真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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32:蜀/真実を告げる夢③

60/今あるこの現在

 

「北郷!? しっかりしろ北郷! 北郷!!」

「ぁぅうぁぅうあぅううああ……!? ───はうあっ!?」

 

 ハッと覚醒! 目の前にある顔! ……金色マッチョじゃない!!

 さっきからがっくんがっくん揺さぶられてたのか、頭がぐらぐらするけど……覚めた! ギリギリのところで覚めてくれた!

 

「は、あ……あ……? あ……思春……思春だよな?」

 

 上半身を起こした状態。

 そんな格好のまま、それでも眠りこけていたらしい俺は、現在思春さんに両肩を掴まれた状態で寝台に居た。

 こんな格好で揺さぶられて、よくすぐに起きなかったもんだ。

 あのマッチョの呪いか?

 

「……随分と(うな)されていたようだが」

「あ……うん。ひどい悪夢を見た……」

 

 本当に、なんてひどい夢。

 あの抱き締められた感触、全力で抗っても引き剥がせない腕力……そしてあのムチュリと突き出された唇……!

 ひぃいい! 思い出すだけで寒気が! 頭が揺れる! ……あ、そういえば風邪引いてたんだっけ、俺……。

 

「………」

「……?」

 

 急にピタリと停止、考え事を始めた俺を、思春が訝しげに見つめ……もとい、睨んでいた。病人に対してでもまるで容赦がない。

 

「……あぁ、もう……」

 

 頭の痛みが増した。

 寒気もひどいものだったし、既に“風邪って病気”を超越しているんじゃないかと誰かに問いたくなるほど。

 心はなんだか弱くなったみたいに気力を振り絞ってくれず、やたらと誰かに頼りたくなってきた。だからだろう……ああそうだ、そうじゃなければ今さら、こんなことを頼んだりはしないはずだ。

 

「思春……。お願い、もう一つ聞いてくれるかな」

 

 不安がりながらお願いする、まるで子供のような挙動。

 それでも思春は、溜め息を吐きながらも俺から視線を逸らさずに言ってくれる。

 

「特別だと言っただろう。言ってみろ。頷くかどうかはその後だ」

 

 特別な状態で、ようやく認可の上で叶えてくれるんですね?

 キミの中の俺の立ち位置ってどこらへんなんでしょうか……ああいや、そんなことは訊くだけ無駄だ。今は願いを届けよう。

 

「うん。嫌だったら素直に嫌だって言ってくれるとありがたいかな……。えぇと……うぅ、脳が揺れる……」

 

 ふらふらしながら、思春に起こされたままだった上半身を支えるように寝台に手をつく。

 思春の手はとっくに俺の肩から離れているけど、出来ればその手がもう一度こちらに来てくれることを願って───

 

「その。抱きしめて、いいかな」

「───……なに? ……、───……なっ!?」

 

 口にしてみると、思春の顔がたっぷり時間をかけて灼熱した。

 真っ赤って言葉がこれほど似合う色もないんじゃないかって思うほど。

 

「う、な、ななっ……何を言っている貴様……! 呉に居る時は、誰の求めにも応じることがなかったというのに、正気か!」

「……? え、っと……正気なつもりだけど……だめかな」

「とくっ……! 特別とは言ったには言ったが、それとこれとはそもそも別問題だろう! 大体、貴様は今、弱っていて……!」

「………」

 

 珍しいこともあるもんだ。

 思春が……あの思春さんが大慌てだ。

 真っ赤なままにわたわたとして、引け腰になっているんだけど、かつての武人としての誇りがそれを許さないのか、後退ることは一切しない。

 だから手を伸ばせば、その細い手を取ることが出来るんだけど……ハテ? なにやら会話に行き違いがあるような気が。……だめだ、頭が回ってくれない。

 

「んっ……」

 

 ある意味では必死だった。

 夢だったのに、この身をきつく締め上げるベアハッグ……もとい、抱擁……ああいや精神を保つためにもベアハッグにしとこう。あのベアハッグの感触から逃れたい一心で、重くけだるい腕を持ち上げ、思春の腕を掴み───引き寄せた。

