『油圧式伸縮鎚 エレファント・ハンマー』
第8位専用装備として開発されたこの巨大なハンマーには、一つの機構が備わっている。
設計段階時点からあまりに大き過ぎるため、通路も廊下も通らないことが分かっていた。
それを解消するために、頭部と柄に油圧ジャッキを備え、まだコンパクトになるよう作られている。
「…第8位の専用装備か」
目の前で起きた惨状に、劉が思わず唸る。
通信室の前まで辿り着き、突撃を命じようとしたその時だった。
扉と壁を粉砕して、巨大な鉄塊が部下五人を叩き潰したのは。
しかし、不可解なことが一つ。
「…どうやって、この短時間で武器庫から通信室まで来れたんだ?」
それが劉には気になった。
アシモフによる撤退命令の後からアネックスに侵入したであろうことは推測できる。
侵入してから、自分たちと鉢合わせしない経路で通信室まで来たことも。
だが、武器庫に一度行っているはずだとすると、今度は時間が問題となる。
通信が入った時間から計算すると、どう考えても武器庫によってから通信室に来たのではつじつまが合わない。
「さあ…な!」
「グギャッ!?」
劉の疑問を遮りながら、ハンマーを手放した幸嶋が今度は瓦礫を投げつける。
当たった中国班班員が、その威力で息絶える。
有る物全てが凶器。
それがプロレス。
しかし、
「…ん?おっと」
それも実現できる肉体があればこそ。
突如幸嶋の身体を覆っていた甲殻が消失し、ヤシガニの特性が失われて行く。
つまりそれは、このタイミングで幸嶋の薬の効果が切れた。『ただの人間に戻った』ということ。
「…なんだよ、甲殻類薬はもう持ってねぇぞ」
「ジェット…、下がってなさい」
「了解…」
幸嶋の口から漏れた言葉に、即座に対応する劉。
幸嶋と同じ甲殻類ベースであり、共通の薬品形態であるジェットを幸嶋に近付けると、薬が奪われまた変態されるかもしれない。
それを防ぐため、劉はジェットを下がらせた。
「狭い通路だ。三人ってところが限界でしょ」
劉の言葉に反応し、即座に三人の中国班班員が幸嶋の前に出る。
彼らも、変態はしていない。
というよりも、できない。
その身につけている防護服が、破けてしまうから。
だが、問題はない。
一切の問題は。
『紅式手術』。
正式名称、『不完全変態手術』。
中国で極秘裏に開発されたこれが、彼らの最大の武器。
その特徴は、薬を使って変態しなくとも、ある程度手術ベースとなった生物の能力・筋力を引き出すことが出来ること。
マスクとスーツで能力は使えない。
しかし、人間離れした筋力はある。
故に、問題はない。
「オラッ!」
三人が駆け出し、幸嶋へと迫る。
絶体絶命の状況下、幸嶋の表情は、
「
その手には、
「人為変態ッ!!」
その肉体が艶やかな、昆虫の甲殻に覆われていく。
筋肉が膨張し、血管が隆起し強化されていく。
「何ッ!?…ゴボァッ!!」」
「そんなバキャブアッ!?」
「ポグッッ!?」
これで、肉体的なハンデはなくなった。
その結果は、向かってきた中国班員たちの瞬殺。
首に一撃、頭部を蹴り砕き、頭を掴んで壁面に叩き付ける。
「…そういうことか」
「おおよ」
その姿を見た劉が、冷静に判断した。
理論上は、できないわけではない。
しかし、やる意味などなかったこと。
「共通手術ベース、『ツノゼミ類』の能力を引き出したのか!」
『幸嶋 隆成』
手術ベース:エビ目・オオヤドカリ科
『
そして―――――――
「それじゃあ、第二
―――――――――――カメムシ目・ツノゼミ科
『
「…だが、それだけじゃないな」
「と、言うと?」
条件はイーブンになった。
手術の能力発揮という意味では。
しかし、それだけでは説明がつかないことがある。
「ツノゼミはあくまでも『バグズ手術』の目玉を使うためのベース。…そこまでの筋力増強はありえない」
そう、幸嶋の肉体は、椰子蟹による強化時と同等までに筋量が増えている。
ツノゼミによる強化では、ここまでの筋力増強はありえない。
ならば、別の昆虫型ベース?
いいや、幸嶋はあくまでも、ツノゼミと椰子蟹が手術ベース。
ならば、他の理由が?
劉の出した結論は、
「おそらくは、『アナボリック・ステロイド』ってとこだろう?」
「ご名答ってとこだな」
『アナボリック・ステロイド』。
生体の化学反応によって外界より摂取した物質から蛋白質を作り出す、『蛋白同化作用』があるステロイドホルモンの総称であり、一般的には『ドーピング薬物』の名で知られている。
つまりは、超強力な筋肉増強剤。
その副作用は、肝障害、肝臓癌、前立腺癌、高コレステロール血症、高血圧症、心筋梗塞、糖尿病、睡眠時無呼吸症候群、性腺刺激ホルモン分泌低下性性機能低下症、体液性免疫異常、ニキビ、筋断裂、毛髪の消失、しゃがれ声化あるいは金切り声化などなど。
これでもまだまだ一部でしかないほど、多岐に渡って存在する。
それが、『アナボリック・ステロイド』。
幸嶋が使用した昆虫型用注射薬に、最新最強のそれが含まれていた。
「…そんなものまで用意していたなんて、明日がいらなかったのか?」
「よっぽど追いつめられた時用だよ。…それに、もう明日なんてないしなぁ」
こうして会話している間にも、紅の出した毒が幸嶋の体を蝕んでいる。
人為変態時に血流が加速した影響もあり、なおのこと。
だが、そんなことは問題にはならなかった。
まだ、足はしっかり立っている。
まだ、拳は握れる。
まだ、相手は見える。
まだ、闘魂の炎は消えていない。
「そら、ゴングだ!!」
『
『
『
『
ファイト。
憧れは今、継承へと。