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「んんん……」
俺は……夢を見た。
誰かはよく分からない。けど、確実に自分の隣にいたのは女の子だった。
隣にいたのは確かに女の子で、俺よりも身長が小さくて、手をつないで。
遊園地かどっかだろう、大きな観覧車に乗り込もうとしているところで目が覚めてしまった。
「はぁぁ……、期待させておいて放置パターンの据え膳ですか」
―夢と知りせば、覚めざらましを。
いつかの偉人が残した歌の下の句をそっとつぶやいて、俺は身体を伸ばす。
残念だったな、夢の中の女の子、こっち見てめちゃくちゃかわいい笑顔向けてくれてたな。
現実と理想のギャップの大きさに、ガックリと肩を落として、教師が立つ後ろに見える黒板を眺める。
授業開始だ。
始業の鐘が鳴る。
____
6月上旬ともなると、雨が降っていない日は夏が近づいて来たことを思わせる。
衣替えもあるけれど、半袖のワイシャツはまだ少しだけ肌寒いから……と思って長袖のシャツを着てきたのが間違いだったのかもしれない。
この時期には珍しく、今日は晴れた。
大空から降り注ぐ太陽の光と、地面のアスファルトによって反射した光とで、二重にやられる。
「あぢー。溶けるー。死ぬー」
「なんで半袖で来なかったんだよ」
「行けると思った」
「それ死亡フラグだったな」
早朝と言っても、時期も時期だ。暑い。
でも、今年はまだ涼しい方。いつもいつも衣替えが待ち遠しく感じるくらいだ。1ヶ月早くすればいいのに。
「学校に着いたら多少は涼しくなるんじゃないの?ほら、室内だし」
「学校内で、特に教室の席に座ってる時は絶対愚痴こぼさない」
「どうしてだ?」
「隣には凛。これでわかるな?光輝」
「あぁ……」
光輝が哀れみを含んだ目を向けているのに気づき、俺は思わず空を見る。
だってしょうがないじゃん。
凛怖いんだもん。
入学式1週間後にボコされちゃったんだもん。
あれ、なんか空がぼやけて見えるよ?何でだろう?
(べ、別に泣いてるわけじゃないんだからね!)
棒読みのセリフが頭の中を駆け巡る。
CVはもちろん橘 司。
……うん、やっぱなし。男の声でツンデレとか需要なし。男の娘ならあるかもしれないけど。
それもないか。
教室の中は光輝の言ったように多少は涼しさを感じられるようになっていた。
陽が反射しないのはもちろん、差し込んですらこない教室。
今が梅雨時であることはすぐにわかるが、夏本番前であることをいくぶんかは忘れられる。
生暖かい空気が嫌いな人は耐えられない空間であるが、それを除けば外より条件はかなりいい。
太陽がないと、全然違うんだな。
すっと椅子を引き、席に着く。
いつの間にか瞼が下がり、俺は意識を手放していった。
朝練を思い出したのは、不幸にも朝のHRが始まる数秒前だった。
「司?つーかーさー!起きろ!」
「……?」
夢を見ていた。
どこか懐かしいような、悲しいような。
『ねえ、つっくん。つっくんてば!』
『なーに?』
『……、…………』
ドスッ
「っっっ!!!?!?」
「あー、やっと起きた」
「んー……。はっ、飯っ!」
「確かに飯の時間だねー、凄いなー、授業全部寝てたらしいじゃん。朝練無かったから疲れてないはずなのにねー?」
「え?朝練なかったんですか?よかったー。てっきりサボっちまったんかと……」
「あったけど?」
「スイマセン……」
なんかよくわからないけど、人が気持ちよく寝ている中を妨害してくる女の子がいる。
こんなことをするのは紗菜先輩か凛のどちらかなんだけれども。
朝練とか抜かしてたから多分紗菜さんだな。
しかも誘導尋問みたいなことしてくるのたち悪いんですけれども。
なんかよくわからないけど、俺は首筋をつかまれて教室の外に連行されている。
意外とこの人、力、強いんだな。さすがバスケやってるだけあるわ。
それにしても紗菜さんの身長が俺よりもかなり小さいから、俺の首だけじゃなくて腰にも負担がかかっている。勘弁してほしい。
教室の外に連れ出されてしまうと、俺は紗菜さんにもう一度殴られた。
「ぐおおおおおお……。パワハラ、はん、たい……」
「なーにがパワハラだ。この前さなのことさんざんにバカにしたくせに。いくら司とは言え、絶対に許さないから」
「それでこんなに強く殴られたんすか……」
「ん~、これはただ単に気分の問題?普通に司くんだから大丈夫って思って?先輩から愛情だと思って甘んじて受け取っておいて?」
(こいつ、何をほざきやがる。絶対に許さないからな。)
とは心の中の一部で思いながらも、なんだかんだで紗菜さんにはいろいろお世話になっているし、俺が紗菜さんをいじりすぎているのも事実。たまにはこうやって甘んじて受け入れておくのもいいだろう。
起こされたときに殴られた痛みがまた俺を襲う。あの人どんだけ俺のこと嫌いなんだよ……。じゃなきゃこんな強く殴らねえだろ……。
紗菜さんから解放されたときには、もう俺の席は占領されていた。
―なんか、教室で飯、食べる気にはなれないな。
俺は時計を確認し、屋上に向かうことにした。
俺らの高校は珍しく屋上が解放されている。校舎がそれなりの大きさだからか、かなりの広さの屋上だ。普通にバスケットコートもあるし。そして落下防止の柵が5mくらい張り巡らされてるし。
そもそも、かなり大きな校舎が3つ全部つながっている時点で屋上の広さも大体わかる。
日陰だったり、日なただったり、そして倉庫だったり。
なんと中庭のようになっている区画もあり、植物や低木が生い茂っている。
―うちの高校が異常なだけだな。普通の高校はおろか、大学でもこんなところ、日本全国探してもめったにない。
……もしかしたら、一校もないのでは??