 「ぴぃっ!?」なんて珍しい声が聞こえた。

 てっきり振り払われるかと思えば、なにをそんなに慌てていたのか力が篭らなかったようで、思春はほんの小さな震動で倒れてきた軽い置物のように、ぽふりと俺の腕に納まった。

 

「───」

 

 途端、呼吸を停止したみたいに動作も停止。

 預かりものの仔猫のように大人しくなり、俺の左肩に顎を乗せた状態で動かなくなって───俺はそんな思春をきゅっと強く抱きしめることで、あの雄々しい感触から逃れようと……したのだが。悲しいかな、熱の所為か力が入らない。

 確かにそれはそうなんだが、伝わる感触や匂いだけで十分だった。

 ゆっくりと、金色マッチョの悪夢が薄くなってゆく。

 俺はそんな心地よさに身を委ねるように集中し、だからこそ、ある音に気づけなかった。

 

「……一刀さん? 眠ってま───はわっ!?」

「へ?」

 

 思春の肩越しに見る景色の先、そろりとやってきた朱里が、思春を抱きしめる俺を補足。見事に“ぐぼんっ!”と瞬間沸騰をしてみせ……大いに慌てた。

 

「はわわわわわっ!? ごごごごめんなしゃい!! ののののっくをしたんですけどお返事がなくて、眠っているのかと思ったらまさかそんなっ! はわぁわわぁわわわぁあーっ!!」

「……? 朱里ちゃん、どうし───あわっ!?」

 

 その後ろにいらっしゃったらしい雛里もまた、俺の状態を見るなり瞬間沸騰を!

 騒ぎ慌てる朱里とともにはわあわと叫び始め、なのに一向に部屋からは出ずに暖かく見守っ……たわばっ!?

 

「こ、これはっ……違う! この男が勝手に……!」

 

 抱き締められているなんて状況を見られたのが恥ずかしかったのか、ハッとした思春に突き飛ばされた。

 ……加えて言うと、突き飛ばされた勢いで寝台の角に頭をぶつけた。

 ゴドォと素敵な音が脳内に響き渡った瞬間だった。悶絶。

 

「えっ……一刀さんが急に抱きついてききききたんですかっ!?」

「そう、そうだ。特別に出来ることなら聞いてやると言えば、抱き締めてもいいかと……」

「あわ……!」

 

 寝台の角の雄々しき固さに苦しむ俺をよそに、三人はどんどんと盛り上がっていった。

 そう、確かに抱きしめたわけだが、なぜにこんな嫌な予感ばかりが押し寄せてくるのか。

 

「魏に全てを捧げたと公言した一刀さんが、まさか……風邪を引いたことで豹変したんでしょうか!?」

「いちちち……! あ、あの、朱里? 確かに風邪は引いてるけど、俺……豹変した覚えなんてないぞ?」

「はわっ…………じゃ、じゃあ魏の種馬と呼ばれた狼さんがついに動き」

「出してないからぁっ!! ちょっと待って、落ち着いてくれ! 話が見えないってば! 抱き締めるって行為は朱里にも雛里にもしたことがあっただろっ!?」

「…………ふえ?」

「……?」

「───」

 

 痛みのあまり、熱でボーっとしていた頭が少しスッキリしていた。

 そんな状態を利用して叫んでみれば、朱里と雛里がぱちくりと目を瞬かせたのち、ちらりと思春を見上げた。

 ……途端、疑問に満ちていた彼女の顔(普通と大して変わらない)が真っ赤に染まり、バッと音が鳴るほどに目、どころか顔ごと逸らし、沈黙した。

 

「……あの。思春? いったい俺が貴女に何をすると思って───」

「言うな……っ……!」

 

 顔を逸らしていても見える耳が、さらにさらにと赤く染まっていた。

 恥ずかしさからか肩もふるふると震え、やがて無言で歩いていくと、開けっぱなしだった扉から外へと消えてしまった。

 

