インペリアルマーズ   作:逸環

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Nephila clavata 罠

「タチバナ!ルーニー!三下共は任せた!!ガンキュールは俺がやる!!」

 

「了解しました寮監!」

 

「リジーちゃんのニャンコパンチでやってやるぜ!!」

 

「全く、戦力差が分かっていないようだね?」

 

状況は3対6という不利な状況。

そして当たり前のように、ショウジョウバエベースの戦闘員たちは拳銃を取り出し、撃って来る。

にもかかわらず、躊躇いなくスレヴィンたちは敵の渦中に駆け込む。

トーヘイはドブネズミの能力、ネズミの体感時間によりスローモーションで動く景色の中、銃弾を潜り抜けながら、牽制で拳銃(ファイブセブン・レプリカ)を撃ち、その手の甲に生えたエナメル質の歯による一撃を叩き込もうと。

リジーはイエネコの持つ鋭敏な感覚と動体視力を駆使して、銃弾が撃たれるよりも前に躱しながら、その拳が届く位置へと駆け抜ける。

 

そして、スレヴィン。

今回、潜入にあたって武装は制限されてしまっている。

例えば、トーヘイの愛銃『ファイブセブン・レプリカ』は持ち込めたが、スレヴィンの拳銃『M500』のオートマチック改造銃は大型すぎるため持ち込めなかった。

だが、だからと言って無武装で鉄火場へ来るような男ではない。

 

「よっとぉ!」

 

「あぶねぇ!?」

 

腰のベルトに吊るされていた数振りの小型ナイフ。

このナイフは金属ではなく、強化プラスチックで作られているため金属探知機には引っかからない。

故に隠し場所さえあるならば、何本でも持ち込むことができる絶好のアイテムだった。

それを戦闘員たちに向け牽制として投げ、道を作る。

更にはトーヘイの援護射撃もあり、ガンキュールと交戦できる距離まで踏み込むのは、実に容易だった。

 

「さあて、覚悟しろよ犯罪者。司法取引ができるよう祈っとけ」

 

実験動物(モルモット)の分際で、この私に何を言っている……!お前たち、援護しろ!」

 

「そう来るよな……!だが、ウチの若い連中を嘗めんなよ?」

 

目の前に立つスレヴィンに、一人ではなく複数でかかろうとするガンキュールだが、そうはいかない。

 

「クソッ!兄貴すまねえ!」

 

「そっちへ行きたいんだが……!こいつら妙に強え!」

 

「リジーちゃんがいるのに、勝手に行けると思わないことにゃん!」

 

「リジー!思い付きで取ってつけたようににゃんとか言わない!」

 

誰かががガンキュールの助けに向かおうとすると、トーヘイの射撃で足を止められ、そこをリジーのテラフォーマーすら殴り倒す一撃が襲い来るため、回避せざるを得ない。

複数で行こうとすると、背後を強襲される。

5人がかりで、たった二人の『掃除屋(スカベンジャーズ)』を抜くことができない。

 

ショウジョウバエの弱点、とも言えるものが、ここで露呈し始めていた。

突出した戦闘能力を持たないため、他の手術ベースに比べどうしても戦闘面に難がある。

言ってしまえば、短時間で強い兵士を生み出すことはできても、突出した英雄を生み出すことはできないのだ。

もちろん、これが現代戦であれば対した弱点にはなりえない。

英雄が活躍する時代は、800年前に終わっている。

銃の発展と共に、英雄の時代は終わったのだ。

アサルトライフルを手に市街地で撃ち合い、殺しあう。一撃必殺など狙わず、どれでも良いから当たれと撃ちまくる。

銃弾には、射手の名前は刻まれていない。誰が殺したのかも分からないまま、コンクリートにできる血だまりの中に沈み死んでいく。

爆弾やミサイルでも打ち込まれれば、そこに人の痕跡すら残りはしない。

ショウジョウバエをベースにするのは、そんな現代戦においては有利なことだが、これがM.O.手術被験者同士になると話が変わって来る。

M.O.手術被験者同士の戦いは、言わば英雄同士の戦いになるのだ。

もちろん、これはそれぞれの専用装備や能力という物が絡み合った結果であり、このまま技術開発が進み本格的に軍事転用が進めば、M.O.手術被験者同士の戦いも英雄不在の現代戦となっていくだろう。

だが、現段階ではまだその段階ではない。

 

