帰って来たインペリアルマーズ、どうぞ。
「なあ、下民よ?神は我々人間を、自身をモデルにして創造したそうじゃないか?」
その顔に、一国のトップとして国民には見せられない、凶暴で凶悪な笑みを浮かべ、エドガーは語る。
「ならば、何故我々は神の権能を持ち得ないのだ?乾き、軋み、老いゆく肉体。風化し、摩耗し、滅びゆく精神。その先にある暗く惨めな死。……なあ、何故我々は神をモデルとしたはずなのに、死ぬのだろうな?」
「……それが、生命として当然のことだからだろう。でなければ、この地球は数多の生物でパンクしてしまう」
「ハッハッハッ!!!既に人類でパンクしているじゃないか!故に火星にまで手を伸ばそうとしたんだろうが!!」
キースの答えに対し、エドガーは哄笑して否定する。
そして、それは正論だった。
増えすぎないために制限がかけられているというのであれば、この状況は、この世界はあまりにも、あまりにもそぐわない。
「簡単なことだ」
彼は、彼なりの答えを告げる。
「神は嫌だったのだよ。自身に並ぶ存在を。自身がそれを産み出すことを。神の権能は、我だけにあるとしたかったのだよ」
「……それは…!」
唯一神が、権利欲のために人間に、否。
この世界全ての生物に寿命を設けたと、そう
「さて、かのチャールズ・ダーウィンが提唱した『進化論』。進化には連綿とした系統図があり、そして前後した生物には共通点がある。……この進化論に基づき、神の型落ちとして生まれた我々は、猿から進化し人類となった我々は、次なる過程へと進むべきではないかね?」
「神と人の間を、その進化の道筋を……!『ミッシング・リンク』を埋める気か……!」
「ハハ!その通りだとも!!そもそも、人類誕生から既に何十万年経っているんだ?いい加減、もう良いだろう?」
『人間』を辞めるのも。
人類最新の系譜だからこそ言える、傲慢不遜極まりないこの発言。
だが、それを聞くキースは、カラカラになった喉を思わず鳴らし、そして確信した。
「(………この男は、生かしてはいけない………ッッ!!)」
危険すぎた。
あまりにも、危険すぎた。
おそらく、きっと。いや、確実にこの男以外のニュートンの系譜も、もしかしたらその全てが至っている思考かもしれない。
だが、しかし、今まで対面してきたどの
どの
だが、目の前のこの男は違う。
そもそもの精神が、人間のそれではない。
人間離れしているのではなく、人間ではない。
故に、殺さなくてはいけない。
「(……だが…!できない……!!)」
しかし、それは不可能だった。
エドガーはフランスの大統領。一国の国家元首だ。
つまり、今手を出したら戦争になってしまう。
なるべく早く、この男は始末しなくてはいけない。
それが分かっていても、手出しができない。
ならば、暗殺は?
それも不可能。ただでさえ国家元首の防備は固い上に、この男はニュートンの系譜。
仮に接近戦に持ち込めても、エドガーに勝てる人間など、それこそ本家筋の最新『ジョセフ・G・ニュートン』か、人類という種における最強『幸嶋 隆成』くらいで、それ以外にも探せばいるだろうが、数える程度だろう。
あらゆる病魔にかかることもなく、常人よりも遥かに強靭な肉体。そこに国家元首としてのセキリュティーが組み合わされば、実質的に暗殺など不可能だ。
「ハッハッハ!!その顔は余の暗殺を企てたが、不可能と察したな?よいよい、その通りだからな」
「…………ッッ!!!」
エドガーの言葉に奥歯が軋み、額に青筋が浮かぶ。
だが、ここで感情に任せるのは得策とは言えない。
殺せないなら、できる限りの情報を集める。
かつてスパイだった自分だからこそ、なによりも情報の価値は分かっている。
「……『レオ・ドラクロワ』に、何の研究をさせている?」
「ご自慢のスパイに調べさせたらどうだ?」
素気無く言い、卓上の電話機のボタンを押し、内線を繋げる。
「イギリス首相殿がお帰りだ。ご案内差し上げろ」
「【かしこまりました】」
「待て!まだ話は終わってない!!」
「それは余が決めることだ。さて、いつまでも他国にいるものじゃないぞ?もしや暗殺などされるかもしれないからな?ハッハッハッハッハッハッハッッ!!!」
「貴様……ッ!」
皮肉を言って哄笑するエドガーに、歯噛みするキース。
しかし、ここはもう引かなくてはいけない。
コンコンッ、というノックと「お迎えに上がりました」というスタッフの声が、扉から聞こえてきた。
「……貴様の思い通りになどさせんぞ………ッ!」
「勝手にすると良い、帝国を目指す下民よ。国を発展させることはできても、余を邪魔することはできぬぞ?」
睨みつけながら退出するキースを、余裕の表情で、しかし確実に威圧しながら見送るエドガー。