「………」

「………」

「……?」

 

 俺と朱里は微妙な苦笑いで見つめ合い、雛里は頬を染めながらも首を傾げていた。

 

……。

 

 沈黙からしばらくして、今が昼だということを知った。

 それに気づけたのは朱里が持っていたお粥のお陰なのだが、さっきのKAYUのことを思うと、どうにも手を伸ばしづらかったりするわけで。

 

「そういえば……愛紗は?」

「え……あ、はい。その……一刀さんにとんでもないものを食べさせてしまったと、厨房の隅で肩を落としてましたけど……」

「うぐっ……やっぱり無理してでも全部食べるべきだったかなぁ……」

 

 とは言っても、二度目の気絶から目覚めた時には、すでにKAYUが無くなっていたのだから仕方ない。

 

「桃香や皆はどうしてる?」

「皆さん大忙しで頑張ってますよ。私たちも、少しだけ時間を貰ってここに居るんです」

「……そうなのか。ごめん───じゃなかった、ありがとう」

「はわ……」

「あわ……」

 

 手を伸ばし、二人の頭を撫でる。

 熱の所為で痛む右腕は我慢だ。

 心を込めて撫で、惜しみながら離した。

 残念だけどいつまでも撫でていられるほど、体力が残っていない。

 何かを成すには体力が居る。体力といえばまず食事だ。

 食欲はない……ないのだけれど、食わなきゃ体力なんてつきやしない。

 ありがたく頂こう、朱里が持って来てくれたお粥を。

 

「じゃあ、ありがたく───、……あれ?」

 

 伸ばした手が何も掴まず空気を掻いた。

 エ? と朱里の顔を見てみれば少し顔を赤くしたままにレンゲを取って───ぬお。ま、まさかアレか? 俺も愛紗にやった、あれを……!?

 

「あ、あ~ん……」

「うぐっ……!?」

「あわわ……!? 朱里ちゃん……!?」

 

 予想通りだった。

 なるほど、やられてみてわかる恥ずかしさ……これは口を開くのに勇気が要る。

 フフフ、だが朱里……俺という男を甘く見てもらっては困る。これがからかいではなく、厚意でされていることなのだと理解出来ているのなら、この北郷。もはや何を恐れることもなく頂こう!

 ……うん、なに言ってるんだろうね、俺。いよいよもって頭が熱に負けてきたか?

 

「あ~……んむっ」

 

 ともあれ、ありがたくレンゲを口に含んだ。

 熱々のお粥をほふほふしながら食べ、飲み込んでから、美味しいと……言えない。

 

「……ごめん、きっと美味しいんだろうけど、味覚がどうも……」

「風邪を引いているんですから、仕方がないですよ。それに、ありがとうって感謝の言葉だけで十分ですから。ね、雛里ちゃん」

「あわっ!? あ、あわ……その、通りです……」

「………」

 

 あれ? なんだか雛里がやけに距離を置きたがっているような気が……気の所為? 口調もいつも以上におどおどしてる気がするし……あれぇ?

 思春を抱き締めてたことが原因なら、是非とも誤解を解きたいんだけど。

 

「……雛里。雛里にも食べさせてもらっていいかな」

「ふえ……? ───あわわっ!? へわっ!? あわっ!?」

「そんなに驚かれても困るんだけど……雛里も心配してくれたんだろ?」

「あぅ……」

 

 顔を赤くして、帽子を深めに被る雛里。

 そんな彼女に、はいとお粥を渡す朱里はとてもいい娘です。

 ……さて。この熱に浮かされた頭は、果たして何処まで突っ走りやがるのか。

 これじゃあ“あ~ん”をお願いしているようなものじゃないか。

 言ってから途端に恥ずかしくなってきたぞ、くそう。

 今からでも遅くはない、ちゃんと自分で食べるって───

 

「あ、あの、その……あ、あ~ん……です……」

「………」

 

 ───神よ……。

 

