59/真実を伝える、別の意味での悪夢
ざぁあっ……と風が吹いた。
幾度も風に吹かれたためか、草の幾つかが茎から離れ、青空へと飛んでいく。
それを眺めて、ようやく自分が緑の上に立っていることを知った。
「……ここ」
景色はどう見ても日本。
それも、フランチェスカの校内の、手入れの行き届いた呆れるくらいに広い芝生……ある意味で“草原”の上だった。
どうしてこんなところに、と思うのだが、深く考えずに離れてしまったその世界を前に、懐かしさが込み上げた。
空気はまだ大陸のほうが綺麗と感じる。
流れる川も綺麗だし、聞こえる小鳥の囀りが耳に心地よいのを知っている。
「未練かな……って、当然か」
大陸で生きていこうと思った。けど、日本での生活が嫌だったわけじゃない。
いつか帰れるならしっかりとじいちゃんに恩返ししたいし、悪友ともまだまだ一緒に騒ぎたい。
置いてきてしまったものと断言し、忘れてしまうにはあまりに思い出が多すぎる。それはどちらの世界にも言えることで、行き来出来るのならどちらの世界にも居たいと思うのは当然だ。
「……なあ一刀。俺は今、幸せか?」
きっと誰にもわからないことを口にしてみる。
自分にだってわからないことだ、誰に訊いてみたところでわかるはずもない。
あの日。華琳のもとから離れ、学校で目を覚ましたあの日に感じた幸せの形が、今は思い出せない。
気づいてしまったことがあるから。
どちらか一方の世界で幸せだと唱える前に、必ずどちらか一方の世界が思い返されるのだ。
家族は泣いているだろうか。
それとも、時間は止まったままでいてくれているのだろうか。
そんなことを小さく考えて、頭を振った。
今は今。どちらか一方にしっかりと立っている今は、その場所のことだけを考えろ。
あの時知った幸福の意味は、確かにこの胸にあったのだから。
「ごめん、じいちゃん。恩返しはずっとずっと先に───いや。もう戻れないかもしれないけど、学ばせてもらったことをせめて忘れずに生きていくよ」
日本でも大陸に向けて、似た言葉を送った。
戻れるかはわからない、それはどちらに居ても思うことだ。
俺はべつに、日本での暮らしに絶望を感じていたわけでも出て行きたかったわけでもない。
「…………」
もうとっくに“懐かしい”になってしまっている空気を胸いっぱいに吸う。
そうすると、少しだけ勇気が貰えた気がして、いつの間にか笑っていた。
「夢……なんだろうな、これは」
誰も居ない静かな世界に居る。
動物の鳴き声も聞こえず、風に草花が揺れる音しか届かない。
ドーム20個以上の敷地の傍ら、車が走る場所までは遠すぎるこの場は、本当の本当に静かだった。
そんな中、ふと後方から草を踏む音が風に乗って聞こえてくる。
この世界、この景色───こんな暖かな場所での“音”。きっと懐かしい誰かに会える予感とともに振り向いてみれば───
「ぬふぅうううん♪ お久しぶりねん、ご主人さまぁん♪」
「ぎゃああああああああああおばけぇええええええっ!!」
視界の先に存在するマッシヴなビキニパンツ一丁(や、ヒモパンか?)の男を前に、絶叫する破目になった。
しかもこの歳で“おばけー”である。
「あらやだご主人さまったらん、怖いくらいに可愛いだなんて、嬉しいこと言ってくれるじゃないのぉん」
「どれだけ脳内変換されたらそう聞こえるんだ!? ヘタなストーカーでもそうまで都合よく解釈しないだろっ! って覚めて! 夢覚めてぇええっ!! 夢っ! お願いだぁあーっ!!」
おわかり頂けるであろうか……マッスルで髪が少ないビキニパンツの男性が、くねくねとしなを作りながら頬を染めて近づいて来る恐怖……! 足がっ、足が震えて動けない!
