真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

91 / 454
32:蜀/真実を告げる夢①

58/床に伏せた日

 

 ───朝。

 頭の痛さで目が覚めた。

 体がひどく重く、起き上がろうとしても起き上がれない。

 もしかして体がまだ眠っているんだろうか、なんてことを考えた。

 

「……あれ?」

 

 手を持ち上げてみるんだが、重くてだるい。

 手を持ち上げるなんて行為がこんなにも大変だなんてことを、久しぶりに思い出した。

 寝転がりながら隣を見てみれば、そこにはすやすやと眠る思春。

 

「………」

 

 たしか、昨日は関羽さん……じゃなくて、愛紗の看病をして……ああ、なるほど。

 

「風邪だ、これ」

 

 結論に至ると、余計に体が重くなった気がした。

 なるほど。人間、氣がどうのこうのと言ってようと身に付けようと、風邪になる時はしっかりとなるらしい。

 

「ん、ん……ぐぐ……!」

 

 まず水を飲もう。この重い体に潤いを。汗をかくための水分を。

 重い体を無理矢理起こして(上半身で精一杯だったが)寝台から降りる。

 寝台に腰かける姿勢でだらりと足を下ろすのだが、踏ん張ってみても立ってくれないこの体。

 ……ううん、本格的に風邪か。誰かに伝染せば治る、なんて言わなければよかった。

 

「ん、うぅ……、……これで愛紗が治ってなかったら、引き損だよな……」

 

 頭がグワングワンしている。

 こう、体が重いくせに頭だけは軽くて、常時左右に揺さぶられているような。

 

「~……っ……」

 

 反動をつけて無理矢理立ち上がると、靴を履いて服を着て、いざ部屋の外へ。

 扉を押し開けた途端に訪れる空気の流れが、熱い体にありがたい。いやむしろ寒い。体が震える。

 

「あー……寒気なんて、ここ最近じゃあ対人でしか感じてなかったのに……」

 

 主に思春に睨まれた時とか思春に詰め寄られた時とか思春に追いかけ回された時とか……はて、思春関連ばかりが思い浮かぶのはどうしてだろうか。

 

「さて」

 

 厨房ってどっちだったっけ。困ったことに頭が回ってくれない。

 水……水が欲しい。

 

「水……」

 

 ともかく歩き出した。

 ふらふらよたよた、自分の体とは思えない体で、まるでゾンビが如く。

 

……。

 

 で…………

 

「ここはいったい何処なんだろうな……」

 

 いやわかってる。

 確かに水がある。さらさらと流れてる。

 でもどう見たって川だよ。水は水だけど川だよ。

 

「あ……あれぇええ……?」

 

 とうとうヤツもイカレちまった……ではなく。

 やばいぞ、いろいろとまともに認識出来ていない。というか気づけ、辿り着く前に。

 

「おおぉお……自然が……大自然が残像を……いや、これは分身……?」

 

 やばいしまずい。世界が滲んでる。

 様々なものが重なって見える。

 戻らないと……あれ? 戻る道ってどっちだっけ?

 

「………」

 

 遭難した時はね? 下手に動かないほうがいいんだよ?

 心の中で誰かが仰った気がした。

 

(今こそ好機! 全軍、討ってでよ!)

(も、孟徳さ───何処に!?)

 

 いよいよもって眩暈がしてきた。

 やばい、遭難じゃないけど、こんな風通しのいい場所に居たら悪化するだけだ。

 寒気も随分と増してきた。

 

「……い、いやっ! こんな時こそ体を鍛えるんだ! どんな時でも動ける自分であってこそ、ここぞという時に役に立てるんじゃないか!」

 

 キッと意識を覚醒させる!

 やがてその第一歩を踏み出し、不安定ながらも氣を使って走り出した───!!