「あらあら、楽しそうなことをやっているわね」

「ひうっ!?」

「おおうっ!?」

「はわぁっ!?」

 

 今からじゃあ遅かった。そんな心境を神に届けていると、いつの間に入って来ていたのか……まさにいつの間にか部屋の中に、黄忠さんと───

 

「風邪を引いたらしいな。日頃から鍛えているわりに、軟弱なことだのう」

 

 かんらかんらと笑う、厳顔さんの姿が。

 

「黄忠さん、厳顔さん……いつの間に」

「なに。紫苑と二人、昼でも摂ろうかという時に丁度通りかかってな。扉が開け放たれたまま、中で何をしているのかと覗いてみれば……二人の可愛い娘が甲斐甲斐しくも一人の男を看病しておるではないか……んぐっ……ぷはぁっ」

「説明しながら病人の前で酒を飲まんでください……」

 

 昼を摂りにってことは、仕事の合間になんだろうに……酒なんて飲んで大丈夫なのか?

 などと思いながらも、粥を掬ったレンゲを突き出したまま、突然やってきた二人へと振り向いて固まっている雛里から、しっかりとお粥を口に含み、感謝を届ける。

 「あわわっ……!?」と振り向く雛里だが、何かを言われる前にその頭を撫でた。

 すると雛里は恥ずかしそうに顔を伏せながら、手に持っていたお粥を朱里に返す。

 

「あら」

「ほほう?」

 

 それを見ていた黄忠さんと厳顔さんが目を光らせ……あ、あらいやだ、嫌な予感がひしひしと……!

 

「そうかそうか、順番に食べさせておるのか。いや、甲斐甲斐しさここに極まれりだ。どれ、常日頃から何かと走り回り、蜀へと尽くしてくれる御遣い殿相手だ。わしも礼を返さねば失礼に当たるな」

「わたくしも、日頃から璃々の相手をしてもらっている恩がありますし」

「ヘ? あ、あの、べつにそういう意味で食べさせてもらってたわけじゃあ……」

「遠慮するほどのことでもあるまいよ。さあ御遣い殿、日頃の感謝の証だ。一口で受け取ってみせい」

 

 言いながら、わざと熱そうな底の部分をごっそりと掬い、差し出してくる厳顔さん。

 厳顔さん……貴女の感謝って、とっても熱いんですね……。

 ええいままよっ!

 

「はむっ! ───むぁああっふぃぃいいっ!?」

 

 熱かった。めっちゃくちゃ熱かった。

 だが吐くことはしない。これは気持ちなのだ……! 吐いてしまえばそこまでと知れ、北郷一刀……! ていうか辛いです! 熱さから逃れようと頭をぶんぶん振ってたら、頭が余計にグワングワンと……!

 

「あらあら、ふふふっ……それじゃあ次はわたくしの番ですね?」

「んぐっ、はぁ……。あの、出来れば少量で……」

「心得ておりますわ、ふふっ……」

 

 そう言って笑う黄忠さんは、厳顔さんから受け取ったお粥をレンゲで掬い、

 

「ふー、ふー……はい、あ~ん……♪」

「ななっ!?」

 

 出来れば一番してほしくなかった“ふーふー”をして、軽く冷ましたお粥を差し出してきたのだ。

 

「おお、真っ赤になったな」

「はわ……真っ赤っかです……」

「……どきどき……」

「…………あの。食います、食いますから、そんなみんなでじぃっと見ないで……」

 

 さすがは一児の母。

 食べさせ方も堂に入る様で、口に含めば食べやすいようにレンゲを傾けてくれたり、口の端に粥がついていたら、そっと拭ってくれたりした。

 ……うう、やばい。自分が子供になったみたいで、一番ダメージがデカい。

 

「はっはっは、なるほど。御遣い殿は母性に弱いと」

「ぐっ! ~……い、いや、その。男というのはデスネ? どうしても包容力のある女性には弱いものデシテ……」

「ほほ~う?」

「やっ! でもそういうのは憧れ的なものであって!」

「……雛里ちゃん。一刀さんはやっぱり大人な女性に弱いんだって……!」

「……~……」

「あの……だから違うんだってばー……」

 

