この掌にあるもの   作:実験場

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第十五話 真夜中の太陽 

 床を貫く破壊音。

 粉塵となった床が舞い散る中、ウルキオラは少女を救いに来た青年と相対していた。

 

 真白な装束を身に纏うウルキオラ。

 真黒な装束で漆黒の刀を携えた青年。

 

 まるで戦う事を宿命づけられたように対照的な二人だった。

 

「──から離れろ」

 

「そのつもりだ」

 

 ウルキオラが受けた命令は少女を始末することではなく、主が留守の間この白亜の宮を守ること。少女をどうこうする必要はない。だが──。

 

「貴様は違う」

 

 青年は別だ。これまで青年と青年の仲間達の手によって多くの同胞が散っていった。敵討などと言うつもりはないが青年を殺すのはこの場所を守るのと同義だ。

 

「貴様は消す」

 

 ウルキオラは腰にある剣の翠の柄を握る。

 

「俺の剣でな」

 

 そして、初めて敵対者の前で刃を鞘から抜いた。それが意味するものは。

 

「俺を対等の相手として認めたと思っていいのか?」

 

「少なくとも破壊すべき対象としては認めた」

 

「充分だ」

 

 少女が見守る中、一足飛びで距離を零にする両者。刃を重ね押し合う。

 

 ウルキオラ・シファー最期の戦いが開始された。

 

 

 

 青年と直接戦うのはこれが初めてではなく二度目だった。

 一度目は数時間前。青年の最強の技を無傷で受け力の差を見せつけて胸に風穴を開けた。致命傷を与えたが、青年と決着をつけたい愚かな同胞が、回復の力を持つ少女を強引に連れだして復活させてしまった。

 

 

 

 手も足も出させず死の寸前まで追い込んだ。だが、青年は自分に勝つのを諦めてはいない。

 

 

 

 鍔迫り合いから接近戦へと移行する。

 一瞬の隙をつき『虚閃(セロ)』を放った。

 直撃。しかし、切り札を切らずに耐えてみせた青年。

 

「……力をつけたな」

 

 連戦でありながら数時間前よりも確実に強くなっている。

 

「その女の為か。或いはこの塔の下で戦い続ける仲間とやらの為か」

 

 無傷のウルキオラに対し傷だらけの青年。

 

 

 

 だが、青年の瞳は屈していない。

 

 

 

 高速の突きの連撃。残像が生じるほどの速度だったが手首を捕まれ袈裟斬りを受けると、遂にウルキオラは傷を負った。

 

 

 

 青年は危機を迎える度に強くなっていく。

 

 

 

「……待たせたな、ウルキオラ。いくぜ」

 

 切り札を発動させた青年の一撃はウルキオラの半身である剣に罅を入れ、先程はダメージを受けた『虚閃(セロ)』すら効かなかった。

 

 ウルキオラは白亜の塔から飛び出すと闇色の空と月の下、その巨大な力故に主から居城内では禁じられていた本来の姿を解放した。

 黒い霊圧の雨が青年に降り注ぐ。

 ウルキオラの姿があるべき形へと戻った。左側にしかなかった仮面の名残が頭部すべてを覆い、両方の眼から垂直に伸びていた翠の紋様は太くなっている。しかし何よりも見る者の目を引くのは背中。ウルキオラの背中には大きな、蝙蝠のような黒い翼があった。

 

 

 戦闘が再開されるが力の差は歴然としていた。

 構えを崩していた訳ではない。

 意識を切っていた訳でもない。

 一瞬も気を緩めてはいない。

 片時も眼を離していない。

 しかし、青年が気付いた時には首筋に刃が迫っていた。ウルキオラのスピードに反応出来なかったのだ。青年は何とか反射的に動き生き長らえた。

 

 続けてウルキオラは誘う。最強の技を打ってこいと。

 

「力の差を教えてやる」

 

 放たれた青年の最大最強の必殺技はウルキオラに傷一つ負わせられなかった。

 反撃のたった一発の攻撃で満身創痍となった青年。切り札もウルキオラには通用せず誰がどう見ても勝負の行方は明らかである。

 

 

 

 しかし、装束は破け息を切らし片膝をついている血まみれの青年は、立ち上がると刀を構える。

 

 

 

 その姿はウルキオラを激しく昂ぶらせた。

 

「無駄だと言っているんだ!!!」

 