 

  ……その後。

  森の中でぐったりと気絶しているところを、孟獲に拾われたらしい。

 

……。

 

 ズキズキズキズキ…… 

 

「うぅ……あたまいたい……」

「自業自得だ」

 

 目を覚ませば宛がわれた自室。

 寝台から見る天井に安堵の息を吐きながらも、痛みが取れない頭に嫌味のひとつでも飛ばしたくなった。

 どうやら部屋に居るのは思春だけらしく、いつもの庶人服に身を包み、髪を下ろした彼女は……まあその、寝台の横に運んできた椅子に座りながら俺を見下ろし、溜め息を吐いていた。

 

「俺、どうなったの?」

「森で倒れているところを孟獲に発見されたと聞いた。ご丁寧に手足を縛られ、棒に括りつけられて運びこまれた時は、文醜が腹を抱えて笑っていたな」

「…………」

 

 いつまで人を猪扱いなんだ、あの子は。

 ああでもなるほど、手首を見てみれば少しだけ縄の跡が。

 跡が残るほどではあるものの、頭痛に邪魔されて手首や足首からの痛みは感じない。

 ああ……水飲みに行って、悪化させてどーすんだよ……。

 

「思春……氣で病気を治すとかって……出来ないかな」

「華佗でもなければ無理だろう。安定していない貴様の氣に私の氣を送り、僅かに安定させてやることくらいならば出来るだろうが、華佗が言うところの病魔を消せるわけでもない」

「……だよなぁ」

 

 困った。

 常時頭が揺れている。お陰で気持ち悪くて仕方ない。

 そんな気分から解放されたいのに、無理に氣を使ったもんだから体全体が弱くなっている。

 あれだ、抵抗力が頑張って病魔と戦ってたのに、その抵抗力を自ら圧し折ってしまったような……うん、今回の場合、その抵抗力が氣だったわけで。

 あー……俺のばか……。

 

「………」

「………」

「…………」

「………」

 

 眠気が沸いてこない。

 会話もなく、そもそも寡黙であり自ら人に話し掛けることが少ない思春(注:蓮華は除く)と病気の俺とでは、話に花を咲かせろというのが無茶に近い。

 それでも話し掛ければ応えてはくれる思春にありがとうを。

 

「はぁ……これからって時に風邪引くなんて……」

「………」

「あの。思春さん? 病人をそんな、“なにを言っているんだこの馬鹿は”って顔で見るのはどうかと思うんですけど」

「貴様の言葉通りだ」

「……馬鹿ですいません」

 

 でもせめて、こんな時くらい貴様呼ばわりをやめてくれると嬉しいです。

 

「傍から見ても貴様は働きすぎだ。政務の手伝いから工夫の手伝い、遊びに誘われれば断らずに騒ぎ、買い出しや掃除、馬を洗いもすれば料理も手伝い、その中で延々と氣の鍛錬をし、三日毎の鍛錬。風邪がどうのの問題以前に、貴様のそれは過労だ」

「うわ……」

 

 視線でずぅっと“馬鹿め、馬鹿め”と言っているような目で、思春が口走る。

 対する俺はといえば、正論すぎて何も返せないでいた。

 なるほど、いくら体を鍛えていても、弱っていく部分はきちんとあるってことか。

 

「自分では普通にしてたつもりだったんだけど……なるほど、並べられてみると、それだけやってれば倒れもするって納得出来る……」

「……今まで倒れなかったこと自体が、そもそもおかしいと思うべきだろう」

「はは……いろいろ必死だったからさ……」

 

 そもそもが一介の男子生徒。

 それが、天下の統一に関わったり人の生死に関わったりだ。

 自分が特殊だったのかどうなのかはさておいても、平然と過ごせるわけもない。

 周りが優秀だった分、頑張らなきゃいけなかった。

 だからといって、好んで難しいことに首を突っ込みたかったわけでもない。

 誰かに任せれば済むことなら、なんだって任せていたかった。

 天の知識を以って、役立つことは出来ても……いつしかそれが、“自分が”役に立っているわけではないと気づいた。

 ……頑張らなきゃいけなかった。傍に居てくれるだけで安心するって言われて、嫌なわけじゃあ決してないけど……どうせなら役に立ちたいと思うことが出来たのだ。

 それからは努力の連続だ。いつかこの世界に帰ることを夢見て、それ以外のことへと思考を向けることなく突っ走って。

 気づけばあの世界の何もかもを置き去りに、ここへ来てしまった。

 