「そう……夢はいつかは覚めるもの。ご主人様もそれを理解した上で、ここに立っていると信じてるわよん」
「え……」
マッスルが急に真顔になってそう言う。
……ポーズはいちいち女性のソレだが。
「夢から覚めた貴方がもし道に迷ったら、“繋がり”を探すこと。元よりこの世界は“外史”。何者かが何かを思うたび、違う行く末を思うたびに構築される世界なの。その中で繋がりを見つけ、求めることこそが繋がった心を届かせる絆というものなのよぉん」
「絆? いったいなにを言って───」
「い~いご主人さまん? よぉく考えてみるの。彼女たちのもとへ降りたのが、“何故貴方だったのか”を。貴方でなければいけないきっかけが確かにあって、その決着がつくまではいつまでも外史が作られ続けちゃうの」
「………」
きっかけ……? それっていったい……。
いやいや待て待て、それ以前に何故俺はオカマッスルにいろいろと説かれてるんだ?
「いぃつか“彼”もぉ、そちらへ辿り着いちゃうわぁん。そこで決着をつけられるかどぉかはぁ~……ご主人様次第にゃ~にょよぉん」
「……普通に喋れないか? 言ってることはなんとなくわかるけど」
「きゃぁん、わかってくれて嬉しいわぁ~ん♪」
バチーンと雄々しいウィンクをして、頬を染めるカイブツが居た。
それを視界に入れた途端、全身に鳥肌が走り───!
「うひぃいいっ!? そそそその顔できゃんとか言うなぁあっ!」
「だぁ~れが海坊主と般若が混ざり合って産まれた怪物みたいな顔ですってぇえーんっ!? しどいっ! いくらご主人様でもしどい! しどすぎるわ!!」
「いやいやいやいやそこまで言ってないだろ!? ていうかだ! そもそもそのご主人様ってなんだ!? そしてあんたはどうして男でおっさんなのにそんな───」
「喝ァアアアアアアアアアッ!!!」
「うわっ!? や、ちょ、いきなりなんだよおっさ───」
「喝ぁあああああああああっ!!!」
「だ、だから何───」
「おっさんって誰ェ!? おっさんって何処ォ!!」
「…………いや、それはあんたが」
「喝ァアアーッ!!」
「うぉわぁあああっ!?」
ゴシャァアアと、音が聞こえるくらいに目を輝かせたマッチョでモミアゲ以外に髪が無いおっさんが、ギラリとこちらを睨んで───って怖ッ!! 滅茶苦茶怖い!!
「ひどい、ひどいわ! 花も恥じらう漢女をまたおっさん呼ばわりなんてっ!!」
…………また、と申したか。
以前会った覚えも言った覚えもないんだが。
会ったら夢に出てきそうなくらい、存在感あるし───マテ、だから夢に出てきてるのか? いったい何処でエンカウントしてしまったんだ……?
なんか以前、魏方面のとある店の店主として、似たような存在を見たような見ていないような……?
「………」
とっ……とりあえず、だ。ええと……おっさんって部分には触れるなってことですね?
「あ、あー……うん、はい……おっさんじゃない、おっさんじゃないから。それであんたは、いったい何が目的でそんな格好をして俺の前に? そもそもコレ夢だよね? 夢であってください、お願いします」
「そうねん、確かにこれは夢。“可能性”を持つご主人様を探して、片っ端から夢に語り掛けているところなの」
「片っ端から? ……待ってくれ、前提からしてちっともわからない。引っかかることは確かにあるんだけど……」
そもそもそんなことが出来るこいつは何者だ?