これで公式には親善訪問とされた二か国の首脳会談は終了し、イギリスとフランスは表向きは友好を深めた。
もちろん、その裏では二名を代表とした争いが幕を開けている。
特に、キースの行動は迅速だった。
フランス国内では傍受される危険性が高い為、一切の指示は出さなかったが、会談から数時間後。帰国するために乗り込んだ飛行機が飛び立ってからは即座に動いた。
「すぐに最優先で『レオ・ドラクロワ』の所在を調べろ!おそらく、エドガー本人が出資をしている研究所があるはずだ!代理人を通しているか、いくつものルートを通しているだろうが、調べ上げろ!なんの研究をしているのか突き止めるんだ!」
「分かりました。各エージェントに伝えます」
歳の頃は60を過ぎているであろう男性、『レオ・ドラクロワ』の写真をテーブルに叩き付け、指示を出す。
「それから、エドガーの動向を常に監視しろ!奴がどこに行き、誰と、何の目的で会ったのか。奴がどこで、何を、何の目的で行ったのか。その全てだ!」
「はいはーい、伝えまーす」
「それと……ああ、そうだ。大事なことを忘れていた!」
「なんでしょうか?」「何かしら?」
問いかける秘書のウェルとルクスに、キースはニコリと笑う。
「紅茶の準備をしてくれ。もうアフタヌーンティーの時間だ」
キースが飛行機に乗ったその同時刻。
フランス国内、その片田舎にある、小奇麗な洋館。……というゲームなどでありがちな怪しい場所ではなく、首都圏ではないがそれなりに発展した都市にある、それなりに巨大なビル。そしてさらにその地下に、その施設はあった。
無数の檻や飼育ケースが並び、それに加え様々な実験設備が立ち並ぶそこに、その男はいた。
「……ふむ…2053号の経過は順調だな。この分なら、一週間後には施術に使用できるだろう」
『Probe Anzahl/2053』と書かれたラベルの貼られている飼育ケースを覗くのは、若い、そう若い男だった。
とりわけ特徴のない、平凡な顔立ちと着古した白衣。
だが、その額から見える、頭部を一周する傷跡が特徴的だった。
「おい、カサンドラくん。すまないが『
「分かりましたわ」
足のスリットと豊満な胸元が大胆に開いた、真紅のドレスの上から白衣に袖を通している女性------カサンドラが彼の指示に頷き、すぐに携帯電話でどこかに連絡を取る。
そのやり取りを聞きつつ、飼育ケースの中の生物を観察する彼の視線の先には、数匹のアリがいた。
そのアリたちはどこか異常だった。
それなのに、誰が見てもどこか見慣れていると感じるであろうアリたちだった。
「さてさて、上手くいってくれるといいんだが。流石に36%の成功確率を変えることは、現状できんからな。私の技術力で補っても、45%が成功すれば良い所だろう」
飼育ケースから目を外し、独り言ちる。
「ふーむ……。まあ、確実性を考えて、100人いるとして36人が成功したとしよう。そうなると、だ。その内6人を選別してサンプルとして、残りは契約通り提供だな。あー……、中国の『
ウロウロと、忙しなく歩きながら、独り言は続く。
「それもこれも、あのエドガーのせいだな。奴が『
「すいませんが、
「あ、はい。すいません」
徐々にヒートアップしていた、鬱憤が迸る独り言は、カサンドラの言葉と携帯電話に向けられた指によって、一瞬で鎮まった。
だが、しかし。彼女は男を今、何と呼んだだろうか。
「あー……、とりあえずあれだな……。後でエドガーの奴に、手術用で良いからスタッフを寄越す様に伝えないとな……。いや、真面目に過労死する。そして時間が奪われる。もういっそ、私が研修してやっても良いからスタッフが欲しい……。カサンドラくんも凄く優秀なんだけど、数には勝てん……」
先程のヒートアップから一転して、椅子に腰かけ背もたれにだらしなく体を預けてクールダウンするこの男を、カサンドラは何と呼んだだろうか。
そして気分の上下を激しくしている間に、カサンドラは要件が終わったのか通話を切る。それを男は確認すると、再び口を開いた。
「あ、そうそう。カサンドラくん、今晩予定開けておいてくれてる?」
「ええ、勿論ですわ」
「なら、良かった!いやー!カサンドラくんが協力してくれて助かるよ!私としても、中国のあの実験には興味があったからね。まあ、既に結果は出てる実験だからね。私は少し条件を変えたかったんだが、カサンドラくんのおかげで助かったよ!!」
「ふふ、博士のお誘いですもの。断るわけがありませんわ」
楽しそうに笑う男と、妖艶に微笑む女。
男はニィッと、心底から面白そうに、愉快そうに、楽しそうに笑みを見せる。
「この天才『レオ・ドラクロワ』が、君を孕ませてみせようじゃないか!!」
二人の『レオ・ドラクロワ』。
さてさて、その正体はいったい何なのでしょうか。