 激昂のまま相手の腹部を斬り裂き吹き飛ばす。そのまま空を翔け追いつくと更に斬り上げた。青年は巨大な柱を破壊しながら抵抗もできずされるがままに飛んで行く。

 

 柱の頂上でウルキオラは立つ力も残っていない敵の襟首を掴み上げた。

 

 

 

 青年の手は剣を握ったままだ。

 これだけ力の差を教えてやっても。

 

 

 

「それが何だ? てめえが俺より強かったら……俺が諦めるとでも思ってんのか……?」

 

 

 

 折れない。

 

 

 

「……俺はお前を倒すぜ……ウルキオラ」

 

 

 

 諦めない。

 

 

 

 ウルキオラは解放する。

 主にすら秘密にしていた奥の手を。

 真の絶望の姿を。

 

 

 青年が手にしている漆黒の剣は震えていて額に冷や汗が伝っているのが見える。恐怖を感じているのだろう。

 

 

 しかし──

 

 

 青年に戦う力は残っていない。

 

 

 それでも──

 

 

 青年は剣を構えた。

 

 

 ──絶望を前にしても青年は戦う意思を捨てなかった。勝利を諦めていなかった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 乱雑に建てられた建物群の中にぽっかりと空いた広場。いつもなら子供達が遊んでいるであろうその場所では今、人間とモンスターが生死を賭けた戦いをしていた。緊迫した空気に少年の荒い息と獣の唸り声が混じってゆく。広場を取り囲んでいる建物からは視線を感じるが面倒事に関わるのが嫌なのだろう。じっと気配を押し殺して此方を観察しているような雰囲気が流れてくる。

 

 ヘスティアはベルの勝利を信じ逃げもせずにこの場に留まっている。ベルが劣勢に追い込まれている現在もだ。

 ベルとシルバーバック。分かってはいたが強さはシルバーバックの方が上だった。それでもベルは格上相手に小回りをきかして翻弄し、上手く立ち回っているお陰で未だ傷という傷を受けてはいない。しかし、それでも敗北は時間の問題だった。

 

「はぁっ……はぁっ……クソぉっっ!!」

 

 シルバーバックが放つ大振りの攻撃を躱し、がら空きとなった脇腹へナイフを斬りこむ。しかし、ベルの攻撃はモンスターの纏う剛毛の壁を突破できず傷一つ付けられていなかった。

 

 ヘスティアの誤算。それは、ステイタス更新の時間が取れなかった事だ。

 ウルキオラが半額を受け持ち、ヘスティアが友神へと頼み込んで作ってもらいベルへと託した漆黒のナイフには、真っ当な武器とは違う処理が施されていた。(ヘスティア)が自らの手で刀身に刻んだ『神聖文字(ヒエログリフ)』。これにより、ナイフはステイタスが発生し進化する武器となった。つまり『神の恩恵(ファルナ)』を授かった者と同じく、装備者が獲得した経験値を糧にして成長する武器。それが、ベルへと与えたナイフの真骨頂だった。しかし、これには落とし穴がある。どこまでも持ち主に応じて強くなる前代未聞の武器だったが、ステイタスが連動しているならばベルが弱ければ当然ナイフも弱くなる。そして、現状シルバーバックの防御力を突破できていない。これは、今のベルのステイタスではダメージを与えるには足りていないということだ。もし仮に、どこかのタイミングで敵の隙をつきステイタスを更新出来ていれば成長率上昇のレアスキルと相まって、必ずや違った結果となっていただろう。それがヘスティアには悔やまれた。

 

 事態は悪化していく。ベルの呼吸が著しく乱れ始めた。肩だけではなく上半身全てを上下させ息を繰り返している。

 格上との死と隣り合わせの戦い。ダメージを与えられないのに、自分は一撃でも喰らえば終わりという緊張感がガリガリとベルの精神と集中、体力を削っていったのだろう。もはや、ベルの体力は尽きかけていた。自分が死ねば次はヘスティアが、それだけはさせない。その気力だけがベルを何とか土俵際で踏ん張らせていた。──が、精神が肉体を凌駕することは無かった。限界以上に酷使していた生命線である脚が先に限界を迎えてしまう。脚が思うように動かなくなり躓き、よろめいてしまったベル。

 

「しまっ──」

 

「ベル君!」

 

 この千載一遇の好機を逃さなかったシルバーバックにベルは両手で鷲掴みにされてしまった。散々逃げ回られた鬱憤を晴らすつもりか、見せつけるように掴んだベルを頭上に掲げる。