それが、ショウジョウバエの弱点。

先の事を視野に入れたことで、現在においては弱者となってしまう。

 

「クッ!……この私だチィッ!」

 

「おっと、よそ見してんなよ」

 

部下たちに目をやっていた隙を突き、スレヴィンの触腕がガンキュールの腕を絡めとろうとするも、避けられてしまう。

ここから先、スレヴィンは武器を使うつもりはない。

目的が生け捕りの中、武器の使用は手加減が難しい。

ならば、関節技(サブミッション)で四肢を破壊すればいい。

 

ズルリ、と。スレヴィンの体が沈む。

一瞬敵の視界から消え、そのまま脇へともぐりこみ、両腕で左腕を、触腕で左足を取り、てこの原理の要領でへし折りにかかる。

しかしガンキュールの右腕から生えた、昆虫の顎が襲い来るため、拘束を解除し回避。

仕返しとばかりに繰り出される横回しの回転蹴り、ソバットを柔軟な触腕で受け止め、距離を詰めるも、今度はソバットの蹴り足を利用して後方に跳躍し、距離を取られる。

この攻防によって、お互いに一つ理解しあったことがある。

 

「「(……やりづらいな)」」

 

お互いの、相性の悪さだ。

ガンキュールの放ったソバットは、フランス発祥の格闘技サバットの技。

サバットは蹴りを主体に、パンチや棒術、レスリングと様々な技術を持つこの格闘技だが、触腕を含め5本の腕があるも同然のスレヴィンには、防がれやすい。

逆にスレヴィンからしても、足技主体のサバットは距離を取られやすく、かつ四肢を取りに行ってもガンキュールの腕から生える顎による一撃を繰り出されれば、回避せざるを得ない。

 

ガンキュールは腰に隠している銃を扱うことも考えたが、即座に却下。

銃を取るというアクションをしている間に、目の前の敵は自分の四肢をへし折り打ち砕くだろうことが、容易に想像できたから。

 

スレヴィンは考える。

先に足を折り、機動力を奪おうと思ったが、思ったよりもあの腕のクワガタムシの様な顎は邪魔。

ならば、先に両腕を奪うべきか。

 

お互いが次の一手を思考し、そして同時に動く。

 

強化プラスチックのナイフを手にスレヴィンが間合いを詰め、片足を挙げ蹴りによる迎撃の姿勢を取るガンキュール。

奇しくも、お互いの考えは同じだった。

 

「「ッ!!?」」

 

間合いが詰まる寸前、お互いに何かを口から相手の顔面に向け噴き出す。

スレヴィンはマダコの蛸墨を。ガンキュールは何やら奇妙な液体を。

それらがぶつかり合い、はじけ、床に落ち、泡立ち煙を立てる。

放った当人らには、一滴も付着していない。

 

「考えることは同じってか……」

 

「屈辱だがね……」

 

「だけど、今のでお前のベースは分かったぜ」

 

そっと耳の通信機に手を当て、位置を調節するかの素振りを見せながら、スレヴィンは語る。

 

「ほう?」

 

「アリジゴク……だろ?」

 

「ああ、正解だ」

 

アリジゴク。

ウスバカゲロウという昆虫の、幼虫の時の姿であるこの虫は、むしろその幼虫時の姿こそが有名。

すり鉢状の巣穴の中心に潜み、落ちてきた獲物を捕食。更には巣穴から逃げ出せない様に、相手に砂をかけ滑り落したり、捕らえた獲物に消化液を注入し、溶かした内部を啜り食うという生態を持っている。

なお、消化液には病毒性もある。『エンテロバクター・アエロゲネス』という細菌によるものであり、通常人間には対して病毒性を発揮しないが、免疫力が低下した時などに発症する日和見感染などで発病することもある。人間に対しては、この程度しか威力を発揮しないこの細菌。

しかし、こと昆虫が相手となると話は変わる。

この細菌は昆虫に対し強い強毒性を持っており、その殺虫活性はフグやヒョウモンダコの毒、テトロドトキシンのおよそ130倍ともいわれている。

 

大型のアリすら捕らえて離さぬ強靭な顎、内部を溶かす消火液、蝕み殺す細菌。

特徴的な巣穴すら霞む、本体の能力こそがアリジゴクの真骨頂。

 

「外見で想像は付いていたが、まあ今の消化液で確定ってとこだな」

 

