うんうんと唸りながら、本当にお茶でも用意しようか、と思った頃。一番うんうんと唸っていた桃香が、俺へと質問をしてくる。
まだ“モノで釣られてついていきそう”って言葉を引きずっているのか、少し拗ねているように見える。
「うー……ねぇお兄さん。お兄さんはまず、来てくれた人にどんなことを教えるの……?」
「拗ねない拗ねない。大丈夫、前までの桃香を俺は知らないけど、今の桃香なら糧に惹かれてホイホイついていくような娘じゃないよ」
「ぁ……っ……! だよねっ!? そうだよねお兄さんっ! ほら愛紗ちゃん、鈴々ちゃんっ、お兄さんはそうじゃない~って言ってくれたよー!?」
「“前までのお姉ちゃんは知らない”って言ったのだ」
「はぐぅっ!? ……う、うぅうう~……! お兄さぁあ~ん……!」
「あぁはいはい、情けない声出さないの」
目からたぱーと涙を流して寄ってくる桃香の頭をポフポフと撫で、落ち着かせる。
……ほんともう、示しがどうとかって次元じゃなくなっている気がする。
ほら、関羽さんだって溜め息吐いてるし。……そして桃香? 何故僕の横に座り直しますか?
あぁこらこら鈴々っ!? だったら鈴々も~とか言って人の膝の上に乗らないっ!
「桃香さま……甘えるなとは言いませんが、その……少々甘えすぎでは?」
おお関羽さんっ、言ってやって、もっと言ってやってよ。
「愛紗ちゃんも甘えてみればいいのに。えへへぇ~、なんだかねぇ、頭撫でられると“ほにゃ~”ってなるんだよー?」
「知りませんっ! まったく、こんなところを兵や部下に見られたらどうするつもりで……!」
「いや、なんかもう見られてるんだけど」
「なっ……!?」
つい、と促してみれば、城壁の上で自分を見上げられ、わたわたと慌てる何人かの兵士。
そんな彼等は関羽さんの眼力一つで「ヒィ」と叫ぶと、そそくさと持ち場へ戻った。
「あぁ……っ……なんと締まりのつかない……っ……!」
あ。頭抱えた。
「今さらって感じもするけど……。桃香、最近じゃあところ構わず甘えてくるし、兵の間じゃあ結構有名になってるし……」
「……桃香さま」
「ひゃうっ!? だ、だって愛紗ちゃん……」
「だってではありませんっ! 確かに私は桃香さまが誰かに甘えることを良しと思いはしましたが、ところ構わず甘えることを望んだ覚えはありませんっ!」
「で、でも~……」
「でもでもありませんっ!」
「う、うー……あ、だったら愛紗ちゃんも甘えてみたらどうかなっ!」
「うなっ!? なっ……ななななにを言い出すのですっ! 私はっ、そんなっ……!」
「赤くなったのだ」
「なってなどいないっ!」
……無だ。
一刀よ、無になりなさい。
貴方は会話に関わってはなりません。
関われば…………もう、わかっていますね?
「ねー? お兄さんもそう思うよねー?」
そして、関わらなくても巻き込まれることも……わかっていますね?