 

「ああぁぁぁああああっっ!!」

 

 握りつぶす様に両腕ごと左右から掴まれているベルが耳を背けたくなるような絶叫を上げた。必死に脚をバタつかせ、もがいている。しかしシルバーバックは悲鳴を聞くと醜悪な笑みを浮かべ、少しずつ力を強めていき獲物を握りつぶそうとしている。嬲り殺そうというのだろう。

 

 バタバタと動かしていた脚の動きが小さくなっていく。

 それは命の脈動のようで。

 

 このままではいなくなってしまう。自分を命を懸けて護ってくれている掛け替えのない大切な家族が。

 ヘスティアは弾けるように駆け出した。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「ああぁぁぁああああっっ!!」

 

 全身を締め付けられる痛み、苦しみ。ギチギチと体が聞いたことの無い音を立て続けた。意識が途切れそうになるのを必死に繋ぎとめる。ここで意識を失えばもう終わりだ。

 

 自分独りの力では、どんなにもがこうと外せない拘束。

 視界の端が黒に染まっていく。遂に限界が来てしまった。

 消えかけていく意識の最中、ベルはせめて今の間にヘスティアだけでも逃げ延びて欲しいと願った。

 

 

 

 

 ──

 

 ────

 

 ──────

 

 

 ゆっくりと海底へ沈んでいくような心地よい、されど不安を掻きたてる感覚。

 

(ああ、僕はもう……)

 

 意識が落ちたのだろう。とすれば、次に待っているのは死。人が死ぬ時には走馬灯が流れると言われているが、どうやらそれは嘘だったらしい。手足が動かせなくなり、真暗な闇の中をただ只管に沈んでいく。

 

 今までは護られるだけの存在だった。

 だから、今度こそは誰かを護れる者になりたかった。

 しかし──

 

(護れなかった……僕は、なんて、無力なんだ……っ)

 

 ウルキオラから、ヘスティアから自分には勿体無い最高の武器を授かったのにこの様。

 シルバーバックに及ばなかった自身の実力。

 大切な人を護れもせず命を散らした無力な己。

 

(くそ……ぉ……)

 

 悔しさを滲ませベルは沈んでゆく。

 

 深く──

 

 深く──

 

 深くへと──  

 

(強くなりたい……)

 

 底のない深淵へと──

 

(護れる力が……)

 

 闇の中を沈んでゆく。

 

(約束を……大切な人を護れる力が……欲しいっ!)

 

 

 光を感じた気がした。おかしい。辺り一面闇に覆われているのにだ。

 沈下していく体をベルは無理矢理動かして周囲を探る。まるで水中にいるような緩い抵抗があるが、頭を振り光を探す。不思議といつの間にか手足の感覚は元に戻っていた。

 

(……あそこ、だ)

 

 深淵の中、一点だけ浮かんでいる光源。

 ベルは手足で闇を掻き、泳ぐようにして光の元へと進んだ。距離が近づくにつれ光源がはっきりと見えてくる。掌ほどの小さな光だった。

 

(あれ……? この感じ……)

 

 光を知っているような気がした。それも、ごく最近に感じたような。

 

 ベルは光の傍まで辿り着くと少しの間観察する。危険ではないように思われるが知らない光。

 恐る恐る手を伸ばした。

 

 触れた瞬間、取り囲んでいる景色が変わった。四方八方、闇に覆われ海の中のように浮遊感を感じていたのだが、それが無くなっている。確認すると足はしっかりと大地を踏みしめていた。

 

(どこだろう……ここは……? 見たこと無い景色だけど……何だか寂しい)

 

 キョロキョロと首を動かす。

 辺り一面果ての無い砂漠。所々に大小様々な半透明の物体で出来た木のようなものが砂から突き出している。空を見上げれば真暗な夜。月らしきものが、ぽっかりと浮かんでいて闇の世界を淡く照らしていた。

 これが死後の世界なのか。殺風景で物悲しく寂しい風景だ。

 

 このままここに居ても仕方ないベルは当てもなく歩き出した。

 

 やはり死んでしまったのだろう。いくら歩いても疲労が襲ってこなかった。

 漫然と進んでいたベルの足が止まる。目の前の光景に目を奪われたのもあるが、此処が目的地のような気がしたからだ。

 そこには幾つもの半透明の物体が折り重なって形作られた、天を衝くような大きな山があった。

 

(……)

 

