この掌にあるもの   作:実験場

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第四話 踏み出された一歩

「今日は何個にするんだい?」

 

 ツインテールを揺らし元気に接客してくる女神。

 

 アイズは振り返り視線で尋ねてみる。

 ティオナ達は苦笑いを浮かべ首や手を振った。どうやら食べないようだ。

 

 美味しいのに、とアイズは少し残念に思うも、だったらと注文する数を考える。

 まず、間食したことがリヴェリアにバレないように打ち上げでも食事を取らなければならない。これは絶対条件だ。万が一バレてしまえば長い説教のうえ、間食を……大好物のじゃが丸君を禁止させられる。それだけは避けなければ。針の穴に糸を通すが如く集中しながら慎重にお腹と相談し答えを導き出す。

 だが現実とは厳しいもの。はじき出された数は余りに無情だった。

 

 アイズは顔を曇らせた。

 アイズは哀しい声で言った。

 

「十個下さい」 

 

「十個!? 十個も同じ味だったら途中で飽きちゃうよ!!?」

 

「ツッコむところ其処!?」

 

「絶対、他の味も頼まないと!」

 

「可笑しいのは其処じゃないのよ!?」

 

「今日は少ないね?」

 

『!!???』

 

 テンポ良くドタバタと遣り取りを繰り広げたティオナとティオネだったが、女神の一言でレフィーヤと一緒に絶句してしまう。

 

 何を驚いているんだろう? アイズは首を傾け頭に疑問符浮かべながら考え始めるが、いつもより量が少ないから驚いたのかなと全くの見当違いをした。

 

 確かに少ない。食欲が減っている理由は、はっきりしている。

 

 ウルキオラの件が気がかりだからだ。

 

 昨夜の夕食時にフィンからファミリアの方針としてウルキオラを見つけ出すことが決定したと告げられ、今後の遠征に影響の無い団員達が捜索メンバーに当てられた。遠征の後処理とは別に、今も街を探している。

 だが、そのメンバーも少人数でしかない。

 ならばせめて出来る事は無いかとアイズは街を歩いている間ずっと周囲に視線を配っていた。

 

 一刻も早くウルキオラと再会出来るのを願いながら……

 

「何かあったのかい? ボクで良かったら相談に乗るよ?」

 

 顔に出ていたのだろう。女神の建て前ではなく本心から心配している表情に思わず口を開いた。

 

「実は人を探してて……会いたくて」

 

「……そうなんだ。大切な人みたいだね。どんな人なんだい?」

 

「黒髪で──」

 

「ちょっ、アイズ!?」

 

 慌てて止めに入ったティオナに、アイズは強引に露店から少し離れた場所へと手を引かれた。

 

「人に尋ねたりしたら駄目だって! 公にウルキオラが帰ってきているのが知られたら、大騒ぎになるって言ってたでしょっ!」

 

 腰に手をやったティオナの注意を受けフィンが言っていたことを思い出すと「あ……」とアイズの細い指が小さな口を覆う。

 

「それに、こういった露店にウルキオラが来ると思う?」

 

「無いわね」

 

「私もそう思います」

 

 ティオネ、レフィーヤまでもが断言していき孤立無援となってしまったアイズは、とぼとぼと露店へと戻る。

 

「ごめんなさい。大丈夫、です」

 

「……うん、分かったよ。」

 

 何かしらの事情があると察したのだろう。女神は何も聞かずに優しく微笑んだ。

 

「見つかると良いね。大切な人」

 

「はい」

 

「大切な人がいない怖さは分かるよ。昨日のことなんだけど、ボクの大切な子供がとある女狐に誑かされてね。あの子がいなくなるなんて想像しただけでゾッとするよ」

 

「誑かすなんて、許せないです」

 

「だよね! 誑かした本人は知らないけど主神は分かるから今度会ったら、ぎったんぎったんにとっちめてやるんだ!」

 

「頑張って下さい」

 

「応ともさ! ボクも頑張るから君も頑張ってくれよ。気が変わったら、いつでも相談に来て良いからね。何てったって常連さんだから。きっと会えるよ! 神のお墨付きだ!」

 

 これは私を元気づけるために? 親指をグッと立て片目を瞑った女神に、こういう神様もいるんだなとアイズは少し驚いた。

 基本的に神々は娯楽に餓えている。こんな場面に遭遇したら此方の事情などお構いなしに、興味本位で根掘り葉掘り聞いてくるだろう。ましてや、元気づけるなど絶対しない。

 

