしようものなら、怒りが飛ぶのは当然なのだ。

 

「地味な作業です……」

「“地味”が存在しない作業なんてあるもんか。いつかはこれが“派手”に繋がるって考えながらやってみれば、案外楽しいかもしれないぞ?」

「少なくともおまえに派手は向かないのです」

「……自分でもそう思う」

「自覚があるのはいいことだな」

「思春、いつも細かい追い討ちをありがとう」

 

 成都は広い。

 細かなところにまで目を向ければそれだけ時間もかかるというもので、ハッと気づいてみれば既に昼。

 歩き疲れたと言い始めた陳宮を、「だったら」と負ぶろうとしたのだが、彼女はこれを断固拒否。

 やれ「格好悪い」だの「そんなことをされる理由はないです」だの、顔を真っ赤にして叫ばれた。

 

「疲れたって口にして、ぜーぜーしてる時点で格好なんて悪い。そんなことをする理由なら、心配だし友達だからだ」

 

 だからキッパリと言って彼女を後ろから持ち上げた。

 「ぴあっ!?」とヘンな声を出したが、暴れ出す前にスッと持ち上げてしまって、そのまま肩ぐるまの状態に。

 ……うん、右腕も少しずつだけど負荷に耐えられるようになってきている。木刀を自由に振り回すのは、もう少し後になりそうだが。

 

「な、な、な……」

「肩車」

「そんなことはわかっているですーっ!!」

 

 足をしっかりと支え、歩き出す。

 陳宮からの言葉は全てスルー。疲れた人の言葉は聞きません、黙って休んでいてほしい。

 だから頭をべしべし叩くのはやめてください。

 

「よぉあんちゃんら、さっきもここ通ったな」

「え? あ、どうも」

 

 と、一番最初に通った通りで声をかけられ、振り向いてみれば頭に鉢巻を巻いた少し太り気味の男の人。

 こんなところに屋台があったのか……最初に通ったっていうのに気がつかなかった。

 

「見ない顔だが、ここには余所から遊びに来たんかい?」

「ええ」

 

 返事をしながら屋台に寄り歩き、失礼と思いながらも見渡してみる。

 ……ふと目についたメニューを見る限り、どうやらラーメン屋らしい。

 丁度昼時だし……いいかな?

 

「思春、いいかな」

「構わんが……金銭面で私に頼るのは間違っているぞ」

「大丈夫、俺が出すよ。ち───ん、んんっ! ……“宮”も、それでいいよな?」

「むむっ? なぜ急に名で呼むむぐっ!?」

 

 肩に乗せていた陳宮を下ろし、口を塞いでからその耳元でコソリと話す。

 一応お忍び調査&警邏をしているんだから、名前でバレるのはマズイということを。

 

「む、むう……そういうことなら仕方ないのです……」

「ごめん。じゃあ親父さん、焼売とラーメン大盛り、麺は硬めでお願い」

「お、食っていってくれるんかい、ありがとよ。お嬢ちゃんたちはどうする?」

「ふむ……ではラーメンで並盛り。それだけでいい」

「ち───きゅ、宮は餃子だけでいいのです」

「そうかい? ちゃんと食わねーと大きくなれねぇぞ~?」

「大きなお世話なのですっ!!」

 

 注文が終わればあとは早い。

 手際よくパッパと仕事を始める親父さんを余所に、ぷんぷんと怒る陳宮をなだめながら、横長の木の椅子に座って待つ。

 なんか……いいよな、こういう空気。 

 料理を待っている最中って、ちょっとワクワクする。

 

「へいおまちっ」

「って、えぇっ!?」

 

 待って五分も経たず、皿が出された。

 何事? と目を向ければ……なんのことはなく、メンマが盛られた皿がそこにあった。

 ……お通しみたいなものか?

 首を傾げながらも頂いてみれば、驚いたことにとんでもなく美味い。

 

「…………美味い……」

 

 思わず口からこぼれた言葉に、親父さんがニカッと歯を見せて笑った。

 俺の反応を見てから箸を動かした思春も、一口目だけで目に動揺を見せるほどだ。

 

「……なるほど、確かに美味い。これはラーメンにも期待が持て───……宮殿? どうされた」

 

 しかし、その中で陳宮だけが少し微妙な表情をしていた。

 

「う……敬語めいた口調はやめるのです。今の宮は庶人ですし、権利を剥奪されたとはいえ呉の将に敬語で話されるのは息が詰まるです」

「いや、そういうわけにもいかないだろう。呉では雪蓮様や北郷が、民とより親交を深めるためにと進んで真名を許し、手を差し伸べもしたが───ここは呉ではない。庶人である私が将であるきさ───こほん、宮殿に気安く声をかけるわけには」

「今“貴様”と言いそうになったですね……いったいどの口が気安く声をかけるわけにはと言うですか」

 

 そう返しながらも、何故か陳宮の顔色はよろしくない。

 メンマに嫌な思い出でもあるのだろうか……それともメンマが嫌いとか?

