この掌にあるもの   作:実験場

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プロローグ 残照は呪いのように輝く

 『(ホロウ)

 それは現世を荒らす悪しき霊体。その正体は堕ちた人間の魂。『死神』に救われなかった苦しみから心を無くし、それによって胸に(あな)が開いた存在。

 個体によって人間型、動物型と容姿は異なっているが胸の孔と白い骸骨のような仮面が特徴だ。

 その『虚』にも上位種が存在した。

 

 その名は『破面(アランカル)』。

 

 仮面を外し死神の力を手に入れた『虚』。『破面』の成体は割れた仮面と白い装束、破面死覇装を身に纏い、自らの真の姿と能力を刀状に封印した『斬魄刀』を携え、孔の部分を除けば、ほぼ人間と同様の外見になる。

 『虚』よりも遥かに強大な戦闘力を持ち、限りなく人間に近い感情や思考を取り戻した存在。それが『破面』。

 

 そして──。

 

 

 

 

 

 

 ウルキオラ・シファーはこの世界唯一の『破面』。

 この世界には『死神』『虚』『破面』などは存在しないのだから……。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 ウルキオラは破面死覇装の袴部分にあるポケットに手を入れ、轟音を立てながら迫り来る女体型のモンスター群を前に静かに佇んでいた。並みの冒険者なら腰を抜かすか、無様に逃げ惑う光景を前にしても、表情一つ動かさずに。

 

 優先すべきはモンスターの撃破ではなく、ロキ・ファミリアの撤退の為の時間稼ぎ。モンスターを斃した時に、どれだけの爆発が巻き起こるか分からないからだ。そしてロキ・ファミリア追跡の阻止。自分が抜かれてロキ・ファミリアに追いつかれでもしたら、本末転倒もいいところだ。

 

 女体型のモンスター群が狙いをつけやすい平地の中心付近に来た事を視認したウルキオラは右手の人差し指を群れへと向けた。

 狙うは多脚部分。片方の部分、一カ所だけでも失えばロキ・ファミリアを追うための機動力は大分削がれる。

 

虚弾(バラ)

 

 それが戦闘開始の合図となった。

 

 霊圧を固めて放つ弾丸を連射し次々と脚を撃ち抜いていく。多脚部分から噴出する夥しい量の腐食液。地面を溶かす幾つもの溶解音が重なる中、一体の女体型モンスターが脚を失った痛みから生まれた憎悪をぶつけるように、何もない顔面部分をウルキオラがいた場所へと向ける。

 

 顔面部分に目や口があれば、きっと驚愕の表情を作った事だろう。まだ離れていた距離にいたはずのウルキオラの姿が消え、目の前に現れたのだから。

 

「────??!」

 

 一瞬の出来事で理解が追いつかないモンスターの二対四枚の腕の一枚をウルキオラは手刀で斬り落とした。

 

「────!」

 

 女体型モンスターの絶叫が周囲に響きわたる。ウルキオラは右手に浴びた腐食液を振り落とす。破面死覇装は音を立てて溶けていくが、その下から出てきた白磁のような肌は傷一つ無い美しいままだ。

 

 『破面』は『鋼皮(イエロ)』と呼ばれる既にそれ自体が鎧と言える外皮を持っている。『鋼皮』の硬さは霊力の高さに比例し、ウルキオラのような霊力が高いものは斬魄刀を抜かずとも素手で戦う事を可能としていた。

 

 モンスター群の懐へと飛び込んだウルキオラを数の暴力で押し潰すかのように敵が殺到する。四方八方から襲いかかる扁平状の腕、後頭部から生えている何本もの管から撃ち出される腐食液を、霊子で作った足場を使い縦横無尽に空中を駆け回避していく。

 本能で行動し連携も何も無い攻撃をするモンスターでは速度で圧倒的に勝るウルキオラに攻撃を掠らせる事すら出来ない。

 欠伸が出るほどの鈍重な攻撃。

 容易に切り刻める柔な身躰。

 状況に対応できない低能な頭脳。

 最早それは戦闘ですらなかった。事実ウルキオラは命の危機など全く感じていない。その証拠に、腰にある斬魄刀を抜くどころか最初から右手のみで戦っていた。

 

 こんな戯れのような事を、戦闘狂でもない自分が何故続けるのか。ウルキオラは攻撃を回避し続けながら自問自答していた。そもそもロキ・ファミリアを撤退させるだけなら『虚弾』を使い、女体型モンスターの機動力を奪った時点で十分だった。ましてやフィンが去り際に伝えた撤退完了の合図が打ち上がった今、動けないモンスターなど無視し自身も撤退すれば万事解決する。

 だが、ウルキオラはこのモンスターの群れを全滅させると無意識に決めていた。

 その答えが気になるのだ。

 

 何故、全滅させる必要がある?

 不快だからだ。このモンスターが。

 何故、不快に思う?