「ありがとう、ございます」

 

 女神の気遣いにお礼を言うと、差し出されたじゃが丸君の入った紙袋を受け取り露店を後にする。

 

「此方こそありがとー! また来てくれよー!」

 

 アイズは露店の中からわざわざ通りまで見送りに出てきてくれた女神に足を止め、もう一度一礼すると歩みを再開した。

 

 胸に抱えたじゃが丸君の紙袋をいつもよりも暖かく感じながら。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ヘスティア」

 

 白いローブで全身を隠し表通りに訪れたウルキオラは、雑踏に向かって大きく手を振っている女神の名を呼んだ。

 

 背を向け反対方向に手を振っていたヘスティアは、こんな人目に付く場所には絶対来る筈の無い人物に驚いたのか、勢い良く振り返りウルキオラを視認するとワザとらしく顎に手を当て目を細める。

 

「ふむふむ。ちゃんと今日は休んでいるようだね。感心、感心。でも、ホームでじっとしていると思ってたけど、ボクのバイト先に来るなんてどうしたんだい?」

 

「少し行く所がある。それを伝えに来ただけだ。……夜には戻る」

 

 此処へ来た理由を話し始めると段々と表情が暗くなっていき、最後には捨てられた子犬のような顔をしたヘスティアだったが、最後に付け加えられた『夜には戻る』という言葉を聞くと、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 

 

 三人での食事に何の意味がある?

 

 ヘスティアの表情の移り変わりを目にしたウルキオラには分からなかった。

 何故こうまで三人での食事を求めるのか。

 ヘスティアが独りの食事を嫌っているという事実は分かっても根底にあるものまでは理解出来ない。

 

 ──それは 何だ。

 

 嘗て胡桃色の髪をした少女への問いかけが頭を過ぎった。

 

 だからこそウルキオラはここに在る。

 “それ”を理解するために。

 

「どうしたんだい? ぼーっとして?」

 

 長い間熟考していたようで、目の前には背伸びをしながら瞼をぱちぱち瞬かせウルキオラを覗き込むヘスティアの蒼い瞳があった。

 余程、声を掛けるまで気付かなかったことに驚いたのだろう。幼い顔にはでかでかと珍しいものを見たと書いてある。

 

「何でもない」

 

 納得していない様子のヘスティアだったが、要件を済ませたウルキオラがこの場から立ち去ろうとする気配を見せると思い付いたように大きな声を上げた。

 

「そうだ! 折角だし、幾つか買わないかい? ボクが丹精込めて作るじゃが丸君だぜ!」

 

 自分の作った物を食べて貰えるのを想像しているのか、興奮気味に少しだけ鼻息荒く迫ってくるヘスティア。

 

「不要だ」

 

 ウルキオラは何の迷いもなく即答した。

 

「そんなぁ。さっきの常連さんなんて一人で十個も買ってくれたんだよ。……ボクの顔を立てると思ってさ」

 

「……ちっ」

 

 これ以上人通りの多い表通りで押し問答を続ければ目立つ事になると感じたウルキオラの口から舌打ちが漏れる。

 

「ありがとー! 夕食に影響の無い数にしておくよ。なんてったって今日も三人での食事だからね!」

 

 パタパタと露店の中へと戻ると鼻歌を歌い、たどたどしいながらも長い箸で油に浮くじゃが丸君を泳がせる。

 その姿は誰が見ても張り切っていた。現に行き交う人々の中には足を止め、今にも躍り出しそうな調子で揚げる光景を微笑ましく見ている者までいる。

 

 手持ち無沙汰になったウルキオラも眺めていた。

 

 

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 

 完成したじゃが丸君を詰め、嬉々として差し出された紙袋を受け取ろうとするウルキオラだったが次のヘスティアの言葉で戦慄することとなる。

 

「はい! じゃが丸君抹茶クリーム味!」

 

「……抹茶クリーム味……だと」

 

 ヘスティアの「ありがとー!」という言葉を背にその場を後にしたウルキオラの脳内は思考の渦に捕らわれていた。

 

 ──これは 何だ。

 

 じゃが丸君はすり潰したじゃが芋を揚げた物。それは問題無い。だが、何故それに抹茶の味を加える? クリームだと? 苦味に甘味を足してどうする? そもそもベースとして、じゃが芋の味がある筈だ。別々でも良いだろう。いや、寧ろ別々の方が良いだろう。更に苦いのか、甘いのか、美味いのか分からん物に熱を通す。何がしたい? 消毒のつもりか? ……これは何だ。どういう物体なんだ? それを俺に食べろというのか?