神様……俺、どこか女性関連のトラブルが無いところへ行きたい……。
「エート。来テクレタ人ニ、マズ何ヲ教エルカ、ダッタヨネ?」
「お兄さんっ! そんなことはあとでもいーのっ!」
「えっ……とと桃香!? これキミが言い出したんだよね!? ちょ……あれぇ!?」
俺に無は無理だった。
ただそれだけの結果が残ったよ神様。
「はぁああ……えと……関羽さん……?」
「うくっ……わ、私はべつに甘えたいなどとは……。大体、頭を撫でられたくらいでどうにかなるなど有り得ません」
「あはっ♪ じゃあじゃあっ、撫でられても平気だよねっ、愛紗ちゃんっ」
「は? あ、いえ、今のはそういう意味では───」
「じゃあお兄さん? …………やっちゃってください」
「任されましょう」
「はわぇあっ!? かかっかかか一刀殿!? このような茶番に付き合う必要は───!」
「大丈夫大丈夫。茶番じゃなくて、俺自身がしたいことでもあるから」
「なっ……!」
ひとまず膝の上の鈴々を抱き上げ、隣の芝生へ下ろす。
そうしてから立ち上がり、てこてこと歩いて関羽さんの真正面に屈むと……何が不安なのか、少しだけ怯んだ顔で俺を見る関羽さんの頭に手を伸ばす。
「う、う……」
「?」
小さな唸り。
しかし覚悟を決めて姿勢を───正されるより先に、その頭を撫でた。
「はうっ───」
やさしくやさしく、心を込めて。
戸惑う視線が、座ったわけではなく屈んだだけの俺を軽く見上げるカタチで向けられるが───
「……いつも気にかけてくれてありがとう。正直……あの時の関羽さんとの会話が無かったら、いろいろなものに気づけないままでひどいことになってたと思う。だから……うん、状況を利用するみたいでごめんだけど、ありがとう」
お礼っていうのは、普通に面と向かって言うのは恥ずかしいし、改まって言うのもむしろ言いづらい。
だったらと、状況による勢いを利用させてもらった。
感謝は本物だ。感謝してもしきれないほどのありがとうが、自分の中には存在している。
それはもちろん、気づくためのきっかけを与えてくれた桃香にもだ。
「な、な、わ……」
「……?」
しかしなんだろう。
感謝と真心を込めて撫でているにも関わらず、何かがゴリリと動き始めているような。
これはなんだろう……寒気? 未来に対する尋常ならざる不安?
俺の心が“今すぐ手を離さないと大変なことになる”と告げている。
や、でもな、心よ。これは感謝の意であって、べつにやましいことをしているわけじゃないんだぞ? それに相手はあの関羽さんだ。時に厳しく時にやさしく、この国でまだわからないことがある俺に、いろんなことを教えてくれる人。そんな人のいったい何が危険だって───
「何かお礼をさせてくれると嬉しいんだけど……関羽さん、俺に何かしてほしいことってないかな」
「肩車してほしいのだっ!」
「や、鈴々じゃなくて」
「政務をもっと手伝ってほしいっ!」
「桃香!? それはキミがもっと頑張ろう!? そりゃ手伝うけどさっ! はぁ……で、どうかな、関羽さん」
「……そう、ですね……」
どうしてか赤い顔のまま、俯いたあとに再度俺を見上げる関羽さん。
そんな関羽さんを、まだ撫でたままの俺。
……驚いた、髪がすごくさらさらだ。
黒髪っていうのも珍しいよな……知っている中でも数人しかいないから、少し安心する。
これも郷愁みたいなものなのかな。
「抱っこしてほしいのだっ!」
「やっ、だから鈴々じゃなくてっ!」
「あ、じゃあ私はこのあいだ恋ちゃんがやってたえーっと、おひめさま……だっこ? してほしいなー♪」
「桃香……そういうのは俺の腕が完治してからね……?」
「あ……そっか。えーと片腕で出来ることって……」
「あの。二人とも、話聞いてる? 俺、関羽さんのお礼にって切り出したよね?」
「………」
言ってみたところで、二人は想像することをやめてはくれない。
これはこれで脳を鍛えることになっているのかなぁとか考えたが、これはなにか違う気がする。
と、悩む中、どうしてか関羽さんが、こう……どこか不満があるような、なにかが気に入らないような顔で、俺を見ていた。
「むー……難しいのだー」
「お兄さんにはいろいろとお世話になっちゃってるからねー……出来ればお兄さんも嬉しいことをしてほしいんだけど」
「あ、じゃあとっておきのがあるぞ? 今の鈴々と桃香にしか出来ないことさっ」
努めて明るく餌を蒔いてみた。すると、
「え? なになにっ?」
「なんなのだー!?」
……物凄い勢いで食らいついてくれ。
だから言いましょう。
「うん。関羽さんがしてほしいお礼を決めるまで、桃香と鈴々は静かにしといてください」
「いやなのだ」
あっさり断られた。
頭の後ろで手をくみ、きょとんとした顔でキッパリ鈴々さん。