「…………」

「………」

 

 無言。

 考え事をしながら眠る努力をしてみるのだが、まだ朝だ。

 起きたばかりと言っても間違いにもならないこの状況で、どう寝ろというのか。

 

「昔々あるところにお爺さんとおばあさんがげぇっほごほぉっ!! うう……」

「何をしているんだお前は……」

「いや……耳が寂しいから、セルフ昔話を……」

 

 頼んでもやってくれそうにないし。

 結局は、とうとう出始めた咳に邪魔されてしまったが。

 

「……はぁ。何でもいい、してほしいことを言ってみろ」

「え……?」

「言え、と言っている。そういう気分だ。深い意味はない」

「………」

 

 深い意味はないのか。

 だよな、うん。

 してほしいことか……してほしいこと……うーん……。

 

「ただそんな気分なだけだ……そうだ、意味などない。当然だ。気分なのだからな、ああそうだ」

「?」

 

 ぶつぶつ仰っているが、本当にぶつぶつとなので耳には届かなかった。

 むしろ頭の痛みから逃げたいって意識ばかりに気がとられて、聴覚に意識を集中することが出来やしない。

 

「うー……」

 

 頭が痛い。眠りたい。なのに眠気が無い。

 どうしようか、いっそのこと治るまで気絶でも───あ。

 

「思春、思春……」

「なんだ、してほしいことがあるのか? 病気の時くらいは……特別だ、なんでも言え」

「うん……───俺を気絶させてくれ。正直、起きているのが辛い……」

「───……」

 

 ……あれ? なぜかビシリと空気が凍ったような。

 気の所為? ……気の所為だよね、ウン。

 

「貴様……仮にも“なんでもいい”という言葉に対して、気絶を求めるとは……!」

「え? あ、あれ? あの……思春さん?」

 

 景色が……! 景色が歪んでる!?

 某格闘漫画のようにぐにゃあああと! これは殺気!? ……ああハハ、熱があるだけだよきっと。そうだよそう、お願いしますそうであってください。

 

「いいだろう、黄泉路送りの渾身を叩き込んでやる。拳がいいか? 鈴音がいいか?」

「後者死にますよね!? そもそも黄泉路送り前提!? 気絶! 気絶希望ですよ思春さん! わかってくださってますよねぇっふぇげっへごっほぉっ!!」

「! ……あ、ああ、その、すまん」

「けほっ……い、いいよ、思春。勝手に騒いで勝手に咳き込んだだけだし……」

 

 そうは言うが、思春は少しだけしょんぼりとしていた。

 はて……思春がこんな顔をするなんて、もしかしてなにかあった?

 こんな顔っていっても、大した違いなんてないけど……なんとなくわかる。

 小さくだけど、「庶人……私は庶人だろう……刃を振るうな」とか言ってるし。

 あの。だからってゆっくりと拳を作るのはやめません? せめてキュッとひと思いにですね。

 

「ゴメンナサイやっぱり気絶は無しで」

「いいだろう」

 

 それで当然とばかりに頷かれた……と思えば、願いを叶える龍のような目で、寝転がる俺を見下ろす思春さん。

 

「ギャルのパン───なんでもないです」

「?」

 

 いろいろと落ち着こうな、俺。熱で脳味噌とろけてるのか?

 誰の、どんな人のものかもわからず喜ぶ豚人間の気持ちは、きっと俺には一生理解できないものなのだ。

 って、だからそうじゃなくて。

 

「えと……じゃあ………………ごめん、傍に居て」

「!? …………───」

 

 掠れた声で言う言葉に、返事は特になかった。

 が、椅子に深く座り直して目を伏せる彼女からは、しょんぼりした雰囲気は無くなっていた。

 

……。

 

 一言で“退屈だ”と言える時間があったのはいつだっただろう。

 風邪なんて引くもんじゃないな……退屈だと言えた時間が懐かしい。

 風邪なんて病気を患って、そんな様々な思いを抱くことになるなんて、俺は知らなかったんだ。

 

「………」

「………」

 