只者じゃないのはこの格好だけでもわかる。よくわかるけど。
「“歴史に軸あり”よん。過去にこういうことがあったから現在がある、もしあの時そうだったらこの世界はああなっていた、様々な過程や仮定を用いても、その過程や仮定を肉付けするためには軸が必要よねぇん?」
「ああ、それはわかるが……俺にはそもそも、どうして俺が夢の中でビキニパンツ一丁のおと───こほんっ、誰かと草原で語り合わなきゃいけないのかがまずわからんのだが」
「そこは触れちゃダメ。だって夢に割り込んだだけですものん。語りかけることが出来たとしても、この外史がどの外史で、ご主人様が何処に居るのかまではわからない。そしてこの場所がたとえ氷室の中でも、わたしはこの格好で現れたわ。だって踊り子ですもの!」
…………想像してみた。
……怖かった。
草原でよかった。
これが寝台の中とかだったら俺はショック死していただろう。
あと踊り子だろうがなんだろうが、ビキニパンツで踊り子を名乗る存在なんて初めて見るわ。
「最初のご主人様……“北郷一刀”が外史に触れるきっかけとなったご主人様は、確かに新しい世界を創ったわん。けどそれは外史を纏める結果には繋がらなかった。幾つも存在する外史が増えただけ。わたしは祝福できるけど、納得出来ない者……それを壊そうとする者はやっぱり存在するの。だからわたしは未だにご主人様を探して、外史を旅し続けているのよん」
「…………マテ。いろいろ聞き捨てならない言葉が出たぞ? 俺が……なんだって?」
「だぁ~かるぁ~ん、外史に触れるきっかけとなったご主人様は───」
「そこっ!」
「きゃんっ」
「だからきゃんじゃなくてっ! きっかけ!? きっかけってなんだ!? 俺、なにかをした覚えなんて全然ないぞ!?」
きっかけもなにも、俺は急に大陸に飛ばされたんだ。
そこで初めて華琳に会ったし、世界なんて創った覚えもない。
「んもうせっかちさんなんだから……でも嫌いじゃないわ、そういうの……ぬふん♪」
「ウィンクとかいいから……!」
疲れる……普通に話したいだけなのに、妙なところで流し目だとかくねくね動いたりだとか、もういや……言っちゃなんだけど視界の毒だよこれ……。
「いいわ、教えてあ・げ・る。事実として受け容れるかはご主人様に任せるけどねん」
「ああ、それでいい」
わからないことがいろいろある。
それを纏めるにはいい機会だ。
たとえ夢の中だろうと、それが納得出来ることなら───
……。
……話を始めてしばらく。
途中途中で妙な話に逸れたり逸らしたりを繰り返しながらも、“最初の北郷一刀”のことを知った。
左慈という男と出会ったこと。
彼が資料館から奪った銅鏡を資料館に戻そうとして争い、拍子に銅鏡が割れ、それがきっかけとなって大陸に飛ばされたこと。
北郷一刀はそこで愛紗ら蜀の人物と出会い、“劉備”の位置づけで蜀を率い、乱世を駆けたこと。
その中で彼……貂蝉も仲間入りをし、故に俺をご主人様と呼ぶこと。
そして……最初の俺は託された鏡にて世界を創り、その世界へと消えたこと。
けど、それだけじゃあ“外史の連鎖”は消えなかった事実が残った……と。
いろいろとややこしいが、とりあえずはだ。一番最初の北郷一刀か、他の外史の北郷一刀が目の前の巨漢をおっさん呼ばわりしたと、そういうことらしい。
よく言った、キミは正しい。でもショックを受けているってことは、訂正したってことであり……ああ、圧力に勝てなかったか。それも正しいよきっと。
つまり、やっぱりそこには触れるなってことですね?