 

「宮、美味しいぞ? 食べないのか?」

「うぐ……ええい食べるですよっ、食べてみせますですよっ」

 

 ……? 何故か少々ヤケになっている気が。

 でも美味しいとは言っているし……う、うーん?

 

「へい、焼売おまちっ」

「おっ、きたきたっ、いただきまーすっ」

 

 いいや、悩みは少し落ち着いてから訊こう。

 言いたくない内は無理に訊くことは…………時には必要だけど。

 彼女の性格からして、無理に訊こうとすれば頑なになるだけだ。

 

「んぐむぐ……むむっ!? う、うめー! この焼売うめ───はっ!? あ、こ、こほんっ」

 

 落ち着け俺……じいちゃんに散々と口が悪いって怒られただろう。

 ……しかし驚いた、素直に美味しいし……新しい味だ。

 噛むたびにシャクシャクと小気味の良い歯ごたえがあって、しかもそのシャクシャクの味の濃さが肉汁と重なって絶妙な味わいに……!

 

「思春っ、宮っ、これ食べてみてくれっ、すごく美味しいぞっ!」

「飲み込む前に喋るなですっ! ~……まったく、なんだというですかこんな……んむっ、はちゅっ、あちゅちゅっ……、~……む? むむむっ!? これは新しい味ですっ!」

「なっ!? なっ!? ほら思春もっ! ───って、もう食べていらっしゃる」

「絶妙な歯応え……普通の焼売にはないものだな」

「……なぁ、宮……。思春がこういうこと言うと、いろいろと深く聞こえないか……?」

「……同感です」

 

 と、こんな感じで。

 次いで出された餃子も一個だけ分けてもらえば見事な味。

 この時代では一般的である水餃子ではなく、焼き餃子であることにも驚いたが、懐かしさや独特の食感に大絶賛だった。

 

「へっへ、そうまで美味い美味い言ってくれるとこそばゆいねぇ。っと、あいよっ! ラーメン大盛り硬めと並盛りねっ」

「待ってましたっ!」

 

 焼売、餃子でこの味なんだ。

 きっとラーメンもとんでもなく美味いに違いない。

 俺の興奮は今、遙かなる高みへと───!!

 

「……………」

「………」

「あぅ……やっぱりなのです……」

 

 停止。いや、この場合は高みに昇るはずが転落したような気分だ。

 ハテ……? ラーメンを頼んだはずなんだが……何故、茶色い物体が大盛りで目の前に?

 思春のも……わあ、茶色だ。やけに茶色のラーメンだ。

 あ、あれー? 俺、メンマ大盛りなんて頼んだっけ? 汁も無いし麺もないよ?

 もしかしてこれっておまけ? “ラーメン一杯につきゆで卵一個が無料!”とか、そういうラーメン屋でいうところのおまけ?

 だとしても多すぎじゃないか? これ、軽く拷問レベルなんだが……?

 

「あの……これってどう見てもメンマ───」

「おうよっ! この店、メンマ専門店“メンマ園”でラーメンって言やぁメンマのことよ!」

「ゲェーッ!!」

 

 絶叫。

 孔明の罠にかかってしまった者たちの絶叫そのものを再現したような、哀れな声が口から漏れた。

 ……ハッ!? ま、待て!? メンマ専門店!?

 

「まさか……」

 

 焼売を一口。

 シャクシャクと小気味の良い音が鳴るそれを咀嚼しながら、半分食いちぎった断面を見やれば……そこにある茶色のアレ。

 OH……メンマだよコレ。

 

「………」

 

 いや、食う。

 金を無駄にするわけにはいかない。

 この金は親父たちが俺の給料にってくれたものだ。

 

(故に、覚悟を。決して残さず、食い尽くす覚悟を……!)

 

 かつて、趙雲さんのメンマのお陰で味に目覚めたこの北郷一刀! もはやメンマに畏怖することなどありはしない!

 不味すぎるものならまだしも、専門店を名乗るだけあって美味いメンマならばなおのこと!

