その炎に、僕は憧れた。
その炎を、俺は魂に灯した。
「…ジェット、すぐに血清と呼吸器を用意して来てくれ」
「…了解しました、将軍」
劉がジェットに命令を下すと、即座に医薬品を、それも中国第四班用に作られた薬品庫へ取りに行く。
これで、完全に幸嶋は甲殻類用の薬を手に入れられなくなった。
「あんたの事は嫌いじゃない。むしろ一人の拳法家として、格闘家として尊敬すらしている」
「…光栄だな」
「そんな心にもないことを」
劉がヘルメットを外し、防護甲冑を上半身分脱ぐ。
およそ、5分。
防護甲冑を外した状態で、
いや、テトロドトキシンで痛みを和らげているが、小吉に打ち込まれた毒のことを考えると、もっと短い。
だが、やらねばならない。
この中でただ一人、劉だけが幸嶋に敵いうるから。
「人為変態!」
劉の肉体が変貌する。
背中から生える、三本の触腕。
戦闘準備は整った。
「…いくぞ」
「こいや」
奪い合う物は、
そして、未来。
「くらっとけ!!」
「なんの!」
先手を打ったのは、幸嶋だった。
というより、先手を打つしかない。
何せ、時間がないのだから。
『縮地法』、と呼ばれる技法がある。
創作の世界では超加速的に扱われるこれは、案外その通りだったりする。
瞬時に間合いを詰めたり、死角に入り込むなど流派によって異なるが、大筋は変わらない。
『大地を縮める方法』。
それが『縮地法』。
幸嶋が今、間合いを詰めるために使用したのがそれ。
方法としては、地面に落ちる様に走ること。
坂道で加速するのと同じ理論で、通常では得られな速度で動いた。
もちろん、この方法でもコンマ数秒到達が速くなるかどうか程度。
だが、そのコンマ数秒が、生死を分ける。
迎撃のための手が、追いつかない。
幸嶋はただ、加速のままに肩から突っ込む体当たり、『スピア』をし、劉はそれを足と触腕を全て活用することで受け止めた。
そして触腕が、腕が幸嶋の身体を固定する。
「そっちが、くらえ」
「うお!?毒霧!?」
劉の口から、蒸気が出る。
ハパロトキシンではない。
自然界でもトップクラスの猛毒、テトロドトキシン。
甲殻類相手では効果のないこれも、『バラノトゲツノゼミ』で変態している今の幸嶋には効く。
当然、効く。
「オオォォリャアァァァァァッッッ!!!」
「ヌオォッ!?」
なら、効く前に仕留めれば済む話。
足を踏ん張り、身体が固定されていることを利用し、劉の身体を持ち上げて、叩きつける様に投げる。
少々変式だが、『パワーボム』だ。
「ぐふっ!?」
落下の衝撃で拘束が緩んだところで、即座に抜け出す。
そのまま足を振り上げ、
「オラァッッ!!」
「うお!」
劉の腹部目掛けて踏み付けるも、身体を回転させて避けられる。
そして踏み付けた足には、完全に重心が移っている。
「ふんっ」
「…ッッ!」
劉の触腕の一本が幸嶋の足を掬い上げ、バランスを崩させる。
もう一本で残った足を払い、身体を宙に浮かせる。
幸嶋の身体は、微量ながらもテトロドトキシンを吸入したことで、僅かに鈍っている。
相手が宙に浮けば、後は料理するだけ。
「
「…ゴフッ!?」
残った最後の触腕を利用した、真上への『発勁』。
テトロドトキシンとこの一撃が、幸嶋の身体に深刻なダメージを与えてた。
ズルっと、力を失い崩れる幸嶋の身体。
発勁で内臓は千切れんばかりに揺さぶられ、おそらくいくつかの臓器はテトロドトキシンの影響を考えると、この先使い物にはならない。
そのまま地に落ち、動かない身体を見据え、立ち上がる劉。
「…できるなら、あんたとはもっとちゃんと戦いたかったよ」
テトロドトキシンも、紅の毒も。
それ以前にM.O.手術もない、生身の、ただの格闘家として戦いたかった。
それが叶わないのは、軍人ゆえの悲しみか。
なんにせよ、幸嶋は倒れ、劉は立っている。
それが全て。
「…クッ、流石にそろそろダメだな」
劉の身体もそろそろ時間が来る。
紅の毒が、小吉の毒が回る。
膝を着き、呼吸が荒くなる。
だが、もう脅威はない。
焦ることは、ない。