 俺の言葉など右から左へ。

 目の前の四人はわやわやと賑やかなる会話をし始めて、俺はその賑やかさへと自分の在り方を任せるしかなかった。

 

「北郷一刀は居るですかー? せっかくですからお見舞いに来てやったのです……って、何してるですおまえらー!」

 

 と、そんな時に新たなる来訪者。

 陳宮が面倒くさそうな口調で、しかしどこかおそるおそるといった表情で、部屋に入ってきた。

 

「あらねねちゃん。何って、病気の殿方のお世話だけど……」

「おうよ。扉が開いているのでちと寄ってみれば、朱里と雛里が御遣い殿に粥を代わる代わる食させているのでな。そこに混ざってみただけのことよ。どうだ? お主も混ざってはみんか」

「なっ……ね、ねねは様子を見に来ただけなのです! 元気そうでせーせーしたですよ! 時間の無駄だったです!」

 

 がーっと八重歯が見えるくらいに口を開き、うがーと両腕を上げての咆哮。

 しかしながら、ちらちらと黄忠さんの手にあるお粥を見て……あー、うん。もういいです、いろいろ覚悟決めましたよ俺。

 ていうか元気そうで、に続く言葉は“なにより”とかであって、せいせいされても困る。

 

「陳宮、食べさせてもらえないか? 頭ぐらぐらしててさ、自分一人じゃ安全に食べられそうにないんだ」

「! ───うぐ……どうしてもと言うのなら、仕方ないのです。友達は、大事にしないといけないです」

「……はぁ」

 

 仕方なくの割には、大股歩きで黄忠さんの傍に行き、お粥の器を手に取る陳宮。

 差し出されたレンゲに掬われたお粥をありがたく頂き、ありがとうを伝えると───なんでか顔を真っ赤にする陳宮が居た。

 しかももう一度掬い、差し出してくる。

 

「…………」

「……、……」

「……」

「……、……」

 

 で、食べたらもう一度差し出され、もう一度食べたら……何故かじーっと見つめられる。

 ? ハ、ハテ? 俺はいったい何を望まれてるんだ?

 

「えーと……あ、ありがとう?」

「! ~……!」

 

 ビンゴだったらしく、感謝を口にしてみれば綻ぶ顔。

 感謝されたかった……のか?

 

「あらあら」

「なるほどなるほど、思えば誰ぞに真っ直ぐに感謝をぶつけられることなど、そうあることでもない。そうと決まればねねよ、その粥を寄越せ。残り全て、わしが御遣い殿に馳走しよう」

「何を言うですか! これは友達である陳宮が責任持って食べさせるです!」

「あ、あのー……それ一応、私と雛里ちゃんが作ったんですけどー……」

 

 ……あの。病人の前では静かにしてくださると、大変ありがたいのですが。

 何がどう間違ってこんな事態に……? 俺はただ、静かにのんびりと休みたかっただけなのに……。

 がっくりと肩を落として溜め息を吐く───と、黄忠さんが自分の頬に手を当て、きょとんとした。

 

「あ……。今まで気づかなかったけれど、結構汗をかいていますね。丁度水もあるようですし……体、拭いて差し上げますね?」

「え……や、それはちょっと、この人数の前じゃ……!」

 

 嫌な予感が走る……! てっ……撤退準備ーっ!! 身体が動きません。無理だね、うん。

 

「はいはい、匂ってしまうよりはいいでしょう? さ、服を脱ぎましょうね、ばんざーい」

「ばんざ───って何させるんですかっ!? いやあのっ、ほんと大丈夫ですから! 自分でっ、自分で出来ますからっ! みんなも止め───なんでそんな期待に満ちた顔で見守ってるんだよ! ここは止めよう!? 止めようよ! むしろ頼むから止めてくれ!」