「もーお兄さん? それ、お礼じゃないよー」
笑顔で返す、俺の言ったことを冗談として受け取っちゃったらしいにっこり桃香さん。
「え? 関羽さんへのお礼なんだから当たり前じゃ……? いやあのええと……あれ? これって俺がおかしいの?」
……俺の明日ってどっちだろう。
何処を向こうと明日を無視して、明後日辺りに突っ走っているような気がしてならない。
と。それはべつとして、撫でられっぱなしの関羽さんが赤い顔をしつつ、どうしてかもじもじと視線を彷徨わせていたりするのだが……なにかおかしなこと言ったかな、俺。
それとも撫で続けていたのが気に障った? ……普通そうか? そうだよな、俺も黄忠さんに撫でられたままだった時、恥ずかしかったし───と。手を引っ込めようとしたのだが。
「それでは、あの……真名で……愛紗と呼んでいただけますか?」
「え───…………」
いきなり関羽さんにそう言われ、それが“お礼”だと気づくまでしばらく時を要し。
答えを得たと思えば今度は思考停止。
───停止状態から復活してみれば、今度は停止した分、一気に疑問が沸いて出てきた。
あれ? 急に真名? いや落ち着け、慌てる時じゃない。時じゃないけど忙しい。
「愛紗が男の人に真名を許したのだっ」
「あれ? もしかして初めて……かな?」
「な、何を仰るのですかっ! 男性に真名を許す者が極端に少ないだけの話でっ……鈴々や桃香さまとて一刀殿が初めてでしょう!」
「そういえばそうなのだ」
「そっかー、そういった意味では、お兄さんってすごいねー」
感心される時でもない気もするけど……。
だがしかし、冗談なんかで真名を預けようとするわけもない。
どうしてこの場面でなのかは考えてみたところでわからない。が、きちんと受け取ろう。
「じゃあ、うん……喜んで。えと……でもさ、そのー……あ、愛紗さん?」
「はいっ」
(うわっ、すごい笑顔っ……)
真名で呼ばれることがそんなに嬉しいのか、親に褒めてもらった子供のような輝く笑顔で俺を見上げる関……もとい、愛紗さん。
み、妙ぞ……こはいかなること……!? もしかしてずっと呼ばれたかった……? いやいやまさかそんな。
「愛紗、嬉しそうなのだ」
「私や鈴々ちゃんが真名で呼ばれてて、愛紗ちゃんだけ関羽さん~って呼ばれてた時、なんだか寂しそーだったもんねー」
「うなっ!? ななななにをっ! わわ私はそんなっ! 気の所為ですっ!」
気の所為らしい……よかった、嫌な気分にさせたりとかはしなかったようだ。
魏のみんなや呉のみんなに言わせれば、俺はどうも女心というものが本当にわからない男らしいから、気の所為であってくれたなら本当によかった。
……なのに、何故か愛紗さんが俺のことをキッと睨んできた。ハテ?
「その。それから、言わせてもらうのならばですが……一刀殿。鈴々はおろか、蜀の王である桃香さままで呼び捨てにしているというのに、私だけ“さん”をつけるのはその、どうかと思います。ここは私も呼び捨てにされて然るべきかと───」
「え? でも今まで関羽さんって呼んでたのに、真名になった途端に呼び捨てはいろいろと気安すぎやしないかなって」
「そうかなー。私の時は“さん”を取ってくれたよ?」
「鈴々は鈴々なのだっ」
あの、はい……それはそうなんですけどね?
「う……じゃあえと……あ、愛紗?」
「……、」
「赤くなったのだっ」
「なってなどないっ!!」
「よかったねー愛紗ちゃんっ、これで三人とも真名を許した仲だよー♪」
「桃香さまっ!? 私はそのべべべつにそう呼ばれたかったから許可したのではなくっ!」
「じゃあ取り消すの?」
「しません!」
物凄い即答だったという。
「……ぶつけたかった疑問の続きだけど。流れからして、関───愛紗までさ、俺のことを兄とか呼んだり……しないよね?」
『───』
何気なく思ったことを口に出してみれば、ピタリと止まる三人の動き。
そして、“ハテ?”と首を傾げると同時に浮かび上がる嫌な予感───あ。やばい地雷踏んだ。
「ごめん今の無しっ! 何も聞かなかったことに───!」
「なるほどー、それは気がつかなかったよー。私も鈴々ちゃんもお兄さんとかお兄ちゃんとか呼んでるんだから、愛紗ちゃんも───」
「お構いなくっ!? 聞いて!? お願いだから聞いて!? 突っ走らないで! 一刀殿でいいから! ほんと一刀殿でいいからっ!!」
「だいじょぶなのだ、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから、鈴々はお兄ちゃんって呼ぶのだ」
「り、鈴々……! ってあれ? 今そのためにいろいろマズイことになってるんじゃなかったっけ?」
考えてみれば蜀の王にお兄さんとか呼ばれて、俺の立ち位置ってどこらへんなんだ?
