Anotherone's もう一つ達
その日、U-NASA本部の『M.O.手術』被験者たちの寮にある寮監室で、スレヴィンはモニター相手に眉間に皺を寄せていた。
モニターに映る、会話の相手。それは――――
「……この状況下で、とんでもねえこと言ってくれるな?なあ、クロード博士」
「君が適任なんだよ。そもそも、こういう役割だろう?」
――――『生物学権威』『ノーベル賞科学系三冠』『ダ・ヴィンチの再来』こと、『クロード・ヴァレンシュタイン』。本来ならば、一寮監でしかないスレヴィンと、研究者の中でもトップクラスであり、更には『アーク計画』にも深く関わるクロード博士が、モニター越しとしても会話をするなどありえない。
しかし、今現在そのありえないことが現実となっている。
「タチバナとルーニーが、グランメキシコ出身の3バカプラス
「『ティンダロス』たちは今、他のターゲットのところに向かっているんだ。同時に見つけたターゲットでね。相手に攻め込むのを悟られたくはないし、時間は置きたくないんだ」
「それで俺にか?無茶を言うなよ」
煙草の灰を灰皿に落とし、一息付くスレヴィン。
「一人で『アダム・ベイリアル』を落とせってのか?」
『アダム・ベイリアル』。それがこの二人が会話するという、ありえない現実を生み出した理由。
狂気の科学者集団であり、犯罪者であり、『M.O.手術』の違法研究者たち。
優秀な科学者の集団であることは、間違いない。しかし、その研究は人類のためにはならない。
故に、討伐しなくてはならず、そのための部隊が『ティンダロス』だ。
一人を討伐するために、部隊が必要となる。そんな相手を、一人で相手取れと言うのか。それが、スレヴィンの眉間に皺が寄る理由だった。
「ハハ、もちろんそんな無茶は言わないさ」
「当たり前だ」
そんなスレヴィンを相手に、笑いながらクロード博士は告げる。
「君にだけ伝えてある、
「つまり、正規のアネックスメンバーも、裏アネックスのメンバーも、どちらも連れては行けねえわけだな?」
アネックス計画には、各国の思惑が絡んでいる。
地球人同士の内ゲバによる被害を減らすため、各班には護衛のために一人ずつ潜入員がいる。
寮監であるスレヴィンにのみ、それは知らされていた。しかしあくまでも極秘である潜入員のことを、アネックス計画のメンバーたちには教えられない。アネックス1号出発後に、後追いで火星に向かう裏アネックスのメンバーにも、もちろんのことだ。
「いや、実はこの件を、どこからか嗅ぎつけたのか、ある人から助っ人の推薦があり、それを受けることとなった」
「ある人?推薦?」
「推薦人は、『キース・ハワード』」
「……ッ!?イギリス首相!?」
放たれた大物の名前に驚くスレヴィン。
それを放置し、クロード博士は続ける。
「そして推薦されたのは「どうも~」……彼だ」
「……え!?はぁ!?」
クロード博士がその名を言おうとしたまさにその時。タイミングを見計らったように、ノックもなく寮監室の扉が開けられる。
開けた男を確認し、スレヴィンも目を剥いた。
「中国第四班所属~、『
最も裏切りが予測された国家に潜む、諜報員がやってきたから。
「……ジェームズ・ボンドの国って怖ぇー………」
「同感だ」
珍しく、
「さて、クロード博士から連絡は行っているな?というわけで、お前たち二人と俺たち二人。合計四人でこれより作戦に就いてもらう。詳細は移動しながら説明するから、さっさと荷物まとめて1時間後に駐車場に集合だ」
「東堂大河、分かったぜ」
「キャロル・ラヴロック、了解しました」
「ハリー・ジェミニス、任務着任します」
スレヴィンとクロード博士の通信が終わり数分後、寮監室にはスレヴィンとハリーを合わせ4人の人間が集まった。
新たに加わったのは、『東堂 大河』と『キャロル・ラヴロック』。共にアネックス1号の日米合同1班と2班に潜入し、班員を護衛するための潜入員。
その実力は、ベース生物と専用装備、施された特殊な手術術式に加えて、本人自身の能力も合わせて折り紙付き。
「ところで寮監さんよ、出発前に聞きたいんだが、俺たちはどこに行くんだ?」
「ん?クロード博士から聞いてないのか?」
「ああ、あんたらと合流して、詳しい説明を聞けってことでな」
「……そうか」
大河の言葉に、思わず天井を見上げるスレヴィン。
どうやら自分は、面倒くさい部分を放り投げられたらしい、と。
「それで、私たちはどこに行くんですか?」
「いいか、心して聞け。任務先はな」
一息煙草を吸い、紫煙を吐く。
僅かなタメの後、再び口を開いた。
「ルーマニア、その首都ブカレストだ」