 眠れるわけもなくボーっと過ごした。

 思春は時折に額の布(タオルというよりは面積の多いハンカチのようなもの)を交換してくれて、どこまでも静かな時間を二人で過ごしていた。

 結構な時間が経ったと感じられても、案外時間は経たないもので───それでも。

 会話が無くても気にすることもなくても、“動かずに静かに過ごす”なんてことをするのが随分と懐かしく感じられた。

 結論からいえばそんなひと時も吹き飛ばしてしまう事態が起こってしまったわけだが、軽い現実逃避くらいは許されて然るべきだと思うんだ。

 

  朝飯。朝餉? 朝食。うん朝食。

 

 全てはそこに終着せん。

 食欲が無くても、食べなきゃ体が活動しないこともあり、思春が粥を作ってくれることになった……のだが。

 どうしてだろうなぁ、さっきまで思春が座っていた椅子には、KAYUが入った器を手にニコリと微笑む愛紗さんがいらっしゃる。

 その後ろには珍しくも気まずそうにする思春の姿があって、これからの俺の未来がその目に見えているかのようだった。

 とりあえず、元気そうでよかった。伝染った病は無駄ではなかったんですね?

 

「私が軟弱だったばかりに病を伝染してしまい、申し訳ございません。この関雲長、及ばずながら恩返しも含め、看病を」

 

 …………ニゲタイ。よかったと思う心と危険感知能力は別だった。

 粥と言うにはあまりに紫色で、何故かそこから魚が顔を突き出しているKAYUを前に、冷や汗がダラダラでございます。

 危険だっ……あれはあまりに危険だ……! アレからは春蘭の手料理並に危険な信号が飛ばされている……! 何故かモールス信号で……!

 否、まずはこのKAYUの安全性を確かめるのが先決!

 愛紗に気づかれないように思春と視線を交差し、目で会話を!

 

(……ちなみに味見は?)

(…………)

 

 静に首を横に振られた。

 ソウデスネ……ソウデスヨネ、こういうパターンデスヨネ。

 アイコンタクトなど容易に出来るはずもなく、ゼスチャーで言いたいことを察してくれた思春───から、絶望通告。

 味見は無しか……フフ、わかっていたよ思春。私こそが敗北者だったのだ。

 女の子に看病などと、甘く彩られた時間がその実、暗黒に満ち……───

 

「さ、一刀殿」

「あ、愛紗、待もごっ!? ───…………」

 

 ……その日。

 俺は確かに花畑と川を見たんだ───

 

……。

 

 世界が花の香りで彩られてから数分。

 ビクッと体を痙攣させた拍子に戻ってこれた俺は、何故か涙を流していた。

 

「一刀殿!? ……は、はぁあ……! よかった……! 急に泡を吹いて倒れるから……」

 

 見渡してみれば、愛紗と思春。

 自分の身に何が起きたのかを思い出すまで、少し時間が必要だったが───

 

「……暖かな……とても暖かな夢を見ていた気がする……」

 

 言えることはそれだけだった。

 あのまま走っていけば、とても暖かな世界へと旅立てたような……と、上半身を起こしながら涙を拭う。

 すんなりと起きれた───と思えば、それで体力を使い果たしたのか再び重くなる体。

 不便だ。

 

「まあそれはそれとして。愛紗、そのKAYUちょっと食べてみて? 世界が広がるから」

「? いえこれは一刀殿のために───もごっ!?」

 

 有無も言わさず、レンゲで掬ったそれを口に突っ込んだ。

 すると、ぼてりと寝台に倒れる愛紗さん。

 

「やさしいだけじゃ……人は成長出来ないんだ……」

「もっともらしいことを言って、復讐したかっただけじゃないのか?」

 

 なかなかひどい言いザマである。

 

「復讐って……いや、普通の時なら我慢してでも食べるけど、病人に味見してないものを出しちゃまずいだろ……これがもし桃香相手だったら、下手すると愛紗自身が責任感じて無茶しちゃうだろ?」

「……甘いな、貴様は」

「甘くていいんじゃないかな。みんな、一年前まで頑張ってたんだし。今は甘さを受け取るくらいが丁度いいよ」

 

 本人、気絶してるけど。

 

「それにしても……眠れないからって気絶なんてするもんじゃないな。余計に気分が悪くなったよ……」

「当たり前だ」

 

 うん、ほんと当たり前だ。

 余計に目が冴えてしまって、頭もガンガン痛むとくる。これは眠るのは絶望的に無理だ。

 と、なれば……

 

「よ、よし、お粥を作ろう……」

 

 無理にでも起きて、腹に何かを───あ、だめだ、眩暈が……!