「外史が生まれるたび、わたしたちは走り回るのよん。左慈ちゃんはそんな連鎖を終わらせたがってたのよね。幾度も幾度も続く歴史、繰り返され続ける“自分”って存在を」
「じゃあ……結果的に、俺はそれを邪魔したことになるのか?」
「お互いに守りたいものと目指したい場所があれば、衝突するのは当たり前でしょぉん? ご主人様は鏡を使って世界を創り、そこへ旅立った。残された外史の欠片たちは、必要とされなくなった時点で消えていくしかないの。その中で、自分たちだけ幸せになったりして許せないわぁん!! ……なんてことを思う者も居たかもしれないけどねぇん」
「………」
「世界は確かに創られたけれど、それだけじゃあ終わりにはならなかったの。新たな世界が築かれることで、“外史”はさらに歪んだわ。ご主人様じゃなく、劉備ちゃんが蜀を率いる現在、孫策ちゃんが生きていて、周瑜ちゃんが黒幕じゃない現在、いろいろとねん」
「冥琳が黒幕!? 確かに頭はいいけど、そんなこと考えるようには思えないぞ!?」
「そういう外史もあったってことなのよん」
外史か……って待て? 外史……外史?
「なぁ貂蝉、未だに貂蝉って呼ぶことに抵抗を感じるけど、その左慈ってやつも……」
「ええ、繰り返される世界の住人よん」
「そいつが、最初の北郷一刀の世界に現れたってことは、つまり───」
「そうねん。ご主人様が居る元の世界も、外史ってことになるわ。そうじゃなきゃそもそも、外史に干渉できるきっかけそのものがないのだからねぇん」
「───……」
そうか。
歴史に軸あり……つまりそういうこと。
俺の世界では関羽たちが男であるが、この世界では女。
俺はフランチェスカで学生をやっているが、もしかしたら実家の学校に通ってたかもしれない。
平行世界、パラレル、鏡の中の世界……つまり外史ってのはそういうものなのだ。
この世界が未来へ続き、そのまま俺達の時代まで続く可能性だって在り得る。
けど俺の世界での歴史では劉備や関羽は男だ……つまりこの外史は俺が産まれた未来には繋がっていない。
あくまで外史と接触するきっかけとなった“北郷一刀”って存在だから、俺はこの世界に飛ばされた……ただそれだけ。
もし最初の軸で銅鏡を割ったのが及川だったなら、ここに降りたのは、別の外史に降りたのは及川だったってこと。
この世界は銅鏡を割ってしまった者を基点として作られたのだ。
即ち俺と───おそらくは、左慈って存在を基点に。
元々俺達が存在する世界が“外史”って言葉で纏められていたとして。
この世界も俺が産まれた世界と同様に銅鏡を割る前から存在していたとして、俺が飛ばされるきっかけになったのが“銅鏡を割ったこと”ならば。
“飛ばされたのがこの大陸のこの時代”だった理由は……その左慈ってヤツがこの時代を生きるものだったから、なのだろうか。
だからこの場に左慈ってヤツが居なくても、この世界は機能する。
そこに“北郷一刀と大陸の歴史”って基点が存在するなら、いくらでも外史は作られるってことだ。
「……他の外史の俺は、どうしてるんだ?」
「そうねん……蜀に降りて劉備ちゃんと一緒に天下を統一したり、呉に降りて将の女の子ほぼ全員と子供作っちゃったり、まあいろいろよん」
「うわぁ……───で、そいつらとも今と同じ話をしたのか?」
「それがそうもいかないみたいなのぉん! んもうヤになっちゃうわぁん!?」
目の前でぷんすかウネウネ動かれてる俺のほうが、もういろいろと嫌になってますが?
ああ……いろいろ知るチャンスではあるけど、早く覚めないかなぁこの夢。
「こうして会話が成功したのはこの外史のご主人様。つまりあなただけなのよん……」
「へ? ……俺、だけ? なんでまた」
「ぬふん、それはきっとわたしが氣を辿って会話しているからねん。他のご主人様も何かに気づきはするみたいだけれどぉもぉ、声までは届いてくれないみたいなのよぉん……」
「そりゃ羨まし───あ、いや、なんでもない。それはつまり、俺に多少なりにも氣があるから……なのか?」
「そうみたいねん……こうして意識を研ぎ澄ませてみると───ああっ! ご主人様から甘ぁい香りがするぅん! もう抱き締めてスリスリしたくなっちゃう!」
「全力で遠慮する! お願いだからやめてくれ!」
「あんもうつれないんだからぁん……! でもそんなちょっぴりお堅いところもす・て・き、ぬふぅうん♪」
つれない自分で本望! スリスリなんてされたらそれこそ意思が自殺を選ぶわ!