 暫く神秘的な景色に目を奪われていたベルだったが、はたと二か所だけ違う物体が交じっているのに気が付いた。無色半透明な物の中に色が付いたものがあるのだ。

 一つは橙色と黒に染まった物。はっきりとした色彩は力強さを感じられた。

 もう一つは薄い茶色と白に染まった物。穏やかな色合いは包まれるような、そう、ヘスティアのような慈愛を感じた。

 何故かベルには、その二つがとても尊いもののように思われた。

 

 そっと、半透明の物体で造られた山に掌を当てる。ひんやりとして冷たい。だが、微かに温かさを感じる。

 

(んっ……あたたかい……)

 

 掌から伝わった微かな熱に反応したように、自分の胸が温かくなった。かと思うと胸の熱は温度を上げ、徐々に全身へと回っていく。

 

(身体……が)

 

 力が漲るとは違う。しかし、手を触れたと同時に未知のものが全身を駆け巡っている。

 生命の源。

 生命の鼓動。

 未知ではあるが、最初から自分の中にあったもの。

 

 ベルは掌を握りしめる。

 きっと光は教えてくれたのだ。

 

(僕にはまだ振り絞れる力がある。死を受け入れるには早いんだ。まだ、戦える。──大切なものを護れる!!)

 

 気付くと半透明の物体で出来た山も、一面の白砂も無くなっており、元の真暗な空間に戻っていた。

 

 光が役目を終えたように粒子となり闇へと消えていく。

 

 身体に大きな変調は無い。敢えてあげるとすれば胸の中心が温かくなっている位だ。しかし、それで十分だった。未知の光はベルの心の弱さを払い、再び戦う気概を取り戻させてくれた。

 

(戻らなくちゃ、神様の元へ。大事な家族の元へ!)

 

 ベルの意志に呼応して身体が浮上していく。

 

 闇の中に光の尾を残しながら……。

 

 

 

 

 ──────

 

 ────

 

 ──

 

 

「ぐっ……う……」

 

 瞼越しに感じる日の光。自由を封じられた体。

 意識を取り戻したベルはどのくらいの時間気絶していたのか、との考えが過ったが直ぐに捨て去る。意識が落ちていた時間が数秒、数十秒であれまだ生きている。しかもまだ、シルバーバックの両の手で捕まえられたままだ。早くここから抜け出さなければならない。

 

 ──捕まえられたまま?

 

 気を失うほど握りしめられていたのに、何故まだ死んでいないのか? それどころか掴まれてはいるが内臓が飛び出る程の圧迫感が無い。

 

 目を開ける。

 そこには、ベルの背後上空を見つめているシルバーバックの顔があった。

 好機と体を動かし脱出を試みるが失敗に終わってしまう。体力を失った今のベルの力では振り解けなかったのだ。

 

 これほど動き抵抗しているのに此方に関心を示さないシルバーバック。

 

 ──何を見て……?

 

 翠色の閃光が天に昇っていた。

 

 ベルは確証はないが瞬時に六階層でウルキオラの指先に集まった光と同じだと思い至った。

 

 ──そうだ、あの光……!

 

 意識を失った時に見た、掌ほどの小さな光はウルキオラと対峙した時に感じたものと同質だったと思い出す。

 

 ──ウルキオラさんに……また、助けられたんだ。

 

 六階層で抱いた嫉妬は湧いてこなかった。あの時とは関係が変化している。自分の危機を察して家族が助けてくれたのだ。代わりに心を満たしたのは溢れんばかりの感動と感謝だった。

 

「っ……が……あああっ!!」

 

 家族の作ってくれたチャンスを逃さまいと全身に力を込めシルバーバックの手から脱出しようとする。しかし、手が外れない。現実は非情だ。余りにも残された力は少なかった。

 

「ちっく……しょ──っ!?」

 

 諦めず懸命に藻掻くベルの身体に揺れがもたらされる。

 シルバーバックの腕を通して伝わってきた衝撃。

 

 

 

 

 

 

 

「ベル君を離せ! 僕の家族をやらせはしないぞ! ここからはボクが相手だ!!」

 

 ヘスティアが、ひしゃげた鉄格子を力一杯シルバーバックの脚に叩きつけていた。

 これには流石にシルバーバックも意識をヘスティアへと持っていく。睨み合う両者。ベルには自分を捕らえている大猿が嘲笑ったのが見えた。目的の獲物が自らやって来たからだろう。