 醜い姿形か原因か? 違う。

 地上への帰還の邪魔をしたからか? そうだ。確かに邪魔だ。こうして無駄な時間もかけている。

 そもそも何故こんな事をしている?

 

 放っておけなかったからだ。

 

 モンスターを全滅させる理由は出ていた。

 ロキ・ファミリアを襲撃したからだ。

 

 何故、そこまで()()肩入れする?

 

 それは、ロキ・ファミリアが。

 

 

 ──そうか。これは……。

 

「……奴の残滓か」

 

 ウルキオラはその答えに辿り着くと『破面』の高速移動能力である『響転(ソニード)』を使い一瞬で女体型モンスター群の上空に移動する。

 

「何であれ俺を不快にした事に変わりはない」

 

 ゆっくりと人差し指を、自分を見失い右往左往しているモンスター群の中心に向ける。白い指先を照らすかのように指先に翠色の光が集まり始める。

 

 今から放たれるのは『虚弾』ではない。

 

「塵どもが、死ね」

 

 『虚』『破面』のみが許された無慈悲な破壊の閃光。

 

 

 

 

虚閃(セロ)

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 撤退したロキ・ファミリアは戦場から十分に離れた緩やかな傾斜の上にある木々の少し開けた草原地帯にいた。今回のような例外があったが、元々この50階層はダンジョンでもモンスターの生まれない貴重な安全地帯だ。

 

 この階層にいるうちに先程の連戦で失った消耗品の確認、武器の点検などをしておかなければ49階層からの戦いに支障がでる。フィンの指示のもと、それぞれが分担し確認していた。

 

 自分のすべき仕事を終わらせ余裕の出来たヒューマンの青年ラウルは周囲の様子に目を向ける。皆、九死に一生を得たとは思えないほど暗い顔をしながら作業をしていた。自分もきっとそんな顔をしているだろうと思う。

 

 ウルキオラという人はファミリアの人間であれば皆に等しく慈愛を持って接していた。木っ端のような自分とて例外ではなかった。無表情で言葉が少なかったが困った時には相談に乗ってくれ命の危機には救ってくれる。お礼を言えば『家族だからな』の一言で終わらせる。英雄だった。大罪人であろうとラウルの中では、いや、ロキ・ファミリアの中では誇らしい家族だった。

 そんな大切な人を置いて離脱する。これほど胸を締め付けるような事は無かった。

 

 でもそれ以上に……。

 

 そう思いラウルはウルキオラと深い関係のある人物達に視線を移す。

 フィン、リヴェリア、ガレス、アイズへと。

 

 フィンは近寄り難い雰囲気で考え事をしており、それには何時もフィンにべったりなティオネすら近寄れないでいた。

 リヴェリアは遠すぎて視認は出来ないが戦闘音が僅かばかり聞こえてくる戦場の方向をじっと見つめ、ガレスは腕を組んだまま何かを耐えるように目を瞑り、アイズは地面に座り込み両腕で抱えた膝に顔を埋めたまま動かない。

 

 無理もない。アイズはロキ・ファミリアに入った時からずっとウルキオラが世話役、教育係として側に付いていたそうだ。その頃のアイズは子供の身で強さのみを追い続け荒んでいたようだったが、ウルキオラの献身で次第に態度が軟化していき最後には前を歩くウルキオラの後ろをちょこちょこ付いていくようにまでなったらしい。その二人の姿は本物の兄弟のようで皆の視線を暖かくしていたと話に聞いていた。

 

 フィン、リヴェリア、ガレス、そしてロキはダンジョンに捨てられていた赤ん坊のウルキオラを拾い育てたとラウルは聞いている。

 

 思い出されるのは、ウルキオラに抱きついたり撫で回したりするロキの過剰なスキンシップを、リヴェリアが嫉妬から無理矢理引き離しロキに説教をする場面。

 それでも飄々としているロキに、どんどんヒートアップしていくリヴェリア。

 無表情ながらも困ったようにフィンに視線で助けを求めるウルキオラ。そんな光景を苦笑いを浮かべながらも楽しそうに仲裁に入っていくフィン。その後ろで大声で腹を抱え笑っているガレス。

 そんな騒がしくも大切な時間を20年以上も続けてきた家族達だ。

 第二級冒険者という事もあり、幹部達に比べれば余り関係の深くなかったラウル達ですら、こんなに苦しく悔しいのだ。フィン達の想いは想像も出来ない。

 

 ラウルはふと作業の方へと意識を戻した。もう直ぐ割り振られた作業も終わる。そうすればフィンは団員達を守るために四十九階層へと向かうだろう。

 

 ウルキオラに言われた通りに。

 

 ウルキオラに拒絶されたまま。

 

「でも、それって“冒険者”っすかね……」

 

 そう呟いたラウルは思いついた作業に取り掛かるため、まだ仕事の残っている若い団員達の所へと向かった。

 


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