 

「…………もはや俺にはこのKAYUしか残されていないのか……」

 

 ……いや、誰かが作ってくれたものを残すのは恥ではなく失礼と刻みなさい。

 人は思いの分だけ、せめて感謝の心を忘れぬ者であるべきだ。

 たとえ自分のためと唱えようとも、正義を胸に悪を振り翳そうとも、感謝だけは忘れてはなりませぬ。

 

「覚悟、完了───!」

 

 熱の所為かじくじくと痛み、震える右手を伸ばし、パクリ食らって───流れるような動作で身体が勝手に倒れた。

 

(ごふっ……! か、関雲長が義の刃……我が大望をも断つか……)

(孟徳さん!? しっかりしてくれ孟徳さん! 孟徳さぁあああん!!)

 

 たった一口で、夢の扉が開いた気がした。

 

……。

 

 さて。そうして二度目の気絶から帰還した俺なわけだが……相変わらずの頭痛と熱に苦しまされていた。

 世界がぐるぐる回って、汗が止まらない。

 風邪の時は汗を流すといいっていうけど、どうしてだろう……この汗はいろいろな意味で危険な気がする。

 今なら毒に侵されたRPGの主人公の気持ちがわかる……そんな心境を、寝台で仰向けになりつつ真っ青な顔でお送りします。わかりやすいですか?

 

「げっほごほっ! ごはっ! ごっほぉおっ~───~ほげっほごほっ!!! ~っ……はっ……な、なんでだろう……はぁ、はぁ……! 休んでるはずなのに……悪化ばかりしているような……!」

 

 呼吸が詰まるくらいの重い咳が絞り出る。

 ああ、頭がガンガンする、気持ち悪い、吐きたいのに吐けない、今吐いたら間違い無く脱水症状にも蝕まれる。

 呼吸すると気道が詰まったみたいにヒューヒュー鳴って、音が気になって眠れない。もともと眠気ゼロだけど。

 

「はぁ……ふたりとも、俺のことはいいからさ、あ~……な、なんだったっけ……えぇと頭がぐらぐらしてて、言おうとした言葉が……はぁ、はぁ……」

 

 咳のたびに手で口を押さえているとはいえ、近くに居てくれる思春や愛紗に風邪を伝染すといけない。

 だからえぇと……そ、そう、“この部屋から出ていったほうがいい”。これだ。

 

「この部屋から、いやむしろ俺から離れてくれ。じゃないと……うぁー……きもちわるいぃい……」

 

 続けようとした言葉が嘔吐的な呼吸になり、止まる。

 だめだ、風邪の時はどうも弱気になる。

 しかしここは鬼にならなければならない時だ。主に自分に対して。

 なのに、

 

「なりません」

 

 きっぱりと言う愛紗に、ぐったり気分。

 うん、なんとなくだけどそう言われるんじゃないかと思ってた。

 これと決めたら引かない人だということも知っている。

 彼女との会話は、よっぽど譲れないこと以外は一言目を受け入れるのが上策なのだ。

 伝染すのは大変嫌な事態だが、本人に出ていく意思がないなら仕方ない。

 

「……じゃあ、ごめん……正直もう喋るのも辛いから……」

 

 ちらりと思春を見る。

 はぁ、と溜め息をついた彼女が歩み寄り、寝た状態の俺の上半身だけを起こすと、頚椎あたりにシュトンッと手刀を落とした。

 それだけで意識は飛んで、俺はくたりと自分が闇に落ちるのを感じた。


 ▲ページの一番上に飛ぶ