「ほう。実際に見ると面白いものだが、真実、動揺したりすると口調が変わる……いや、戻るのか。あぁいやいや、体を拭くのは大事なことですぞ、御遣い殿。悪いようにはせぬゆえ、大人しくなさるとよろしかろう」

「大事だろうけどなんで敬語っぽくなってるの!? 以前の趙雲さんを見てるみたいで、ぃいっ!? ~……いづっ……つぅ……!」

 

 焦りのあまりに叫ぶと、気持ち悪さが全身に回り、頭痛に襲われる。

 あ、だめ……今ので抵抗する気力がすとんと抜け落ちてしまった……。

 そうこうしているうちに上の服を脱がされ、体が拭かれてゆく。

 

「ふむ。中々に逞しく育っておるな。まあ鍛え始める前の体なぞ知らんのだが」

「まあ……一応」

「その分、傷も結構あるのね。ふふ、やんちゃな子供みたい」

「“男はいつまでだってやんちゃなくらいがいい”ってのが、じいちゃんの教えでして……。童心を忘れた男に、新しいものを見つける力なんぞ一切無いって言ってましたよ」

 

 黄忠さんが背中を拭いてくれる。

 仰向けに寝ていただけあって、背中は特にひどいだろう。

 それを綺麗に拭ってくれて、その途中途中で厳顔さんが言葉を投げてくる。

 二人とも、どこか楽しそうだった。

 

「……あの。一刀さんはお爺さんが好きなんですか? よくお話に出てきますけど……」

 

 そこへ朱里が混ざってくる。

 体を拭くとかはしないけど、残りのお粥を「はい」と差し出してくれた。

 

「んぐ、んむんむ……うん。考え方とかがいろいろ凄いから。見習うところは見習わないと」

 

 ……しかし、なんだろう。

 背中を少し強く拭かれるだけで、体がぐらぐら揺れる。

 熱ってすごいなぁ……こんなにも体を弱くするのか。

 眠気は全然だけど、今倒れたら気を失うことだって出来る自信があったりする。

 実に無駄な自信だ。

 

「……ていうかさ、みんな仕事はいいの? 休憩っていったって、無限じゃないでしょ」

『あ』

 

 全員がハッとした。

 それからは蜘蛛の子を散らすようにと言えばいいのか、皆が皆、軽く言葉を残して部屋を去っていく。

 俺はそれを見送ってからのろのろと起き上がり、替えの服をバッグから取り出した。

 せっかく拭いてくれたんだから、着替えないと。

 あぁ、せっかく休みをもらってるのに、休むことに集中出来ないのも考えものだ。

 どうしてこうなったんだろうか……はあ。

 

「愚痴こぼしてても仕方ないよな……」

 

 ぼーっとした頭のままに着替える。

 もう、眠れなくてもいいからずっと倒れていよう、それがい───

 

「あーあー、開けっぱなしじゃないかよ、無用心だなぁ……。おーい、えと……ほ、北郷~……って呼び方でいいか? いいよな、よし。北郷~? 見舞いに来てやっ───」

 

 …………い……?

 

「───……た……ぞ……?」

 

 のろのろと着替えていたら、声が聞こえた。

 振り向いてみれば、どうしてか馬超さんが居て───その。

 僕はえぇとそのぅ、着替えをしていたわけでして。

 上半身は拭いてもらったけど、下半身もまた汗を掻いていたわけでして、そうなれば着替えるためには脱がなきゃいけないわけでして。

 だからつまりその───

 

「○※★×◆▼~っ!? うっ……うぅわぁあああああああっ!!」

 

 音にするとこう、

 

  ぶわぁっちぃいいいいんっ!!

 

 と喩えると丁度いいくらいの音が、脳にも部屋にも鳴り響いた。

 

 強烈なビンタを避けることも出来ないまま、本日何度目かの気絶旅行へと旅立った俺は、この国での自分の在り方についてを、いろいろと考えようと本気で思ったりした。

 ……ああ、あと。こういう時の女性って、どうして逃げもせずに近寄ってきてまでビンタをかますんだろうなぁ……とかも。


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