蜀の王にお兄さんと呼ばれ、甘えさせて、魏の王に私物扱いされてて、呉の王に種馬にならないかって誘われて……う、うおお……目ぇ回ってきた……!
などと両手で頭を押さえて蹲りたい心境の俺の前で、未だに撫でられっぱなしの愛紗が、うっすらと赤く染めた表情を上目遣いで覗かせて、一言。
「あ、あ……う、……あ……あに、あにに……兄、上……?」
「───はうっ」
う、あ……やややばい可愛い……! この、彼女の頭と髪を撫でる手でめっちゃくちゃに撫で回してあげたい衝動が込み上げて……!
いやいや乱暴はよくないだろ、ここは紳士的に湧き出る思いをそのまま手に込め、さらにさらにやさしく撫でてだな……!
いや、順番は守ってもらわんと。ここはやはり彼女の頭を胸に掻き抱き、中庭の中心で愛を叫ぶくらいの思いをストレートにぶつけてだね……!
(出すぎだぞ! 自重せい!)
(も、孟徳さん!)
ハッと正気を取り戻してみれば、頭がクラクラしたままでいろいろ考えすぎていた自分。
落ち着け、まず落ち着くんだ俺。とか思いつつ、頭を撫でることをやめないこの手は……いったいなにを考えてらっしゃいますのやら。
「はぁ……ふぅ……───うん。愛紗、自分の呼びやすい呼び方でお願い。そんな、真っ赤になってまで言うんじゃあ言いづらいと思うし」
「うぐっ……申し訳ありません……」
「それと出来ればその敬語もやめてほし」
「お断りします」
「いな───って即答!?」
どうしてか口調に関しては即答を以って断られた。
(俺からでも意思は受け取れた、か……)
俺は愛紗と同じ道を歩んでこられたわけじゃないのにな。
力を振るう意味を受け取ることは出来ても、たとえばその人が敵だったら……“振るう意味”のために迷わずその人を斬ることが出来るだろうか。
(ん……)
同盟を結ぶことで、この大陸に確かな平穏は訪れた。
呉国に居る親父たちのように、納得出来ずに苦しむ人もまだまだたくさん居るのだろう。
それら全てを救うなんてことは、悲しいけど不可能だと断言できる。
いつか、とても長い時間が哀しみを癒してくれると信じるほかないのだろう。
行動することで笑ってくれる人は確かに居た。
けど同時に、手を取ることを拒否し、ただ生きることを望む人も居た。
だったら……今でこそ希望を抱けぬ心にも、いつかは希望が舞い降りると信じよう。
そのためにも、何かを出来る誰かが頑張らなきゃいけない。
いい国を、それこそいつか、“みんなで”目指せるように。
そのために…………そぅだなぁ。
「悪と正義を説こう」
「なんですか急に」
ぽんと口から出た言葉に、本気で疑問符を浮かべた顔で言われた。
うん、そうだね。口調のことを話してたのに、急だよね。
「愛紗、悪と正義だよ。天の国には“戦争を知らない子供たち”って歌があるんだけどね、戦争は恐ろしいものだと伝える授業をしていったらどうかなって。もちろん、それだけじゃなく国語算数理科社会、体育や……英語はいらないよな。まずは少しずつ覚えることが重要だし」
「悪と正義……それを、民に教えるのですか?」
「戦争ってものを忘れない程度でいいんだ。現在より次代へ、次代よりさらに先へ、って伝えていくことが重要だ。些細なことで国と国とが喧嘩でも起こせば、それだけでどれほどの人が死ぬかわからない。だから……舞台が必要だ」
「舞台? お兄さん、それって数え役萬☆姉妹が立つみたいな───」
「いやいやそういう舞台じゃなくてっ! あ、いや、それでもいいのか? えーと……!」
一休さん、俺に力を貸してくれ。
戦争なんてものじゃなく、時にはどっちが上かを遊び感覚で決めるなにかが必要だ。血で血を洗うものじゃなく、戦いを終えた後も笑って“次は負けないぞ”って言えるような舞台。