大体甘い香りって……氣を辿って話し掛けてるとか言っているのに、そんないい匂いとかするわけが、……ん? いい匂い?
“んにー……いい匂い……するにゃああ~……”
……以前、孟獲がそんなことを寝言で言ってたっけ。何故か俺の寝台で。
もしかして、だけど……動物に好かれるようになったのって、“氣”の所為か?
「……ちょっと訊きたいんだけどさ。氣が多少使えるようになったからって、動物に好かれるようになるとか……そんなことってあるのか?」
「それはもちろんあるに決まってるわよぉん。動物が好きなのに、どうしてか子供の頃から動物に嫌われやすい人って居るでしょぉ? それと同じで、そういうのを内側に閉じ込めちゃってる人も居るのよねん」
「俺が……その例ってこと?」
「う~~~ん…………ちょぉっと違うわねぇ。確かにそれもそうなのだけれどもぉ……ご主人様には二つの氣があるのは知っている? 一つは北郷一刀としてのもので、一つは天の御遣いとしてのもの。感じるもの“そのまま”で言うなら、天が盾、人が剣だわぬぇ~ん」
「───」
言われてみて驚いた。
てっきり俺は、天が剣だと思っていた。
だって、他の外史はともかくとしても……この外史に呼んだのは華琳だぞ?
下手な守りよりも圧倒的火力で叩き潰し、攻められれば剛毅に迎え撃ち、下がることなど良しとしない華琳だ。
そんな彼女に求められた俺が……天の御遣いの氣が、守りの氣だったなんて。
「多分だけれどもぉ……あまりに小さくて感じることが出来なかった氣が、鍛えられることで体の外へと出ちゃったからぁ、ご主人様が動物に好かれるようになったとか、そういうところなんじゃにゃぁ~いにょぉ~ん? もともと好かれる素質めいたものはあったものの、あまりに微弱だった所為で気づかれなかったとかぁ。何か心当たりとかってなぁ~いぃ?」
「心当たり……って、それはそれとして普通に話してくれ、頼むから」
「ンマッ、失礼しちゃうわご主人様ったぁ~るぁん、さっきから普通に話してるじゃなぁいのぉん」
「………」
そのカマ言葉をなんとか……あ、いや、いいです。言った途端に妙なオーラ出しそうだ。
で、引っかかること、と言えば……ある。
“いえ隊長、氣の収束は成功しています。
ただ体外に出せるほど、隊長には……その、氣が無いようで……”
魏から呉へと出発する前のこと。
氣のことを初めて教わった時に、凪に確かにそう言われた。
纏めると……こうか?
1:俺の中には動物が好む氣(この場合、雰囲気とか匂いとかで喩えるべきか?)が存在していた。
2:ただしそれは「微弱すぎだ」と凪に太鼓判を頂けるほどの小ささで、今の今まで感覚が鋭い動物にさえ気づかれることが無かった。
3:それを鍛え、纏うことが出来たからこそ、動物が遠慮なく突っ込んでくるようになった。動物並……否、動物に限りなく近い孟獲はそれを感じ取って噛みついてきた。
4:それらは氣さえ鍛えれば誰でも懐かれるとかそんなんじゃなく、俺の氣にはそういった動物が好む何かがあった。
「………」
こんなところ……か? 喜んでいいんだろうか、これは。
……あ、最初に恋が連れてたセキトが俺の上に乗ってたのも、天で頑張って鍛錬してたから……とかか? 使えなくても、前よりは多少は充実していたってことで……いいんだろうか。
「いろいろ考え込んでるご主人様も素敵だけれどもぉ……そろそろ時間もないわねん」
「え───……そっか。悪かったな、質問責めみたいになっちゃって」
「そんなことはいいの……わたしもとっても楽しかったから。……ンッ♪」
「……風が吹き荒ぶほどのウィンクをしないでくれ、頼むから」
どういう瞼をしているんだろうか、この巨漢サマは。
「いーいぃご主人様ぁん? 左慈ちゃんはしばらくは動けない。けれどもいつかは必ずこの外史に辿り着くわん。それが先か、御遣いを望んだ者が息絶えるのが先か。行きつく先がなんであれ、この外史はいつかは滅びるわ」
「滅びる……? 外史が消えるってことか?」
「そう。何にでも突端と終端があるように、外史にももちろん終わりがある。いいえ? 正史だろうとそれは避けられないものよん」
「避けられない……滅び……」
消える……? この世界の全てが……?