「…ちゃ〜ちゃ〜ちゃ〜………」
「ッッ!!?」
聞こえてきた声に驚き、振り向く。
内臓が損傷したためか口からは血を流し、細菌の毒のためか血涙が流れ、テトロドトキシンで身体は震える。
それでも、立ち上がった。
「元気ですかー!!」
「…バケモノか」
幸嶋は、立ち上がった。
たとえ、そうたとえ何度倒されようとも。
「元気があれば、なんでもできる…」
3カウントを取られるまで、何度でも立ち上がるのが。
「1!2!3!ダーーッッ!!」
プロレスだ。
『この道を行けばどうなるものか』
幸嶋の拳が、劉の腹部にアッパー気味に叩き込まれる。
その拳の軌道は、回転を描くコークスクリュー・ブロー。
身体がくの字に曲がったことで下がった劉の顔面を、その膝が打ち砕く。
それで劉は崩れ落ちた。
『危ぶむなかれ』
崩れ落ちる劉の向こう。
銃を構えた爆に向け、まだ息のある劉を投げつけ発砲を防ぐ。
こんな時に思い出すのは、楽しかった思い出。
《元気ですかー!》
閉め切って、閉じこもっていた薄暗い部屋の中。
画面の向こうで出会った、憧れ。
『危ぶめば道はなし』
劉を投げつけられ、挙動が遅れる爆の顔面を、その拳で打ち砕く。
完全に破壊されたそれに、もう命はない。
《よし!次は俺のオススメだ!》
《あ、俺烏龍茶で》
《慶次!?》
歳の近い仲間と朝まで飲んだ記憶。
『踏み出せばその一足が道となり』
向かって来たドルヂバーキを前蹴りで足を止めさせ、さらにローキックで足を折る。
そのまま足を振り上げ、踵落としを後頭部に叩き込んだ。
《今のどうやんだ!?》
《今のもプロレス技!?》
《コークスクリュー630°!?》
若い面々を指導するという、初めての体験。
一人で強くなり続けた身には難しかったが、楽しかったし、嬉しかった。
『その一足が道となる』
そこで足は動かなくなり、膝を着く。
もう、身体は限界に達してしまった。
《…あ、あのさ。……いや、やっぱなんでもない!なんでもないから!!》
最後に浮かぶのは、恋した女のこと。
明るく、快活で、皆に元気を分け、優しく美しい人。
自分が好きになったのは、そんな人だった。
『迷わずゆけよ』
「オオオオォォォォォォォォッッッッ!!!」
最後のその時まで戦う。
まだ、ゴングは鳴っていない。
まだ、『闘魂の炎』は燃え尽きていない。
最後の力を振り絞り、全身のバネを使って動く。
見ろ、これがプロレスだとばかりに。
美しい、美しい軌道だった。
崩れ落ちたドルヂバーキの背に回り込み、腰をホールドしてブリッジをする。
『ジャーマン・スープレックス』。
これが彼の人生の集大成。
命の全てを費やした、最後の輝き。
『ゆけば分かるさ』
果たして、自分の人生とは何だったのか。
消えゆく命の中、幸嶋が自問する。
戦って、戦って、戦って、戦って、戦って。
気が付けば自分より強い人が誰もいなくなった世界が、自分 は欲しかったのか。
…いや、思い出すのは全て、戦いの記憶ではなかった。
それは全て、仲間や愛する女性といた記憶だった。
「…………ああ、分かった…」
その答えが出た時、壊れていた壁から金属片が落ちた。
その音は、まるでゴングの様に。
『幸嶋 隆成』は、死んだ。
しかし、その『闘魂の炎』は、確かに受け継がれた。
600年前から続く、その魂の聖火は。
獲得タイトル--------『路上最強』、『人類最強』。
そして---
『いくぞー!1、2、3、ダーーッッ!!』
〜アントニオ猪木『道』より引用〜
--------『受け継がれた闘魂の炎』。
その魂を焦がす炎は消え、真っ白な灰に。
その顔は、穏やかだった。
《ねえ、私との約束忘れたでしょ?》
《くかかか!何のことか分からねぇな?》
《なんですって!?》
《まあまあ、許してくれって》
連載スタートからここまで戦い続けていた幸嶋も、ここで3カウントです。
彼の命はここでおしまいですが、魂は残されました。
私としても寂しいですが、誰よりもらしい終わり方だったと思います。
次回からも、インペリアルマーズをお楽しみください。