実験動物(モルモット)も、多少は知性があるようだね?さっきのショウジョウバエと良い、U-NASAはそういう教育をしているのかな?」

 

「この仕事始めてから、テメーみたいなのの相手は散々してるんだよ。予習くらいはする」

 

ズボンの尻ポケットから煙草を取り出し、火を点けるスレヴィン。

一息吸い、紫煙を吐き出しながら、余裕の笑みで語る。

 

「来いよ、タネの割れた手品師。今なら賑やかしにピアノでも弾いてやるぜ?」

 

「おや?弾けるのかい?」

 

「実は『Piano Man』が十八番だったりする」

 

「……ククッ!『ビリー・ジョエル』って、600年も前の古典じゃないか……!」

 

「ハハッ!良い曲だろうが?」

 

「ああ、良い趣味だ。私も好きだよ」

 

そう話しながら、徐々にお互いに距離を、間合いを詰めていく。

軽口に反し、慎重に、油断なく。

 

「じゃあ、今度刑務所の慰問で弾いてやろう」

 

「ああ、結構だ。ここで君は死ぬからね」

 

「残念だが、俺は生きるしお前は豚箱行きだ」

 

ここで、スレヴィンの体が沈み、加速した。

レスリングのタックルの様に、低い姿勢からの突撃。

そう来るならばと、サバット得意の蹴りで迎撃しようとしたガンキュールの動きが、一瞬止まる。

 

低すぎるのだ。

基本的にタックルをする際、相手の腰の辺りにぶつかり、抱え込むものだが、それにしては低すぎる。

そしてこの一瞬の戸惑いが、一気に明暗を分けた。

 

「窓で良いんだよな!?オオオオオオォォォォラララァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」

 

「なっ!?き、貴様ぁぁ!!?」

 

タックルではなく、諸手刈りによる重心はおろか全身の強引な引っこ抜き。

そのまま足を掴んでの、ジャイアントスイング。

ガンキュールが抵抗しようにも、腕は遠心力により振り回され、足はガッチリとロックされてしまっている。

技術も何もへったくれもない、マダコの筋力を活かした、圧倒的な力技。

そしてそのまま、夜景を一望する窓へと。

 

「ぶっ飛んでけ!!」

 

「何ィィィィッッッ!!!!??」

 

全力で投げ捨てた。

ガシャアアァァンッッ!!という窓の割れる盛大な音と共に、ガンキュールの体はアメリカの夜空へと放り込まれる。

眼下には車の多く通る道路、そして硬い硬いアスファルト。

落ちれば死は免れない。

 

「クソッ!?……仕方ない!!」

 

首筋に打ち込まれる、二本目の『変態薬』。

その直後、ガンキュールの背中から向こうが透けて見えるほど薄い羽が生え、飛行能力を得る。

 

幼虫であるアリジゴクは羽をもたず、飛行能力を持っていないが、成虫であるウスバカゲロウは違う。

飛行は決して上手いとは言えないが、四枚二対の羽を持ち、フラフラと陽炎の様に飛ぶ。

故に、『薄羽陽炎(ウスバカゲロウ)』。

 

「こ、これで墜落死はない……!……しかしあいつ!私を生け捕りにしたかったんじゃないのか!?」

 

咄嗟に上を向くと、その先------つまり先程自分が叩き出された、割れた窓から顔を覗かせる、スレヴィンがそこにいた。

しかも、相当に腹の立つ、「まんまとハマりやがったなボケナス」とでも言うかの様な、そんな笑顔で。

 

「関節技が得意なのであって、それだけじゃねーよ。軍人が投げもできないとでも思ったか。バーカ」

 

「す……!『スレヴィン・セイバー』ァァァァァァッッ!!!!」

 

上から中指を立てて見下してくるスレヴィンに、思わず激昂して叫ぶガンキュール。

そんな彼にお構いなく、顔を窓からひっこめると、耳の通信機に手を当て、話しかける。

 

「オーダー通りに投げ飛ばしたぞ。後は任せた。……CIA(・・・)

 

「【ええ、任せて。と言うより、もう終わったわ】」

 

「仕事が早いな」

 

「【時間は充分以上にあったもの】」

 

「そうかい」

 

窓からひっこめた首を、そのまま後ろへ向ければ、そこには5人のショウジョウバエ型の戦闘員たちが、『掃除屋(スカベンジャーズ)』の二人に倒され、拘束されている姿があった。