 

 若干混乱し始めながら裏通りを進んでいたウルキオラは紙袋ごと物体Xを捨てようと決断する。

 

「あ……」

 

 いざ実行に移ろうとすると耳に見知った声が聞こえてきた。ウルキオラの翠色の瞳に声の主が映る。

 

 クリーム色のローブを身に付け深く被ったフードから栗色の前髪がはみ出ている小人族(パルゥム)の少女。

 少女は会いたくない人物に会ってしまったとでも言うように口元をヒクつかせている。

 

「小娘か」

 

「何度も言った通りちゃんと名前で呼んで下さい! リリです! リリルカ・アーデですっ!!」

 

 静かな裏通りに響き渡る何度となく繰り返された訴えを聞き流すとウルキオラはリリルカにゆっくり近づいて行く。

 

 得も知れぬ緊張感が周囲に漂い、危険を察知した小動物達が鳴き声を上げ逃げ出す。

 

 張り詰める空気。

 

 まるで蛇に睨まれた蛙のように微動だに出来ないリリルカの眼前まで行くとウルキオラの歩みが止まった。

 

 冷たい瞳で見下ろすウルキオラ。

 不安に瞳を揺らすリリルカ。

 

 それは正に補食する者とされるものだった。

 

「……小娘」

 

「は……い」

 

 

 

「これを食え」

 

 無理矢理紙袋を押し付けた。

 

「……何ですか、これ?」

 

「食え」

 

「いえ、いりま──」

 

「食え」

 

「リリはお腹すいて……」

 

「食え」

 

「ちょっと待っ」

 

「俺に無理矢理捻じ込まれたいか?」

 

 

 

 

 

 

「イタダキマス」

 

 威圧に負け、じゃが丸君抹茶クリーム味を涙目でかじるリリルカの顔は、舌先に広がる抹茶とクリームとじゃが芋の奏でるハーモニーのお陰で何とも言えない微妙な表情をしていた。

 

 

 

 薄暗い裏路地特有のじめじめとした陰気な空気にローブを目深に被り対峙する二人の人物。遠目から見れば何か良からぬ事を密談しているようで怪しさ極まりないが、近くで見ると背の低い方が食事をして、もう片方がそれを凝視しているという意味不明な絵面。

 そんな摩訶不思議な食事風景もリリルカが最後のじゃが丸君を食べきると終わりを迎えた。

 

「食い終わったか。なら、今から付き合え。報酬は払う」

 

「え゙……。こ、今度はリリ、何に付き合わされるんですか!?」

 

 唐突な言葉に今までの事を思い出したのか、リリルカが盛大に顔を歪め逃げるように距離をとろうとするのをウルキオラはローブを掴み阻止した。

 

「ただの買い物だ。欲しい物がある」

 

「嘘です! 今までどれだけ無茶をさせられたと思っているんですか!!」

 

 抗議の声を当然の如く無視しジタバタと抵抗するリリルカを引き摺っていく。

 

「何で、何で……っ!」

 

 可愛いらしい顔が半べそになりながらリリルカは、ありったけの声で叫んだ。

 

「何でリリばかりこんな目にぃいいいいーーーーーーっ!!」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 日も傾き始め街並みを少しずつ紅い光が覆っていくとオラリオは昼間とはまた違った様相を見せる。

 ダンジョンから無事に帰還し肩を組みながら路上を歩く冒険者。

 道行く冒険者達の気を引こうと露出度の高い服と艶のある仕草で声を掛ける客引き。

 笑い声や怒声に混じって聞こえてくる軽快な音楽。

 酒場も既に盛り上がり、方々から肉を焼いた食欲のそそる香りやアルコールのツンとした匂いが風に乗って漂ってくる。

 

 言葉通り買い物を済ませリリルカと別れたウルキオラは、キョロキョロと迷子のように首を動かしている挙動不審なベルを見つけた。

 ベルも此方に気がつくと助かったとばかりに顔を輝かせ小走りで向かって来る。

 