みんな生きているこの世界が───
「どうして……って訊いていいか?」
「あぁあらやだぁあん、ご主人様ったぁらぁ、意外と冷静? いいわ、こうなったら教えられることは教えてあげちゃう。覚悟はいいわねん?」
「……ああ。頼む」
ごく、と……自然と喉が鳴った。
それでも引くことはしない。
また質問責めみたいなことをしてしまっている自分が嫌なヤツに思えたけれど、知っておかないといつか後悔する……誰かがそう言った気がした。
「わたしたちが存在する場所は、“軸”を中心に外史という名で枝分かれしているの。樹に果物が実るみたいにい~っぱいねん。たとえばこの世界は曹操ちゃんが天下を統一した世界だけれども、劉備ちゃんが、孫権ちゃんが統一する世界も当然存在する」
「他の外史だな?」
「そう。そんな外史は、誰かがそうあって欲しいと強く願うだけ実っていくの。そんな、願われれば増え続けるだけの実りを左右する力を持つのが、わたしと左慈ちゃんと于吉ちゃんってわけ。……卑弥呼はいいわ、恋敵になりそうですものん」
于吉……左慈に続いて于吉か。
「でもねん、願う者が居るなら、もちろんそんな物語を認めない者も居るの。左慈ちゃんと于吉ちゃんはそんな、“外史を壊したい”って願いが具現化した存在。逆にわたしや師匠である卑弥呼は“外史を守りたい”って願いが具現化した存在にゃ~にょよぅ」
「願いの……具現? ……じゃあ、もしかしてこの世界に生きる全ての人が!」
「外史は正史をなぞり、ここがこうならばと願われることで実る果実。この戦いで曹操ちゃんが勝っていれば。あの場面で孫策ちゃんが死ななければ。そんな願いは人の数だけ存在するわよねん?」
「……その人達の願いで、外史は創られ続けてるっていうのか……」
じゃあ、俺が生きた世界も、華琳とともに駆け抜けた世界も、全部が全部創りもので……俺達はその舞台を駆け回る傀儡でしかなかったと……?