煙草を吸おうとして、ジャイアントスイングの際に落としてしまったことに気づき、気落ちしながら呟く。

 

「……まあ、任務完了だな」

 

 

 

 

 

 

「クソッ!クソッ!クソッ!戻ったら思い知らせてやる!!『ショウジョウバエによる安定したM.O.兵士のプレゼンテーション』なんてもうどうでも良い!!銃だ!アサルトライフルの連射で殺してやる!!」

 

空中をフラフラと飛び、ゆっくりと地面へ降り立ちながら、ガンキュールは叫ぶ。

彼は気づいていなかった。

上ばかり見ていたから。

自分の足の下に広げられた、大きな罠に。

 

まず、フワリと、足に何かが引っかかる。

それが何かと思い下を見る。

 

「……ッッ!!?」

 

そこで、見てしまった。

自分の進む先、つまり下に広げられた、巨大な蜘蛛の巣(・・・・・・・)に。

もう一度説明するが、ウスバカゲロウは飛行が得意なわけではない。

そして足に引っかかったもの。否、付着したものは蜘蛛の粘着性のある糸。

蜘蛛の糸は頑強極まりなく、鉛筆程度の太さがあれば飛行するジェット機の捕獲ですら理論上は可能とまで言われているほど。

飛行が得意ではないウスバカゲロウが、この強靭な糸に触れ、脱出する術はない。

本人の意思とは反し、重力に従いゆっくりと落ちる体が、どんどんと蜘蛛の巣に引っかかり、くっつき、離れられなくなる。

 

「な、なんだこれは!?」

 

「貴方たちが悠長に戦ってくれて、本当に助かったわ」

 

「ッ!?」

 

逃げようともがき、余計に糸が絡まるガンキュールに、極々間近から(・・・・・・)、女が話しかけてくる。

この蜘蛛の巣しかない、空中で。

つまり、この女こそが。

 

「私の巣へようこそ。そして逮捕よ。『ガンキュール・ダッドリー』」

 

 

 

『ジョロウグモ』

クモ目ジョロウグモ科ジョロウグモ属にあるこの蜘蛛は、黄色と黒の縞模様を特徴とし、成長すると3cmほどの大きさにまで育つ。

巣を張る待ち伏せタイプの蜘蛛であるが、その巣のサイズはなんと約1m程度にまでなり、蜘蛛の中でも比較的大型の巣を張る。

体長3cmの蜘蛛でそれなのだから、それがその50倍、60倍の人間サイズになった時、張られる巣の大きさはどうなるだろうか。

少なくとも、今現在ガンキュールを捕らえている様な、ビルとビルの間に広がる、巨大な巣を作ることは容易い。

 

そしてこの蜘蛛には、あまり知られていないもう一つの武器がある。

『JSTX-3』と呼ばれる毒がそうだが、この毒は神経伝達物質であるグルタミン酸を阻害する効果がある。

つまりは、麻痺毒。

本来のジョロウグモであれば一匹に含まれる量は少ないため、人が噛まれても問題はない。

しかし、M.O.手術により人間がその特性を得た場合には話は別。

 

「それじゃあ、しばらく動かないでもらうわね?大丈夫、死にはしないから」

 

ゆっくりと、その手が差し伸べられ、ガンキュールの首筋に当てられる。

動くことは、蜘蛛の糸により既に困難。

抵抗したくてもできず、脱出も不可能。

 

そして、彼女の指先が、彼の首に食い込む。

 

「それでも……そうね……ああ、そうだわ。この町を、空をしっかり眺めておきなさい。あなたはもう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二度と、塀の内側の景色しか見れないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、戦闘中にジェームズから通信かと思ったら、女の声でびっくりしたぜ。それも、あの野郎を窓から叩き出せなんてな」

 

ホテルの一室。

そこに二人組の男女がいた。

一人は、スレヴィン。そしてもう一人は。

 

「あら?それにしては見事な対応だったと思うわよ?」

 

パーティ中にスレヴィンに接触し、そして蜘蛛の巣を張った、金髪の女。

 

「ハッ、とりあえずは悪いようにはならねえ、とそう思っただけだ」

 