学力テストで競い合う? いや、そうなると“学校”がある蜀が優位だ。下手をすればどっちが上かで、他国を見下したり悪口言ったりする民が出てくるかもしれない。
そんなことは無いって断言してやりたいけど、俺だって国に生きる全ての人の性格を知っているわけじゃない。断言は出来ないんだ。
民と民がぶつかるようなことはやめておいたほうがいい……となると、将と将がぶつかり合う企画か? 年に一度大会を開いて、誰が三国無双であるかを決定する舞台……その名も天下一品武道会を開催する! とか……いや待て、いろいろ待て。
「なにも武道会にすることないよな。それだったら軍師に辛い点が浮かぶし……だったら分野ごとに分けて、それぞれの三国無双を決める舞台を……」
「お兄ちゃんがぶつぶつ言い出したのだ」
「お兄さん? お兄さーん?」
「奇妙な集中力ですね……声が聞こえていないのでしょうか。と、いうか、あの、一刀殿? いっ……いつまで、その、頭を……っ……!」
武を競う舞台、知を競う舞台、料理を競う舞台、技術……たとえば馬術を競う舞台や、足の速さを競う舞台……いっそのことオリンピックでも開こうか?
そこに学校で学ぶことも混ぜるとすると……と考えながら、撫でる手を止めて彼女の正面に座る……と、鈴々が今だとばかりに足の間に座りこんできた。
…………ええい、思考よ回転しろっ、細かいこと───ではないけど、気にするなっ!
「反面教師って言葉を利用しよう。目上の人、もしくは先人の恥を教訓に、ああはなるまいと誓って己を生きる在り方を」
「反面教師……ですか? それをどのように?」
「そう。正しい道を目指してばっかりじゃ、邪道の中にある光を見つけられない。邪道に生きるだけじゃ、正道はただの盲目的な道。だったら、どっちにも目を向けられる自分を生きることこそが、自分の責任を以って進むってことなんだって……じいちゃんが言ってた」
「つまり?」
「一年に一度……何年かに一度でもいい、三国で競い合いの催しをしよう。武力知力技力、様々な力の中で三国無双を決める戦を。人を殺める戦なんかじゃない、終わったあとには笑っていられるような戦を何度も何度も続けて、血で血を洗う歴史の全てを教訓に出来る未来を作ろう」
「にゃ? みんなで戦うのー?」
「もちろん殺しはご法度。……だけど、そうはいっても将同士のぶつかり合いを見て、戦を思い出す民だって居る。殺し合いじゃない戦が出来るんだったら、どうしてもっと早くしてくれなかったんだって言う人だって、やっぱり居るんだと思う。それは呉だけの話じゃないんだろうから」
「大丈夫なのだ、その時はまたお兄ちゃんが刺されて───」
「刺されないよ!? 説得=俺が刺されるってわけじゃないからな!? ていうかそれのどこが大丈夫なのか教えてくれ! 少なくとも俺一人が物凄く大丈夫じゃないだろ!」
「にゃはは、冗談なのだ」
「勘弁してくれ……、ぁ……お、お願いだから」
口調が崩れていることに気づいても、もう言いたいことを言ったあとだった。
そんな心境を、がっくり鬱気分でお届け。
無邪気ににししと笑う鈴々は気にしたふうでもなく、そんな彼女の頭を撫でる俺も、出る苦笑は楽しげだ。
自分で自分にいろいろとツッコミたい部分もあるが、冗談に振り回されるのも悪くない。
そんなことを思っていると、隣に座る桃香が顎に人差し指を当て、空を仰ぐように首を傾げた。
「……? ねぇお兄さん? 今のお話の中のどのへんに、反面教師に当てはまることがあるのかな」
次いで出たのは「ああ確かに」と頷ける疑問。