 掴まれている両手の内、左腕が離れていきヘスティアへと迫る。

 

「神様ッ! 早く逃げてッッ!!」

 

 ヘスティアは逃げなかった。捕まっている愚かな自分の為に敵の注意を引いているからだ。

 

 ベルは自由になった右手の中でナイフを器用に動かし逆手に持ち変える。

 今のベルの力量ではシルバーバックの剛毛を貫けず傷を負わせられない。しかし、生物には必ず急所というものが存在する。例えモンスターであろうとだ。生きていれば、動いていれば構造上脆い部分は必ずある。更にシルバーバックは野猿のモンスター。人体と構造は似ているはずだと、ベルは過去の経験から自分でも痛みを与えられるであろう部分を狙う。人であれば痛覚が一番集中している箇所。

 

「神様にッ! 触れるなぁぁああああ!!」

 

 自分を掴んでいる親指の爪と皮膚の間にナイフを力一杯差し込んだ。

 

『──────ッッッ!!!!』

 

 聞くに堪えない悲鳴が木霊する。シルバーバックは親指を押さえ苦痛にのたうち回っている。

 掴まれていた体が解放されるとベルは疾風の如くヘスティアへ駆け寄った。

 

「無茶をしないで──」

 

 ベルは思わず出かかった言葉を飲み込んだ。

 違う。ここで言うべきは叱責や注意ではなく、

 

「ありがとうございます、神様。お陰で助かりました」

 

 感謝の言葉だ。

 仮に叱責すればヘスティアは、ただ護られるだけの者になってしまう。そうではないだろう。この場に残ったヘスティアも共に戦い助けてくれたのだ。

 

「ううん、ボクの方こそ助かったよ。それに、あの翠の光が無かったら近づくことさえ出来ずにボクも捕まっていただろうから、あの光にも感謝だね……でも、何だったんだろう」

 

「ウルキオラさんですよ」

 

「え?」

 

 ベルは確信していた。

 

「前に見たんです。ウルキオラさんの指先にあれと同じ翠の光が集まるのを」

 

「そう……なんだ」

 

「はい。きっと、ウルキオラさんが僕らの危機を察して助けてくれたんです!」

 

「……そうなんだ!」

 

 ヘスティアの顔に、この場が生死を分ける戦場だと忘れさせるような笑顔が浮かぶ。しかし、ベルも同じ気持だった。

 ベルはヘスティアとウルキオラに、ヘスティアはウルキオラとベルにそれぞれ助けられた。それは、つまり互いが互いを大事に想い合っているという事なのだから。

 

 緊迫感の中に流れた緩やかな空気だったが、此処は戦場。すぐさまシルバーバックの怒号によって破られた。

 

『グゴガァッ! ガァアアアアアア!!』

 

 怒り狂うシルバーバック。余程痛かったらしい。しかも、格下で追い詰めていたベルにやられたのも怒りを増長させているのだろう。

 

「神様は後ろへ」

 

 ベルはヘスティアが頷き後方へ下がったのを確認するとナイフを構えた。

 助かったとはいえ未だ危機は目前にある。既に体力は底を尽き、正直立っているのがやっとだ。次の攻撃が最後となる。次撃で仕留められなければ自分とヘスティアの命は終わってしまう。

 

 精神を集中。

 

 神経を研ぎ澄ます。

 

 これまでの人生で最高の一撃を。

 今までの経験を、自分とヘスティアの未来への活路を刃に託しぶつける。

 

 気を練り上げ抑えこむ。全ては一瞬に爆発させるために。

 

 身を低くし発走体勢へ。

 狙うはモンスターの弱点である魔石が埋まっている胸。

 

 漆黒の刀身に燐光が灯った。

 

 気焔を噴き上げ大地を蹴る。

 

 ベルの全身全霊を捧げた一撃が放たれた。

 

「おおぉぉぉおおおおおおっっ!!!」

 

 一歩踏み込むごとに加速していく。

 シルバーバックは腕を前面に出し受けの構え。

 ベルは敵の腕の盾を切り裂くべくナイフを振るった。

 激突。

 全てを賭けた一撃対シルバーバックの鋼鉄の鎧。

 

 軍配が上がったのは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 シルバーバックだった。

 

 漆黒のナイフは気持ちでは実力差は覆らないと現実を突きつけるようにして、虚しくシルバーバックの前腕に止められていた。

 