スレヴィンがガンキュールの手術ベースを当てる時、一度行った通信機の位置を調節する動作。

あの時、ジェームズのいる待機場所から、このCIAの女が通信してきていたのだ。

内容は、「方法は問わないから、ガンキュールを窓の外へ飛ばしてほしい」というもの。

それに応じ、ジャイアントスイングで投げ飛ばした結果、彼は蜘蛛の巣に引っかかったというわけだ。

あの時、スレヴィンが窓の外へ顔を出したのは、ただガンキュールを煽るためだけではない。

窓の外へ投げた結果、どうなるのかを見届けるためだった。

 

「そういえば、あんたの名前は?まだ聞いてなかったな?」

 

「私?私は『キャサリン・I・エース』よ」

 

「頭文字取ったらCIAとか、バリバリ偽名じゃねえか」

 

「ふふ、本名はまた今度会った時にでも、ね?」

 

「ああ、そうかい」

 

彼女の言葉に、肩をすくめる。

煙草を咥え、火を点けようとすると即座に火を点けてくれるのだが、なんとも座りが悪い気分になる。

そう、彼女への感想をスレヴィンは抱いた。

 

「ところで、折角のホテルの部屋に男と女が二人っきりなんだから、楽しんでいかない?」

 

スルリ、と彼の腕を抱き、胸の谷間に挟む。

蠱惑的なそのアプローチは、大概の男ならそのままベッドへと駆けこんでしまうだろう。

 

「ふむ」

 

「へ?……ふぇぇぇぇぇっっ!!!??」

 

だが、この男は違った。

躊躇いなく、胸によるアプローチをスルーし、その尻へと手を伸ばし、揉みしだく。

 

「薄いケツだな。俺を誘惑したけりゃ、もっと良いケツになってからにしな」

 

「はいぃ!?」

 

口の割には尻を堪能した後、ひらひらと手を振りながら、ケラケラ笑いながら彼は部屋を出ていく。

 

「ああ、そうだ。現在U-NASA寮では事務員を募集中」

 

扉が閉まる直前、呆然とする彼女に一言残して。

 

「…………え、これって……そういう……?え?え?………折角慣れないキャラ作ったりとかしてたのにぃぃぃぃっっ!!!??」

 

 

 

 

 

 

その数日後、U-NASAのM.O.手術被験者用の寮で、一人の女が寮監と先輩入居者二名に挨拶をしていた。

その女は、茶髪(・・)にスーツ、度の強そうな眼鏡という姿だった。

 

「し、CIAより出向しました、『キャサリン・アーキス』です。普段は事務職として働くということになりますので、よろしくお願いします!」

 

妖艶とは程遠い、困ったような笑顔を浮かべ、立っていた。

 

「(ヒーン!?事前情報で経歴受け取ってから、ピースさんのファンだったけど!こういう事は予想してなかったわよぉ!?何で篭絡するはずが、取り込まれる流れなのぉ!?)」

 

心の中で、自分でもまさか過ぎる事態に半分泣きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピース、これが追加調査の資料だ」

 

「ああ、ありがとうなジェームズ」

 

暗い室内で、書類の束が手渡される。

ペンライトで照らしながら書類を読み進める男の片割れと、それを見守る男。

 

「……なるほど、やっぱりか」

 

「ああ、お前の懸念通りだった。大変だったんだぞ?ロシアまで行って調査するのは」

 

「助かったよ。しかし……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「『闇のジェド・マロース事件』、『簡易M.O.手術ボクサーの八百長事件』。この二つに関わっていたマフィアやチンピラたちの後ろを辿ると、『黒幇(ヘイパン)』関係からの資金や流通が見えるだなんてな……」

 

 

 

 




「んー……やっぱりこの映像を見る限り、ショウジョウバエの出番はまだ数年、最低でも2年は先か?」

頭部を一周する傷を持つ男が、パソコンに保存された動画データを確認していた。

「まあ、いくら私が天才でも、時流ばかりは如何ともし難い……。今回は貴重な実践データを得られたと思うことにしよう。ああ、そうだ。カサンドラくん」

「はい、なんでしょう?」

「エドガーに伝えてくれ。『C.M.O.手術』は、先日の『E.S.M.O.手術』の実践データの解析が終わり、後はベースの調整と精査段階だと」

「分かりましたわ」

女が頷き、備え付けの電話を手に取る。
その通話の声をBGMに、男は呟く。

「あー……あれもこれもしなくちゃいけないのに、時間が足りない足りない……。私の貴重な時間が足りない……。早いところ、あの研究を完成させないといけないな……」

光の灯らぬ、闇が広がっているかのような。
そんな瞳で、呟いた。


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