反面教師って言葉に合う言葉は説明できてなかったなと頷く中で、俺は七乃の真似をしてピンと立てた指をくるくると回した。
「まず、戦が終わって平和になったっていうのに、祭りめいたものとはいえまた争うことで、多少の緊張感を持ってもらう」
「うんうん、それで?」
「民たちは“戦”って聞いて嫌な顔もするだろうし、それが遊びとくれば笑う人も居ると思う。それを見て聞いて、“一年程度経ったばかりなのにまた戦か”って嫌悪するならそれでいい。血生臭い戦じゃないなら楽しもうって思うならそれでいい。戦を嫌悪するなら、自分はそんな戦好きにはならないように戦を嫌い続ける。楽しい戦を喜ぶなら、血生臭い戦なんてつまらないって思うだろ?」
「つまり、出来るだけ民に学ばせる形で物事を起こすと……そういうことでしょうか」
「なんでも思う通りに上手くいけば苦労はないんだけどさ、もちろん今挙げた心情以外を持つ人だってきっと居る。自分は関係無いって一線を引く人だって居るだろうし、真意を知らなきゃ“こんなやつらに国は任せられない”って怒る民も居るんだろうし……」
「んー……難しいのだー……」
「任せられない~って怒られちゃったら、あとが怖そうだね……」
唸りながら、足の間に座る鈴々がポフリと体重を預けてくる。
桃香は桃香で目を線にしていろいろと考えているらしく……愛紗だけが、真っ直ぐに俺の目を見ていた。
そんな彼女が小さく緊張を緩ませ、ふぅと息を吐くようにして言う。
「……つまり、怒る民にも先を見てもらうと。そういうことですね?」
「一応、そういうつもり」
『?』
やれやれこの人は……といった感じに目を伏せる愛紗とは別に、空を仰ぐように俺を見る鈴々と、隣に座る桃香が首を傾げた。
「桃香さま、つまりはこういうことです。反面教師の話になりますが、我々が他国と競い合うことで、“また戦を”と思う者が戦を嫌えばそれで良し、楽しむための血が出ない戦ならと喜ぶならばそれも良し。そして、こんなやつらに国は任せられないと思う者が居るのであれば、その者は知恵を身に付け、いずれ城に立ち、より良い国作りに貢献してくれるでしょう」
「───あ……」
「当然、全てがそう上手く運ぶはずもありません。そういった者を集わせ、国に牙を剥くとも限りませんが……」
「その時は鈴々がやっつけるのだっ!」
「こらこら……そうだけどそうじゃなくて……」
「そう。少なくとも、乱世の中を駆け、生き残った我らへと牙を剥くのは得策ではありません。戦をその目で見ていない民だろうと、それは理解出来るはずです」
「最初から全部をわかってもらおうなんて思ってないよ。だからさ、態度で教えられないそこらへんは……ほら、学校の出番ってわけで」
「……あ、そっかぁっ!」
ポンッと桃香が両手を叩き合わせた。
……地味にいい音が鳴った。
「にゃ? そこでお兄ちゃんが悪と正義を教えるの?」
「やっぱり受け売りだけどね、心を込めて届けたいって思う。子供の頃は呪文みたいな言葉だったけど、今はなんとなく……わかる気がするから」
「悪と正義、ですか。あの、よろしければ───」
「へ? ……あ、うん、こんな話でよければするけど……案外つまらない話だぞ? 教えようってもののことをそんなふうに言うのもどうかと思うけど」
「いいっていいって、聞かせて聞かせてー?」
「楽しそうだね、桃香……」
ワクワクウキウキ状態の桃香の横で、その勢いに少したじろいだ。
さて……悪と正義、なんだって正義が後で悪が先なのかといえば、じいちゃんの話に影響されたから……だと思いたい。
そうして俺は、三人に悪と正義の昔話をし始めた。
なんの盛り上がりもない、静かで淡々とした、つまらないお話を。