「「ルーマニア!?」」
「まあ、俺は知ってましたけどね」
「はい、というわけで急造特務部隊『トート・ダガー班』、任務開始だ」
驚く二人を尻目に、最後にパンッと手を打ってその場を締める。
目指すはルーマニア。歴史と混乱の地。
だが、彼らは知らない。
その地を目指しているのが、その地を目指している『M.O.手術』関係者が、自分たちだけではないことを。
『トート・ダガー班』が出発準備を行う、同日同時刻。
ドイツの田舎町にあるホテルで、一組の男女が宿泊していた。
女性は旅行雑誌をぺらぺらとめくり、そしてとあるページを見つけると、キラキラとした目で指さす。
「シロ君シロ君!私、次に行きたいとこが決まりました!!」
「おお、急だな。どこだエミリー?」
「ルーマニアです!」
「……俺たち、一応逃亡者なんだけど。そんな旅行気分で次の逃亡先決めちゃうの?」
元気いっぱい、といった様子のエミリーに、やや呆れながらシロは尋ねる。
それに対し、彼女はなおも満面の笑顔で、こう言った。
「はい!楽しい方が良いじゃないですか!」
「……ハハ、確かにそうだ!」
二人は暖かな空気の中、次の行き先を決める。
向かう先は、ルーマニア。
そこで待ち受ける、運命を知らずに。
空港までの移動中の車内。
キャロルが、一つの疑問を口に出した。
「それで、私たちのターゲットはどんな人物なんですか?『アダム・ベイリアル』の一人とだけは聞きましたけど……?」
「ああ、確かに」
キャロルの疑問に、大河も同調する。
そう、『アダム・ベイリアル』とは個人の名前であり、そして集団の名前でもある。
各人に共通していることは、優秀な研究者であることと、程度の差さえあれ狂人であること。その二点のみ。
今回の標的である『アダム・ベイリアル』は、どのような人物・存在であるのか。それが気になるのは、当然のことだった。
「ハリー、どうせ先に資料を
「了解。えーっと?ああ、これだ。二人とも、今回のターゲットだが、『アダム・ベイリアル・ロスヴィータ』。本名『ロスヴィータ・シントラー』、32歳女性、ドイツ人。わお、結構な美人だな」
助手席に座るハリーがカバンからタブレットを取り出し、すぐに目当てのファイルを見つけ出すと内容を読み上げていく。
本来これは極秘情報であり、ハリーのタブレットには入っていないファイルのはずなのだが、なぜかそこに収まっていた。
あってはならないことではあるが、そもそもハリーがこの任務に参加した経緯が経緯であるため、スレヴィンも黙認するしかないため、眉を顰める程度に留める。
「女が相手か」
「気兼ねするかい?」
大河の呟きに、ハリーが微笑みながら返す。
そもそも、大河は元は一般人だ。軍人だったスレヴィン、現役スパイのハリー、元警察官のキャロルとは、事情が違う。
相手はテラフォーマーではなく、人間。それも女性。
となれば、戦うにも通常の覚悟とは違う、非情さが必要になる。
「……いや、大丈夫だ」
「はいはい、なら続きを読むよ」
それでも、大河は大丈夫と言った。
軽い調子でそれを受けたハリーは、再び資料を読み上げる。
「あの『レオ・ドラクロワ』に師事したらしいが、数年前に袂を別ったらしいな。理由は不明だけどな。さて、ここからが大事なところだ。こいつの研究内容は、他の『アダム・ベイリアル』たちとはちょっと違うぞ」
「違う……ですって?」
「ああ。他の連中は大体は『M.O.手術』そのものを研究したり、テラフォーマーや人体について研究する、まあ言っちまえば生物学者だ。だけど、こいつはな」
チラリ、と後部座席の二人にも見えるようにタブレットをずらし、その一文を見せる。
「機械工学者。『レオ・ドラクロワ』の下でも、『
今ここに、三つの物語は合わさる。
敵は常ならざる存在。
火星にはびこる、黒い悪魔ではない。
異形の怪物となる、兵士でもない。
陰謀を企てる、黒幕でもない。
探求する、機械の虜。
それが相手。
対するは、本来出会うことなき、六人の戦士たち。
それぞれがそれぞれの事情を抱え、欠落を内包した不完全な人間たち。
これから始まるのは、そんな彼らの戦記。
いつの時代でもある、当たり前の人類たちの戦いの、しかし特別な闘いの記録。
『深緑の火星の物語』、『贖罪のゼロ』とのコラボストーリー、『EXTRA MISSON/Nobody's Perfect』開幕です。
コラボに応じていただいた各作者様、子無しししゃも様、KEROTA様双方に、この場を借りて御礼申し上げます。
それぞれの作品のキャラクターたちの魅力が、僅かでも出せれば幸いです。
それでは次回、『Beyond 集いし者達』。
お楽しみに。