ま、うちの学校の特権ということでいっか!!
最近のマイブームは誰も来ないような、エアコンの室外機のあるところで一人で静かに飯を食べること。まだギリギリ耐えられるけど、そのうち暑くてどうしようもなくなることはすぐに想像できる。
そしたらどうしようかなぁ、日陰に逃げるか、教室に逃げるか、どっちかしかないんだよなあ。
日陰は今の時期でも十分人気だ。人の多いところは俺はあんまり好きじゃない。
かといって教室に逃げるというのも、どうせ夏実に席を取られている。
どうしたもんかなぁ……。誰か俺に弁当作ってくれる人、いないかなあ。
そうすれば購買地獄に挑む必要も全くないし、そして夏実に席を取られずに済むし、一石二鳥じゃん。
……やっぱりカノジョ、欲しいなあ。
この高校は一応私立の進学校なので、それなりに遠いところから入学する人もいる。
「ひとり暮らしでお弁当作っている人とか、料理、おいしそうだなあ。」
ふとそんなことをつぶやきながら、2つ目のパンに手を伸ばす。
俺はいつも弁当を購買で買っているが、それだけでは足りず、パンを追加で買っている。
数?そのときの気分だっての。今日はなぜかよくわからないけどおなかがすいてたから多めに買ったの!ちなみに買った個数は3個だ。
いつもは大体1個か2個で済むけど、今日はなんか、ね??
朝飯少なかったのかな??
(まあ、いいか。とりあえず昼休み中に食べきればいいから、ゆっくり食べようか)
カツサンドをほおばろうとしたときだった。
「あ、あの……」
誰だ、俺の食事タイムを邪魔しようとするやつは、許さんぞ。
「ご、ごめんなさい!!迷惑、でした……?」
先ほどの声よりも焦ったような、困ったようなか細い声が聞こえてくる。
……んん?女の子?
先ほどのにらむような、いかにも機嫌の悪そうな目線を向けてしまったことを反省しつつ、声の主に返答する。
「どうしました?」
女の子の顔がぱあっと輝くのを感じた。
「いつも、夏実と……、凛と、一緒にいる人、ですよね?」
「ああ、あいつらか。それがどうした?」
半分ほどになったカツサンドを丸ごと口の中に入れ、女の子の方を向く。
「あっ、私も、あの二人とは、仲が良くて……。いつもあの二人が、橘くんの、お話をしているから、どんな人なのかなって、興味をもって……」
「なるほどね」
(なるほどね)
心の声と実際に放った声が一致した。一致してしまった。
そして、心底興味なさそうな声で返事をしてしまったのをちょっぴり後悔した。
「……俺は橘 司だ。君の名前は?もしよかったら、教えてくれないか?」
「わ、私の、名前は……。山田 美香。凛ちゃんとか、夏実ちゃんとは、中学校時代から、ずっと友達だったんだ!」
「なんだ、ちゃんと話せるんだ」
「はっ……!そ、それは多分相手が司くん、だからだよ……。」
「なんだ、うれしこと言ってくれんじゃん」
とかなんとかこれまでの俺なら吐けなかったようなセリフを投げかけながら、美香の頭をなでてしまった。
「ちょっ……、司、くん??どう、したの?」
美香に指摘された瞬間に、俺は手を引っ込めた。
……これ、普通に不審者では?高校人生、終わったのでは?
美香が騒がないからどうしたのかと見たら、美香はただただ俯いて、顔をほんのり紅く染めているだけだった。
―俺、ぎりぎり助かった??
「……なんかごめんな。急にこんなことしちゃって」
「だ、だいじょう、ぶ、かな。別に、こんなこと、されるの、久しぶり、で、驚いた、だけだし」
今後気を付けようと心の中で誓い、そして今回の件に関しては安堵した。
ここで叫ばれてたら5mの柵乗り越えて、屋上から飛び降りて死んでるレベル。
絶対凛に知られて恥ずかしくなるやつじゃん。いや、たぶんだけど人権がなくなる。
「今後は気を付けます……。そろそろ昼休み、終わるから。俺、教室に戻るね」
話ながら昼飯が入っていたゴミたちをビニール袋の中に一つにまとめ、そして封をする。
準備完了。あとは教室のごみ箱に捨てるだけ。
ふと美香の顔を見ると、その顔はどこか悲しそうで、どこか困っていた。
口元を手でふさぎ、彼女が言おうとした言葉を、俺は注意して聞いていた。
「あの、もしよければ、なんだけど、明日から、お昼ごはん、一緒に食べてくれませんか」
―なんだ、そんなことか。
「ああ、もちろん。じゃあ、また明日。ここでな」
美香はぱあっと晴れた笑顔を俺に向け、元気な声ではいっ、と返事をした。
明日から、お昼の時間がちょっとは楽しくなりそうだ。
そんなことを思いながら、俺は午後の授業に向かった。
結局のところ、お昼の時間が楽しかろうとなんだろうと、授業の時間は俺の睡眠時間に消えていくことに変わりはないんだけどね!
授業後に凛に脇腹を思いっきり突かれたのは内緒だ。
全く迷惑をかけずに平和に眠っていたはずなのに……絶対に許さん。
さて、今日は部活がない。放課後、いかようにして過ごそうか。
考えているうちに、また凛に脇腹を刺されることになった。
誤字脱字等ありましたら指摘をよろしくお願いします。