 勝敗は決した。これから始まるのは一方的な惨劇のショー。建物から隠れ見ていた住民達が目を背けていく。

 

 

 しかし、こんな状況でもヘスティアは信じていた。ベルの勝利を。   

 

「ベル君……」

 

 

 勝利を確信したシルバーバックが、拳を握り締めゆっくりと右腕を後ろに引く。

 

 

 

 

 

「………………んだ」

 

 ナイフに灯った光は消えていない。

 

 

 

 

「…………護るんだ」

 

 それどころか輝きは増大していく。

 

 

 

「……僕は護るんだ」

 

 数秒後には柘榴のように顔面が木っ端微塵になるだろう絶対絶命の危機を前にしても、ベルの紅玉の瞳は諦めの色を全く映しておらず、反対に星の欠片を散りばめたみたいに力強い光を放っている。

 

 思い起こされるのは六階層でのウルキオラとの誓い。

 

『大切なものを護りたいから強くなるんです!』

 

『そこまで吠えるのなら、俺に見せ続けてみせろ──ベル・クラネル』

 

 そして、ヘスティア。

 

 何処のファミリアからも門前払いになっていた自分を拾ってくれた女神様。

 ヘスティアがいるから戦い続ける。

 ヘスティアが勝利を信じてくれるから──諦めない!!

 

 振り絞れっ! 搾り出せっ! 力を! 命を! 魂をっっ!!!

 

 全身を灼けつくような熱が駆け巡った。

 

 ベルは今、目の前の敵に全霊を傾けている。

 だからヘスティアの「何だい……あの光」という驚きも耳には入らなかった。

 故に自分の体の異変に気づかない。

 

 ベルの体からは薄い膜のような白銀の光が、ゆらゆらと立ち上っていた。

 

「ウルキオラさんとの約束も! 神様も! 僕は護るんだぁぁああああっっ!!!」

 

 六階層での誓いを現実のものとするために吠える。すると魂の叫びに共鳴するようにベルの全身から噴出する白銀の光。体から溢れ出した光の奔流はシルバーバックによって止められている漆黒のナイフへと流れていき、やがて一つのものを形作る。

 

 激しく波打つ美しい巨大な刃だ。

 白光の刀身は訪れた絶望を照し消し去る。

 

 薄汚い雑多な場所に突如舞い降りた幻想的な光景。それは奇跡か。

 

 ベルは一歩踏み込み白銀の濁流を振り抜く。

 一閃。

 白銀の軌跡が横一文字に煌めいた。

 

 グラリと崩れ落ちるシルバーバックだったもの。

 斬り断たれた上半身と下半身。

 ベルの攻撃は魔石ごとシルバーバックを一刀両断にした。

 

 

 よもやの大逆転劇。

 耳が痛くなるほどの静寂。ベルの荒い呼吸音だけが唯一聞こえる。

 固唾を呑んで見守っていた周囲の住民達は信じられないように黙りこんでいたがベルの勝利だと認識すると一気に感情を爆発させる。

 耳が痛くなるほどの大歓声が地面を揺らした。

 

 吹き荒れる熱気の中、力を使い果たしたベルは重力に逆らえず瞼を閉じ前へと倒れる。硬い地面のへの衝突を覚悟していたがやって来たのは温かく柔らかい感触だった。目を開けるとヘスティアに抱き止められていた。

 

「か……み……さま……」

 

「うん」

 

「僕……やれたん……ですね」

 

「うん」

 

「神様が信じてくれたから……」

 

「ううん、逆だよ。君だからボクは信じられたんだ……君はボクの英雄だ」

 

 かけがえのないものを護れた。ヘスティアの言葉に鼻の奥がツンとなり目頭が熱くなる。

 やり遂げられた達成感により蓄積された疲労ですら心地よく感じた。

 

 しかし、それよりも──

 

「いいえ、僕だけの力じゃありません。ウルキオラさんの助けがあったからこそ二人共助かったんです」

 

「そうだね。ウルキオラ君もボクの……ボク達の英雄だ」

 

「はい!」

 

「ふふ、つまりあれさ……離れていてもボク達の心は一つってことだね!!」

 

 ──三人でもぎ取った勝利というのが何よりもベルの心を幸福で満たしていた。




誤字報告をしてくださった沢山の方、本当に助かっております。ありがとうございます。

次回は一章最終話。
フレイヤ様、ロキ・ファミリア、ウルファーさん達の一つの決着であり、始まりのお話です。

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