 

「……、んむ……ん、あぐっ……はもっ……、うん……うん……」

 

 でも……なんだろう。

 さっきまでのさわやかな団欒っぽい空気は、いったい何処へ向かって裸足で駆けていったのでしょうかサザ(こう)さん。

 最初はいい。いや、不味くなるわけじゃないし、美味いことは美味いんだが……予想出来たことだが、こう、おかずだけを延々と食わされている気分だ。

 味も濃い味一辺倒……うーんまいった、これはどこまでいってもメンマだぞ。

 中和剤として米が欲しい……いや、むしろこの味の濃さ自体を中和するなにかが……あ。

 

「親父さん、ちょっと厨房借りていい?」

「へ? いや、そいつはちょっと困るな。店を構えている以上、いろいろと───」

「悪いようにはしないからさっ、この通りっ!」

 

 拝み倒しを決行。

 このままじゃあだめだ、とにかくだめだ。

 思春なんて眉を寄せたまま箸を停止させてしまっている。

 陳宮はもともと餃子しか頼んでいなかったからいいが、正直この単調極まりない味を延々と食べ続けるのは苦しい。

 

「……じゃあ、一つだけ約束しろ。メンマってのはメンマ職人が八十八の手間と苦労を掛けて作る至高の一品だ。そのメンマを無駄にするような行為をするんじゃあねぇぞ。もしそんなことをしたら、ただじゃおかねぇ」

「八十八って……親父さん、それって米でしょ」

 

 言いながらも、了承を得たからには屋台の前からぐるりと回って厨房へ。

 使えそうなものはラー油にテンメンジャン、餃子に使ったであろうネギの残りと……厳顔さんに頼まれたこの酒くらいか?

 いや、卵があるな。歯応えを活かしつつ、濃い味をあっさりと仕上げるには卵は欠かせないだろう。

 ご飯もあるみたいだし……ふんふん。

 

「餃子ってことはニンニクも……お、あったあった」

 

 いける。

 なにやら今、俺の頭にキラリと輝く何かが降りた。

 右腕も……大丈夫、お玉や包丁を持つくらいどうってことない。

 いざ、料理……開始!

 

……。

 

 というわけでここに完成品があります。もちろんたった今作り終えたものだ。

 ざっと作ってみせた料理、その名もメンマ丼をドドンッとカウンターへ置き、ハフゥと一息。

 

「名付けて、極上メンマ丼っ! おいっしーよっ♪」

 

 慣れないウインクなぞをしつつ、どこぞの日の出っぽい食堂の少年の真似をして、どうぞと勧める。

 一応親父さんにも使わせてもらったお礼として差し出した。

 ……量が多すぎたから押し付けたんじゃないからね?

 

「お、おぉお……? な、なかなか上手く出来てるじゃねぇかい。だが、問題の味は……? んむっ、む───おぉおおおお!?」

「……これは」

「ど、どうしたです? 不味いなら吐き出すべきですっ!」

「いきなり失礼だなおいっ! 美味いって! 味見もしないで出すわけないだろっ!? ほらっ!」

 

 自分の分のメンマ丼(しっかり大盛り)を、小皿に取り分けて陳宮へ。

 大盛りを頼んだのは俺だから、きちんと思春は並盛り、俺は大盛り状態で分けた。

 ……ご飯と卵で増えた分は、たぶん親父さんのもとへ。

 

「む、むー……差し出されたからには食ってやらないこともないですが……、……む? むむむむむ!? こここれはっ!」

「な? ちゃんと美味いだろ?」

「うぐ……ま、まあまあです……」

 

 言葉での反応はまずまずだった。

 ……そっぽ向きながらも、黙々と口に運んでる姿だけで十分だが。

 

「おったまげた……米と卵、そしてメンマが互いを引き立て合い、個性を殺さずに上手く合わさってやがる……! メンマ丼はいろいろ食ってきたが、こんな美味い丼は食ったことがねぇ……!」

「蜀への道中、味気無いと言って授かっていた食を無駄に調理していた経験が活きたか」

「思春、そういうことは思ってても口にしないで……」

 

 それでも陳宮と同じく、黙々と食べてくれる。

 親父さんもがつがつと食らい、俺も大盛りである以上、みんなよりも頑張って顎を動かした。

 やがて食事を終えれば、きっちりと米と卵等の代金も払い、メンマ園をあとにする。

 心なし、親父さんがソワソワしたりと落ち着きがなかったのが気になったけど……警邏の続きやお遣いのこともある。

 膨れたお腹に満足しながら、仕事に戻った。


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