「あ、あの場所を教えて欲しいお店があるんです」

 

 朝に女性から弁当を貰い、そのお礼に夕食を女性が働く酒場で食べると約束したが朝と夜では街の雰囲気が変わり過ぎて、お店の場所が分からなくなったとベルが説明する。

 

「『豊饒の女主人』って名前なんですけど」

 

 店名を耳にするとフードで隠れているウルキオラの眉が僅かにしかめられた。

 

「良かったらウルキオラさんも一緒に行きませんか? 独りじゃちょっと……」

 

「独りだと? ヘスティアはどうした?」

 

「……僕が怒らせてしまったみたいで」

 

「何があった?」

 

「ステイタスを更新してもらったら、もの凄く上がってて、神様に理由を聞くとどんどん機嫌が悪くなって……その、出て行ってしまいました」

 

 酷く落ち込みポツリポツリと言葉を零すベルの話を聞き、ウルキオラは昨日ヘスティアから伝えられた一つに思い当たった。

 ベルが発現したレアスキル。

 

 『憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

 

 ・早熟する。

 ・懸想が続く限り効果持続。

 ・懸想の丈により効果向上。

 

 

 ──恐らくそれが原因か。

 

 スキルの効果を目の当たりにしたことで何か思うところがあり出て行ったのだろう。

 あれ程楽しみだと言っていた三人での食事を放って。

 

 ヘスティアが選んだ行動なら干渉する必要性など感じない。

 だが思う。

 

 お前は本当にそれで良いのか?

 

 昨夜の食事の時ヘスティアは笑っていた。

 無邪気に。

 楽しそうに。

 嬉しそうに。

 

 幸せそうに。

 

 沢山、沢山笑っていた。

 

「…………」

 

 ウルキオラは昔ならば絶対に選ぶことのない行動を選択した。

 

「貴様は先に行っていろ。……ヘスティアは俺が連れてくる」

 

 己の判断を間違いとは思わない。

 オラリオで初めて出逢った時、ヘスティアによってウルキオラは救われたのだから。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ベル君のバッカヤローッ!」

 

 小高い丘に木霊する幼さが残る高い声。

 

「……って馬鹿はボクだ」

 

 自嘲の言葉を吐き出したヘスティアがベルのステイタスを見た時、最初に襲ってきたのは子供が他人の影響によって成長したという疎外感、そして孤独感だった。

 それから嫉妬へと変化して感情の赴くままホームを飛び出してしまった。

 

 バイトの打ち上げに参加すると嘘までついてしまった手前、直ぐに戻る訳にもいかない。

 このまま暫く独りで時間を潰さないといけないな、と腰を下ろす場所を探したヘスティアの視線が眼下に広がるオラリオの街並みで止まる。

 

 風景は見る側の状態、状況によって湧き上がる感情が変わるものだ。普段は煩わしい雨も場合によっては幸運の雨だと感じる時もある。

 

 ベルの一件が引き金になってしまったのだろう。

 

 ヘスティアは逆だった。

 

 オラリオの街並みが視界に飛び込んできたヘスティアは圧倒的な孤独感に支配された。

 

 煌びやかな宝石のように街を飾っている『魔石灯』の光が、うっすらと届いてくる喧騒が、

人の営みを連想させる全ての物が、まるで、お前が居なくなっても何も問題ない。お前を必要としている人間などいないと言っているように感じられた。

 現にオラリオの時間はいつも通り流れている。

 ベルは言った通りに食事に行き、ウルキオラは要件を済ませているだろう。

 

 二人にとってボクは必要なのか?

 

 呼吸が荒くなり、冷や汗が止まらない。固く目を瞑り両手で耳を押さえつけ外界を遮断するようにうずくまるが、今度は頭にこびりついている記憶が襲いかかってきた。

 誰とも繋がれず朽ち果てたホームで独り過ごしていた記憶がヘスティアを蝕んでいく。

 

 ──もう独りは嫌なんだ

 

 孤独とは常に影のように寄り添い、いつ主に牙を立てるか分からない。

 

 ──ボクはどうすれば

 

 目と耳を塞ぎ外界を遮断しようが孤独からは逃れられない。

 

 ──助けて、誰か!