「───…………」
……そう、なのかもしれない。
けど、それで本望。
俺達は確かに生きている。
願われたことで、創られたことでみんなに会え、笑っていられたというのなら、何故それを否定する必要があるのだろう。
世界は創られた。人も創られた。動物も、草花も、全て……そう、全て。
……それだけだ。俺が意識する世界の在り方と何が違う。
俺が産まれた時、既に“世界”は存在していた。
俺がこの世界に落ちた時、既にこの世界の過去は存在し、華琳もみんなもそうやって生きてきたんだ。
そうだ、俺達は生きている。
この世界が創りものの世界だろうと、やれることもやることも何一つ変わりはしない。
……生きるんだ、精一杯に。
そしていつか迎えればいい……その、終端ってやつを。
「きゃんっ、なんてやさしい目……! わたしのハートにズキュンときちゃったっ……!」
「や、それはこなくていいから」
ズビシと一応ツッコミを入れた。
途端に力が抜けて、小さく笑う自分が居た。
「ご主人様。訊くまでもなさそうだけれど、この世界の真実を知ってもまだ、前を向いて歩けるかしらん?」
「当たり前。最後の最後まで生きていくよ。生憎と命を簡単に諦められるほど、つまらない人生を送ってないし。それに、諦めちゃうにはもったいなすぎるよ、この
「……そう」
すると、貂蝉も穏やかに笑んだ。
オカマチックではなく、どこか……子の成長を見届けた親のような眼差しで。
そんな目を真っ直ぐに見つめ、一度深呼吸をしてから言葉を紡ぐ。
「この世界が終端へ辿り着くのは、御遣いを望んだ者……華琳が召される時か?」
「そうかもしれないし、そうではないのかもしれない。どういうことなのか、基点であるご主人様が居なくなってもこの外史は終わらなかった。それは多分この外史のみんな、主に曹操ちゃんが貴方と強く繋がっていたからだと思うの」
「華琳と俺が?」
「そう。それとも外史の“意味”が無理矢理捻じ曲げられたために、外史自体が形を変えてしまったか」
「───あ」
意味が無理矢理捻じ曲げられた。
それってつまり……えぇと、俺が“そうなるべき世界”を自分の都合で変えまくった所為だったりする……のか?
する、どころか絶対にそうだろうな……。
その上、みんなとの繋がりがあるって点でも間違いはないと思う。
仮説にすぎないけど、俺は確かに華琳の願いを叶えるべくこの地に降りたのだろうから。
じゃなきゃ、天下を取って少しもしない内に天に強制送還なんてこと、有り得ない。
「どういう理由があるにせよ、これも愛の為せる業……。ご主人様ん? ご主人様がピンチの時はこの貂蝉、愛と正義と愛のためにぃ、一肌脱ぐわよぉ~ん?」
「………」
愛を二回言う意味はあるんだろうか。
「……貂蝉。あんたにとっての正義ってなんだ?」
「ぅ愛ぃいっ!」
…………物凄いニヒルスマイルでの、親指立てだった。
そしてそれが本当なら、愛を三回言ったってことになるわけで。
と、そんなことに疲れを感じた瞬間、貂蝉の体がゆっくりとだが光に包まれてゆく。
「あぁらやだん、もうオシマイなのぉん? これからがいいところだったのにぃいんっ」
どうやら、本当に時間ってのが来たらしい。
体の外側からじわじわと光になっていくマッチョはとても不気味ではあったが、届けたいことは感謝だけ。
「いろいろありがとうな、貂蝉」
「ぬふふんっ? 本当にご主人様ったらお人好しなんだからん。わたしが悪いことを企んじゃったりなんかしちゃってる、悪の親玉だったりとか考えないのん? ぜ~んぶウソだったりしちゃうかもしれないのにぃん」
「ウソだったらそれでもいいよ。情報が手に入って、危険があるかもしれないと知って、それに対抗するために努力をする。……したらまずいことなんてなんにもないしさ。それなら危険に備えたほうがいいに決まってる。そのきっかけを教えてくれたんだ……感謝以外に言葉は無いよ」
「~……きゃああん! 貂ォオ蝉ったらキュンときちゃっとぅぁん! あぁんご主人様ァア!! せぇめて夢の中だぁあけでもぉぅ! その唇を奪わせてぇええええんっ!!」
「うぃいっ!? うわやめっ! ひかっ! やめっ!」
光り輝くマッチョが唇を突き出し飛びついてきた!!
その逞しい腕が背に回され、厚い胸板が胸に押し付けられ、目の前にはムチュウウウと唇を突き出す、金色に光り輝くマッチョが───ってイヤァアアアアアアアッ!? もし、たとえ、万が一にも男とキスをしなきゃいけなかったとしても、こんな
離せっ! 離せぇえええっ!!
いやっ! やめっ……ギャ、ヤヤ……!!
ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁ…………───