 

 何故なら孤独から解放されるのは、人の手によってだからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()に戻るぞヘスティア」

 

 この丘は初めて彼と出逢った場所。

 この丘は初めて家族が出来た場所。

 

 この丘はウルキオラが孤独から救ってくれた、大切な大切な思い出の場所。

 

 一言。たった一言でヘスティアを押し潰そうとした感情の暗雲は斬り払われた。

 

「どうした? あのガキも待っ──」

 

 ヘスティアはウルキオラの胸へと飛び込んだ。少しでも密着するようにぎゅうっと思いっ切り抱き締める。

 トクン、トクンと安心させるように鳴る生命の鼓動と暖かい体温。

 

 いる。ウルキオラは確かに此処にいる。

 ヘスティアは泣いた。幼児のように泣いた。 身体の内にあった不安が涙となり流れた。

 

 

 

 

 ヘスティアはもう、独りではない。

 

 茜色の光が最後の力を振り絞り二人を照らし続けた。

 

 

 

 

 どれだけの時間が経過したのか。日も完全に沈んでいる。

 

 落ち着いたヘスティアは少しだけウルキオラから身を離した。

 

「……どうしてボクを捜してたんだい?」

 

 口振りから捜していたことを察したヘスティアの問い掛けにウルキオラは表情一つ動かさず告げる。

 

「三人での食事がしたいのだろう? それにお前が俺の居場所だ。ならば俺はお前の傍にいる」

 

 ヘスティアは己を恥じた。本当に孤独なのはウルキオラだったからだ。

 

 ウルキオラはこの世界に無理矢理呼び出された謂わば異邦人。

 知人は疎か同種の存在さえいない。

 

 世界にたった独り。

 

 ヘスティアはウルキオラの状況を想像してぞっとした。

 眷族がいなかったとはいえ友神が少なからずいた自身とは比べ物にならない孤独。

 

 本人はその事について何も感じていないだろう。大元が無いのだから。

 

 ウルキオラにも感情は存在する。しかし、それを動かす源泉が無い。ヘスティアの露店での行動が証明している。

 ヘスティアの誘いを躊躇い無く断り、上機嫌で作っている姿を冷めた目で見続け、完成品を捨てようとし、最終的には他人に押し付けた。

 ヘスティアを捜していた理由も、もしかしたら気紛れなのかもしれない。

 

「ベル君の所へ行こう」

 

 だが、そんな事は関係無い。少しでもウルキオラの居場所を広げる為の手伝いをしよう。お節介だと言われても。

 初めて出逢った時、そして今も、ウルキオラの手によってヘスティアは救われたのだから。

 

 ヘスティアはウルキオラが皆と笑いあう未来を夢見て歩き出した。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ヘスティアと再びメインストリートに戻ってきたウルキオラは嘗ての記憶から、少し距離はあるが『豊饒の女主人』を視認出来る位置まで辿り着いた。

 

 結局、店の場所を伝えなかったが遠目に見える店内にベルがいることは気配で分かる。

 同時に面倒な気配も幾つかあるが、気付かれないようにベルを連れ出して店を変えれば良い。

 

 その時だった。決河の勢いでベルが飛び出してきたのは。

 

「ベル君っ!?」

 

 涙を光らせ尋常ではない様子のベルを見たヘスティアが悲鳴のような声を上げた。

 ベルの走り去っていった先は、明らかにホームの方向とは違う。

 

「ちっ、何奴も此奴も。お前はホームへ戻れ」

 

「う、うん。ベル君を頼んだよ」

 

 ヘスティアがホームへ向かうのを見届け、ベルを追うため駆け出したウルキオラが『豊饒の女主人』の入り口に差し掛かると一人の少女が店内から出てくる。

 

 交差する視線。

 

 金色の瞳が大きく見開いた。

 

「ウルっ!?」

 

 ウルキオラに足を止める理由などない。そのまま駆け抜けた。

 

 アイズの声を聞き飛び出してくるロキ・ファミリアの面々。

 遠ざかるウルキオラの後ろ姿。

 

 誰もが思わぬ再会で硬直するなか、最初にウルキオラを追ったのは主神であるロキではなく、団長のフィンでもなく、ウルキオラを発見したアイズでもない。

 

「待ちやがれぇぇええ!!!」

 

 鋭い毛並みを持つ『狼人(ウェアウルフ)』ベート・ローガだった。

 

 


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